姫騎士殺し   作:天野雪人

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第三十二話 戦争の終わり

 このままハクアの替わりとなり、アザール帝国との戦争を続ける。

 そんなこと、グレイはするつもりがなかった。

 

 目指すのは世界平和だ。

 誰かを殺し、支配し、奴隷とするような世界は終わり。グレイの力でこの戦争を終わらせる。

 勝者が誰かなんて決めはしない。ここで終わりだ。これ以上争いを起こさせない。

 

「グレイ、そんなこと、できるの?」

「ああ。今の俺なら簡単だ。ハクアも、行くか?」

「もち、ろん!」

 

 グレイが何をするかはわからない。

 しかしグレイなら、成してくれるはずだ。

 

 ハクアは愛する人に全面的な信頼を置き、その腕を抱きながらグレイの進む先へ共に歩んだ。

 向かうはアザール帝国の陣地。

 

 多くのアザール兵がひしめく地獄である――

 

 

 ◇

 

 

 呪術師のトップであるガーネットは、戦争の勝利を目前としていた。

 最大の障害である姫騎士をいかに壊すか。それだけに注視し、力を注いできた。

 姫騎士さえ消えれば、クリスタ王国は落としたも当然。

 姫騎士に頼り切り、バルカンがグチャグチャにしたクリスタ王国軍にかつての栄光はない。

 

 もう少しで姫騎士は壊れ、クリスタ王国はアザール帝国のものとなるだろう。

 だというのに――それが目前で頓挫した。

 

「久しぶりだな。ガーネット」

「はっ。そうだな。マヌル人」

 

 アザール帝国軍の陣地。そこへたった二人で乗り込んできた愚か者がいる。

 グレイとハクア。格別たる最強二人だ。

 

 ガーネットはそんな二人と相対し、笑みを浮かべながら内心で冷や汗を掻いていた。

 

「行方不明になっていたはずだが?」

「帰ってきた。この戦いを終わらせるために」

 

 なんたる英雄的なことを言うのだろう。

 ガーネットは内心吐き捨てる。

 

「お前もわかっているはずだ。一年前の言葉は忘れていない。お前もこの戦争を、下らないものだって認識してるんだろう」

「…………」

 

 力があるのに、対話を選ぶ。

 いや、力があるからこそ、対話という道に引きずり込んでくる。

 グレイはガーネットが、嫌いな人種だ。

 

「ああ。そうだな。この戦争はクソ下らない空虚なものだ。私だってよくよくそれを知っている。やる意味もない。誰かの欲望によって続き、多くの民が死に逝く戦だ」

 

 ガーネットはこの戦争に対し、特別な思いは抱いていなかった。

 この戦争は、本当に空虚で下らないものだ。ガーネットは切に思う。

 

 それはこの戦争を進める上で、多くの損害が出たからだろう。

 

 数万の兵を一年動かせば、多くの資源が食いつぶされる。

 この損害は、勝利によってしか賄えない。

 しかしガーネットは、そもそも最初からするなと言いたかった。

 一体この戦争に、どれほどの意味があるのか。どれほど目を凝らしても、する意味なんて見えてこない。

 

「下らないのだよ。全てが、一切合切」

 

 故にガーネットは吐き捨てた。

 過去の意地やプライドだけで戦争をし、兵を駒としか思わぬ帝国上層部の老人達に怒りが募る。

 すでに耄碌しているのに、権力を握り続けるからこういう歪みが生まれるのだ。

 

 しかし上の命令には粛々と従わなければならない。

 それがガーネットの置かれた立場だ。

 

 だからガーネットは、彼らの目的を叶えるために全力を成す。

 姫騎士を壊し、クリスタ王国を支配しよう。

 そうすればこのクソ下らない戦争は終わるのだ。

 

「なら、俺の言葉を信じてくれ。悪いようにはしない。俺はアザール人を支配しようとか、そんなことは思ってないんだ」

 

 グレイの言葉に、ガーネットは口を噤む。

 そして真剣な顔のグレイと、不安げながら芯を持ったハクアを見た。

 

 希望に満ちた男女の目だ。若造にしか許されない、未来を作れる目をしてる。

 

「馬鹿なことを言うな。この下らない戦争は立ち上がれなくなるまで続くものだ。だから私は止まらないんだよ。姫騎士を壊し、王国を支配し、それでようやく終わる。奴らはそれでようやく満足するんだよ!」

 

 だからガーネットは激高した。

 

 それはガーネットが目指し、諦めた愚かさだ。

 全てを救うと決断し、幸せを夢見る純粋な目。

 本当に虫唾が走る。その道から逃げ出して、ただの駒に甘んじる己があまりに惨めに思えるから。

 

「いいや。そんなの許さない。ガーネット、俺を連れて行け」

「連れて行けだと?」

「……この戦争を決めた奴らの下へ」

「っ――」

 

 冗談ではなく、本当にグレイは終わらせるつもりだ。

 最強へ至った己を十全に活かし、ここで終わらせる。

 

「断ると言ったら」

「断らせない。そう決めた」

「……身勝手だな。若者の特権だ」

 

 ガーネットは、笑った。

 もう、詰んでいる。

 

 ガーネットはここから、二人を倒せる道を見いだせない。

 多分この二人だけで、アザール帝国軍は終わりだろう。

 本来はアザール帝国が敗北する結末しかないのに、彼らはここで終わろうと言ってくれている。

 

 アザール帝国にとっての最善は、彼らの言葉を全て受け入れることだ。

 

「わかった。連れて行こう」

「感謝する」

 

 ガーネットは白旗を揚げた。

 本音を言えば、気に入らない。若造の言葉を信じて、それに憧憬(しょうけい)した己が特に気に入らない。

 しかし呪術師のトップとして、最善の判断を下す覚悟をした。

 

「……お前は、世界を変えるのか」

「そのつもりだ。それを願っている」

「若造が。夢を見るなと言いたいが……全てが負け惜しみだな。お前ならできるのか。クソが」

 

 グレイとガーネットは持っている才が違う。

 

「グ、グレイは凄い。だから、その。あなたも、信じて。あなたも、それを、願ってるんでしょ」

「…………姫騎士」

 

 若造は夢を見ている。それは彼らの特権だ。

 ガーネットが諦めた夢を持ち、叶えようとしている。

 それがとても眩しくて、だから悪態をついてしまうのだ。

 

 でもかつて夢見た戦争のない世が、彼らなら作れるのではないか。

 若さという希望に、ガーネットは期待してしまった。

 

「……姫騎士。悪かったな」

 

 だからガーネットはそう言って、彼らを導くために歩き出した。

 

 

 ◇

 

 

 アザール帝国とは、皇帝をトップに元老院が助言をするという政治体系である。

 しかし内情は皇帝はただの傀儡。元老院が実権を握るという国家であった。

 

 老人がトップに立ち、衰えぬことなき欲のまま帝国を支配する。

 そしてかつての恨みを忘れることなく、クリスタ王国を滅ぼそうと此度の戦争を引き起こしていた。

 

 彼らはクリスタ王国を滅ぼすまで戦争を止めることはないだろう。

 なぜならクリスタ王国は許すことができない悪であり、アザール帝国は絶対的な正義だから。

 

 そこにあるのは意地とプライド。

 誰もが納得できる理由など持ち合わせていない。

 

 毎日のように老人達は、会議室で談笑する。

 ガーネットからもたらされる耳障りのよい情報を肴に、クリスタ王国を支配したらどのように領地を切り分けるかと、取らぬ狸の皮算用だ。

 その戦場で苦しむ者達がいるなど考えることはなく、得られる領地や財貨しか見えていない。

 

 しかし、今日でそれは終わった。

 

「……はっ?」

「ガ、ガーネット!! こ、これはどういうことだ」

 

 いつも互いの腹を探り合い、己の利益を最大化するための会議室。

 そこは阿鼻叫喚となっていた。

 

「ああ、アレイク老。お客さんです。招かざる者かもしれませんがね」

「どうも初めまして。グレイと申します」

 

 訪れたのはガーネット。そして彼に導かれたグレイとハクア。

 敵国の最強が急に目の前に現れたことに、老人達は大きく動揺する。

 

「なぜクリスタ人とマヌル人がいるのだ! ガーネット、返答によってはただでは済まさぬぞ」

「はは。まあ俺のことより、御身の心配をした方がいいのではありませんかね」

「なんだと……」

 

 アレイク老と呼ばれた老人は、ふと冷静に状況を見た。

 ここは密室たる会議室。入り口はガーネットとグレイ、そしてハクアに塞がれ脱出不可能。

 

 最強たる姫騎士が、入り口を塞いでいるのだ。

 

「もう、終わりにしましょう。その話をしに俺は来た」

「終わらせるだと……」

「こんな戦争意味もない。欲を満たそうという悪逆な思考しか見えてこない。だから、もう終わりにしましょう」

「ふざけるな!」

 

 グレイの説得も、アレイク老は一刀両断にしてしまう。

 だがそれで引き下がるグレイではない。

 

「終わりにしましょう」

「否! 貴様ら薄汚いクリスタ人とそれに付き従うマヌル人も纏めて滅ぼしてやる」

「終わりにしましょう」

「否だと言って――」

 

 彼らはそれ以上、言葉を発せなかった。

 

「もう終わりだ。これ以上、悲劇をこの世に生み出さない」

 

 グレイの姿はどんどんと人から遠ざかり、最古の血を呼び覚ます。

 獣がそこには立っていた。

 一目見るだけで死を目の前に感じてしまう、恐ろしい獣が会議室の扉の前に立っている。

 

「あっ――」

 

 そこで初めて、彼らは今から死ぬんだと理解できた。

 

「終わりだ。もし終わりにできないなら、俺が全てを滅ぼしてやる」

 

 その提案をはね除けるなど、一体誰ができるというのだ――

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