火の鳥 九州王朝編   作:tsunagi

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大盜賊アンタレス

 

 

 

   來て見べき人もあらなくに吾家(わぎへ)なる

     唐桃(からもも)の花散りぬともよし

 

 

 女王の()した(やまひ)(しとね)に覆ひ被さる天蓋の杏梢(あんせう)、咲き誇る時を忘れ、不治の魔泥(まどろ)みに在つて、千夜を共にした老木の他は、見舞ふ者も勿ければ、介添へをする者も勿い、ベテルギウスも蒼褪める、難攻不落の赫い黑船、クイーン・エメラルダス號。此の儘、誰も愛さず、愛せず、愛されずに朽ち果てていく、()やしの缺片(かけら)も勿い秘密の花園で、女王は堅い蕾の儘、冷たい孤閨(こけい)を護り、二度と快方に向かふ望みの勿い靜養に努めてゐた。サイドキャビネットに立て掛けられてゐる、龜裂が走つた儘の御鏡(みかがみ)で屈折する、猛禽の(くちばし)の如く尖つた鼻梁を限る縫合痕。冥王星の奧津城(おくつき)から戾つて、砲擊制禦端末に(くずほ)れ、意識を失つた後、何う遣つて船長室に辿り著いたのか。其の答へは、舳先に(はりつけ)にされた船首像の女神が頰を(あら)ふ、赤錆の淚が知つてゐる。肺腑(はいふ)の血痰が鳴りを(ひそ)め、沈思に(ふけ)海賊旗(メメントモリ)。火星へと帆走する不歸(ふき)の討征は、と或る宙域に差し掛かつてゐた。小惑星帶を貫く殘畱死念の廢坑。其の行き止まりで、在りし日の來訪者が、復た獨り。艦内の動力が不意に短絡し、燈の落ちた通路を徘徊する重厚な跫音(あしおと)が、船長室の扉を影繪の樣に擦り抜けた。

 

 

   身を橫たへて死を()す。(まこと)に一卋の(ゆう)也。

 

 

 (ねや)夜伽(よとぎ)にしては物騷な、肚の据わつた寂聲(さびごゑ)に、エメラルダスは鎖ぢた眦が痙攣し、氣が付くと、金縛りで身動きが取れぬ、鉛の體に捩伏(ねぢふ)せられてゐた。

 「良くも、こんな手緩い警備で生き殘れた物だな。貧乏神と見分けが附かぬ此の()()れより先に、坐して死を待つ事すら出來ぬ虫の息とは。

 

 

   牝鷄司晨  牝鷄(ひんけい)(あした)するは

   惟家之索  (これ) 家の()くるなり

 

 

 身の程を知つたか。新しいエルサレムは如何(どう)した。」

 孤狼の銀髮と霜髯(さうぜん)に、隆起した斷崖の如き鉤鼻、鬼相を限る縫合痕に、(くろ)岩漿(マグマ)隻眼(せきがん)、叛逆の十字架を背負つた頑强な怒り肩には、(たすき)掛けの彈帯に病葉(わくらば)外套(ぐわいたう)。鎖ぢた眼裡(まなうら)にも鮮明に浮かぶ、天河を股に掛けた其の威容。ハーロックも一目置く硬骨漢だつた。野心に溢れ、機知に富み、其の胸板に劣らぬ篤い信望は、右に出る者が勿い。其れが何時しか、スペースノイド解放戰線から(たもと)(わか)かち、義賊と呼ばれる事をも嫌つて、零細な盜賊稼業に餘生を委ね、アンタレスの名は星に爲つた。今思へば此の漢が正しかつたと認めるしか勿い。移民船に詰め込まれた難民を救濟し、究極の自由を倶に獲得する。そんな畵餠(ぐわべい)を鵜呑みにし、喉に詰まらせ肺を病んだのは何處の御轉婆(おてんば)か。機族から(のが)れ宙域に羽擊(はばた)いたのは、民族の尊嚴では勿く、有られも勿い人閒の慾動だつた。移民も難民も所詮は、機族を映す鏡。愛娘を奴隷商人に易易と賣り拂つた兩親然り、敎化されてゐ勿い人類は猿山の猿でしか勿い。宙域に無法を求めたのは機族丈けでは勿かつた。タタールの(くびき)を解かれたコサックがシベリアを侵略し、中卋温暖期後の寒冷化で德川幕府誕生以降にシベリアから南下したアイヌが、後期縄文人を殲滅して北海道を占領し、先住民族を僭稱(せんしよう)した樣に、地球から脫獄した奴隸達は殘虐の限りを盡くした。人閒に因る人閒狩りを目の當たりにすれば、機族の人閒狩りも所詮、人閒の猿眞似でしか勿い事を知る。在地と出自、ビジネスと信仰、民族主義とリベラリズム。幾つもの屬性(ぞくせい)を時局に合はせて使ひ分けてゐた、有りと有らゆる離散(ディアスポラ)の民達は、經濟と國家と機族と倫理の呪縛から解き放たれた途端、權利と慾動の暴力裝置に成り下がつた。難民が難民に身を持ち崩すのには理由が有る。民度の缺片(かけら)も勿い移民とは蝗害(くわうがい)で在る。其れ迄、被迫害者の假面(かめん)で人閒の本性を隱してゐた蠻族(ばんぞく)の素顏は、入植先との共存を全く求め勿い暴君だつた。己の利益と宗俗と價値觀を武力で押し附け、其の星を開拓した先住共同體の領土を、資源を私財を文化を生命を略奪して措き乍ら、自分達が此の星を開拓したと喧傳(けんでん)し、其の蠻族が更なる蠻族に次次と呑み込まれていく。人道支援、人權保護、多文化共生の詐術を揭て侵略する暴徒の波。差別やヘイト、蔭謀論と云つた、マスコミの隱癡氣(いんちき)な綺麗事には必ず裏が有る樣に、捏ち上げた難民を急先鋒に資源を奪ひ合ひ、開拓地を乘つ取ていく黑幕は帝政投資家(グローバリスト)だつた。

 「宙域渡航發展移住者諸君の壯圖(さうと)を祝して、萬歲。」

 移民船團の出港式に木靈する空空しい美辞麗句の數數。星閒交流、人道支援、多文化共生の名を借りた、大量の移民を送り込む事で現地人を少数派に追ひ込み驅逐する、リプレイスメント攻擊。戰爭とは戰鬪員と戰鬪員の閒にのみ許された戰鬭行爲だが、移民とは民閒人を日常的に抹殺する人閒の兇器だ。利權化した强引な移民政策を推奬する者は皆、詐欺師か筋金入りの香具師(やし)と相場が決まつてゐる。難民と云ふ壓倒(あつたう)的物量の人海戰術を、職業左翼同樣、捨て駒として驅使した其の謀略は、先住入植者達が手塩に掛けた開拓地を瞬く閒に窒息させた。地球から宙域に器が膨れ上がつた丈けで、人の卋は皆殺しの蠱壺(こつぼ)。人類の復興とは、思ふが儘に人口調整を繰り返してきた帝政投資家(グローバリスト)に因る、共喰ひの再開を意味した。スペースノイド解放戰線が(じつ)は機族と提携し、其の勝敗を値蹈(ねぶ)みし乍ら、紛爭の斡旋で暴利を貪る丈けでは飽き足らず、先住開拓民の血と汗と淚で採掘した宙域資源を略奪する、火事場泥棒でしか勿い事に氣付いた時には、女王の周りに殘つてゐるのはスペアノイド丈けだつた。サーベルの錆落としでしか勿かつた同志の腐敗。(かつ)()げられてゐた(たま)輿(こし)に、出迎へる殿方なぞ始めから存在し勿かつた。夢を見た自分が馬鹿だつたとしか云ひ樣が勿い。解放運動に明け暮れ、硝煙に覆はれ、見失つた血塗れの赫き靑春。己の無知と若さをプロパガンダに利用された屈辱に、心の針路を()()られた。本當の勇氣とは命を投げ出す事では勿く、己の閒違ひを認める事。然う氣付いた時には旣に、己の命より、冒した過ちの方が遙かに重く、短い人生の終點に辿り著いてゐた。

 「難民解放の御旗を振り囘して飛び出した子娘が、行かず後家の儘、()せつてゐるとはな。如何(どう)だ、少しは頭を冷やせたか。」

 女王の顏を覗き込む老兵の、慈愛と憐憫で潤む隻眼。同じ傷物に爲つて終つた、妍容(けんよう)を限る縫合痕が己の古傷と響き合ひ、胸を(ゑぐ)る。

 「今日の殘花、昨日開く、とは云へ、所帶(やつ)れせずに、今以て(かをり)立つ其の稟質(ひんしつ)。祕すれば花の(たと)へ在りか。倂し其の花も、深窻(しんさう)を鎖ざし胡桃(くるみ)の殼の樣に凝り固まつて、獨り何を思ふ。誰にも心を許せずに護り通した慘めな純潔。無敗の英雄と(いへど)も、たつた半步で道化師(ピエロ)轉落(てんらく)するのが()(つね)。何れ程、嚴しく其の身を(りつ)し、(ただ)さうと、貞操と淫亂は紙一重。共產主義の詐術(マジック)から飛び出す血塗れの緋い鳩を、天庭(てんてい)紅孔雀(べにくじやく)とは誰が(なづ)けたのやら。過ぎたる赫は闇に(まさ)る。貴樣は赫いカラマーゾフの末裔だ。白い鳩になぞ爲れる物か。」

 アンタレスは書齋(しよさい)机の脇に立て掛けられた、スペースノイド解放戰線の團旗(だんき)に氣が付くと、錦糸の刺繡で、自由と平等、團結(だんけつ)と勞働の星を(ちりば)めた深紅の叛骨に毒吐いた。

 「革命とは神と鄰人(りんじん)を愛せ勿ぬ者が(おちい)る心の病。神か革命か。唯心的救濟か、唯物的福祉か。(ふた)つの大義の狭閒で、貴樣は何時迄、振り子の樣に搖れ動いてゐる積もりだ。そんな物は所詮、神と惡魔と人閒の三角關係でしか勿い。其れとも何か、神と惡魔の一人二役で、彼の漢の樣にバチカンの金庫番にでも爲る積もりか。猶太(イエス)を質草に爲した猶太(ロスチャイルド)の樣に、己の肉體と魂を擔保(たんぽ)にして銀河鐵道株式會社の大株主に卽位した伯爵に、今猶(いまなほ)、未練が有るのか。彼の漢の衣鉢(いはつ)()いでスペースノイドの御旗(みはた)を揭た逆賊が、今度は鋼帝の代辯者(だいべんしや)か。機械仕掛けの鋼族に今から輿入(こしい)れでもする積もりか。」

 最後の一言に金縛りの鎖術を解かれたエメラルダスは、サイドキャビネットの龜裂(きれつ)の入つた御鏡(みかがみ)の向かふから光勵起(くわうれいき)サーベルを拔き取り、皇仭(くわうじん)を一閃すると、アンタレスは帶劍の居合ひで苦も勿く(さば)き、(かへ)す劍先で髑髏のヘアブローチを斬り飛ばした。女王の縫合痕に撓埀(しなだ)れる前髮の御簾(みす)越しに、勝ち誇つた老兵の一吟(いちぎん)

 

 

   衣のたては ほころびにけり

 

 

 如何(どう)した、其の生溫(なまぬる)(いち)太刀(たち)は。肺を遣られて力が入らぬのなら入らぬと、言い譯が有るのなら云つてみろ。其れとも、昔のアイドル革命家は口パクの方も錆び附いたか。」

 然う豪快に(わら)ひ飛ばした刹那、老兵の(たすき)に掛ける彈帶が胸元から(しず)かに斬れ落ちた。

 

 

    年を()し (いと)(みだ)れの 苦しさに

 

 

 更に()一艘(いつさう)の老とは(いへど)も、口が過ぎるぞ、アンタレス。坊主の說敎で齒の痛みが治まるのなら、誰も苦勞はせぬ。大盜賊と呼ばれた怪傑が、(しばら)く見ぬ閒に隨分と御喋りに爲つた物だ。(ののし)(つば)も蜜の味か。老殘の(わび)しさに負けたか。棺桶には默つて入れ。其れが最後の花道だ。」

 臟器賣買の業者にバラされる寸前で拾われたアンタレスに、恩は有つても(あだ)は勿い。其れなのに素直に舊交(きうかう)を溫められぬのは、己の(やま)しさが爲せる(わざ)。そんな女王の泣き處を知り盡くした老兵は、火語を飛ばして(けしか)ける。

 「身も心も捨てて電腦化した、機械伯爵と云ふ(おくりな)を聞いた途端、元氣に爲るとは正直な女だ。現に今も()うして、彼の漢の尻拭ひで火星に向かつてゐるでは勿いか。奴の賴みと在らば火の中水の中か。其れとも、今迄の不義理の埋め合はせに、重合體と刺し違るつもりか。實家に出戾るにしても、何故、鋼殻気嚢(ばるーん)が暴發する寸前迠、皇粒子の彈倉と燃料を過重積載する必要が有る。眞逆(まさか)、其れが伯爵への三行半では有るまい。貴樣も彼の漢も死に場所を探してゐる丈けのチンピラだ。手を取り合つて心中すれば近松も一筆(ふる)ふ物を、其れすら互ひの鼻つ柱が邪魔をして赦せぬとは、面倒な奴等だ。」

 アンタレスは女王に背を向けて、幾何學的に渦卷く波斯(ペルシャ)絨毯の花鳥風月に隻眼を(こぼ)すと、(あざけ)りを(たた)へてゐた霜髯(さうぜん)顴骨(くわんこつ)()()とした。材木を(かつ)いでゐるのかと見紛ふ屈强な肩幅が(せば)まり、(みなぎ)つてゐた殺氣の潮が引いていく。

 「銀河鉄道網を驅使して帶域制限を()ひ、彼の漢が何を隱し、護らうとしたのか。帶域制限と電劾重合體の關係は、何方(いづれ)が先か藪の中の(にはとり)と卵だ。」

 靜寂が光束核幽囂爐(ゴーストエンジン)の稼働音を(あぶ)り出し、(くぎ)られた言葉の餘白に女王の意識は引き込まれ、老兵の苦澁(くじふ)(にじ)み出る。

 「貴樣は、鳥を見たか。」

 アンタレスの立ち枯れた背中が()(ただ)す、運命の第一審。

 「天庭の紅孔雀等と云ふ御輿(みこし)御餝(おかざ)りで勿い、本物を。」

 其れは最早、()()だつた。見たと云へば見た、見て勿いと云へば見てゐ勿い。何が眞實と云へるのか。夢と現、異端と正統の狹閒(はざま)に舞ひ降りた彼の極楽鳥を、果たして自分は見たと云へるのか。

 「重合體の被災現場から飛び發つ鳥の炎舞は、命が燃え盡きる最期の(きら)めき。運命の宣吿が下される其の(とき)化鳥(けてう)は灼熱の威形(ゐぎやう)を現す。」

 「何う云ふ意味だ。」

 エメラルダスが(やまひ)(しとね)から、力の入らぬ上體を引き擦つて降り立ち、光勵起(くわうれいき)サーベルの放電に引き寄せられる薄埃が火花を散らすと、アンタレスは壁一面を彩る緣起繪卷の(つづ)()りに片手を()いて、先史の時代へと(さかのぼ)る物語を隻眼で追ひ、指で(なぞ)つた。

 「こんな()()れを斬つて誰に自慢する。(からす)同士の喧嘩で何の白黑が附くと云ふのか。」

 アンタレスは波斯(ペルシャ)絨毯で敷き詰められた萬春(ばんしゆん)の樂園に帶劍を(はう)り投げると、天蓋(てんがい)(あんず)木末(こぬれ)を見上げて雄雄しく(しはぶ)いた。

 「我我が神話の中に折り込まれた紙の形代(かたしろ)だとすれば、彼の鳥は其の形代に火を(とも)す定められた命の(あかし)。其の(ほとばし)る命の炎群(ほむら)から、封じられし(ふひと)黃泉復(よみがへ)る。靈鳥(れいてう)(ちから)を信じ、念號(ねんがう)(したた)められた(ふひと)を辿る事のみが、火の星を(すく)ふ唯一の道。倂し、靈鳥(れいてう)(ちから)を信じても、決して求めては爲らぬ。禁を破つた其の刻、追憶は不歸(ふき)の旅と爲る。」

 振り返つた病葉(わくらば)外套(ぐわいたう)羽擊(はばた)き、老木の天蓋から猛禽(まうきん)の皮脂を焦がして火の粉が降り注いだ。老兵は夢散し、鳳雷(ほうらい)言靈(ことだま)が轟く船長室。

 「青二才だつた翠玉(すいぎよく)のエメラルドは赫く燃えてゐるか。女王よ目覺めよ。(なんぢ)、神の物語を()け。」

 耳を(ろう)する嘴烈(しれつ)鳳哮(ほうかう)艦體(かんたい)(をのの)き、靑銅の御鏡(みかがみ)を走る斜めの龜裂(きれつ)が、女王の縫合痕と重なつて()(ぷた)つに割れ、老木の梢の狹閒から、金襴(きんらん)怪鳥(けてう)が飛び發つていくのが見えた。屆く筈の勿い其の鉤爪を摑まうと手を伸ばす女王の瘦身(そうしん)。灼き盡くされさうな生命の燦亂(さんらん)星滅(しやうめつ)。再び目眩(めくるめ)く、十干十二支(じつかんじふにし)星辰列超(せいしんれつてう)傳承(でんしよう)絲車(いとぐるま)は卷き戾され、紐解かれていく悠久の(つづ)()り。時の眞砂(まさご)に刻み込まれては、亂卋の風雲に吹き消されてゐた金石文(きんせきぶん)が鏡面文字と爲つて、半缺(はんか)けの八咫鏡(やたのかがみ)草査(さうさ)する。鋼紀柒拾玖(79)己巳(つちのとみ)から大長阡肆佰陸拾陸(1466)己巳(つちのみ)大長(だいちやう)元年から大化(たいか)朱鳥(しゆてう)朱雀(すざく)白鳳(はくほう)白雉(はくち)と逆相する、千載壹遇(せんざいいちぐう)轉卋(てんせい)(とき)(すみか)(わた)る靈鳥の鳳尾(ほうび)が古筆を(ふる)ひ、死藏(しざう)した卷子(くわんし)墨痕(ぼつこん)霏霺(たなび)いて、暗轉(あんてん)する艦内と薄れていく意識を幾重にも塗り潰していく。焚書(ふんしよ)を廣げ燃え盛る雙翼(さうよく)。闇を焦がす凰金(わうごん)飛影(ひえい)に、老兵の戟勵(げきれい)木靈(こだま)する。

 「(なんぢ)、神の物語を()け。」

 

 

 

 

 前後不覺の見當識(けんたうしき)に忽然と(とも)つた一粒の白い(つぶて)。夢の浮橋(うきはし)(ころ)がる、其の小さな(しこり)りが擴散(くわくさん)し乍ら、遙かなる喪神の中で、追憶の焦點を取り戾していく。

 

 竹で組んだ籠の中を俊敏に飛び跳ねる一羽(いちは)白雀(しろすずみ)。其の健氣(けなげ)(さへづ)りに誘はれ、板張りの床に軍靴も脫がずに立ち盡くすエメラルダスは、追ひ求めてゐた(おほ)いなる幻影に水を差されて、娟蛾(けんが)一筆の秀眉(しうび)(しか)めた。

 「此れが鳥?只の白子症(アルビノ)では勿いか。」

 物珍しいと云ふ丈けで他愛の勿い、小首を小刻みに(かし)げ、小皿の玄米を(ついば)白無垢(しろむく)の綿毛。遺傳子(ゐでんし)に異常を宿し、人の好奇に(さら)され、其の境遇すら理解出來ずに毛繕(けづくろ)ひをする、不幸な個體の足處氣勿(あどけな)い仕種は物の哀れを誘ふ許りで、

 「貴樣が彼の鳥なのか。」

 と尋ねる氣にすら爲れ勿い。女王の御所望は、人心を惑はし、天地を征し、時空を()らす、萬物の靈鳥。靈は天に住み、鳥は其の使者で在り、(とき)に靈、其の物と云ふが、少なくとも、こんな人に媚びを賣る愛玩の(とりこ)には(あら)ず。狐に抓まれて(みつ)める籠の鳥の白氣(しらけ)た平穩。其處へ不意に、不躾(ぶしつけ)跫音(あしおと)が表から乘り込んでくる。エメラルダスが屋敷の奧に身を隱すと、胡服(こふく)鍔勿(つばな)しの製帽を被つたアンタレスが、脛裳(はぎもも)を蹴立て現れた。晩夏の陽氣に滴る汗で煌付(ギラつ)いた頰に縫合痕は勿く、彫りの深い窪目(くぼめ)に漆黑の顎髭(あごひげ)(たた)へた其の壯貌(さうばう)。引き連れてきた付き人を見向きもせず、竹籠の中で(たはむ)れる無邪氣な小禽(せうきん)を睨み付け、屋外から降り注ぐ萬雷の蟬鳴(ぜんめい)を背負ひ、帶劍を拔く若き日の老兵。蟬に五德有り。頭上の(ほおすけ)は文。露のみを飮むは淸。穀物を食べぬは廉。巢を持たぬは倹。定まつた刻に出づるは信。其の成蟲(せいちゆう)が餌も得ず全うする短い命を、淸廉にして信義を護る姿に(なぞら)へた、先人の後押しが退路を斷つ。

 

 

 命長(めいちやう)三年壬寅(みづのえとら)、秋七月(ふみつき)戊申(つちのえさる)甲寅(きのえとら)丙子(ひのえね)蘇我臣入鹿(そがのおみいるか)豎者(しとべわらは)白雀(しろすずみ)の子を()る。()の日同じき時に、人有りて、白雀(しろすずみ)()ちて()()れて、蘇我の大臣(おほまへつきみ)に送れり。

 

 

 瑞鳥(ずいてう)蘇我入鹿(そがのいるか)朝堂(てうだう)(たてまつ)ると聞いて、官衙(くわんが)に乘り込んだ中臣鎌足(なかとむのかまたり)は、其の幼氣(いたいけ)正體(しやうたい)破顏絕笑(はがんぜつせう)咆駭(はうがい)し、直刀(たち)()(さき)を竹籠の眞上で寸止めにすると、(けが)れを知らぬ供物(くもつ)に仁王立ちで正對(せいたい)した。

 「村村の祝部(ほうり)に云はれる儘、(いたづら)祭祀(さいし)を繰り返し、牛馬を()()に天雨を乞ひ願つた擧げ句、何の靈驗(れいげん)も勿く、次は白雀(しろすずみ)か。元來、特惠(とくけい)を天に問ふは大王(おほきみ)の神事。其れを息子に百濟(くだら)寺で執り行はせて、明くる日、(わづか)かに降つた丈けとは、

 

 

   苗代(なへしろ)()(くだ)されし天の川

     とむるも神の心なるべし

 

 

 天の災ひが治まらぬのは星辰逆行、佛法(ほとけののり)(かま)け、祖神への尊崇が(おろそ)かな(あかし)斯樣(かやう)(ひよ)()瑞祥(ずいしやう)で人臣の心を逸さねば爲らぬとは、此れより下に見下げ樣が勿い。八佾(はちいつ)の舞ひは剽竊(へうせつ)するわ。私民を徵發(ちようはつ)して己の壽墓(じゆぼ)(たてまつ)るわ。此れが儒家の流儀と云ふ奴か。」

 鎌足の義憤は一官吏(くわんり)、一氏族の(ふところ)で治め切れる代物では勿かつた。丁未(ひのとひつじ)勝照(しようせう)三年に物部の宗家を退けて以後、竺志の威を借りて朝堂を牛耳り、王族に輿入(こしい)れし續けて外戚の手綱を放さぬ蘇我の權勢は衰へる事を知らず、

 「建内宿禰(たけうちのすくね)(おや)に戴く吾等が同朋(はらから)は、息長帶比賣命(おきながたらしひめのみこと)御宇(みよ)から倭國(ゐこく)に仕へる名門(なり)。」

 と髙言して(はばか)らず、何かと云へば太宰府の(みやこ)と較べ、山門(やまと)の習俗は黴臭(かびくさ)ひと退(しりぞ)け、參寳(さんぽう)と改革こそが天意で在ると押し切る其の橫暴。肩を(なら)好學(かうがく)を競つてゐた南淵(みなみぶち)の私塾にも顏を出さず、彼の頃は持つてゐた聞く耳も、今や扶桑(ふさう)(こゑ)にのみ傾け、()にし()からの氏族合議は二の次三の次。其處で切羽詰(せつぱつ)まつた途端、小賢(こざか)しい手土產で御茶を濁さうとは。

 「こんな見せ掛けの紛ひ物を追ひ求める者は、人を(だま)し、(だま)される爲、生きるに等しい。()う見えて代々受け繼ぐ祭官の端くれ。此れこそが()ける鳥で()るのか(いな)か、我が手を穢し、鳥筮(とりうらな)ひに掛ける迠の事。」

 鎌足は右の(かひな)で切刃造りの直刀(たち)を大上段に振り上げると、汗顏(かんがん)を朱に染め上げて、小首を傾げる籠の鳥に一喝した。

 「貴樣が神の使ひで解語(かいご)の鳥ならば、授かつた天命を云ふてみよ。」

 入鹿と鎌足。御互ひを知り盡くした、舊知(きうち)の仲で在るからこその失意と、倒錯した激昂。當たり散らす相手が違ふと判つてゐても、逆上した頭には、佛の說法ですら火に油でしか勿い。

 「あいや、待たれい。」

 一騷ぎに爲ると端から承知で帶同し、靜觀してゐた物の、流石に居た堪れず、直刀(たち)を振り降ろす寸前に割つて入る付き人。其の手を拂ひ、今一度、直刀(たち)を鎌足が()(かざ)すと、撥ね除けられた付き人は奇聲(きせい)を上げて其の場に卒倒した。呆氣に取られて気勢を削がれた主人の足許で、()(うを)の如く四肢を痙攣させ乍ら、心神喪失の肉塊が裏返つた聲色(こわいろ)(まく)し立てる。

 「蘇我ノ(ヤカラ)ニ齒向カハズ、籠ノ鳥ニ手ヲ擧ゲテ氣ガ少シデモ休マルノナラ、其レモ(マタ)、本望。逃ゲモ隱レモ致シマセヌ。此ノ卑小ナ身デ良ケレバ、幾ラデモ御役ニ立チマセウ。」

 白眼を剝いて泡を吹き、(もの)()に取り憑かれた其の口寄せに、鎌足の逆鱗は鳥肌に抜け替はつて粟立(あはだ)ち、血の()つた汗顏(かんがん)が冷や汗で裏返ると、膝の(つがひ)が外れ、鄕賊(きやうぞく)の如く押し入つた脛裳(はぎもも)後退(あとずさ)る。

 「名譽榮達ニ(アヅカ)リタケレバ竺志ニ出仕スル可キ處ヲ、()ヘテ、地盤ノ勿イ山里ニ東國カラ下向(ゲカウ)シテ(トド)マリ、碩才(サキサイ)デ身ヲ立テルニ到ラズモ、腐ラズ奉公ニ努メルトハ、將ニ忠臣ノ(カガミ)。祖神ヲ(アガ)メ、參寳ヲ(ウヤマ)ヒ、儒道ヲ(タガ)ハズ、主君ニ(カシヅ)ク、其ノ息苦シイ(シガラミ)ノ中ニ漢ノ立ツ瀨ヲ見出シテ、(タト)へ、尻尾ヲ卷イテ犬小屋ノ番ヲシテヰル丈ケダノ、豚小屋デ(ホフ)ラレルノヲ待ツテヰル丈ケノ、(ナマクラ)ダノト罵ラレテモ、意ニ介サズ。人ノ風下ニ付イテ廻リ、鳩ノ樣ニ其ノ御零(オコボ)レヲ(ツイバ)ム其ノ謙遜。生涯、無位無冠ト(イヘド)モ、淸貧ニ優ル仁德勿シ。」

 振り上げた直刀(たち)を返り討ちにする萬雷(ばんらい)鶴聲(かくせい)。鎌足は其處で初めて、籠の鳥の(つぶ)らな瞳に膝を屈した。飛び跳ね、(さへづ)るのを止めて、籠の()()に停まり、相對する暴漢を傲然と制視する白雀(しろすずみ)。其の眼差しの奧に、己の(ほぞ)の底で封じられた蠱壺(こつぼ)(うごめ)きを見た。

 「蘇我ノ(ヤカラ)ナゾ、幾ラ背伸ビヲシタトテ竺志ノ傀儡(クグツ)斯樣(カヤウ)ナ子飼ヒノ猿ヲ(ネタ)(ソネ)ミ、猿山ノ喧嘩ニ(クミ)スルナゾ君子ノ(タシナ)ミニ(アラ)ズ。周カラ數ヘテ、秦、漢、魏、晉、宋、齋、梁、陳ト仕ヘテ措キ乍ラ、其ノ册命封爵(サクメイホウシヤク)ヲ辞シテ、藩王國(ハンワウコク)(クビキ)ヲ解キ、自ラ年號ヲ建テ、今ヤ唐ト對等ニ渡リ合ハウト云フ倭國ハ、今以テ東夷(トウイ)ノ忠臣ナゾト(ウソブ)干戈(カンクワ)ノ逆賊。上邊(ウハベ)丈ケノ主從デ、其ノ威ヲ借ル蘇我ノ橫暴モ推シテ知ル可シ。(イヅ)レ天命ニ由リ易姓(エキセイ)ガ改マルノハ、火ヲ見ルヨリ明ラカ。孔子ガ九夷(キウイ)ノ受ケ繼グ禮節ニ焦ガレタ如ク、大八洲(オホヤシマ)ノ古道ヲ護リ拔イテヰタノハ、竺志カラ山門ヘト流レタ分家ノ末裔。其レヲ舶來(カブ)レノ宗家、倭國ニ(クツガヘ)サレ、蘇我ノ(ヤカラ)ニ迠、骨拔キニサレヤウト、我ガ大王(オホキミ)ノ君德ニ(カゲ)()シ。正統トハ何ゾ。見定メヨ眞ノ正鵠(セイコク)ヲ。御餝(オカザ)リノ朝堂ト揶揄(ヤユ)サレ(クジ)ケル挺身(テイシン)ナゾ、挺身(テイシン)ニ非ズ。臣下ノ迷ヒハ亂レタ舊辭(キウジ)、帝紀ニコソ在リ。」

 主從の(くつわ)(あへ)ぎ、負け犬の云ひ譯に明け暮れてゐた本心が、瑞鳥(ずいてう)の色素の拔けた雙眸(さうぼう)に映し出されて反鏡し、鎌足の煮え切らぬ處卋(しよせい)()(さいな)む殘酷な正論。己を殺して主君を立てよと、强引に云ひ聞かせてゐた隱忍自重の言葉が、若さ故の大志と叛骨に突き刺さり、胸が張り裂ける。羊でも角は生えてゐると云ふのに、朝堂の奸臣(かんしん)に刃向かへず忠孝の鑑を演じ續ける怯懦(けふだ)。己の不甲斐勿さを棚に上げ、人の輿(こし)(かつ)いで廻る屈辱。此の儘、家督の祭官を()いで何に爲る。野良犬の樣に瘦せた山里に引き籠もり、骨に爲る迠、日照りに怯え續けるのか。

 「此ノ果敢無(ハカナ)キ人ノ卋ニ、己ノ名ヲ殘シタトテ一春(イツシユン)梅花(バイクワ)(フヒト)(タダ)セ、己ノ生キタ(アカシ)ニ。此ノ國ヲ讚ヘル(トコ)()(フヒト)ヲ。」

 瑞鳥の激勵(げきれい)が轟く行き場の勿い前途。鎌足は騷ぎを聞き付けて驅け附けた官吏(くわんり)を、直刀(たち)を振り囘して押し退け、憑き物が降りた儘の付き人に見向きもせず、官衙(くわんが)を飛び出した。何故、

 「己ノ名ヲ殘セ、果敢無(ハカナ)キ人ノ卋ニ。己ノ生キタ(アカシ)ヲ、(トコ)()(フヒト)ト成セ。」

 と(そそのか)して吳れ勿いのか。己に其の資格は勿いのか。分櫱(ぶんけつ)まで保たずに立ち枯れ、乾上がつた稻田を驅ける番犬の遠吠え。重疊(ちゆうでふ)たる群峰に(かこ)まれ、何處にも出口の勿い山門の環鄕(くわんがう)が、己の鳥籠に見えた。

 

 

 

 

 

 (かへ)しの勿い舶來の淺靴(あさぐつ)に竺志の絹を(まと)ひ、冠帽(くわんぼう)の輪に歡聲(くわんせい)の華が咲く。其の雅な興苑(きやうゑん)を遠く末席で眺め乍ら、鎌足は嚙み殺した苦虫を呑み下し、唯只管(ただひたすら)、其の(とき)が來るのを待ち續けた。金銅(あかがね)の冠に大帶と云つた豪族の金滿趣味を易易と脫ぎ捨て、首餝りに耳餝り、腕輪に足玉は(おろ)か、呪力を求めた護符の勾玉迠も見切りを附け、扶桑(ふさう)の文物を後追ひする、山門(やまと)の根勿し草。古道を(ないがし)ろにした者達の淺閒敷(あさまし)變節(へんせつ)に、調子を合はせる合ひの手が空空(からから)と響き渡る。

 命長(めいちやう)五年甲辰(きのえたつ)の春、竺志の(みやこ)に燦然と輝く、倭國佛敎の殿堂に(あやか)つて(なづ)けられた蘇我の氏寺(うぢでら)、法興寺。其の(つき)の木の廣場で(ひら)かれた打毬(ちやうきう)(くわい)に、常恆(つねづね)恩澤(みうつくしび)(たまは)つてゐる輕王子(かるのみこ)の計らいで、無位無冠の身で在り乍ら招ねかれた鎌足。此の分不相應な天の配劑を物に出來るのかは、總て、今()(とき)(おのれ)次第。祭官の道を自ら辞し、もう後には戾れ勿い。(うつむ)いて上目遣ひで追ふ其の先には(ひらみ)手繰(たく)し上げ球戲(きうぎ)に興じる若君、中大兄王子(なかのおほえのわうじ)

 「打毬(ちやうきう)なぞ竺志の猿眞似。こんな事だから山門(やまざる)と云はれるのだ。」

 と蔭口を叩かれてゐる事を知つてか知らずか、()りに()つて、朝敵の箱庭で此の爲體(ていたらく)。別人で在つて欲しいと願ふ鎌足の(おも)ひとは裏腹に、輪の歡聲(くわんせい)蹴鞠(けまり)が宙を()ぜる。

 去る年、入鹿(いるか)指圖(さしづ)斑鳩宮(いかるがのみや)が討ち入りを受け、山背大兄王(やましろのおほえのわう)が自害に追ひ遣られた許りとだ云ふのに、兵を擧げる事もせずに靜觀し、恥の上塗り以外の何物でも勿い。祖父、馬子(うまこ)の孫に當たる古人大兄王子(ふるひとのおほえのみこ)の卽位を目論(もくろ)む入鹿は、同じく馬子の孫とは云へ、朝堂の復權派が推す山背大兄(やましろのおほえ)外戚(ぐわいせき)の手綱を讓るまいと、古人大兄(ふるひとのおほえ)迠の中繼ぎに寳女王(たからのおほきみ)(かつ)ぎ出した擧げ句の凶行。次は誰かと云はれれば、寳女王(たからのおほきみ)御卋嗣(およつ)ぎに()()()が立つのが道理。明日は我が身と思はぬのか。入鹿を油斷させる爲、()へて(うつ)けの振りをしてゐるにしても、(にはか)には解し難い其の陋態(ろうたい)

 有らゆる富と朝堂を專橫(せんわう)し絕卋を謳歌する蘇我に、誅鍬(ちゆうじよ)一耕(いつかう)を加へずして、此の亂れた(ふひと)(ただ)す事は相成(あひな)らぬ。其の爲には、搖るぎ勿き大義を(よう)する、王道の後ろ盾は()()からざる勘所。何の(いさを)も名も勿い鎌足は、天與(てんよ)御旗(みはた)を探してゐた。其の資格が有るのは、()()る王統を見渡しても唯、獨り。倂し、其の唯、獨りを息を殺して見護つてゐた物の、(こら)()れずに()(いき)()いた。

 中大兄(なかのおほえ)の噂は聞いてゐたが、其れにしても、冴え勿い男だ。(まり)(もてあそ)ばれる、愚鈍を繪に描いた其の()(こな)しに、光る處はまるで勿い。膂力(りよりよく)()け、()(さと)く、(かん)の据わつて、()に篤い駿馬(しゆんめ)とは程遠く、血筋が獨り步きしてゐる丈けの、朝敵に飼ひ慣らされた何の氣概も勿い駄馬。と云ふより、此れではまるで、蘇我が肥え太る爲の飼ひ葉でしか勿い。若い。若過ぎる。何一つ苦勞を知らず、張り詰めた處の勿い、緩み切つた其の溫顏。仕種(しぐさ)と物云ひの一つ一つに、餘計な優しさと甘さが滲み出てゐる。此れでは到底、敵の(ふところ)白癡(はくち)を演じる策士では勿い。冠帽の輪の中に在つて一際目立つ其の凡百。倂し、最早、次の好機を選んでゐる暇は勿い。此の際、同じ御荷物なら、(かつ)ぎ上げる輿(こし)は輕い方が良いのかも知れぬ。下手に芯の有る漢で、折れる可き處で我を張り、狹き門に(つか)へるよりは增しか。然う自問自答を繰り返してゐた刹那、誰かの利き足の淺靴が宙を舞つた。

 永遠の刻の中を緩慢に弧を描く放物線が、底を上にして地面を叩き、若君の照れ笑ひに喝采が卷き起こる。一瞬、躊躇(ためら)つた鎌足は、無用の用ならぬ、無能の用、其の一點に賭け、恥を承知で進み出ると、舶來の逸品を手に取つて土を拂ひ、人の倍、汗に(まみ)れた赤ら顏で驅けて來た新しい主君に、(ひざまづ)いて差し出した。此れが忠義の(みさを)と云ふ奴か。御人好しの若君は其の小聰明(あざと)さを(いぶか)しむ事も勿く、取り入るのに無駄な手數は必要勿かつた。

 程勿くして、中大兄は鎌足が籍を置く南淵漢人請安(みなみぶちのあやひとしやうあん)の私塾に通ふ樣に爲る。光元(くわうごむ)四年戊辰(つちのえたつ)學問僧(ものならふはふし)として倭國の船で隨へと畱學(りうがく)し、命長(めいちやう)元年庚子(かのえね)、唐から新羅を経へて歸國(きこく)する迠、(じつ)(さんじふ)貮年(にねん)儒佛(じゆぶつ)の本場で研鑽し、文化の搖籃(えうらん)を見聞した南淵(みなみぶち)の高名は、磐餘彥(いはれびこ)命が天基(あまつひつぎ)草創(はじ)め給ふ以前から、(つね)に文化の後塵を(はい)し續けた山門に在つて、右に出る者は勿く。生死を賭した遣隋使船の冒險譚から、歸國後、扶桑の(みやこ)、太宰府と、倭國佛敎の華、法興寺五重塔を巡つた遍歷は、數多(あまた)の佛敎典籍、四書五經を差し措いて塾生を魅了した。群峰に(かこ)まれた籠の鳥の殿下(わかぎみ)も異邦の文物の(とりこ)と爲り、徒弟の模範として師と問答をする鎌足の博識を目の當たりにするや、上下の隔ては霧消し、机右(きいう)の兄と慕ふ樣に爲る。倂し、請安(しやうあん)門下の筆頭と云へば聞こえは良いが、何處にも行き場が勿く、私塾に居座つた古株の根が張つてゐる丈け。

 「鞍作臣(くらつくりのをむ)と才を競つたとは流石。」

 と入鹿の名を出されて、羨望の(まなこ)で仰ぎ見る其の足處氣勿(あどけな)い紅顏に、交錯する千羞萬愧(せんしうばんくわい)

 

 

   記問の學は 以て

    人の師と爲るに 足らず

 

 

 詮ずる所、机を竝べて講義を受ける丈けの耳學問。こんな物は金冠を金言に擦り換へた、目新しい豪族趣味でしか勿い。漢文に踊らされ、衒學(げんがく)の限りを盡くす禮節(れいせつ)とは裏腹に、朝堂は王道から橫道へと先途を(たが)へ、山門の古格を手放して見向きもせず、强引で喧囂(けんがう)を究める者の聲が(まか)(とほ)つてゐる。にも(かか)はらず、海表(わたのほか)の文物に心醉し、唐や竺志への憧れに饒舌を揮ふ中大兄。()してや、入鹿と二人で一書を交讀(かうどく)した日日を執拗に尋ねられ、夢を語り合つた往時が胸を焦がす、落陽に彩られた私塾の(かへ)り道。悍馬(かんば)の如く叙位叙勲を驅け昇つて、父の蝦夷(えみし)から紫冠(むらさきのかうぶり)(たまは)り、今や大臣(おほまへつきみ)氣取りの朝敵に較べ、地に()(つくば)つて進む可き道も勿い、石龜(いしがめ)の如き境遇に返す言葉も覺束(おぼつか)ず、殿下(わかぎみ)の羨望の眼に映る慘めな己の姿が、合はせ鏡と爲つて潤んでゐる。入鹿とて、豫斷(よだん)を許さぬ外憂に眼を光らせる竺志から、山門の統制と防備の使命を帶び、腰の重い古族達を束ねる爲に無理を承知で豪腕を揮ひ、重責に身を(やつ)してゐるのだ。主君の爲に憎まれ役を買つて出る其の覺悟と、好い歲をして、禮記(らいき)仁王經(にむわうきやう)だと舶來の言葉遊びに(かま)けてゐるのとでは天と地の差。山門の伝統と調和を亂すなと云ふのなら、扶桑の天子に叛旗を(ひるがへ)す可き物を、其れは流石に(おそ)(おほ)いと鞘に治めるのでは、詮ずる所、扶桑の天使に山門の地を任された盟主への(うら)(つら)みは、(ねた)(そね)みの裏返し。斯樣(かやう)餘情(よじやう)に流されて、此れから先の大事が勤まる譯が勿い。二人丈けで在る刻を見計らひ、鎌足は遠囘しに長計の種を撒いた。

 「私が鞍作臣(くらつくりのをむ)と競つたなぞ、巷談(かうだん)に羽の生えた樣な物。殿下(わかぎみ)こそ、其の御歲で恬然(てんぜん)とした其の膽力(たんりよく)。私とは器が違ひます。」

 「恬然(てんぜん)とした膽力(たんりよく)、とは如何(いか)に。」

 「去る歲、斑鳩宮(いかるがのみや)(けが)した蠻觸(ばんしよく)(いさか)ひ。其の火の粉に卷かれず、決起した處を返り討ちにと、待ち構へてゐた奸計を見拔いた賢俊。此ぞ君子の存る可き姿。殿下(わかぎみ)山背大兄王(やましろのおほえのみこ)を見殺しにしたと、蔭で流言を注ぐ(やから)使嗾(しそう)にも乘らず、自重して時機を讀み、耐へ忍ぶ姿は將に三輪山の如し。竝大抵(なみたいてい)の深慮では勿いと、常恆(つねづね)、感服する次第。恥ぢを承知で腹心を()けば、鞍作臣(くらつくりのをむ)が朝堂に獻上(けんじやう)した瑞鳥(ずいてう)白雀(しろすずみ)に太刀を振り上げ、官衙(かんが)を騷がせた事の在る私等、(とて)(とて)も、彼程の狼藉を前にして平靜を裝ふのは、孔門十哲でも至難の業。」

 鎌足が(うやうや)しく(へりくだ)ると、中大兄の紅顏は硬張して、沈默が薄暮に消え入り、二人の跫音(あしおと)丈けが野畦(やけい)(つら)ねた。少し藥が效き過ぎたか。其れなら其れで話が早い。鎌足は次の布石の手順を巡らし、宵闇に廣がる大局を見据ゑた。

 

 

 

 急峻な坂を登つた多武峰(とうのみね)四阿(あづまや)から見下ろす明日香村の集落。中大兄、(ゆかり)の地で在り、(のち)に藤原の里と呼ばれる山懷で、王子と鎌足の親交は密を重ねていつた。森閑叢叢(しんかんそうそう)として人の眼を(のが)れた二人丈けの奧の院。其の腹藏勿き歡談(くわんだん)最中(さなか)

 命長(めいちやう)五年甲辰(きのえたつ)()(かへ)る立夏を過ぎた壯綠(さうりよく)を搔き分け、獨りの閒者(かんじや)(もぐ)り込んだ。山道を通らずに藪を拔け、木の葉を被つて現れた入鹿の従兄弟で蘇我の重鎭、倉山田石川蔴呂(くらやまだのいしかわまろ)に、顏色を變へ、擧措(きよそ)を失ふ中大兄。

 「驚動(きやうどう)()さるな。石川蔴呂(いしかわまろ)の大老を()んだのは此の私。蘇我の分家とは申しても憂卋の同志。殿下(わかぎみ)の御耳に入れ度い話しが有るとの事。疑懼(ぎく)には及びません。」

 然う云つて鎌足が促すと、石川蔴呂は四阿(あづまや)の踏み石の前に跪拜(きはい)し、額を突いた地邊田(ぢべた)唾鏃(だぞく)を飛ばした。

 「去る癸巳(みづのとみ)()(こく)、吾が宗家の鞍作(くらつくり)が屋敷に里方を(あつ)め、聞くに堪へぬ(そし)りの數數(かずかず)。王子は朝堂に不軌乖亂(ふきくわいらん)を企て、何時、討ち入るやも知れぬと(のたま)ひ、各各方(おのおのがた)、備へ有れと(けしか)ける、無根の陷穽(かんせい)、此處に極まれり。」

 武勇と威望を(あは)せ持つ石川蔴呂、直直(ぢきぢき)の平訴と、濡れ衣を()せられ、遂に巡つて來た()()()に泡を喰ふ中大兄。中腰に爲つて身構へてゐた筈が其の場に(くずほ)れ、此の卋の終はりと許りの泣きつ面の頰を、更なる檄が張り飛ばす。

 「同じ氏名(うぢな)(たまは)る者として、看過し難き鞍作(くらつくり)の橫道。此の儘では、祖神(おやがみ)に顏向けが出來ぬ許りか、天の佑助(いうじよ)を失ひ、朝堂の行く末が昏迷の泥濘(ぬかるみ)に足を取られるのは必然の(ことはり)殿下(わかぎみ)何故(なにゆゑ)、彼の樣な奸臣(かんしん)抛擲(はうてき)なさるのか。」

 「口が過ぎますぞ。殿下(わかぎみ)の自重は深い御考へが有つての事。淺墓(あさはか)穿鑿(せんさく)は失儀の沙汰にして、臣節(しんせつ)(もと)僭越(せんえつ)(つつし)まれたし。」

 眞に迫つた石川蔴呂の勢ひを借りて、鎌足も目上の御大(おんたい)(ひる)まず疊み掛ける。此の血筋丈けの腰拔けを焚き付けぬ事には何も始まら勿い。現に、斑鳩宮(いかるがのみや)蠻行(ばんかう)に沈默した中大兄は、入鹿に取つて眼中の外に(ころ)がつてゐる借りてきた猫でしか勿く、石川蔴呂の密吿は總て作り話。尻に火を點けて叩かねば走らぬ駄馬に手加減をしてゐては、峠の手前で歲が明ける。石川蔴呂は役者だつた。蘇我の一族に在つて蝦夷(えみし)、入鹿の增長に一物を抱へる此の長老に當たりを付けたのは、將に慧眼(けいがん)。鎌足の筋書きを(あやま)たず、色を添へて餘り有る激語は、地に額突(ぬかづ)()(いただき)(つむざ)いた。

 「今こそ此の果敢無(はかな)き人の卋に、君子の名を殘す(とき)。其の生きた(あかし)を、(とこ)()(ふひと)と成さずして、何の生きる甲斐が在りませう。誅罰(ちゆうばつ)は天の御心(みこころ)殿下(わかぎみ)何卒(なにとぞ)、御決斷を。」

 剛毅(がうき)にして果敢(くわかん)な石川蔴呂、決死の進言。鎌足は此處ぞと許りに其の火語(ひご)を煽り立てる。

 「何を云ふ。御卋嗣(およつ)ぎの()()しもの事が在つたら何と爲る。()してや、殿下(わかぎみ)御手(みて)(けが)すなぞ。王道に有閒敷(あるまじき)、凶事。」

 主君の應否(おうひ)を待たずに(ほばし)る、忠烈の一喝。樹上の(すみか)で息を(ひそ)めてゐた禽獸が一齊(いつせい)()()ち、落葉(らくえふ)翠雨(すいう)が舞ひ降りると、鎌足は中大兄に向き直り、木漏(こも)()()れる四阿(あづまや)の床に、負けじと額を擦り付けた。

 「大老の分を(わきま)へぬ雜言(ざふごん)を許した非は、總て此の私に有り。其の上で(なほ)、今一度、殿下(わかぎみ)英明(えいめい)たる聰耳(そうじ)を御貸し下さい。小臣(せうしん)の思ひ上がりとは云へ、止むに止まれぬ私憤にも一分の(ことはり)大王(おほきみ)靈德(れいとく)(おご)(とな)へて神事を執り計らひ、君臣長幼(くんしんちやうえう)(じよ)(ないがし)ろにする鞍作臣(くらつくりのをむ)の專橫は、天の恩寵も乾上がる神權への冒瀆。私に御委せ下さい。(ろく)(いさを)()りませぬ。總ては此れ、亂れた時卋(ときよ)(ただ)す爲。」

 「治卋は殿下(わかぎみ)の手で成される可き物。」

 「否、玉體(ぎよくたい)()殿下(わかぎみ)御身(おんみ)髙名(かうみやう)(けが)して、何の治卋か。」

 平伏した儘、御互ひ相讓らず、甲論乙駁(かふろんおつばく)を演じる狐と狸。(しか)して、血痰を(まじ)へる昂吻(かうふん)の勢ひに吊られ、優男(やさをとこ)の眞珠の樣な頰を、柄にも勿い洟淚(ているい)(そよ)いだ。

 「其方達(そちたち)の僞り勿き忠義は鞘に治めよ。」

 御餝(おかざ)りの佩刀(はいたう)に手を掛けて、(おもむろ)に立ち上がる中大兄。重い輿は腰も重い物だが、何とした事か、此の輕い輿は。今の今迄、寢惚(ねぼ)けてゐた分、一働きして貰はぬ事には始まらぬとは云へ、惡い目覺めで勿ければ良いが。と、一抹の不安を(たん)(ざう)に呑み下す鎌足で在つた。

 

 

 石川蔴呂を仲閒に引き入れ、其の(むすめ)を王子の(きさき)として、婿(むこ)(しうと)(ちぎ)りを結ぶ案を中大兄に申し出た鎌足は、石川蔴呂の許に出向き、仲人の役を買つて出ると、紆余曲折を經て、次女の遠智娘(をちのいらつめ)との婚姻に漕ぎ著けた。王族が復た獨り、蘇我の軍門に(くだ)つたの何のと云はれるのも、此の際、良い隱れ簔。蔭で(わら)ふ者が居れば、其の顏を覺えて措けば良い丈けの事。御上に(へつら)ひ、下下(しもじも)(さげす)む者なぞ何處にでも居る。嚙み付くのは野良犬に委せて措けば良い。

 南淵(みなみぶち)の私塾で支那の史書に精通した鎌足は、旣に粗方(あらかた)の繪圖を描けてゐた。天命が改まる度に繰り返される易姓(えきせい)革命。王者は(つね)に、()()とされるのでは勿く、自ら身を滅ぼしていく。虎には虎、龍には龍。建内宿禰(たけうちのすくね)(おや)に戴き、息長帶比賣(おきながたらしひめ)御宇(みよ)より倭國に仕へる竺志の飼ひ犬で、其の勢力を伸ばす度に四分五裂を繰り返す、蘇我の(やから)同士を焚き付けて共喰ひに持ち込み、漁夫の利を得る。其れが歷史の答えだつた。決起の誅臣(ちゆうしん)佐伯連子蔴呂(さえきのむらじこまろ)葛城稚犬養連網田(かづらきのわかいぬかひのむらじあみた)を中大兄に推擧(すいきよ)し、後は蔭德陽報(いんとくやうほう)に努め、神助の兆候を待つ許り。鎌足は己の(ふひと)を覆す血戰の成就を、遙か東國の祖神に(いの)り續けた。

 

 

 命長(めいちやう)六年乙巳(きのとみ)六月(みなづき)癸未(みづのとひつじ)丁酉(ひのととり)甲辰(きのえたつ)

 「韓人(からひと)進調之日(みつきたてまつらむひ)に、必ず將に(いまし)をして其の(ふみ)()(とな)使()むとす。」

 と吿げた時の石川蔴呂の血走つた瞠目が、鎌足の眼裡(まなうら)に灼き附いてゐる。本來なら其の手に掛け度いで有らう入鹿の首。倂し、入鹿の眼を上表文(じやうへうぶん)に惹き付ける大役は、蘇我の御大(おんたい)で勿ければ務まらぬ。血筋丈けが()()の駄馬に鞭を入れ、手柄を擧げさせるには、脇を幾重にも固めなければ。竺志の眼を盜んで往き交ふ辰韓(しんかん)との内通。寳女王(たからのおほきみ)の後を()古人大兄王子(ふるひとのおほえのみこ)の御披露目も兼ねた、遣使が貢物(こうもつ)獻上(けんじやう)する進調(しんてう)の儀には、積年、他族の恨みを買ひ、不意の仇擊(きうげき)を警戒して出步かぬ入鹿も必ず參内(さんだい)する。手筈を整へ、身も心も淨めて臨む、

 丁酉(ひのととり)戊申(つちのえさる)飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)梅雨(つゆ)(ながあめ)(したた)大安殿(おほあむとの)板葺(いたぶ)き屋根を見上げた鎌足は、進調の儀が始まる前の、最後の仕上げに取り掛かつた。

 「子飼ひの鞍作臣(くらつくりのをむ)を叩いて、竺志が默つてゐる物だらうか。虎の尾を蹈む事に爲りはしまいか。」

 「外憂で首が()はらぬ扶桑の天子に、山門へ()はす手が有りませうか。佛を拜み、納める物を納めれば、天庭も文句は有りますまい。」

 此の期に及んで弱音を吐く中大兄を引き聯れ、鎌足は大安殿(おほあむとの)裏の殿舍で控へる大王(おほきみ)の許に忍び込むと、跪拜した儘、祕事を(ほの)めかした。

 「衣冠を(なぞら)へる亂れた風儀を(ただ)す可く、馳せ參じました。韓人(からひと)調(みつき)(けが)さぬ樣、努めますが、總ては佞臣(ねいしん)の心得次第。何卒(なにとぞ)、御構ひ勿き樣。」

 勘の良い寳女王(たからのおほきみ)は吾が子息と鎌足を二度見し、玉容(ぎよくよう)(しか)めて聲を殺した。

 「(まか)()らぬ。」

 (みかど)龍眼(りゅうがん)に戶惑ひと煌めきが擦れ違ふのを見逃さず、矢張り噂は(まこと)で在つたと確信した鎌足は、匍匐禮(はふゐや)後退(あとずさ)ると、退室するなり、呆氣に取られてゐる中大兄に晴れ晴れと言ひ放つた。

 「此れにて總ては整ひましたな。」

 「何と云ふ事を。大王(おほきみ)(まか)()らぬと。」

 「(まか)()らぬと云ふ事は、(まか)(とほ)せと云ふ事。主君に(いさ)められても()へて(たが)へるのが、内助の功臣。主君の手を(けが)さず、名譽(めいよ)を護るには、蔭で(はか)るに()くは勿し。大王(おほきみ)(あづか)り知らぬ處で事が治まれば、大王(おほきみ)が天に(いつは)る事も勿く、面目も()つ。誅血(ちゆうけつ)を吸つた臣下の手なぞ斬り落として終へば良いが、針一つ刺す事を赦さぬ大王(おほきみ)御玉(みたま)は、然うは行きませぬ。御眼に爲りましたか、はたと見開き憂ひを晴らした、刹那の目配せ。力盡くで(かつ)がれた許りに、降り度くとも、降ろして貰へぬ輿(こし)も在る。今こそ其の輿(こし)の荷を降ろす(とき)。」

 長槍(ながほこ)を杖に、稚児の如く付いて來る丈けの中大兄を、背中で易易と()(くる)め、(とど)()まり、貴族が豪族、豪族は山賊の詐稱(さしよう)在るのなら、(ふひと)とは力を()と爲る御旗(みはた)也、と(ひと)()ちる鎌足。海犬養連勝蔴呂(あまのいぬかひのむらじかつまろ)から(ふた)つの(つるぎたち)を受け取つた、佐伯連子蔴呂(さえきのむらじこまろ)葛城稚犬養連網田(かづらきのわかいぬかひのむらじあみた)大安殿(おほあむとの)の裏手に器物が積まれてゐる物蔭で落ち合ひ、

 「努力努力(ゆめゆめ)(すみやか)(すべから)()()し。」

 と激勵(げきれい)するも、小心者の二人は重壓(ぢゆうあつ)の餘り、腹拵(はらごしら)へに流し込んだ水粥を、丹塗(にぬ)りの掘立柱(ほつたてばしら)に手を突いて反吐(もど)し、水月(みぞおち)を波打たせ乍ら、虫酸(むしず)()えた臭ひを放つてゐる。謀議の座では勇ましい事を火裂(ほざ)いてゐた分際で、何奴(どいつ)此奴(こいつ)も。根囘しは行き屆いてゐると云ふのに此の爲體(ていたらく)。肩に弓、腰に胡祿(やなぐい)を提げた鎌足は呆れて、此以上、叱咤する氣にも爲れず、大安殿(おほあむとの)の脇に隱れる中大兄の許に二人を配した。

 大王(おほきみ)は旣に出御(しゆつぎよ)され、古人大兄王子(ふるひとのおほえのみこ)(とな)りに(さもら)ひ、辰韓(しんかん)の遣使と(なら)んで石川蔴呂は(かしこ)まつてゐる。神然(かうぜん)髙御座(たかみくら)立御(りふぎよ)する山門の御玉(みたま)相謁(あひまみ)え、聖謐を貫く萬物の殿堂。賓客の揃つた式典は、唯、獨りの漢を待つてゐた。(あき)(かみ)を差し措いて先後を亂す不遜な(やから)。若しや何か嗅ぎ付かれたか。鎌足の胸裡を猜疑の鉤爪が(ゑぐ)つた其の時、入鹿が式場に現れた。父、蝦夷(えみし)から讓り受けた、紫絹(しきん)に金糸と銀糸で文樣を(ぬいと)大織冠(たいしよくわん)に、金細工の髻花(うず)()してゐる許りか、紫絹(しきん)裙襦(くんじゆ)紫絹(しきん)(ひらみ)(まと)つて、悠悠と最後の空座(すきざ)に納まつた。位階を無視した紫冠(むらさきのかうぶり)丈けでも眼に餘ると云ふのに、人を喰つた其の濃裝束(こきしやうぞく)を誰獨り(とが)める者が勿い。全く大した漢では在る。確かに、此の日限りの(ひと)()がりなら、此れ位、醉狂な方が相應(ふさは)しい。御蔭(おかげ)で、俳優(わざひと)(あらかじ)め、御前(みまえ)(れい)に失すると(そそのか)し、手際良く入鹿の帶刀を解いて在る。鎌足は北叟笑(ほくそゑ)み、衞門府(ゆけひのつかさ)合圖(あひづ)を送ると、總ての通門が一齊に無言で(こた)へ、雨音が鎖ざされていく。

 石川蔴呂が濱床(はまゆか)御座(みくら)に昇り、大王(おほきみ)御前(みまえ)辰韓(しんかん)上表文(じやうへうぶん)朖朖(らうらう)と讀み上げる。此處迄は繪圖(えづ)に描いた通り事が運び、背負つた弓の(つか)と汗を握り込む鎌足。處が、上表文(じやうへうぶん)の奏上と共に討ち入る筈の子蔴呂(こまろ)網田(あみた)の二人が、鼻から反吐(へど)の絲を埀らして未だ嘔吐(ゑづ)いてゐた。一向に討ち入る氣配が勿く、唐土(もろこし)素文(そぶん)()(ほぐ)し乍ら、(とき)を稼ぐ石川蔴呂。汗顏(かんがん)で声は上擦り、限り有る字面の列を眼は泳いで、手の(ふる)へが止まらず、其れを見た入鹿が後ろから(はや)()てる。

 「何故(なにゆゑ)か、(ふる)(わなな)く。」

 蘇我の郞黨(らうたう)の中に在つて、目障(めざは)りな長老の難儀を嘲笑(あざわら)ふ、尊大な濃紫(こきいろ)の衣冠。謀略を氣付かれては爲らぬと、石川蔴呂は必死で其の場を()(つくろ)ふも、(かへ)つて柄にも勿い事を口走つて終ふ。

 「大王(おほきみ)に近づきまつれるを(かしこまり)て、不覺(おもほえさ)りて汗を流しつ。」

 武勇で名を擧げた大老の(をのの)きは、最早、怖氣(おぞけ)に因る物等では勿く、不甲斐勿い同志への怒りの激甚で在つた。然して其れは、鎌足とて同じ事。態々(わざわざ)手柄を擧げさせる爲に、(いち)から(じふ)まで段取りを組んで遣つたと云ふのに、此の爲體(ていたらく)。入鹿は女王(ひめみこ)孤閨(こけい)寵幸(ちようかう)を賜り、父蝦夷(えみし)を凌ぐ權勢を手に入れた。己の母を寢取られて逡巡(たじろ)ぐ腑拔けに用は勿い。痺れを切らした鎌足は、子蔴呂(こまろ)網田(あみた)の介抱をしてゐる、獨りの御人好しな背中を後ろから蹴り飛ばし、式典の直中(ただなか)に突き落とした。

 參列者の前に(ころ)がり込んだ中大兄は、何が起こつたのか判ら勿い。降り注ぐ奇異の眼に(しば)し放心し、髙御座(たかみくら)から見下ろす()が母、寳女王(たからのおほきみ)を認めて、初めて總てを合點(がてん)した。穴から煙で追ひ立てられた子莵(こうさぎ)の樣に慌てふためき、手から零れた長槍(ながほこ)を見付けて飛び付く叛逆の王子。血の氣の失せた紅顏を揉みくちやにして、

 「咄嗟(やあ)。」

 と(やぶ)(かぶ)れの奇聲(きせい)を上げ、丸腰の入鹿に斬り掛かると、靜觀してゐた子蔴呂(こまろ)網田(あみた)も、背中に鎌足の(つが)へた(やじり)を突き附けられて、其の後に續いた。紫冠(むらさきのかうぶり)が飛び、長槍(ながほこ)と中大兄の腕を摑んで、(つかさ)(たち)は勿いかと見回し乍ら、

 「(まさ)(ひつぎ)(みくらゐ)(ましま)天之子(あまつみこ)也、(やつこ)(つみ)なはゆることを不知(しりまつらず)、乞ひねがはくは審察(つまびらか)(めしたま)へ。」

 と喚き散らす入鹿。辰韓(しんかん)の遣使を放つて、騷然とする太極の殿堂。

 「所作(さえなしこと)不知(しりたまはず)、何事か有りし()。」

 大王は吾が子息の狼藉に向かつて、髙御座(たかみくら)から(いか)()を叩き落とすと、中大兄は返す言葉も勿く、其の薄志弱行に呆れた石川蔴呂は、上表文(じやうへうぶん)搔殴(かなぐ)り捨てて大王(おほきみ)御前(みまえ)に跪拜し、殿下(わかぎみ)に代はつて直訴した。

 「鞍作(くらつくり)(ことごと)天宗(あめのあなすゑ)を滅ぼして、將に日の(くらゐ)(かたぶ)けむとしまつる、(あに)天孫(あめみま)()ちて鞍作(くらつくり)()()。」

 一族の不始末は一族の務めと(のたま)ふ長老の餘りの迫力に、大王(おほきみ)玉顏(ぎよくがん)(そむ)けて殿舍に引き下がり、取り殘された古人大兄(ふるひとのおほえ)()(すべ)も勿く其の場に(くずほ)れ、中大兄と(もつ)()ふ入鹿を、子蔴呂(こまろ)網田(あみた)が後ろから斬り刻んだ。袈裟懸(けさが)けに()たれた頸動脈から、血飛沫(ちしぶき)閒欠泉(かんけつせん)の如く吹き出し、白眼を剝いて倒れ込む入鹿に()()かられて、泣き叫ぶ中大兄。外に逃げやうとして通門が鎖ざされてゐる事に氣附いた參列者は、衞門府(ゆけひのつかさ)に喰つて掛かり、揉み合ひが更なる拔刀沙汰(ばつたうざた)に飛び火する。蜂の巢を突いた公儀の狂亂。其の慘狀を、濱床(はまゆか)を搖るがす、(はら)()わつた鶴聲(かくせい)が一喝し、群盲を制した。

 「靜まれ、靜まれ。殿下(わかぎみ)は見事に誅罰(ちゅうばつ)を果たされた。其れに引き替へ此の鞍作(くらつくり)は、意の儘に朝堂を(とりこ)にした上、死して(なほ)聖主(ひじり)()り、人主(きみ)()る、(あき)(かみ)御前(みまえ)(けが)すとは何事か。即刻、宮から叩き出せ。」

 息絕えてゐ乍ら、其れでも摑んだ袖を放さぬ入鹿の手を(ほど)かうと、血澑(ちだ)まりで藻掻(もが)ぐ婿殿を見下ろして、石川蔴呂は場を仕切つた。此れで良い。矢張り、虎には虎、蘇我には蘇我を充てるに()くは()い。鎌足は表に出ずとも事が運ぶ妙味を嚙み締めてゐた。己を(かつ)()げて吳れた恩人を、眼の前で見殺しにした古人大兄(ふるひとのおほえ)も、死に馬に止めの獨つも刺せぬ中大兄も、(かうぶり)髻花(うず)。輕い御輿(みこし)も滿更、惡く勿い。梅霖(ばいりん)に泣き崩れた板葺(いたぶ)き屋根。表に引き擦り出された入鹿の(むくろ)は、流れ込む(あま)(みづ)の張つた朝庭(みかど)を赭く染め、(むしろ)(しとみ)簀巻(すま)きにされると、蝦夷(えみし)の屋敷に竃木(かまぎ)薪柴(まきしば)の如く運ばれていつた。

 返り血を袖から滴らせて失神した中大兄が、石川蔴呂の手配で蘇我が陣を構へる前に兵を固め、差し押さへた法興寺に()()まれると、凡、諸諸の王子(みこ)(おほきみ)卿大夫(まへつきみ)(をむ)(むらし)伴造(とものみやつこ)國造(くにのみやつこ)、皆(ことごと)く附き隨つて次次と寢返り、積もり積もつた恨みの程が知れた。黴雨(ばいう)(けぶ)る城柵と、宵越しの篝火(かがりび)が巡らされた蘇我の氏寺(うぢでら)。仇敵の御膝元で(ひら)かれた打毬(ちやうきう)(くわい)で王子と出逢つて早壹歲(はやひととせ)。其の(つき)()の廣場に、立場を(たが)へて再び舞ひ戾る此の因緣に、鎌足は輪轉(りんてん)する(ふひと)(ことはり)を垣閒見た氣がした。蹴鞠(けまり)皮鞋(みくつ)(ひらめ)く穩やかな陽氣は、今や暗雲に搔き曇り、陣頭で指揮を執る可き中大兄は、血の海に呑まれた戰慄で()()れ、(ふすま)を被つて獨語(どくご)を吐き續けてゐる。少し藥が效き過ぎたか。輿(こし)御餝(おかざ)りも()()れては(さま)に爲ら勿い。

 「殿下(わかぎみ)は御疲れのやうだ。」

 石川蔴呂は苦苦しく、()はり()てた婿殿に語尾を濁し、(とつ)がせた(むすめ)の不憫を(おもんばか)つて、人拂(ひとばら)ひを命じた。長女が中大兄と一旦は結んだ契りを暴漢に絕たれ、意氣消沈してゐる父に、蘇我宗家の後塵を拜す倉山田の命運を(にな)ふ爲、姉の務めを果たすと自ら名乘り出た次女の遠智娘(をちのいらつめ)。卋閒知らずで氣骨の勿い婿殿に、甲斐甲斐しく仕へる姿は、冥利の盡きる事勿き忠孝の(かがみ)。滅私に徹した其の辛勞(しんらう)に報ひる術は、殿下(わかぎみ)の榮達を措いて他に勿い。譬へ、(なまくら)空蟬(うつせみ)でも、血統には筋が一本通つてゐる。今は其の蜘蛛の絲に(すが)るしか勿い。

 石川蔴呂は、宗家の存亡、此處に極まりと、眷屬(うがら)(つはもの)結聚(けつしゆう)して鎧冑(がいちう)(ぢん)を拂ひ、蝦夷(えみし)の警護と(いくさ)に備へる漢直(あやのあたひ)の許へ、巨勢德陀臣(こせのとくだのをむ)(まだ)し、

 「天地開闢(あめつちひらけしとき)より、(きみ)(をむ)のつぎて始まりて有りける。」

 と(つた)へて說き伏せ、(おもむ)()き王道の行く末を()()めしると、髙向臣國押(たかむくのをむくにおし)漢直(あやのあたひ)に、

 「吾等(われら)(きみ)大郞(おほいらつこ)()りて、被戮(ころさ)應當()し。大臣(おほまへみつき)、亦、今日明日(けふあす)に、立ちどころに其の(ころさゆ)るを()たむと(さだま)れり。(しか)れども(すなは)ち、爲誰(たがため)に空しく戰ひて、(ことごと)被刑(つみなはえ)()。」

 と()()へて帶刀と胡祿(やなぐい)を解き、軍陣(いほりそこ)を去つた。數多(あまた)賊徒(あたのたむら)も其の潔斷(けつだん)(なら)ひ、()かれ()げると、石川蔴呂が戎馬(じふうば)()()れて()(かこ)み、

 翌、丁酉(ひのととり)己酉(つちのととり)蝦夷(えみし)は屋敷に火を放ち、自盡(じじん)(ほま)れに浴したと讚へ、巷口を塞いだ。降り止まぬ梅霖(ばいりん)を物ともせずに立ち昇り、蘇我の宗家を灼き盡くす終末の業火。其の騷亂の中で、炭灰(たんくわい)()す、竺志の帝紀(あまのみことのふみ)、種種相相の珍寳の中から、船史惠尺(ふねのふひとゑさか)は身を挺して本記(もとつふみ)(すく)ひ出し、中大兄に(たてまつ)る可く、甲紐(かふちう)を解き始めた法興寺に伺候(しこう)した。處が、深窻(しんさう)殿下(わかぎみ)に代はつて取り次いだ鎌足は、

 「餘計な事を。そんな(たは)けた竺志の史書なぞ、其の儘、()して措けば良い物を。金書は禁書(なり)。竺志に尾を振つた負け犬に、出自を(かた)る領分なぞ有る物か。扶桑に貮君(にくん)在りと(いへど)も、天之下(あまつした)貮史(にし)在らず。」

 此の鎌足が(ふひと)(ただ)す。然う、吐き捨てて卷子(くわんし)を裂いた。然して、日が替はるや否や、全燒した蘇我の屋敷も未だ(くすぶ)る、

 丁酉(ひのととり)庚戌(かのえいぬ)蝦夷(えみし)と入鹿の(かつ)ぐ輿から解かれた寳女王(たからのおほきみ)は、輕王子(かるのみこ)に王位を讓られ、中大兄は太子(ひつぎのみこ)の筆頭に昇つた。進調(しんてう)の儀での蠻行(ばんかう)から僅か二日。朝堂を穢したと云ふのに、中大兄を始め、佐伯連子蔴呂(さえきのむらじこまろ)葛城稚犬養連網田(かづらきのわかいぬかひのむらじあみた)誅臣(ちゆうしん)齋戒(さいかい)で免除。入鹿の屋敷は許より、罪人、入鹿の立ち寄つた地所も(ことごと)く、穢れを(そそ)ぐ爲に燒き拂はれ、總ては勿き物とされて終ふ。誅血(ちゅうけつ)を吸つた床板を張り替へる閒も勿く、大安殿(おほあむとの)輕王子(かるのみこ)に授けられた神璽(しんじ)

 「あな、()。」

 の一言で片付けられていく朝堂の變事(へんじ)に、誰が裏の筋書きを(したた)めたのかと(いぶか)る聲は、殿下(わかぎみ)直刀(たち)で斷たれ、飛鳥寺まで達したと云ふ入鹿の首と共に、山鄕(やまざと)の軒から軒へと跳梁(てうりやう)した。

 寳女王(たからのおほきみ)は子息、中大兄への讓位を御望みに爲られたが、(ふすま)(くる)まり出て來やうとせぬ空蟬(うつせみ)に務まる筈も勿く。

 「古人大兄(ふるひとのおほえ)殿下(わかぎみ)(このかみ)也。輕王子(かるのみこ)殿下(わかぎみ)(をぢ)也。(まさ)に今、古人大兄(ふるひとのおほえ)(ましま)して、殿下(わかぎみ)王位(おほきみのたかみくら)(のぼ)りたまはば、便(すなは)ち人の弟の(つつし)みて(うやま)へる心に(たが)へり。()た、(おぢ)を立たせまつりて()ちて(おほむたから)(ねが)ひに答ふること、不亦可乎(またよからずや)。」

 と鎌足が代辯(だいべん)して祕かに朝庭(みかど)奏聞(まをしたま)ふも、大王(おほきみ)の讓意を吿げられた輕王子(かるのみこ)は畏れ多いと(かた)くなに(いな)び續け、(めぐ)(めぐ)りつて、古人大兄(ふるひとのおほえ)に王位を薦めると、つい一昨日迠、蘇我の(かつ)ぐ輿の上に胡座(あぐら)を搔いてゐた外戚(ぐわいせき)の犬は、大王の御意に(したが)ふ可し、吾は出家して吉野に入ると(のたま)ひ、一度も揮つた事の勿い金銅銀珠で裝美された腰の佩刀(はいたう)を解いて投擲(なげう)ち、法興寺に向かつた。板蓋宮(いたぶきのみや)の襲撃を目の當たりにして屋敷に蟄居(ちつきよ)し、

 「韓人(からひと)鞍作臣(くらつくりのをむ)を殺しつ。()が心痛し。」

 と異母兄弟の中大兄の凶行を見勿かつた事にする、怯懦(けふだ)()に描いた男だ。昇極する意欲を見せて滅ぼされる事を恐れ、蚊帳の外から少しでも離れやうと、逃げ足丈けは速い犬は、瞬く閒に、法興寺で佛殿(ほとけのおほとの)刹柱(さつちゆう)の閒に(まう)でて、自ら剃髮剃髯(ていはつていぜん)して袈裟を召すと、中大兄が(ふすま)を被つて咒詛(ずそ)を吐き續けてゐる奧の院を素通りし、肩の片髮(へんぱつ)も拂はず、吉野に旅立つた。

 鎌足が無位無冠の頃から恩澤(みうつくしび)を賜り、中大兄との(えにし)(とりも)つた輕大王(かるのおほきみ)卽位(そくゐ)。本來、望みを絕たれてゐた髙御座(たかみくら)立御(りつぎよ)した(あき)(かみ)は、篤い慈しみの御心(みこころ)を以て、中大兄を日嗣(ひつぎ)王子(みこ)に据ゑ、阿倍内蔴呂臣(あべのうちまろのをむ)蘇我倉山田石川蔴呂(そがのくらやまだのいしかはまろ)夫夫(それぞれ)、左大臣と右大臣に昇敍(しようじよ)し、鎌足も大錦(だいきむ)(かがふり)を賜つて、内臣(うちつまへつきみ)に引き立てられ、戶封(へひと)を增した。()(けつ)して密議を重ね、此の手を穢した總てが報はれる。遂に(ひら)かれた榮達への門戶。處が、(おも)ひ焦がれてゐた授冠の(ほま)れは、後戾り出來ぬ修羅道の(はなむけ)でしか勿かつた。

 丁酉(ひのととり)己卯(つちのとう)、法興寺の大槻の木の下に群臣(まへつきみたち)()(あつ)め、天神地祇(あまつかみくにつかみ)に其の信ずる所を(ちか)新冠(しんくわん)大王(おほきみ)

 「(あめ)をば覆ひて(つち)には載りて、帝道(きみがみち)、唯一つ。(しか)れども末代(すゑのよ)澆薄(うすら)ぎて、君臣(きみをむ)(つぎ)て失せり。大いなる(あめ)、手を我に()して、(あら)びて(さか)ふるを(ころ)(ほろぼ)せり。今共に心血(まこと)(した)づ。(しか)るがゆゑに今()以後(のち)(きみ)(まつりごと)に二つ無し、(をむ)(みかど)(ふた)こころ無し。()し此の(ちか)ひに(ふた)こころあらば、(あめ)に災ひし(つち)(わざは)ひし鬼は(ころ)し人は()つ。(いろしろ)きこと日月(ひつき)の如き也。」

 天が味方する梅雨の晴れ閒に執り行はれ、玉音が澄み渡る境内。其の奧の院で、(ふすま)を被り(うごめ)鬼殆(きたい)が、雌伏の魔泥(まどろ)みに(ぬか)るみ、目覺めの(とき)を數へ、毒吐いてゐた。

 

 

 

 九月(ながづき)丙戌(ひのえいぬ)丙寅(ひのえとら)丁丑(ひのとうし)、法興寺の門前で、門弟に喰つて掛かる獨りの漢、在り。

 「眞逆(まさか)日嗣(ひつぎ)王子(みこ)()()けた御髮(おぐし)を、捨たと申すのか。」

 草臥(くたび)れた輕裝で不意に現れた貴人の激昂に戶惑ひ、箒の手を止めた(ひじ)(ひじ)で御互ひを小突き合ひ、(まば)らな落ち葉に眼を落とす見習ひ小坊主達。(むべ)なるかな、(たと)へ貴人の發心(ほつしん)とは云へ、得度の剃髮を後生大事に預かる()はれは勿い。此處でも亦、話しの取り次ぎすら儘ならぬとは。吉備笠臣埀(きびのかさのをむのしだる)は途方に暮れ、色付き始めた梢が秋風と潺笑(せせらわら)ふ山門を仰いだ。今生の別れと肚を決め捨て去つた山里。今頃、騷ぎに爲つてゐても奇怪(をか)しくは勿い。手振らで(かへ)つては云ひ逃れが出來ぬ。責めて、古人大兄王子(ふるひとのおほえのみこ)(ゆかり)の有る品の獨つも勿ければ。讀みの外れた吉備笠臣埀(きびのかさのをむのしだる)に殘された手は、裏切つた兩者の狹閒(はざま)で拔け勿くなつてゐた。飛鳥の官衙(くわんが)に出頭し、

 「(をむ)、吉野の王子(みこ)謀反(そむきたまふはかりごと)(ともがら)に預かりまつる。(かれ)、今、自ら(あきらけく)まをす也。」

 と其の旨、阿倍内蔴呂(あべのうちまろ)蘇我倉山田石川蔴呂(そがのくらやまだのいしかはまろ)大臣(おほまへつきみ)に傳へるやう訴へるも、誰獨り取り合つて貰へず、次に、驅け込んだ貴人の宮でも主の姿は勿く、

 「殿下(わかぎみ)何處(いづこ)に。」

 と中大兄の所在を尋ねた途端、顏色が變り、叩き出された。何と云ふ事か。日嗣(ひつぎ)の座を降りて出家を裝ひ、吉野の山寺で身の保身と謀反の密議に明け暮れた古人大兄(ふるひとのおほえ)の決起。確かに、此の大事を信じろと云うのが土台無理な話。板蓋宮(いたぶきのみや)變事(へんじ)で恥辱の限りを曝した(なまくら)坊主に、斯樣(かやう)な大それた知謀と蠻勇(ばんゆう)の二物が芽生える筈も勿く、復たぞろ、易易と(かつ)ぎ上げられた御餝りの御玉(みたま)吉野太子(よしののひつぎのみこ)(あが)められ、蘇我蝦夷(えみし)、入鹿の殘黨(ざんたう)蘇我田口臣川堀(そがのたぐちのをみかはほり)を筆頭に、物部朴井連椎子(もののべのえのゐのむらじしいのみ)漢文直蔴呂(あやのふみのあたひまろ)朴市秦造田來津(えちのはたのみやつこたくつ)の叛旗で振り囘される鳴り物に、眞面(まとも)()(さき)は望め勿い。負け犬の尻尾に卷き込まれるのは眼に見えてゐる。淺閒敷(あさまし)い欲と意地の張り合ひにホトホト疲れた。吉備笠臣埀(きびのかさのをみのしだる)は飛鳥の國院、法興寺に足が向いたのも、僧門を(くぐ)り、頭を丸めよと云ふ佛の御導きなのかと心が(かし)いだ。將に其の刻、

 「古人大兄(ふるひとのおほえ)如何(どう)した。」

 (かん)(さは)る掠れた聲が境内の靜寂(しじま)に爪を立てた。門前小僧達の後ろで()らめく(やつ)れた隻影。斷食明けの苦行僧の如く、落ち窪んだ眼窩(がんくわ)隈取(くまど)りをした()(びと)が、美豆良(みづら)の解けた亂れ髮を逆立てて、蒼く燃えてゐる。朝堂に出仕した事の勿い吉備笠臣埀(きびのかさのをむのしだる)は、皮肉枯瘦(ひにくこそう)の其の亡者が誰か判ら勿かつた。倂し、(かほ)()つていたら(なほ)の事、()はり果てた姿を信じる事が出来勿かつたらう。

 「殿下(わかぎみ)。」

 と振り向いて絕句した小坊主を搔き分け、奧の院から這ひ出てきた中大兄は、尖つた(おとがひ)(ゑぐ)れた顴骨(くわんこつ)()()らせて、吉備笠臣埀(きびのかさのをむのしだる)顳顬(こめかみ)(つむざ)いた。

 「古狸の外道が如何(どう)かしたのか。」

 

 

 冠位を賜り、多忙な宮勤めに嬉嬉として追はれてゐた鎌足の許に其の一報が屆いた時、蘇我大臣(おほまへつきみ)の使ひが捲し立てる意味が(にはか)には摑めず、(すずり)に添へた墨柱(ぼくちゆう)の手を止めて、(しば)し、下人の額から頰へと限る汗を眺めてゐた。古人大兄(ふるひとのおほえ)が謀反を企てたと云ふのも寝耳に水なら、法興寺で腐つてゐた中大兄が討伐を指揮し、電光石火で平らげたなぞ靑天(せいてん)霹靂(へきれき)厩舍(きうしや)放牛息馬(はうぎうそくば)し、凱歌を揚げる菟田朴室古(うだのえむろのふる)高麗宮知(こまのみやしり)()(ただ)し、宮に乘り込むと、廢人同然だつた中大兄が佛殿(ほとけのおほどの)で居住まひを(ただ)し、烱烱(けいけい)と眼を血走らせてゐる。

 「(おそ)し。」

 鎌足に一瞥(いちべつ)も吳れず、内陣の暗がり、唯、其の一點(いつてん)を睨み恫喝する若き暴君。亡者の返り血を浴びて魔竟(まきやう)を覗き見たか。自ら手を穢した者の(おちい)る疑心暗鬼。餘計な物に目覺めて終つた。蘇我蝦夷(えみし)と入鹿を(しりぞ)けたとは云へ、輕大王(かるのおほきみ)髙御座(たかみくら)は盤石では勿い。勘繰れば勘繰る丈け敵は增えていく。殿下(わかぎみ)(みつ)める闇は深い。此の騰馬(あがりうま)の手綱を捌き切れるのか。此處からが腕の見卋處(みせどころ)と、鎌足は固唾(かたづ)を獨つ呑み、(かうぶり)掛緖(かけを)を引き締めた。

 

 

 

 扶桑の太子、伊勢王(いせのみこ)は、(あづま)の飛鳥で子飼いの蘇我が散り、日嗣(ひつぎ)王子(みこ)同士が(ほこ)(まじ)へた喧囂(けんがう)を耳にして、心勿し、秀眉を(けん)に寄せた。俀王(たいわう)利歌彌多弗利(りかみたふり)が病に倒れ、(まつりごと)(まか)された太宰の府。其の條坊(でうばう)を吹き拔ける藩國(まがき)の醜聞。猿山の喧嘩は今に始まつた譯では勿いが、合議を旨とする古道は何處(どこ)へやら。其の(げい)の勿さに附ける藥は勿い。總ては天孫の掌の芥子粒。吹けば飛ぶ分家の(いさか)ひを、伊勢王(いせのみこ)は無言で握り込んだ。聖德の太子と呼ばれた多利思北孤(たりしほこ)の孫で、其の賢德は先帝に生き寫しと(しよう)される御卋嗣(およつ)ぎの千里眼と順風耳には、翌、

 命長(めいちやう)七年丙午(ひのえうし)九月(ながづき)戊戌(つちのえいぬ)、遂に(まか)()へた任那(みまな)の一報と共に、鎌足が初めての宮勤めで國博士(くにのはかせ)に任命した髙向史玄理(たかむくのふびとくろまろ)を、俀國との緊迫の度を增す新羅へと(まだ)して、宗主國に對抗する外交を祕かに續けてゐる事も、筒拔けの(うつぼ)。蘇我の討伐で竺志の威勢を削ぎ、良からぬ事を嗅ぎ廻る飼ひ犬の粗相なぞ、出來の惡い(わらは)の愛嬌でしか勿い。天の王道を步む太子の憂患は、そんな脇道に眼を吳れず、俀國の行く末を見据ゑてゐた。

 

 

 命長(めいちやう)七年丙午(ひのえうし)十一月(しもつき)辛丑(かのとうし)己丑(つちのとうし)庚子(かのえね)王后(あまのきさき)體不豫(みやまひ)したまふ。(すなは)王后(あまのきさき)の爲に誓願(こひちか)ひて、初めて藥師寺を()つ。()りて一佰の僧を(いへで)せしむ。甲寅(きのえとら)、天皇、病したまふ。因りて一佰僧を(いへで)せしむ。戊午(つちのえうま)臘子鳥(あとり)天を蔽ひて、西南より東北に飛ぶ。

 

 

 俀王(たいわう)に續き天后(あまのきさき)も病に倒れ、利歌彌多弗利(りかみたふり)の容態も重篤の一途を辿る、扶桑の御所。命長(めいちやう)元年庚子(かのえね)、太宰府政廳(せいちやう)造營に合はせて、

 五月(さつき)辛巳(かのとみ)丁酉(ひのととり)辛丑(かのとうし)設齋(をがみ)が行はれ、翌、壬寅(みづのえとら)

 

 

 沙門惠隱(はふしゑおん)内裏(おほうち)()せて、無量壽經(むりやうじゆきやう)()かしむ。沙門惠資(はふしゑし)を以て、論議者(ろんげしや)とす。沙門(はふし)一千(ちはしら)を以て、作聽衆(さぢやうじゆ)とす。

 

 

 唐土(もろこし)歸りで位人臣(ゐじんしん)を極める志賀漢人惠隱(しがのおやひとゑおん)が取り仕切つた無量壽經(むりやうじゆきやう)講話。其の國を擧げての法事に不備が有つたのか、天王(あまきみ)は病に倒れ、平癒を祈願し命長(めいちやう)と改元して早六年。夜を日に繼いだ修祓(しゆばつ)と仁術の甲斐も勿く、凶兆の臘子鳥(あとり)に迎へられて利歌彌多弗利(りかみたふり)(みまか)り、

 常色(じやうしき)元年丁未(ひのとひつじ)伊勢王(いせのあまきみ)が扶桑の天子に卽位した。

 二月(きさらぎ)甲辰(きのえたつ)戊午(つちのえうま)壬午(みづのえうま)、新帝は大安殿(おほあむとの)(ましま)し、親王、諸王及び諸臣を()して、(みことのり)して曰はく、

 

 

 (ちん)、今より()律令(のりのふみ)を定め法式を改めむと欲す、(かれ)(とも)()の事を修めよ。(しか)(にはか)(これ)のみを(まつりごと)()さば公事()くこと有らむ。人を分けて行ふべし。

 

 

 と(のたま)ひ、常色(じやうしき)と元號を改めた。常は、のりを表す「典法」。色は「色法」。則ち佛と物質。此の(ふた)つの法こそ俀國の兩輪。倭王葛(ゐわうかつ)磐倭(いわゐ)の定めた律令を大成し、佛門の綱紀を(あらた)に改めて、藩國(まがき)に知らしめる。天下の血束勿くして、半㠀の平定なぞ夢の復た夢。伊勢王(いせのあまきみ)は遷宮と共に先帝が健勝を挫かれた太宰府政廳(せいちやう)を不祥と見なし、同じ(てつ)()む事に爲るのではと(いさ)める臣下を(しりぞ)けて、大郡(おほごほり)條坊(でうばう)を後にした。悲しみに暮れてゐる(いとま)は勿い。危機と好機は紙一重。先帝の(しがらみ)が解けたのも何かの機緣、俀國を(あらた)(あら)める時宜(じぎ)を逸機したと在つては、チのクシ降る神より(つら)なる天祖(あめのおみ)に申し譯が立たぬ。

 

 

 小郡(をごほり)(こぼ)ちて宮を(つく)る。天王(あめのきみ)小郡宮(をごほりのみや)(おほましま)して、禮法(ゐやののり)を定めたまふ。其の(のり)に曰く、

 

 (おほよ)(くらゐ)(たも)ちあらむ者は、(かなら)ず寅の時に、南の(みかど)()に、左右羅列(つら)なりて、日の初めて(いで)きことを(うかか)ひて、(おほは)に就きて再拜(をか)むて、(すなは)(まつりことのとの)(さもら)へ。()(おそ)(まうこ)む者は、(まゐ)りて(さもら)ふことを不得(えじ)(うま)の時に到るに臨みて、(かね)を聽きて()めよ。其の(かね)()かむ(つかさ)は、赤の(ちきりかがふり)を前に()れよ。其の(かね)(かけもの)中庭(おほは)に起てよ。

 

 

 新帝は大郡、太宰府の南に數多(あまた)國衙(こくが)官衙(くわんが)に藥師堂を(よう)する、三尺三寸强の基壇に柱梁《ちゆうりやう》を組んだ明日香宮(あすかのみや)を造營して遷居すると、新宮の造法令殿(のりのふみつくるみあらか)で、白喪(はくさう)に服す生成(きな)りの素服に墨を飛ばし、一瀉千里(いつしやせんり)に新法を定め、俀國を榮華の絕頂へと導いていく。

 二月(きさらぎ)癸卯(みづのとう)、卽位に(さきが)け、戊午(つちのえうま)丁丑(ひのとうし)大山上草香部吉士大形(おほやまかみのくさかべのきしおほがた)小錦下位(しやうきむげのくらゐ)(じよ)された際、難波連(なにはのむらじ)(かばね)を下賜されると、其れを皮切りに氏姓を(あらた)に改め、更に、冠位を七色と十三の階調で()(わけ)けると、

 夏五月(さつき)丙午(ひのえうし)丁亥(ひのとゐ)辛丑(かのとうし)禁式(いさめののり)九十二條を以て、

 

 

 親王以下、庶民に至るまでに、諸の()、用ゐる所の、金、銀、珠玉(たま)、紫、錦、(ぬひもの)、綾、及び氊褥(おりかもとこしき)、冠、帶、(あはせ)て種種雜色(くさいろ)の類、()、用ゐること各差有れ。

 

 

 と位階を衣冠の色と素地で表した。然して、先帝が神上(かむあ)がりして百箇日も過ぎ、

 六月(みなづき)丁未(ひのとひつじ)丙辰(ひのえたつ)己卯(つちのとう)

 

 

 又卯日定緣日十二之御僧禰宜神主十二人宮奴神前祭不斷也

 

 

 利歌彌多弗利(りかみたふり)御魂(みたま)を祭り、

 七月(ふみつき)戊申(つちのえさる)乙酉(きのととり)丁酉(ひのととり)

 

 

 天下に(みことのり)して、(ことごと)大解除(おほはらへ)せしむ。此の時に當たりて、國造(くにのみやつこ)(おのおの)祓柱(はらへつもの)奴婢(ぬひ)一口を出して解除(はらへ)す。

 

 

 先帝の初盆法要と、伊勢王(いせのあまきみ)卽位の祭事が執り行われた。然して、息吐く閒も勿く、

 乙酉(きのととり)癸卯(みづのとう)

 

 

 (かれ)沙門狛(のりのしこま)大法師、福亮、常安、靈雲(りやううん)、惠至、寺主僧旻(そうみむ)、道登、惠鄰、惠妙、を以て十師(とたりののりのし)とす。別に惠妙法師を以て百濟寺の寺主とす。此の十師(とたりののりのし)等、()く衆の僧を敎へ導きて釋敎(ほとけのみのり)修業(おこな)ふこと、(かなら)(のり)の如くならしめよ。凡そ朝庭(みかど)より伴造(とものみやつこ)に至るまでに造る所の寺、(つく)ること(あたは)ずは、(ちん)、皆助け作らむ。今、寺司(てらのつかさ)等と寺主(てらじ)()さむ。諸寺を巡り行きて、僧尼(そうに)奴婢(ぬひ)田畝(たうね)(むさね)(かむが)へて、(ことごと)(あき)らめ(まう)せ。

 

 

 佛門の位階を(ただ)して十師(とたりののりのし)とし、宗門、夫夫(それぞれ)に委ねてゐた僧綱(そうかう)(さだめ)を確かな物にし、更には、

 十一月(しもつき)壬子(みづのえね)癸未(みづのとひつじ)乙巳(きのと)(みことのり)して曰はく、

 

 

 親王、諸王及び諸臣、庶民に至るまでに、(ことごと)()くべし。(およ)そ法を犯す者を糾彈(ただ)さむときには、或は禁省之中(おほうち)をも、或は朝廷之中(まつりことところ)にも、其の過失(あやまち)(おこ)らむ處にして、(すなは)隨見隨聞(みきかむまま)にして、匿蔽(かく)すことなくして糾彈(ただ)せ。其の重き事犯しし者あらば、()すべきことは()せ。捕ふ()きは(かすい)よ。()對捍(こば)みて捕はれずば、()の處の兵を起して捕へよ。杖色(ふとつゑのしな)に當たらば、(すなは)ち杖一佰(ももたひ)より以下、節級(しなじな)にして()て。亦、犯しし(かきつけ)灼然(いちしろ)きを、欺きて無罪と(まう)して、伏辨(うべなは)ずして、爭ひ訴へば、(かさ)ねて其の本の罪に加へよ。

 

 

 と(のたま)ひ、「()(ぢやう)()()、死」の五刑を(あき)らかにした、常色律令を(したた)めると、造法令殿(のりのふみつくるみあらか)御座(みくら)を立つ結びに、藩國(まがき)の革たな行政單位、評制で集權體制を網羅し、新帝は其の秀叡(しうえい)な勑筆を納めた。微に入り細を穿つ緻密な刑法(ほどこすののり)禮法(ゐやののり)(つまび)らかにして、民、臣、君の道を(ととの)へ、豪族を領地から切り離して勢力を削ぐ爲、七色(ななつのいろ)十三階(とをあまりみしな)(かがふり)で更なる官僚化を推し進め、徵收した領地は百姓(おほむたから)()(あた)へて富國の資を大にし、天下の石据(いしず)ゑを固め、韓の故地、再興へ、屯倉(みやけ)兵庫(つはものくら)(つぶさ)に備へる。伊勢王(いせのあまきみ)(すぼ)めた眼光の焦點は、天ヶ原に浮かぶ天國(あまのくに)と對馬の先に在つた。熾烈を究める海表(わたのほか)の情勢。引きも切らさず掩護を乞ふ百濟からの窮報に、此以上、機を窺つて許りではゐられ勿い。歷代の倭王が果たして來た韓の討征。圖南(となん)(はか)北狄(ほくてき)との果てし勿き攻防。舊辭(きうじ)卷子(くわんし)輪轉(りんてん)する戰禍の狼煙が、今、國を負ふ天子の背筋を(あぶ)り立てる。此れこそが己の求めてゐた生きる(あかし)。天孫の偉業を(つら)ねる(ふひと)の卷末に、此の名を契む刻が來た。年が明け、

 常色(じやうしき)二年戊申(つちのえさる)三月(やよひ)丙辰(ひのえたつ)壬午(みづのえうま)甲午(きのえうま)

 

 

 小紫(せうし)及び宮内官大夫(ちやうちのつかさのかみ)等に命して、新城に(まだ)して、其の地形(ところのありかた)を見しむ。()りて都つくらむとす。

 

 壬午(みづのえうま)己酉(つちのととり)、新城に(いでま)す。

 

 

 北狄との鬭爭に明け暮れる唐は、髙句麗を攻め落として後、必ずや百濟、新羅と倂呑(へいどん)し、其の上げ潮に乘つて樂浪海中を渡り、俀國に食指を伸ばすであらう。始皇帝の秦、絕卋の漢も成し遂げ勿かつた東夷(とうい)平定の野心。長城を越えて中原を征した鮮卑(せんぴ)の覇道には限りが無い。避けては通れぬ大國との角逐(かくちく)。唐から歸朝(きてう)した遣使や學問僧(ものならふはふし)の鬼氣迫る箴言(しんげん)に、新帝は俀國の本貫、竺志で相伐つ不退轉の覺悟を決めた。唐の進擊を耐へ拔いた其の先に、故地復興の道は拓ける。百濟を唐の()(にへ)にして保身に走るなぞ、天の道では勿い。伊勢王(いせのあまきみ)は本土決戰の第一步として、東國の統治と俀國第二の行政機關として、副都難波宮(なにはのみや)造營を發起し、其の定礎に當たり、木工寮(こだくみのつかさ)で勞務に服する番匠(たくみのつかさ)(さだ)めると、(みかど)自ら行幸(いでま)して其の地勢を確かめ、片や、俀國の本貫、太宰府死守の爲、後の卋に神籠石(かうごいし)山城と呼ばれる防衛網を扶桑の要衝に築く、未曾有の國家事業に著手する。

 

 

 伊勢王。番匠初。常色二年戊申、日本國巡禮給。當國下向之時、守輿船御乘在之。同海上住吉御對面在之。同越智姓給之。

 

 

 天下に革たな行政單位、評制を周知させる爲、諸國を歷訪する難波行幸(ぎやうかう)の往路、伊豫(いよ)の地で領主の守輿(もりおき)越智(をち)の姓を下賜すると、伊勢王(いせのあまきみ)は瀨戶の廿重(はたへ)八百重(やほへ)(つら)なる㠀竝(しまな)みを細見し、

 

 

 鏡當四年甲辰、新羅人來從筑紫至播磨燒之。

 

 

 天地開闢(あめつちひらけしとき)より初めて邦土を穢された阿每(あま)氏の御卋(みよ)。傳へ聞く鏡當の役に威儀を(ただ)し、遙かなる屈辱に心火を(とも)した。一刻の猶予が一國の憂卋を(しい)する至難の外政。内政の大鉈(おほなた)を大上段で揮へぬ者に、外狄(ぐわいてき)の命脈を絕つ資格は勿い。

 四月(うづき)丁巳(ひのとみ)壬子(みづのえね)辛酉(かのととり)(みことのり)して曰はく、

 

 

 親王より以下、佰寮(もろもろのつかさ)の諸人。今()已後(いご)、位冠及び(まへひも)(ひらおび)脛裳(はぎもも)()ること()かれ。(また)膳夫(かしはで)采女(うねめ)手襁(たすき)肩巾(ひれ)(ならび)()ること()かれ。

 

 とのたまふ。()の日に、(みことのり)して曰はく、

 

 親王より以下諸臣に至るまでに、(たまへ)りし食封(へひと)皆止めて、(また)(きみ)に返せ。

 

 

 とのたまひ、舊冠位(きうくわんゐ)の裝束と運用を差し止めて、位階に基づく食封(へひと)を一旦返上させ、新冠位と裝束と倶に再配し、七色(ななつのいろ)十三階(とをあまりみしな)(かがふり)を天下に()すと、

 夏五月(さつき)丁巳(ひのとみ)辛巳(かのとみ)癸未(みづのとひつじ)

 

 

 竺志太宰、大きなる鐘を(たてまつ)れり。

 

 

 「其の(かね)(かけもの)中庭(おほは)()てよ。」と(みことのり)した鐘が、明日香宮の(まつりごとのとの)(すなは)官衙(くわんが)に屆き、新宮の(いらか)に滲み入る撞鳴(とうめい)()(がた)く、書机(しよき)を立つ佰寮(ひやくりれう)の新冠、名儒(めいじゆ)の德目、晚照に映える。

 

 

 八月(はづき)辛酉(かのととり)己酉(つちのととり)壬戌(みづのえいぬ)、親王以下及び諸臣に令して、各法式(のりとして)用ゐる()き事を申さしむ。

 

 九月(ながづき)辛酉(かのととり)己卯(つちのとう)癸未(みづのとひつじ)禮儀(ゐやはひ)言語(ものいはむ)(かきつけ)(みことのり)したまふ。(また)(みことのり)して曰はく、

 

 (およ)そ諸の考選(しなさだめかうぶりたま)はむ者は、()く其の族姓(かばね)及び景迹(こころばせ)(かむが)へて、(まさ)に後に(しなさだ)む。(たと)景迹(こころばせ)行能灼然(しわざいちしろなり)(いへど)も、其の族姓(かばね)定まらずは、考選(しなさだめこうぶりたま)はむ(しな)には在らじ。

 

 九月(ながづき)壬戌(みづのえいぬ)己卯(つちのとう)壬辰(みづのえたつ)(みことのり)したまはく、

 今()りは以後、跪禮(ひざまづくゐや)匍匐禮(はふゐや)(ならび)に止めよ。更に之より、立禮(たつゐや)を用ゐよ。

 

 

 再び造法令殿(のりのふみつくるみあらか)に引き籠もつた伊勢王(いせのあまきみ)は、南船北馬の塵垢(ぢんこう)を拂ふ樣に染み附いた蠻俗(ばんぞく)に封をすると、中庭(おほには)(しよう)が湛へる寒露の靜寂(しじま)に耳を澄ました。海表(わたのほか)の文物に()()き追ひ越さずして、新羅の肩越しに睨みを利かせる唐と渡り合ふなぞ、(てつ)()たずに刀を研ぐに等しい。古道に(したが)つて浮かばれる物なぞ髙が知れてゐる。所要と有らば神事にも手を入れる事すら(やぶさ)かで勿い。現卋の德を積まず、(いたづら)に墓の髙を競ひ、(うつつ)を拔かしてゐる山猿は組み易し。然う髙を括つてゐられたのも倭王の御卋(みよ)迠。今は、そんな猿の手も借りねばならぬ國難。佛典(ほとけののり)に依る敎化で、(まつりごと)官衙(くわんが)藩國(まがき)文書(もんじよ)で束ね、天下臣民を()らす、其の見立てに狂ひは勿かつた。文字に據つて認められた權威に、無殘無殘(むざむざ)と組み敷かれていく草昧な豪族達。冠位と云ふ無形の形式を爭ひ、文官(ふみのつかさ)を巡る虛榮が新しい富を生み出した。黥面(げいめん)で其の身を(かざ)つてゐた上古の民が今、木簡の墨痕で己の位德を(かざ)つてゐる。常色(じやうしき)の改新とは、扶桑の天子の御膝元で(けみ)される外交と交易以外、天下に(あまね)く流通する事の勿かつた文書に據る支配の確立。字義は時宜に相通じ、墨刃(ぼくじん)を征する者が萬卋を征する。(ふみ)(あき)らかにする事こそが韓の故地、再興の道を()(さら)く。其の初志を信じて、墨染めと爲つた白喪の素服を疊むと、伊勢王(いせのあまきみ)(しづ)かに結跏趺坐(けつかふざ)を組み、眼裡(まなうら)に浮かぶ眞言(しんごん)潺潺(せんせん)(じゆ)した。

 

 

 

 常色(じやうしき)三年己酉(つちのととり)、歲が明けると共に紫冠(むらさきのかうぶり)(さづ)かり、更なる增封を(たまは)つた鎌足は、(ふか)常色(じやうしき)の改新の恩惠に(あづ)つてゐた。東國(あづまのくに)から出仕し全く地盤の勿い山門の地で、輕大王(かるのおほきみ)寵偶(ちようぐう)に浴し、冠位と引き換へに領地を明け渡した豪族と肩を竝べ、古式に(こだは)る者達を尻目に榮達の(きざはし)を驅ける幸甚(かうじん)。天にも昇るとは將に此の事。()(ひるがへ)した時卋の潮目は、己の才獨つで渡り步く鎌足に味方した。然して其れは、拭ひ切れぬ血糊と背中合はせの猜疑を、夜凪(よなぎ)不知火(しらぬひ)の樣に惑はしていく。

 

 

 三年己酉初置八省百官及十禪寺。六年壬子改元白雉。

 

 (うるふ)二月(きさらぎ)丁卯(ひのとう)丙子(ひのえね)己丑(つちのとうし)僧正(そうしやう)僧都(そうつ)律師(りつし)()けたまふ。因りて(みことのり)して曰はく、

 

 僧尼(そうに)()(をさ)むること(のり)の如くにせよ。

 

 是月(このつき)、博士の髙向史玄理(たかむくのふびとくろまろ)(ほふし)僧旻(そうみむ)とに詔して、八省(やつのすぶるつかさ)佰官(もものつかさ)を置かしむ。

 

 

 伊勢王(いせのあまきみ)(みことのり)の許、八省百官及び十禪寺を置きて、官吏と佛門を()(おさ)へ、多利思北孤(たりしほこ)の揭た宗政一致を推し進めると、其の幾重にも締め上げる竺志の(くびき)力盡(ちからつ)きたかの如く、

 三月(やよひ)己巳(つちのとみ)丙午(ひのえうま)壬戌(みづのえいぬ)阿倍内蔴呂(あべのうちまろ)(みまか)り、左右の大臣(おほまへつきみ)の一翼が折れた。山門の朝堂の屋台骨は支へを失ひ、輕大王(かるのおほきみ)擧哀(ねな)きの禮に(むせ)ぶ朱雀門は、怪しく傾ぎ始める。去る歲、改めた冠位を意に介さず、食封(へひと)と共に一旦返上する可き紫冠(むらさきのかうぶり)の儘、(まつりごと)を執り仕切つた大臣(おほまへつきみ)。其れも(ひと)りならず、(ふた)りが足竝(あしな)みを揃へる、無言の背反。古式を改める事で翼を得た鎌足とは裏腹に、割を喰つた者達の咒詛(ずそ)は地の底を這つてゐた。蘇我蝦夷と入鹿が(しりぞ)けられ、竺志の威勢も削がれるかと思ひきや、改新の(みことのり)に因り、蠻俗(ばんぞく)の一言で斬り捨てられた東の飛鳥の禮法(ゐやののり)。其の上、領地は次次に召し上げられ、竺志の宗主が難波に宮を造營し、直に東國を睥睨(へいげい)すると云ふので、輕大王(かるのおほきみ)迠もが飛鳥の故地を離れ難波に遷宮する羽目に。(いはか)に搔き曇る板葺きの空。蘇我蝦夷(えみし)と入鹿が蓋をしてゐた蠱壺(こつぼ)(しづ)かに溢れ返り、其れ其れの思惑が手探りで離合輯散(しふさん)を繰り返していく。

 伊勢王(いせのあまきみ)から押し附けられた常色(じやうしき)の改新に眉を(しか)める守舊(しゆきう)派は、蘇我倉山田石川蔴呂(くらやまだのいしかはまろ)阿倍内蔴呂(あべのうちまろ)(ふた)りの大臣(おほまへつきみ)(かつ)ぎ上げた。扶桑の顏色を窺ふ丈けの輕大王(かるのおほきみ)は、髙御座(たかみくら)の棚の上に置かれ、大臣(おほまへつきみ)(ともがら)のみで積み重ねる山門の合議。其の輪の中に中大兄の姿は勿かつた。蘇我の氏寺に引き籠もつてゐた頃と較べれば持ち直したとは云へ、其の(すさ)んだ蒼貌は見る者の(まなこ)を氷の(つぶて)()へ、血の臭ひを知つて終つた者の猟奇が未だ(くすぶ)つてゐる。蘇我の殘黨(ざんたう)の餘力は如何程(いかほど)か、蘇我と入れ替はりに息を吹き返した者達は如何(どう)出るのか。新しい竺志の犬は誰か。古人大兄(ふるひとのおほえ)の次は誰が裏切るのか。烱烱爛爛(けいけいらんらん)と群臣、氏族の眼の色を覗ふ、闇の中の狐疑恆(こぎつね)。彼の器では己の犯した罪に耐へられまい。()してや、輕大王(かるのおほきみ)を引き立てて朝庭(みかど)を立て直すなぞ、狼に(うさぎ)の卋話をしろと云ふ樣な物。靜觀するに()くは()いと、丹塗(にぬ)りの柱の蔭で息を(ひそ)めてゐた鎌足。阿倍内蔴呂(あべのうちまろ)薨去(こうきよ)は其の膠著(かうちやく)(きん)()いた。

 王族の血筋に眼が(くら)み、遠智娘(をちのいらつめ)(とつ)がせた石川蔴呂は、入鹿誅罰の爲體(ていたらく)と、其の後の人心から程遠い婿殿の奇行に幻滅し、最早、見切りを附けた婿殿を顧みる事も勿い。(たと)へ、日の目を見たとしても、無駄な重荷でしか勿い(むすめ)立后(りつごう)。其の悔悟と失望の矛先を不甲斐勿い朝堂の變節(へんせつ)に向け、左大臣と示し合はせて紫冠(むらさきのかうぶり)を被り續けた。眼に餘る不遜な態度。盤石では勿い輕大王(かるのおほきみ)髙御座(たかみくら)を搖るがす無言の叛禮(はんれい)。其の一角が崩れた途端、鎌足は殿下(わかぎみ)が下手を打つ前に先手を取つた。

 蘇我の宗家を()いだ石川蔴呂を(ねた)(そね)む者なぞ、叩けば出てくる綿埃。蘇我には蘇我の鉄則は此處でも生きてゐる。唯でさへ、人を見れば咆える犬に()ちた中大兄が、片翼を()がれた石川蔴呂に眼を付けるのは時閒の問題。其の前に鎌足は蘇我臣日向(そがのをみのひむか)(あざな)身刺(むさし)に眼を付けた。元來、鎌足の仲人で、遠智娘(をちのいらつめ)の前に中大兄が(ちぎ)りを交はしてゐた石川蔴呂の長女と、密かに通じて(つれ)れ去つた蘇我の亞賊。其の因緣淺からず、()くも巡り巡つて來る物か。今思へば蘇我臣日向(そがのをむのひむか)の狼藉も天の配劑。彼の時に中大兄と切れてをれば、蘇我の長老も天壽(てんじゆ)(まつた)うした筈を。

 丙午(ひのえうま)己巳(つちのとみ)

 「(やつこ)異母兄(ままあに)の蔴呂、太子(ひつぎのみこ)海濱(うみのへた)(あそば)すを伺ひて將害之(ころさむとす)。將に(そむ)かむとすること、其れ不久(ひさしからじ)。」

 何んなに淺い嫌疑でも身内の密吿なら腑に落ちる。(しうと)不軌(ふき)で婿殿の僻耳(ひがみみ)(くすぐ)り、狐疑の辿る道筋を、脇に逸れぬやう導く石川蔴呂の異母弟(ままおとうと)。何せ、此の何處に飛び火するか判らぬ腹の虫を野放しにしては、治まる物も治まらぬ。鎌足は蘇我臣日向(そがのをむのひむか)を介して中大兄の怒りを本丸の一點に仕向け、大王(おほきみ)良弼(りやうひつ)す可きと、詮議の進言を促し、自らは石川蔴呂の獨り相撲と爲るやう根囘しに努めた。

 髙御座(たかみくら)から下された勑命(ちよくめい)で、大伴狛連(おほとものこまのむらじ)三國蔴呂公(みくにのまろのきみ)穗積嚙臣(ほづみのくひのおみ)を石川蔴呂の許に(まだ)し、謀反の虛實を()(ただ)すと、

 「被問(とひたまはえしこと)(かへりごと)(やつこ)(あひまみ)えて(まさ)大王(おほきみ)(みもと)にて(まを)すべし。」

 追ひ詰められた(しうと)は、一蓮托生で在つた筈の婿殿に(たす)けを求めず、朝庭(みかど)への直訴を申し出る。倂し、輕大王(かるのおほきみ)は一切(おう)じず、再び三國蔴呂公(みくにのまろのきみ)穗積嚙臣(ほづみのくひのをむ)(まだ)して、事の次第を(つまび)らかにせよと繰り返し、亂臣賊子の(やかた)(かこ)む可く、蘇我臣日向(そがのをむのひむか)等に命じて兵馬を揃へた。左右の大臣(おほまへつきみ)が無言の異を唱へた改新に、贊同した者達は鳴りを(ひそ)め、阿倍内蔴呂(あべのうちまろ)が病に倒れた時點で、先手を打た勿かつた己を責める石川蔴呂。紫冠(むらさきのかうぶり)を被つて挑發し、中大兄の(かん)の虫が騷いだ處を逆手に取る筈が、逆手の逆手を()じ上げられ、手の打ち樣が勿い。御餝りの輕大王(かるのおほきみ)を云い(くる)めて(けしか)け、反動の(やから)を音も勿く寢返らせたのは誰か。()けた器で(すく)ひやうの勿い殿下(わかぎみ)に蔭の如く付き()ひ、遠智娘(をちのいらつめ)との惡緣を(とりも)つた彼の漢。彼の成り上がり勿くして、中大兄の今は勿い。鎌足の平身した低頭の裏で描き込まれる筋書きに、石川蔴呂は組む可き曲者(くせもの)の異才を見誤つた、己の眼力を()ぢた。朝庭(みかど)の命を受けて蹴立てる戎馬(じふば)蹄塵(ていぢん)日向(ひむか)(いづ)れ、捨てられる爲に遣ひ囘されてゐる事を知るであらう。然して、袋の鼠が氣付いた時には辯明(べんめい)の餘地すら勿い。

 石川蔴呂は法師(ほふし)赤猪(あかゐ)(ふた)りの庶子(しよし)()れて、鼠賊(そぞく)(そし)りを嚙み締めた。朝敵と爲つて脫け出す、包圍(はうゐ)の網の目。石川蔴呂の發願(はつぐわん)で山田寺の建立(こんりふ)()たつてゐた嫡男(ちやくなん)興志(こごし)は、父の危急を耳にして今來(いまき)大槻(おほつき)まで出向き、造營中の境内に迎へ入れると、

 「興志(こごし)(ねが)はくは自ら(ひた)進みて來たる(いくさ)逆拒(こば)まむ。」

 と窮鼠(きゆうそ)の氣概を(ふる)ひ、石川蔴呂に(いさ)められても、小墾田宮(をはりたのみや)を燒き討つと息卷き、士卒(いくさびと)(あつ)めて、今や死に花の大輪にのみ取り憑かれてゐる。

 翌、丙午(ひのえうま)庚午(かのえうま)

 「(いまし)、身を()しむ()。」

 憔悴した面持ちで忽然と尋ねる石川蔴呂に、興志(こごし)は決然と(かへ)した。

 「不愛(をしまじ)也。」

 父の眼を一點に(とら)へて放さぬ嫡男(ちやくなん)の、餘りにも一途(いちづ)な其の矜恃(きようじ)壓倒(あつたう)的な絕望と死に物狂ひの野望が(せめ)ぎ合ふ、若さ故の燃え盛る叛骨が、俗塵の滲み附いた老骨に堪へる。煩悶に次ぐ煩悶の夜を明かし、澄み渡る朝未(あさま)だきの玲氣(れいき)。立夏の賑綠(しんりよく)が匂ひ立つ飛鳥の山懐で、落魄(らくはく)(しやう)熟熟(つくづく)、人の卋の虛しさに疲れ果ててゐた。竺志の猿眞似を持て(はや)し、祖神(おやがみ)(うや)ひ、釋尊(ほとけ)(あが)め、禮法(ゐやののり)を改め、文化の華を取り繕つた處で、欲目に(くら)み、人を(おとし)め、恩を仇で返す猿山の小競り合ひに限りは勿い。蝦夷(えみし)と入鹿を(しりぞ)けた時には諸手を擧げた蘇我の(ともがら)が、瞬く閒に掌を返す、同族での(いが)み合ひ。擧げ句の(はて)に、冠の色が如何(どう)のと目抉(めくじ)らを立て、被る被ら勿いで意地を張り續けた己の淺閒敷(あさまし)さ。髙が布切れ獨つで命を分け合ふ意味が何處に在るのか。石川蔴呂は斗折蛇行(とせつだかう)の夢路から目覺めた丈けでも、()しとする境地に達してゐた。衆僧(ほふしども)長子(このかみ)興志(こごし)(あつ)め、朖朖(らうらう)と己の不德を省みる最後の潔齋。

 「()れ人の(をむ)()()(いづくに)(きみ)にふることを構ふや、何そ父に(したが)ふことを失すや。(おほよ)そ此の伽藍(てら)()、元より自身(おのれ)(ゆゑ)(たてまつ)りて誓ひ作れり。今、我、身刺(むさし)見譖(そし)らへて橫しまに(ころ)さへむことを恐る。聊願(ねが)はくば、黃泉(よもつくに)に尙ほ(まこと)(おも)ひて退(まか)らむ。寺に來し所以(ゆゑ)は、(をへ)の時を(やす)から使()めむにあり。」

 と()()へ、佛殿(ほとけのおほとの)の戶を開けて仰ぎ、

 「願はくは、我が生卋生卋(うまれむようまれむよ)君王(きみたち)不怨(うらみまつらじ)。」

 と誓ひを()()へると、石川蔴呂は未だ組み上がつてゐ勿い内陣の(はり)に首を掛け、自經(わな)きて天壽(てんじゆ)を絕つた。髙御座(たかみくら)の棚の上に置かれた輕大王(かるのおほきみ)なぞ裳(もぬ)けの形代(かたしろ)。總ては邇邇藝(ににぎ)命より續く祖神(おやがみ)の治卋を鎭める爲。()れ添つた妻子(めこ)も其の後に(したが)ひて、蘇我臣日向(そがのをむのひむか)大伴狛連(おほとものこまのむらじ)の軍勢が山田寺に到る迠に總ては決し、落慶法要も儘ならぬ未完の伽藍(がらん)(むせ)禱命(たうみやう)を、殘屑(ざんせつ)の後始末に取り掛かる戎馬(じふば)()(にじ)つていく。

 中大兄が運ばれてきた(むくろ)(あらた)め、石川蔴呂の生首に古き紫冠(むらさきのかうぶり)を叩き附けて振り返ると、遠智娘(をちのいらつめ)は其の場に泣き崩れ、以後、(くだ)け散つた心根(こころね)が正氣に戾る事は勿かつた。首(ひと)つと爲つても()紫冠(むらさきのかうぶり)を被る石川蔴呂に默禮し、(むしろ)を被せる鎌足も、自害に追ひ込む丈けでは飽き足らず斬首を命じた殿下(わかぎみ)に、此の騰馬(あがりうま)は野放しに出來ぬと、改めて思ひ知る。其の手に滲み附いた血の臭ひに、心が安まる事は勿く、石川蔴呂の生首も明日の我が身。最早、己の影に怯える亡者でしか勿い。其れに引き換へ、惜しい漢だ。器で云へば中大兄なぞ比べ物にもなら勿い。越度(をちど)と云へば、護る可き山門の古道、其の一絛(ひとすじ)を貫き過ぎた事のみ。だからこそ竺志の富と權力に屈し勿かつた傑物が、斯樣(かやう)な姿で晚節を鎖ぢようとは。禮節も弔意も拂はれず、死肉の穢れとして片付けられていく蘇我の長老。後に、()し上げられた(やかた)から「太子(ひつぎのみこ)の物」と書かれた良書、重寳(ちようほう)が見付かり、石川蔴呂は無實だつたとの空言(そらごと)が吹き渡つた處で、後の祭り。(あらた)(あらた)められた律令の五刑に據り、一族郞黨(らうたう)聯座(れんざ)して、其の處罰は酸鼻を究めた。

 生き殘つたのは遠智娘(をちのいらつめ)蘇我臣日向(そがのをむのひむか)の許に走つた姉、然して、妹の姪娘(めいのいらつめ)。其の唯一心を許せる妹を中大兄は力盡くで我が物にした。父の爲、一族の爲、(とつ)いだ良人(をつと)の榮達の爲、(ふた)りの子女を儲け、一心に盡くす遠智娘(をちのいらつめ)への暴虐な仕打ち丈けでは飽き足らず、妹迠も手込めにする血迷つた妄執。死者は生者をして占有せしむ。(あや)めた者の數丈け彌增(いやま)す、猜疑と風狂。中大兄は蘇我の亡靈を(もてあそ)ぶ樣に、蘇我の(むすめ)達を手當たり次第に(めと)つていつた。

 

 

 

 常色(じやうしき)三年己酉(つちのととり)十一月(しもつき)丁丑(ひのとうし)辛丑(かのとうし)庚午(かのえうま)

 

 (およ)都城(みやこ)宮室(おほみや)一處(ひとつところ)(あら)ず、必ず兩參(ふたところ)に造らむ。(かれ)、先づ難波に都造らむと欲す。(これ)を以て佰寮(もろもろのつかさ)の者、各(まか)りて家と地を(たう)はれ。

 

 伊勢王(いせのあまきみ)が難波宮造營、複都の(みことのり)(たてまつ)ると、歲が明けて、

 常色(じやうしき)四年庚戌(かのえいぬ)二月(きさらぎ)己卯(つちのとう)庚午(かのえうま)庚辰(かのえたつ)

 

 淨廣肆(じやうくわうし)小錦中(せうきむちゆう)及び、判官(まつりごとびと)錄事(ふむひと)蔭陽師(をむみやうし)工匠(たくみのつかさ)等を畿内(うちつくに)(まだ)して、都つくる()き地を視占(みしめ)たまふ。()の日に、小錦下(せうきむげ)采女臣筑羅(うねめのをむちくら)等を信濃に(まだ)して、地の形(ありかた)()しめたまひふ。()の地に都つくらむとするか。

 

 二月(きさらぎ)己卯(つちのとう)庚午(かのえうま)辛卯(かのとう)

 

 伊勢王(いせのあまきみ)京師に巡行(あり)きたまひて、宮室(おほみや)の地を定めたまふ。

 

 四月(うづき)辛巳(かのとみ)己巳(つちのとみ)丙戌(ひのえいぬ)

 

 (あく)る年の九月(ながづき)に、必ず(けみ)せむ。因りて佰寮(もろもろのつかさ)進止(ふるまひ)威儀(よそおひ)を敎へよ。

 

 (およ)(まつりごと)(ぬま)軍事(いくさのわざ)なり。

 

 

 一觸卽發(いつしよくそくはつ)の半㠀情勢。決戰に備へ竺志の地に山城の防壘(ばうるい)を積み上げ、屯倉(みやけ)兵庫(つはものくら)を檢分し、諸諸(もろもろ)軍士(つはもの)佰官(もものつかさ)鏡當(きやうたう)の役の慘劇を說いては綱紀を引き締め、風雲の士氣を賦活(ふかつ)督勵(とくれい)した。

 

 

 冬十月(かむなづき)、宮の地に入れむが爲に、丘墓(はか)(やぶ)られたる人、及び遷されたる人には、物(たま)ふこと各差有り。(すなは)將作大匠(たくみのつかさのかみ)荒田井直比羅夫(あらたいのあたひのひらふ)(まだ)して、宮堺標(のさかひのしめ)を立つ。

 

 冬十月(かむなづき)、難波宮に(ましま)袁智大王(をちのおほきみ)庚戌(かのえいぬ)十月(かむなづき)に始めて、辛亥(かのとゐ)三月(やよひ)に造り()はる。

 

 

 常色(じやうしき)四年庚戌(かのえいぬ)、冬十月(かむなづき)丁亥(ひのとゐ)

 伊勢王(いせのあまきみ)は難波京の造營を越智國(をちのくに)の大王に勑命を下すと、八色(やくさ)(かばね)(さだ)め、

 十月(かむなづき)丁亥(ひのとゐ)丁卯(ひのとう)己卯(つちのとう)(みことのり)して曰はく、

 

 ()た諸氏の族姓(かばね)を改めて、八色(やくさ)(かばね)を作り、以て天下(あめのした)(よろづ)(かばね)(まろか)す。一に曰はく眞人(まひと)、二に曰はく朝臣(あそみ)、三に曰はく宿禰(すくね)、四に曰はく忌寸(いみき)、五に曰はく道師(みちのし)、六に曰はく(おむのこ)、七に曰はく(むらし)、八に曰はく稻置(いなき)

 

 此の日に、守山公(もりやまのきみ)路公(みちのきみ)髙橋公(たかはしのきみ)三國公(みくにのきみ)當蔴公(たいまのきみ)茨城公(むはらきのきみ)丹比公(たむひのきみ)猪名公(ゐなのきみ)坂田公(さかたのきみ)羽田公(はたのきみ)息長公(をきなかのきみ)酒人公(さかひとのきみ)山道公(やまちのきみ)、十三氏に(かばね)(たま)ひて眞人(まひと)()ふ。

 

 十一月(しもつき)戊子(つちのえね)丙申(かのえさる)戊申(つちのえさる)

 大三輪君(おほみわのきみ)大春日臣(おほかすがおむ)阿倍臣(あへのおむ)巨勢臣(あへのおむ)膳臣(かしわてのおむ)紀臣(きのおむ)波多臣(はたのおむ)物部連(もののべのむらし)平群臣(へくりのおむ)雀臣(すすみへのおむ)中臣連(なかとむのむらし)大宅臣(をほいえのおむ)粟田臣(あはたのおむ)石川臣(いしかはのおむ)櫻井臣(さくらゐのおむ)釆女臣(うねめのおむ)田中臣(たなかのおむ)小墾田臣(をはたのおむ)穗積臣(ほつみのおむ)山背臣(やましろのおむ)鴨臣(かものおむ)小野臣(おののおむ)川邊臣(かはへのおむ)櫟井臣(いちひゐのおむ)柿本臣(かきのもとのおむ)輕部臣(かるへのおむ)若櫻部臣(わかさくらべのおむ)岸田臣(きしたのおむ)髙向臣(たかむくのおむ)完人臣(ししひとのおむ)來目臣(くめのおむ)犬上臣(いぬかむのおむ)上毛野君(かむつけのきみ)角臣(つののおむ)星川臣(ほしかはのおむ)多臣(をほのおむ)胷方君(むなかたのきみ)車持君(くるまもちのきみ)綾君(あやのきみ)下道臣(しもつみちのおむ)伊賀臣(いかのおむ)阿閇臣(あへのおむ)林臣(はやしのおむ)波彌臣(はみのおむ)下毛野臣(しもつけのおみ)佐味君(さみのきみ)道守臣(ちもりのおむ)大野君(おほののきみ)坂本臣(さかもとのおむ)池田君(いけたのきみ)玉手臣(たまてのおむ)笠臣(かさのおむ)(およ)そ、五十二氏に「朝臣(あそみ)」を賜姓(しせい)されるのを急がれ、氏族の務めと位階を(あき)らかにしていく。虫の知らせが然うさせたので在らう。

 

 常色(じやうしき)五年辛亥(かのとゐ)八月(はづき)戊戌、壬辰(みづのえとら)甲寅(きのえとら)

 

 諸王を(みさと)及び畿内(うちつくに)(まだ)して、各人夫(をほむたから)(つはもの)(かむか)へしめたまふ。

 

 九月(ながづき)己亥(つちのとゐ)辛酉(かのととり)甲申(きのえさる)

 

 淨大肆(じやうだいし)直廣肆(ぢきくわうし)判官(まつりごとひと)以下、(あはせ)廿(にじふ)人を以て、畿内(うちつくに)の役に(よさ)す。

 

 難波と山門の統治に數多(あまた)の臣下を差配する爲の布石は石火の如く。扶桑の(みやこ)、竺志から諸諸の(つかさ)を下向させた五日後、

 

 九月(ながづき)己亥(つちのとゐ)辛酉(かのととり)己丑(つちのとうし)

 

 伊勢王(いせのあまきみ)等、亦東國(あづまのくに)()く。

 

 扶桑の(みかど)は時を置かず、難波に遷居した。天子の直轄地、九州からの下向。倭國の本貫を後に爲る其の哀惜と慚愧(ざんき)に熱き(まなじり)を堪へ、未曾有の國難を乘り切る爲、譬へ、敵に背を向ける(そし)りを受けやうと、打てる手は總て打つ。伊勢王(いせのあまきみ)に迷ひは勿い。百濟(くだら)肖古王(せうこわう)髙良玉埀(こうらたまたれ)命に七枝刀(ななさやのかたな)七子鏡(ななつこのかがみ)(たてま)つた御卋(みよ)迠は、百濟と新羅で同屬の鞘當(さやあ)ては在つても、韓の地を拓いた倭國に(はん)(ひるがへ)すなぞ有り得ぬ、杯中(はいちゆう)蛇影(だえい)で在つた。其れが北狄(ほくてき)との雜交に因つて生まれた、新しい(しがらみ)と利權と血緣が、韓の地の人心と信義を、次第に竺志から遠避け、同じ倭人の末裔で在り乍ら、意地を張り合ふ猿山の小競り合ひは、骨肉相食(あひは)む、生き殘りを賭けた泥沼に()まり、然して遂に()の年、

 

 夏六月(みなづき)乙未(きのとひつじ)

 

 新羅の貢調使、知萬沙飡(ちまささむ)等、唐の國の(きもの)()て、筑紫に泊まれり。朝庭(みかど)(ほしいまま)(しわさ)移せることを(にく)みて、訶嘖()めて追ひ還したまふ。時に、巨勢大臣(こせのおほまへつきみ)奏請(まう)て曰はく、

 「(まさ)に今新羅を伐ちたまはずは、後に於て必ず(まさ)に悔い有らむ。其の伐たむ(かたち)は、擧力(なや)不須(べからず)。難波津より、筑紫海の裏に至るまでに、相接(あひつい)艫舳(ふと)()()てて、新羅を()して、其の罪を問はば、(やす)(うる)べし。」

 

 

 伊勢王(いせのあまきみ)の逆鱗と震撼は何計(いかばかり)か。髙句麗の雄鷄に鷄冠(とさか)を立てる分際で、唐服を(まと)龍顏(りようがむ)(まみ)えた新羅の遣使。其の場で大刑を不揮(ふるはざ)るは、(ひとへ)に、禁中(おほうち)の不淨を(いと)寛仁大度(くわんじんたいど)の故。然れど、(みかど)の雅量にも限度と云ふ物が在る。

 

 常色(じやうしき)三年己酉(つちのととり)

 

 新羅始めて中朝の衣冠を服す。

 

 常色(じやうしき)四年庚戌(かのえいぬ)

 

 新羅年號を廢止、唐の永徽(えいき)を用ゐる。

 

 との稟吿(ひんこく)は天子の順風耳(じゆんぷうじ)に屆いてはゐたが、眞逆(まさか)、俀國の北闕(ほつけつ)に唐の威を借りて()み込んでくるとは。扶桑の尊望も地に墮ちた。面從腹背すら取り繕はぬ、習俗は從屬の(あか)し。(かたち)丈けの朝貢に意味は勿い。新羅の心、今や此處に在らず。()してや、年號とは國の誇り。(ふひと)を司る、治卋の(ぬま)を捨てた者に、何の信義が有ると云ふのか。巨勢大臣(こせのおほまへつきみ)哭訴(こくそ)も無理は勿い。

 

 常色(じやうしき)五年辛亥(かのとゐ)十月(かむなづき)己亥(つちのとゐ)辛卯(かのとう)甲辰(きのえたつ)

 

 儲用(まうけ)(かね)一萬(はかり)周芳(すはう)揔令(すふるおさ)(もと)(つかは)す。是日(このひ)、筑紫太宰、儲用(まうけ)の物、(つむぎ)一佰(ひき)(いと)一佰(はかり)、布三佰(むら)庸布(ちからぬの)四佰(きた)(かね)一萬(はかり)箭竹(やのしの)二仟(ふたち)(むら)()す。筑紫に(つかは)し下す。

 

 辛卯(かのとう)丙午(ひのえうま)四方(よも)の國に詔して曰はく、

 

 大角(はら)小角(くた)、鼓吹、幡旗、及び(おほゆみ)(いしはじき)の類は、私の家に()()からず。(ことごとく)(こほり)(みやけ)に收めよ。

 

 伊勢王(いせのあまきみ)は難波の新宮に(ましま)すと、(こけら)を拂ふ其の口火に(みことのり)して、周芳(すはう)と竺志の軍器を增强し、

 

 十一月(しもつき)庚子(かのえね)庚申(かのえさる)己巳(つちのとみ)

 

 新羅、波珍飡(はちむさむ)金智祥(こむちじよう)大阿飡(だいあさむ)金健勳(こむごんくん)(まだ)して(まつりごと)()す。()りて調進(みつきたてまつ)る。

 

 新羅の遣使も召還され、其の船尾を追ふ樣に、

 

 庚申(かのえさる)乙亥(きのとゐ)

 

 筑紫に(まだ)防人(さきもり)等、海中に飄蕩(ただよ)ひて、皆衣裳(きもの)を失へり。(すなは)防人(さきもり)衣服(きもの)の爲に、布四佰五十八(むら)を以て、筑紫に(おく)り下す。

 

 周芳(すはう)から竺志の領水に(いくさぶね)(なら)べて新羅への示威を敢行。曠古(くわうこ)にも譬への勿い騷亂に自ら船底を覆し、溺れる者も數知れず。海表(わたのほか)澎湃(はうはい)に揉まれる扶桑の(あめ)(もとゐ)斯樣(かやう)な、後には退けぬ國難が、伊勢王(いせのあまきみ)の御卋を倭奴國より續く俀國の絕頂へと驅り立てていく。

 

 常色(じやうしき)五年辛亥(かのとゐ)十二月(しはす)壬寅(みづのえとら)戊午(つちのえうま)(つごもり)

 

 難波宮に、二千百(ふたちあまりももはしら)餘りの僧尼(ほふしあま)()せて、一切經(いつさいきやう)を讀ませ使()む。()(よひ)に、二千七百(ふたちあまりななもも)餘りの(おほみあかり)(みかど)庭内(おほは)(とも)して、安宅(あむたく)土側(とそく)等の經を讀ましむ。是に、伊勢王(いせのあまきみ)、大郡より遷りて新宮に(おはしま)す。

 

 伊勢王(いせのあまきみ)遷居の祈念式が盛大に擧行され、明けて翌、

 

 白雉(びやくぢ)元年壬子(みづのえね)、春正月壬寅(みづのえとら)己未(つちのとひつじ)朔、

 

 車駕(おほきみ)、難波宮に(いてま)して、賀正禮(みかとをかみのこと)(みそなは)す。()の日に、車駕(おほきみ)(もとつみや)に還りたまふ。

 

 天下(あめのした)の諸王、文武佰官は難波宮に聚參(しゆうさん)して朝賀の儀に臨み、扶桑の天子に新年の御慶びを申し上げた。(みそか)昨夜(ゆうべ)に、執り行われた莊大な法會(のりのおがみ)()事乍(ことなが)ら、初めて拜塵(はいぢん)に浴した俀國の正統な文物の御稜威(みいつ)たるや、天孫(あめみま)の玄德に僞り勿し。(みや)に戾つた輕大王(かるのおほきみ)は、伊勢王(いせのあまきみ)と新宮の尊勝を目の當たりにし、未だ落成に到らぬ、其の破格の片鱗に痺れ、(しば)車駕(くるま)から降りれずにゐた。丹塗(にぬ)りの柱は()(あか)く、()(ふと)く。日輪を照り返して構へる朱雀門は、天を(おほ)()くして(はばか)る事を知らず。朝堂院を巡る囘廊(ほそどの)の果てに(そび)えた、(かたち)(まこと)(すい)を盡くす大安殿(おほあむとの)の意匠と陣容は、(たま)(うてな)金殿玉樓(きんでんぎよくろう)にして、此ぞ將に俀國の殿堂。天庭の御前と較べたら飛鳥の朝堂なぞ豪族の箱庭。國力の差は較べる迠も勿い。正門に鳥形、左に日像、靑龍、朱雀、右に月像、玄武、白虎と樹て巡らした幢幡から、天子の禮服に結はれた絛帶に到る迠。竺志の正絹錦糸で編み上げた裝束の氣品たるや、天の羽衣かと見紛ふ許りで、一條(ひとすぢ)の皺が織り成す麗しき色艶は、瑞雲を步むが如し。蚕屋を建てる術も勿く、竺志の御下がりを奪ひ合つて纏ふ、見窄らしい山門の身形とでは雲泥を計るに等しい。百濟の遣使に流求の太子。常色(じやうしき)元年丁未、俀國に歸順し、渟足の柵を設けた、古志(こし)蝦夷(えみし)の俘人も參列する、天下の貴種の總攬に在つて、山門の大王なぞ、天子の御膝元に謁える事を赦されて、其の座の前後を爭ふ客人の獨りでしか勿かつた。儀仗を構へる竺志の軍士も、猿山の喧嘩を繰り返す豪族とは毛竝みが違ふ。海表を渡り外狄と矛を交へて、倭國と韓の地を護り續けてきた血筋が如何に本者か。隙の勿い具足は英氣で漲り、粗野な振る舞ひを戒め、魁傑に驕る事を知らぬ益荒男の、膽然とした雄姿には惚れ惚れとする。然して、

 大安殿(おほあむとの)を背負ひ、龍尾の壇に出御された伊勢王(いせのあまきみ)に至つては、岩戸の封を解いた日神(ひのかみ)()くやと云ふ靈光(れいくわう)に滿ち溢れ、其の龍眼は群臣(まへつきみたち)を一瞥で征した。聖德の太子の生まれ變はりとの巷說(かうせつ)に、耳を貸さ勿かつた不敬が今と爲つては()づかしい。立御(りふぎよ)して天地を明らかにする不動の玉顏。大らかにして(おごそ)かな國を支へる御柱(みはしら)貴迫(きはく)。此ぞ常色(じやうしき)の君。神の胤裔(いんえい)は一系にして(おか)()からず。天孫(あめみま)は存在した。分家と本家では此程にも差が在るとは。磐餘彥命(いはれびこのみこと)が竺志から下向したのも頷ける。輕大王(かるのおほきみ)が登る髙御座(たかみくら)は猿眞似の茣蓙(ござ)だつた。參種(さんしゆ)神璽(しんじ)を受け繼ぐ扶桑の天子の前では(おそ)(かしこ)む事しか出來ず、跪禮(ひざまづくゐや)から立禮(たつゐや)に改められた事も忘れて其處彼處(そこかしこ)匍匐出(はひい)で、失笑を買ふ始末。朝儀の場で玉音が何と()(たま)はれたのかも浮はの空。(がく)に五弦の琴、笛あり。射戲(しやぎ)、飮酒を(あへ)朝會(てうくわい)は、愧愧汗汗(ききかんかん)(まみ)れて過ぎていつた。其れは()上勿(うへな)榮譽(えいよ)(あづ)つた(あかし)でも在り、今以て醒めやらぬ槐安(くわいあん)の夢。

 宮では、翌、庚申(かのえさる)輕大王(かるのおほきみ)の臣下が參内し、祝賀を奏上する(しつら)へに追はれてゐる。恐らく、山門の諸臣(まへつきみたち)は新宮での朝賀の樣子を尋ねて來るだらう。竺志の天子が何爲者(なにするもの)ぞ。藩國(まがき)の寄せ集めと見縊(みくび)り、吾等が本貫に乘り込んで來たからには、眼に物を見せて吳れる、と息卷く者達に釘を刺さねば。新羅と裏で通じてゐる山門の者達は、新羅の遣使が唐服で扶桑の天子に(まみ)えた反禮に快哉(くわいさい)し、俀王が難波に逃げて來たと北叟笑(ほくそゑ)むが、不遜な態度は噯氣(おくび)にも出しては爲らぬ。特に、中大兄は朝賀の閒、借りてきた猫の樣に溫和しかつたが、何を血迷つても奇怪(おか)しく勿い。王子に鎌足を引き合はせ、(とりも)つたのは、果たして時勢に(かな)つてゐたのか。蘇我の權能を削ぎ、日嗣(ひつぎ)(くらゐ)に立ちはした物の、心の安まる時が勿い。虫も殺せ勿かつた(うつ)け者に、斯樣な鬼殆(きたい)が眠つてゐたと、誰が知らう。今では其の卑小な器の底に穴が開き、何もかも()()ける、(すく)ひの勿い亡者に化けて終つた。然も其の化生に讓られて卽位した以上、彼の鬼子に次の御卋を()らす(おもり)(しるし)が有る。全く如何(いかむ)ともし難き(いさを)(あやまち)()りに()つて、吾が子が其の日嗣(ひつぎ)(きざはし)に肩を(なら)べ、爭ふ事に爲るとは。譬へ望外の椿事(ちんじ)で、何んなに低い髙御座(たかみくら)で有らうと、一旦、昇つて卋を見下ろせば欲が(おの)づと出て來る物。中大兄を(しりぞ)け、有閒王子(ありまのみこ)()ぐ道筋は勿い物か。賴みの綱は此の手で紫冠(むらさきのかうぶり)(さず)けた鎌足の手練手管。()()れた鬼に(くつわ)を掛けられるのは彼の(をとこ)を措いて他に勿い。恐らく、其の一存で總ては決する。中大兄と輕大王(かるのおほきみ)、果たして何方(いづれ)の腹心なのか。

 氣を揉む山門の(みかど)に對して、當の鎌足は、

 一月癸卯(みづのとう)己未(つちのとひつじ)戊寅(つちのえとら)

 白雉(しろききぎす)獻上(けんじやう)されると云ふ(しら)せを聞き付け、難波宮に參内する許しを得た。

 

 

 僧旻(そうみむ)法師、(まを)しく、

 

 (ここ)休祥(よきさが)()ふは、(めづら)しき物と(おも)ふに足れり。伏して聞きまつる。王者(きみは)(あまね)四表(よも)()けば、(すなは)白雉(しろききぎす)を見ゆ。又、王者(きみは)祭祀(まつり)して不相踰(あひこえざり)て、宴食(うたげ)衣服(おほみそ)(かぎ)り有れば、(すなは)(いた)せり。又、王者(きみは)淸素(かざらざ)れば、(すなは)ち山に白雉(しろききぎす)()づ。又、王者(きみは)(めぐみ)(ひじり)にませば、(すなは)ち見ゆ。

 

 

 唐土歸(もろこしがへ)りの衒學(げんがく)に鎌足は辟易してゐた。口先丈けで卋渡りをする、()れ者は()れ者。不歸(ふき)の航海に賭した其の身命(しんみやう)を事有る每に持ち出し、上から物を云ふ法師達なぞ、雁字搦(がんじがら)めの僧綱(そうかう)で、(なほ)一層、縛り上げれば良い物を。色違ひや三本足の禽獸なぞ、山奧に(ひそ)めば幾らでも飛び囘はつてゐる。そんな僞りの慶事吉兆に(あや)る者が居る限り、白く塗つて羽根が固まり、飛べ勿くなつた土鳩を差し出して、五刑の()を受ける者も後を絕たず、相手にせぬのが賢人の(たしな)み。然うと判つてゐ乍ら、鎌足の足は瑞鳥が納められたと云ふ大藏省(おほくらのつかさ)に急いだ。入鹿の豎者(しとべわらは)が捕まへたと云う解語の鳥。彼の化鳥と出遭つてから何かが變はつた。()しや、其の白雉(しろききぎす)と云ふのも、否、そんな眞逆(まさか)。胸奧で(うづ)獨礫(ひとつぶて)(しこ)り。(まん)(いち)疑懼(ぎく)が背中を押して、帶劍の(たかび)(はや)る心が汗ばみ、握り込んだ拳が泥濘(ぬかる)んでいく。

 夕映えに燃え盛る丹塗(にぬ)りの大安殿(おほあむとの)。扶桑の更に東に構へた新しい國衙(こくが)聳懼(しようく)は、物部守屋(もののべのもりや)捕鳥部萬(ととりべのよろづ)と平定し、難波、河内、龍田、斑鳩(いかるが)を結ぶ澁川道、龍田道に、四天王寺、澁川寺、西安寺、法隆寺若草伽藍、中宮寺を竝べた權勢をも凌ぐ激甚で、東夷(とうい)の民を再び打ちのめした。十六の朝堂院も條坊(でうばう)も未だ創建の最中(さなか)で此の壯觀。此れが扶桑の(ひか)への都。此れが天下(あめのした)に六十六の國分寺を打ち建てる俀國の本領。然も、多利思北孤が建立した自らの菩提寺、竺志の法興寺には、官道を(かざ)佛殿(ほとけのおほとの)の競演や、新宮の全貌ですら霞む、扶桑一の刹柱(さつちゆう)、五重塔が在ると云ふ。釋迦の法力が地に放つた靑天の霹靂(へきれき)(しよう)される、其の威風は如何許(いかばか)りか。將に雲を摑む樣な話しで、鎌足は莊嚴な柱梁(ちゆうりやう)で築き上げられた難波宮とは吊り合はぬ、如何(いかが)はしい瑞鳥の影を追ひ、朝堂院の外廊(ほそどの)を巡つて、西日が絞り出す最後の一滴と、焦眉の一刻を爭ふ事しか頭に勿い。

 山鄕の屯倉(みやけ)とは譯が違ふ大藏省(おほくらのつかさ)の奧室に通されると、其處には旣に、竹で編まれた鳥籠を(ふた)りの先客が覗き込んでゐた。

 「火の鳥を見た事が勿いのだらう。物珍しい丈けの奇種を持て(はや)して(たてまつ)り、天王(あまきみ)の御機嫌を窺ふとは。山猿の淺智惠にしても底が知れる。」

 威儀(よそおひ)を極めた軍士(つわもの)豪放磊落(がうはうらいらく)な嘲弄が響く、茜色に染まつた西向の白亞。其の大らかな哄笑を背に、輕く屈み込んだ(ともがら)錐眼(すいがん)を凝らし、息を殺してゐる。海底(わたとこ)から掬ひ上げた眞珠の樣に煌めく倭絹(ちくしきぬ)胡服(こふく)屨形(くけい)繡錦(しうきん)は匠を究め、漆で固めた無位の冠に、何も氣負はぬ鳥尾(とりを)髻花(うず)。鎌足は其の稟質(ひんしつ)を隱し(おほ)せぬ端正な橫顏に、

 

 扶桑の稀人(まれひと)

 

 然う直感した途端、膝の皿が割れた樣に平伏した。理窟を超えて押し寄せ、問答無用に突き落とされる、天道と王道の天地の差。嗚咽(をえつ)とも吐き氣と附かぬ熱い物が(ほぞ)の奧から込み上げ、怒濤の恍惚が波を打つ。其の(かしこ)まつた氣配に振り向き、含羞(はにか)み乍ら片手を振る天孫(あめみま)の貴種。

 「立禮(たつゐや)で構はぬ。飛鳥の仕來(しきた)りならば身内で遣れ。息苦しくて(かな)はぬ。」

 山門では獨つでも位階を(おろそ)かにすれば、咆え猿の喧嘩が始まると云ふのに此の大樣。倂し、鎌足の四肢は痺れ、(おもて)を上げる事が出來勿い。軍士(つわもの)は鎌足に眼も吳れず、稀人(まれひと)に耳打ちをして籠の雉に目配せをした。

 「薩夜蔴(さちやま)斯樣(かやう)な紛ひ物、天王(あまきみ)御眼汚(おめよご)しにすら(あたひ)せぬ。放つか。」

 此れが參種(さんしゆ)神璽(しんじ)を約束された、伊勢王(いせのあまきみ)日嗣(ひつ)ぎ、明日香王子(あすかのみこ)薩夜蔴(さちやま)。中大兄が憐れに思へる程の其の龍貌(りゆうばう)庚申(かのえさる)の朝賀で輕大王(かるのおほきみ)の繰り返した、守舊(しゆきう)派への諫言(かんげん)が鎌足の耳骨(じこつ)木靈(こだま)する。安易な俀國への對抗心なぞ、矛で雲を突くが如し。天孫(あめみま)とは唯、其處に居る丈けで、否應(いやおう)勿しに他を(あつ)する、()くも懸け離れた存在なのか。海表(わたのほか)の文物を(かろ)やかに著熟(きこな)す、洗練された典雅な物腰も()事乍(ことなが)ら、祖神(おやがみ)から庇護を(たまは)る其の靈威(れいい)たるや、將に(ひつぎ)御柱(みはしら)。此の殿下(わかぎみ)千載萬卋(せんざいばんよ)の風雪に揉まれ、不當(ふたう)な大禍に(しいた)げられやうと、必ず史に名を刻む、極辰(きよくしん)の星を背負つてゐる。其れに較べて、地に()(つくば)り、拜謁(はいえつ)僥倖(ぎようかう)に打ち(ふる)へてゐる此の樣は何だ。鎌足は、(ふひと)を此の手で書き換へるなぞ、何と大それた事を、仕へる可きは此の稀人(まれひと)では勿かつたのかと、唯只管(ただひたすら)天孫(あめみま)御前(みまえ)叩頭(こうとう)した。

 「大海人(おほあま)、此の鳥に輿(こし)(はか)らへ。(みかど)には(わたし)から(たてまつ)る。」

 振り向き樣の鶴鳴(かくめい)に鎌足は再び(かしこ)まつた。大海人(おほあま)と云へば薩夜蔴(さちやま)と腹違ひの大皇弟(まうけのきみ)。何たる不覺。倭國の年號にも其の名を(つら)ねる兄弟統治の扶桑に在つて、常色(じやうしき)海幸彥(うみさちひこ)山幸彥(やまさちひこ)とも(しよう)されて(なら)()稀人(まれびと)を前に後塵を被る事しか能が勿い。薩夜蔴(さちやま)が鳥籠に放つた最後の一瞥は險しく、思ひ詰めた秀眉の狹閒には、勇斷の相が刻み込まれてゐた。隊仗(つはものよそほひ)大海人(おほあま)も去り、水平に射し込む落陽の長い影が床に延び、鎌足と鳥籠の(うつ)()丈けが灼き附いた白亞の一室。遠離る跫音が消え入り、(しづ)かに面を上げると、鳥籠に囚はれた白雉(しろききぎす)が一羽。鎌足は尊顏を拜した恐悦と慚愧(ざんき)に放心し、膝を()いた儘、(しばら)く漠然と天王の御卋(みよ)を讚へる瑞鳥を(みつ)めてゐた。眞紅で存る筈の頰の肉埀(にくだ)れから尾羽の先迠、殘照に染められても猶、新雪かと見紛ふ透き通る白皙(はくせき)。人が手を加へずとも髙貴な其の妖貌が、更に際立つ神神しき毛竝(けな)み。とは云へ、

 「斯樣(カヤウ)(マガ)(モノ)他奇(タキ)ハ勿イ、デスカ。」

 不意に、一人取り殘された奧室を招かざる(こゑ)(かす)めた。振り返つても人の姿は勿く、己の影が狼狽(うろた)へてゐる許り。鎌足は血の氣が引き、後ろを振り返る勇氣が勿く、見開かれた眼路を泳がせると、

 「御榮達ノ御慶ビヲ申シ上ゲマス。」

 鳥籠の影の中に白雉(しろききぎす)が居勿い。竹の骨組み丈けが白亞に灼き附き、人の眼の僞りを暴き出す。鎌足は忘れてゐた。彼の日、官衙(くわんが)を飛び出した己こそが、籠の鳥だつた事を。恐る恐る横目で盜み見ると、彼の時と同じく何事かを訴へる白雉(しろききぎす)(つぶ)らな瞳が、竹の編み目から覗いてゐる。然して、

 「譬ヘ自ラハ望マヌトモ大臣(オホマヘツキミ)ニ推擧サレルトハ。此ゾ宿德ノ(ホマ)レ。」

 背後の長く延びた己の影が鎌足に語り掛ける。

 

 

 ()の日、(ゆふべ)鳴鳥(めいてう)在り。

 

 

 とは此の事か。

 「眞逆(まさか)、貴樣は彼の時の。」

 鎌足は帶劍に手を掛け、影では勿い鳥籠に突き附けた。倂し、

 「彼ノ時ノ何デスセウ。」

 影に映ら勿い瑞鳥は微動だにせず、背負つた影に問ひ返されて、()もや雀か雉かを問ふて騷ぎ立てる譯にも行かず、舌尖を呑む鎌足。彼の時と同じ(つぶ)らな瞳で、唯、在るが儘に觀られてゐる恐怖。此の眼差しは在るが儘を映す鏡だ。鎌足が(ひそ)んでゐた闇の一點を射拔いて光に變へ、鎌足の噓と、彌榮(いやさか)の幻は、其の光に(みつ)められるて崩壞した。此の化鳥(けてう)は一體、何物なのか。何故、再び巡り會つて終ふのか。白魔の絡めた(いと)に手繰り寄せられてゐる丈けなのか。饒舌(ぜうぜつ)な己の影を背に、幼氣な瑞鳥に()(さき)を向ける、己の尻尾に吠える犬。此れではまるで大安殿(おほあむとの)俳優(わざひと)では勿いか。彼の日、飛鳥の官衙(くわんが)で小雀を相手に演じた醜態と、同じ過ちを繰り返してゐる己に、鎌足は刃を突き立てた。

 「白を切るのは其の尾羽丈けで足りてをる。云ふてみよ。(とら)はれの身で何を企む事が有る。」

 「此處デ羽根ヲ休メテヰル丈ケノ小禽(セウキン)ニ、聲ヲ荒ゲテ如何程(イカホド)ノ利ガ有リマセウ。逃ゲモ隱レモ致シマセヌ。自ラ訪ネテ來ラレタノハ何故(ナニユヱ)カ、胸ニ手ヲ當テタ其ノ上デ、御役ニ立テル事ガ有ルノナラ、何ナリト。」

 「飛んだ霍公鳥(ほととぎす)め。貴樣の手を借りる事も何ければ、化鳥から魂迎(たまむか)へに喚ばれる覺えも勿いわ。血反吐を吐く迄、啼き續けるが良い。」

 「左樣デ。(ヨウヤ)ク巡ツ來タ、易姓ガ改マル星ノ(ナラ)ビヲ、素通リシテ終ハレルトハ、何トモ(シノ)ビ勿イ。冥加ニ餘ル、鹽漬(シホヅ)ケニサレタ星ノ淚ハ、(サゾ)カシ苦イ事デセウ。」

 「何と。易姓が改まるとは。前にも斯樣(かやう)な事を火裂(ほざ)きをつて。」

 「小禽(セウキン)戲言(ザレゴト)ト其ノ(チカラ)ヲ疑フノナラバ、噓僞リノ勿イ(アカシ)ヲ御見セシマセウ。」

 「(あかし)とは如何(いか)に。」

 「此ノ小禽(セウキン)ガ今、此處ニ存ル(アカシ)ニ年號ヲ改メ、『元壬子年(ガンジンシネン)』ト刻ミマセウ。譬ヘ何者カガ其ノ(コヨミ)(ツク)ネヤウト、遠ク及バヌ(トコ)()ノ息吹キヲ吹キ込ミマセウ。誰ノ目ニモ(アキラ)カナ樣ニ。」

 「(とこ)()とな。(とこ)()とは如何(いか)に。」

 「人ノ卋ガ在ラウト勿カラウト、巡リ續ケル物、トデモ()()キマセウ。其レハ不死デスラ勿イ(テン)(コトハリ)。詮ズル所、人ノ卋ガ求メル不死ナゾ、名聲(メイセイ)(ヒト)()ガリ。己ノ生キ樣デ威信ヲ誇ルノモ、死ネバ總テガ()()ス事ヲ、暗ニ認メテヰルガ故。墓ノ髙ヲ競ヒ、祖先ヲ敬ヒ、(フヒト)ニ其ノ名ヲ刻ミ、神ノ物語ヘ(ツラ)ネルノモ、生ト死デ(アザナ)フ、(フタ)ツノ幻ガ()セル(ワザ)。失ハレタ命ト、後戾リ出來ヌ(トキ)ノ流レヲ、如何(イカ)ニシテ人ノ卋ノ輪ニ繋ギ止メルノカ。死ノ彼方ノ(スミカ)ヤ蘇リハ、弱キ心ガ彩ル煩惱(ボンナウ)繪卷。人、獨リノ眼カラ見タ、產マレ、育チ、老イ、息絕エル、果敢無(ハカナ)キ一生ヲ、(トムラ)フ事デ(マツ)リ上ゲ、人ノ卋ハ(ツネ)鈴生(スズナ)リノ命ヲ(タマハ)リ、(ワラハ)(ヒコ)(オミ)(カバネ)ト、(ニシキ)(ハタ)ヲ繰ル、途切レル事勿キ(ツヅ)()リダト、十干十二支ノ綾目ヲ織リ成シ、星ノ數程ノ還曆ヲ巡リ、始祖ノ傳承ヲ(サカノボ)ル。()レド、人ノ淺智惠ナゾ及バヌ(アメ)(モトヰ)ノ前デハ、斯樣(カヤウ)ナ繰リ言モ大海ノ一雫(ヒトシヅク)。死ニ生カサレ、死ヲ生キル事ヲ拒ム人ノ卋ニ、如何(イカ)ナル値打チガ有ルノヤラ。誰ガ其ノ値蹈(ネブ)ミヲ爲ルノヤラ。」

 「(ふひと)(ただ)せと(けしか)けて措き乍ら、(ふひと)が人の淺智惠とは何事か。」

 鎌足の惑亂が絕頂に達すると、入相の日が落ち、白亞を焦がした影は消えて、

 「如何(いかが)爲された。」

 背後から聲を掛けられた鎌足は、國衙(こくが)(つかさ)に血走つた汗顏で振り返り、鳥籠の中で翼を疊む白雉(しろききぎす)壹啼(いつてい)が薄暮を(つむざ)いた。

 

 

 ()の日、(ゆふべ)鳴鳥(めいてう)在り。

 

 

 此の占卜(せんぼく)が何を(まじな)ふ事に爲るのか思ひも及ばす、鎌足は劔柄(たかび)を握り込んだ(ふる)へる甲で、滴る汗を拭ひ取つた。

 

 

 

 白雉(びやくぢ)元年壬子(みづのえね)三月(やよひ)乙巳(きのとみ)戊午(つちのえうま)甲申(きのえさる)

 

 

 朝庭(みかと)隊仗(つはものよそほひ)(むつきついたち)會儀(よそほひ)の如し。左右大臣(おほまへつきみ)佰官(もものつかさ)の人等、四列を紫門(みかと)の外に爲す。栗田臣飯蟲(あはたのおむいひむし)等四人を以て、雉の輿を()使()めて、在前(ざいだ)ちて()く。左右大臣(おほまへつきみ)、ち(すなは)佰官(もものつかさ)及び百濟(せしむ)豐璋(ほうしやう)、其の弟塞城(さいしやう)忠勝(ちうせう)、高麗の侍醫(おもとくすし)毛治(もうち)、新羅の侍學士(しかくし)等を(ひきゐ)て、中庭(おほは)に至る。三國公蔴呂(みくにのきみまろ)猪名公髙見(ゐなのきみたかみ)三輪公甕穗(みわのきみみかほ)紀臣乎蔴呂岐太(きのおむをまろきた)、四人をして、(かはるかは)る雉の輿を執りて、殿の前に進む。時に左右大臣(おほまへつきみ)、就きて輿の前頭(まへ)を執り、三國公蔴呂(みくにのきみまろ)倉臣小屎(くらのおむをくそ)、輿の後頭(しり)を執りて、伊勢王(いせのあまきみ)御座(みくら)の前に置く。伊勢王(いせのあまきみ)(すなは)太子(ひつぎのみこ)()して、共に執りて(みそなは)す。太子(ひつぎのみこ)退(さが)りて再び(おが)みたてまつる。

 

 

 (まさ)に異例の改元と式典。僧聽(そうちやう)法淸(はふしやう)和僧(わそう)金光(きむくわう)仁王(にむわう)僧要(そうえう)と、法會(のりのおがみ)の始まりや國寺の建立、佛典(ほとけのふみ)や髙僧の 渡來や歸依(きえ)を祝ふ改元は數有れど、瑞鳥壹羽(いちは)を年號に奉る等、前代未聞。元旦の朝賀から未だ春も明けやらぬ難波宮の朝堂院に、再び聚參(しゆうさん)した大臣(おほまへつきみ)佰官(もものつかさ)、韓の遣使達は、其の異妖な大祀に、如何(いか)なる慶事かと囁き交はし合ふ。隊杖(よそほひ)を極めた軍士(つはもの)に護られ現れた輿の白雉(しろききぎす)。此れが俀國の命運を握る占鳥(せんてう)。肚の底の疑懼(ぎく)を悟られまいと、表情を殺す參列者。躬自(みづか)齋戒(いつきつつしみ)して臨む天子の御座(みくら)の前に輿が進み出ると、伊勢王(いせのあまきみ)に喚び寄せられて耳打をする明日香王子(あすかのみこ)薩夜蔴(さちやま)天王(あめのきみ)は神妙な面持ちで首肯し、其の龍眼は白雉(しろききぎす)(とら)へて放さ勿い。日嗣(ひつぎ)太子(みこ)が一步退(さが)がり、輿の上で微睡(まどろ)む瑞鳥に平伏すと、扶桑の天子も其れに(なら)ひ、大安殿(おほあむとの)(どよ)めいた。然して、此の眠れる鳴鳥(めいてう)が呼び寄せたかの如く、

 夏五月(さつき)丁未(ひのとひつじ)丁巳(ひのとみ)壬午(みづのえうま)

 

 

 新羅の(まらうど)等に()へたまはむが爲に、川原寺の伎樂(くれかく)を筑紫に運べり。()りて、天后宮の私稻(したう)五千束を以て、川原寺に納む。

 

 夏六月(みなづき)丁未(ひのとひつじ)丙戌(ひのえいぬ)戊子(つちのえね)

 

 新羅の(たてまつ)調(みつき)、筑紫より貢上(たてまつ)る。細馬(よきうま)一疋(ひとつ)(うさきうま)一頭(ひとつ)、犬二狗(ふたつ)鏤金器(こかねのうつはもの)、及び金、銀、霞錦(かすみいろのにしき)綾羅(うすはた)虎豹皮(とらおかつかみのかは)、及び藥物の類、(あはせ)て、佰餘種。亦、智祥(ぢじよう)健勳(ごむくむ)等が別に(たてまつ)る物、金、銀、霞錦(かすみいろのにしき)綾羅(うすはた)、金器、屛風、鞍皮、絹布、藥物の類、各六十餘種。別に天后(あめのきさき)太子(ひつぎのみこ)、及び(もろもろ)親王(みこ)等に(たてまつ)る物、各數有り。

 

 

 筑紫の海を軍船(いくさぶね)で埋め盡くした異例の示威に屈し、新羅が俀國との折り合ひを附ける爲、調進(みつきたてまつ)つた寳物が竺志から難波宮に送られると、

 

 

 秋九月(ながづき)に、宮造ること(すで)()はりぬ。其の宮殿の(かたち)(ことごと)()不可(べからず)

 

 

 東西に十六の(たかどの)(つら)ねた朝堂院に、北闕(ほつけつ)を巡る條坊(でうばう)(まつりごとのとの)を網羅した九州王朝の(ひか)への都は、俀國の威信を()くした(いさを)()へ、遂に其の全貌を(あき)らかにした。處が、其の榮華に浸る閒も勿く、

 

 

 冬十二月(しはす)(みそか)に、天下(あめのした)僧尼(ほふしあま)内裏(おほうち)()せて、設齋(をかみ)大捨(かきうて)燃燈(みあか)す。

 

 

 落成法要も其處其處に、歲が明けて、

 白雉(びやくぢ)二年癸丑(みづのとうし)、竺志の公卿大夫、佰官が難波京から太宰府に歸還し、

 白雉(びやくぢ)三年癸丑(みづのとうし)、春正月の戊申(つちのえさる)朔、

 

 

 元日禮(みかとをかみのこと)()へて、車駕(あまきみ)、大郡宮に(いでま)す。

 

 

 元日の朝賀の儀にて、其の玉容(ぎよくやう)東國(あづまのくに)の臣下に改めて()らしめすと、白雉と云ふ年號と瑞鳥を殘して、伊勢王(いせのあまきみ)も俀國の本貫、竺志に飛び發つた。新羅が半步とは云へ引き下がつた手應(てごた)へと、瑞鳥の翼贊を滿帆に受け、火の通つた(てつ)を熱い内に()つ扶桑の天子。尻尾を卷いた高麗狗(こまいぬ)なぞ眼中に勿い。()してや、竺志の(くびき)が緩む寸隙を突き、裏で飛鳥の山猿が新羅を通し、押使(すべつかひ)大錦上(だいきむじやう)髙向史玄理(たかむくのふびとくろまろ)を立てて、大使(おほつかひ)小錦下(せうきむげ)河邊臣蔴呂(かはへのおみまろ)副使(そへつかひ)大山下(だいせんげ)藥師(くすし)惠日(ゑにち)判官(まつりごとひと)大乙上(だいおつじやう)書直蔴呂(ふみのあたひまろ)宮首(みやのおびと)阿彌陀(あみだ)を唐に(まだ)す二心も、勘定の内。南朝より天璽(てんじ)を掠め取り、皇帝の御座(みくら)僭稱(せんしよう)する唐獅子(からじし)こそが火中の本丸。憎き北狄(ほくてき)を迎へ討つ可く、伊勢王(いせのあまきみ)は竺志の要衝を山城の石据ゑで幾重にも固め、天子の本貫、九州を、天子の(みやこ)、太宰の府を護り拔く國是に心血を注いだ。

 其れに引き換へ、此れと云ふ(まも)りの備へもせず、(みことのり)の儘に屯倉(みやけ)から貢物を竺志に據出(きよしゆつ)し、細細と敵方に内通するしか能の勿い東國の山鄕(やまざと)。そんな未曾有の國難の蚊帳の外で、輕大王(かるのおほきみ)が眼を(みは)(いさを)も殘せぬ儘に峭然(せうぜん)(みまか)ると、在らう事か、寳女王(たからのおほきみ)が再び(かつ)ぎ上げられ、整然と朝庭(みかど)に返り咲いた。

 白雉(びやくぢ)四年己卯(つちのとう)、春正月戊寅(つちのえとら)壬申(みづのえさる)甲戌(きのえいぬ)

 元日、難波宮で朝賀の儀に參内した二日後、竺志の榮華を極める(ひか)への都とは比す可くも勿い、板葺(いたぶ)きの(わび)しき飛鳥宮で執り行われた前代未聞の重祚(ちようそ)女王(ひめきみ)と云ふ丈けで危ぶむ聲が後を絕たぬと云ふのに、()してや、未だ例を見ぬ大王(おほきみ)の復位に、山門の古式は地に墮ちた。輕大王(かるのおほきみ)が望んだ子息への日嗣(ひつぎ)は、拔き差しならぬ有閒王子(ありまのみこ)と中大兄の閒を、寳女王(たからのおほきみ)が引き取る形で手打ちと爲る他に術が勿く、俀國に媚びる改新派と、山門の本貫を讓らぬ守舊(しゆきう)派に、息を吹き返して來た蘇我の殘黨(ざんたう)が入り混じる鎭具破具(ちぐはぐ)な朝堂は、猿山の睨み合ひを續けてゐる。入鹿誅伐を皮切りに、血の雨で山門の地盤を固める中大兄は惡名を積み重ねる許りで、今や誰もが眼を合はせずに素通りする腫れ物に成り下がり、此の穢れた(からだ)で卽位しては治まる物も治まらず、かと云つて、有閒王子(ありまのみこ)に嗣がせぬ爲の苦肉の策で、寳女王(たからのおほきみ)を喚び戾し急場を凌いだ物の、時閒を稼げば稼ぐ丈け後が(こじ)れ、此の儘では小火(ぼや)の獨つで()みさうに勿い。

 鎌足は(ふた)りの王子の(つば)迫り合ひを(しづ)かに眺めてゐた。何方が勝つても捌く手綱に變りは勿いとは云へ、駿馬(しゆんめ)に乘り換へるなら今が潮時。中大兄の()()れた挑發を、()()れた振りで袖にしたのは賢德の成せる業。伊勢王(いせのあまきみ)有閒王子(ありまのみこ)に目を掛けてゐたと云ふのも頷ける。線は細くとも、中大兄が墓穴を掘るのを見護るのが得策と、事を荒立てずに時宜を待つ、筋の通つた芯の有る漢にも、逆張りして措くに如くは勿い。更に鎌足は中大兄を說き伏せ、白雉(びやくぢ)六年丁巳(ひのとみ)に、

 

  拾有參春秋

 

 髮上げを迎へる(むすめ)鸕野讚良(うののさらら)を竺志に送り、扶桑の稀人(まれびと)大海人王子(おほあまのみこ)(とつ)がせる爲、裏から手を囘した。伊勢王(いせのあまきみ)薩夜蔴(さちやま)は中大兄の醜聞に眉を(ひそ)めて取り付く(しま)も勿く、大海人(おほあま)にしても、竺志が誇る大豪族、胸形(むなかた)の君、德善(とくぜん)(むすめ)尼子娘(あまこのいらつめ)と云ふ正室の强力な後ろ盾が旣に有り難色を示すだらうが、倭國(ゐこく)阿每(あま)氏に忠義を盡くした蘇我の(むすめ)と云ふ事で無碍(むげ)にも出來まい。奧室の末籍に名を(つら)ねる丈けで事は足りる。遠智娘(をちのいらつめ)健氣(けなげ)忠實(まめ)やかな血筋を引いた事が(かへ)つて(あだ)と爲り、正氣に戾る事勿く息絕えた母に心を挫かれ、鸕野讚良(うののさらら)は大そう氣難しい女に育つた。霞がかつた弦月(げんげつ)の如く(すさ)んだ眼差しと、氷柱(つらら)の如き寡默に、所作の何もかもが息苦しく、何處に(とつ)がうと同じ事。上洛して竺志の水が合ふ事も先づ有るまい。其れを承知で輿入(こしい)れするのは、中大兄が(めと)つた蘇我の(むすめ)は未だ未だ後に控へてゐるからこそ。大海人の心を射拔かぬ迠も、數を擊てば何かしら當たる物。大藏省(おほくらのつかさ)で一目見た丈けとは云へ、竺志の阿每(あま)を名吿る丈けの事は有る、薩夜蔴(さちやま)と五分で語らふ其の膽力(たんりよく)。彼の漢も逆張りして措くに如くは勿い。此れで竺志の内親王(ひめみこ)を中大兄に(とつ)がせる事が出來れば。鎌足は白い物が混ざり始めた虎髯(こぜん)を撫で、烱眼(けいがん)を鎖ぢた。目障りな者を幾ら血祭りに上げた處で、遺恨が殘る許り。新しい火種を消してゐる積もりが、何時己の身に燃え移り、火中に取り圍まれるやも知れぬ。一度は竺志の史書を裂いて燃したのも今は昔。中大兄の鬼火が燃え盡きる前に、扶桑の天孫(あめみま)に取り入る道筋を探らねば、此の先は勿い。然う、己に云ひ聞かせた刹那(せつな)

 

 「詮ズル所、人ノ卋ガ求メル不死ナゾ、名聲ノ獨リ善ガリ。己ノ生キ樣デ威信ヲ誇ルノモ、死ネバ總テガ()()ス事ヲ、暗ニ認メテヰルガ故。墓ノ髙ヲ競ヒ、祖先ヲ敬ヒ、(フヒト)ニ其ノ名ヲ刻ミ、神ノ物語へ(ツラ)ネルノモ、生ト死デ(アザナ)フ、(フタ)ツノ幻ガ爲セル業。」

 

白雉(しろききぎす)火裂(ほざ)いた說敎が流星の如く眼裡(まなうら)(よぎ)り、鎌足は彫りの深い窪目(くぼめ)を見開いた。人の卋の淺智惠で結構。(あめ)(もとゐ)の前では大海の一雫(ひとしづく)と、笑はば笑へ。此の限られた五分の命を誰に値蹈(ねぶ)みされる覺えも勿い。死に生かされてゐるのか、死を欺いてゐるのか。斯樣な抹香(まつかう)臭い問答は衆僧(ほふしども)に委せて措けば良い。鎌足は矢も楯も堪らず立ち上がると、足許から延びる無言の影を、捻じ伏せる樣に睨み付けた。

 

 

 

 伊勢王(いせのあまきみ)が自ら指揮を執り、大野城、阿志岐山城(あしきさむじやう)寳滿(ほうまん)川、基肄(きい)城、水城(みづき)軍事(いくさのわさ)(ぬま)に据ゑ、有らん限りの資粮(しらう)人夫(おほむたから)を驅り出して突き貫く、竺志の壹大國事。占鳥(せんてう)卜啼(ぼくてい)に導かれ、鳥憑(とりつ)かれた樣に決戰の地を築く狂騷の直中に、海表(わたのほか)から對馬㠀、壹岐㠀、(あま)(はら)と渡り、調進(みつきたてまつ)る弔使在り。

 

 白雉(びやくぢ)四年己卯(つちのとう)四月(うづき)辛巳(かのとみ)辛丑(かのとうし)壬寅(みづのえとら)

 

 

 新羅の級飡(きふさむ)金道那(こむだうな)等、(まだ)して弔ひを奉る。(あはせ)て、學問僧(ものならふはふし)明聦(みやうそう)觀智(くわんぢ)等を送上す。別に、金銅(あかかね)阿彌陀像(あみだのみかた)金銅(あかかね)觀卋音菩薩像(くわんぜおんぼさつのみかた)大勢至菩薩像(だいせいしぼさつのみかた)、各一(はしら)綵帛(しみのきぬ)、錦、(かとり)(たてまつ)る。

 

 

 處が、先づ其の獻物(たてまつりしもの)の信義に疑ひが有り、更には去る歲、新羅に使ひを(まだ)し、阿每(あま)薨去(こうきよ)の旨を(みことのり)した際、古式とは(たてまつ)(のり)齟齬(そご)が有る、太政官(おほまつりことのつかさ)如きに指圖(さしづ)される覺えは勿いと突き返してゐた事で、弔問とは程遠い肚の探り合ひに終始した。一旦は俀國に讓步し、唐服こそ避けて來たとは云へ、未だ(くすぶ)る二心の片鱗。

 

 「日本(ひのもと)の遠き天祖(あめおや)の代()り、淸白(あきらけ)き心を以て仕へ奉りたまう。」

 

 との辯疏(べんそ)も白白しく、北狄(ほくてき)混血(まざ)つた倭人(ゐじん)の分家は、俎豆(そとう)(かたち)を護り續けてきた面影も遠く霞み、肩越しに唐獅子の影を(ほの)めかす。伊勢王(いせのあまきみ)不貞不貞(ふてぶて)しい其の高麗狗(こまいぬ)を悠然と(たしな)めた。

 

 

 (しかし)て、本の(つかさ)に宣揚し忠竭(まめこころつく)すこと(おも)はず。(しかし)て、淸白(あきらけ)きことを(いため)て、(いつはり)幸媚(まめきこふ)るを求む。()れ故に調賦(みつき)と別に(たてまつ)れるもの、(なら)びに之を封以(ゆひかため)て還す。然し、我が國家(みかと)の遠い天祖(あめおや)の代()り、(ひろ)(なむぢ)等を慈しむ()(いきほひ)は、之、不可絕(たへず)。故に、(いよいよ)勤め、(いよいよ)謹み、戰線兢兢(をちかしこまち)て、其の職任(つかさこと)を修めて、法度(のり)(したが)ひ奉らば、天朝(みかと)も復た(ますます)廣く慈耳(めのみ)たまふ。(なむぢ)道那(だうな)等、()(みことのり)する所を(なむぢ)(きみ)()べ奉れ。

 

 

 六月(みなづき)癸未(みづのとひつじ)己亥(つちのとゐ)乙巳(きのとみ)

 

 筑紫の小郡にして、新羅の弔使金道那(こむだうな)等に(あへ)たまふ。物(たま)ふこと各差有り。

 

 

 返盃(へむぱい)の他は一言も交はさず、帶劍も解かずに睨み合ふ(うたげ)。國運を賭けた扶桑の牙城。其の進捗を目の當たりにして、新羅の弔使は醉ひの囘はらぬ()を重ね、竺志の天王(あまきみ)(みやこ)を巡る擁壁(ようへき)、後の卋の神籠石(かうごいし)を積み重ね、(よこしま)獻盃(けむぱい)(かへ)した。髙が弔使の挑發に乘つて韓の地に繰り出せば、新羅と唐の夾撃(けふげき)が待つてゐる。度重なる不遜な態度の狙ひは明らか。安い撒き餌は懷具合が嚴しい裏返し。(はか)らずも、義慈王(ぎじわう)の奮鬭により戰局は百濟が()してゐる。唐が重い腰を上げる迠、忍の一字に()くは()い。決戰の地は竺志の本貫。太宰の羅城に誘ひ込み、肉を切らせて骨を斷つ。其の曉に、失地復興の成就は在る。

 

 白雉(びやくぢ)五年丙辰(ひのえたつ)

 

 

 田身嶺(たむのたけ)(かふ)しむるに(めぐ)れる垣を(もち)ゐる。復た、(たけ)の上の(ふた)つの槻樹(つきのき)(ほと)りに(たかとの)()てて、(なつ)けて兩槻宮(ふたつきのみや)()たまふ。亦、天宮(あまつみや)()ふ。時に興事(おこしつくること)を好みたまひて、(すなは)水工(みづたくみ)をして(みそ)穿()使()めて香山(かこやま)の西()石上山(いそのかみのやま)に至り。舟二百隻(ふたももふな)を以ちて石上山(いそのかみのやま)の石を(つむ)順流(みづながるるまま)控引()きて、宮の東の山に石を(かさ)ねて垣を(つく)りつ。時の人(そし)りて()へらく、

 「狂心渠(たふれこころのみそ)(おと)し費せる功夫(ひとちからを)三萬餘(みよろつたりあまり)ぞ。(おと)し費せる垣を造る功夫(ひとちからを)七萬餘(ななよろつたりあまり)ぞ。宮材(みやのき)(ただ)れるぞ。山の(すゑ)(うづも)れるぞ。」

 又、(そし)りて()へらく、

 「石を()せる山丘(やまおか)()せし(まま)(おの)づから(こほ)れむ。」

 又、吉野宮を作りたまふ。

 

 二月(きさらぎ)辛卯(かのとう)丙申(かのえさる)甲子(きのえね)天王(あまきみ)、吉野宮に(いでま)す。

 五月(さつき)甲午(きのえうま)甲子(きのえね)戊寅(つちのえとら)天王(あまきみ)、吉野宮に(いでま)す。

 八月(はづき)丁酉(ひのととり)壬辰(みづのえとら)戊申(つちのえさる)天王(あまきみ)、吉野宮に(いでま)す。

 冬十月(かむなづき)己亥(つちのとゐ)辛卯(かのとう)戊申(つちのえさる)天王(あまきみ)、吉野宮に(いでま)す。

 十二月(しはす)辛丑(かのとうし)庚寅(かのえとら)甲寅(きのえとら)天王(あまきみ)、吉野宮に(いでま)す。

 丙辰(ひのえたつ)天王(あまきみ)、吉野宮()(かへ)る。

 

 白雉(びやくぢ)六年丁巳(ひのとみ)

 春正月壬寅(みづのえとら)庚辰(かのえたつ)戊子(つちのえね)天王(あまきみ)、吉野宮に(いでま)す。

 乙未(きのとひつじ)天王(あまきみ)、吉野宮()(かへ)る。

 閏三月(やよひ)乙巳(きのとみ)己丑(つちのとうし)丙辰(ひのえたつ)天王(あまきみ)、吉野宮に(いでま)す。

 壬戌(みづのえいぬ)天王(あまきみ)、吉野宮()(かへ)る。

 六月(みなづき)丁未(ひのとひつじ)戊午(つちのえうま)壬申(みづのえさる)天王(あまきみ)、吉野宮に(いでま)す。

 辛巳(かのとみ)天王(あまきみ)、吉野宮()(かへ)る。

 

 白雉(びやくぢ)七年戊午(つちのえうま)

 四月(うづき)丁巳(ひのとみ)癸丑(みづのとうし)丙子(ひのえね)、吉野宮に(いでま)す。

 庚辰(かのえたつ)車駕(あまきみ)、宮に還る。

 冬十月(かむなづき)癸亥(みづのとゐ)庚戌(かのえいぬ)癸酉(みづのととり)、吉野宮に(いでま)す。

 庚辰(かのえたつ)車駕(あまきみ)、宮に還る。

 

 白雉(びやくぢ)八年己未(つちのとひつじ)

 三月(やよひ)戊辰(つちのえたつ)丁丑(ひのとうし)乙未(きのとひつじ)、吉野宮に(いでま)す。

 壬寅(みづのえとら)天王(あまきみ)、吉野宮()(かへ)る。

 五月(さつき)己巳(つちのとみ)丁丑(ひのとうし)朔、吉野宮に(いでま)す。

 乙未(きのとひつじ)天王(あまきみ)、吉野宮()(かへ)る。

 秋七月(ふみつき)壬辰(みづのえとら)丙子(ひのえね)甲午(きのえうま)、吉野宮に(いでま)す。

 癸卯(みづのとう)、是の日、天王(あまきみ)、吉野宮()(かへ)る。

 八月(はづき)癸酉(みづのととり)丙午(ひのえうま)甲戌(きのえいぬ)、吉野宮に(いでま)す。

 戊寅(つちのえとら)車駕(あまきみ)、宮に還る。

 十一月(しもつき)丙子(ひのえね)甲戌(きのえいぬ)庚寅(かのえとら)、吉野宮に(いでま)す。

 乙未(きのとひつじ)車駕(あまきみ)、宮に還る。

 

 

 太宰の府の坊條を巡り、新宮へと續く、版築(はんちく)で固められた土壘(どるい)の檢分と閲兵の爲、伊勢王(いせのあまきみ)は竺志の吉野へ行幸を繰り返した。扶桑の羅城を見下ろす、大野城の宮地嶽、阿志岐山城(あしきさんじやう)の四天王山、基肄(きい)城の基山(きやま)(ましま)す神神を盛大に祀り上げ、專守防衞を託す三山鎭護。韓の故地と俀國の存亡を賭けた(いの)りと、犧牲と爲つた人夫(おほむたから)(とむら)ひが、擁壁(ようへき)(つら)ねる尾根に木靈(こだま)し、國の石据ゑと成つた御魂(みすたま)が竺志の飛鳥(ひとり)()(うつ)り、風雲の狹閒に明けた蒼穹(さうきゆう)へ舞ひ上がる。此の決壞寸前の戰況と戎馬(じふば)蹄塵(ていぢん)が迫り、寸刻を爭ふ御卋(みよ)に在つて、

 白雉(びやくぢ)六年丁巳(ひのとみ)、紀國は牟婁(むろ)の湯に遁卋(とんせい)し、日嗣(ひつぎ)爭ひの(なむ)から身を(ひそ)めてゐた有閒王子(ありまのみこ)は、胸に壹物(いちもつ)を祕め、山鄕に引き揚げてきた。一分の非も勿い身で在り乍ら()(もの)を裝ひ、產湯を浸かつた(ゆかり)の有閒に背を向け、牟婁(むろ)の煮え湯を被つた雌伏の歲月。頭に(のぼ)つた血氣で沸き立つ、濱の湯船から上がつた王子の紅顏(こうがん)を松風が(そそ)ぎ、湯冷ましに辿る白濱の眞砂路(まさごぢ)は、(はや)(おも)ひを一步一步(しづ)めていく。

 飛鳥宮の殺伐とした朝堂に異議の有る者達は、僞りの湯治場に(かうぶり)を隱して(おとな)ひ、中大兄の奇道奇譚(きだうきたん)を捲し立てた。出遲れの王子を()()ける者の多くが、俀國(たいこく)(かしづ)く改新派。有閒王子も寵愛を賜つてゐた伊勢王(いせのあまきみ)旅發(たびだ)たれ、後ろ盾を失つた者同士、氣心は知れる。一如同斷(いちによどうだん)萬障(ばんしやう)唯獨(ただひと)り。(しか)れど、中大兄に睨まれて天壽(てんじゆ)(まつた)うした(ためし)は勿い。己の手を(けが)す事を躊躇(ためら)はぬ其の暴戾(ぼうれい)は、怯懦(けふだ)鼠賊(そぞく)の故とは云へ、其の鼻は犬よりも謀議を嗅ぎ分け、短い齧齒(げつし)には毒が有る。更に、裏で機略を錬るのは腹心の鎌足。彼の漢と通じる手は勿い物か。影の知將が控へてゐなければ、中大兄なぞ()うの昔に自滅してゐる。穀潰(ごくつぶ)しだつた鼠を狂犬に仕立てて、蘇我を(しりぞ)けるのに蘇我を二分し、蠱壺(こつぼ)の底に突き落とした手腕は眼を(みは)る物が有る。暴君の火點(ひつ)けも火消(ひけ)しも奴の()(ごころ)(ひと)つ。其の掌を意の儘に返せれば中大兄を丸腰にしたも同然。元來、二人の中を(とりも)つたのは誰有(だれあ)らう。亡き父から賜つた紫冠(むらさきのかうぶり)を仇で返すとは何事か。前帝の嫡男(ちやくなん)として忠孝を(ただ)す分限も有る。有閒王子は、猿山の大將に名吿(なの)りを上げるのか、此の儘、誰かの尻尾や粗相を、犬の樣に嗅ぎ廻る丈けで()はるのか、其の岐路に立たされてゐた。

 板蓋宮(いたぶきのみや)寳女王(たからのおほきみ)の玉容を拜謁し、

 

 「(ひた)し、()(ところ)()るに、病(おのづか)蠲消(のそこり)す。」

 

 見え透いた土產話を(なら)べ立て乍ら、朝堂の氣配を盜み讀み、推し量る己の立ち位置。日嗣(ひつぎ)王子(みこ)が戾つて來た事で再び搔き亂れる、群臣(まへつきみたち)の猜疑心と驅け引き。此の髙御座(たかみくら)(ましま)(みかど)ですら、飛鳥とは名許りの、何處にも飛び發てぬ山鄕(やまざと)の籠の鳥。其の竹で編んだ檻の中に忍び込み、絡み始める二匹の蛇。寳女王(たからのおほきみ)も復た、此の(ふた)りの王子が不憫で爲らず、乙巳(きのとみ)の誅伐で返り血を吸つた丹塗(にぬ)りの柱の樣に、有閒王子も朱に交はつて終ふのかと心を痛め、

 

 ()(しめ)して、(をはしま)して(みそな)はさんと思欲(おもほ)す。

 

 と其の場を甘言で濁すと、再び蜷局(とぐろ)を卷き始めた禍中を避ける樣に、

 白雉(びやくぢ)七年戊午(つちのえうま)、冬十月(かむなづき)癸亥(みづのとゐ)庚戌(かのえいぬ)甲子(きのえね)(みかど)()溫湯()(いでま)し、哥枕(うたまくら)()()した。不歸(ふき)(わだち)と爲るやも知れぬ車駕(みかど)を見送り、籠に穴を開けて鳥を逃がした有閒王子は北叟笑(ほくそゑ)む。

 十一月(しもつき)癸亥(みづのとゐ)己卯(つちのとう)壬午(みづのえうま)板蓋宮(いたぶきのみや)畱守官(とどまりまもるつかさ)蘇我赤兄(そがのあかえ)が王子の許に直参して奉つた哀訴を口火に、凶風が(くすぶ)つてゐた瞋恚(しんい)を煽り立てる。

 「扶桑の天子が自ら血の淚を流して人夫(おほむたから)に鞭を(ふる)はれ、太宰の府に山城を築き、水城(みづき)を掘る國難に在つて、吾等が(みかど)(まつりごと)(おろそ)かにして、(まも)りの備へもせず遊湯に(ふけ)り、()らう(こと)か裏で唐土(もろこし)と通じるなぞ、王道に(もと)る大罪。星辰逆行(せいしんぎやくかう)(もと)()し、天の災ひを招くのみ。大臣(おほまへつきみ)(ほとほと)、愛想が盡きたと申す次第。」

 「何、大臣(おほまへつきみ)が。」

 鎌足の名を聞いて、結跏趺坐(けつかふざ)を組んでゐた有閒王子は腰が浮いた。待ち望んでゐた吉報。蘇我が動いたと云ふ事は、鎌足も動いたと云ふ事。

 

 「吾、この年にして始めて、(つはもの)を用ゐる可き時なり。」

 

 翼を得たと許りに、身も心も輕く爲つた有閒王子は、

 甲申(きのえさる)赤兄(あかえ)(やかた)(たかどの)で、守君大石(もりのきみおほいは)坂合部連藥(さかひべのむらじくすり)鹽屋連鯯魚(しほやのむらじこのしろ)(かこ)み、謀議を()つた。宮室(おほみや)()(はら)ひ、紀國(きのくに)牟婁(むろ)寳女王(たからのおほきみ)を捕らへて陣を固め、(なまくら)な追つ手を受けて立つ。(はやて)の夜討ち、朝驅けで、恐らく(わづ)か數日が勝負の分け目。其の爲には先づ、鎌足を引き入れ、鼠賊の牙を拔かねば爲らぬ。蘇我の閒者(かんじや)赤兄(あかえ)に上目遣ひで虎視(こし)を忍ばせる有閒王子。將に其の刻、床几(しやうぎ)の脚が(おのづか)ら折れ、氣焔萬丈(きえんばんぢやう)の議論が氷結した。一瞬の靜寂(しじま)を挾んで、(にはか)に此れは不祥(さかないこと)(しるし)短籍(ひねりふみ)(うらな)ふ迠も勿い、未だ廿歳(はたち)に至らぬ王子では德が足りぬと、座は色めき立ち、擧措(きよそ)を失ふ諸臣(まへつきみたち)變節(へんせつ)。其の()(ぐさ)に、額突(ぬかづ)いた罪人の樣に(くずほ)れてゐる瓦落多(がらくた)を蹴り飛ばし、有閒王子は咆えた。

 「はや、()ね。」

 此の期に及んで狼狽(うろた)へる者なぞ頭數にも爲らぬ。帶劍を拔いて仁王立ちの王子は、口先丈けの雲雀(ひばり)睥睨(へいげい)し、己に足りぬ物を(ようや)く手に入れた。腦の髄を走る甘美な絕頂に()()れ乍ら、拔き身の斬つ先で其の覺悟を獨り獨り問ひ質す激情。此處で異を唱へる者を斬り捨てられずに、畢竟(ひつきやう)の大事に()たれる物か。有閒王子は大上段に構へて夫夫(それぞれ)に指示を授けると、市經(いちぶ)(やかた)に戾り、大仰(おほぎやう)な心持ちで安床(あんしやう)()した。旣に何かを成し遂げた()の如き滿ち足りた疲れ。其の王位を夢見る雲居(くもゐ)(しとね)が、蕃屛(まがき)の外の(ざわ)めきに因つて邯鄲(たんかん)の一睡に彈けた。

 赤兄(あかえ)は有閒王子が(かへ)つたと見るや物部朴井連鮪(もののべのえのゐのむらじしび)(まだ)し、造宮丁(みやをつくるよほろ)を率ゐて其の(やかた)()(かこ)むと、驛使(はゆまつかひ)(ひづめ)を飛ばし、湯治と(しよう)して身を(ひそ)めてゐた寳女王(たからのおほきみ)に王子の謀叛を奏上した。轍鮒(てつぷ)(きふ)も儘ならぬ、迅雷の策略。敗將の腦裏に閃く鎌足の影。

 繩に掛けられ、眞僞の程を(つまび)らかにせむと、(みかど)(とど)まる紀國(きのくに)へ送られる逆賊の前に、肅然(しゆくぜん)と現れた中大兄は猫を被り、

 「何故(なにゆゑ)にか謀叛(そむきまつる)。」

 と(のたま)ひ、有閒王子は其處で始めて己が最後の鼠だと悟つた。鎌足の名を聞いて翼を得たりと心躍らせたのも、今と爲つては氣の迷ひ。何の事は勿い。總ては掌を返した(やから)の掌の上。

 「(あめ)赤兄(あかえ)とそ知る。(われ)(もはら)不解(さとらず)。」

 物蔭で(うかが)つてゐた鎌足は白を切る有閒王子を見切り、(きびす)を返した。譬へ後ろ手に縛られてゐやうと、己の信條(しんでう)御魂(みたま)を護る爲、舌鋒で幾らでも斬り付ける事は出來る物を、仇の前で其の身を保つなら其處迄の器。(よし)んば、鎌足の名を出したなら、其れが殿下(わかぎみ)との緣の切れ目。有閒王子の繩を解き、中大兄を斬れと赤兄(あかえ)には云ひ含めて措いたが、買ひ被つてゐた己の目利きに呆れて終ふ。湯治から戾つて暫く泳がしてはみた物の、果たせるかな、溺れる(ふな)に渡す時流は勿い。()き立てられる叛徒を見送りもせず、

 「牟婁(むろ)御幸(みゆき)には閒人大后(はしひとのおほきさき)(ともな)はれてをられる。王子の異母(ままはは)とは云へ、彼の(ふた)りは只ならぬ仲と聞く。說き伏せられて、(みかど)に情が移らぬとも限らぬ。頃合ひを見計らひ、()ね。」

 と鎌足は(つた)へて丹比小沢連國襲(たぢひのをざわのむらじくにそ)(まだ)すや、

 庚寅(かのえとら)

 

 (まさき)くあらば

 

 と()はく願ひも冬の空、(みかど)への申し立ても儘ならず、有閒王子は藤白(ふじしろ)の坂で哥枕に歿(ぼつ)した。其の場で共謀の鹽屋連鯯魚(しほやのむらじこのしろ)處か、隨伴した王子の舍人(とねり)新田部米蔴呂(にいたべのこめまろ)迠もが斬り捨てられて、眞砂路(まさごぢ)黃泉路(よみぢ)へと彷徨(さまよ)ひ、相對(あひたい)して、流罪にされた守君大石(もりのきみおほいは)坂合部連藥(さかひべのむらじくすり)は程勿く恩赦を賜り、中大兄に引き立てられて、蘇我赤兄(そがのあかえ)も更なる榮進に浴する天地の(あしら)ひ。何もかも描いた通りに運んで終ふ一抹の(わび)しさが吹き拔け、血潮の濱も砂塵に()した。今更悔やむ事も(かな)はぬ、鳥憑(とりつ)かれてゐる者との彼我の差。此れで目障りな庶子(みこ)は獨り殘らず(しりぞ)けた。倂し、中大兄の信義も仁德も地に墮ち、齒向かふ者も居勿ければ、心を許せる者も勿い、山門の古式も合議も顧みぬ、思ひ思ひの氏族達。如何(いか)にして此の九頭十尾の蠻族(ばんぞく)(まと)めるのか。王道とは程遠い朝堂の舵取りに心を凝らす鎌足。

 (ひるがへ)つて、太宰の府を山城水城(みづき)(まも)()く可く、壹大國事(いちだいこくじ)に邁進する竺志の何と雄雄しき事か。猿山の小競り合ひに疲れた頭で(おも)ひを()せる、宗主と()(たみ)の血束。此の山鄕に何が足りぬのか。此の山猿の群れを率ゐて何を成し遂げられると云ふのか。神代の彼方より扶桑の故地を貫く、君臣不拔(くんしんふばつ)の桃源に焦がれる根無し草の鎌足。其の遙かな夢想の一角を、改元の儀で白雉(しろききささぎ)の前に額突(ぬかづ)いたと云ふ、伊勢王(いせのあまきみ)薩夜蔴(さちやま)の逸話が掠めた。大藏省(おほくらのつかさ)で垣閒見た、西日を照り返す白皙(はくせき)の尾羽。矢張り、彼の鳥は、否、眞逆(まさか)

 

 元壬子(じんし)

 二癸丑(きちう)

 三甲寅(かふいん)

 四乙卯(いつばう)

 五丙辰(へいしん)

 六丁巳(ていし)

 

 官衙(くわんが)に掛けられた白雉(びやくぢ)年號の木簡を見る度に催す、底知れぬ畏怖。(いに)()に刻む僞りの勿い(あかし)とは一體。咒禁博士(じゆこむのはかせ)蔭陽博士(をむみやうのはかせ)の智惠を借りる事をも(はばか)る、(にはか)には信じ難き瑞鳥の靈驗。其の(あめ)(ことはり)をも搖るがす(ちから)庇蔭(ひいむ)に、伊勢王(いせのあまきみ)倭國(ゐこく)が浴してゐるのだとしたら、山猿の群れに出來る事と云へば、竺志の榮華と權能を無闇に(ねた)(そね)み、足手纏(あしでまと)ひと爲る事のみ。現に、

 

 白雉(びやくぢ)八年己未(つちのとひつじ)、秋七月(ふみつき)壬申(みづのえさる)丙子(ひのえね)戊寅(つちのえとら)、難波の三津浦(みつのうら)から唐土(もろこし)に船出した、小錦下(せうきむげ) 坂合部石布連(さかゐべのいはしきのむらじ)大仙下(だいせんげ)津守吉祥連(つもりのきさのむらじ)の一行は、艱難辛苦の果て、

 冬十月(かむなづき)甲戌(きのえいぬ)乙巳(きのとみ)朔、越州の州衙(しうご)に至り、上洛の手續きを終へて、

 己未(つちのとひつじ)、長安の都へと出立。

 癸酉(みづのととり)(はか)らずも洛陽の都に遷都してゐた皇帝李治との奇遇に惠まれ、

 甲戌(きのえいぬ)、其の龍顏(りようがむ)を拜して、海の藻屑と生死を競ふ航海の總てが報はれた。かに見えたのも束の閒、案に(たが)はず、山門の遣使は()(のち)、持つて產まれた僭越(せんえつ)な振る舞ひで、天寵(てんちよう)を賜つた身に(あま)る神助に泥を塗つた。翌、

 十一月(しもつき)乙亥(きのとゐ)甲戌(きのえいぬ)朔、諸國の遣使を迎へて催された冬至の會。其の(おごそ)かな聯座(れんざ)の中に、俀國の大使(おほつかひ)(なら)びに竺志の遣使の(いか)りに(ふる)へる姿が在つた。本來、册封(さくほう)を賜る宗主を介さず藩國が使(つかひ)(まだ)し朝貢するなぞ(まか)()らぬ處を、敢へて眼を(つぶ)り、内通する山門の遣使を同席させた唐の明ら樣で蔭濕な魂膽(こんたん)鬭雞(とうけい)(けしか)けるに等しい、見卋物(みせもの)紛ひの仕打ちに、竺志の大使(おほつかひ)(みだ)れる事勿く、其の場は堪へた物の、面目を潰された恥辱は如何許(いかばか)りか。國を背負つて大國と渡り合ふ大使(おほつかひ)は、上表を(たてまつ)れば、はい、其れ迄の走狗(そうく)では勿い。吾が身を楯に先陣を切る一國の(しやう)で在り、(まみ)えた皇帝の不興を買ひ、逆鱗に觸れれば極刑に處される、命を賭した使ひで在る。其れを、竺志と山門を天秤に掛けて(もてあそ)び、()(たま)ふとは。唐は俀國の度量を試してゐる。大使(おほつかひ)(こゑ)を荒げれば狼藉の(そし)りを受け、緘默(かんもく)に伏せば其の臆面(おくめん)嘲笑(あざわら)ふ。其れ丈けなら未だしも、伊勢王(いせのあまきみ)(とが)める(あら)を、機を見て探る其の安い撒き餌。皇帝李治の御前(みまえ)俳優(わざひと)の如く(はしや)ぐ山門の遣使を睨み付けて、竺志の大使(おほつかひ)唯只管(ただひたすら)克己堅忍(かつこけんにん)に徹した。處が、

 十二月(しはす)丙子(ひのえね)甲辰(きのえたつ)丙午(ひのえうま)

 

 

 韓智興(かむちこう)傔人(ともひと)西漢大蔴呂(かはちのあやのおほまろ)()げて我が(まらびと)(ざむ)す。(まらびと)等、罪を(もろこし)(みかど)に獲て、(すで)流罪(ながすつみ)(さだ)む。(さきだ)ちて智興(ちこう)を三千里の外に流す。(まらびと)の中に伊吉連博德(いきちのむらじはかとこ)有りて(まを)す。()りて(すなは)ち罪を(まぬかれ)つ。事(をは)りて(のち)勑旨(みことのり)たまはく、

 

 「國家(くに)(くる)つ年必ず海東(わたのひむがし)(まつりごと)有らむ。汝等(いましら)()(まらびと)、東に(かへ)るを不得(えざれ)。」

 

 とのたまふ。遂に西京(にしのみやこ)(いまし)め、處を(わか)ちて(とら)へ置き、戸を()して防ぎ(とど)む。東西(かもかくも)こと不許(ゆるさず)困苦(たしな)むこと年を()

 

 

 竺志の遣使、西漢大蔴呂(かはちのあやのおほまろ)讒言(ざんげん)(かど)で、韓智興(かむちこう)が流罪を云ひ渡され、後に赦免を賜りはした物の、俀國からの遣使は藩國も含め總て幽閉されたとの一報に、鎌足は天を仰いだ。宗主國の遣使、韓智興(かむちこう)の指示で西漢大蔴呂(かはちのあやのおほまろ)が、藩國を態々(そし)(おとし)めるなぞ不得有(ありえない)。譬へ何等かの粗相が在つても、(もろこし)(みかど)御前(みまえ)では寧ろ隱し、歸朝の後、律令(のりのふみ)に基づいて五刑(いつつのつみ)に處すれば良い丈けの事。新羅の猿眞似で唐の威を借り、出過ぎた眞似をして(けしかけ)たのは山門の遣使に違ひ勿い。溫和(おとな)しくして()れば良い物を。伊吉連博德(いきちのむらじはかとこ)が申し立てて、(もろこし)(みかど)との閒に入り、流罪を免れたと云ふのも、己の手柄を捲し立てる事しか頭に勿い咆え猿の、聞くに堪へぬ何時もの繪空事。己の命と引き換へに、俀國の威信を護つた、竺志の大使(おほつかひ)の姿が眼に浮かぶ。

 

 

 國家(くに)(くる)つ年必ず海東(わたのひむがし)(まつりごと)有らむ。

 

 

 百濟侵攻を布吿したに等しい、(もろこし)(みかど)の怪氣炎。埀簾(すいれん)の政を()ひられた皇后の武照(ブセウ)から御拂(おはら)(ばこ)にされ、長安から洛陽へ都落ちしたとは云へ、曲がり形にも皇帝の一喝。(まさ)綸言(りんげん)汗の如くにして、大山鳴動。會席(くわいせき)した遣使を(ことごと)く拘禁し、口を(はさ)まぬ樣に封じた積もりでも、荒ぶる舌響(ぜつきやう)巷閒(かうかん)を渦卷き、皇帝李治の眞意を()げて(つた)へる譯が勿い。俀國が天の(むく)ひを受ける日は近い、とまで豪語されて、最早、山門の橫槍處では勿い竺志の天王(あまきみ)。此れに因り、鎌足が四方に手を囘し、(まと)まり掛けてゐた竺志からの輿入れも流れ、中大兄の地に墮ちた威信を取り戾す、一縷(いちる)(いと)を斷ち切られた。

 昏迷する外政と、墓穴を掘つた内政。其の失望の中で、鎌足は出家して入唐した嫡男(ちやくなん)定惠(ぢようゑ)に次ぐ男子を(まう)けた。

 「誰獨り、等しく不比(くらべざ)る者と成れ。」

 と(のたま)ひ、萬卷の(ふひと)を綴る、「ふみびと」の意を込めて「不比等(ふひと)」と(なづ)けられた、鎌足の野心を()ぎ、(とこ)()彌榮(いやさか)を託す、(をとこ)四十五歲にして咲かせた最後の晚花。正室、車持與志古娘(くるまもちのよしこのいらつめ)の子では勿く、中大兄から讓られた鏡女王(かがみのおほきみ)の隱し(たね)巷說(かうせつ)に上るのも、鎌足は滿更では勿いと(うそぶ)いた。若し其の飛語が正しければ、敵對する雙方(さうはう)の血筋を分けた此の乳飲み子は、權力を爭ふ坩堝の中で、御卋嗣(およつ)ぎにも成れば、叛徒の(しやう)にも成る。其の捻れこそが(ふひと)を衝き動かし、焚き付ける恰好の火胤(ひだね)。中大兄と遠智娘(をちのいらつめ)の血を分けた鸕野讚良(うののさらら)が良い(あかし)。滅ぼされた者と滅ぼした者の閒に產まれた彼の(むすめ)は、何時しか大きく化ける(とき)が來る。苦しみ藻搔(もが)けば藻搔(もが)く程に。然して、此の不比等が鏡女王(かがみのおほきみ)の腹を痛めたと云ふのなら、鸕野讚良(うののさらら)とは姪と甥。此の醜聞を態々揉み消す事は勿い。墓穴(はかあな)の中まで(ほの)めかして措けば良い。產著(うぶぎ)(くる)まる吾が子を覗き込み、獨り北叟笑(ほくそゑ)む鎌足。其の何處か憎憎しげに吊り上がつた口角が、不意に氷附いた。

 

 

 「人、獨リノ眼カラ見タ、產マレ、育チ、老イ、息絕エル、果敢無(ハカナ)キ一生ヲ、(トムラ)フ事デ(マツ)リ上ゲ、人ノ卋ハ(ツネ)鈴生(スズナ)リノ命ヲ(タマハ)リ、(ワラハ)(ヒコ)(オミ)(カバネ)ト、(ニシキ)(ハタ)ヲ繰ル、途切レル事勿キ(ツヅ)()リダト、十干十二支ノ綾目ヲ織リ成シ、星ノ數程ノ還曆ヲ巡リ、始祖ノ傳承ヲ(サカノボ)ル。()レド、人ノ淺智惠ナゾ及バヌ(アメ)(モトヰ)ノ前デハ、斯樣(カヤウ)ナ繰リ言モ大海ノ一雫(ヒトシヅク)。」

 

 

 殘照に燃える大藏省(おほくらのつかさ)(つむざ)いた瑞鳥の占鳴(せんめい)。生と死の雙翼(さうよく)羽擊(はばた)き、人心を搔き亂す(とこ)()の神祕が(にはか)に甦る。吾が子との(たま)()の繋がりですら束の閒の泡沫(はうまつ)。夢を追ひ求める人の性も、死の(うつつ)から(のが)れる爲の方便と(さと)す魔性の(ささや)き。罠だと判つてゐても魅き寄せられる白い影の幻が、(かへ)つて、今生(こんじやう)の野心を炙り立てる。鎌足は鳥憑(とりつ)かれた定めに(あらが)へば(あらが)ふ程、操られていく死の舞臺(ぶたい)の上に居た。面白い。人の卋なぞ(しがらみ)で編んだ鳥籠でしか勿いと云ふのなら、此の()()れの餘命を踏み台に飛び發てば良い。己の分身か、爭ひの(たね)か、將亦(はたまた)、神の子か。鎌足は(むづか)る不比等を抱き上げると、父の紫冠(むらさきのかうぶり)を見下ろして、天まで屆けと差し上げた。

 

 

 

 ()(とし)の、

 白雉(びやくぢ)八年己未(つちのとひつじ)十一月(しもつき)乙亥(きのとゐ)甲戌(きのえいぬ)己卯(つちのとう)

 

 始めて仁王經(にむわうきやう)(ももつ)の國に讀ましむ。四日ありて(をは)りぬ。

 

 年が明けて、

 白雉(びやくぢ)九年庚申(かのえさる)、夏五月(さつき)壬午(みづのえうま)

 

 ()の月に、有司(つかさつかさ)(みことのり)を奉りて、一百(ももつ)髙座(かうざ)一百(ももつ)衲袈裟(のふけさ)を造りて、仁王般若(にむわうはんにや)(おがみ)(まう)く。

 

 俀國を擧げて執り行われた法會(のりのおがみ)。日月失度難、星辰失度難、災火難、雨水変異難、惡風難、亢陽難、惡賊難を(しりぞ)ける、護國三部經の獨つ、般若波羅蜜(はんにやはらみつ)の受持講說に因り、國家安穩の髙庇(かうひ)を賜ると云ふ、上宮法皇、多利思北孤(たりしほこ)の御隱れに爲つた明くる年、癸未(みづのとひつじ)に傳來し、仁王(にむわう)と改元した(いは)くの敎典。其の釋迦が波斯匿王(はしのくわう)(さと)した(ことはり)を、伊勢王(いせのあまきみ)(やまひ)(しとね)で聞いてゐた。陣頭指揮を執つた壹大國事の酷務が(たた)り、昏睡に()した常色の君。國と法が滅びる其の(とき)に、七難有つて、復た一難。除病平癒の勤行は晝夜(ちうや)(また)ぎ、其の天下に轟く鎭加護持(ちんかごじ)は、或る一報を(さかひ)に、戰勝祈願の熱狂へと燻り始めた。

 秋七月(ふみつき)甲申(きのえさる)

 

 百濟、使(つかひ)(まだ)して奏言(まをさ)く、

 「大唐(もろこし)、新羅力を(あは)せて我を伐つ。旣に義慈王(ぎじわう)王后(こにをるを)太子(こにしき)(とりこ)と爲して()ぬ。」

 (これ)に由り、國家(くに)兵士甲卒(いくさひと)を以て西北の畔に(つら)ぬ、城柵()繕修(つくろ)ひ、山川を斷ち塞ぐ(きざ)せり。

 

 新羅と唐の夾撃(けふげき)に竺志の故地は次の報せを待たず、瞬く閒に歿(ぼつ)した。君臣、()べて(とりこ)と爲り、(のこ)れる(たぐ)ひも(ほぼ)無き慘狀は、藻屑に(まみ)れた遣使の、尾羽打ち枯らした落魄(らくはく)を見ても明らか。遂に巡つて來た、鏡當(きやうたう)四年、甲辰(きのえたつ)(えき)以來の難局。播磨國(はりまのくに)迄燒き討ちされた新羅の侵攻は、最早、還曆の彼方の口碑(こうひ)では勿い。高句麗平定を待たずして、遂に大國、唐が動いた。

 冬十月(かむなづき)丁亥(ひのとゐ)、百濟は佐平(さへい)貴智(きち)(まだ)し、失地を覆す可く、(しろ)として竺志に(とど)まる百濟の太子(みこ)餘豐璋(よほうしやう)を、御卋嗣(およつ)ぎとして百濟に迎へる可く、(いくさ)を乞ひ救ひを(まう)した。薩夜蔴は其れに應へて、屯倉(みやけ)より兵粮(そなへのかて)兵庫(つはものくら)より兵器(つはもの)()たへ、送り出しはした物の、幾ら病床の伊勢王(いせのあまきみ)に代はつて(まつりごと)を預かる身とは云へ、玉音の大號令を差し措き、國を擧げて兵を興す事なぞ(まか)()らず、()りとて、俀國の援軍勿くして豐璋(ほうしやう)の犬死には眼に見えてゐる。破綻した外政を前に身動きの取れぬ薩夜蔴は、此處まで(こじ)れて終つた因果の鎖を手繰る譯にもいかず、途方に暮れた。伊勢王(いせのあまきみ)が名君で存る事を疑ふなぞ不敬の極み。其の越度(をちど)(あげつら)ふなぞ有閒敷事(あるまじきこと)。吾が父で在る事が信じられぬ玄德(げんとく)龍貌(りゆうばう)。非凡な傑物と對峙して浴びる畏怖と恍惚。何も語らずとも、自ら導かれていく天啓にも等しき目映(まばゆ)い暗示。竺志の禁裏(おほうち)で同じ(とき)を過ごせる冥加(みやうが)は、四海の(はて)に眠る七珍萬寳(しつちんまんぽう)にも代へ難い。かと云つて、其の多利思北孤(たりしほこ)の生まれ變はりと(しよう)された常色(じやうしき)の君が、灰汁(あく)色の(ゑぐ)れた頰で橫戲(よこたは)り、稻田(いなだ)(かはづ)の如く(うな)されてゐる許りと爲つた今。何人(なむびと)の呼び掛けにも應へぬ扶桑の天子を前に、不遜な(ひら)きに(をのの)く薩夜蔴の心。(みかど)天壽(てんじゆ)(ながら)へる程、倭國の拓いた故地の命運は燃え盡きていく。此の儘、忸怩(ぢくぢ)たる(とき)を數へる許りならば一層。口には出せぬ(ほぞ)の底の本願。難治退散の讀經(どきやう)を上げ乍ら、(ひそ)かに鎭魂敍魔(ちんこんじよま)(まじな)ひを腹唱し、搖れ動く二心。

 竺志の百姓(おほむたから)を人柱にして築いた太宰の羅城。百濟の報せを受けて更に補ひ、土壘(どるい)版築(たんちく)で嵩上げし樣とも、身動きの取れぬ殼に閉じ籠もつてゐるのでは(たから)の持ち腐れ。護る丈けでは護り切れぬ海表(わたのほか)(まつりごと)。討って出勿ければ坐して死を待つに等しい。唐の軍勢を竺志の羅城に誘い込んで擊退し、背走する兵を追つて韓の地を遡り、失地を挽囘する。斯樣な虫の良い話が何處に在る。隨から唐へと移り代はる大國を見聞した學問僧(ものならふはふし)箴言(しんげん)()(はや)す餘り、唐を巨人の國の如く粉餝(ふんしよく)し、其の尊大な振る舞ひにも眼を(つぶ)つた吾が父君。倂し、俀國こそは神の國なるぞ。天孫(あめみま)の行く末を決す可き此の(とき)に、念佛を(とな)へて何に爲る。父を(しの)(おも)ひにも限りが有る事を悟つた薩夜蔴は、年が明けて

 白鳳(はくほう)元年辛酉(かのととり)六月(みなづき)乙未(きのとひつじ)

 伊勢王(いせのあまきみ)が朝倉宮で神上(かむあ)がると、其の意氣は旣に(いはお)の如く、白喪(はくさう)素服(そふく)にも眼を吳れず、(もがり)(しつら)ひも下下(しもじも)に委せ、筑紫降(くしふる)の山は動いた。満を持して解かれた擧國一致の禁。新帝が重い腰を浮かした、(まさ)に其の(とき)天下(あめのした)(らう)する訃吿(ふこく)と入れ違ひに、難波宮から驛使(はゆまつかひ)飛報(ひほう)が屆く。

 

 大藏省(おほくらのつかさ)白雉(しろききぎす)白鳳(しろきおほとり)に成り上がつた。

 

 耳を疑ふ傳文(でんぶん)に雄叫びを上げる薩夜蔴。

 「是は吉兆。其の(おほとり)こそ吾が父、伊勢王(いせのあまきみ)の生まれ變はり。輿(こし)を改め、宮を(しつら)へて(まつ)り上げよ。」

 「否、然し、燕雀(えんじやく)(ほう)を生まずと申します。雉が成り上がるのは(すずとり)(おほとり)は鶴が成り上がる物。是は餘りにも化體(けたい)()はり(やう)。」

 「構はぬ。天、玄鳥(げんてう)に命じ、(くだ)つて(しやう)を生む。辛酉(しんいう)革命に當たる此の歲、革命(かくめい)鶴鳴(かくめい)爲り。何と云ふ僥倖(ぎようかう)。此の時を逃して何とする。武運、(ここ)に極まれり。」

 「倂し、革命とは元來。」

 「ええい、默れ。白鳳(しろきおほとり)を疑ふ事は吾が父を疑ふに等しい。其の導きに從へぬのなら、何物に身命(しんみやう)を捧げる積もりか。先帝に(したが)(おく)られたければ。然う名吿(なの)り出るが良い。」

 側近の戒飭(かいしよく)に耳を貸さず革命改元を(みことのり)し、薩夜蔴は其の場を後にした。弔鐘(てうしよう)と軍鼓の陣鐘(じんしよう)を搔き鳴らし、專守防衞から舵を切る俀國。薩夜蔴が卽位し白鳳(はくほう)に改元すると、扶桑の京は唐の水軍の侵攻に備へ、近江大津(あふみおほつ)に朝堂院樣式の宮を急造し、參種(さんしゆ)神璽(しんじ)を遷座した。

 

 

 我が物具どもは此に來住せし始め皆置けり。佛舍利玉帶銀造太刀尺鏡なども有り。是皆筑紫より我が共に來れる。

 

 すると、

 

 都を近江(ちかつあふみ)に遷す。是の時に、天下(あめのした)百姓(おほむたから)遷都することを願はずして()(あざむ)く者多し。童謠(わさうた)(おほ)し。日日夜夜、失火(みつながれ)の處多し。

 

 

 俀國の本貫から參種(さんしゆ)神璽(しんじ)が運び出されたと知るや、壹大國事の賦役(ふえき)血汗(けつかん)を絞つた竺志の民は色めいた。難波宮に伊勢王(いせのあまきみ)が遷居した折りでも、太宰の禁裡(おほうち)に納められてゐた、搖るぎ勿き天孫(あめみま)御驗(みあかし)。其の冒す可からざる日嗣(ひつぎ)の品品が(みやこ)を去つたとは何事かと(まつりごとのとの)に詰めかけ、王族(わうのやから)群臣(まへつきみたち)(やかた)を引き拂ひ、近江(ちかつあふみ)(こぞ)つて下向するに至ると、

 「吾等は人の盾として見捨てられた。」

 「吾等を大御寳(おほむたから)と呼ぶのは口丈けか。」

 と蜂の巢を衝いた騷ぎとなり、扶桑の(みやび)は戰火より先に暴徒の燒き討ちを(かうむ)つた。百姓(おほむたから)の築いた(まもり)百姓(おほむたから)に攻められる皮肉。倂し、薩夜蔴の(まなじり)は唯、一點を見定て、眞の正鵠(せいこく)を擊ち拔いた。一度(ひとたび)、唐に背を向けやう物なら、鏡當(きやうたう)四年、甲辰(きのえたつ)(えき)の比では勿い。太宰の羅城を過信する事も(まか)()らぬ。いざと爲れば形振り構はず、淡海(あふみ)から古志(こし)の海へ拔け、嘏夷(えみし)に追擊の軍勢を誘ひ込んで地の利を賴み、國運を盡くして玉碎瓦全(ぎよくさいぐわぜん)する迠の事。髙句麗が黑龍江の北岸まで退いて後、盛り返した例へも在る。()してや、天照神(あまてるかみ)髙庇(かうひ)を賜る扶桑の天下(あめのした)で、高麗狗(こまいぬ)の二の舞ひになぞ爲る物か。竺志の故地を()らす巡幸こそが氣長足姬(おきながたらしひめ)の進んだ王道。倭國(ゐこく)太母(たいぼ)も復た、服喪を(いと)はず海表(わたのほか)(わた)つた。護領の任を果たす稟賦(りんぷ)を備へずして何の天孫(あめみま)か。薩夜蔴は東國に外征翼讚の天意(あめのこころ)(みことのり)し、自ら鎧冑(がいちう)を改め、甲紐(かふちう)(きむ)を確かめた。

 

 

 太宰の府から驛鈴(むまやのすず)を飛ばした詔書(せうしよ)肅肅(しゆくしゆく)と讀み上げらていくのを、中大兄は血の氣の失せた蒼貌を引き()らせて聞いてゐた。東國の(つはもの)(ひき)ゐて、竺志に上洛す(べし)。外征の將として()()の矢を立てられた山門の王子には、(かしこ)まる事の他に()(すべ)も勿ければ、逃げ場も勿い。日嗣(ひつぎ)を爭ふ王子(みこ)と、名の有る氏族を、卑劣な奸計で闇に葬ってきた報ひに、辛酸を舐めてきた山門の朝堂は込み上げる快哉(くわいさい)を嚙み殺し、扶桑の天子の大號令に額突(ぬかづ)いた。古人大兄王子(ふるひとのおほえのみこ)有閒王子(ありまのみこ)蘇我入鹿(そがのいるか)蘇我倉山田石川蔴呂(そがのくらやまだのいしかはまろ)の子息と、本來ならば中大兄より先に名の上がる可き者達を、目先の王位に惑はされ、(ことご)く鬼籍に突き落とした末の(はづ)(くじ)。右も左も判らぬ韓の地で、唐と新羅を向こうに囘し、握り方も知らぬ采を揮ふ事に爲らうとは。扶桑の天子に云ひ渡された、未曾有の國難に殉じる決死の行軍。罠に()めた敵を甚振(いたぶ)る事しか知らぬ鼠賊は、旣に其の旅荷で押し潰されてゐる。大凡(おほよそ)、兵馬の扱ひは軍士(つはもの)に委せて陣に籠もるのが(せき)(やま)日嗣(ひつぎ)王子(みこ)の威信なぞ氣休めにも爲らぬ。足の骨一本でも戾つて來くれば儲け物。其れを見越して、態々(わざわざ)猿山の頂から引き擦り降ろす迠も勿いと、群臣(まへつきみたち)は胸を撫で下ろし、(ようや)く彼の(かん)(むし)御拂(おはら)(ばこ)に出來ると在つて、己の手柄に眼が(くら)み、中大兄の代はりに私がと、此の大役に名吿(なの)りを上げる者も勿く、兵粮(ひやうらう)兵器(つはもの)恙勿(つつがな)く揃へて戰地に()()てると、戰勝祈願の加持祈禱(かじきたう)項埀(うなだ)れた其の背に浴びせて、廢德(はいとく)王子(みこ)體良(ていよ)く山鄕から追ひ拂つた。

 (よろづ)の軍勢に(かこ)まれても(なほ)、生きた心地のせぬ征西。(はなむけ)の言葉にも()はの(そら)で、自ら手に掛けた亡靈達に()()られていく中大兄を見送つた鎌足は、竺志の權勢で整へられた官道を進むしか勿い(うつ)ろな戎馬(じふば)の足取りに、轉機(てんき)を迎へた己の前途を重ね合はせた。後ろ盾と呼ぶのも今と爲つては怪しいが、一蓮托生の罪を重ねた(ともがら)の、流刑にも等しき其の出兵。殿下(わがきみ)が生きて還れる望みの薄い今、片翼の()げた迷鳥を見る周りの眼も()()えとして、首筋が薄ら寒い。讒言(ざんげん)(ろう)して不意を討ち、成り上がつたのも明日は我が身。飛鳥の(みかど)御目零(おめこぼ)しが有る内に、次の宿り木を探さねば。思ひを巡らせる鎌足は驛馬(はゆま)を蹴立てて山鄕を後にした。中大兄の嫡男(ちやくなん)大友王子(おほとものみこ)は未だ初冠(うひかうぶり)を揭げた許りで德が足りず、目星(めぼし)後胤(こういん)は恨みを買ふ氏族に(おさ)へられてゐる。近江(ちかつあふみ)に下向して來た竺志の稀人(まれびと)と、何とか渡りを付けられぬ物か。中大兄の女、鸕野讚良(うののさらら)大田王女(おほたのひめみこ)を立て續けに輿入れした大海人王子(おほあまのみこ)は、折惡(をりあ)しく太宰の(まもり)に備へてゐると聞く。矢張り、竺志の手足と爲つて改新の露拂ひをした蘇我の殘黨(ざんたう)を賴るしか勿いのか。倂し(まん)(いち)、下げた頭に積怨(せきゑん)誅鋤(ちゆうじよ)を振り降ろされたら。信じる者を裏切り手にした榮達が仇と爲り、人を信じる術を忘れた鎌足。其の猜疑の(とりこ)と化した才氣の片隅に不圖(ふと)、難波宮で燃え盛る丹塗(にぬ)りの殘照が射し込んだ。駕籠の中で(うずくま)る白玉の尾羽。(つぶ)らな瞳から(みなぎ)饒舌(ぜうぜつ)な沈默。顱頂(ろちやう)(つむざ)く、(いか)()占鳴(せんめい)

 鎌足は乾上がつて瘦せた山門の田畑を縫ふ(あぜ)の四辻で、北から東へと手綱を引いた。目指すは難波宮、大藏省(おほくらのつかさ)。白雉から成り上がつた白鳳を、薩夜蔴は(まつりごとのとの)の中に宮を設へ、祀り上げてゐると聞く。白雉に引き續いて改元する程の祥事。矢張り彼の化鳥は本物だつた。何故、もつと早く馳せ參じ勿かつたのか悔やまれる。成り上がつた(おほとり)は何と鳴く。今こそ聞き逃すまい。其の言靈(ことだま)を。白鳳の風聞に鳥憑(とりつ)かれた鎌足は鞭の雨を浴びせ、(いなな)驛馬(はゆま)國境(くにざかひ)鏑矢(かぶらや)の如く突き拔けた。彼の魔性の鳥に己の行く末を賴るなぞ、生氣の沙汰では勿い。然うと判つてゐ乍ら、逸る手綱に力が入る。鎌足は旣に靈鳥の神祕に()()れてゐた。處が、

 「白鳳命(しろきおほとりのみこと)伊勢王(いせのあまきみ)の生まれ變はりにして、護國の御柱(みはしら)寇討必伐(こうたうひつばつ)を期す此の刻、其の鵬翼(ほうよく)に若しもの事が在つては國の大事。(ものいみ)をした膳夫(かしはで)采女(うねめ)の他は、譬へ竺志の大臣(おほまへつきみ)で在らうと、拜塵(はいじん)に浴する事は(かな)ひませぬ。」

 立ち開かる衞門府(ゆけひのつかさ)益荒男(ますらを)の落とす長い影が外廊(ほそどの)の白亞を限り、山門の紫冠(むらさきのかうぶり)になぞ二の句は無用と、眞一文字に引き締まつた口吻(こうふん)が、彼の日と同じく絞り出された、最後の西日で燃え盛つてゐる。靈鳥(れいてう)の導きを斷たれて茫然と立ち盡くす鎌足。頑として鎖ざされてゐる大藏省(おほくらのつかさ)の奧室の(まもり)は、白鳳の存在と其の靈驗(れいげ)雄辯(ゆうべん)に物語り、一縷(いちる)の望みを驅り立てる。倂し、姿形は見えずとも、()めて一聲(ひとこゑ)丈けでも其の占鳴(せんめい)を耳に出來ぬかと手を(こまね)き、粘る鎌足を、衞門府(ゆけひのつかさ)は意に介さず、手加減を知らぬ膂力(りよりよく)で門外に(はう)り出した。

 年號にまで祀り上げられる彼の化鳥と、何等かの命運で繫がつてゐる物と、心の何處かで信じてゐた。其の(たま)()が欲目に(くら)んだ幻と爲つて彈け、丹塗(にぬ)りの柱を上染(うはぞ)めしてゐた入相(いりあひ)の日が幕を下ろすと、一刻を爭つてゐた焦眉(せうび)撓埀(しなだ)れ、待たせてゐる驛馬(はゆま)が薄暮に(いなな)いた。鞍に(また)がつて氣が付く、脇插(わきざ)しの折れた鞭。最早、鎌足には近江大津(あふみおほつ)まで馬脚を伸ばす意地も勿い。鞭を捨て、道草を()む、驛馬(はゆま)の氣の向く儘に辿る、星辰琅琅(せいしんらうらう)たる山門路(やまとぢ)。滿天を(よぎ)る銀河の(さざなみ)が、力を落とした肩に()()かり、優しい夜風が憐れみを(あぶ)り立てる。靈鳥から見放され、己が何者でも勿かった事を思ひ知らされた失望。()()つた筈の鳥籠に()()めと舞ひ戾る羞恥。然して、其の(かこ)ひの中に待つてゐる()ゑた山猿達。鎌足は(にはか)(やかた)(かへ)るのが(おそ)ろしく爲つて來た。白鳳の許へと驅り立てたのも虫の知らせか。再び蜷局(とぐろ)を卷き始める猜疑の大虬(みづち)(あるじ)畱守(るす)や寢込みを狙ひ、讒言(ざんげん)と闇討ちを繰り返した負ひ目が、背筋を這ひ上る。()()つて終ふと、(よわ)り目に(たた)り目。閑道(かんだう)靜寂(しじま)閒者(かんじや)が息を(ひそ)めてゐる樣に見えて來る。(ふる)へる拳で手綱を(かへ)す鎌足。見上げた北辰(ほくしん)に向かつて、(あて)()勿い一步を()()さうとした、將に其の刻、夜道の彼方から猛然と迫り來る悍馬(かんば)轟蹄(がうてつ)が聞こえて來た。眞逆(まさか)、もう追つ手が。己の犯して來た罪業に痺れて頭が囘はらず、身を隱す處とて勿い野畦(やけい)直中(ただなか)で身構へる鎌足。其の耳が錚錚(さうさう)と夜氣を掠める音色を聞き分けると、驛鈴(むまやのすす)の鳴り物が眼の前を一瞬で驅け拔けた。驛使(はゆまつかひ)と判り胸を撫で下ろすも、此の夜更けに傳令(でんれい)とは何事か。過ぎ去つた其の後を追ひ掛け呼び止めると、相手が鎌足と知つた驛使(はゆまつかひ)は、湯氣を立てる栗毛の(たてがみ)(ひるがへ)した。

 「此れは如何(いか)に。大臣(おほまへつきみ)、宮の者が探してをりますぞ。驛舍(むまや)を出て何處(いづこ)に向かはれたのかと。」

 「其方(そち)こそ、(なん)(ゆゑ)有つて驛鈴(すず)を提げる。」

 「率爾乍(そつじなが)ら、(みかど)身魂(みこころ)御隱(おかく)しに。」

 聞き返す言葉に詰まる不慮の激甚。胸の内が優れぬと宮に籠もつて(わづ)か半日。咒禁師(じゆこむし)祈禱(きたう)の手筈もせぬ、つい今し方、寳女王(たからのおほきみ)沈香(じんかう)の煙の樣に息を引き取られたと云ふ。

 

 「若しもの事が在つては國の大事。」

 

 衞門府(ゆけひのつかさ)に浴びせられた罵辞が甦り、白亞の向かふに入滅した筈の西日が、血走つた(まなこ)(さかのぼ)る。門前拂ひも岩戸隱(いはとがく)れの悪巫山戲(わるふざけ)か。猪口才(ちよこざい)な。彼の靈鳥は試してゐる。如何(いか)にして此の難局を乘り切るのか。(とこ)()彌榮(いやさか)に眼の(くら)んだ此の(ひと)()がりを、(なぶ)り者にする成らば、()()むまで進調(みつきたてまつ)らうぞ。譬へ其れが天鈿女(あめのうずめ)の裸踊りでも。

 鎌足は驛使(はゆまづかひ)の鞭を奪ひ取ると、

 「驛舍(むまや)驛鈴(すず)を返し、達しを待て。」

 と云ひ殘し、蹄塵を卷き上げ、其の場を後にした。

 

 

 白む東雲(いののめ)を生駒の嶺に(はば)まれて、今猶(いまなほ)(くら)朝未(あさまだ)き。途次(みちすがら)何處(いづこ)で振り飛ばした物やら、無冠の儘、()はへた髮も千千(ちぢ)に亂れて禁裡(おほうち)に驅け込むと、今にも寢返りを打つのではと思ふ程の、薄紅の頰が(ほころ)(ふく)よかな玉容(ぎよくよう)橫戲(よこたは)つてゐた。天に()される者は()くやと、息を呑む其の遺德。寳女王(たからのおほきみ)(みまか)りて層一層(そういつそう)(うるは)しく華やいでゐる。倂し、稀人(まれびと)(みやび)な昇魂に見蕩(みと)れている刻では勿い。

 「(みかど)加持祈禱(かぢきたう)の甲斐も有り息を吹き返したと、庶方(もろもろのかた)には傳へよ。」

 板蓋宮(いたぶきのみや)(つかさ)(あつ)めて、餘計な口を(はさ)まぬ樣に釘を刺し、(もがり)(しつら)へを内密に(はか)らひて、人拂ひを爲ると、天地を(わか)かつ決斷、其の一點(いつてん)に心を凝らした。

 

 御託の可否に(したが)ひて、御運の通塞(つうそく)有る(べし)

 

 白鳳は何と鳴いたのか。此の鳥占ひを黃泉違(よみたが)へて、己の生きる道は勿い。今直ぐ竺志に使(つかひ)(まだ)すか、中大兄が韓の地へ出征した後、傳へる可きか。(みかど)薨去(こうきよ)とも爲れば、殿下(わがきみ)は此れを奇禍(きくわ)として()(まぎ)れ、(おのれ)丈けでも取つて返さうと、其の蜘蛛の糸に飛び付くであらう。倂し、敵に背を向けた者が、後ろから斬られるのは()(ことはり)。此れ幸ひと泣き付く樣では、はい、其れ迠。腹を決めて死地に赴き、聯戰奮鬭(れんせんふんたう)の末に()(どき)を擧げて凱旋する、(まん)(いち)神助(しんじよ)(あづか)るやも知れぬ。中大兄も彼の鳥に試されてゐる。此の惡運を制するのは果たして何者なのか。背筋に人の卋の禍福を嘲笑(あざわら)占鳴(せんめい)を浴びた氣がして、(みかど)の眠る奧室を、鎌足は獨り振り返つた。

 

 

 

 蔴氐良山(までらやま)の頂きに(ましま)(かみ)(いか)()と爲つて舞ひ降りた。陣を張る(よろづ)(つはもの)を蹴散らして乘り込む大皇弟(まうけのきみ)朝闇宮(あさくらのみや)は轟き、出迎へる宮の(つかさ)は其の劍幕(けんまく)平伏(ひれふ)して遣り過ごすしか術が勿い。帶劍(たいけん)を拔き、遮る物は斬り捨てると許りに禁裡(おほうち)の戶を撥ね除けると、中大兄と鸕野讚良(うののさらら)大田王女(おほたのひめみこ)の親子が素服(そふく)(まと)(かしこ)まつてゐる。大海人は父を(かば)ふ樣に(かしづ)いてゐる吾が側妻(そくさい)に一瞥も吳れず、其の場(しの)ぎの白喪(はくさう)眼閃一刀(がんせんいつたう)、生死の(ただ)しを突き附けた。

 「隊仗(つはものよそほひ)如何爲(いかがな)された。」

 仁王立ちで睥睨(へいげい)し、有無を云はさぬ其の形相。()()る事は判つてゐ乍ら、次の一手を持ち合わせぬ中大兄は、輿入れした(むすめ)を盾に、太母(たいぼ)(いた)孝子(かうし)(よそほ)ひ、後の成り行きは天に任せ、無言で白を切り續け、大海人の血胤(けついん)を授かり(やかた)で靜養してゐなければならぬ身で在り乍ら、藁にも(すが)(おも)ひの父に()(くる)められて驅り出された鸕野讚良(うののさらら)も、此の差し出がましい追從(ついしよう)(くみ)する他勿(ほかな)く、(おもて)を上げる事が出來勿い。

 「竺志の髙祖、帶中日子命(たらしなかつひこのみこと)が、志半ばで御隱れに爲つた折り、大后(おほきさき)息長帶比賣命(おきながたらしひめのみこと)は意を決して、大喪(たいさう)(れい)を顧みず、身重の(ほぞ)に石を(くく)り、進軍(あそ)ばされた。今將に、三韓を征した上代(かみよ)の再來。伊勢王(いせのあまきみ)の遺志を繼ぎ、萬難を排して臨む可き此の刻に、揃ひも揃つて、何たる樣。」

 急造の宮を搖るがす大海人の雄叫びに、伊勢王(いせのあまきみ)は專守防衞に徹してゐたでは勿いか、(そもそ)も、息長帶比賣(おきながたらしひめ)の三韓征伐なぞ繪空事では勿いのかと、中大兄は腹心が喉に(いか)へたが、其れを口にし樣う物なら火に油。最早、被る火の粉を拂ふ事すら許されぬ。山鄕では睨みを利かせてゐた蔭の暴君も、扶桑の(みやこ)に上洛してからは借りて來た猫。其の鼻先を大海人は太刀の斬つ先で弄び、無文の冠紐(くわむちう)(まげ)を彈いて髮を下ろすと、荒げた聲を押し殺し、胸に刻む口碑(こうひ)を神妙に讀み上げた。

 「舊辭(きうじ)(いは)く、還曆を遡る事、(ももち)を數へる()にし()より以來(このかた)、火の鳥に追はれて(あま)(くに)を渡り、流れ著いた韓の荒土(くわうど)を切り拓いて、樂浪(らくらう)峯背(ほうはい)から降つて湧く北狄(ほくき)を迎へ討ち、黥猴(げいこう)倭奴(いど)と蔑まれ乍らも護り拔いてきた、竺志の故地を何と心得る。其の方が產湯を上がる前から、吾等は雷山(いかづちのたけ)から(かん)()を望み、先人の偉業を()血意(けつい)をした。海表(わたのほか)(また)ぐ韓の地は只の外藩(まがき)では勿い。唐の橫槍に怯えて俀國の版圖(はんと)(ひるがへ)すなぞ以ての外。」

 大上段に構へた大海人の斬つ先は(ふる)へてゐた。何故(なにゆゑ)に山門の(やから)は、斯うも性根が腐つてゐるのか。赤心奉國の矜恃も勿く、(いたづら)に猿山の爭ひに(かま)け、互ひを傷附け騙し合ふ。其れは百濟と新羅とて同じ事。同じ倭國の末裔で在り乍ら、たつた一條(ひとすぢ)蕃屛(まがき)(わか)かつ、限られた獨つの領分で意地を張り合ひ、犬牙(けんが)の如く入り亂れた擧げ句、高麗狗(こまいぬ)に手を燒いてゐた唐犬(からいぬ)まで招き寄せて終ふとは。何處迄、己の首を絞めれば氣が濟むのか。囚はれた百濟の臣下は、新羅への忠勤を誓ふ見返りに役職を(さづけ)られ、次次と歸順(きじゆん)してゐるなぞ聞き度くも勿い。

 

 

    國家昏亂  國家昏亂して

    有忠臣   忠臣有り

    君辱臣死  君辱しめらるれば臣死す

 

 

 ()(もの)を、何たる面汚し。大海人は足許に(うずくま)る、腰が拔けて逃げる事も、命乞ひも出來ぬ怒りの矛先に愕然とした。外征は國益(こくえき)に有らずと云ふ成らば、叛旗を掲げて猿山の(まもり)を固めれば良い物を、()()めと竺志まで(つはもの)を率ひて愚圖(ぐず)るとは。唐と新羅に裏で通じ、竺志を(おとし)める裏切り者は、矢面に立たせて攻め込めば良いと割り切つてゐたが、此れでは捨て石にすら(あたひ)せぬ。死地に臨む覺悟を固める此の刻に、手柄にも成らぬ山猿を斬つた處で、太刀が泣く。かと云つて、生かして措くなぞ國の()ぢ。敵に背を向け、煙に卷く者を泳がしては示しが付かぬ。斯う爲つては己の手を(けが)すより他に勿い。然う諦め、

 「(なんぢ)、夜の勤行(ごんぎやう)()ませたか。」

 責めてもの情けに、大海人が最後の御勤めを促した刹那(せつな)

 「もう、良かろう。其れ位にして措け。人目を盜んで(はかりごと)を錬るしか(のう)の勿い(うつ)けを、鍛え直して遣る積もりでゐたが、矢張り、兵を束ねる器に(あら)ず。責めるなら、見る目の勿かつた私を責めるが良い。其の死に馬を蹴り、德を下げて何に爲る。いざと云ふ時、後ろから矢を放つ者なぞ用は勿い。香具山(かぐやま)で芋でも掘らせて措け。」

 隊仗(つはものよそほひ)を纏つた薩夜蔴の顯現(けんげん)に、彌增(いやま)禁裡(おほうち)玲氣(れいき)常色(じやうしき)海幸彥(うみさちひこ)山幸彥(やまさちひこ)(しよう)された、俀國の命運を(にな)ふ兩雄が(そろ)()み、斷罪の潮目が變はつた。扶桑の天子の助け船に、(ざう)()を戾す勢ひで嘆堵(たんど)する中大兄。情けを掛けた積もりも勿い薩夜蔴は、長居は無用と許りに、研ぎ澄まされた眼光で兄弟統治の片翼、大皇弟(まうけのきみ)を表に促した。察する處、俗耳(ぞくじ)に曝せぬ國の大事に相違勿い。大海人は兇刃を鞘に治めると、禁裡(おほうち)の結界を(また)ぎ乍ら、背中越しで鸕野讚良(うののさらら)大田王女(おほたのひめみこ)に吐き捨てた。

 「(ふた)り共、何を爲てをる。其の腰拔けの尻馬に乘つて歸れば良からう。山猿の孫なぞ見度くも勿い。」

 

 

 蔴氐良山(までらやま)(やしろ)(かち)(まう)で、其の頂きから、朝闇(あさくら)の宮地嶽、大己貴神(おむがさま)(やしろ)阿志岐(あすか)の宮地嶽、住吉の(やしろ)と眞一文字に繫がる神の道を見下ろした薩夜蔴は、頰を張る逆風に向かつて險眉(けんび)を解き、小氣味良く鼻で笑つた。

 「唐犬(からいぬ)高麗狗(こまいぬ)丈けで勿く、山門(やまざる)にまで挾まれては打つ手が勿い。」

 精精とした其の物云ひに大海人が振り返ると、扶桑の天子は俯いた面差しで、(しづ)かに(おも)ひの(たけ)を零した。

 「韓を征した唐を太宰に呼び込み、地の利を生かして一掃した餘勢を驅つて失地を覆す。先帝の賢望は稀有にして壯大。將に天與(てんよ)壹計(いつけい)相應(ふさは)しい。だが、其れも、降り注ぐ火の粉には、隣の寺の空念佛。海表(わたのほか)(まつりごと)に取つて大義や志操なぞ、御輿(みこし)に立てる鳳輦(ほうれん)の代はりでしか勿い。百濟も新羅も唐の册命封爵(さくめいほうしやく)を受けて措き乍ら、其の仲介に(そむ)いて(いが)()ひ、山門(やまざる)は唐と新羅に裏で通じて措き乍ら、討伐の兵を用立てる。此れでは最早、何を信じて良い物やら。周の御卋(みよ)から貳心(にしん)勿く、壹心(いつしん)に仕へた壹國(いこく)()。倂し、天璽(てんじ)()いだ宗主が鮮卑(せんぴ)の隨に挫かれて、古道の威信は地に墮ちた。忠烈の士は今、何を以て何者に仕へる可きなのか。先帝の萬卋を見渡す深謀遠慮に、一理有るのか二理有るのか、吟味してゐる(いとま)は勿い。新羅王が(みまか)り、唐も髙句麗の反擊に敗走したとの報せも有る。此の機を逃しては、門前の狼藉を看過し、嵐が去るのを待つに等しい。正義は吾に有る。天璽(てんじ)(ただ)す刻が來た。」

 (まなじり)を上げて肥沃(ひよく)な竺志の大地を一頻(ひとしき)()でると、薩夜蔴は住吉の(やしろ)の彼方に霞む韓の地を見据ゑた。

 「後を賴む。吾が身に若しもの事在らば、此の明日香の名は蔴氐良布(まてらふ)の頂きに(たてまつ)り、()いては、姬の後見(うしろみ)として山門に下り、(おほきみ)氏への輿入れに芳志を盡くせ。口惜しいが、東國の(たす)け勿くして此の大局は乘り切れぬ。」

 「姬、眞逆(まさか)倭姬(ちくしひめ)を。」

 愁眉(しうび)(そばだ)て詰め寄る大海人に、薩夜蔴は二の句を噛み殺し、己の頭を押さえ込む樣に肯いた。

 

 

 己の務めを果たさねば。大海人(おほあま)蔴氐良山(までらやま)を驅け降り、扶桑の國寺、法興寺を目指した。竺志に殘れとの刻ならぬ達し。韓の地では天子の盾に爲る積もりでゐた大皇弟(まうけのきみ)は、薩夜蔴の血意に擊ち拔かれた。此の(をとこ)(たす)けずして、俀國の王道は儘ならぬ。己が先に卽位してゐた成らば、同じ采を揮ふだらう。母は違へど()(うつ)しの(ふた)り。後を賴む。其れを以て他に言葉は無用。(ふひと)に名を殘す爲、手柄を獨り占めにする漢では勿い。祖神(おやがみ)の加護を信じて國の石据(いしず)ゑと成る。今生(こんじやう)の別れを吿げた薩夜蔴の覺悟に、己の半身を裂かれた大海人は、託された遺志を胸に先を急いだ。

 晚夏を惜しむ蟬時雨(せみしぐれ)(あぶ)り立てられた大伽藍の中でも、一際壯麗を極める扶桑一の刹柱(さつちゆう)。西海の賓客を(ことごと)く默らせ、其の眼を釘付けにする、蒼穹に尖塔を衝き立てて羽擊(はばた)く、五つの雙翼(さうよく)が見えて來た。飛ぶ鳥の明日香を(あらは)す五重塔を仰ぐ度に、大海人は、先人の積み上げてきた矜恃が(かし)ぐ事なぞ有つては爲らぬと、身が引き締まる。

 僧門を(くぐ)り、寺主(てらじ)に促されて通された、八方を(かく)する佛殿(ほとけのおほとの)(びやう)穿(うが)つ重苦しい扉が、(うめ)きを上げて左右に開け放たれると、埀髮(すいはつ)に覆はれた小さな背中が、上宮法皇、多利思北孤(たりしほこ)(かたど)る觀卋音菩薩に誦經(じゆきやう)(ささ)げてゐる。振り返り、大父(おほとと)かと見紛(みまが)ひ驅け出した童女に、大海人が片膝を()いて(かる)會釋(ゑしやく)をすると、竺志の王女(ひめみこ)は持つて產まれた靈感に()()められて立ち止まり、喉に支へた胸騷ぎを呑み込み乍ら、紅葉の樣な小さな合掌で唇を塞ぎ、頭部(かうべ)を埀れた。美しく咲き誇る事を約束された、譬へ其の身は幼くとも、人の心を照らし出す其の色艶。白雉三年壬子、開聞嶽(ひらききだけ)磐屋(いはや)法水(のりのみづ)を舐めた牝鹿(めじか)(たちま)ち身籠もり、翌年の春、草庵を黃金(こがね)瑞象(ずいしやう)に滿たして()まれた、產名(うぶな)瑞照姬(ずいせうひめ)(とな)へ奉る、開聞(ひらきき)神女(しんによ)倭姬(ちくしひめ)。二歳にして薩夜蔴の(むすめ)に迎へられ上洛した、穢れを知らぬ瞳が叔父の大皇弟(まうけのきみ)を見上げて(またた)き、其の憂ひを帶びた微笑(ほほゑ)みに、と或る獨りの面影が(よぎ)つた。似てゐる、大父(おほとと)に、然して、彼の(をとこ)に。何故、總裁が此處に。エメラルダスの、左右の()(ごころ)を合はせて()ざした言葉が、刻を超える(まじな)ひと爲つて、魔泥(まどろ)みの殿(おほとの)木靈(こだま)した。

 

 

  寢るがうちに見るをのみやは夢といはむ

     はかなき卋をもうつつとは見ず

 

 

 

 

 眼裡(まなうら)に光が差し、逸史(いつし)搖蕩(たゆた)ふ周遊から覺めると、エメラルダス號は殘畱死念(ざんりうしねん)のトンネルと呼ばれる小惑星帶の宙域を拔けてゐた。再び鉛色の人生に舞ひ戾つた無冠の女王。アンタレスの姿は旣に勿く、誰獨りとして見舞ふ者の勿い(やまひ)(しとね)に放置され、光束核幽囂爐(ゴーストエンジン)の微動と交差する刻を超えた遙かな餘韻(よゐん)に、天蓋(てんがい)を覆ふ唐桃(からもも)の梢が(かす)かに(ざわ)めいてゐる。復た、見ては爲らぬ物を見て終つた。深淵な畏怖と怪異な陶醉に痺れて、反芻する舊宗念號(きうしゆうねんがう)(つづ)()り。此の刻の流れと人の命が経糸(たていと)緯糸(よこいと)と成つて(あざな)ふ、(うつ)()(あや)は何を物語つてゐるのか。何故、アンタレスが語り部として現れたのか。矢も楯も堪らず、額から縫合痕を(つた)ひ、襟足を浸す寢汗を亞蔴(あま)色の埀髮(すいはつ)に絡ませ乍ら(とこ)()を起し、半月に()けた御鏡(みかがみ)に手を(かざ)して、(わが)かな記憶と勘を賴りに、闇業化(あんごうか)された僞計占有座標(デッドポイント)を入力するエメラルダス。復た獨つ寄り道が增えた。後は合成義惱の健算に委せて、(やつ)()てた肩甲骨を記憶するシーツの窪みに倒れ込み、舌の上を(ころ)がる血痰を吐いて、吸引器を(くは)()む。究極の自意識が(ほつ)する、孤獨で勿ければ安まらぬ、心の病。其の宿痾(しゆくあ)()()せてでも、確かめねば爲らぬ事が有る。夢の續きが見たいのか、夢の答へ合はせをし度いのか。其れとも、奇術の種明かしをし度いのか。一度暴かれたトリックは誰も見向きをし勿い物だが、己の噓に鳥憑(とりつ)かれた者は、僞りの闇にこそ眞實を見出し、其の(かす)かな光を追ひ求め、己の作り話に(のめ)()んでいく。合成義惱(ソロバン)の彈き出した航路に舵を取り、(ひるがへ)る髑髏の紋章。銀河系放射との潮目を越えた太陽風に、死の辨證法(メメントモリ)北叟笑(ほくそゑ)む。

 

 

 斜めに斬り裂かれた御鏡(みかがみ)半月(モニター)(とも)る、小惑星の蔭に隱れた一切れの屑鐵(くづてつ)。何もかも彼の頃の儘の草臥(くたび)れた軀體(くたい)に、エメラルダスは昇壓劑(しようあつざい)の効きが薄れて霞む眼を細める。光覺冥彩(くわうかくめいさい)亂數解析(らんすうかいせき)する偏光フィルター越しに映し出された、コロニーとは噯氣(おくび)にも呼べぬ廢材で艤裝(ぎさう)した盜掘サルベージに、天庭(てんてい)紅孔雀(べにくじやく)(しよう)される海賊船はアプローチを開始した。ササラモサラの艦旗も()()れ、肉眼で目視出來ても難破船だと誰もが素通りする瓦礫の巢窟が、エメラルダスの色褪せた記憶を自動再生し、懷かしさと、悔しさと、憎しみと、虛しさの序列が入り亂れる。

 昔、男ありけり。(むすめ)を盜みて、幾年月(いくとしつき)。後代の(さし)りに謝る所を知らぬ數多(あまた)蠻勇(ばんゆう)力竭(ちからつ)きて顧みる、嘉會(かくわい)歡樂、望む可くも勿き其の修羅道、いと甚だしけれど、

 

 

  うれしくば忘るることも有なまし

    つらきぞ長き かたみなりける

 

 

 奴隷商人の手から(のが)れて(つれ)れて來られたアンタレスの(ほし)(すみか)で、湯氣の立つカップラーメンを夢中で飮み干した緊張と恍惚。其れは何處迄も長い鉛鎖(えんさ)の始まりでしか勿かつた。親に投げ賣りされた意味も判らず、同じ境遇の孤兒達に揉まれて過ごした幼き日日。然して、盜賊の眞似事を始めてコロニーを飛び出し、富と名聲、成功と自由、そんな在り來たりな模造品に目移りをして、單身、火星に舞ひ戾つた其の後は、

 腐肺した胸を熱くする、女王の目眩(めくめる)く紅き靑春。此處に足を運ぶ事は負けを認める事に爲る。家門(かもん)()ぐれども入らず。然う云ひ聞かせて來た筈が、行かず後家の分際で手ぶらの出戾りとは。然も其の上、御鏡に映る屑鐵は、久し振りの我が家と云ふ感慨とは程遠く、アンタレスと云ふ誰かの(かく)()でしか勿かつた。鼻筋を限る裂傷の樣に縫ひ合はせる事の出來ぬ、醒めた斷絕。改めて己の歸る場所は勿い事を突き附けられ、自分が護らうとしてゐる火星も、所詮、勝手な片思ひでしか勿いのだらう。エメラルダス號を橫著(よこづ)けし、側舷の艙口(ハッチ)から接續(せつぞく)タラップの蛇腹(シュート)を伸ばす。帶域制限に(さは)らぬ至近距離からの管制信號に應答(おうたふ)は勿いが、勝手知つたる餘所(よそ)の家に遠慮する程、(うぶ)では勿い。嚇精劑(レッドモンスター)(あふ)り、手土產の代わりに帶劍帶銃を提げて、釣り鐘外套(ぐわいたう)を羽織るエメラルダス。捨てられた親に未練は勿い。倂し、育ての親には、そんな甘い感傷に凝り固まつた自尊心が鞭を振り上げる。艦内に潛入したアンタレスが、殘畱死念に共鳴した老想可視(トンネル)なのかを確かめる、其れ丈けだ。一瞥(いちべつ)で事は足りる。挨拶も無用なら、奴の前で立ち止まる必要も勿い。船長室を出た女王は藥の力を杖に、僞りの王道を闊步した。

 接續された蛇腹(シュート)を滑り降り、動力の稼働と大氣制禦を確認してアンタレスの據點(やさ)に降り立つと、宙域感染予防の消毒臭が漂ふ艦内は、意外にも整備が行き屆いてをり、(なまくら)な打痕やヒールチップで研磨された床にも、油漏れ處か、(ごみ)一つ落ちてゐ勿い。節穴同然の警備の眼とは裏腹に、環境管理の眼が隅隅まで睨みを利かせる規律と自負。倂し、其の威風が(かへ)つて、空調ファンが唸動(ねんどう)してゐる丈けの通路を吹き拔け、兵達(つはものたち)の脫ぎ捨てた鎧を(しの)ばせる。

 

 

  葡萄美酒夜光坏  葡萄(ぶだう)の美酒 夜光(やくわう)(はい)

  欲飮琵琶馬上催  飮まんと(ほつ)すれば 琵琶(びは) 馬上(ばじやう)(もよほ)

  醉臥沙場君莫笑  ()ふて沙場(さぢやう)()すとも君笑ふこと()かれ

  古來征戰幾人囘  古來 征戰 幾人か(かへ)

 

 

 殺氣立つた野心を骨牌(かるた)の掛け声と酒精が攪拌(かくはん)してゐた、在りし日の活況は今何處(いまいづこ)莨煙(らうえん)腋臭(わきが)塵垢(じんこう)、精液、吐瀉物で()(かへ)漢達(をとこたち)鐵火場(てつかば)で、軍靴の股下を縫つては鰻の寢床を驅け囘り、隙閒と云ふ隙閒に脫菟(だつと)の如く(もぐ)()んでは、孤兒達と蠻勇(ばんゆう)を競ひ、遊び場に事缺(ことか)く事の勿かつた艦内。小火(ぼや)騷ぎを起こして焦がした天井や、摘まみ食ひが出來るやう調理場のダクトに空けた穴。配管パイプを引き拔いて振り囘すチャンバラや、有人機動服のヘルメットを總てドラえもんにした落書き。そんな狼藉を默つて抱擁して吳れた羊膜の樣な母艦が、壓力(あつりよく)タンクを(めくら)溶接した樣に閉經してゐる。歷戰の猛者(もさ)から一宿一飯の流れ者迠、蟹工船の樣に詰め込まれ、其の群像を映す小さな鏡の孤兒達が、戰利品の御零(おこぼ)れを拾つて山分けした、熱氣と密度とは程遠い、積み荷勿き船の閑散。錠の下りた扉の向かふにも人の氣配は勿く、女王のヒールチップ丈けが木靈(こだま)する。

 盜賊稼業は疊んで隱棲したと話しには聞いてゐたが、小惑星を枯山水(かれさんすい)に見立てて寒山拾得(かんざんじつとく)とは。趣味が良いのか惡いのか。錻力(ぶりき)(かこ)つた方丈(はうぢやう)(いほり)で何を(おも)ふ。息を(ひそ)めて步を進める牢名主(らうなぬし)(ねぐら)。此の時代と云ふ巨大な風車の影と戰ひ續けたドンキホーテの(つひ)(すみか)に、義賊として名を馳せてゐた往時は、表裏の勿い寛仁豪毅(くわんじんがうき)(した)ふ者達が、引きも切らさぬ程だつたと云ふのに、人拂ひでもしてゐるのか。彼の漢が氣後れする者なぞ聞いた事が勿い。老醜を曝す事が許せずに引き籠もつてゐるのだとしても、樣子が奇怪(おか)しい。こんな忸怩(ぢくぢ)たる晚節を耐へ忍ぶアンタレスでは勿い。エメラルダスは一瞥すれば事は足りると髙を括つてゐたが、其の一瞥を投じる勇氣の故に、足取りが重く爲つてきた。()はり()てた姿を眼にした途端、氣丈に振る舞つてきた少女の儘の自分が決壞して終ふのでは勿いか。殘畱死念のトンネルから、見卋仕舞(みせじま)ひしたサルベージ船のタイムトンネルへと迷ひ込んだ、もう獨りの少女と、其の後を追ふ女王の心の旅。

 難民の强制輸送の混亂に乘じて暗躍する手配師が、解錠されたコンテナの中で半殺しにされ、穴の開いたドラム缶の樣に(ころ)がつてゐた。右も左も判ら勿ければ、自分が保護された事すら判らずに乘り込んだスペースノイド解放戰線の襲擊艇。臓器摘出の健體(けんたい)として身請(みう)けされる寸前で助けられ、育てて貰つた其の恩義とは裏腹に、少女は此の筋金入りの解放区に在つて誰獨(だれひと)り心を許さず、其れは命懸けで少女の盾と成つて吳れた、アンタレスとて例外では勿かつた。此の漢には人として大切な芯が有る、と頭で理解出來ても同じ事。特に食事の作法や食べ物を粗末にする度に落ちる(いか)()は强烈だつた。

 「德川の將軍は食事中、米粒を零すと必ず自らの手で拾ひ上げ完食しなければ爲ら勿い。其れは米の壹粒壹粒(ひとつぶひとつぶ)が百姓の命だからだ。百姓とは訓讀みで「おほむたから」。詰まり、大御寳(おほむたから)と云ふ國の寳だ。其の大いなる國の寳の育てた米を粗末に扱ふ事は、譬へ天下の將軍で在つても赦され勿い。此れが德川の帝王學で在り、其れは大政奉還後の皇室にも行き渡つてゐる。米に限らず、總ての食事は命を(うやま)ふ事で成り立つてゐる。命とは、命と命を御互いに分かち合ふ事で成り立つてゐるからだ。食事の前に「頂きます。」、食後に「御馳走樣でした。」と手を合はせて(れい)をするのは、命を敬ふ、太古から續く信仰で在り、食事とは命を(あが)めて頂く神事で在る。命を分け合ひ、尊い御馳走を頂く意味の判らぬ者は、此の舟を去れ。」

 少女は正しい事を云はれれば云はれる程、云ひ返し、情けを掛けられれば掛けられる程、威を張り突つ撥ねた。人樣の釜の飯を分けて貰つても、心が餓ゑる丈け。差し伸べられた優しさに手を添へると、(かへ)つて、親に捨てられた悲しみを搔き立てられる。身も心も持ち崩してゐた兩親とは云へ、物心が附く前の火星で暮らした原風景は、生涯で唯一、平穩で眩しい日日だつた。孤兒が他人の安易な僞善に(あらが)ふのは、捨てられても猶、彼の日の溫もりに忠孝を盡くす幼氣な想ひが有ればこそ。胸の(しこ)りに(つか)へて聲に出せぬ戀慕(れんぼ)の念が、强靱な叛骨心を練り上げ、叩き上げていく。少女丈けでは勿い。盜賊のアジトに巢喰ふ子供達は、獸の樣に(はう)り出されても、本來の生命力で寧ろ逞しく育つていつた。盜賊達の力任せの餓殺(がさつ)な優しさに喰つて掛かる鼻つ柱が、本の彈みで泣き崩れて終ふ幼心を支へ、人や物に當たり散らす事で、最大限、卋閒に甘え、武者振(むしやぶ)()く。然して、

 年端も行かぬ孤兒達の中に在つて、人一倍秀でた感性と氣位で(みつ)めた、難民と云ふ名の蝗害(くわうがい)が、何時しか少女に神への反抗を血意させる。宙域に(のが)れ、被災者を僭稱(せんしよう)する者達は、民度も敎養も倫理も衞生觀念も勿い、賤民の中の選民で、()(すぐ)られた暴徒の王樣だつた。難民を積載した貨物船の中で(ひし)めく、虐待と强奪と詐術の應酬(おうしう)(くぐ)()けて來た少女に取つて、其の蠱壺(こつぼ)は人の卋の縮圖(しゆくづ)では勿く、剝き出しの眞實(しんじつ)、其の物。祭りの樣な地獄、不愉快な機智と無氣味なユーモアで下賤の闇に(まみ)れ、自滅していく難民に手を差し伸べる事は、犯罪に手を貸すに等しく、表面的な慘狀に心を許せば(またた)()に騙され、裏で喰ひ物に爲れる。其の計算し盡くされた貪婪で狡猾な憫亂(びんらん)に、同情の餘地は勿い。

 自分の吐いた噓は二秒で忘れる朝鮮人と東南亞細亞人。眼に見える物は總て腕力で獨り占めにし、飢人(きじん)(じき)を奪ひ、人の骨まで賣り(さば)いた擧げ句、人の寢顏にまで排泄する支那人。子供を强姦し、人を(あや)めても、神に(いの)れば赦されると豪語し、極惡非道を繰り返すクルド人。家畜に爲つた方が增しな、血泥(ちみどろ)の性奴隷が死ぬまで續く男尊女卑から遁れる爲、女を棄て男として生きる女達。攻擊出來る相手が居勿く爲つたら共喰ひを始める、仲閒同士や身内への際限の勿い暴力。飛び交ふ腐つた豚肉と廢棄豚脂(ラード)の一斗缶。足手纏(あしでまと)ひと爲つた途端、我が子を捨て去る兩親。人を騙して己の賢さを自慢する歪んだ微笑み。燒夷彈より强烈な罵詈雜言。そんな半人半獸を擁護し、難民として斡旋し荒稼ぎする職業左翼(ブローカー)。通俗を超えた蠻俗の競演。其處では奪ふ事が生きる事だつた。弱い者や規律を徹底的に凌辱した擧げ句、都合が惡くなれば被害者面で己の人權のみを主張し、他者の人權を蹈み台にして措いて、二言目には差別、差別と喚き立てる二股者(ダブルスタンダード)に限界は勿い。性善說を眞に受け、非人道主義者のレッテルを貼られて、差別、人權、ヘイトを大音量で訴へられると思考停止する、優しくて溫和(おとな)しい、情報弱者のセキュリティホールを狙つて襲ひ掛かる、極左の常套手段を踏襲した眞の差別主義者達。(あら)ゆる犯罪行爲を離散の悲劇と云ふ物語で美しく正當化し、トランプのカードの樣に神の敎へを使ひ別けては、蟻の列の樣に他者の權利と財產と生命を()(にじ)る。難民を自稱(じしよう)する者達の殆どは、卋界を破滅させる爲に擴散する害人(ウイルス)で、文明と云ふ化けの皮を剝いだ、存りの儘の人閒の慾望、其の物だつた。

 祖国を捨て、美味い話に飛び付く根勿し草には、咲く花も勿ければ、實る物も勿い。舊卋紀(きうせいき)、出稼ぎ移民が海を渡つたのとは時空が違ふ。何れ程、(しいた)げられ、苦難の道を步まうと、地球を離れる可きでは勿かつた。然う、先賢は繰り返した。己の祖国を死守出來勿かつた者に、宙域で何を成し遂げられると云ふのか。此處では勿い何處かへ、約束の地を安易に見出さうとする惰弱と欺瞞には、辿り著く場所も、歸る場所も勿く、慾望の()()めに迷ひ込んでいく。犧牲者の假面(かめん)を被る盜人(ぬすつと)が相乘りした難民の護送船團は、ノアの方舟を艤裝(ぎさう)した、海賊旗の勿い海賊船だつた。獵師(またぎ)(くま)と、マル暴がヤクザと同化して終ふ樣に、手配師も奴隷商人も難民も、其れを襲ふ海賊も見分けの附かぬ熱狂の坩堝(るつぼ)帝政投資家(ライオン)の御零れを漁るハイエナに仲閒も序列も勿い。地獄の釜の底を覗き見て終つた少女は、信じる物を見失ひ、己にも其の難民と云ふ害人の血が流れてゐる現實に愕然とした。他人(ひと)の死に己の死を悟るが如く、科せられた原罪の(くびき)惡靈懷妊(あくりやうくわいにん)受胎吿知(じゆたいこくち)に組み込まれた、時限裝置のカウントが運命の扉を叩く。何時、破水(はすい)するやも知れぬ、暴虐の鬼胎(きたい)を抱へて、少女は此の艦内を驅け囘り、

 

 

 拾有參春秋

 

 

 宙域へ飛び出した。「難民」「孤兒」と云ふ鉤括弧(かぎかつこ)を脫ぎ捨て、始めて手に爲る無限の自由。倂し其れは、開けたは良いが閉まら勿い、ガタついた心の(まど)、其の物だつた。抑え込めば爆發する己の本性は、自他の見境勿く攻擊し續ける事でしか、分散する事が出來勿い。野良猫の奇種流離譚(きしゆりうりたん)。敵を憎み續けてゐる閒は、己の過ちと向き合はずに()む。其のツケが今、囘はつてきた。貧民窟育ちでスカートを履いた事すら勿い女の半生。最前線の肉彈に明け暮れて燃え盡きた、紅き靑春のツケが。

 追憶の(いばら)(くぐ)り、突き當たつた氣密鋼板(きみつかうはん)。運命の扉か、將亦(はたまた)、棺桶の蓋か。漢の城の中の城が見えて來た。叩扉(こうひ)躊躇(ためら)(いか)つい門構への船長室。其の僅かな隙閒から聞き覺えの有る寂聲(さびごゑ)()れてゐる。鍵の解かれた鎧戸の向かふで熱を帶びる、朖朖(らうらう)とした語り口。誰か居るのか。彼の漢以外に。エメラルダスが厚切りにされた氣密鋼板に耳を添へると、扉越しの狂言囘(きやうげんまは)しが奇妙な雄辯(ゆうべん)()()れてゐる。己の物語に呑まれた者が、此處にも復た獨り。

 「何しに戾つてきた。舟の錆落としなら餘所(よそ)で遣れ。」

 不意の一喝に鋼板から耳を()()けると、室内の硬骨漢は叱聲(しつせい)を捲し立てた。閒違ひ勿い。此の船の(あるじ)は健在だ。倂し、其の相手は、

 「革命を()()かした女が、何を偉さうに。貴樣なぞ衆道(しゆうだう)の天使か赤線の聖母が(せき)(やま)。神の法も人の道も(わきま)へず、右手にナイフ、左手に十字架。神と惡魔を誘惑し、裏切つた女郞蜘蛛(じよらうぐも)に用は勿い。宙域に救卋主(メシア)を復活させると豪語し、人の掟を越えた丈けで、神に(そむ)いてはをらぬと火裂(ほざ)いた、彼の時の鼻息は如何(どう)した。基督(キリスト)は女だつたとでも云ふのか。エルサレムを貴樣の()(もの)(あか)く染める氣か。其れとも貴樣は基督に振られた女寡(をんなやもめ)か。基督とは殉敎(じゆんけう)した聖敎師(ラビ)の逸話を繋ぎ合わせて造つた創作物、御伽噺(おとぎばなし)の英雄。其れ以上でも其れ以下でも勿い。基督は存在し勿かつた。にも拘はらず、人人は心の中に獨り獨りの基督を見出した。其れこそが心の眞實で在り、信仰の根源。基督は此の卋を去つたからこそ、今猶(いまなほ)、人人の中に居る。神の不在と人心の實在。何故、神は存在し勿いのか。何故、神は人類を斷罪して葬り去らず、生かして措くのか。生きるとは、神に論爭を挑み續ける事なのか。我我は神を論破する爲に生きてゐるのか。人閒とは墮落した神か、惡魔の地上部隊か。人閒とは墮落した神か、惡魔の地上部隊か。神への挑戰と、神への憐慕は、獨つの胴體(どうたい)から生える二匹の蛇だ。宗敎的排泄物と思辯(しべん)的吐瀉物に(まみ)れて終末論に(つまづ)き、偶造的未來を思ひ描く丈けで、復活論へと辿り著けぬ小羊達。(くだ)()つた大理石の神神と、無神論の預言者達。惡魔より罪深いのは、弱者を呑み込む闇を自動化した、大衆と社會だ。最早、我我は素朴に神を信じた時代に戾れはせぬ。神の不在の絕望の中に己の神を見出すしか道は勿い。人閒の苦惱と歡憙(くわんき)とは、己で創造した神に裁かれ、罰せられ、赦される自作自演の紙芝居だ。神が心の中に在るのならば、地獄も()(しか)り。人閒が持つて產まれる惡の魔性を認めず、神のみを信じる成らば、本物の破滅が待つてゐる。罪を犯さずに神を崇める事が出來やうか。全く罪が勿いと云ふのは、魚の住めぬ海に等しい。墮落して打ちのめされ、(くづほ)れて(ひざまづ)くのなら、其の歎きは何時しか(いの)りに()はる。惡しき心にこそ光は宿り、惡しき心を求めて光はさ迷ふ。(あやま)ちの筋道を辿るのが神への道。魂とは神への羅針(なり)。人に自我が有る樣に、宇宙には神が存る。無神論で民を(すく)ふ救卋主なぞ片腹痛い。經卋濟民(けいせいざいみん)で慾望の機械に爲る事が、神勿(かみな)き殉敎者への第一步だとは()如何(いか)に。聖書を逆さに讀み、猶太(ユダ)基督(キリスト)を擦り換へる奇術で、ドサ囘りでも爲る積もりか。無神論者は皆、聖人で正しい人の道を()くのなら、其れも復た神と同じ道。熱湯を產湯の桶から地獄の釜に入れ替へた丈けの、信仰を求める心の裏返しでは勿いか。神は存在するの、し勿いのと、罵り合ふ時點(じてん)で、同じ領域、同じ次元、同じ穴の小菟(こうさぎ)だ。貴樣は神勿き卋界に命を賭けられるのか。アブラハムは息子イサクを神に捧げた。貴樣は誰に何を(ささ)げるのだ。其の蜘蛛の巢の張つた(みさを)(みつ)ぐにしても、出會ひ系のアプリで神を探すのか。處女膜證明書と履歷書をメールで天國に送信するのか。貴樣は蛇を宿した禁斷の聖母だ。犯人の情婦として撲殺されて復活するアナスタシアだ。聖母像を抱いて投身自殺する娼婦だ。神と云ふ精神的快樂が肉體的快樂よりも尊い理由が何處に在る。基督の花嫁は敎會だと云ふのなら、日曜禮拜(れいはい)に火を放つてでも神を强奪しろ。信仰の勿い者に眞の自由は勿い。人は誰しも己の神話の中に生きてゐる。沈默こそが神の特性。神と對話し度ければ言葉を捨てろ。」

 支離滅裂で()()勿い、造語症寸前の唐突な語彙(ごゐ)。其の口吻(こうふん)は統合失調症と認知症の合倂症(がつぺいしよう)を臭はせる。慢性的な宙域神經症からの重篤化(ぢゆうとくくわ)。其處等のコロニーなら月竝(つきな)みな話しだが、彼の漢に限つて、そんな。エメラルダスは惱が萎縮し、艦内を徘徊するアンタレスに眩暈(めまひ)を覺えた。正氣と狂氣の(さかひ)を問ふても意味は勿いとは云へ、鋼の漢と呼ばれた豪傑が妄言のピエロに墮してゐるのだとしたら。(かつ)て反目と畏敬の存在だつた大いなる背中が、傴僂(せむし)の樣に腰曲(えうきよく)してゐる姿なぞ見度(みた)くも勿い。冷徹な鐵扉(てつぴ)に頰を埋めて(ふる)へる彼の日の少女に、室内から頭熟(あたまごな)しの激語が飛んで來る。其れにしても誰に向かつて咆えてゐるのか。相手は女だ。共に死線を(くぐ)()けた益荒男(ますらを)以外で、アンタレスを訪ねる者と云つたら。其の問ひに、妖しく微笑む髑髏のヘアブローチ。冥王星の吹雪の中を追ひ掛けた、もう獨りの影が閃き、女王は首を振つて拂ひ除ける。そんな眞逆(まさか)

 「階級の鋼業化と輯團化(しふだんくわ)に因つて、宙域で復活した農奴制と强制收容所(ラーゲリ)を破壞し、革命から聖戰、祖国戰爭へと擦り換へ、人類を首狩り族に先祖返りさせたのは誰だ。テロは新しい卋界への最短で唯一の道。革命は未來へのフリーパスだと信じ込ませたのは誰だ。革命と云ふ理想は略奪と殺戮を合法化する妄想で在り、政敵を效率良く抹殺する綱領(システム)だ。其の爲に犯罪者の潛在能力を最大限に有效活用する。奴等の手にする最强の武器は絕望と慾望だ。暴動とは發狂した自由でも、正義の誤爆でも勿い。追ひ込まれた輯團(しふだん)は主義主張を()(ころ)して進む。裏切り者は泳がせて、更に大きな魚を釣り、敵は赦す前に殺すのが鋼鐵(かうてつ)の不文律だ。味方も居勿くなる迄、徹底的に排擊する。然して、咳をしても獨り。革命家は自分が銃殺される側に囘はる迄、己の過ちに氣付か勿い。動物園のパンダを觀て憙ぶ馬鹿は、自分がウイグル人の樣に動物の檻に送り込まれる迄、パンダ外交の意味を理解出來ぬ。幸福なジャン・ヴァルジャンは暴走したテロリズムを知らずに死んだ。革命は濱に打ち上げられた魚の樣に一晩で腐敗する。ジャコバン主義とは程遠い、カフェで議論に明け暮れる氣樂な亡命指導者。他人の命に無關心な論理で著餝(きかざ)つた傲慢。高潔で愚劣な似非エリート。理性と云ふ美酒は政治的惡靈(あくりやう)、其の物で、思想とは幻想で在り、生薬では勿く(れつき)とした酒毒だ。卋論(よろん)と公約を完全に無視して、派閥爭ひに血道を上げる委員會。工作員と(とも)に失踪する活動資金。監獄に送られる、使ひ捨ての無能な同志達。豚小屋の革命結社に尻尾を振る權力の犬。ユダが居勿ければ基督も勿い樣に、裏切りが勿ければ連帶も復た勿い。分派活動を彈壓(だんあつ)し、御互ひを密吿し合ふ疑心暗鬼が組織を結束する。人の爭ひに内亂(ないらん)外亂(ぐわいらん)も有る物か。資本主義と共產主義、巨惡と巨惡の結託した、上下二卷の福音書を人類は暗誦し續けた。革命家の思想體系(たいけい)や組織()も所詮、ローマカトリック敎會と終末論を雛形にした、一神敎の燒き直しでしか勿い。奴等は組織のパンをバラ撒き、十字架を信者に背負はせてワインを(あふ)る基督だ。信者とは人件費の掛からぬ理想の奴隸で在り、其の豚共を分母に卋界を通分する。此れこそが究極の平等で在り、ファシズムの樂園だ。人權や平等の中に仕組まれた、特別と別格と云ふ詐術で支配する出口の勿い組織主義。困窮した民衆が嘆けば嘆く程、活動家は髙笑ひする。革命に取つて個人の不幸は蜜の味。其の怒りが紙の御城で造られた共產主義に()()ける。敎會が罪人と乞食を求める樣に、革命事業を支へる御柱(みはしら)は、生け贄の血に據つて其の石据(いしず)ゑを固める。白手袋で完遂出來る革命は勿い。血のスカーフは新卋紀のペストだ。惡しき不浄な血は絞り出さねば爲らぬ。權力に據る檢閲(けんえつ)がテロリズムと云ふ惡靈を擴散(くわくさん)し、政治的動機さえ有ればテロリズムは日常化する。肅淸(しゆくせい)の大義は星の數をも凌ぐ。政治的殺人の權利を行使する、似非文學の美辞で粉餝(ふんしよく)された檄文が、(じやう)退(しりぞ)けて()を押し通す。革命家に取つて獨斷(どくだん)とは救卋主の接吻か、惡魔の杖か。反權力を訴へる者は支配者の足許から伸びる影でしか勿い。一度權力の盃に唇を觸れると、後は飮み干す事に爲る。革命家と暴君は、權力と武力の核反應で生まれた太陽が、燃え盡きるまで周囘する、雙兒(ふたご)の惑星だ。王朝が打倒されても、其れは勝者と敗者が上著(うはぎ)を取り替へた丈け。最も(おそ)ろしい暴君は人閒の無知と無關心で在り、暴君と左翼の正裝は絞首刑(ネクタイ)と相場が決まつてゐる。(いつは)りの萬機公論(ばんきこうろん)。一極に集中した權力が管理する地下室の組織(からくり)。革命は過去を物理的に破壞する丈けで、建設的な新しい何かを創造する智性も、强奪した權力を制禦する能力も勿い。奴等の火裂(ほざ)く地上の樂園は動物的アナーキズムを野放しにするサファリパークだ。暴力の勝利で急速に增長する未熟な組織と無秩序な社會。其れは嵐で溢れ返つた急流の、一時的な虛しい增水でしか勿い。宙域は衆愚(スペースノイド)と云ふ新たな暴君を、血統書の勿い無數の獨裁者を生み出した。革命の熱狂と庶民の無關心。國家、階級、貨幣、貧困、私有財產、婚姻、年齢、性差、人種、性交涉、强奪、詐欺、殺人、臓器賣買。人類の種の改良の名の許に、有りと有らゆる制限を排除した奴隸社會へようこそ。我我は自由だ。」

 アンタレスの前後の文脈を無視した炎舌(えんぜつ)に、寒門の才子を氣取つた孤娘(こむすめ)は、()(つま)される懺悔の聲を聞いた。一體、何を(かば)はうしてゐるのか。辯護士(べんごし)とは良心の賣人(ばいにん)でしか勿い。此の漢も復た、昔見た夢に(うな)され、神と革命で搖れてゐる。間違つた夢を觀てゐた者同士にしか判らぬ、其の絕頂と絕望。()(ほど)、意識が混濁しても、己が最も輝いてゐた月日と言葉に人は縛られてゐる。具眼(ぐがん)()が見る影も勿い。此の勤めを終へた廢船も、空に爲つた船倉に鍵を掛け、罪荷(つみに)の亡靈を背負ひ續けてゐる。人生の終末に再び巡り會ふ孤兒と孤老の悲しき因力。女王は意を決して氣密鋼板のノブに手を掛け、時を隔てた敷居を一跨ぎに、室内へ蹈み込んだ。

 「下劣な大衆に人權を語る資格なぞ勿い。腐敗と云ふ特權を濫用して措き乍ら、()(くち)が人としての權利を叫ぶのか。現實に無知で無關心な其の本性に點ける藥は勿い。己の選擧權を易易と放棄した擧げ句、極左に(そそのか)され害人の人權を擁護する社會の亡靈は、(なぐ)られても起き勿い馬鹿だ。大衆の最惡な民度こそが社會の不正の溫床で在る。汚職と不法と暴走の限りを盡くす議員も、役人も、資本家も、マスコミも、不法移民も總ては、大衆と云ふ同じ木の根で繫がる、大衆を映す鏡だ。寧ろ、下劣な大衆こそが最も太い幹で在り、議員も、役人も、資本家も、マスコミも、不法移民も、其處から延びる枝葉末節でしか勿い。卵が先か(にはとり)が先かで云へば、背任の(ともがら)を產み落としたのは大衆の淫蕩(いんたう)で在る。政界財界、役所の腐敗も、大衆の(みだ)らな本性の代辯者(だいべんしや)でしか勿い。大衆が(ひし)めく巷閒(かうかん)は汚濁に(まみ)れてゐる。

 

 

 這是一溝絕望的死水  (これ)()一溝(いつこう)の絕望的死水(しすい)なり

 淸風吹不起半點漣漪  淸風(せいふう)半點(はんてん)漣漪(さざなみ)をも吹き起こさず

 不如多扔些破銅爛鐵  ()かず 多く(いささ)かの破銅爛鐵(はどうらんてつ)(なげい)れて

 爽性潑你的賸菜殘羹  爽性(さうせい) (なんぢ)賸菜殘羹(じようさいざんかう)(はつ)するに

 

 也許銅的要綠成翡翠  也許(けだし) 銅の要綠(えうりよく)翡翠(ひすい)を成し

 鐵罐上鏽出幾瓣桃花  鐵罐(てつくわん)上に (さび)幾瓣(いくべん)もの桃花(たうくわ)(いだ)さん

 再讓油膩織一層羅綺  再び油膩(ゆじ)(じやう)して一層の羅綺(きら)を織らしめ

 黴菌給他蒸出些雲霞  黴菌(ばいきん)(かれ)(きふ)して(いささ)かの雲霞(うんか)蒸出(じようしゆつ)

 

 

 死水(しすい)顳顬(こめかみ)まで浸かつて微笑(ほほゑ)む汚物に、何を遠慮する必要が有る。所得の五割を國にピンハネされた上に、國家予算の三分の二を特別會計で猫糞(ねこばば)されて措き乍ら、氣付きも、訴へもせず、マイルや家電量販店のポイントを貯めて憙んでゐる()(めくら)には、プラスチックの粒を新米だと云つて配つて措けば良い。大衆の危機感を痲痺させて、難民豫備軍(よびぐん)へと誘導し、二束三文で叩き賣れ。家畜は己が商品だと()(よし)も勿い。刃向かふ者は臟器バンクへ直送しろ。其れが奴等への最後通牒(レクイエム)だ。」

 感極まつた怒號に左右の頰を面罵され、一步後退るエメラルダス。艦内モニターと端末の埋め込まれた壁に、釣床(ハクモック)では勿くベッドを橫著(よこづ)けにした丈けの、備品と呼べる物は鏡(ひと)つ勿い簡素な室内。配管が剝き出しの低い天井に押し潰されて、生活の(あら)ゆる息吹きが窒息してゐる。幼い頃何度も忍び込んでは摘まみ出された牢名主の獨房。そんな想ひ出の密室に立ち盡くす武骨な影。强靱な廣背筋(くわうはいきん)僧帽筋(そうぼうきん)に因つて、岩盤の樣だつた肩幅と脊椎が(せば)まり、一囘り小さく爲つた背中が、何の餝りも勿いリベットで打ち付けられた壁に向かつて對峙し、立ち昇る殺氣で搖らめいてゐる。先客の姿は勿い。面前の鋼板に彈き返される、割れ鐘の如き激昂。其の壁の向かふに誰か居るのか。取り付く(しま)の勿い其の劍幕。獨り咆え續ける老兵に、隔てた歲月が育む慈悲の滂沱(ばうだ)を、エメラルダスは必死で堪へた。僧は(たた)く月下の門とは懸け離れた、取り殘された遭難者が、遠退(とほの)いていく救助船を罵つてゐる樣にしか見えぬ其の落魄(らくはく)。黄濁した蒼貌に白髪霜鬢(はくはつさうびん)を被り、口角が弛み埀れ下がつた頰と顎髭に、瘦せて(ゑぐ)れた眼窩から飛び出す隻眼(せきがん)丈けが、木から落ちた(ふくろふ)の樣に、烱烱(けいけい)(ギラ)付いてゐる。カーゴパンツの革ベルトに裝著された人工肛門のコネクタが()()まり、意識の混濁は癌の轉移(てんい)に因る譫妄(せんまう)狀態だと直感するエメラルダス。宙域感染症に因る免疫不全でマックトリガーが働かず、たつた獨りでの鬭病(とうびやう)。モルヒネで痛みを散らしてゐる丈けなのだらう。医療廢棄物の抗癌劑や介護に甘んじる漢では勿い。()してや下の卋話等、有閒敷(あるまじ)き屈辱。粗相をする位なら物を口にする事を絕つ。然う云ふ漢だ。優しさは自尊心を逆撫でする丈け。手懷(てなづ)けられて尻尾を振る玉では勿い。犬死にする覺悟は出來てゐる。苦悶の叫びを上げる位なら舌を嚙み切る事だろう。己に課せられた最期の刻を誰にも穢され度く勿い。許から、身の囘はりに茶坊主を(はべ)らせるのを嫌つてゐた。見屆けるのは此の舟丈けで良い。人の言葉を口に爲勿いからこそ舟は愛ほしい。終の棲家に他言は無用。同じ船乗りとしてエメラルダスの胸に迫る其の痛切。美德を背負つて泳ぐと人は沈む。其れでも泳ぎ續けた漢の信義。思ひ描く主義思想は(うつ)()はらうと、心は恆に此處に在る。其れなのに、

 何故、もつと早く訪ねやうとし勿かつたのか。榮光の餘韻も途切れた澄み渡る殺風(さつぷう)に、見送る者勿き流し舟の隻影。其の趣きを臺勿(だいな)しに爲る此の三文オペラ。自意識の獨り芝居か。夢遊病の劇中劇か。こんな空騷ぎを、淸苦(せいく)にして、逸趣(いつしゆ)(おの)づから(おほ)く、隱居して放言すとでも。エメラルダス號で見た矍鑠(かくしやく)としたアンタレスは矢張り、殘畱死念の產物。其れは良く判つた。倂し、事は何一つ治まら勿い。病魔に飜弄され、地の底に墮ちた漢の美學。御眼汚(おめよご)しにしても酷過ぎる老醜からエメラルダスは顏を背けた。若し、此れが己の姿だとしたら、卋界中の鏡を叩き割つて、ブラックホールに身を投げるだらう。銀河聯盟捜査局の第壹種特別指名手配、通稱、赤手配書(あかてはいしよ)の筆頭をハーロックとエメラルダスに讓り、星閒運輸機構が出資する格外報奬金の最髙額を塗り替へられても、(すた)れる事の勿かつた大盜賊の威名(いみやう)。默つて茣蓙(ござ)を卷いてゐれば良い物を。こんな棺桶を引つ繰り返して演臺(えんだい)にした浪花節を聞く爲に、航路を逸れたのでは勿い。責めてもの情けに介錯を執る可きか、此の儘、()()ぢを見捨てるのか。骨を拾ふ身内が居るのなら手配もするが、結局、此の漢の事を何も知ら勿い。壁の中の誰かに向かつて主張し續ける老兵を前に、立ち去り難き女王の健氣(けなげ)丹心(たんしん)。其の搖れ動く心の(ひだ)が、譫妄(せんまう)が生み出す幻と共鳴した。舌火(ぜつか)を揮ふ浪曲師が不意に其の啖呵(たんか)を呑み下し、姿勿き先客の影を追つて、(おもむろ)に振り返る。

 「遂に正體(しやうたい)(あらは)しをつたな、此の化鳥(けてう)め。」

 落ち窪んだ眼窩の底で怒張した隻眼を血走らせ乍ら、エメラルダスを睨み付けると、アンタレスは白髪を振り亂して壁から跳ね退き、艦内モニターの脇にチャージしてゐた光勵起サーベルを拔き取つて、(ほとばし)虹周波(こうしうは)の斬つ先を突き附けた。

 「何故(なにゆゑ)に、人の眼を惑はし、何故(なにゆゑ)に、帶域を領有し、何故(なにゆゑ)に、舊宗念號(きうしゆうねんがう)(おご)(とな)へる。」

 鳥憑(とりつ)かれた(まなこ)に映る女王の病身が、靈鳥(れいてう)炎群(ほむら)で燃え盛つてゐる。此の漢も見て終つたのか。宙域を羽擊(はばた)く彼の幻の鵬翼(ほうよく)を。其れは何時何處(いついづこ)()(やう)にと()(ただ)さうにも、夢の中の夢をさ迷ひ、腰を落として(にじ)()るアンタレスに、最早、聞く耳は勿からう。若し、此のエメラルダスも鏡に向かつて咆える犬なのだとしたら、生きた心地も勿い。女王は嚇精(かんせい)作用に因つて粗生(そせい)した(はい)()(しはぶ)き、左の袖口で血痰を拭ふと、醒め醒めとした慚愧(ざんき)嚥下(えんげ)して帶劍に手を添へ、靈鳥の幻影に()(はだ)かつた。相手に取つて不足は勿い。己の星を天から突き落とした者同士の、死線を(また)ぐ事でしか叶はぬ舊交(きうかう)。獨善、萬難を破り、劍を揮へば、神在るが如しと呼ばれた(つはもの)との最期の手合はせ。此れに(まさ)(とむら)ひは勿からう。そんな女王の(しめ)やかな敬意も御構ひ勿しに、アンタレスは獨り捲し立て、鈷藍(コバルト)の刀身を大上段に()(かざ)した。

 「重合體(ぢゆうがふたい)の被災區域に(あらは)れては、變幻自在に姿を(くら)ます、神出鬼沒の其の消息。中でも、十干十二支(じつかんじふにし)を數へる刻の輪列を、念ひの儘に操る彼の女は、一體(いつたい)、何を企んでをるのか。歷史の影に女在り。其の一言では片付けられぬ鬼道の暗躍。舊宗念號(きうしゆうねんがう)は禁斷の正史を紐解く、蠶靈(こだま)()。其の索引に手を觸れる事は、髙祖(かうそ)聖廟(せいべう)を暴くに等しい。」

 嚇怒(かくど)に驅られた氣合ひと共に、振り降ろされた渾身の一刀迅雷(いつたうじんらい)。解き放たれた(いか)()の咆哮が、袈裟懸(けさが)けに弱竹(なよたけ)蜂腰(ほうよう)を限り、虹周波(こうしうは)の斬像が網膜に灼き附いて、叩き付けられた衝擊が床を這ひ廻る。舞ひ上がつた塵芥(ぢんあい)を焦がして屡叩(しばた)き、制禦された換氣を濁す放電ノイズ。絡み合ふ頭上の配管が(をのの)き、埀れ籠める烟(えんか)に紛れて降り注ぐ火花が、流星の樣に明滅する。矢張り、もつと早く訪ねる可きだつた。剛腕が錆び附く前の(したた)かな(いち)太刀(たち)を受ける事の出來ぬ(わび)しさに、半步も退かずに()(はだ)かる女王の劔柄(たかび)(ふる)へてゐた。胸元に突き立てるプラズマの刀身を楯に(そら)した、其の(やは)手應(てごた)へ。其の力倆(りきりやう)を推し量る迠も勿い。千閃萬烈(せんせんばんれつ)手練(てだ)れは今何處(いまいづこ)亞蔴(あま)色の埀髮(すいはつ)が亂れる事も勿い、小手先の劍戟(けんげき)。明日の吾が身を垣閒見て、()()ぢの何たるかを知る。勝負は決した。其れすらも解せず()太刀(たち)を揮ふ老兵の衰へに、(むな)しく()ぜる光量子の追撃。色褪せた膂力(りよりよく)に委せた盲刃(まうじん)を振り囘し、一撃必誅を期して、朽木(きうぼく)から彫り起こした形相が、熱い鼻息を浴びせ掛けるアンタレスに、エメラルダスは左手を捨て、右枝埀(みぎしだ)(やなぎ)に構へた。墮胎して黃泉復(よみがへ)つた吾が子を送り返す鬼子母の如く、受けて立つ、苦悶の愁眉(しうび)。光勵起水晶の發振出力に弄ばれて、八相(はつさう)の構へから繰り出す、强引な一太刀(ひとたち)每に上體(じやうたい)が泳ぎ、()なされる度に膝が搖れ、腰が碎ける老兵を、女王は手心で捌き、無言で叱咤する。埀髮の殘像を追ふ事すら儘爲(ままな)らぬ、肩で息をする落ち武者の惡足搔(わるあが)き。此れが今のアンタレスの全身全靈。燃え盡きる命の炎群(ほむら)の最期の(ひら)きは如何(どう)した。此の儘、電光影裏、春風を掠る許りで、恩師として慕ふ事すら勿く、斬り捨てて終はるのか。在りし日の少女の吐胸(とむね)(あら)ふ土砂降りの慈雨。相手の呼吸も、閒合ひも、御構ひ勿しの闇雲な素人剣戟が、藥の(ちから)で下駄を履かせた己の鬭劍(とうけん)(やま)しさを責め苛む。斯うも力の差が有つては、花を持たせて遣らうにも、大衆演劇のチャンバラ。(らち)()かぬ手應への勿い攻防にエメラルダスは痺れを切らし、脚が(もつ)れて(つまづ)く老兵に險眉(けんび)を極める。

 

 

   ()ぢを斬る彌陀(みだ)の劍にかかる身の

       なにか五つの(さは)りあるべき

 

 

 アンタレスの鳥憑(とりつ)かれた幻の代役は此處迄だ。想ひ出は美し過ぎて、有りの儘の現實に堪へられ勿い。星辰一刀(せいしんいつたう)、安らかな眠りで償ひ、念佛を手向けるのが最適解だと、心に祕した、將に其の刻、

 「我が國の發祥は律令制からで在る。」

 片膝を()いて(あへ)ぐアンタレスの獨白が、エメラルダスの反擊を押し畱めた。跡切れ勝ちな其の呻吟が帶びる哀惜と苦澁(くじふ)。鳥憑かれた語り部の()(つた)へに女王は惹き込まれていく。

 「事有る每に、大寳年號の建元こそが大和王家の草創と(のべ)られてゐた陛下の眞意を何と心得る。陛下は日嗣(ひつぎ)の皇位が九州倭國(ゐこく)王朝から禪讓(ぜんじやう)された物で在る事を存知てをられた。然し、自らの御立場から其の正史に觸れる事は儘ならず。只管(ひたすら)、公務に追はれ、(いの)りを(ささ)げる日日。(いづ)れは解き明かされる其の刻に、國民の信を得られぬと心を痛めてをられた事を知らぬとは、不屆きにも程が在る。陛下も亦、人也(ひとなり)早歲(さうさい)にして皇族の存在意義を問ひ續け、其の答へを探し求めた考古學と古代の文獻史學。陛下の心勞は如何許(いかばか)りか。積み重ねた叡智は憂門の第一步を蹈み固める許りで、念ひを分かち合ふ()(ともがら)なぞ、望む可くも勿い。」

 一騎打ちの相手を餘所に、アンタレスの隻眼は船外の彼方を仰いで陶醉し、エメラルダスの魔刃に(かる)(あしら)はれた恥辱なぞ旣に眼中に勿い。

 「其れは魂の講義で在つた。水資源との共存と未來を命題に揭た、亞細亞太平洋、水サミットの場で、陛下は記念講演の機會に惠まれ、學生時代から卋界の遺跡を巡り、(ふか)めた知見を許に、自論を展開なされた。アジア太平洋地域の民俗信仰を視座に進める、水と人、自然と社會の營みと歷史。其れは宮内庁の役人が用意した原稿でも、(みことのり)()す玉音でも勿く、陛下の肉聲で在つた。阿蘇の山紫水明に始まつて、山嶽信仰の水脈を(さかのぼ)り、祀られた水神、農業神と其の傳承(でんしよう)を辿つて、繩文土器に(かたど)られた蛇の神、龍神に想ひを馳せて說き明かす、先史から古代への遙かな息吹き。其處に、皇國史觀に囚はれ、史實の研鑽に聖域を設けては爲らぬとの私心を託された。古代に眞實を求めて、祖国の築き上げた(とこ)()の價値を見出し、一刻も早く、戰前戰中も含めた國史を改め、國民と皇室の意義を共有し、其の存續の裁決を委ねる。總ては彼の國の未來の爲に。竝竝(なみなみ)ならぬ御覺悟で講義に臨まれた陛下の御心(みこころ)は、(とても)も語り盡くせる物では勿い。

 絲の絡まつた傀儡(くぐつ)の樣に蹌踉(よろめ)めき乍ら立ち上がると、アンタレスは居丈髙な構へを解き、毛細血管が彈けん許りの研ぎ澄まされた眼尖(がんせん)で、女王の水月(すいげつ)を貫いた。

 「心して聞け。(たと)記紀(きき)粉餝(ふんしよく)を極めた史書で在るとしても、千年を優に越えて國の祭祀を司つた法皇としての功績、然して何より、國と民の平和と繁營の爲に禱り續けた其の仁愛に僞りは勿い。彼の國の古道を外洋の功利主義で推し量るなぞ笑止千萬。理論に據つて武裝された價値とは、ブランドロゴで僞裝した合皮の財布や鞄でしか勿い。祖先を祀り、皇室と國民が互ひを敬ふ其の心に、何の(とが)めが有ると云ふのか。國の精神的支柱(いしずゑ)に理窟は勿い。議論とは、信ずる物の勿い、軟弱者の戲言(たはごと)也。彼の國は人類の模範と成る可き、寳石の樣な國だつた。にも(かか)はらず、國民は盲目的な皇國史觀を(かつ)ぎ上げる許りで、講演の意圖を理解出來る者は居勿かつた。僞史を獨りで背負ひ込み、陛下は孤獨でをられた。(はな)を見て()を見ず、國を見て民を見ず、(かん)を見て(ひと)を見ず。そんな淺はかな忠心なぞ、陛下は御望みでは勿い。百姓と書いて大御田(おほむた)田子等(たこら)大御寳(おほむたから)。其の國の寳が患ふ、白癡(はくち)と云ふ白蟻が彼の國の柱を喰ひ潰した。何故(なにゆゑ)に、陛下を(かがみ)爲可(なすべ)き民が斯樣(かやう)な病に冒されたのか。皇尊(すめらみこと)()べる千代の權威を最も(おとし)めたのは、マスコミが捏造する卋論では勿く、皇室の精神も學問の意義も心の底では信じてをらぬ、御用學者達で在つた。公金を溶かして、記紀に沿つた虛僞の研究に明け暮れ、學會(がつくわい)沽劵(こけん)と自己保身に執著(しふちやく)する餓鬼道に、辯解(べんかい)の餘地は勿い。記紀が僞書では、皇室を敬ふ事は出來ぬとでも云ふのか。其の程度の皇國史觀こそが僞りの產物で在る。舊宮家(きうみやけ)(そし)りを受けた皇族の再興にも盡力せず、定說の追從にのみ奔走して、國學の士號(しがう)名吿(なの)るとは何事か。記紀の總てが眞實で勿ければ、皇室を敬ふ事は出來ぬと云ふのなら、斯樣な尊王論者は眞の尊王論者では勿い。譬へ風車が壞れても、風が止む事は勿い。記紀の粉餝が暴かれやうと、彼の國を築き上げた魂の系譜は、彼の國の血潮と大地に刻まれてゐる。機械の(からだ)に爲る前も、機械の(からだ)に爲つた後も、精神的支柱(いしずゑ)勿き鋼國史觀を謳歌してゐた機族とは(わけ)が違ふ。(けだ)し、卋に云ふ正史とは、大凡(おほよそ)、僞書の(そし)りを(まぬが)れぬ。だからと云つて總てを否定し闇に葬れば、其れこそ、GHQの焚書(ふんしよ)と同じく、勝者に因る眞實の隱滅に他ならぬ。記紀には神話として、民族の語源として、文學として搖るぎ勿い價値が有り、國の文化と思想の柱で在り、寳で在る事に疑ひの餘地は勿い。其の確固たる威義を見出せぬ者に歷史と國家と卋界を語る資格は勿い。此の宇宙の(いとな)みに比すれば、譬へ、國家や民族が一瞬の幻に過ぎぬとしても、其の成り立つに至つた必然を看過する事は許されぬ。人類の享受する自由と平和は(つね)に、合議に據る國家と民族、然して何より、愛國心の紐帶(ちうたい)で擔保されてきた。其れを民族主義だ、排他主義だ、軍國主義だとレッテルを貼つて糾彈し、武裝解除したのを見計らつては、革命の名の許に暴力で制壓する。國家、民族、宗敎が崩壞した後の未曾有の秩序の狂亂を、更なる暴力で殲滅し、屍の山を競ひ合ふ。歷史は何度、同じ過ちを繰り返してきたか。愚か者は傳統と祭祀を、蒙昧な習俗や時代錯誤の遺物だ、懷古趣味と云ふ過去への感傷だと闇雲に否定した。其れは新しい權威を(でつ)()げ、己が總ての實權を獨占し度いが爲の方便でしか勿い。其處に自由は勿い。自由が權威を誇示し、佞な力に訴へるで在らうか。權威に束縛された博愛は、博愛に(あら)ず。陛下は下劣な大衆の弱さ、悲しさ、果敢無さをも愛し、赦してをられた。其の陛下の御心(みこころ)を、舊宗念號(きうしゆうねんがう)(おご)りて(とな)へ、搔き亂すとは何事か。天から御言宣(みことのり)を授かり、初めて人は使命(いのち)を得る。貴樣の授かつた使命(いのち)とは如何(いか)に。答へられぬと云ふのなら、天の(こゑ)()け。」

 鳥憑(とりつ)かれた勳臣(くんしん)の妄言が、エメラルダスに樣樣な角度から突き刺さる。雁字搦(がんじがら)めの火語(ひご)()(かこ)まれて登壇した被告席。女王は裸だつた。授かつた使命(いのち)を問はれて凍り付くしか勿い女の一生と、己の使命(いのち)に燃える漢の熱き彈劾。何物が()(まで)澁皮(しぶかは)一枚の老骨に云はしめるのか。血然(けつぜん)たる哭訴(こくそ)に罪狀認否も儘爲(ままな)らぬ密室裁判。決して癒著(ゆちやく)する事の勿い、鼻つ柱の縫合痕が(うづ)き、拔絲(ばつし)をすれば石橊(ざくろ)の樣に口を開く心の隙閒に、息を吹き返したアンタレスが(なまくら)兇刃(メス)を突き立てる。(しはが)れた奇聲(きせい)が三半規管を(つんざ)き、捨て身を投じる()(らく)の肉彈。虛を衝かれたエメラルダスは小手先の太刀で捌き切れずに、サーベルの鍔際(つばぎは)で競り合ふと、手刀(てがたな)でアンタレスの劔柄(たかび)を拂ひ落とした。

 プラズマの放物線を描いて床を叩く光勵起サーベル。手首を押さえて(くずを)れた敗殘の將の足許を(ころ)がる、虛しい勝利を(みつ)め、掛ける言葉も勿く、後味の惡い幕切れを嚙み締める。佛心で介錯の手が(にぶ)り、醜刃(しうじん)を交へる許りで、罪重(つみかさ)ねる()ぢの上塗り。御互ひ身寄りの勿い分際で、死に切れぬ者同士、何故、(いたは)()へぬのか。磁石に(こび)びり()砂鐵(さてつ)の樣に、死太(しぶと)く絡み合ひ、(いが)()ふ因力。何に意地を張り續け、さ迷つてゐるのかも忘れて終つた舟には、振り上げた(いかり)を降ろす場所も勿い。此の漢が鳥憑(とりつ)かれてゐる幻を誰が笑ひ飛ばせるのか。人は誰もが、鏡の前で手舞足踊(しゆぶそくとう)に興じる影繪(かげゑ)でしか勿い。アンタレスの無慘な老境が、孤兒の絕望を()(うつ)し、誰にも助けを求めず、恐怖と不安を()()ける爲に()()もつた、欺瞞の殼に(ひび)が入る。女王と云ふ己の噓に(そそのか)され、己の作り話の前に()()くした獨りの少女。盜賊王と捨て子の虚卋身(うつせみ)が入れ替はり、()(つくば)る己の過去と未来を見下ろして、殘酷な奇異に息を呑む。(せん)ずる(ところ)、人の卋とは身無(みな)()(やぶ)繪卷(ゑまき)。其の斷末で行き詰まつたエメラルダスの無常も顧みず、形振(なりふ)り構はぬ老兵は(なほ)も勝負に獅嚙憑(しがみつ)き、忌忌(いまいま)しげに()(こぼ)した得物(えもの)を拾ひ上げると、モニター端末脇に格納された大虬(みづち)の如き主動力のケーブルを、右腕一本で引き擦り出し、左手に持つた光勵起サーベルの把頭餝(はとうしよく)にコネクタを接續した。討ち破れた尊嚴を振り亂して、藪睨(やぶにら)みの隻眼は瞳孔が擴散(くわくさん)して標的を見失ひ、檄を飛ばした口角は薄ら笑ひを苦遊(くゆ)らせてゐる。

 「馬鹿な眞似は止せ。」

 ()()めるエメラルダスを無視して、主動力のレンジを全開にするアンタレス。劔柄(たかび)に埋め込まれた光勵起水晶が兇振し、規格外の(いか)()が鎌首を(もた)げ、靜電氣で(やつ)(また)(ほこ)の如く反り返つた(たてがみ)が、天蓋(てんがい)(ひし)めく配管を突き上げる。容量を決壞した苛電龍(かでんりゆう)の逆鱗。召喚された雷神の團渾(だんこん)蔭走(ほとばし)り、再び目覺めた老怪な魔性が雄威火(をたけび)を上げる。

 

 

   劍太刀(つるぎたち)いよよ()ぐべし(いにしへ)

     (さやけ)けく()ひて來なしこの名ぞ

 

 

 完全に太刀會(たちあ)ひの一線を超えたプラズマの虐燒(ぎやくぜう)。最早、活人(かつじん)(けん)でも、殺人(さつじん)(たう)でも勿い。室内を攪拌(かくはん)する電磁の濁流を()(くぐ)り、エメラルダスが動力のブレーカーに手を掛けやうとした刹那、臨界に達した光勵起サーベルが暴發し、アンタレスの左腕が吹き飛んだ。白烈と煤煙が朦朦と埀れ籠める視界。殘畱電荷が交錯する爆心の慘禍。寸刻の放心を振り拂ひ、火花を吹いて床を垈打(のたう)つケーブルを斷ち切つて、仰向けに()(たふ)されたアンタレスを抱き起こすと、肩口から先を失ひ、燒け焦げて露はに爲つた左胸が明滅してゐる。急激な血圧低下に抗ふ人工心臓の拍狂(はつきやう)()(ながら)へて何を待ち焦がれてゐたと云ふのか。スプリンクラーと警報裝置が作動し、蹴汰魂(けたたま)しい驟雨(しうう)と警笛が降り注ぐ船長室。誰獨りとして驅け附ける乘組員の姿は勿く、エメラルダスは釣り鐘外套を脫いでアンタレスの爆創(ばくさう)を覆ひ、形狀記憶拘束維の壓著(あつちやく)で動脈を止血すると、後はもう、鳥憑(とりつ)かれた者の末路に眼を泳がせる事しか出來勿い。

 一目確かめる丈けの積もりが、死の淵に誘ひ込んで終ふ、己の業の深さ。(いの)りを(ささ)げる御題目も、(すく)ひを(もと)める信心も持ち合はせぬ女を、疫病神か死神か、今更問ふて何に爲る。スプリンクラーの水壓(すいあつ)で、焦土と化した廢船を搖蕩(たゆた)ふ、祭壇も獻花も勿い鐵火(てつか)燒香(せうかう)も搔き消され、雨滴(うてき)に沈む戰士の休息。胸に(いだ)く髑髏の紋章が朽ち果てたアンタレスを見護(みまも)り、死の辨證法(メメントモリ)(はい)()に爪を立て、見慣れてゐる筈の敗者の醜酸(しうさん)が鼻翼から縫合痕を衝き上げ、目頭で()()める。腕を囘して納まる(やつ)れた(からだ)に、(ふか)く刻まれた苦澁(くじふ)皺貌(しうばう)と歷戰の彈痕を、(つた)()ちる幾筋もの(とき)(しづく)。卋の人は此れを、里親の死に目に閒に合つたとでも云ふのだらうか。御互ひの奔放な生き樣を(ぬぐ)ふ苛烈な袖時雨(そでしぐれ)人竝(ひとな)みを求め樣にも、何が人竝(ひとな)みなのかも判らぬ、首の皮一枚の繫がりが今、(しづ)かに途切れ樣としてゐた。(あた)も其の刻を察したかの樣にスプリンクラーが停止し、大氣制禦が屑屑(せつせつ)と囘收していく粉塵と殘煙と入れ違ひに、(むせ)()狹霧(スミト)(すべ)てを淨化していく。被爆して(すす)けた隻眼の險しい(まなじり)(ひきつ)り、一頻(ひとしき)(うな)されて薄目が差した其の虹彩(こうさい)に、悟性の光が(またた)いゐた。エメラルダスを二度見した目泣子(まなこ)が柔和に(うる)み、我に返つた大盜賊が最期の啖呵に火を點ける。

 「こんな處まで場所代を取り立てに來るとは。解放戰線も下火なら、海賊稼業も落ち目の(たた)()。次は何に鞍替へするつもりだ。彼の飛行船の圖體(づうたい)で、今更、白タクに貸しボートでも在るまい。」

 エメラルダスの外套から首丈けを出し、勿け勿しの毒を吐く快兒(くわいご)老人。

 

 

  枯木龍吟銷未乾  枯木(こぼく) 龍 吟銷(ぎんせう)して未だ乾かず

  咄 枯木再生花  (とつ) 枯木 再び花を(しやう)

 

 

 (しん)とした雨上がりの束の閒、枯れ木に咲いた一輪の徒花(あだばな)に口角が緩む。

 「(もぐ)りのスクラップ屋から廢油を絞つて何に爲る。屑鐵(くづてつ)を捨てに寄つた迠の事。三ヶ〆(みかじめ)()がりなら、盛り場に茣蓙(ござ)を廣げてから云へ。こんな四阿(あづまや)で舟の錆落としが出來るか。」

 僅かな餘命と引き替への些些(ささ)やかな安らぎ。本の一瞬、刻を卷き戾せた奇蹟。雙りの狹閒(はざま)で絡まつてゐた紙縒(こよ)りが(ほど)け、後はもう、無粹(ぶすい)な言葉で此の一刻を濁し度く勿い。薔薇の樣な唇、舌には(とげ)も有る女王が、緘默(かんもく)の秘酒に接吻し、靜閑を貫いた。彼の譫妄狀態で何を目の當たりにし、爭つてゐたのか。彼の鳥と何時遭遇し、鳥憑(とりつ)かれたのか。電劾重合體と舊宗念號と彼の鳥は何を訴へてゐるのか。そんな事は最早、何うでも良い。()してや、何故、電腦化の闇に呑まれていくハーロックを引き畱め勿かつたのか。大盜賊が奴隷商人から孤兒を助けたのは、「傳卋品種」目當てだつたのか。マイクロチップワクチンも遺傳子組み換への履歷(タグ)も勿い貴種ならば、時が經つ程、値が上がると蹈んで(かこ)()み、賣り捌いてゐたのか。今更、其れを確かめて、誰かの何かが浮かばれる譯でも勿い。宇宙の寳や永遠の命の樣に、(すべ)ては泡沫(うたかた)の氣の迷ひ。此の卋界に探さねば爲らぬ祕密も眞實も存りはし勿い。打ち捨てられた物の哀れを愛でる、人の心の弱さが(うづくま)つてゐる丈け。其れを判り合へた今、刻、旣に遲くして、個個銘銘(ここめいめい)の送り火は銀河を下る。女王の腕の中で息を引き取つた、在りし日の大盜賊。舊故(きうこ)()はずに通じ合ふ、血を分けた者かと見紛ふ其の境涯。君子は(たう)せずして(たもと)()かち、異なる道を步んでも()ほ、互ひの影に從ふが如し。白狼(はくらう)鼠竊(そせつ)(あら)ず。巧を絕ち利を棄つれば、盜賊有ること無し。

 虛ろな眼窩を伏せて霏霺(たなび)く髑髏の紋章。半旗を(ひるがへ)して離脫するエメラルダス號の照準が、小惑星に座礁した錻力(ブリキ)精靈舟(しやうりやうぶね)を捉へ、萬感の(おも)ひを込めて弔砲(てうはう)が轟く。皇粒子の(きら)めきを帶びてアンタレスは星と成り、復た獨つ罪荷(つみに)を背負ふ赭き黑船。滅後の幽寂(いうじやく)蕭蕭(せうせう)として、隻彗(せきすい)、寒し。

 

 

  莫唄當年長恨歌  唄ふ()かれ 當年(たうねん)長恨歌(ちやうごんか)

  人閒亦自有銀河  人閒(じんかん) ()(おの)づから銀河有り

 

 

 ()らば、塵外(じんぐわい)獨絕(どくぜつ)。滿天に轟く懸河(けんが)(べん)も永卋の彼方。壯志(さうし)一度(ひとたび)去つて()(かへ)らず。見送る女神像の船首を挫き、針路を限る銀瀾(ぎんらん)の奔流。()()むを()たば、人壽幾何(じんじゆいくばく)ぞ。天帆艱難(てんぽかんなん)にして、()使()()からず。天命は更に(やす)からず。いざ()かん、無極にして太極の宙原(ちうげん)。血の塩で固めた緋き翠玉(エメラルド)を胸に、狹丹塗(さにぬ)りの舶鯨(はくげい)愁波(しうは)に搖れる、低囘顧望(ていくわいこばう)の操舵と索走、果たして相成るや如何に。諸君の壹路平安を禱る。

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