戦争は終わった。
それはとても呆気ないものだ。
結局帝国を動かす老人達は、全て数字でしか見えていなかったのだろう。
グレイという最強が目の前に現れて、ようやく全てを理解した。
今起きているのが戦争であると。
命を賭けて殺し合いをする地獄であると。
ガーネットによって連れてこられたグレイが脅すことで、彼らは簡単に降伏したのだ。
その呆気なさに、ガーネットは複雑な顔をしていた。
何はともあれグレイの力で戦争は終わる。
これから先も前途多難ではあるだろうが、これが平和の第一歩。
ようやく、グレイはここまでたどり着けた。
地獄で生まれ、みんなを守って必死に生きて、ずっと夢見た世界がそこまで来ているのだろう。
差別とか、争いとか、そういうのがない世界。
誰も傷つかない世界を、子供の頃から夢見てきたのだ。
その第一歩を、踏み出すことができた。
「ありがとね。グレイ」
「ハクア……」
だからその一歩を踏み出してくれたグレイに、ハクアはお礼を言った。
ガーネットと別れ、二人きりで王国への道を歩く最中のことだ。
「私は、英雄じゃない。だから平和は作れなかった。言われるがままに力を振るって、自分自身では戦えない。でもグレイは、できるんだね」
ハクアの目に浮ぶのは憧憬だ。
己では決してなせないことをなしたグレイに、憧れの目を向けている。
「……がむしゃらに生きて、いつの間にかたどり着いちまったな。それをなせた理由は、間違いなくハクアだよ」
「……そう?」
「ハクアを助けたい一心だ。そしたら昔の夢も叶えちまった」
「へへ。そっか」
ハクア・G・クリスタは英雄にはなれない。
その力と精神が釣り合っていないから、生まれるのは歪みだけだ。
しかしどれだけ歪みが生まれようと、その力がある限り振るい続けねばならない。
その結果、いろいろなものが拗れてしまった。
だからハクアは、グレイに救われたのだ。
「もう大丈夫だ。無理矢理英雄として振る舞う必要はない。姫騎士は終わりだ」
「……私は、私のしたいこと、していいのかな」
「もちろんだ。俺も俺のしたいことをして、今ここに居る」
グレイは英雄にしかなれない。
その力を誰かのために使いたいと願うから、人は彼を英雄と呼ぶのだ。
若者らしい希望を持って、その力を使おうとする。
その結果にあるのは、救われた人々だろう。
「ハクアは本当は、何がしたいんだ?」
「ん……」
その言葉に、ハクアはそっとグレイへ体を寄せた。
「幸せになりたい」
「……じゃあ俺が幸せにする」
「へへ。私も、グレイを幸せにする。グレイを沢山愛してあげる。それが、私のしたいこと」
「そりゃ嬉しいな」
愛を目的にするなど、ハクアは本当に普通の少女だ。
やはりその力は似合わない。神はなぜハクアに最強の力を与えたかわからぬが、間違いなく誤断だろう。
まあ神などという常識外の存在のことなんて、いくら考えたところで意味はないが。
「もう、離れねえよ」
「私が、放さない」
「……っ」
ハクアはニッと笑っていた。
それを見て、グレイも参ったとばかりに首を振る。
「敵わねえな」
「グレイがそうしたんだよ。ありがとね。姫騎士を、終わらせてくれて」
「……ハクアが救われたなら、よかったよ」
姫騎士という偶像から解き放たれたハクアは、とても良い表情をするようになった。
その笑顔に、グレイはもう逃れられる気がしない。
「あー。早く帰って、いろいろ報告しないな」
「ん。兄様が、待ってる」
そう言い合って、二人は楽しく帰路につく。
その先に、幸せが待っている気がしていた。
◇
クリスタ王国とアザール帝国の間には和平が結ばれ、戦争は終結した。
長くに渡り戦争をしていた両国だが、長すぎて全員疲弊しており、それほど啀み合うことなく手を取ることができるだろう。
そして姫騎士は敗北と共にその名を過去にし、クリスタ王国には新たな英雄が誕生する。
グレイという英雄の登場により、今まで不遇だったマヌル人達もようやく人間として認められた。
それはグレンザーが目指した未来だ。
グレイによって多くの問題は解決し、誰もが疑うことなき英雄となった。
であるならば、大きなご褒美があってしかるべきだだろう。
「ん。どう、かな」
「うぅ。姉様。お綺麗すぎますううぅぅぅ」
小さな部屋の中で、ハクアとグリシャが共にいた。
「お、大げさ」
「あんなクソ男に姉様をやるなど、なんたる屈辱!!」
「もう……グリシャったら」
純白のドレスを身に纏ったハクアは、泣きわめくグリシャにジト目だった。
しかしグリシャの気持ちもわからなくもない。
それほどに今のハクアは白く、美しかったのだ。
これほど美しい敬愛する姉を、一年放置してどっかに行っていたクソ男にやるなど、はらわた煮えくり返る思いだった。
「……姉様は、幸せですか?」
「当たり前でしょ」
「断言しますね。……姉様の幸せが、私の幸せです」
ハクアの光り輝くような微笑みを受けて、グリシャは納得して引き下がる。
あの男は嫌いだが、悪い奴ではない。ハクアのために死に物狂いの修行をしてきた男だ。
もう少しやりようはあっただろうとも思うが、不器用で一途なのは違いない。
「姉様を泣かせたら、私が殺します」
「ふふ。そんなこと、一生、起こらないよ」
「…………そこまで断言されると複雑な気持ちです」
納得しつつも少し釈然としない思いを抱いていれば、扉を叩く音がする。
「ん。どうぞ」
「……お、ハクア」
「兄様……」
ハクアが入室を許可すれば、入ってきたのはレインクルトだ。
「とても綺麗だね」
「ありがとう、ございます」
「……すまなかった。ずっと、君を助けることができなくて」
そしてレインクルトはハクアへ近づき、頭を下げた。
「えっ。だ、大丈夫です。私はもう」
「僕はハクアを救えなかった。最後も君に頼って、一年間も戦わせてしまった。母様との約束も、果たせなかった」
「っ……」
ハクアはその言葉に目を見開き、小さく呟く。
「母様……」
「ずっと気に掛けていたよ。ハクアは大いなる運命に囚われている。だから死ぬ前、僕にハクアを託した。だというのに……」
レインクルトは己の無力をとことんまでに恥じていた。
人格者であり能力もある、次代の賢王と呼ばれ、調子に乗っていたのだろう。
今は徹底的に鼻を折られ、ハクアへの懺悔で一杯だ。
「ハクア……君は、今幸せだね?」
「はい……」
「彼になら、君を託せる」
だからレインクルトは救えなかった妹を、救ってくれた男へ全てを託す決断をした。
異人種同士の婚姻を禁ずる法律を一部改正し、特例として功績を挙げた二人だからと認めさせることに成功。
それにもしかしたら、二人の間の子ならば術を失わないのではないか。
二人とも特別だからこそ、レインクルトはそんな希望も持っている。
「さあ、行こうか」
「もうそんな時間ですか?」
「ああ。式が、始まる」
グレイとハクア。
身分も人種も違う二人が、今日結婚する。
そこへ至るには多くの困難があっただろう。
しかしようやく、たどり着いたのだ。
本来叶うはずのなかった恋は、紆余曲折を経て成就する。
しかしハクアは、これもまた運命であると信じていた。
「グレイ……」
グレイは最初から英雄だった。
誰かのために戦って、ハクアのことすら助けてくれる。
グレイは己の無力を呪っていたが、そんなことない。
一番最初から、グレイはハクアの英雄だ。
グレイが最初に壊れかけのハクアに気付いてくれなければ、姫騎士は潰れクリスタ王国は崩壊していただろう。
「ハクア、幸せになっておいで。君はずっと力に翻弄されて苦しみ続けた。もう自分のために生きなさい」
「うん。ありがとう、兄様」
バージンロードを兄と共に歩き、ハクアはグレイの下へとたどり着く。
多くの祝福が聞こえてきた。
英雄と英雄の婚姻を、誰もが希望を持って見つめている。
これが平和の第一歩であることを、願っていた。
「グレイ、ありがとね。私を救ってくれて」
故にハクアはグレイの手を取り、そう言って微笑んだ。
――姫騎士殺し・後編[完]
最後まで読んでくださりありがとうございました!
天野雪人