薬をばら撒き、混乱を持たした西地区のギャング。その撃ち漏らした残党が身を潜める隠れ家を、グレイ達は取り囲んでいた。
ゴーズの調査によって判明したボロボロの家屋が奴らの隠れ家だ。
その主導はハクア率いる王国兵団だ。
さすがは国家の精鋭部隊と言うべきか、敵のアジトを瞬時に囲み、決して逃がさぬ布陣を構える。
「敵の逃走経路は全て絶ちました。奴らは袋のネズミです」
「ん。ありがとう」
「ということだ。大人しく投降しろー。じゃなきゃ痛い目見るぜ」
兵団によって退路を断った上で、グレイはそう呼びかけた。
グレイに姫騎士、王国兵団に囲まれて戦意を喪失しない者はいないだろう。
「おっと」
しかし返答は窓からの投石だった。
すでにボスが捕まっているというのに元気なもので、投降するつもりはなさそうだ。
つまり彼らは投降したとしても免れぬほどの罪を背負った重罪人ということ。
「しゃーない。突撃だ」
「了解」
彼らの対応に溜め息をつき、グレイは先陣を切って扉を蹴破ると中へ侵入する。
「死ね!」
「野蛮なお出迎えだ」
中に入ったその瞬間、訪れるのは無数の刃。剣や斧、鎌にシャベル。ありとあらゆる武器を握った男達が不意打ちのように攻撃してきた。
しかしそれを、グレイは剣一本で受け止める。
「焦りが見えるな。動きがトロイぞ」
ニヤリと笑うグレイに対し、ゴーズ達は当たり前とばかりに頷き、兵士達は驚きで目を見開く。
まさか貧民街に住む若造が、ここまで強いとは想定もしていなかっただろう。
ハクアが騎士団長と同程度と評した実力は、兵士達にも知らしめられた。
「私が行く」
そうして男達の攻撃を凌ぐグレイの横を通り、ハクアが駆けた。
あまりに早いその剣は、瞬時に敵を切り裂いていく。
「早いっ」
「なんだこいつは!?」
グレイ以外の誰も、ハクアの姿を知覚できなかった。風のように駆け回り、次の瞬間敵が倒れている。これが生きる伝説、姫騎士の剣術だ。
「ハクア様に続け!」
「王国兵団の力を見せよ!」
そして兵士達も雪崩れ込むように踏み込んでいく。
残党を蹴散らし、倒れるギャング達を慣れた手つきで次々と捕縛していった。
その流れるような手際は、さすが戦い慣れた王国兵団と言うべきか。
「うへー。姫騎士って凄いっすね」
「だな……」
「もう俺達いらないんじゃないっすか?」
「…………」
ゴーズ達は王国兵団の連携を邪魔するわけにもいかず、気づけば観戦に回っていた。
姫騎士や王国兵団に任せておけば、ギャング達もあっという間に壊滅だ。
やはり国と戦って勝てるはずがなく、グレイの立ち回りがなければ貧民街は更地になっていただろう。
「いらない、か」
「そうっすよ。怪我人続出で一時はどうなるかと思いましたが、一件落着っすね」
「まあそれはそうだが……だけどあいつはさ」
そこで言葉を切って、戦うハクアをグレイは見た。
みんなが姫騎士の勇姿に憧れの眼差しを向ける中、グレイだけは真反対の感情を抱いている。
ハクアをじっと見つめ、数秒後叫んだ。
「おい、姫騎士!」
「何?」
「下がれ。後は俺がやる」
「えっ?」
そう言って駆け出したグレイは、ハクアが戦っていた相手を横から倒すとさらに前へと進んでいった。
それは獲物を横取りするような乱暴な態度であるが、グレイの目には正反対の感情が浮かぶ。
このままこいつを戦わせてはいけない。ギャングを倒すその剣は、そんな言葉を放っている気がした。
「お前らも行くぞ。姫騎士に頼ってんじゃねえ!」
「は、はい!」
その号令で慌ててゴーズ達も動き出した。兵士達に負けじとギャングを倒すとグレイの背中を追っていく。
「あいつ、ハクア様になんたる態度だ!」
「しかしこの程度の相手、ハクア様の手を煩わせるほどではないのも確かだ」
「ああ。ハクア様、俺達の勇姿を見ていてください!」
兵士達はグレイの態度に怒りを見せながらも、ハクアが戦うほどの相手ではないと呑み込み突撃する。
よくわからんグレイなどという男に負けず、ハクアに勇姿を見せるのだとより張り切りだした。
「…………」
そんな彼らを見送り、ハクアは目を伏せる。
「……なんで、あの人は」
その場に残されたハクアは、剣を鞘に戻しながらグレイの背を見つめていた。
震える手は、誰にも見られない。グレイに向ける眼差しも、誰も見ていない。
彼だけがハクアに対し、誰も向けることなき感情を向けていたのだ。
「お前で最後だ」
「ぶへっ──」
隠れ家の最上階にいた男を倒し、残党退治は終了となった。
グレイは剣を納め、兵士達は一人残らず縄で縛って連行していく。人手不足の当初はどうなることかと思っていたが、王国兵団の力があれば簡単なことだった。
「兄貴お疲れっす」
「ああ。怪我人はいないか?」
「軽傷者が何人か。すぐ治る範囲っす」
「ならいい」
犠牲が出ていないことにホッとし、グレイも事後処理へと入っていく。
その姿を見つめながら、ゴーズは不思議そうに口を開いた。
「あの、兄貴」
「ん? なんだ?」
「なんで、姫騎士にあんなこと言ったんすか?」
兵士達を手伝いながら、ゴーズが問いかけるのは先ほどの不可解な行動だ。
あれ程の大活躍をしていた姫騎士を、下がらせる意図がまるで見えてこない。
彼女に頼れば軽傷者が出ることもなかっただろう。
「……あんな顔してる女に戦わせる気かよ」
「えっ?」
それに対し、グレイは何言ってんだとばかりに返答した。
ゴーズはやはりその言葉だけではわからない。
「……あいつは多分、本来姫騎士なんてできない奴だよ」
グレイは指揮を執るハクアへ視線を向ける。
その目は彼女を哀れむような感情を浮かべていた。
◇
その後も残ったアジトを潰し、夕方になれば西地区のギャングは残らず王国兵団に連行されていく。結果的に残党退治は一日で終了した。
荒れに荒れた西地区も、これで少しは落ち着くだろう。
このまま国とは良い感じの距離感で付き合って行きたいものだ。
「今日はこれで帰る。また何回か、来ると思う」
「ああ。そん時は協力するよ」
貧民街を潰すことはないと言ってくれたが、違法薬物の存在だけは看過してくれなかった。
グレイとしても悩みの種だったこともあり、そこは協力して解決にあたる。
国が動くとなれば、南地区や北地区の者達もすぐに手を引くだろう。
貧民街を席巻する薬物問題も解決しそうだ。
「またね」
簡素な挨拶をして、ハクアは去っていく。
兵士達はギャングを連行して少し先。ゴーズ達も周囲には居ない。
それを確認し、グレイは引き留めるよう口を開いた。
「なあ、姫騎士」
「なに?」
「お前、大丈夫か?」
「…………」
グレイの目は、心配そうにハクアを見つめていた。
先日戦った複雑な関係であるとはいえ、ハクアはこちらの事情も理解し王へと進言してくれた。故にグレイの中には、心の底から心配する善意のみがある。
「何を、言ってるの?」
「表情変わらないからわかりにくかったけど……ずっと苦しそうな顔をしてただろ」
「…………」
「この前俺と戦った時も、今日の戦いでも……何だったらずっとそうだ。なんで目に黒い布を巻いてるのかってのは不思議だった」
グレイは一呼吸置いて言い放つ。
「だけど今日、少し俯瞰して見たらすぐわかった。戦うの嫌いだろお前」
ハクアの口元が僅かに歪んだ。
「……なに言ってるの? 変なこと、言わないで」
多分ハクアは、これ以上先を言ってほしくない。
だけどグレイは、それを理解してなお畳みかけるように言った。
「お前は人を傷つけることも、本来はできないような人間だろ。このままだと潰れるぞ。自分でもわかってるだろ。自分を殺して、姫騎士であり続ける辛さは――」
――次の瞬間、ハクアの手がグレイの胸ぐらを掴んでいた。
「私は、姫騎士。クリスタ王国を、守るために、戦い抜く。決して、それは、ありえない……!!」
息を荒げ、誰かに言い聞かせるようハクアは叫ぶ。
グレイは決して覗いてはいけないハクアの深淵を覗き、その逆鱗に触れてしまったのだ。
辛いなんてあるわけない。ハクアは姫騎士として生き続けねばならない。それが使命であり責務である。
ならそれを邪魔する男は――。
「本当にそうか、姫騎士?」
「っ……!」
グレイは凄まじい速度で両腕を動かすと、ハクアの視界を塞いでいた黒い布を剥ぎ取った。
そうすれば白く、濁った瞳が露出する。
美しいはずなのに、闇に満ちた瞳だ。
そのままグレイはハクアの腕を振り払うと、剣を抜いて一気に壁際まで詰め寄った。
「今のお前なら、一切負ける気はしないな」
首元に剣を突きつけて、グレイは悲しげな顔で言う。
「反撃しろよ。姫騎士」
「…………」
「できないよな。黒い布一枚取っただけで、もうお前は戦えなくなる」
グレイは誰も気づけなかった姫騎士の弱点を、たった数回の邂逅で見抜いていた。
グレイから見た姫騎士ハクアは、本来戦えるような精神を持つ少女ではない。
その圧倒的な力に反するよう、心は脆弱だ。グレイと戦う時も、今回の残党退治でも、剣を振るう時は必ず視界を塞いでいた。
それは見たくないものがあるからだ。
誰かの血飛沫か、死する時の苦渋な顔か、命が消えていく瞬間か。戦いの中で垣間見る残酷な景色を見たくなくて、ハクアは視界を塞いで戦っているのだろう。
でもそんな精神を持つ少女が、果たして姫騎士であれるのか。
「あなたにはっ! 関係! ないでしょっ……! 別に、親しい、わけじゃない。ほっといて……っ」
「……ああ。そうだろうな――」
ハクアとグレイは仲間ではない。
そもそも相容れることなき身分の差がある。口を利くことも、顔を見ることすら許されぬ。
この交錯は幾つもの偶然が重なった結果のもので、ギャング達の掃討が終わればもう二度と会うこともないだろう。
そんな関係でグレイはハクアの奥底へ踏み込んだ。
たとえ気づいたとしても、言うべきではない関係性だ。
「――貴様! ハクア様に何をしている!」
「ええい離せ!」
「決して許されざる行動だぞ!」
グレイがハクアに剣を突き立てていれば、それを見た兵士達が慌てて集まってきた。
一様に殺気を飛ばしており、剣を抜いて戦闘態勢。
敬愛するハクアに対し、信じられぬ無礼を働くこの男を決して許しはしないだろう。
多分斬り殺される。
しかしグレイは、彼らを無視してハクアだけを見つめていた。
「やめて……」
消え入りそうな声でハクアはそう言い、それで兵士達は立ち止まる。
グレイもまた、剣を納めて背を向けた。
「……悪かったな。俺も、どうかしていた」
そう言ってこの場を去るグレイに、兵士達は一瞬迷う。だがハクアが首を振ったため、苦々しくも見送った。
「ハクア様、大丈夫ですか?」
「あなたほどの方に何かあったなどとは思いませんが、お気を付けください!」
「ここはやはり野蛮な場所。ハクア様、もう引き上げましょう」
兵士達はハクアを気遣い、貧民街から出ようと誘導する。
ハクアは、素直にそれに従った。
だが去り際に一度だけ。ハクアは足を止めて振り返る。
その瞳は、怒りでも悲しみでもなく――ただ、迷子の子供のように揺れていた。
「…………」
そしてハクアは、一瞬だけグレイと目が合ったことですぐに前を向いて歩き出す。
「兄貴? 大丈夫っすか? 何してるんすか?」
「……難しいな」
その背を見ながら、グレイは呟く。少し乱暴になってしまっただろう。
もう少し丁寧にやるべきだった。
ただ、切っ掛けは作った。
あのままではハクアは潰れてしまう。そんな予感は痛い程にグレイを包む。
だから少し乱暴にでも突きつけたのだ。見ない振りなんて、してはいけないと。それは無関係な少女だからと、ほっておけるものではない。
「……帰るか。問題は山積みだ」
「は、はい!」
ただ、ハクアはまだ幼き少女だ。次はもう少し優しくしよう。
グレイはそう考え、帰路についた。