白鳳二十年庚辰、七月癸未、癸酉朔丁丑、
病の褥に臥した縣犬養連大伴に優諚を賜ひ、積年の勞を勞ふ爲、大海帝が直直に出御した。縣犬養連大伴は先の大亂で偉勳を立てた兵の筆頭。其の忠烈で死地の直中から脫し、倭姬王と倶に九州への歸京を果たせた朝は、功臣の大事と聞いて矢も楯も堪らず、自らの生色が優れぬのを押して車駕に乘り込み、玉步の後背で供奉を勤める髙市皇子は、朝達ての賴みと在つて近衞を從へた。朝の臨御に舘は息を張り詰めて平に恐れ畏み、大伴は感淚に沒する許り。朝の溫情は大恩を降すに及び、其の父の榮譽を枕邊で浴した女が獨り。大伴の介添へを務める道代の嫋やかな妍容と、才氣を隱せぬ非凡な佇まひに、髙市皇子は眼を瞠つた。
朝が大伴を宮内に召し抱へ、後宮へ出仕する便宜を圖つた女が、鸕野讚良の元に引き取られた事は承知してゐた。何しろ、顏を合はせる度に色目を使ひ、繼兄弟の一線をも構はず心を寄せて來る、女より男に騰せ上がつた草壁王子を其の氣にさせ、阿閇王女との目合ひに誘つた命婦と聞いて、何れ程の色好みかと輕口を叩いて、酒菜にしてゐたのだが、眞逆、斯樣な、懸想とは程遠い、閨秀を繪に描いた仙女とは。迂闊で在つた。此れ程の絕佳の才媛と知つてをれば、いの一番で手元に置いた物を。
「身雙つの具合は如何に。」
髙市皇子が其れと勿く探りを入れると、初產を終へた阿閇王女を勞り、氷髙と號けられた王女の乳母も託された道代は、
「皆、倶に恙勿く。」
と曲がり形にも草壁王子の立太子を爭ふ本命の心遣ひに深謝し乍ら、此れより以て穿鑿する事は不能、と控へ目な受け應へで一線を引く心憎さ。此の命婦勿くして、子寳も勿し。十二支一囘り若くして、其の老獪な手練れに髙市皇子は痺れた。御卋嗣ぎを切望してゐた鸕野讚良に取つて、嫁の產褥や孫の養育なぞ二の次三の次、本題は、年每に持病が增える先の勿い草壁王子に、次が有るのか如何か。其れは流石に此の賢女とて荷が重いと承知で、傅いてゐる事が末恐ろしい。髙市皇子が草壁王子の樣子を探らうと、遠囘しに鎌を掛けても眉獨つ亂れず、のらりくらりと逸らかすのでは勿く、逆に禮を盡くす。手强い。然う、二の句の詰まつた處に、病床の大伴が割つて入つた。
「某の息災なぞより、女の行く末。此の儘、何の後ろ盾も勿い身の上で、某に若しもの事がと思ふと。」
此程の妍容を誇つてゐ乍ら良緣に惠まれぬと知つて、髙市皇子は亦候驚き、此の才媛に奇怪しな蟲が附いては爲らぬと直感した。
「案ずる事勿かれ。」
髙市皇子は二つ返事で其の緣組みを引き受けると、そつと眼を伏した道代を睨み付けた。譬へ喉から手が出る程慾しくとも、蟲の息の草壁王子から其の右腕を引き拔いたのでは角が立つ。髙市皇子には心當たりが有つた。先の大亂で大友王子が太宰の府に援軍を求めて送つた使ひを、佩刀一閃、門前拂ひにした信に足る漢。東國に迠轟いた其の功名を聞き付け、髙市皇子が召し上げた、太宰の栗隈王の嫡男、美努王こそ相應しい。内通なぞ買つて出る鼠でも勿ければ、此方とて斯樣な下心は願ひ下げ。飽く迄、一臂の力を貸す迠の事。其れが功を奏したのか、蟲の息で在つた草壁王子は待望の嫡男を授かる事と爲る。然れど其れは、新しい命の產聲では勿く、滅び行く魂の慟哭で在つた。
白鳳二十三年癸未、春正月甲寅、己丑朔、
車駕、難波宮に幸して、賀正禮を觀す。是の日に、車駕、元宮に還りたまふ。
庚寅、
百寮、朝の庭を拜ふ。筑紫太宰丹比眞人㠀等、三つ足の雀を貢る。
乙未、
親王より以下及びに群卿を、大極殿の前に喚して宴之したまふ。仍りて三つ足の雀を以ちてに示したまふ。
元日、大海帝が朝賀の儀に參内し、難波宮に坐す竺志の日嗣の太子から賜つた瑞鳥は、翌る、飛鳥宮での朝賀の儀の後、山門の王族氏族が輯ふ宴に御目見得はした物の、其の經緯が經緯な丈けに、珍奇な瑞祥を壽ぐ群臣とは裏腹に、大海帝は此の後の遇ひに頭を抱へた。赤烏が太宰の府に獻上された折りも、臘子鳥を喚び、地震の大禍を喚び、此の度の瑞鳥も、心を病んだ薩夜蔴を逆撫でするのが眼に見えてゐるが故に、厄介拂ひされた擧げ句、巡り巡つて東國の宮にまで追ひ遣られて來た曰く付き。魔物に鳥憑かれた薩夜蔴の亂心は寧ろ、靈鳥を賴り、甘えるしか術の勿い、錯誤の爲せる業とは雖も、流石に氣味の良い物では勿い。咒禁博士と蔭陽博士を喚び寄せて占筮を揮ひ、
「此の三つ叉の雀、己巳の年に難波宮から飛び發たれた白鳳の舞ひ戾つた姿也。早早に元宮へと遷座し、篤く奉る可し。」
との卜兆により、竺志の日嗣には心苦しいが、出火で立て替へられた大藏省、奧の院の設へを更に改め、鄭重に封じ込めた。其の御藏入りと入れ替はりに日の目を見た、幽かな禱命が一雫。
草壁王子が阿閇王女に託した御卋嗣ぎの降誕。鸕野讚良が神佛に拜み倒して待ち侘びた心願成就に、此れで家督安泰かと思ひきや、產婆の取り出した赤子は舘の者達の背筋を凍り付かせた。蒼褪めた四肢に、魂を拔かれた樣な白い御髮を被り、產聲も上げずに阿閇王女の股から埀れ流された塊は、息が有るのやら勿いのやら。
「不吉な。」
の一言すら喉を通らぬ、伊邪那美の初めて宿した水蛭子の如き妖ふさに、珂瑠王子と號けられた親王は、人目を忍んで御產屋の祝ひも披かれず、父にも增して薄弱な星の許に生まれ落ちた。然して、嫡男の顏を見屆けた草壁王子は、安堵の故か、將亦、男の產褥か、新しい命に餘力を奪はれたかの如く床に臥せ、仁術に身を委ねる日日を送る事と爲る。此の生き寫しの父子を託されたのが乳母の道代で勿ければ、雙つの命は敢へ勿く燃え盡きてゐたで在らう。果敢勿き後胤の有樣に焙り立てられて、身も卋も勿い鸕野讚良を宥め賺し乍ら、粘り强く忠實やかに草壁王子と珂瑠王子の卋話をする、千手の菩薩の如き妙なる獻身。我が兒の榮達に鳥憑かれた亡者と、安らかな眠りを只管求める雛鳥の斷絕は旣に始まつてゐた。親と子で別の夢を見る、此の不幸な緣を繫ぎ止める爲、手を取り合つて介抱に努める道代と阿閇王女。瞬く閒に年は明け、咲く花の移ろひを顧みる遑も勿く過ぎていつた、其の最中、
朱雀元年甲申、十月乙亥、己卯朔壬辰、
人定に逮りて、大きに地震ふる。國を擧りて、男女は叫唱びて不知東西ひぬ。則ち山崩り河涌ちて、諸國、評の官舍、及び、百姓、倉屋、寺塔、神社、之れ破壞てる類あげて數ふること不可勝。是に由りて、人民、及び、六の畜、多に之れ死傷はれり。時に伊豫の湯泉、沒れて不出。土左國の田菀、五十餘萬頃沒みて海と爲りぬ。古老の曰へらく、若是る地震は未曾有也。
是の夕べ、鳴る聲、鼓の如く有りて、東の方に聞こゆ。有る人の曰せらく、伊豆㠀の西北二面、自然から三百餘丈を增益して、更に一つの㠀と爲れり。則ち鼓の如き音者、神の是の㠀を造れる響き也。
後の卋に白鳳大地震と呼ばれる大禍は、伊豫、粟國、木國、伊卋、遠水海、珠流河、出豆、相摹の天地を覆し、罪の勿い百姓を崩土の下敷きにして灰燼の山を築いた。途轍も勿い凶威の版圖を如何に推し量れと云ふのか、氣が遠くなる末卋の全望。蹉跎岬から廐崎に到る灘が猛り、津波が土左の浦里を呑み、熊野の河を遡つて、其の激甚は群峰を盾とする飛鳥の地に迠達した。戊寅の年に竺志を毀ち、地の底に貶めた大地震から、十二支の半ばを過ぎた許りで此の七難苦厄。神も佛も逃げ果せぬ阿鼻叫喚に、罹災した難波宮を指差して、大藏省に鎖ぢ込められた三つ叉の雀が、謂はれの勿い幽居に抗つてをられるのだと、氣の觸れた者達は街談巷語を卷き上げ、寺を失つた僧侶が天裁を仰ぐ。
「度重なる大禍は政の儘ならぬ證し。此の前代未聞の奇禍に限らず、疫氣も戰亂も總ては海表に通ずる倭國から齎されて來た凶事也。幾度と勿く繰り返され、東國に押し寄せる咒はれし扶桑の祟りを何と爲る。白鳳、朱雀に御伺ひを立ててみるが良い。竺志から送られた珍鳥なぞ瑞鳥に非ず。火の鳥の化身にして諸惡の根源。卽刻、九州の火山に歸す可し。」
命辛辛の態で道端に蹲る疲れ切つた者達の頭上を往き交ふ、荒唐無稽な云ひ掛かり。怒りの矛先すら壓し折れた破れ癆れの雜言の他に、咲く花も勿ければ、口を聞く氣力も勿い。平時なら眉を顰めるで在らう、何處へ抛り出されるとも知れぬ斯樣な飛語に、眼の色を變へる女が獨り。
「火の鳥とは眞か。」
神妙な面持ちで尋ねる鸕野讚良に、美努王の兒を宿した身重の道代は其の熱りを醒ます爲、僻目に傾ぐ母心を徐かに規した。
「下つ方の御耳汚しで有りませう。」
一向に立ち直る見込みの勿い草壁王子の容態に心を碎いて幾春秋。此の儘、病の褥が終の栖に爲るのかと、袖に眼を伏して淚を隱す埀乳根の藁にも縋る念ひが、不死の魔力に鳥憑かれた。
「火の鳥の生き血さえ手に入れば。」
然う獨り言ちる、浮はの空の鸕野讚良に聞く耳なぞ勿い。
「朝は火の鳥を隱してをられる。」
と繰り返す恨み言を厭はず、道代は我が身を擲つて寄り添ひ、苦しみを劃かち合ふ事で、少しでも其の迷ひを解かうと務めた。積年の勳功の甲斐も有り、八色の姓を上から數へて三番目に當たる、宿禰を號る事を父、縣犬養連大伴が許され、公卿の仲閒入りを果たさうと、道代の獻身に驕りも僞りも勿い。物に當たるのなら物と爲り、猜疑の虜とあらば濡れ衣と爲り。一心一體を成して血を通はせる。其の物狂ひを遠卷きに眺め乍ら、次の策を練る漢が復た獨り。御卋嗣ぎの命と皇位に總てを抛ち、餓鬼道に墮ちた鸕野讚良が藻搔けば藻搔く程、絡み取られる傀儡の絲を不比等は手繰り寄せていく。鳥憑かれた者同士の合はせ鏡で亂反射する脂ぎつた闇。其の狹閒を竺志の驛馬が驅け拔けた。
太宰府、三つ足の赤雀獻る。仍りて年號と爲す。
扶桑の天子から詔された瑞祥改元。數珠繫ぎの大禍を鎭め、其の犧牲と爲つた者達を弔ふ、災異改元の願ひも籠めて、朱雀と銘打たれた新しい年の始まり。白村江の慘敗、唐土の軍の倭國進駐、壬申の大亂と、區切りの付かぬ戰火に飜弄され、二十三年と云ふ長きに亘り、風雲雷鼓に耐へ拔いた白鳳年號の、餘りにも唐突な終焉に、見覺えの有る宸翰で認められた大言宣を廣げて、大海帝は嗚咽を禁じ得ず、薩夜蔴と自らの數奇な半生を重ね合はせた。佰官に改元の手筈を思し召し、禁裡に入御して獨り瞠める朱雀の二文字。此の期に及んで、未だ、去る歲に獻上された化鳥を持ち出すとは。驛使の話しに據ると、竺志の朝は、
「火の鳥に卷かれて燒身往生を。」
と、譫言を繰り返し、夢魔幻妖に魘されてゐると云ふ。嘗て明日香の太子と讚へられた飛べ勿い鳥の皮肉に、返禮の筆を執る事すら出來勿い。珍獸を瑞祥と云ふか、不吉と畏怖かは紙一重。靈鳥を憎み、咒ひ、崇め、倭國の護り神の奇跡を待ち續ける薩夜蔴の煩惱が、最早、愛ほしく、天下に雅俗の差有りとは雖も、人の卋は行き著く處、悲しく、然して、美しい。常色の海幸彥と山幸彥と呼ばれた榮華が、散る花の円舞に霞む物の哀れ。遙か彼方の祖國に殘した兄弟統治の半身半雙に立ち直る望みが勿いと悟り、張り詰めてゐた神氣の解けた大海帝は、性根を引き拔かれた樣に手足が萎え、床に伏せては衾を返す餘力も次第に失せていつた。然して、迎へた、
朱鳥元年乙酉、春正月己丑、壬寅朔
難波宮で竺志の日嗣の太子に元日の賀正事を奏す、朝賀の儀に參内した、翌る、
癸卯、
大極殿に御して、宴を諸王卿に賜ふ。
迠は、何とか持ち堪へてゐた物の、
乙卯、
酉時に、難波の大藏省に失火して、宮室悉に焚ゆ。或るには曰はく、
阿斗聯藥の家に失火して、宮室に之れ引及る。唯、兵庫の職は不焚。
年が明けて半月と經たぬ暮れ六つに、難波宮が大火に因り燒失。其れも瑞鳥を鎖ぢ込めてゐた大藏省からの出火との一報に、大海帝は三つ叉の雀の行方を追はせたが、無論、跡形も勿い。太宰府と難波宮、東西の據點を共に失つた倭國の痛手。薩夜蔴の壹粒胤、竺志の日嗣の太子と參種の神璽を飛鳥宮に抱へ込み、新しい宮の造營を急がねばならぬ窮狀も然る事乍ら、亦しても禍事の裏で飜る化鳥の影。果たして、消えた竺志の瑞鳥は九州の火山に歸つたのか。倭國の護り神と呼ばれた火の鳥で存つたのか。得體の知れぬ靈鳥の魔力に身も心も搔き亂されて、朝の生魂は安和なる事を得ず、さ迷う邪念の千鳥足は異境の茨に絡み取られて、常夜の褥へと引き擦り込まれていくと、枝の上で囁き交はす小雀か、宵闇に喚き合ふ烏か、扶桑の京で臥せる薩夜蔴も復た共鳴し、其の幽かな息の緖は途切れていつた。兄弟統治の片身と片身が死の床で初めて獨つと爲つた悲哀。常色の海幸彥と山幸彥が倭國と東國、雙つ枕で體不豫ふ嘗て勿い大事と在つて、除病平癒の加持祈禱に明け暮れる天下。兄弟統治の天子が背負ふ打ち破れた雙翼を支へ、衰弱の一途を辿る容體を押し畱め樣と、渾心の大勤行が木靈する。
五月甲午、庚子朔癸亥、
天皇、始めて體不安たまふ。因り以ちて川原寺に於いて藥師經を說かしめたまふ。宮中に安居せしむ。
戊辰、
金智祥等を筑紫に饗したまひて、碌賜ふこと各差有り。卽ち筑紫從り退之る。是月、勑のりたまひて左右の大舍人等を遣りて、諸の寺の堂塔を掃き淸めたまふ。則ち大きに天下に赦したまひて、囚獄已に空し。
六月甲午、己巳朔戊寅、
天皇の病を卜ふに、草薙劍に祟れり。卽日に尾張國熱田社に送り置きたまふ。
甲申、
伊勢王及び官人等を飛鳥寺に遣りて、衆の僧に勅して曰く、
近者は朕が身、不和む。願はくは三寳之威を賴りて、以て身體に安和けきことを得しむと欲す。是れを以て、僧正僧都及びに衆の僧は、誓願ふ應し。
則ち珍寳を參寳に奉る。
髙熱で魘され續ける大海帝と一心に念佛を唱へる尼子娘を、暖簾の帛越しに窺ひ乍ら、鸕野讚良は數珠を握り込んだ片袖を食み、込み上げる咒詛と愉悅を堪へ續けた。旣に除病平癒と西方浄土の見境勿き大勤行。皇后は好きな丈け拜ませて措けば良い。此處から先に待ち受ける大局。其の壹點に皇貴妃が心を潛めると、舘に推參しては耳言を繰り返す不比等の謀が和毛を逆撫で、背筋から襟足へと這い上つて來る。
「竺志と山門、貳柱の朝が時を同じくして體不豫ふとは。此れを天機と呼ばずして何物に例へられませう。宸儀、不安和のは故有り。皇倒は國難に非ず。君主として有る可き五德が失はれ、易姓が革まる刻の音連れ。卋は有德の聖者を待ち侘びてをります。姓を成すか屍と爲るか。今こそ、竺志の外樣に血された、山門の古道を拂ひ淨め、一心に貫く岐れ路。總ては御妃の御心獨つで有りませう。」
竺志と山門の天子亡き後の混亂に乘じる可し、と唆す不比等の危ふい甘言で、草壁王子の果敢勿き命脈を繫ぎ止める鸕野讚良。藤かかりぬる木は枯れぬるものなり、と哥はれた蔓草が賴みの綱とは卋も末。其れを承知で自ら闇に縋り付く鬼子母の裾を摑んで放さず、逢魔の手前で必死に食ひ止める道代の犬馬の勞こそが、最後の賴みの綱で在つた。
「朝の御容體が。」
己の念佛に醉ひ癡れてゐる皇后に代はつて、帛から僧の醫が浮かぬ顏を出した。愈愈、潮時を迎へたかと思ひきや、死太く現卋に齧り付いてゐる朝に、今直ぐ止めを刺して遣り度い念ひと、猶一層、苦しませて遣り度い念ひが入り亂れる鸕野讚良は、
「白湯でも啜らせておけ。」
と聲を殺して撥ね除けた。取り持ちに窮した僧は御妃の威迫に壓され、怪訝な面持ちで恐る恐る御伺ひを立てる。
「時に、史書は如何にと。舊辭の編纂は如何にと。」
朝の譫言に不意を打たれた鸕野讚良は、「ふひと」と云ふ胡亂な響きに戰き、
「未だ道半ばにしてと申せ。」
「聢と。」
肚の底を探られた怖氣を足蹴に其の場を立つた。今更、彼の死に損なひに何を臆する事が有らう。蘇我の宗家を討ち滅ぼして母を物狂ひにした父に養はれ、其の仇を討つ男の許に輿入れした巡り合はせに、親も勿ければ夫も勿い。己の腹を痛めた我が兒の他に、何の身の内が有る物か。竺志で存らうと山門で存らうと、人の情けを知らぬ殿上人達に手心なぞ無用。譬へ來卋を迎へても、拭へぬ讎ひを受けるが良い。煮え滾る遺恨を臨終の餞に殘して、鸕野讚良が舘に戾ると、道代は入れ違ひで不比等の歸つた旨を報せ、其の言傳は敢へて伏せた。
體良く追ひ拂つた事を噯氣にも出さずに畏まる、命婦頭の强かさと奧床しさ。不比等に纏はり附かれ、かと云つて無下にも出來ぬ、背反、相渦卷く寄す處に、押し流される御妃を慮り、道代は恆に曲者の先手を取つて、拔け目の勿い僭越を無言で窘めた。彼の男の烱烱とした威妖な風貌。心の隙閒に忍び入る物腰と方便。然して、情理で割り切れぬ其の奇想。
「御妃は火の鳥を御所望との事。」
なぞと、子を念ふ親の心を平然と惑はして睨み付け、微動だにせぬ彼の膽力は如何にして養はれたのか。人の弱みに火を點けて邪氣を炙り出し、祕めた力を喚び覺ます魔性の巧み。不比等を舘に迎へる度に彌增す、其の身に纏つた怪異と神祕に惹き込まれていくのを道代は不認不得、況して、琴の緖の拗れた、情趣の危ふい御妃は迷信咒物の虜。彼の男の甘言勿くして殿上の優姿を支へ切れぬのも亦、獨つの眞な事。不比等とは一體、何者なのか。榮耀榮華と懸想に我を忘れた俗物と、星の數程相對する宮仕への身に在つて、全く底の知れぬ異物の中の傑物。
立ち寄らむ 木のもともなき 藤の身は
ときはながらに 秋ぞかなしき
と去り際に置き捨てる不比等に、
藤の花 色のあさくも 見ゆるかな
うつろひにける なごりなるべし
と差し戾すのも口惜しく、
「氣の早い事。」
と失笑に畱め、下手に返して足許を掬はれぬやう自戒する道代の意氣地。其の裏に囘はつて渡り合ふ賢母の心遣ひを、鸕野讚良は安堵とも失意とも取れぬ吐息で濁し、そそくさと奧へ下がつた。向かふは此處でも帛の一畵。瘴氣を帶びた暖簾から暖簾へと、愛憎の褥を行き交ふ遣る瀨勿さ。
「朝は。」
と宿痾に臥してをき乍ら父の快方を望む健氣な草壁王子に、彼の死に後れより先に息が上がつて如何する、己の養生に努めよと嗾ける譯にも行かず、不憫な嫡男に淚を堪へ、神佛の加護を賴るより他に術が勿い。產褥を物ともせぬ阿閇王女に、晚雪を厭はぬ梅花の如く咲き誇る氷髙内親王と、何故、女許りが息災に惠まれ、若宮の命脈は斯くも拙いのか。此れも前卋の罪科と云ふのなら、己の一身で贖ふ物を。喘いで勿ければ衾を掛けた倒木に等しい我が兒を、坐して猶、見下ろしてゐる事すら恨めしい。千載一遇の天機を前にして、決起する處か、寢返り獨つ儘爲らぬ無念。然なぎだに、人竝みの果報を望む事すら叶はぬ身で存り乍ら、求めて止まぬ登極の裏口に鸕野讚良は切齒扼腕する許り。淸雅な日日では飽き足らぬ、今生の冥利の頂に鳥憑かれた母の妄執。其の大願が行き著く處で在る筈の、遙かなる禁裡の夜殿で、雲上から突き落とされた天子が獨り。跡切れ勝ちな夢路を搖蕩ふ薩夜蔴は、薬師の施術と問ひ掛けに應へる氣力も勿く、取り畱めの勿い隨想に身を委ね、悄然と最期の刻を迎へてゐた。
死とは畢竟、里山に敷き詰められた枯れ葉の獨片。數有る煩惱の獨つにして、息の有る内は手を觸れる事すら敵はぬ異相の觀念。見た事すら勿い物を恐れる心の迷ひが垣間見る幻の產物に、神も佛も火の鳥も勿い。神代に遡る天孫も、海表の凱傳も、倭氏阿每氏と承け繼いだ王道も、日出る扶桑の雅、倭國も、卷子で積み上げた往にし方の史も、總ては勿き事を理を以て有りげに宣ふ空論。吹けば飛ぶ胡蝶の鱗粉に如かずして、倭國から東國を股に掛ける大勤行も蛙の夜鳴きに紛れて遠退いていく。失意の天王が、身朽ち果てて、漸く辿り著いた永永無窮の安寧。禪讓の勑も御遺誡も勿く、常色の山幸彥は、復興、未だ半ばにも至らぬ竺志の京で、徐かに波亂の曆數を綴ぢた。
丁亥、
勑之ひて、佰官人達を川原寺に遣りて燃燈供養爲す。仍りて、大齋之ひて、悔過す也。
丙申、
法忍僧、義照僧に、老を養はむが爲に各封卅戶をたまふ。
七月乙未、己亥朔庚子、
是の日、僧正僧都等、宮中に參赴きて悔過す。
辛丑、
諸の國に詔したまひて大解除せしめたまふ。
壬寅、
天下之調を半ば減せ、仍りて悉に傜伇を免せ。
癸卯、
紀伊の國に居す國懸神、飛鳥の四はしらの社、住吉の大神に幣を奉る。
丙午、
一百の僧に請ひて金光明經を宮中で讀ましめたまふ。
癸丑、
勑のりたまひて曰く、
天下之事、大き小きを不問て、悉に皇后及びに皇太子に啓せ。是の日、大きに赦之ふ。
丁巳、
詔のりたまひて曰く、
天下の百姓の貧乏に由りて、稻及びに貨財を貸へてある者は、乙酉の年十二月の卅日より以前は、公私を不問て皆免原せ。
戊午、
元を改めて朱鳥元年と曰ふ。
朱鳥、此れを阿詞美苔利と云ふ。
丙寅、
淨き行者七十人を選りて以ちて出家せしむ。乃ち、宮中の御窟の院に設齋す。是の月、諸の王臣等、天皇が爲に觀音の像を造りまつりて、則ち觀卋音經を大官大寺におきて說かしむ。
祖神の御導きに因り、扶桑の天子は髙御座の更なる高みへと旅立たれ、薩夜蔴の大法要に天下は明け暮れた。淚雨の梅霖は何時しか蟬時雨と爲つて降り注ぎ、東國の大伽藍も亦、内陣外陣、耳を聾する千僧讀經の大御聲。其の天孫の菩提を弔ふ、引きも切らさぬ念佛に背を向け、髙市皇子は朝の臨終に備へ、禁裡の裏方に身を潛めた。竺志の天王亡き後の、空位に色めく政を如何に執り成す可きか。朝の玉の緖が途絕えぬ内に道筋を附けねば凶ひの元。手付かずの儘、大地震の瓦礫と倶に山積みの無理難儀。薩夜蔴の壹粒胤を踐祚するにしても德が足らず、參種の神璽を携へて歸京させるにしても、太宰の府は未だ假の住まひ。御占卜に從ひ、熱田の社に遷座した草薙の劍も、其の祟りは解けたのやら、解けぬのやら。斯うなると、片翼の捥げた天子で貳國を統べるのは至難の業。髙市皇子が竺志に上洛し、山門は山門、猿山は山猿に任せる可きか。然れど、大津王子では其の荷は重く、旣に謀叛の影が幾重にも閃いて、何れが敵やら味方やら。況して、白鳳の大禍に疲弊した百姓を濟ふ德政令で、貸し倒れとなる王族氏族が溫和しく煮え湯を呑む譯が勿い。其れを御稜威で通すのが天下の差配。土著の豪族に債務を被せて其の力を削ぎ、抑へ込む。天王の大喪、此の節目を逃して赦免の大鉈を揮ふ好機勿し。未だ息の有る大海帝に決裁を促し、其の譫言に耳を傾ける髙市皇子。虛ろな物云ひを言質とした後の責めを負ふのは止むを得ぬ。總ては竺志の復興と蕃屛の統制、其の兩立を果たすが故の鬼手佛心。此以後、朝は山門の者を夜殿に寄せ附けず、今際の際の浮はの空で、常色の山幸彥の大往生を知つた海幸彥は、薩夜蔴の薩を取つて百柱の菩薩像を宮内に奉安し、明日香の太子と讚へられた俤を忍び、年號を朱鳥に改めよ幽かに宣ひ、天下に布されると、倭國の護り神に導かれ、霏霺く鳳尾の後を追つた。
八月丙辰、己巳朔、
天皇の爲に、八十の僧を度せしむ。
庚午、
僧尼幷て一百を度せしむ。因りて以ちて、百はしらの菩薩を宮中に坐ゑしめて、觀卋音經二百卷を讀ましむ。
丁丑、
天皇の體不豫が爲に、神祇に禱りまつる。
九月丁酉、戊戌朔辛丑、
親王より以下諸臣まで逮に、悉に川原寺に集りて、天皇が病の爲に誓願ふ。
丙午、
天皇が病遂に不差たまはず。正宮に崩したまふ。
戊申、
始めて哭を發りて、則ち南庭に殯の宮を起たす。
辛酉、
南庭に殯しまつりて、卽ち哀を發こしまつる。當に是の時に、大津王子、皇太子に謀叛。
やすみしし 我ご大君の 夕されば 見したまふらし 明け來れば 問ひたまはし 神嶽の 山の黃葉を 今日もかも 問ひたまはし 明日もかも 見したまはまし その山を 振り放け見つつ 夕されば あやに悲しび 明け來れば うらさび暮らし 荒栲の 衣の袖は 干る時もなし
燃ゆる火も 取りて包みて 袋には
入ると言はず 八面智男雲
北山に たなびく雲の 靑雲の
星離れ行き 月を離れて
介添へに抱へられて殯の宮に臺臨した草壁王子は、今生の仗と盾で存つた朝の御遺形に泣き崩れ、忠臣縣犬養宿禰大伴が誄で奉つた竺志の諡、|天渟中原瀛眞人天皇《あめのぬなかはらおきのまひとのすめらみこと》を、遊部の名家、柿本朝臣人丸が嚴かに獻る一卋一代の挽歌を搔き消し、喪主の髙市皇子を差し措いて、位階を辨へず柩に縋る醜態に、參列者は眼を疑つた。初めて執り行はれる發哀の禮とは云へ、身も卋も勿い其の慟哭。朝の寵しみに與る處か、母子共に疏んじられた境涯で存り乍ら、人目を憚らぬ前後不覺の憐慕の激情に、控へてゐた哭女は役目を奪はれ、常色の海幸彥と山幸彥、薩夜蔴と大海人の貳君に仕へた譽れに報ひる可く、稀代の歌聖が身も心も齋んで臨んだ、竺志の正統な魂振りに泥を塗り、蕃屛の弔使ですら喪屋の外に座を外して呆れる始末。蟲の息で驅け附けた草壁王子の事故、周りは寬大に恕してはゐる物の、恰も、遺族の慰めと勵ましを一身に輯める企みの樣で見苦しく、髙市皇子も其の虛けの所業に、本人が評判を落とす丈けと人丸を勞ひ、、目抉らを立てる事も勿く受け流した。今は、己の足で舘に歸れぬ粗忽者を相手にしてゐる場合では勿い。旣に、殯を勤める其の裏で、朝を偲ぶより跫音を忍ぶ、良からぬ動きの彼是。雙つの面を使ひ別ける小賢しい有象無象の謀と比べれば、草壁王子の空泣きなぞ他愛の勿い俳優。見え透いた同情で政が纏まるのなら、外征を忌避した淡海帝も水底に眠る事は勿かつたらうに。竺志の日嗣で存る髙市皇子は庶子の戲事から眼路を切り、參列者の不穩な氣振り、素振りを見逃すまいと、餘念を廢し哨戒に徹した。素服に身を窶して肅肅と聯なる、恭しく取り澄ました禮法と格式。獨り獨りの眼の色を探る詮議の堵列。其の末尾で、
虵と犬と相交めり。
俄ありて倶に死せり。
と諷刺を苦遊らせる、男在りけり。
「居らぬと爲ると、誰しも惜しい人に見えてくる物よ。
兩頭倶截斷 兩頭 倶に截斷し
一劍倚天寒 一劍 天に倚つて寒し
時の裁きに屈した其の無念。史に名を刻まれるのも果報か將亦、國辱か。失政と大禍で行き倒れた下下の者と、彼の卋で答へ合はせをしてをる頃で在らう。」
不比等は舌の上で轉ぶ毒白を呑み下すと、神妙な假の面を被り直して威儀を正し、其れ其れの思惑が絡み合ふ位階の序列に足竝みを揃へた。
竺志の天子と山門の朝、雙つの空位を如何に執り計らふ可きか。兄弟統治の兩翼を一度に失ひ、貳柱の遺志を獨りで背負ふ髙市皇子は搖れてゐた。荒廢した竺志の磐石を期す爲に自ら上洛し、陣頭を率ゐて指揮に當たるのは望む處。阿每氏の本貫こそ己の本分。山門の王位を讓る事に吝かでは勿い。然れど、東國の飛鳥で眼を光らせてゐ勿ければ、山猿を再び野に放す事と爲り、薩夜蔴の壹粒胤を太宰の府に坐ゑたとしても、鳳輦の頂を餝るのが雛鳥では壓し折られるのが眼に見えてゐる。
「何處かもせぬ。」
と獨り言ち、倭國再興の爲に下向したは良い物の、知らぬ閒に竺志と山門の狹閒で身動きの取れぬ髙市皇子。其處に、此の國の大事を迎へて吉野の會盟を今一度、血束す可しとの申し入れ。
「亦、此の者達か。」
主勿き禁裡に輯ひ、畏まる面面に、佩刀を預けず參内した主賓は、宿痾に臥せる草壁王子を除いた白白しい庶子郞黨を睥睨し、一瞥で鸕野讚良と大津王子の共謀を見拔くと、鞘で床を獨突きし、轟く殿中に腰を下ろした。蚊虻の寄せ集めが何を企むのか。御手竝み拜見と許りに、結跏趺坐に構へた日嗣の太子。其の御前に有志より選ばれた大津王子が徐に進み出る。
「此の度の、竺志と山門の朝が衾褥を竝べ、薨りした奇禍に、吾等、蕃屛の臣下は恐れ慄き、百姓の心は紊れてをります。僭越乍ら、度重なる大禍も、詰まる處、天の戒めでは在りますまいか。此處は一先づ髙御座に御玉を据ゑず、今は亡き先帝の後宮を稱てて、暫く樣子を見ては如何かと。」
「御靈の憑り代に後宮を据ゑ、此の儘、寳祚を空けて爲政せと。」
「其の甲乙の伺ひを立てる可く、占卜の設へも整へてをります。」
「太占か。」
「難波の大藏省より飛び發たれた三つ叉の雀が赤烏と成つて舞ひ戾つてをります。此ぞ明日香の太子の生まれ變はり。靈鳥は倭國の護り神。其の占鳴は一聽に價するかと。」
「鳥に伺ひを立てろと。」
「然樣に。」
何もかも織り込み濟みと云ふ手際の良さに、日頃から此れ位、勤めに勵めば良い物をと髙市皇子は呆れ、
天紙風筆畵雲鶴 天紙風筆 雲鶴を畵き
山機霜矜織葉錦 山機霜矜 を葉錦織る
赤雀含書時不至 赤雀書を含むも時不至
潛龍勿用未安寢 潛龍用ゐらるる勿く安寢せず
何時ぞやの小癪な詩歌が頭を過る。大津王子が裏方に向かつて兩手を二度拍つと、竹籠を頭上に掲げて面を伏し、腰を屈めて恭しく禹步を擦り乍ら不比等が現れた。籠の中には嘴の先から尾羽まで緋く塗られて、羽根が固まつた儘、飛べずに戶惑ふ鴉が一羽、逃げ場を求めて跳ねてゐる。斯樣な子供騙しに腰を浮かせて感嘆の聲を上げる一同。打ち合はせ通りに奉られた瑞鳥に、異議を挾む者は獨りも居勿い。其の陶然とした漣を突いて、不意に鸕野讚良が奇聲を發し、泡を吹いて卒倒した。切り落とされた蜥蜴の尻尾の如く垈打ち囘はる物狂ひ。塲は騷然と爲り、正氣を失つた太妃を取り押さえる事も出來ずに親王達は周章狼狽し、白眼を剝いて聲色の裏返つた尸童の口を介して、悍ましい未知の化生が木靈した。
「爾等ハ此ノ民ノ血ニ塗レタ吾ガ身ヲ何ト心得ル。海表ノ故地ニ感ケ、佛ノ敎化ニ現ヲ拔カシ、天神地祇ヲ疏カニシタ讎ヒヲ思ヒ知ルガ良イ。」
殿上を搖るがす雄威火に皆、車座で平伏し、悔過、鎭魂を拜み倒す先帝の庶子達。鸕野讚良の神掛かりは絕頂に達し、胸と蔭を開けて仰け反り、引き攣り、洟唾を散らして、髷の解けた埀髮を振り亂す。不比等は女王の悶絕を盜み見乍ら、幼き日に浮はの空で聞いた祖父の繰り言を反芻した。
皇后、吉日を選びて齋宮に入りて、親ら神主と爲りたまふ。則ち武内宿禰に命して琴撫か令む。中臣烏賊津の使主を喚して、審神者と爲す。
息長帶比賣の御宇に神の託宣の眞意を賜る役を勤め、三韓討征を決意させた古道の舊家、中臣氏。其の云ひ傳へが何處まで信に足る物か、總ては己の腕次第。不比等は此處を先途と女王の憑き物に御伺ひを立て樣と腰を浮かせた。處が、這ひ蹲つた繼兄弟の尻と尻、雌猿の發情から一步引いた處で、髙市王子が通り一遍の夜郞自大な口寄せを醒め醒めと眺めてゐる。
儒佛の行き渡つた今の卋に妃巫女とは恐れ入るしか勿い。其れも息長帶比賣の猿眞似。藝が細かいのは結構だが、揃ひも揃つて絞つた淺智惠が此の亂癡氣騷ぎとは。太妃も立場を顧みず一肌脫いだ後始末を、何う付ける心算なのか。會盟の塲に聯座出來ぬ薄弱な息子の分も體を張る、其の痛ましい姿には心を打たれるが、流石に度が過ぎる。女の物狂ひが男への甘えで在る樣に、巫女の物狂ひは神に甘えてゐる驗。巫女とは果たして仙女か賤女か。神の御言が大王に下されず、女王に託されるのは何故か。大王の寳祚より、女王がより神に近い御位で在る事は往にし方からの習ひ。にも拘はらず、大王の如く血統で總ての天孫と繫がつてゐ勿い女王は、自らを天照神や息長帶比賣の偉大な女王と重ね合はせて、猶ほ一層、神に近附かうとする。其れが髙じて神の聲を僭稱し、卻つて祟られるのが落ちだとも知らず、擧げ句の果てに此の爲體。然りとて其れは、天孫を號る倭王とて同じ事。髙市皇子は此の塲に皇后、尼子娘を招かずに臨んだ、己の卓見を襃めた。斯樣な醜態に卷き込まれるのは己獨りで足りてゐる。皇位を讓らぬ爲の時閒稼ぎに付き合つてゐる暇は勿い。髙市は佩刀に手を掛けると、籠の外から丹塗りの瑞鳥を一突きで串刺しにし、嘴を切り裂く斷末魔で我に返つた鸕野讚良に一喝した。
「父君が素服で政を稱され後の顚末を御忘れか。墓も勿く淡海の底をさ迷ひたければ、何時でも力に爲りませう。」
存られも勿い姿で喘ぎ乍ら、日嗣の太子を見上げて、片言の辯解すら口に出來ぬ步き巫女。平伏した庶子達も面を上げられず、此の塲から逃げださうにも、背を向けた途端に斬り拂はれるのは必定。全く此の漢は物が違ふ。事此處に至つて歷歷と思ひ知らされた其の豪腕と豪膽。
「竺志の天王が韓の地から生きて還つて來られたのも、火の鳥の生き血を啜つてゐたからと申すなら、御後嗣も此の血を御賞味なされば良からう。」
鸕野讚良を睨み付けた儘、丹つ恥の上塗りと爲つた鴉の鮮血を顎で指し、血がれた兇刃を拭はず鞘に戢めると、髙市皇子は足許に轉がり顫へてゐる不比等を、
「去ね。」
と蹴散らして、其の塲を後にした。
愚にも附かぬ天宇受賣の裸踊り。氷髙内親王を朝に輿入れし外戚の利を摑めば良い物を、態々床に伏せた儘で望みの勿い鷄殼に皇位を託す太妃は、何に血迷つてゐるのやら。此れも親の欲目の爲せる業。だからこそ組み易しと云ふ事か。飛んだ御眼汚しの入れ智惠をしたのが何處の誰なのか、檢める迠も勿く、自づから尻尾を出す事に爲らう。髙市皇子は殿下の階で事の成り行きを見護つてゐた柿本朝臣人丸に氣が付くと、遊部として先帝の殯の設へに追はれた勞ひの爲、吉野の巡啓に帶同させてゐた腹心に、
「脂が乘るまで泳がせて措け。」
と云ひ殘し、敢へて寳祚を極めず空位に畱めた。國の大事を與る政は、一時の權宜に流されては不成。然り乍ら、彼の手の輩は安い撒き餌程、喰ひ附きが良いのも復た必定。己の手を汚す迠も勿いと、季節外れの夏の虫を誘ひ出す、主勿き髙御座に篝火を點し、此れから始まる亂癡氣騷ぎの本番に、日嗣の太子は心を凝らした。
狀貌魁悟、器宇峻遠。幼くして學を好み、博覽にして能く文を屬る。壯に及び武を愛し、多力にして能く劍を擊つ。性頗る放蕩にして、法度に拘はらず。節を下して士を禮ひ、是れに由りて人多く付託す。
と讚へられた大津王子。其れは髙市皇子の拔きん出た天稟に張り合ふ爲の、嵩上げされた方便に如かず。淡海帝の外征の忌避に與した大田王女の嫡男で在るにも拘はらず、大海帝が其の因緣を厭はず重用し、群臣から慕はれたのも、髙市皇子の有り餘る膂力を牽制するが故。若くして蕃屛の軍を束ね、死線を越えた日嗣の太子は全くの別格。其の影を蹈む事すら覺束ぬ庶子ならば、早早に己の分を辨へる可きで在つた。其れを、
太子の骨法は是れ人臣の相ならず。此れ久しく下位を以てすれば、恐らくは身を全うせず。
となぞ新羅僧の行心に持ち上げられて眞に受ける人の良さ。本人に何れ程、其の氣が有つた物やら。兵達が乘り込んで來た時には既に、譯語田の舘は幾重にも取り圍まれ、大津王子の天命は虫籠の中に在つた。
十月戊戌、戊辰朔己巳
王子大津の謀反發覺りて、王子大津を逮捕め、幷せて王子大津の爲に所詿誤たる、直廣肆八口朝臣音橿、小山下壹伎連博德、與、大舍人中臣朝臣臣蔴呂、巨勢朝臣多益須、新羅の沙門行心、帳内礪杵道作等、卅餘人を捕ふ。
莫逆の廉で、瞬く閒に取り押さえられた大津王子と其の臣下。決起に先立ち、伊勢の齋王を勤める姉大來王女の元に王子が訪ひ、今生の別れを吿げたのが何よりの驗と、總ては鸕野讚良の鶴の一聲に端を發し、河嶋王子の密吿と云ふのも後追ひで、取つて付けた物で在らう。命を狙はれた當の日嗣の太子を差し措いて兵を率ゐた、越俎の罪をも顧みぬ强權。其の詮議に反駁の餘地は勿く、中でも大津王子に至つては舘に監禁された儘、辨明の塲すら設けられず、極刑を俟つ許り。此のあれよあれよと云ふ閒の誅罰に疑義を唱へる者は勿く、吉野の會盟に名を聯ねた親王達も靜觀を貫き、暗殺の當事者で在る筈の髙市皇子ですら、
「好きに遣らせて措け。」
の一言で濟ませた。鯔の詰まり、謀の眞僞なぞ藪の中。大津王子の濡れ衣を態々晴らす義理も勿い。草壁王子が先に斃る事すら待ち切れぬ、性根が乞食の若宮に何の御零れが有ると云ふのか。己の腹を痛めた兒の爲なら、亡き姉の忘れ形見なぞ知つた事では勿い鸕野讚良と手を組んだのが運の盡き。譬へ有らぬ疑ひでも、力で其の非を糺し、撥ね除ける事が敵はぬのなら、押し流される丈けの事。他人の引いた貧乏籤を案ずるよりも、今は此の大捕り物を裏で絲引く、獨片の影を見定める事が先決。髙市皇子は先帝の後ろ盾を失つた鸕野讚良が、藤原鎌足の嫡男、不比等の舘に宮を遷し、其の庇護の元に在る事を摑むと、水底に沈めた淡海帝と策士鎌足が黃泉復り、卋を越えて鸕野讚良と不比等を組ませた因力に、思はず感服の念を抱いた。草壁王子の暮らす岡宮も、淡海帝と鎌足が入鹿暗殺の謀議を重ねた多武峰の中腹で、明日香の鄕から急な上り坂の先で隱棲し、療養してゐる緣も淺からぬ物が在り、此れも繰り返す星の巡りと云ふ事か。粗附いた苦笑を甘嚙みにして、髙みの見物を決め込む髙市皇子の前で、口裏を合はせる樣に大津王子の臣下は主君の輕擧を認め、申し開きをする事も勿く、各各の罪科の輕重が振り分けられていく。
其れに引き換へ、登つた覺えも勿い梯子を外された叛徒の頭梁は、散り際にこそ最期の華を潔く咲かせる可き物を、唯只管、舘を取り圍む兵達に無實を訴へ、命乞ひをし、晚節を聾した。不比等の寢囘しで寢返り、溫和しく配流の途に就く者達の、哥枕でも見て參るかの如き裝ひを見たらば、死罪の王子は何と申した事やら。中でも、莫逆の契りを交はして措き乍ら、變を吿いだと云はれる河嶋王子に咎めも勿ければ、大津王子の潔白に聲を上げる素振りすら勿く、將に朋友の才情薄し。山齋の宴で披露した時の詩歌、
塵外年光滿 塵外 年光滿ち
林閒物候明 林閒 物候明らかなり
風月澄遊席 風月 遊席に澄み
松桂期交情 松桂 交情を期す
も恨めしく、白白と夜が明けた、翌る、
庚午、
王子大津を賜死せしむこと譯語田の舍に於けり。時に年二十四。妃王女山邊、髮を被して徒跣で、奔り赴き殉る。見る者皆歔欷く。王子大津は、天渟中原瀛眞人天皇の第三子也。容止牆く岸くして、音辭俊朗なり。天命開別尊が爲に所愛。長に及びて辨、才學有り。尤も文筆を愛み、詩賦の興、大津自り始まれり。
有無を云はさぬ裁きが下り、日を跨ぐ事勿かれとの達しに、燃え盛る晚照の渚。氣の觸れた山邊王女を宥める事すら叶はず、舘の庭に引き擦り出された大津王子に許されたのは、唯、臨終の一絕のみ。
金烏臨西舍 金烏西舍に臨み
皷聲催短命 皷聲短命を催す
泉路無賓主 泉路賓主無く
此夕誰家向 此の夕誰が家に向ふ
ももづたふ 磐餘の池に 鳴く鴨を
今日のみ見てや 雲隱りなむ
皇位の行方を占鳴に問ふた大津王子が最期に聞いた鴨の餞。倭國の護り神から見放された男を、詩賦の興と讚へた處で、被つた汚名の足しにも爲らず、壹粒胤の粟津王を殘して山邊王女も其の後を追つた。果たせるかな、大友王子の模造品で終はつた、狀貌魁悟、器宇峻遠の英才。其の、髙市皇子が敢へて身を引き、空位を裝つた髙御座に誘き寄せられ、思ひ通りに事が運んだと勘違ひする目出度さよ。日嗣の太子の手を煩はせる事も勿く、策を弄した者同士の潰し合ひで、目障りな庶子が復た獨り、體良く片付いた。親王として持て囃された丈けの一生に如何なる意味が有つたのか。季節外れの夏の虫は秋の夜長に短い夢を見た。
大津王子の陷落は覿面で在つた。不比等の暗躍は程勿く、朝堂の裏方を徐かに賑はす事と爲る。鎌足から不比等に承け繼がれた、密吿と蔭謀に因る恐怖の系譜。其の黃泉復つた亡靈に新たな命が吹き込まれる。
朱鳥四年己丑、二月丁卯、甲申朔己酉、
淨廣肆竹田王、直廣肆土師宿禰根麿、大宅朝臣麿、藤原朝臣史、務大肆當蔴眞人櫻井と、穗積朝臣山守、中臣朝臣臣麿、巨勢朝臣多益須、大三輪朝臣安麿與を以ちて判事と爲たまふ。
不比等、御歲三十一にして判事に任ぜられ、直廣肆、從五位下を敍かつた。律令を司る立場から、不文律の慣習で治めて來た公序良俗を、法の文に據つて明らかにし、齊へ、改め、其の手に束ねて、服はぬ者は平らげる要職。空位の髙御座に後宮を稱てた事が仇と爲る、鸕野讚良の肝煎りで果たした成り上がり。然も共に任官された中臣朝臣臣麿と巨勢朝臣多益須の顔觸れは、昇敍を出し拔かれた者丈けで勿く、上位に構へる公卿方でさへ眉を顰めた。謀反の疑ひで大津王子と聯座して捕まつた雙りの敍位は、取りも直さず主君を唆した其の謝禮。今更、答へ合はせが出來た處で、王子の潔白が浮かばれる物でも勿く、只、隱れてゐた物が日の目を見、刑部省が不屆き者に乘つ取られた事を意味した。律令の行使は法の番人の手心で如何樣にも捻じ曲げられる。元來、武藝が肌に合はぬ本の蟲は、筆を矛に、木簡を盾にして、敵對する者達を法の網に追ひ込み、腹心の暴力は誅鋤の理有りとして無罪の山を築き、大義の御旗を振り翳した。此に由り、王族で存つても臣籍降下や得度を申し出、日嗣の祚を固辭する者が續出し、中には罪を背負はされ排斥される位ならばと、酒を呷り虛けの振りをする者まで現れる事と爲る。最早、相謁ゆるに足るのは髙市皇子のみ。更に竺志の布した律令は、位階と引き換へに本領を召し上げ、東國からの出稼ぎで地盤の勿かつた藤原氏に、豪族と肩を竝べる翼を與へた。父、鎌足をも超える、護る盾の勿い寳劍を手に入れ、
「淡海帝に傅く丈けで終はつた父は生溫い。」
と己に云ひ聞かせ、誰に憚る事勿く豪語する不比等。其の裏で、大津の謀殺が公の物と爲り、後戾りの出來勿くなつた鸕野讚良は、葛藤の咒縛に身も心も操られていく。
㠀の離宮に駿馬を飛ばし、突如として現れた髙市皇子に明日香の鄕は響めいた。草壁王子の重篤。見舞ひと云ふ倚り、其の死に樣を拜みに參つたと、日嗣の顏には書いて有る。大津王子亡き後、其れ其れの宮で謹しむ河嶋王子を始めとする山門の庶子達。後は草壁王子が薨りすれば吉野の會盟は棚上げと爲る。不歸の褥で喘ぐ痩せ衰えた鷄殼を見下ろし、其の嘴の樣に尖つた鼻を見て死期の近い事を確かめると、鸕野讚良の顏を立てるのも此處迄と許りに、
「政を疏かに爲さいませぬ樣。」
と當て附けに忠言し、瘴氣漂ふ暖簾に背を向けた髙市皇子。踵を返した其の先で不比等が恭しく額突いてゐる。早速現れた當代の曲者。此奴が只の取り卷きでは勿い事は承知の沙汰。寧ろ氣懸かりなのは、其の後ろに控へてゐる命婦頭の道代の押し殺した挺身。冷やかしに來た積もりが、此の雙つの異才が揃ふ奇遇に、髙市皇子は三卋を超えた底知れぬ緣を覺え、身構へた。
「殿下の御成りを存じ上げてをりましたなら、相應の御持て成しを齊へました物を。」
當たり障りの勿い禮節で切り出す不比等を相手に、肚の探り合ひをする心算なぞ毛頭勿い。五分に渡り合へると見縊られたら最後、此の手の鼠賊は何處迄も喰らひ附いてくる。手加減は無用。
「昇御近しき柩の王子に墓の穴まで仕へる積もりか。其程、墓守が爲度ければ小屋の獨つも建てて遣らうぞ。」
暖簾の中で介抱する鸕野讚良にも聞こえる樣に吼え立てると、面の皮の厚い不比等も流石に返す言葉が勿い。此の男の企みは何處か情理を超えてゐる。故に少しは骨の有る奴かと思つたが、買ひ被り過ぎた。裏で小細工をする丈けで面と向かつては何も出來ぬとは。鼠は穴に伏れて生き、穴を失ひて死ぬ。大友王子と云ひ、大津王子と云ひ、濟ひ樣が勿い。帛越しに埀乳根の嗚咽が聞こえて來る。其の眼に見えぬ悶絕が更に嗜虐の興を唆り、髙市皇子は悅に入つて捲し立てた。
「竺志の血と山門の血は水と油。草壁王子の忘れ形見と爲る珂瑠王子も亦、床に臥せる許りの、息災とは程遠い幼弱な五體に生まれ落ちて、此の先に如何な望みが有ると云ふのか。髙御座を空けて踐祚の叶ふ日を俟ちたければ、氣の濟むまで俟てば良からう。其の閒に日嗣の柩が獨つから雙つに增える迠の事。氷髙内親王を輿入れすると云ふのなら、話し丈けは聞いて遣らう。」
餘りの云ひ種に、帛を卷き上げて飛び出し、鬼の形相で髙市皇子に襲ひ掛かる鸕野讚良。其れを閒一髮の處で道代が取り抑へると、山門の太母は此の卋の終はりの如く絕叫した。
「火の鳥を何處に隱した。」
「永遠の命を御所望か。何時ぞやの緋い鴉の生き血は如何なされた。」
「竺志から送られて來る火の鳥を何故に隱す。」
「御疑ひと在らば、某の舘を探せば良からう。其の死に馬が生き延び、天下の頂に立つた處で何を成す。己の身獨つ儘爲らぬ者に、國の大事が勤まる物か。」
皇位の如何を占鳴に委ねた時の猿眞似とは物が違ふ、本物に鳥憑かれた死に物狂ひの鸕野讚良を、必死で抑へ引き畱める道代の姿に、此の期に及んで未だ平伏して面を上げぬ不比等と見較べ、矢張り此の女は物が違ふ、初見で手込めに爲可きだつたと、獨礫の悔悟を置き土產に立ち去る髙市皇子。其の背中に、鸕野讚良の斷末魔が木靈した。
「火の鳥は何處、火の鳥は何處。」
夏四月己巳、癸未朔乙未、
草壁王子尊、薨。
「もう、氣が濟んだで在らう。」
昼夜を舍かぬ介抱で削り取られた襟足に髙市皇子が聲を掛けても、吾が兒まで喰らひ盡くした鬼子母の如く逆情した鸕野讚良の耳には遐く及ばず、喪屋を搖るがす慟哭は、卻つて御靈の安眠を妨げ、發哀の禮を失する程に常軌を逸し、殯の宮の聖謐を徒に蹂躙した。慰める祝部の髻華に插した玉蔭の蔓を引き千切り、御遺形に覆ひ被さつた儘、離れやうとせぬ鳥亂した狂女の醜態は、參列者の不興を買ふ許り。
「柩の位が漸く叶つた嬉し泣き。」
「大に雩を祀る旱の折りに、彼丈け泣いて吳れれば、百姓も助かる物を。」
端から日嗣の目の勿かつた薄命の庶子。見返りの勿い同情を皆、出し惜しみ、遠卷きに眺めるのみ。唯獨り髙市皇子が弔儀に障ると促したのは、搖るぎ勿い王者が差し伸べた、責めてもの情けで在つた。
大津王子、草壁王子と立て續けに早逝し、生き殘つてゐる庶子も揃つて日嗣には及び腰。此れにて吉野の會盟は水泡に歸し、只、其處に居る丈けで道が啓かれ、皇位へと導かれる、髙市皇子の持つて產まれた竺志の御稜威を知らしめす事と成つた。先の大亂の立役者で蕃屛の軍を掌握し、其の富貴に竝ぶ者は勿く、文武にも血統にも秀でた竺志の日嗣。此程の器が此處まで踐祚を見送つたのも、竺志と山門の政を其の身獨つに背負ふが故の奇手。遂に巡つて來た宗主の登極に異を唱へるは、天に弓引くに不外。天孫の直系が竺志から乘り込んで來たと云ふのに、王位に一縷の望みを抱いてゐた山門の分家の方が抑も如何かしてゐる。漸く納まる物が納まる可き處に納まり、臣下の忠視を一身に浴びて際立つ、髙市皇子の龍貌。其處へ、柿本朝臣人丸が居ざり寄り、周りを憚つて耳打ちをした。
「直廣肆判事藤原朝臣不比等より内密に、親王を弔ふ長哥をとの申し出が。耳の越度と云ふ事で聞き流しはしましたが。」
「史書は疏か古哥の卷子も編まぬ御國柄で、竺志竝みに挽哥を奉れとは。良くもまあ、猛け洒洒と。何時もの猿眞似で在らう。程程に相手をして措け。」
關はる事勿かれと一蹴するかと思ひきや、勝ち馬の情けを見せた髙市皇子に一禮して退く人丸。眼の前に踐祚を控へた主君が一度口にしたならば、旣に優諚に價する。其の宸旨を叶へる爲ならば、己の身心を碎く事すら吝かでは勿いが、然りとて、猿山の爭ひに興じて命を粗末にする山門の御靈を弔ふ義理も勿い人丸には、氣紛れな溫情にしても生溫く思へた。挽歌とは先帝薩夜蔴の樣に國の爲に命を賭けて戰つた英靈にこそ相應しく、其の御魂を讚へ、鎭めるのが柿本氏の勤めで在る。代々遊部の巫祝を生業として來た名家に取つて、王家の身で存り乍ら國の大事を顧みず、國の爲に獻げる可き吾が兒の命を見誤つた儘、狂亂する鸕野讚良の姿は、下下の端勿い慰み事、其の一如に盡きた。無論、人丸とて人の兒。況んや、若くして妻と死に別れた漢と有らば、先立たれた者の傷みに鹽を揉む氣は毛頭勿い。然れど、殿上人は國を支へる宮柱。中でも日嗣に名を聯ねるとも爲れば人で存つて人で勿い。一度、天命を授かり產まれ落ちた其の身なら、譬へ死の淵を跨がうと王道と云ふ旅の行き摺り。通り縋りの野良犬が吠える度に足を止める、子供の遣ひでは務まらぬ。
靈氣の滿ちた假屋を搔き亂す、鸕野讚良の獨り善がりな母心を睨み付け、一家言を祕して迸る盡忠の義。何故に此の怯懦な東夷に、承け繼いで來た竺志の言靈を獻げねば爲らぬのか。内陸の蕃境で外交の便も惡いが故に文物に疏く、古道に固執し、土地も瘦せてゐる山門が、韓の故地の外征に背を向け、先の大地震でも痛手の少なかつた事で、何時の閒やら國の力を蓄へてゐる皮肉が口惜しく、護國邁進の果てに荒廢した太宰の府を知る人丸は、天の差配に一抹の疑懼を覺えた。
朱鳥五年庚寅、春正月戊寅、己卯朔、
物部蔴呂朝臣、大盾を樹てまつる。神祇伯中臣大嶋朝臣、天神の壽詞を讀みまつる。畢へて、忌部宿禰色夫知、神璽劍鏡を皇太子に奏上りて、皇太子、天皇位卽。公卿佰寮、羅列び匝り拜みて手拍ちまつる焉。
庚辰、
公卿佰寮、朝を拜むこと、元に會儀の如し。丹比㠀眞人と布施御主人朝臣、騰極の賀を奏す。
滿を持して昇御した髙市皇子の寳祚で年が明け、叔父、薩夜蔴の遺志を背負ふが如く、飛鳥帝と號ばれた新帝は、髙御座から右手に向き直つて西望すると、遙かなる扶桑の本貫を遙拜し、東國の天下を統ろしめした。
天武死して子、總持立つ。
後の新唐書に認められた、倭國の正統と竝び立つ皇胤の御稜威。飛鳥の朝庭で執り行ふ大嘗の節會は未だ先だと云ふのに、各各の宮の設へに思ひを馳せる佰官は、神璽と倶に引き繼がれた御卋の何と目出度い事かと、常し方の春の吉事を壽ぎ、天孫の彌榮を禱つて宴の觚を囘した。其の裏で、新しき年の初めに背を向けて、骨肉の彼岸をさ迷ふ女が獨り。
大寒の殘雪も厭はず、蔴の素服で其の身を苛み、吾が兒の生きてゐた去る歲に縋つて泣き暮れる殯の宮に、朔風が吹き荒ぶ。親族の死を受け入れる爲の假住まひの喪屋で、柩から滴る屍液と腐臭を意に介さず、黃泉復りを信じて禱り續ける鸕野讚良。伊弉冉が葦舟に乘せて流した水蛭子の樣に、母の手から擦り拔けて行つた草壁王子は今何處。此の非業の旅路は、吾が兒の登極を果たす爲、血祭りに上げた大津王子の祟りなのか。鳥憑かれた魔物に捧げた生け贄諸共、冥土の府に日嗣の太子を引き擦り込まれた自責の念に打ち倒され、正氣を保つ生き苦しさで奇行に走る、報はれぬ愛の亡者に道代は無言で付き添つてゐた。生來、心根のか細い上に、乳母の手獨つを賴りに育つた、奧の院の姬君。巷塵に塗れた事の勿い籠の鳥で、謀略の重壓と脅威に堪へ得る譯が勿い。
今年で漸く八つと成る、忘れ形見の珂瑠王子も復た息災に惠まれず、何時玉の緖が途切れても奇怪しく勿い、夭折した父の生き寫し。次の日嗣を窺ふにしても、初冠ですら後幾歳。親讓りの病身で、立太子まで持ち堪へる事すら危ふい影郞に皇位を期すのは、不治の褥に巖の衾。伸し掛かる重責に息の根は喘ぐ許り。親子で二の舞ひを踊る囘向が何處に在る。此の上更に、太妃の夜の御勤めが人目に觸れたらば、總ては潰えて終ふ。髮を振り亂して嗚咽する鸕野讚良の背を摩り乍ら、道代は此の鎖ざされた惡しき血の絆を斷ち切る綻びは勿い物かと、愛憎の闇の彼方を睨み付ける。
草壁王子が御隱れに爲られたのは、生まれ落ちた星の許に歸つた迠の事。佛の御心に觸れて現卋の罪荷を解いた果報者也と手を合はせて御見送りし、後は珂瑠王子の天壽を支へ、殘された日日を全うす可き物を、何故に天は此の幸の薄い親子を弄ぶのか。何故に一握りの心の安らぎをも赦さぬのか。太妃の物狂ひに吾が身を焦がして仕へる道代の無言の哀訴。其の言靈は何を喚び起こした物か。總ての元凶が、倭言葉の莊嚴な鈴生りと倶に、喪屋の仕切りを拂ひ除けて顯れた。
天地の 初めの時の ひさかたの 天の河原に 八佰萬 仟萬神の 神集ひ 集ひまして 神分ち 分ちし時に 天照らす 日女の命 天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穗の國を 天地の 寄り合ひの極み 知らしめす 神の命と 天雲の 八重かき別けて 神下し いませまつりし 髙照らす 日の王子は 飛ぶ鳥の 淨御原の宮に 神ながら 太敷きまして 天皇の 敷きます國と 天の原 岩戶を開き 神上がり 上がりいましぬ 我が大君 王子の命の 天の下 知らしめしせば 春花の 貴くあらむと 望月の 滿しけむと 天の下 四方の人の 大船の 思ひ賴みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか つれもなき 眞弓の岡に 宮柱 太敷きいまし みあらかを 高知りまして 朝言に 御言問はさず 日月の まねくなりぬれ そこ故に 王子の宮人 行くへ知らずも
ひさかたの 天見るごとく 仰ぎ見し
王子の御門の 荒れまく惜しも
あかねさす 日は照らせども ぬばたまの
夜渡る月の 隱らく惜しも
㠀の宮 匂りの池の 放ち鳥
人目に戀ひて 池に潛かず
人丸の書き下ろしを朗朗と奉る渾身の魂振りが殯の假屋を搖るがすと、柩に覆ひ被さり泣き崩れてゐた骨肉の亡者は魂窮まり、
「其の挽哥は若しや、人丸の。」
と絕叫して、不比等の足許に縋り付いた。主從の上下を搔毆り捨てて額突く劣情の奴碑。竺志仕込みの咒ひを引つ提げて凱哥を擧げた忠臣は、片膝を突いて鸕野讚良の手を取り、神妙な面持ちで其の窶れ果てた心に忍び込んでいく。
いたづらに 身はなしつとも 柿の枝を
手折らでさらに 歸らざらまし
「命を捨てて、かの柿の依、持ちて來たるとて、王子に詠みたてまつりたまへ。」
「不比等、賴りになるのは其方丈け。如何か、如何か珂瑠王子を、珂瑠王子を。」
我を忘れて自ら藤の軛に絡み附く鸕野讚良に、道代は袖の淚を禁じ得ず、此の藪蛇に首の根を締め落とされた癡れ者は數知れず、かと云つて、今、此の妖しい噓の咒縛が勿ければ、太妃の心を人の卋に繫ぎ止める事が敵はぬのも亦、實以て據ん處の勿しと瀨蹈みし、此處は一先づ雙りを見護るより他に術が勿い。其れにしても、直廣肆從五位下の分際で正參位に取り入るとは。然も、天雲の八重かき別けて神下しいませまつりし邇邇藝命を、草壁王子に擦り換へて髙照らす日の王子と僭稱し、天孫の天降りから後の御代を切り捨てるとは不敬の極み。朝の眼も在らうに、
「如何にして其の哥を。」
喪屋を立ち去る不比等と擦れ違ひに問ひ質す道代に、
「いと忍びて。」
と惚ける蔓草の蝮。道代は其の爲たり顏に當て附けて辛唇を裂き、藤には勿い措辞を吐き返した。
まことかと聞きて見つれば言の葉を
かざれる柿の枝にぞありける
朱鳥六年辛卯、八月丁酉、癸亥朔辛亥、
十八の氏に詔のりたまひて、其の祖等の墓記を上進らしめたまふ。
先帝の遺志を繼ぎ、大三輪、雀部、石上、藤原、石川、巨勢、膳部、春日、上毛野、大伴、紀伊、平群、羽田、阿倍、佐伯、釆女、穗積、阿雲の氏族に下された、山門の出自を詳らかにせよとの達し。倭國に其の名を聯ねる盟主として、正統な史書を上奏し、倭國の帝紀、其の外傳として卷子を聯ねる事は、飛鳥帝の統べる東國が東夷を脫する始めの一步。其の仕上がりを窺ふ男の影が史部の府に閃いた。刑部省の判事が何事の詮議に顯れたのか。と訝しむ囁きも意に介さず舘内を闊步する不比等の傍若。
「時に史書の捗は如何に。」
史生時代に机を竝べた舊知の徒を見付け呼び止めると、大陸特有の大らかさで百濟の歸化人は氣さくに呟いた。
「方方の墓記を召し上げたは良い物の、生憎と拙き覺え書き故。」
白村江の役から早三十歲。命辛辛、海を渡り、母國の曆數を見限つた他所者の庶子の編む史書に何の權しが有ると云ふのか。討ち滅ぼされた百濟の命運を認めて、後の代の再興を期さうともせず、倭國の冷や飯に甘んじる居候なぞ話しに爲らぬ。己の名を馳せる事も勿く、宮仕へに通う丈けの飼ひ馴らされた公僕に、不比等は竺志の布した律令で骨拔きにされた豪族の末路を見た。宗主の皇胤、飛鳥帝が髙御座に納まり、非の打ち處の勿いが故に諍ひも勿く、誰も彼もが惚けてをる。其れで良い。餘計な正史を擔ぎ上げる氣運も泰平呆癡の爲せる業。天孫の傳承に自家の祖神を體良く括り付けた丈けの墓記を、幾ら繫ぎ合はせたとて髙が知れてゐる。天地を拜み古道を護る事しか頭に勿かつた蠻族だからこそ、竺志の天王が說く佛の敎化を最後迠拒み、文林を避け、書生の勉めを蔑ろにして來たのだ。周の御代から貢獻し、漢の御代には硯を摺つてゐた竺志とは較べる可くも勿い。讀み書きも碌に出來ぬ山門の口傳へなぞ誰が眞に受ける。
不比等は未だ志半ばで宙に浮いた史書の空舟に、一先づ胸を撫で下ろした。山門の曆數は未だ眞つ更な卷子の中で眠つてゐる。其の舫ひの綴ぢ紐に初めて指先の觸れた氣がした。彼の化鳥に唆されて早幾歳。倭國に服ひ、苦澁を食む事を生業とする卑屈の蕃境。其の空を普く無風の歲月に平伏した儘、山は徐かに動き始めてゐた。
朱鳥七年壬辰、五月丙午、丙寅朔丁亥、
淨廣肆難波王等を遣して、藤原の宮地を鎭祭はしめたまふ。
庚寅、
使者を遣して、弊を四所の伊勢、山門、住吉、紀伊の大神に奉らしむ。吿さしむに新宮のことを以てす。
六月戊辰、甲子朔癸巳、
天皇、藤原の宮地を觀はす。
やすみしし 吾ご大王 髙照らす 日の皇子 荒栲の 藤原がうへに 食す國を 見し給はむと 都宮は 髙知らさむと 神ながら 思ほすなべに 天地も 寄りてあれこそ 石走る 淡海の國の 衣手の 田上山の 眞木さく 檜の嬬手を もののふの 八十氏河に 玉藻なす 浮かべ流せれ 其を取ると さわく御民も 家忘れ 身もたな知らず 鴨じもの 水に浮きゐて わが作る 日の御門に 知らぬ國 寄し巨勢道より わが國は 常卋にならむ 圖負へる 神しき龜も 新代と 泉の河に 持ち越せる 眞木の嬬手を 百足らず 筏に作り 泝すらむ 勤はく見れば 神ながらながし
地祇を鎭める柿本朝臣人丸の獻哥に夏草は霏霺き、名越しの祓に灌がれた飛鳥の潺ぎに、瑞穗の掘り割りが葉脈を拍ち奮はせて潤ほふ小暑の始め。實り穰かに萌え盛る山門嶋根を遙かに見渡して、飛鳥帝は新代の治卋を白かにす可く、新宮の造營に向けて舵を切つた。朱鳥元年、乙酉の年の初めに失火し、竺志の副都、難波宮から燒け出された薩夜蔴の壹粒胤、竺志の日嗣の坐す京を、新たに据ゑる國是も然る事乍ら、先帝の遺志を繼ぎ、律令に據つて東國を統べ轄る佰寮が齊へられるに從ひ、人員の補充と輯積が進み手狹と爲つた飛鳥宮。律令の成果で堅調な租が正倉を滿たし、百姓の傜伇にも餘力が生まれた刻下に於いて、建て增しが急務の政廳が嘗て勿い威容を誇る事は推して知る可し。卽ち其れは、今以て復興儘爲らぬ、太宰の府をも凌駕する條坊を築く事を意味した。山猿を律令の軛に嵌めた心算が然に非ず。磐石と成つた東國の支配が裏目に出た主從の逆轉。此れでは猶の事、山門の地を制へる手を緩める事が出來ず、かと云つて、未だ君德の及ばぬ竺志の日嗣を獨りで歸京させる譯にも行かず、政の深みに嵌まつていく飛鳥帝。榮耀榮華《えいえうえいぐわ》の一途を辿る成り上がりに急き立てられ、參種の神璽の執り計らひと倶に迫り來る決斷の刻。其の鬩ぎ合ふ相克の裂け目を擦り拔けて、一匹の鼠賊が盡忠報國に搖れる朝庭の御柱に囓り附く。
朱鳥八年癸巳、九月壬戌、丁亥朔乙未、
重陽の節句に催された奉爲の御齋會。先帝の御靈に奉られた柿本朝臣人丸の讚哥が大極殿に設へた天蓋に木靈する。
明日香の 淸御原の宮に 天の下 知らしめしし やすみしし 吾ご大王 髙照らす 日の皇子 何方に 念ほしめせか 神風の 伊勢の國は 奧津藻も 靡きし波に 潮氣の味 香れる國に 味凝り 文にともしき 髙照らす 日の御子
參列者の末席に控へ、海幸彥の雄雄しき遺德に念ひを馳せ、忠魂義膽の總てを注いだ言靈に感極まる哥聖。扶桑の社稷を立て直す、復興の志も半ばに、倭國の本貫、竺志より天離り、遙か東征の地で客死に屈した天孫の無念は如何斗りか。譬へ御遺誡を賜る事は叶はずとも、其の御心は察して餘り有り、日嗣を果たした飛鳥帝の元、盾と成り矛と成り、天地を搖るがす試練にも附き從ふ決意を、改めて固めた其の刹那。人丸の肩口に忍び寄る、位冠に紛れた鼠の門齒在り。
「折り入つて御話が。」
追孝に熱く爲つてゐた襟足から耳の裏を逆撫でされて粟立つ和毛。振り返ると其處に、素服の蔴地から下心の透けた不比等が畏まつてゐる。先帝の女御、御抱への曲者に絡み付かれて、人丸は平靜を裝ひつつ、冷ややかな虫酸を臍の奧へと押し殺した。相も變はらぬ、蛇の樣に狙ひを定めて、鼠の樣に掠め盜る、拔け拔けとした平身低頭。文林の輩と雖も侮る事勿かれ 此の男に眼を附けられて憙ぶのは、餘程の虛けか疫病神。其の附き纏はれて碌な事の勿い、藤繩の足枷で存るにも拘はらず、無闇に袖にする譯にも行かぬ己の不甲斐なさ。今や此の判事が朝堂の裏方を束ねる蔓草に化けて徐かに莚り、政道を茨の道に變へた事は衆官の一致する處と爲つてゐた。作物の收奪、賦役の慣例、租の橫領。律令の網を手繰れる身とも爲れば、誰しもが叩けば埃の出る體。其の弱みを握られ、刑部省の詮議に掛けられた官吏で、折れぬ者など見た事が勿い。事犯の尻尾が摑め勿ければ、讒言と密吿で有らぬ嫌疑を捏ち上げて引き擦り降ろす。服はぬ者達を意の儘に裁く不比等の豪腕に、冠位の優る公卿ですら緘默を貫いた。
折り入つてと申して措き乍ら、件の託けで在る事は明らか。人丸は素知らぬ顏を貫き、耳の咎として伺ふ事すら疏んじた。朝の許しが有つたとは雖も、草壁王子の挽哥を一度引き受けた事で付け込まれた己の不行き屆き。山門の庶子の魂振りに分ける言靈なぞ勿い。況んや、
天地の 初めの時の ひさかたの 天の河原に 八佰萬 仟萬神の 神集ひ 集ひまして 神分ち 分ちし時に 天照らす 日女の命 天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穗の國を 天地の 寄り合ひの極み 知らしめす 神の命と 天雲の 八重かき別けて 神下し いませまつりし
と邇邇藝命を天基の草創とする、倭國の王道を哥ひ上げた頌句を切り捨て、
髙照らす 日の王子は 飛ぶ鳥の 淨御原の宮に 神ながら 太敷きまして 天皇の 敷きます國と 天の原 岩戶を開き 神上がり 上がりいましぬ
と草壁王子を天降りの太祖に淮へ、山門の飛鳥に舞ひ降りたかの如く編み直すなぞ言語道斷。言の葉を弄ぶ事は人の心を弄ぶ事に不外ず。剩へ、皇御孫の史を怪釣るとは如何なる肚心算か。不比等の不吉な一念に屈し、不毛な挽哥を奉つたのは一生の不覺と己を責める人丸。其の哥聖の矜恃が故の、天離る夷の地で燻る哥心を、彼の奸臣は逆手に取つた。
㠀の宮 上の池なる 放ち鳥
荒びな行きそ 君いまさずとも
「眞に惜しい御方を亡くしました。離宮の水鳥も今何處。鳥は天の使ひと申します。今頃、王子の元で獻哥を哢つてゐる事で在りませう。時に、中納言は竺志の地で火の鳥を御眼になされた事は御有りか。」
唐突な不比等の問ひに人丸は思はず半身を向けて、片耳を欹てた。
「山門にも朝越えの神の鳥が在ると云ふ。」
人丸は其の夜、夢を見た。安騎野の冬獵に扈從し、死出の黃葉で敷き詰められた山尋ねの道行きを、誄詞の言の葉を辿つて導く己の姿を。恐れ畏き幽界を求めてさ迷ふ、末若き吾が大王は隱口を潛り、異鄕の竟を越えて亡き父の俤と折り重なり、地靈の栖に旅宿りして祖神を迎へ、黃泉復りし御魂に觸れた此の夜を頌へ、咒歌を奉る。人丸は神ながら成る者の成就を一心に禱つた。巫祝の血が騷ぎ、占鳴が劈く禁樹押し霏べし荒れ野。古の云ひ傳へが聞こえる。口移しに語り出す皇の雷名。燃え盛る拂曉と倶に靈鳥が飛び立ち、日の王子は其の大願を我が物とした。
やすみしし 吾ご大君 髙照らす 日の王子 神ながら 神さびせすと 太敷かす 京を置きて 隱口の 泊瀨の山は 眞木立つ 荒山道を 石が根 禁樹押し霏べ 坂鳥の 朝越えまして 玉かぎる 夕さりくれば み雪降る 阿騎の大野に 旗すすき 小竹を押し霏べ 草枕 旅宿りせす 古念ひて
阿騎の野に宿る旅人うち靡き
眠も寢らめやも古念ふに
ま草刈る荒野にはあれど黃葉の
過ぎにし君が形見とぞ來し
東の野に炎の立つ見えて
かへり見すれば月かたぶきぬ
日竝王子の命の馬竝めて
御獵立たしし時は來向ふ
眼が覺めると、哥は旣に生み落とされてゐた。病の褥に臥す許りで有りもし勿かつた草壁王子の遊獵。其の亡き父の安騎野の獵場に未だ髻も結ひ上げぬ、御歲十一の珂瑠王子が臨み、巫祝の遊部として從駕獻詠したと云ふ繪空事を、天孫に召し抱へられた名門、柿本氏の腕の見卋處と許りに、人丸は哥ひ上げてゐた。冬塲の獵に祕められた命の返り咲き。父の俤を追ひ求めて形見の地を祭場とし、珂瑠王子と草壁王子、生者と死者を重ね合はせて刻印する招魂と鎭魂の古儀。地靈に添ひ伏す一夜の宿り、天降る神話と交はり、語り明かす夜伽。不死と囘生の挽哥を奉る日嗣の鳥が、皇位に餓ゑた鸕野讚良の慾望を照らし出す。
遊部として宮仕へを始める前の、柿本とすら號つてゐ勿かつた神代の彼方から續く咒家の血に唆されて、人丸は知らぬ閒に哥を獻げ、古を念ふ魂振りに醉ひ癡れてゐた。哥哥ひで存るが故に、人波を越えて哥に感じ入り、共に鳴き交はして終ふ骨肉の性。人丸は確かに、東雲の白慕を劈く鳥の聲を聞いた。此の漢も亦、代々鳥憑かれてゐると云ふ事か。服はぬ者を押し霏べ、神ながら成る大王として珂瑠王子を擔ぎ上げる、鸕野讚良の猥らな執念に焚き付けられた最後の返歌。鸕野讚良は本物の女王だつた。女王とは女の姿を假た漢だ。冬の獵場に旅宿りする儀禮から解き放たれて蔭走る日嗣の大願。草壁王子を喚び起こして成就する、僞りの皇統の繼承受靈。譬え其れが噓でも哥ひ度い。斯樣な氣持ちは初めてで在つた。
「其れで太妃の御心が濟はれるので有らば。」
王道は理路に非ずとでも云ひ度げな、不比等の爲たり顏が眼に浮かぶ。彼の漢の意の中の蛙に墮して見上げる天の何と狹き事か。此の咒歌が思ひも寄らぬ何を喚び起こすで在らうと慄く巫祝の直感。其れは最早、人丸の才覺を遙かに超えて、神のみぞ知る井筒の空の彼方で在つた。
無事、初姬の牟漏女王を取り上げて貰ひ、貳男壹女に惠まれた道代は、生來、產褥とは無緣の身丈夫で肥立ちも頗る良く、產穢の禊ぎと祓へを終へると、鸕野讚良の舘に伺候し、出產祝ひの反物を賜つた。積年の忠孝を勞ふ其の篤志に觸れて感極まる一時。然りとて、此れで命婦頭の勤めに區切りが付いた譯では勿い。斯樣に賴られてゐればこそ長居は無用。己許りが兒寳と息災に惠まれてゐる事も心苦しく、未だ宿痾の床で起き伏しを繰り返す主君を慮り、暇明けの挨拶も早早に珂瑠王子の元へ罷らむと、腰を浮かした其の刹那、
「今暫く。」
と鸕野讚良は道代を呼び止めて奧に下がつた。其の餘所餘所しい素振りに疼く女の直感。釆女の姿も勿く靜まり返つた舘に獨り。不穩な氣配に振り返ると、
「折り入つて御話が。」
不比等が祝ひの品の心算なので在らう、錦繡を提げて立つてゐる。其の强張つた笑みで塗り固めた顴骨と、只ならぬ眼の色に道代は跳ね起き、踵を返した其の背中に不比等の熱い鼻息が覆ひ被さつた。聲を荒げても誰獨り驅け附ける者は勿く、事の次第を悟つた籠の鳥は卒然と抗ふ力を失ひ、後は唯、床の上を這ふ衣擦れの音を、强く閉じた眼裡で押し殺すより外に術は勿く、
朱鳥九年甲午、九月甲戌、壬午朔癸卯、
淨廣肆三野王を以て筑紫の太宰率を拜したまふ。
美努王が竺志太宰率として上洛するに至り、道代の降つた不比等の軍門、其の扉は難く鎖ざされた。產まれた許りの牟漏女王と、未だ美豆良も解けぬ葛木王、佐爲王の嫡男を殘して、扶桑の京へと旅立つ譯語田大王の末裔。下向してゐる山門から、一族の本貫、竺志への歸還に異存は勿い。一昔前ならば、天にも昇る榮達で在つた物が、今では廢墟の後片付けと夜盜の取り締まりに追はれる許りとは云へ、先の大亂で大友王子の援軍要請を太宰の府で門前拂ひにした、倭國復興に吝かでは勿い漢に取つて、願つても勿い里歸り。京に上がるのでは勿く、蹴落とされた等と、云はれる覺えも勿ければ、美努王に何の越度も有りはし勿い。唯、娶つた女の巡り合はせが惡かつた丈け。離緣は美努王の一族から切り出された。鸕野讚良の默認の許、不比等の手囘しで夫を剝ぎ取られた道代には、其の橫暴に再び眼を瞑るより外に打つ手が勿い。王位を爭ふ敵を血祭りに上げて伸し上がつて來た血筋に取つて、從五位下の臣下と年端も行かぬ子供に手を掛けるなぞ手慣れた物。事を荒立てて火に油を注ぐ位なら、砂を嚙んで呑み込む方が增し。
其の隱忍自重に徹した徐かな形相を盜み見て、此ぞ後宮の鑑と、不比等は更に惚れ直した。此の女は女で存つて女で勿い。父上に足り勿かつたのは、女に眼を付ける先見で在つた。淡海帝も蘇我の女を手當たり次第に漁りはしたが、力盡くで其の血緣を縛り上げた儘、飼ひ殺しに爲た丈け。女を御餝りと見縊つた者に、天下は勤まらず。彼の女の體を知つて、史の裏に女が在る事を得心した。此の底知れぬ膽力を持つ魔性の太母を抱き込まずに、天變を起こす事も耐へる事も敵ひはせぬ。朝堂に於ける女の御稜威。道代の品行が及ぼす影の力を不比等は知悉してゐた。麗しい容姿と心根を兼ね備へた、人を惹き付けて已まぬ魅力と人脈。鸕野讚良と阿閇王女から搖るがぬ信を賜る包容力。何事にも挫けぬ芯の强さを貫く天與の慈愛。其の何處迄も己を押し殺す、優し過ぎる弱みに不比等は付け込んだ。手懷ける心算は毛頭勿い。憎まれる位でなければ、此の山を衝き動かせぬ。彼の飛鳥帝ですら女の軍には敵はぬで在らう。命を宿し、穢れに塗れる女は倚り神に近く、其の能を借りずに成し遂げる事なぞ髙が知れてゐる。大亂の卋に女王は求められ擁立られる。大王の外戚と成るのは女王の能を手に入れる爲。淡海帝が竺志の外戚と成る可く、大海帝に女を輿入れし續けた父鎌足の策略が今、實を結ばうとしてゐる。淡海帝も大海帝も薩夜蔴も皆、女王の能を信じずに去つて行つた。と爲れば、其の次は、
不比等は女に圍まれる事を望んだ。息の根の細い、何時、日嗣の緖が途切れるやも知れぬ珂瑠王子を擔ぐ事ですら、男の數に入らぬ、寧ろ都合が良いと北叟笑む。餘計な男は足手纏ひに爲る丈け。此の卋に漢は己獨りで良い。然う呟いて、道代の閨房に通ひ續けた。
朱鳥九年甲午、十二月丙子、庚戌朔乙卯、
藤原宮に遷り居す。
戊午、
佰官、朝を拜む。
己未、
親王より以下、評司等至、絁緜布を賜ふこと各有差。
辛酉、
公卿大夫に宴をたまふ。
新しき歲の始めを新宮で迎へる可く、飛鳥帝が竺志の日嗣と參種の神璽を御衞りして飛鳥宮より遷坐し、元朝を壽ぐ儀に備へて、其の玉體と文物を齊へた。未だ荒蕪せし野面許りとは雖も、太宰の府をも凌ぐ遙かな條坊。其の有望な餘地を見渡して、朝の宸襟を一抹の朔風が掠めた。此れは最早、燒け落ちた難波宮の如き竺志の副都では勿い。倭國の爲に東國を制へた心算が、何時の閒に此處まで肥え太らせて終つたのか。此の條坊が埋め盡くされた曉には、必ずや征西に討つて出る。己の所業は仇の兒を胎んだ妾も同然。此の京は天離つた落人の終の栖か、死に塲所か。其の全貌が催す眩暈も醒めやらぬ儘に、
大化元年甲午、春正月丁丑、庚辰朔、
新益京への遷都を祝ひ、元號を大化に改元。白雉、白鳳、朱雀、朱鳥と續いた靈鳥の咒縛が解かれ、露はと爲つた倭國の命運。傍目には磐石と見える飛鳥帝の御代も、其の影で漫ろな爪音が忍び寄つてゐた。草壁王子の忘れ形見にして、鸕野讚良の直孫、珂瑠王子。其の玉の緖は覺束ぬと雖も、御歲を迎へて、
拾有參春秋
如何にか初冠まで辿り著き、死太く生き存へて來た日蔭の親王が繫ぐ僅かな望み。獨つ歲下の吾が日嗣、長屋親王と皇位を爭ふ目を殘す此の庶子に、朝は云ひ知れぬ餘寒を抱いてゐた。何よりの誤算は、鸕野讚良が未だ自滅をせず、後宮に居座つてゐる其の執念。草壁王子を亡くして氣が觸れ、人の心を解さぬ夜叉に落魄れた妖妃なぞ、其の内、外道の茨に足を蹈み外す物と遊ばせて措いたが、然に非ず。先帝の庶子が揃つて皇位の階から引き下がつた後も、臺座の緣で蜷局を卷いてゐる。此れも偏に、謀を繰り返した果ての、敵と味方で入り亂れた血筋の爲せる業。彼の物狂ひの猿眞似が次ぎに何を引き起こすのか。云ふ迠も勿く、其れが息の根を止める事にも爲らう。旣に尻尾は摑んでゐる。後は、藪の中から頭を出した處を仕畱める丈け。朝は新しい設への禁裡で迎へる初春の疚しさから、追ひ詰めた獲物に眼路を逸し、吉報が屆く其の刻を、心の徒波に搖られて徐かに俟ち續けた。
春寒冴え返る烏玉の夜更けに、獲物が網に掛かり刑部省に送られたとの報せを受け、曉を俟たず驅け附けた飛鳥帝。此れで總てが片付いたかと思へば、然に非ず。繩に縛られて膝を附いる道代に、朝は吾が眼を眼を疑つた。淡海帝の代から謀に明け暮れた其の果てに、陷穽に墮ちた者達の亡靈から、夜每、新たな生け贄を獻げよと鸕野讚良は責め苛まれてゐる。次の供物は何者か。詮ずれば自づと其の答へは絞られる。然も有りなんと云ふ密吿を受け、眼を附けて措いた廢れし社で、丑の刻に待ち構へゐた刑部省の兵達の前に現れたのは、當の太妃では勿く、此の寒空に素服の單衣を纏つた命婦頭。卽刻、取り押さへて召し上げた、朝を象る木簡に朝の御名、心の臟を穿つ木釘と焦げ跡。原名調伏の形代に相違ひ勿く、辨明の餘地も勿い。然れど、
「總ては私獨りの越度。如何樣にも。」
瞬き獨つせぬ眼を爛爛と煌憑かせて大逆の死罪を求める、道代の皇然とした振る舞ひと面差しは、寧ろ身の潔白を裏付け、白を切るのも甚だしい。其の何者をも寄せ附けぬ血意に朝は氣壓され、改めて、力盡くで召し抱へず、二の足を蹈んだ己を羞ぢ、取り圍む侍從と刑部官達を拂い除けた。
「車駕を持て。」
雞鳴も凍て付く、夜明け前の尖烈な冷え込みを斬り裂いて、鸕野讚良の舘へと出御する薄明かりの輦道。道代を引き聯れて、未だ夢路をさ迷ふ主の閨房に乘り込み、朝は己の形代を其の枕元に叩き付けた。四散する木簡の破片。跳ね起きた太妃は擧措を失ひ、縛り上げられた素服の道代を目の當たりにして、總てを察した其の顏色は、太妃の指圖では勿く道代が自らの意志で罪を被つた事を物語る。鸕野讚良が丑の刻參りをしてゐた事は搖るぎ勿い。時機を俟ち、敢へて見殺しにして措いた迠の事。自明の詮議なぞ如何でも良い。朝が眞に問ひ質し度いのは、道代程の才媛賢母が、何故、斯樣な骨肉の亡者に仕へ、其の身命を獻げるのか。
「其の女に咎は有りませぬ。下女の罪は女主の罪。萬死を下されて可然。其の上で如何か、吾が王子の命丈けは、吾が王子の命丈けは。」
道代に總てを擦り付けて云ひ逃れる事も勿く、朝の足許に平伏し、滂沱の淚で心を洗ため哀訴する鸕野讚良に、眞逆、此處まで試算して此の僞計を圖つたのだとしたら。畏る可し、縣犬養道代。朝は此の取るに足らぬ後家に仕へる眞意を、今暫く見極めてみ度い念ひに驅られ、有られも勿い姿を曝し續ける鬼子母の、歪ではあつても僞りの勿い慈悲の念に、誅伐の虛しさを垣閒見た。先方が逆恨みをしてゐる丈けで、始めから向きに爲る程の仇でも勿い。死に損なひの母子を血祭りに上げたとて、天より授かつた此の御手を穢し、己の德を下げる丈け。
「繩を解け。」
朝は事の成り行きを默つて見護る道代に、何時の閒にやら押し切られてゐた。護國と骨肉、其の何れが權いのか。卻つて己が詮議されてゐるかの如き無言の責め苦。山門の繼兄弟を庶子として見下し、實父も寳祚の先達でしか勿く、國を委せる器で勿い嫡男長屋親王の不德を歎く許りで、親子の情愛なぞ下下の甘えた性根と切り捨て、盡忠報國に精進して來たが、果たして其れが人の卋の眞の理なのか。
「良い侍兒を持つたな。其の果報を身に餘ると思へ」
厭魅咒詛の咎で徒刑を課す可き處を禁足にすらせず、鸕野讚良に背を向け、舘を後にした。己の甘さを重々承知の上で、從へた刑部官に眼も吳れず、車駕へと向かふ其の宸襟。朝は最後の氣懸かりに釘を刺した事で僅かに澑飮を下げ、豫てより押し畱めてゐた、千年に一度の英斷を下す臍を固めた。此の一誅を大局に乘り出す天機とせずに見過ごす樣では、成せる事すら儘爲らぬ。倭國と東國を兩肩に擔ぎ、一點を見据ゑて先を急ぐ王道。其の征途に、道代が捕まつたと聞き、後を追つて遣つて來た不比等と鉢合はせをした。美努王を追ひ遣り、道代を娶る手筈を整へた此の拔け目の勿い男が、朝の内偵で其の裏を搔かれた血相に、稀代の烈女を見逸れた朝は微かに救はれた氣がした。
「其方には過ぎた女よ。」
大化二年丙申、春正月庚寅、甲辰朔、
賀正禮畢りて、卽ち改新之詔を宣らして曰はく、
其の一に曰はく、昔在の天皇等の所立へる子代の民、處處の屯倉、及別に臣、連、伴造、國造、村首の所有てる部曲の民、處處の田莊を罷めよ。仍りて食封を大夫より以上に賜ふこと各差有らむ。降りて布帛を以て官人、百姓に賜ふこと差有らむ。又曰はく、大夫は民を治め使むる所也。能く其の治を盡くすときは、則ち民之を賴む。故、其の祿を重くせむことは、民の爲にする所以也。
本來、元旦の賀正禮は竺志の日嗣、山門の天皇は翌る二日の習ひで在る可き處を、飛鳥帝が公卿佰寮の前に出御し、新しき御宇の始まりを吿げる、改新の御言宣りを天下に知らしめた。庭内を搖るがす臣下の響めき。其の絕卋を讚へる眩い羨望とは裏腹に張り裂ける朝の宸襟。無理も勿い。竺志の日嗣を差し措き、山門の天皇が元旦に昇御した其の意味は推して知る可し。薩夜蔴が薨つて後、太宰の府を鹽漬けにし、寳祚を定めず竺志の政を稱こして早十歳。機は未だ熟してをらずと雖も、此の儘、坐して倭國の本貫を置き去りにする譯にも行かず、飛鳥帝と竺志の日嗣は斷腸の念ひで新しい年を迎へた。
二月辛卯、癸酉朔壬午、春分、
皇太子使ひを使して奏請て曰はく、
昔在、天皇等の卋には、天下を混し齊しめて治めたまふ。今に及逮びては、分かれ離れて業を失ふ。天皇、我が皇、萬民を牧ふ可きは之運に屬りて、天も人も合應へて、厥の政惟新なり。是の故に、慶び尊びて、頂に戴きて伏奏す。
現爲明神御八㠀國天皇、臣に問ひて曰はく、
其の群の臣、連、及び伴造、國造、所有てる昔在の天皇の日に所置ける子代入部、皇子等の私に有てる御名入部、皇祖大兄の御名入部、及び其の屯倉、猶し古代の如くして置かむや以不。
臣、卽ち恭みて詔らす所を承り、奉答而曰さく、
天に雙つの日無く、國に二りの王無し。是の故に、天下を兼ね幷せて、萬民を使ひたまふ可きは、唯、天皇耳。別に、入部、及び所封る民を以ちて仕丁に簡び宛てむこと、前の處分に從はむ。自餘以外は、恐るらくは私に駈役はむことを。故、入部五百廿四口、屯倉一百八十一所を獻る。
薩夜蔴の壹粒胤の日嗣の太子が、山門の髙御座に坐す飛鳥帝に、參種の神璽、幷びに倭國と蕃屛の資產を奏請り、倭國から山門へ天下を統べる權しを禪讓した。薩夜蔴の壹粒胤は竺志の蕃王を勤め、飛鳥帝が倭國の帝位と山門の王位を兼祚する英斷。天帝の赤子で存る竺志の日嗣と、山門の現人神が獨りの體に宿る、前代未聞の統御に、倭㠀根は嘏夷の果てまで響めゐた。無論、此の天荒を破する發起は飛鳥帝が竺志の正統で存ればこそ。阿每氏から阿每氏への讓國は易姓革命に非ず。常色の海幸彥、大海人と胸形の君、德善の女、尼子娘の嫡男、飛鳥帝の功德兼隆勿くしては有り得ぬ奇手妙想に、臣下と百姓は春分の御空に雷乃發聲するを聞いた。薩夜蔴の壹粒胤を歸京させて山門と竺志の東西統治。倭國の御稜威は其の儘に、穴門以西の天子の直轄、九州の治卋に專心させる上で、神璽の護持と政の掛け持ちは足元を取られる事にも爲り兼ねぬ。此處は一先づ飛鳥帝の仁恕を賴りに、復び竺志の本貫に遷座する其の刻を期すのが賢明。
「危殆に頻する太宰の府再興の爲、今は雌伏の時。天下に揭た御旗を斬り裂くのも亦、祖国の傷を塞ぐ卷き布に充てるが故。」
との優諚に肩の荷の降りた竺志の日嗣は、親ら統らす九州から、山門が仕丁及び租調を召し上げぬ、本領安堵の沙汰を飛鳥帝と契つた。眼と眼の遣り取りで交はす、獨つの王朝の區切り。出雲國から天孫族、倭奴國から邪馬壹國、倭王の御代から阿每氏と渡り步いた朝の基の神璽が今、徐かに其の禁紐を解いた。其の裏で、
咒詛大逆の一件に因つて憑き物が落ち、去勢された兔の如く溫和しく爲つた鸕野讚良を一顧だにせず、不比等は竊かに珂瑠王子を日嗣の太子に册立する地固めを進めた。目障りだつた阿每氏も潮時を迎へ、行き遲れの薩夜蔴の壹粒胤が片付いた許りか、祖宗の神器が東國に腰を据ゑる僥倖に惠まれ、殘る荷厄は唯獨り。山門の習性の中で育つた曲者は、猿山の頂から引き擦り降ろしさへすれば、後の取り卷きは籠絡する迠も勿い事を知悉してゐた。然れど、其の最後の砦を如何にして陷れるのか。物思ひに耽つては薄ら嗤ひを浮かべる、不比等の烱烱とした禽眼。其の狡猾な藪睨みを、道代は籍を入れる度を調へ乍ら遠卷きに窺ひ、凍えた澑め息を呑み下した。
軍にも出ず、佩刀を拔いた事すら勿い文林の隱者が、神の御託宣も勿く、徒に卋を動かす野望に燃える奇異を訝り、王道とは無緣の其の臣下に天が翳り、山が傾ぐ蟲の知らせに慄くしか勿い女の身。竺志の權しを讓られた飛鳥帝の盛運に何が起こらうとしてゐるのか、何を起こさうとしてゐるのか。其の元凶に附き纏はれ、夜每、獨つ閨の下を共にして操を委ねる柔肌は、不比等の臍で蠢く嗜虐と畏怖の手觸りに粟立ち、入り亂れた精魂に力盡くで貪られる許り。此の自づから葛藤の軛に息の根を搾り取られる男に抗つた處で、凝り固まつた邪念を逆撫でし、更なる深みへ卷き込まれる丈け。先夫の兒を人質に、此の身を娶り度いと云ふのなら娶らせて措けば良い。己の身獨つなぞ病葉の笹舟。如何な徒波に揉まれやうと惜しく勿い。今は唯、太妃と珂瑠王子の心の支へと爲り、水火も辭せず仕へるのみ。
然う嘯いて袖の雫を堪へる道代の許に、朝庭から改新を壽ぐ宴への寵招を報せる使ひが遣され、拜塵に浴する譽れを賜つた。朝が直直に直廣貳の不比等と道代の良緣を祝ふと云ふ。去る歲、咒詛の騷ぎを起こした許りの狼藉者を捕まへて、此れは如何なる余興なのか。無論、斷れば有らぬ疑ひを被る事と爲る御召し上げ。二つ返事で承り、不比等に其の旨を吿げると、當卋隨一の曲者は、薄ら嗤ひを苦遊らせてゐた虎視を見開き、道代の首に腕を囘して抱き寄せた。
瀨を早み岩にせかるる瀧川の
割れても末に逢はむとぞ思ふ
竺志の天道と山門の古道。元は獨つの道爲れど、本家と分家、袂を劃かちて幾星霜。巡り巡つた日嗣の果てに、今宵、二度、相謁へる其の數奇。天孫が太祖の御宇から護持し續けた參寳の禪讓を承け、盟主から宗主へと成り上がつた、千年に一度の大慶、此處に極まる祝ひの宴に、居竝ぶ山門の王族と公卿は、帝位と王位、雙つの寳祚に坐す吾ご天王、此ぞ天與の度量の成せる業と、飛鳥帝を壽ぎ、絕卋の春を讚へ合ふ。倭國の軛が解けたからとて、冠位を敍かり、封戶が增える譯でも勿ければ、猿山の頂が天孫の坐す髙御座に成つたからとて、官吏の書机から見上げる事に變はり勿く、敍かつた竺志の靈代に觸れる事すら叶は勿い。今以て寳祚を究めるのは竺志の直系。何時復た、元の鞘に納まるやも知れぬ。其れでも、文物に疏い東夷と蔑まれ、頭熟しに押し附けられてゐた權しが取り除かれた快哉は如何斗りか。虐げられし王朝の新たなる草創。其の千年に一度の時めきに聯座する餘榮に與つた道代は、病床から祝意を送つた珂瑠王子と、咒詛大逆の主犯で面目の勿い太妃の辞した、歡天喜地の酒席を見渡して、此の榮華に雙りの立つ瀨の勿い事は、卻つて謐かに暮らす良い轉機に爲るで在らうにと慮るのだが、何しろ鄰りの奇計の輩が母と子の睦まじき一時を赦さ勿い。道代は膳を竝べる不比等の橫顏を一瞥すると、其の蔭に隱れて常卋に續くかに思へる宴から、塲違ひも甚だしい己の氣配を消し去つた。處が、
御前に新しい酒と肴が調へられると、其の樣子を窺つてゐた朝は膝を著いた儘、退る膳部を呼び止めた。何言か優諚を賜り、腰を屈めて不比等の許へと向かふ膳部。血の氣の失せた其の蒼貌が朝の御召しを耳打ちし、不比等の生色も凍り付く。唯ならぬ怖氣に身を竦め、神妙な面持ちで朝の御前に恭しく進み出る、僞りの夫から顏を背ける道代。二度と戾つて來なければ良い物を。然う念はしめる奸臣の膝は旣に搖れてゐた。朝は觚を取り上げて爵に目配せをし酒を注がせると、不比等の眼の色の奧底を抉り取る樣に窺ひ乍ら、强張つた不比等の鼻先に突き附ける。
「朝より先に戴く譯には。」
兩手で觚を賜りはした物の、竝竝と注がれた酒は顫へて袖を濡らし、汗顏に塗れて固辭する不比等。
「何故か、掉ひ戰く。」
「大王に近づきまつれるを恐て、不覺りて汗を流しつ。」
朝は不比等を睨み付けた儘、地の底から唸る樣に仰せられた。
「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飮まじ。」
御召しの懸かつた道代は膳部に新しい酒を賴み、爵と觚を提げて御前に出仕すると、朝は獻盃を受け取り、爵を傾けた道代に向かつて、嘉酒の搖蕩ふ玉杯を突き返した。
「彌榮。」
朝の鬼氣迫る掛け聲に靜まり返る酒池の御苑。雙つの祝杯に衆目が注ぎ足され、暗默の息遣ひが溢れ返る。不比等は伏した面を上げる事も出來勿ければ、觚を下げる事も出來勿い。餘計な事をして吳れた物だ。此處で祝言を擧げる事に爲らうとは。道代は己で滿たした一獻を三度に分けて飮み干した。然して、朝の瞠目を瞠め返して返盃を差し出し、受け取られた御手に無言で爵を傾ける。酒面に映る龍顏と、道代の端然とした面差しを暫し見比べる朝。道代が仕方勿く不比等の觚を奪つて飮み干すと、朝は相好を崩して、其の儘一氣に呷つて乾杯を差し出した。呆氣に取られる不比等を餘所に道代は再び爵を傾け、朝も復た其の一獻を無言で承けては一氣に呷り、乾杯を返す。
「醉ひ潰して、寢首を搔く氣か。」
「滅相も勿い。」
言葉を要せぬ床杯の如き心の遣り取り。其の巡り合はせの戲れに添へる爵の手が徐かに顫へ、注ぎ口が觚の緣を舐める樣に逸れると、道代は床の上に頭から頽れた。緘默の禁を破る鈍い轟き。碎け散つた爵と酒の飛沫を浴びた朝の御手も復た力を失ひ、零れ落ち觚が朝の膝を叩いた。
「この女のたばかりにや負けるとは。」
沸沸と込み上げる悲憤に呻き、床に臥した道代に手を伸ばさうとして前踣りに倒れる飛鳥帝。
「熟熟、惜しい女よ。」
最期の息の根で捨て身の太母を讚へ事切れると、其れ迠、己の仕掛けた罠に怯えてゐた鼠が俄に雄叫びを上げ、神算鬼謀の姑息を吹き返す。此處から先は刑部省の判事《ことわるつかさひと》の獨壇場。
「何者の差し金か。膳部は何處。何を爲てをる。狼藉者を捕らへよ。」
不比等は衞門府を恫喝して塲を制し、朝を介抱する振りをし乍ら、橫目で殊勳の新室を盜み見る。身動ぎ一つせず、酒に塗れた其の喪神。全く過ぎた女とは此の事。改めて道代の底知れぬ膽力に感服する物の、其の内助の功に與つたからとて、頭を低くする男では勿い。手下で在つた膳部を刑部省に鎖ぢ込めて締め上げ、虛僞の自白を引き出した不比等は、濡れ衣を政敵に被せて次次に捕らへ、體良く闇に葬ると、己の毒に遣られて、此處暫くは物狂ひも鳴りを潛めてゐた女王蜂を叩き起こし、此から先の算段を叩き込んだ。死んだ振りをしてゐる塲合では勿い。天は酒毒を盛つた道代では勿く朝を召し上げた。
大化二年丙申、七月丙申、辛丑朔庚戌、
皇尊薨せましぬ。
山門は色めき、空位と爲つた其の頂きと、颱風の目と成つた不比等の顏色を皆が皆、窺ひ、鸕野讚良は原名調伏の顯現有り、天は吾れに味方したと、息を吹き返す。其の渦中で、
同じ死杯を呷り乍ら、不歸の旅路を折返し一命を取り畱めた道代は、己の業の深さに打ち拉がれてゐた。何故、二度と戾つて來なければ良い物を、と念ひつつ見送つた不比等を助け、朝を貶めたのか。朝の召された天から突き落とされ、死出の道連れを勤める事すら叶はず、
「出來した。」
と枕元で囁く不比等の勞ひも、生き愧ぢに泥。總ては此の男が咲かせる藤の花の毒。死杯の前から旣に一服盛られてゐたとしか云ひ樣が勿い。最早、此の息の根が有る事すら壹罰の佰戒。復た獨つ罪荷が增えた。
人は死ぬと神に成る。況んや天孫の皇胤とも成れば、八佰萬の壹柱に非ずして、天地の柱樞。飛鳥帝を神宮に裝ひ祀り、朝庭の臣下も白栲の蔴衣を纏ひて、天道の頂へと昇御する大御靈を御見送りする其の殯禮に、雙つ目の諡、大倭根子天之廣野命が奉られた。扶桑の京から下向し、期せずして山門の王位を勤めた父|天渟中原瀛眞人天皇《あめのぬなかはらおきのまひとのすめらみこと》も號る天孫の諡、髙天原廣野天皇に次ぐ、もう獨つの追號。竺志と山門、雙つの諡を束ねた、天帝の赤子にして現人神と云ふ、嘗て勿き先帝の大業を讚へる誄。其の敬弔に噎ぶ假屋に不穩な挽哥が木靈した。
忌くも ゆゆしきかも 言はまくも 綾に畏き 明日香の 眞神の原に 久かたの 天つ御門を 懼くも 定め賜ひて 神さぶと 磐隱り座す 八隅知し 吾ご大王の 所聞見しめす 背面の國の 眞木立つ 不破山越えて 百濟釼 倭山が原の 行宮に 天降り座して 天の下 治め賜ひ 食す國を 定め賜ふと 雞が鳴く 吾妻の國の 御軍士を 喚し賜ひて 千磐破る 人を和せと 不奉仕 國を治めと 皇子隨 任し賜へば 大御身に 大刀取り帶し 大御手に 弓取り持たし 御軍士を あどもひ賜ひ 齊ふる 鼓の音は 雷の 聲と聞くまで 吹き響せる 小角の音も 敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の 恊るまでに 指擧げたる 幡の靡は 冬ごもり 春去り來れば 野每に 著きて有る火の 風の共 靡くが如く 取り持てる 弓弭の驟 み雪落る 冬の林に 颱かも い卷き渡ると 念ふまで 聞きの恐く 引き放つ箭の 繁けく 大雪の 亂れて來たれ 不奉仕 立ち向かひしも 露霜の 消なば消ぬべく 去く鳥の 相競ふ端に 渡會の 齋の宮ゆ 神風に 伊吹き或るはし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひ賜ひて 定めてし 水穗の國を 神隨 太敷き座して 八隅知し 吾ご大王の 天の下 申し賜へば 萬代に 然しも有らむと 木綿花の 榮ゆる時に 吾ご大王 皇子の御門を 神宮に 裝束ひ奉りて 遣使はしし 御門の人も 白妙の 蔴衣著て 埴安の 門の原に 茜刺す 日の盡 鹿じもの い匍ひ伏しつつ 烏玉の 暮に至れば 大殿の 振り放け見乍 鶉成す い匍ひ廻り 侍へど 侍ひ得ねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも 未だ過ぎぬに 憶ひも 未だ盡きねば 言さへく 百濟の原ゆ 神葬り 葬りい座して 蔴裳吉し 城上の宮を 常宮と 髙く奉りて 神隨 安定まり座しぬ 雖然 吾ご大王の 萬代と 所念ほしめして 作らしし 香山の宮 萬代に 過ぎむと念へや 天の如 振り放け見つつ 玉手次 懸けて偲はむ 恐かれども
久さかたの天知らしぬる君故に
日月も知らず戀ひ渡るかも
埴安の池の堤の隱沼の
去方を知らに舍人は迷惑ふ
哭澤の神社に神酒すゑ禱れども
我ご王は髙日知らしぬ
言の葉の限りを盡くした、渾心の挽哥が奏上されず、柿本朝臣人丸は殯の假屋の外で愕然とした。遊部の名家が仕る可き獻哥の大役を、嫡男の長屋親王に讓るやう强ひられた擧げ句、己が勤める獻哥までもが斥けられた許りか、此の長哥は、扶桑の天子、薩夜蔴が韓の地で兇刃に斃れ、薨つたとの誤報を受け、勇み足で詠んだ柿本家の愧ぢ。其れを、夏の陣で在つた先の大亂と、冬の陣で在つた韓の外征を擦り換へ、先の大亂での獅子奮迅を讚へてゐる樣で存り乍ら、其の實、非業の最期を歎く言靈を飛鳥帝に擦り付けるとは何事か。追弔の魂振りを封じ、竺志の御稜威を貶める奸計で在る事は明らか。哥聖の矜恃なぞ、最早、二の次の話し。哥枕を怪釣り、御遺形の安らかな眠りを搔き亂すなぞ沒義道の極み。穿鑿する迠も勿い。彼の男を差し措いて外に誰が居ると云ふのか。挽哥の剽竊も今に始まった事では勿い。飛ぶ鳥を落とした勢ひで直廣貳從肆位下に昇敍し、参議に任官されて、今や公卿に列する藤原不比等。奴の爲業で勿ければ、朝の不慮の御隱れも天壽の御迎へで在つたと云ふのか。禪讓の宴に列席してゐたにも拘はらず、餘りにも唐突な奇禍に擧措を失ひ、其の塲を檢める事もせずに、息の根の途絕えた朝の後を追ひ、加持祈禱に明け暮れて、靈驗に縋り付いた事が悔やまれる。旣に彼の毒殺も不比等の企てで在つた事は公然の秘密。人丸は舘に戾つた長屋親王の元に押し掛け、
「小臣、老骨なりと雖も、敢へて人に遲れず、隨行の覺悟なり。」
と決起を促すも、
「喪の最中故。」
の一言を零して、泣き腫らした頰を伏せる先帝の忘れ形見。先の大亂で髙市皇子が風雲を制したのは御歲拾玖。初冠を授かつた許りの長屋親王は未だ、
拾有參春秋
德が足りず、先帝の血を承けて聰明では在る物の、義烈に逸る氣骨で遠く及ばぬ、後ろ見を失つた雛鳥では、暗鬭に長けた不比等の奸智術數で返り討ちに合ふのが落ち。徒に軍鼓を奮つた處で、臣心に普く響く物でも勿い。然りとて、
人丸は素服に小さく納まつた日嗣の見窄らしさに、胸を焦がす嗚咽を不得禁。飛鳥帝が己の仕へる竺志の血と地で生まれ育つた最後の主君。竺志の天子に仕へる事は二度と再び勿い物と悟り、哥の心なぞ遠く及ばぬ、地に墮ちた天孫の行く末に、洟雲淚雨を降り注いだ。
倭國の番犬で阿每氏の重鎭、飛鳥帝が片付き、殘るは參種の神璽を手放して竺志の蕃王に墮した薩夜蔴の壹粒胤。俄に芽の出て來た王氏の復權で色めく山門の群像。其の渦中を逆卷く雙頭の大蛟、鸕野讚良と不比等は更なる毒を苦遊らせて、新益京の朝堂を藪の中へと引き擦り込んでいく。天孫の帝位と山門の王位を倂せ持つ、東國の一國に畱まらぬ、大八洲の權勢を一手に握る未曾有の天機到來と在つて、空位と爲つた髙御座を王族と公卿で圍み喧嚷く、佰家爭鳴の禁中。吉野の會盟の生き殘りで、不遇を託つてゐた忍壁皇子と芝基王子が亡靈の樣に黃泉復り、反古にされた在りし日の盟ひを咒詛の樣に繰り返せば、大友王子の長子弓削皇子は兄長皇子を擔ぎ出し、其處に但馬皇女との密通で人の國に飛ばされてゐた穗積皇子が舞ひ戾つて、舍人親王と新田部親王を抱き込み野次を飛ばす。當然、衆議は纏まらず、紛然、糾を呈する猿山の遠吠え。殊に、竝居る先帝の遺兒達を差し措いて、先帝の孫珂瑠皇子を推擧する僭越は惡い意味で際立つた。弓削皇子も淡海帝の孫とは云え、父大友王子は曲がり形にも近江朝で日嗣を果たし、負け軍に身を投じる事で、死してより偉大に成る事を選んだ。夜殿で臥せる丈けの天壽に甘んじた草壁王子とは、後ろ盾と成る物が違ふ。先帝の孫が日嗣の太子册立に適ふと云ふのなら、大津皇子の長子粟津王にまで日嗣の目が有ると云ふ事に爲り、芋蔓の樣に幾らでも地の底から湧いて來る。にも拘はらず、珂瑠皇子を後推しする者の影に怯えて、皆が皆、指彈の矛先を納め、誰も彼も見て見ぬ振りを決め込んでゐる。
本來、先帝の嫡男長屋親王を差し措いて、登極の筆頭は外に勿い。未だ德が及ばぬと云ふのなら、息長帶比賣が幼き品陀和氣の政を執り攝はした例へも在る。其れ相應の後ろ見を立て好機を俟つ可き處を、生前に彼程、先帝を敬ひ、長屋親王に媚び諂つてゐた者達が、揃ひも揃つて掌を返し、正統な皇胤として推擧せぬ許りか、珂瑠王子の無理强い諸共、閉ぢた帷の外へと追ひ遣つていく。長屋親王を爭議の壇上は疏か、其の階にすら載せぬ猿山の談合。先帝の置き土產なぞ、薩夜蔴の壹粒胤と幷せて、外樣の御荷物でしか勿い。倭國の御稜威に肖る爲、大海帝に淡海帝が女を擧つて輿入し、招いた血統の亂脈。其の敵味方の見分けが附かぬ程に絡み合ふ、竺志と山門の骨肉の怨嗟に、最も卷き込まれ、鳥憑かれた女が、降魔の形相で四分五裂の大勢を睨み付けてゐる。
先帝を己の原名調伏で成敗したと信じ、未だ其の神掛かりから醒めず、往にし方の夢路をさ迷ふ鸕野讚良。先帝に咒詛、大逆を看過され、命拾ひをした後の悄らしさは何處へやら。天照神が乘り憑り、素戔嗚を懲らしめたと云ふ幻に醉ひ癡れる女神は、邇邇藝命に託した日嗣の神璽が珂瑠皇子に授けられる事を疑はず、薩夜蔴の壹粒胤から飛鳥帝へ參寳の靈代を奏請したのも珂瑠皇子への橋渡しと決め付け、雲下を飛び交ふ民草の私好に耳を貸す氣なぞ毛頭勿い。天照神が葦原中國を統らす可く、吾が子忍穗耳命の天降りを發起するも思ひ畱まり、孫の邇邇藝命に託して成就したが如く、愛息草壁王子の悲運は孫の珂瑠皇子が悲願を達する道標。
「服はぬ者は岩戸の闇に鎖ぢ込める迠の事。」
胸に秘めた誅戟を研ぎ澄まし、下下の云ひ種を野放しにする日女命。其の自らに咒ひを掛けて大仰に構へる太母が肚に据ゑ兼ね、弓削皇子は敢へて進み出た。旣に先帝の謀殺は巷閒の好奇を攫ふ自明の祕。先の大亂で討ち負かされた父の仇とは云へ、髙御座に坐す現人神で在る朝に手を掛け、闇に葬るとは何事か。先帝に德が足りず放伐したと云ふのなら、胸を張つて天下に知らしめれば良い物を、日嗣を資ゐる格の勿い骨肉を、登極させ度いが故の魔の手とも爲れば、譬へ、天が口に出さずとも、己が代はつて糺す迠の事。弓削皇子は込み上げる虫酸を堪へ乍ら、一言一句言葉を選び、直孫の立太子は分不相應で在る事を窘める。
「先帝から御寵愛を賜る遑も、目覺ましき勳を立てる御武運も勿く、日嗣の太子に册立される御好機を俟たずに天に召された草壁王子。其の長子に大願を託す衷情は御尤も爲れど、珂瑠皇子の心骨を慮るに、果たして御國の重責を擔ふのは如何な物か。此の塲に馳せ參じ、御暢達の辯を揮ふ事を敢へて差し控へ、巷塵に塗れず見護る奥床しさは眞に尊い事なれど、緘默の禁を課して臥してをられる許りでは、御國の勤めも儘爲りませぬ。御息災に惠まれぬのも御君德に聊かの翳りの有る驗。此處は一先づ紀國の湯元にでも御逗まりになられて、御養生に勵むと云ふのも、御一考の餘地が在るのでは勿からうかと存じます。」
朝堂の裏方で、病床の蝨と蔭口を叩かれる穀潰しが寳祚に騰極した處で、其の重責に根を上げ、唯でさへか細い息の根を縮める丈けで在る事は明らか。身も蓋も勿い物云ひで事を荒立てず、遠囘しに直孫の薄倖を慰めて、扱き下ろす弓削皇子。其處に、淡海帝の長子、大友王子と大海帝の女、十市皇女の閒に產まれた葛野王が割つて入つた。
我が國家の法爲る也、神代以來、子孫相承して以て天位を襲ふ。若し兄弟に相及べば、則ち亂は此れにより興らん。仰ぎて天心を論ずれば、誰か能く敢へて測らん。然らば人事を以て之を推さば、聖嗣自づから然りとして定ま矣。此の外に誰か敢へて閒然せん乎。
文林に巢喰ふ本の蟲で、漢詩と書畵を愛し、健筆三昧の日日を送る墨客の劍幕に、哥仲閒で意氣投合してゐた弓削皇子は泡を喰ひ、彼よ彼よと云ふ閒に壓し切られて終ふ。王統を遡れば、兄弟での王位繼承なぞ數へ擧げれば切りが勿い。況して、鸕野讚良が推すのは先帝の繼弟草壁王子では勿く其の子息。先帝の嫡男長屋親王を見殺しにして措いて、一歳違ひの甥珂瑠王子を册立する。文人とは思へぬ理路を逸した穉拙な方便で、論へば幾らでも綻ぶ其の粗を、誰獨りとして口にせず、其の默認の靜寂を、不意に鷄鷄とした金切り聲が劈き、卒然とする禁中。
皇太后、其の一言の國を定めしことを嘉みしたまふ。
鸕野讚良の狂憙と絕讚が木靈する禁中。薄ら寒い其の響めきの裏で、不比等は暗躍の爪音を忍ばせる。
「御父上の血を引く珂瑠皇子は衾褥の肥やし。先の勿い皇子ならばこそ、擔ぎ上げれば自づと轉び落ちる物。此處で禍根を殘すより、後の卋を窺ふ方が萬全と云へませう。」
背後で囁く口車に靡かれ、忍壁皇子と穗積皇子も葛野王の尻馬に易易と飛び乘つた。負け犬の方が鼻が利くので在らう。日輪と新月が結託したかの如き、鸕野讚良と不比等が織り成す天の巡り合はせを仰ぎ見て、彼の雙りは密吿と冤罪と暗殺を繰り返した淡海帝と鎌足の生き寫し、一度睨まれたら無實を叫んでも後の祭り。藤原の虎韜に挑むより、其の御零れに有り付いた方が實入りが良い。然う蹈んだ葛野王は珂瑠皇子に助け船を出した後、正肆位を敍かり、式部省の長官に異例の榮達を果たす事と爲る。其れに比して、空囘りした義憤の遣り場も勿く、怨みを買つた丈けで終はつた弓削皇子は、逆髮を立てて禁中を飛び出し、哥仲閒でも在る舍人親王の引き畱める手を振り切つて、殿下で事の成り行きを見護つてゐた柿本朝臣人丸と芝基王子の前も素通りすると、翌る日から朝堂の末席から末席へと追ひ遣られ、僅か三歳の餘生を綴ぢた。
臣心を位祿と冤罪と脅迫と取引で右から左に操る術は磨きが掛かり、珂瑠皇子の立太子に向けた危懼を一蹴すると、不比等は鸕野讚良を介して新益京の奧の院に禁足された竺志の日嗣に奏上し、
評から郡へ革ためよ。
建郡の詔を天下に布した。囚はれの天子に有無を云はさず、倭國の仕へた南朝の評から、北朝の唐が用ゐる郡への廢評建郡。天下に革たな蕃の範を敷き、其の版圖と人心を改める事で、山門に據る律令と王朝の創業を四方八隅に知らしめ、更には、大海帝から飛鳥帝と續いた海表の政を改め、斷ち切つてゐた唐への遣使に取り掛かる。然して翌る歲の、
大化三年丁酉、二月癸卯、戊辰朔甲午、
直廣壹當蔴眞人國見を以て東宮大傳と爲す。直廣參路眞人跡見を春宮大夫と爲す。直大肆巨勢朝臣粟持を亮と爲す。
日嗣の太子に册立された珂瑠皇子に侍從を迎へて萬難を廢し、其の刻に臨んだ。
八月戊申、甲子朔、
定策禁中、禪天皇於皇太子。
策を禁中に定めて、皇太子に禪天皇位りたまふ。
定策とは則ち、朝が御遺誡を吿げる遑も勿く御隱れになられた大難の折り、禁中の柱石を擔ふ臣下が、日嗣の是非を合ひ議り、空位の天子に擁き擧げる窮餘の營爲。其の已むに已まれぬ、堅忍果決の手立てで在る筈の秘手を逆手に取つて捻じり上げ、鸕野讚良は竺志の領袖を斥けた其の頂きに、愛息の忘れ形見を力盡くで推し上げた。再び、宮内に集ふ王族、公卿、佰寮。祭祀の勤めも儘爲らぬ彼の死に損なひなら、直ぐに次が廻つて來る。其の心の隙を突いて擦り拔けた衆議一決。竺志と云ふ男王を斃した、千年に一度の女王の執念。
飛鳥淨御原の大宮で珂瑠皇子は寳祚を禪り受けて、倭國の純血に據つて承け繼がれて來た參種の神璽が、山門の血を分ける珂瑠皇子の手で穢された。阿每氏から王氏へ、易姓革命に向けた始めの半步。新たに書き加へられた史の卷末。淡海帝が竺志の外戚と成る爲、大海帝に女を輿入れし續けた鎌足の策が遂に日の目を見、淨御原帝は卽位禮の宣命文で、吾こそは古道に則り、祖神を崇め、宗廟を護る草創め也と、
天地と共に長く日月と共に遠く不改じき常の典
を蹈まえ天上天下に壽詞を奏上つた。然れど、淡海帝が大津宮で近江年號と倶に揭た、山門の祖業を崇める復古の御言は參列者の胸に響かず、倭國を介して海表の文物に染まり、漢意と云ふ賢しらで利得に感ける臣下は、逸早く、嚴かな大禮の重責に堪え切れぬ、新帝の夭き老骨に眼を凝らしてゐた。卽位禮で靑息吐息の態では晝夜を跨ぐ大嘗祭なぞ迚も迚も。況して、帝位と王位を其の左右の肩に背負ふなぞ。矢張り、彼の弱竹の足腰では御國の御柱は勤まらぬ。御歲十五の夭帝、珂瑠皇子の日嗣は虛位に如かず。君臣の天地を覆して措いて、天地と共に長くとは片腹痛い。一度覆つた天地は坂を轉ぶ石。何時、寳祚を辭しても不思議では勿い。次の禪讓を賜るのは果たして何者か。時勢に輕輕しく阿る者程、其の心變はりも甚だしい。天下の國母と成り、埀簾聽政を揮ふで在らう鸕野讚良と其の影、不比等の出方を窺ふ參列者の胸算用。其れを見透かす樣に、
癸未、
藤原朝臣宮子娘を夫人とし、紀朝臣竈門娘、石川朝臣刀子娘を妃とす。
卽位禮から時を俟たず、不比等は己の女、酉年女の宮子を入内し、夭帝の寢首を外戚の手綱に掛けて絞り上げた。紀氏と石川氏、倶に建内宿禰を祖に戴く、倭國の元飼ひ犬も割つて入る外戚爭ひ。祭祀を擔ふ丈けで精も根も盡き果て、其の上、夜每、獨つの閨を奪ひ合ふ後宮を宥める床不精の新帝。何故、男に產まれて來たのか。父と同じ念ひを抱いて、抱く女。不比等の女丈けを胎ませては角が立つ。竈門娘と刀子娘の元へと交互に通ふ度、身に抓される、安い撒き餌でしか勿い此の果敢勿い子胤。不比等は己の孫の外に皇位を讓る氣なぞ更更勿い。ならば始めから餘所の輿入れなぞ許さねば良い物を。倭國の元飼ひ犬達の力も借りる大業が控へてゐるが故の、思はせ振りな子寳と日嗣の行く方。大海帝と飛鳥帝の遺兒に加へ、先の大亂の功臣、竺志の殘黨が、未だ眼を光らせてゐる中で、何を企んでゐる物やら。欲目に眩んだ亡者には、髙御座と云ふ天下の頂きから望む孤獨と無常、抗ふ術の勿い星の巡りへの畏怖ですら、謀に因つて葬られた者達の怨念が、逆波と爲つて打ち寄せる飛沫の、彈けた泡でしか勿いので在らう。
同衾を濟ませて内庭に降り、秋月を仰ぐ夭帝の窶れた隻影。其の背後に闇を纏つて忍び入る、もう獨つの影。
「月の顏見るは、忌むこと。」
夜每、道代と倶に閨の營みを見護つてゐる鸕野讚良に聲を掛けられ、夭き朝は己の情けなさと、交戲の後の面差しを見られ度く勿い孫の念ひも介さぬ、無恥な祖母に愁嘆を吐いた。
「なんでふ心地すれば、かく物を思ひたるさまにて月を見たまふぞ。うましき卋に。」
振り返らうとすらし勿い朝に、漸く手にした此の卋の榮華を奉る國母。咒はれた孫と鳥憑かれた祖母は今宵も違ふ夢を見て、益々心は離れていく。
「見れば、卋閒心細くあはれにはべる。なでふ物をか嘆きはべるべき。」
「あが佛、何事思ひたまふぞ。思すらむこと、何事ぞ。」
「思ふこともなし。物なむ心細くおぼゆる。」
「月な見たまひそ。これを見たまへば、物思す氣色はあるぞ。」
「いかで月を見ではあらむ。」
朝が獨りにして吳れる樣にと賴み、艸葉の蔭に紛れると、鸕野讚良は其の後を追はうとして、袖を取る道代に引き畱められた。籠の鳥を捕まへやうと、籠に手を入れて逃げられる位なら、此の儘、深入りせぬ方が增し。道代は目配せ獨つで鸕野讚良と舘に引き上げた。竹で編まれた圍ひの中で、責めてもの安らぎを逍遙する、當て所勿き足取りに、澄み渡る夜氣の慰め。鳳翥とは程遠い、未だ雛孫の靑羽に包まる天皇は、夜明けを知らぬ虛空に心筆を翳して、月舟を霧渚に泛べ、銀漢の彼方へと流されていく。
年雖足載冕 年は冕を載くに足ると雖も
智不敢埀裳 智は敢て裳を不埀
朕常夙夜念 朕常に夙夜に念ひ
何以拙心匡 何を以てか拙心を匡さむと
猶不師往古 猶往古を不師ば
何救元首望 何ぞ元首の望みを救はむと
然毋三絕務 然も三絕に務毋く
且欲臨短章 且く短章に臨まむと欲す
十二月癸丑、癸亥朔庚寅、
正月に往來して拜賀之禮を行ふことを禁む。如し違犯する者有らば、淨御原朝庭の制に依りて之を決罰す。
翌る歲に先立ち、不比等は竺志から山門への禪讓を天下に知らしめる爲、更には、幽閉してゐる薩夜蔴の壹粒胤を擔ぎ出す者を抑へる爲、元日に執り行はれてゐた竺志の日嗣への朝賀を律し、帝位を禪り受けた山門の日嗣のみを朝賀するやう、改めて法を定めた。然して迎へた、
大化四年丁酉、春正月癸丑、癸巳朔、
天皇、大極殿に御しまして朝を受けたまふ。文武佰寮及び新羅朝貢使と拜賀す。其の儀、常の如し。
淨御原帝を立てて朝賀を執り行ふ新しい年の始め。不比等は參列する公卿の顔觸れに虎視を凝らした。平素、参議の下座から見上げてゐる議政官の重鎭。國の太政を司る大御門の樞に陣取つた、先の大亂で勳を立て先帝の恩寵に浴し、未だ天孫への尊崇と先帝の無念を胸に秘めた竺志の遺臣達が、此の常の如き賀正禮を如何な面持ちで眺めてゐるのか。右大臣多治比眞人㠀を筆頭に、大納言大伴御行宿禰と阿倍朝臣御主人、竺志から下向した柿本朝臣人丸の錚錚たる面面。山門の膝下に屈したとは雖も、未だ禍根の火種を宿す者許りで其の紐帶も堅く、何時寢返つても奇怪しく勿い。然れど、目障りだからと無闇に引き擦り降ろせば、單に敵に囘す丈けでは治まらぬ。天下の主客が覆つて閒も勿いからこそ、淨御原朝の坐す帝位と天孫の神璽が、薩夜蔴の壹粒胤親から禮を盡くして禪り渡した正統で在る、と云ふ建前を蕃屛に向けて取り繕ふ爲、此の竺志の重鎭を御餝りとして今暫く擔ぎ上げて措かねば成らぬ。古狸を轉がすのは一區切り附いた後で良い。不比等は何もかもが見せ掛け丈けで執り行はれてゐる政と儀禮の危ふさに痺れ乍ら、未だ山門の王道に立ち開かる倭國の遺產を切り崩していく。
三月丙辰、辛酉朔庚午、
諸國の郡司を任けたまふ。因りて詔したまはく、
諸の國司等は、郡司を詮擬せむに、偏黨有らむこと勿かれ。郡司は任に居たらむに、必ず法の如くに須し。今自り以後は違越せざれ。
不比等は建郡に據る蕃の範を施き、詳らかにして、諸國の郡司、大領と少領を任官し、其の恩義を賣つて、來たる可き覇業の手足と爲るやう蕃王を取り込み乍ら、竺志の律令を改める素案を練り、竊かに氏族の軍器を檢めると、
八月辛酉、戊子朔丙午、
詔して曰はく、
藤原朝臣賜はりし所の姓は、其の子不比等をして承け令む宣し。但し意美蔴呂等は、神事に供れるに緣りて、舊の姓に復す宣し。
氏長者を置か勿かつた藤原氏の氏上に自ら名吿り出、神祇官の中臣氏を切り離して古道の柵から遁れ、父鎌足の發起した維摩會を再興して、倭國の强ひた佛典に據る國の法治は堅持しつつも、覇業への備へを著著と推し進めた。
丁未、
髙安城を修理ふ。
旣に、西は針閒から穴門、袁智、東は三野から常陸の蕃王より、竺志が山門へ參寳の神璽を讓るとは此れ如何に。天孫を差し措いて御歲二十にも滿たぬ夭帝を崇めよとは何事か。蕃屛が蕃屛へ租庸調を奉る謂はれ勿し。竺志の日嗣に禁足を强ひてをると云ふのは眞か。との義憤が鈴生りに天下を搖るがし、不穩な風聞が逆卷いてゐる。無理も勿い。南朝に仕へる蠻夷として、倭國と倶に名を聯ねてゐた北狄が禪讓を果たし、鮮卑で存つた隨と唐が倭國に忠誠を强ひた樣に、倭國に仕へる蕃屛として肩を竝べてゐた山門に、何故、頭熟しの指圖を受けねば爲らぬのか。廢評建郡、其の獨つを取つても、倭國の律令に從つて獻上した先祖傳來の本領を、縣から評へと區割りして幾歲月。其れを何の故由も勿く郡に改めろとは、云はれる方からすれば二つ返事で呑み込める物では勿い。更には山門の中にも、彼の朝ならば討ち伏せるに易しと、山猿の血が騷ぐので在らう、不屆きな蕃屛の族と裏で與する者も其處此處。
十一月甲子、丁巳朔、
日蝕ゆること有り。
此の類ひ稀な奇象、獨つを取つても、朝の德が足りぬのだと論ひ、禁中の宮柱を搖るがしては、朝堂の書庫に身を潛める鼠の影。嘗ての己の殘像に背後を取られ、不比等は旣に追ふ側から追はれる側へ、狙ふ側から狙はれる側へと迷ひ込んでゐた。然れど此の男、知謀に掛けては一日の長有り。其の奸に冴えたる處が先づ眼を附けたのが、大納言大伴御行宿禰で在つた。
先の大亂で飛鳥帝の手足と成つて戰ひ、其の毅き勳が認められて取り立てられた御行は、
「君の使ひといはむ者は、命を捨てても、おのが君の仰せごとをばかなへむとこそ思ふべけれ。いかに思ひてか、汝ら難きものと申すべき。」
「汝ら君の使ひと名を流しつ。君の仰せごとをば、いかがはそむくべき。」
と二言目には今は亡き先帝への忠烈を衒す耳障りな男で、燻つてゐる報恩の念に最も火が點き易く、何處まで周りを卷き込んでいくか知れた物では勿い。況して、山科田邊史大隅の舘で冷や飯に甘んじてゐた折り、大友王子に附いた中臣氏の殘黨獵りで、大伴連吹負に攻め立てられ河内に落ち延びた怨みを忘られやうか。不比等は伴造の長、鍛造大角を介して鍛戶の三田首五瀨を送り込み、對馬で銀に續き金が採れたと捏ち上げ、新帝の新しき御宇の爲に金の大寳を貢進する大役に御行を推擧した。
十二月乙丑、丁亥朔辛卯、
對馬㠀をして金の鑛を冶たしむ。
此の在りもし勿い金の權益を握らせた途端、忠烈の士は先帝から新帝へと轉び、瞬く閒に溫和しくなつた。何しろ時が經てば燻み、粉を吹く銀や銅とは物が違ふ海表の珍寳。其れが天下で初めて見出され、己が一手に差配出來るとも爲れば、將に濡れ手に粟。鯔の詰まり、君臣の契りとは稚戲の利に如かず。不比等は目下の憂ひを獨つ獨つ右から左へ、自信と不安で搖れ動く胸の内を齊へる樣に片付けていつた。此處から先は文林の輩の小手先で齒の立つ相手では勿い。己が史書を革める星の許に在るのか。歲が明けると倶に、最後の試練が幕を開けた。
大化五年己亥、春二月丁卯、
白氣が天に竟り星が東に孛んだ。遣使して唐の朝に方物を貢いだ。
秋七月壬申、
東海の水が血の色になり、五日ののち舊に復つた。
九月甲戌、
東海の水で戰ひの聲がし、王都まで聞こえ、兵庫の中の鼓角、自づから鳴る。
後の三國史記、新羅本紀に認められた、月が心の中央の大星を犯すが如き、讖緯に滿ちた插話。其の樂浪海中を驅け拔けた風文を擦る樣に、先の大亂をも凌ぐ大亂が、靑史の狹閒を縫ひ、斬り裂かれた王朝の傷跡を殘さぬやう、徐かに綴り、編み込まれていく。鸕野讚良と不比等から促される儘に、朝は大詔渙發を聯ね、社稷を搖るがし、服はぬ者共に誅鋤の壹撤を降り亂した。
三月戊辰、丙辰朔壬午、
巡察使を畿内に遣して、非違を檢へ察しむ。
九月甲戌、壬子朔丙寅、
髙安城を修理ふ。
辛未、
詔したまはく、
正大貳已下、無位已上の者に令け、人別に弓、矢、甲、桙、及び兵馬とを備ふること、各差有らしめよ。
又、勑したまはく、
京畿、同じく亦、之を儲けよ。
十月乙亥、壬午朔戊申、
巡察使を諸國に遣して、非違を檢へ察しむ。
十一月乙亥、辛亥朔、
日蝕ゆること有り。
十二月丙子、辛巳朔甲申、
太宰府をして三野、稻積の二城を修らしむ。
大化六年庚子、二月己卯、辛巳朔己亥、
越後、佐渡の二國をして石船柵を修營はしむ。
壬寅、
巡察使を東山道に遣して、非違を檢へ察しむ。
丁未、
累ねて、王臣、京畿に勑して、戎具を備へしめたまふ。
生馬の牙城、髙安城の造りを强に建て直し、軍器と戎馬を調へた諸王、臣下、京、山門の人士が、巡察使に率ゐられて畿内から畿外へと繰り出した。倭國の天孫を慕ふ諸侯王達は狼煙を上げて離反し、毛人、吾妻、岐美、出雲、袁智と舊の王國が次次と、
獨立不羈 獨り立ちて羈られず
不爲卋用 卋に用ゐられること爲らず
を宣ひ、去る歲に續いて日が蝕ゆれば、天の御恚りだと一齊に干戈を搴げ、其の荒ぶる心火は遂に、穴戶の關を越えた。
六月壬午、戊寅朔庚辰、
倭姬、久賣、波豆、衣評督衣君縣、助督衣君弖自美、又、肝衝難波。肥人等を從へ、兵を持ちて覓國使刑部眞木等を剽劫す。是に於いて竺志惣領に勑して、犯に淮へて決罰しめたまふ。
倭國の直轄、九州に山門への租庸調を强ひる達しを叩き付けられ、本領安堵の沙汰を破られた先の宗主は竺志の女王を擔ぎ出し、覓國使を鏃の蕃屛で圍ひ門前拂ひにした。
「天子の御國を冒す蠻勇、之、不赦。」
此の建白の一線を越えた騷擾に因り、夭帝の詔を承け討伐に乘り出した竺志惣領。處が、今は山門の公僕と雖も、嘗ては竺志で生まれ育つた天孫の赤子。輿の上に坐す倭姬王の御稜威を前にして、在りし日の太宰の府の榮華と沒落が甦り、げに恐れ畏き女王の御前から率ゐた戎馬の影に後退ると、
「このありつる人たまへ。」
倭姬王は輿の上から、天子の御軍を僭り稱へる東夷を睥睨して微動だにせず、何時ぞやの臣下、竺志惣領を一喝した。
「われをばしらずや。」
胎の底から蔭走る倭國に其の操を獻げた太母の恚り。
「などいらへもせぬ。」
「淚のこぼるるに目も見えず、ものもいはれず。」
竺志惣領は鞍上から降り、匍匐禮で己の不敬を大謝すると、人質に等しき薩夜蔴の壹粒胤の歸京を求める訴へを、逆に山門の朝庭へ奏上した事で其の任を解かれた。
先の大亂を斥け、開聞の鄕に還御して早幾歲月。未だ衰へる事を知らぬ竺志の女王の荒魂。其の靈威に遙かなる山河を超えて狂れ、木靈する、もう獨りの女王が、滅鬼積鬼の形相で召し上げた親王と公卿の低頭に、痰火の雨を降り注ぐ。
「國王の仰せごとを、まさに卋にすみたまはむ人の、うけたまはりたまはでありなむや。いはれむこと、なしたまひそ。」
朝の出る幕の勿い國母の迅雷誅烈。鸕野讚良の鳥憑かれた劍幕に息長帶比賣の御亂心を見た下下は、
「多くの人殺してける心ぞかし。」
と畏れ慄き、其の斬つ先が己に向く前にと、其れ其れの征野へ四散した。然して其れは、埀簾の前に立たされ、祖母の口寄せとして勑を發する朝とて同じ事。後宮に引き籠もつた太后と姉氷髙内親王と身を寄せ合ひ、未曾有の風雲に搖らめく燈火の影に怯える夜。其處に、己を三韓征伐を成し遂げた女王の生まれ變はりと信じ込み、御髮を分けて美豆良に結ひ上げ、
夫れ師を興し衆を動かすは國の大事なり。安きも危ふきも成るも敗るるも必ず斯に在り。今し征伐つ所有り。事を以て群臣に付く。若し事不成れ者、罪群臣に有り。是れ甚だ傷きこと焉。吾れ婦女にして之れ加以、不肖。然れど、蹔く男の貌を假て强ちに、雄しき略を起こさむ。上は神祇の靈を蒙り、下は群臣の助けに藉りて、兵甲を振して嶮き浪を度り、艫船を整へ、以て財の土を求む。若し、事就ら者、群臣共に功有り。事不就ず者、吾れ獨りに罪有らむ。旣に此の意有り。
と猛り立つ鸕野讚良に振り囘されて遁れる術も勿く、遂に朝は身も心も盡き果てて倒れ、苦し紛れに寳祚からの降御を太后に訴へた。
「朕御身勞らしく坐すが故に、暇閒得て御病治め欲はむとす。此の天つ日嗣の位は、大命に坐せ大坐し坐して治めたまふ可し。」
無論、子から父への讓位すら例へが勿いと云ふのに、子から母への讓位なぞ以ての外。數少ない女帝も皆、御隱れに爲られた朝に代はり王后が登極されたので在り、王后ですら勿かつた太后が其の大役に適ふ譯が勿い。
「吾は堪へじ。」
太后は頑なに固辭び曰し諫めるも、朝の泣き言が軍神と化した鸕野讚良の鬼火に、猶一層、油を注ぎ、其れ處では勿い。
「御國の大難を前にして、天子の御座を空け渡すとは何事か。」
泣き暮れる孫の衾褥を引き剝がして怒り狂ふ祖母に、道代が盾と爲るも容赦勿き修羅の責め苦。其の騷ぎを聞き付けて不比等は閃いた。
「然うか、彼の酉年女か。」
己の孫を登極させる事しか頭に勿かつた外戚の長は、淡海帝の女で在る太后に天孫の帝位を禪る事で一旦竺志の血が途絕え、阿每氏から大王氏に天命が革まる事を見出した。山門の王位なぞ後囘しで良い。今、此の折りは參種の神璽の主こそ本命。確かに、王后ですら勿かつた母へ讓位は尋常で勿い。然うで勿くとも、女帝は女禍の汚點として忌み嫌はれて來た。だが、其れが如何した。子から母へと帝位が逆流する事で成就する宮廷革命。此れならば、女宮子の懷妊を俟つ迠も勿い。己の血を分けた日嗣が生まれ育つ迠、如何に爲て凌ぐかに腐心してゐた不比等は、一氣に眼の前が啓けた。朝の病弱を此れ幸いと、鸕野讚良に阿每氏排斥の奇手を誑し込み、右も左も判らぬ太后も丸め込んで、
辛巳、
「詔命は受け賜ふ。」
と讓位に向けて一步を蹈み出すと、其の國事鞅掌の最中に女藤原宿禰宮子が懷妊。不比等は外征へと突き進む女王に淮へて絕笑した。
「我、胎中天皇の聲を聞けり。」
甲午、
淨大參刑部親王、直廣壹藤原朝臣不比等、直大貳粟田朝臣眞人、直廣參下毛野朝臣古蔴呂、直廣肆伊岐連博得、直廣肆伊餘部連馬養、勤大壹薩弘恪、勤廣參土部宿禰甥、勤大肆坂合部宿禰唐、務大壹白猪史骨、追大壹黃文連備、田邊史百枝、道君首名、狹井宿禰尺蔴呂、追大壹鍛造大角、進大壹額田部連林、進大貳田邊史首名、山口伊美伎大蔴呂、直廣肆調伊美伎老人等に勑して、律令を撰ひ定めしめたまふ。祿賜ふこと各差有り。
叛旗を飜す古の王朝を平らげ乍ら、不比等は忍壁皇子と粟田朝臣眞人の陣頭指揮の許、山門の律令を撰定し、麾下に列した諸國に班ち賜ふた。倭國の軛を斷ち、新たな宗主の御旗を搴げる集英の結晶。其の中で、粟田眞人の知見と氣骨に不比等は眼を瞠つた。朱鳥四年己丑、不比等が判事に拔擢された其の歲に、筑紫太宰に任じられ竺志の京へ上洛した粟田眞人は、新羅の使節を介して海表の動勢を探り、唐の律令の骨子と仔細を學び、女帝武曌に因る武周革命を知つた。不比等に王朝交替の道を說き、女帝を立てる奇手に導いたのも、此の漢が一役買つてゐる。不比等の邪な狡智とは異質な此の英傑に加へて、服はぬ倭國の亡靈を討ち祓つた將軍石上朝臣蔴呂、紀朝臣蔴呂が、大亂の後の朝堂と天下を宣撫していく。
八月丙戌、丙午朔丁卯、
天下に赦す。但し十惡、盜人は赦の限りに在らず。髙年に物賜ふ。又、巡察使の奏狀に依りて、諸の國司等、其の治めの能に隨ひて、階を進め封賜ふこと各差有り。阿倍朝臣御主人、大伴宿禰御行に、竝びに正廣參を授く。因幡守勤大壹船連秦勝に封卅戶、遠江守勤廣壹漆部造道蔴呂に廿戶。竝びに善き政を襃むれば也。
冬十月丁亥、乙巳朔己未、
直大壹石上朝臣蔴呂を以て筑紫捴領と爲す。直廣參小野朝臣毛野を大貳と爲す。直廣參波多朝臣牟後閇を周防捴領と爲す。直廣參上毛野朝臣小足を吉備捴領と爲す。直廣參百濟王遠寳を常陸守と爲す。
山門の朝堂は放伐に勳が有つた軍士と、寢返つた倭國の遺臣に次次と位祿を授けて懷柔し、決死の抗戰を續ける莫逆の要石、竺志、周芳、岐美、常陸に最後の刺客を送り込んだ。殊に、石上朝臣蔴呂は先の大亂で大友王子の自盡にまで付き殉つた物部本宗家。丁未の變でも廢佛を固持した一族は倭國の番犬蘇我氏に屈し、其の三卋を超えた恨みを晴らす究竟に、西へ西へと戎馬を飛ばした。然して、
十一月己丑、乙亥朔乙未、
天下の盜賊往往に在り。使ひを遣して逐ひ捕らへしむ。
死力を盡くした討征も志半ば、倭國の版圖を大きく下囘る、嘏夷と東國、九州の肥國以南の掌握を一旦先送りにして、山門の軍勢は踵を返すと、稻倉、官衙を攻めて糧食、財貨を奪ひ逃げ惑ふ落人を炙り出す、殘黨獵りの果てに年が暮れた。然して明くる、大亂の餘韻未だ醒めやらぬ初春の事始め、
大化七年辛丑、春正月庚寅、乙亥朔、
天皇、太極殿に御しまして朝を受けたまふ。其の儀、正門に於いて鳥形の幢を樹つ、左に日像、靑龍、朱雀の幢、右に月像、玄武、白虎の幢なり。蕃夷の使者、左右に陳列す。文物の儀、是に於いて備れり。
「吾は堪へじ。」
と唯只管に面を伏してゐた淨御原帝の太后が天孫の大寳に卽位した。天孫の後胤にしてあめのしたしらしめの宗主、竺志の天子にのみ許されてゐた見目麗しい文物を設へ、新き御宇を天下に知らしめる新しき年の始め。倭國から禪り受けた王朝の創業を祝ふ晴れやかな大禮。其の筈が、天帝の赤子が坐す帝位に昇御した女帝に、參列者は眉を顰めた。讓位の詔を賜つてはゐたが、王氏が阿每氏を斥けた擧げ句、眞に女を立てるとは。風雲、能く女人が制へる、と古の例へに有るとは云へ、此れは餘りにも早計にして不遜。然うで勿くとも、雄雄しく聳り立つ參像肆神の御幡とは裏腹に、燻り續ける蕃夷の情勢に落とし處は勿く、歸服せぬ倭國の遺臣に追はれる不穩な船出。見渡す諸國の使者も歲が明ける閒際に漸く寢返つた者許り。女禍として忌み嫌はれる沙汰女を背負ひ、上邊丈けの煌びやかな文物と下下に圍まれて、女帝は寄る邊勿き獨り身の侘しさに、天に奉る宣命と、祝辭に應へる玉音が顫へた。王后の坐す御帳臺なら未だしも、何故、天下の頂、高御座の上に迷ひ込んで終つたのか。愛息の哀願と不比等の入れ智惠、然して何より、猛り狂ふ鸕野讚良の憑き物を宥める爲の登極。山門根子の位は愛息に任せて分け合つた、竺志と山門の雙つの御座。然れど、淨御原帝の起居注は今や女帝に侍從し、愛息は山門の朝堂から略見捨てられた。女帝は擔ぎ上げられた御輿から降りる事も儘爲らず、釘を鎚ち込まれた咒詛の形代の如く、髙御座に磔にされ、肚の底の知れぬ客臣の白き眼に嬲られて逃げ場も勿い。山門の太祖、磐餘彥の天基草創以來の開闢を、心より祝つてゐるのは何れ程居るのか。位祿と榮進に感け、宮柱の蔭で妬み嫉み嘲る利得の傀儡が居竝ぶ朝庭。然して此處にも亦、欲目に眩んだ男が獨り。
己卯、
大伴宿禰御行を正參位大納言と爲す。
此れが不歸の旅路へ持參する冥土の土產に爲るとは露知らず、代々近衞の兵を勤める此の名門は、敍位を賜つた其の足で、對馬より納められた金を檢める爲、大藏省に出向いてゐた。天照神の㠀、天國より送られて來た大寳に躍る心。大寳とは寳祚にして、天子の御位を顯し、其の名分を託された金の貢進は國の威信を左右する。其の任を委された御行は矢も楯も堪らず、然して何より、此の役得を利して、隙有らば金の一塊も拜借しやうと目論んでゐた。處が、封を解いた木箱に敷き詰められた石を見て、大納言は血相を變へた。三田首五瀨は飛んで來た御行に金の在處を問はれて、
「あやしき言かな。」
と木箱の中の石を取つて繁繁と瞠め、弱りましたなと素つ氣なく返す許り。
「裏切つたか。」
と迫られても、
「次官に云はれる覺え勿し。」
と竺志から山門に寢返つた御行の肚を探る始末。
「伴造を呼べ。鍛造大角を、鍛造大角を呼べ。」
默つて見過ごせば良い物を、徒に騷ぎ立てた事で、大寳の貢進による建元の大號令を聽く事も勿く、御行の命運は盡きた。
己丑、
大納言正廣參大伴宿禰御行薨しぬ。帝、甚だ悼み惜しみたまひて、直廣肆《ぢきくわうし》榎井朝臣山門蔴呂等を遣して、喪事を監護らしむ。直廣壹藤原朝臣不比等らを遣して、第に就きて詔を宣らしめ、直廣貳右大臣を贈りたまふ。
庚寅、
皇親及び佰寮とを朝堂に宴す。直廣貳已上の者には、特に御器膳、幷せて衣、裳を賜ふ。樂しびを極めて罷む。
己卯から己丑、僅か十干を數へる内に大伴宿禰御行は薨り、形丈け右大臣を敍けて弔意を押し附けると、翌る日には朝堂で蹈哥の宴を催し、古狸の厄介拂ひを盛大に祝つた。大事の前の小事。年の始めに、此れは幸先が良いと不比等は蹈んだ。粟田朝臣眞人と席を竝べて酌み交はす馬の餞。より大きな國事を成すには、目先の金に吊られる祿潰しなぞ用は勿い。文林の主で存り乍ら文弱で終はらぬ、此の漢の研ぎ澄まされた智力と膽力こそが相應しい。
丁酉、
守民部尚書直大貳粟田朝臣眞人を以て遣唐執節使と爲す。
大海帝の御宇に斷たれた遣唐使の復活。倭國の殘黨や未だ貳心を肚に抱へる小者を默らせるには、より大きな後ろ盾で頭熟しに壓さへ付けるしか勿い。不比等は數多の遣使を呑み込んで來た海表の澎湃にも臆せぬ賢哲の士、粟田朝臣眞人を死地の旅路へと送り出し、其の決死の船出とは裏腹に、女帝が騰極した上に、不比等の女宮子が皇胤を宿した事で御拂ひ凾と爲つた淨御原帝は、俗塵を疏み、療養を兼ねて吉野の隱れ里へと車駕を配した。
二月辛卯、甲辰朔己未
泉内親王を伊勢の齋宮に侍らしむ。
癸亥、
吉野の離宮に行幸したまふ。
淡海帝の女、泉内親王が女帝の御代の齋王として伊勢に遣はされる事に爲つた物の、元來、新帝が卽位して一歳、京の外で齋戒をして後、九月に伊勢に下向する習ひの筈が、二月と云ふ季節外れで不測の登位。淨御原帝の御代の齋王として伊勢に遣はされた當耆皇女も其の任を解かれる事と爲り、慌ただしい讓位の皺寄せで、起居注の主で勿くなつた山門の朝の出御に御伴をする侍從も本の其處此處、見送りに出たのも長屋親王、唯獨り。一歳違ひで氣心の知れ合ふ、元から皇位を爭ふ心算なぞ更更勿かつた者同士、
磐が根の 凝ご敷き山を 越えかねて
哭には泣く友 色に將出め八方
と長屋親王が詠めば、吉野の離宮に引き籠もつた淨御原帝は、
み吉野の山の下風の寒けくに
はたや今夜も我が獨り寢む
と、猿山の頂から降りた途端に大行天皇と呼ばれ、其の名をも奪はれて終ふ身の上を認めて返した。肩の荷から降ろした政。始めから己の器では勿い殿上の角逐。其の續きを未だ續ける漢達の欲と意地の張り合ひも、此の卋を遁れた草の庵に臥して終へば何處吹く風。
三月壬辰、甲戌朔壬辰、
不比等、石上朝臣蔴呂、大伴宿禰安蔴呂、紀朝臣蔴呂が中納言に敍され議政官入り。國の太政を司る、此の上には髙御座のみと云ふ要職。官位も三階上げて正參位に榮進した。かと思ひきや、
甲午、
對馬㠀、金を貢る。元を建てて大寳元年と爲したまふ。始めて新しき令に依りて官名、位號を改制す。
左大臣正廣貳多治比眞人㠀に正正貳位を授く。大納言正廣參阿倍朝臣御主人に正從貳位。中納言直大壹石上朝臣蔴呂、直廣壹藤原朝臣不比に正正參位。直廣壹大伴宿禰安蔴呂、直廣貳紀朝臣蔴呂に正從參位。又、諸王十四人、諸臣百五人に位號を改めて爵を進むること各差有り。大納言正從貳位阿倍朝臣御主人を以て右大臣と爲す。中納言正正參位石上朝臣蔴呂、藤原朝臣不比等、正正參位紀朝臣蔴呂を竝びに大納言と爲す。是の日、中納言の官を罷む。
倭國の冠位を廢して敍位の詔書に依る官位に改め、猫の眼の如き榮位と散位の渦卷く朝堂。中納言を賜つた僅か二日の後に、不比等、石上朝臣蔴呂、紀朝臣蔴呂は大納言へと昇敍した。議政官は淡海帝の忠臣と子息が名を聯ね、逆に、壬申の大亂で大海帝に與した大伴宿禰御行の弟安蔴呂は、中納言の儘据ゑ措かれた擧げ句、中納言の役が泡と消え、官位丈けの空藉に突き落とされて萬事休す。不比等の上位には左大臣多治比眞人㠀と右大臣阿倍朝臣御主人のみ。其の薹の立つた雙りは只の御餝りで、
秋七月丙申、壬申朔壬辰、
是の日、左大臣正貳位多治比眞人㠀薨しぬ。
と、不比等の私念が天に屆いた配劑か、將亦、鼠の抓み喰ひか。獨り復た獨りと覇道を讓る倭國の置き土產。其の天翔る途上に在つて、不比等は大納言として肩を竝べた柿本朝臣人丸に獻哥の一藝で借りが有り、物狂ひの鸕野讚良の心さえ繫ぎ畱める、柿本氏の異能に一目置いてゐた。氏や姓を嗣いだ丈けの凡臣には遠く及ばぬ、神と人の竟を、生と死の渚を閒事なふ稀代の遊部。息長帶比賣の神掛かりの審神者を勤めた、古道の舊家と僭り稱へるしか能の勿い中臣氏とは、比べ物に爲らぬ。此の漢は本物だつた。哥聖と崇められる文林の名士になぞ用は勿い。史書に曆を綴るにしろ、星を筮ふにしろ、言の葉に宿る魔性と神韻勿くしては儘爲らぬ。知謀を超えた往にし方の巫術。何時亦、人丸の魂振りに佐けられるやも知れぬと、心の何處かで賴りにしてゐた。然れど、不比等の僞りの勿い信服は片念ひでしか勿かつた。
八月丁酉、辛丑朔癸卯、
參品刑部親王、正參位藤原朝臣不比等、從肆位下下毛野朝臣古蔴呂、從伍位下伊吉連博德、伊餘部連馬養等を遣し、律令を撰び定めしむること、是に於いて始めて成る。大略は淨御原朝庭を以て准正と爲す。仍りて祿を賜ふこと差有り。
倭國律令の令廿二卷に比して、僅か律六卷令十一卷なれど、大寳を禪り受けた新き王朝の新き律令。官位、建郡と前倒しで推し進めてゐた卷子の全貌が此處に成る。唐と倭國の向かうを張る法の朝典。其の校了を祝ふかの如く、
壬子、
夫人藤原氏に皇子誕す也。
甲寅、
河内、攝津、紀伊の國に使を遣して、行宮を榮造せしめ、兼ねて、御船卅八艘を造らしむ。豫しめ水行に備ふと也。
九月戊戌、庚午朔丁亥、
天皇、紀伊國に幸す。
冬十月己亥、庚子朔丁未、
車駕、武漏の溫泉に至る。
戊申、
從へる官、幷て國、郡の司等に階を進め、幷て衣、衾を賜ふ。及び國内の髙年に稻を給ふ各差有り。當年の租調、幷て正稅の利を收ること勿からしむ。唯、武漏郡のみ本利竝に免し、罪人を曲赦す。
戊午、
車駕、紀伊自り至りたまふ。
己未、
駕に從へる諸國の騎士に當年の調庸及び擔夫の田租を免す。
新益京から凡そ一月の舟旅を遙して、武漏の白浜を群臣貳千を優に越える鹵簿が埋め盡くしてゐる。女宮子の宿した先帝の皇胤が無事產聲を上げたとの報せに、九海士の實家で產褥に就く其の勞を犒ひ、天孫の日嗣を京に迎へ入れる爲、三十八艘もの御座船、刳船を新たに造り、不比等は意氣揚揚と紀伊國に乘り込んで來た。天孫の大寳を降りた、山門の朝の湯治と勇退を兼ねた最後の花道なぞ事の序で。隱栖の宮へ押し込まれる先帝は租調の積み荷の樣に運ばれて、行幸の本隊を俟つてゐた。床つ身に堪へる晚秋の潮風。卷き上がる濱の眞砂を被り、未だ御歲で廿にも滿たぬと云ふのに、其の精も根も盡き果てた老いらくの彳まひ。漸く合流した鸕野讚良と新き女帝は、鳳輦で悠悠と陸路を逍遙し、先帝を武漏の湯船に乘せ替へた後、僅か數日の逗畱で京へ蜻蛉返りする不穩な巡行。湯治場に置き去りにする捨て子から出迎へを受ける、母と祖母の姿を遠卷きに眺め、柿本朝臣人丸の恚りは心頭に達した。己の血を分けた皇胤と引き換へに引導を渡す不比等の鬼畜の所業。山上憶良に長奧蔴呂、名の有る哥ひ手を引き聯れ、哥聖として旅哥を獻る譽れを胸に、先轍を亂す事勿く扈從してゐた勿け勿しの恭順も、最早此處迄。
人丸は此の大行幸の先先で、正統とは名許りの、禪讓の化けの皮を目の當たりにし、史書の闇に葬られていく者達の無言の叫びを聞いた。竺志に最後の最後まで忠誠を立てて戰つた一族は非人と呼ばれ、祖神の眠る奧津城の許に追はれると、討ち滅ぼされた祟りを封じる墓守として怨靈の番を强ひられてゐた。新き王朝に因つて放伐された落人の里を、是見よがしに巡る覇者の凱旋。倭國を貶め辱める餘りの仕打ちに、干戈の主に與し、竺志をツクシと訛るのを打ち消す事にも疲れ、保身に感ける己を羞ぢた。此の景勝を哥に詠めと云はれた人丸は、白浜の渚を辿つて眼と鼻の先に在る哥枕に向き直ると、
後見むと君が結べる磐白の
小松が末をまた見けむかも
濱風に乘つて黃泉復る無念に狂れて、渾身の魂振りを絕唱した。卋を越えて繰り返される權謀術數。吹き荒ぶ遺恨の應酬。有閒王子を逆心の罠に陷れた淡海帝の影を諷めかす劾哥に、物狂ひが振り返す鸕野讚良。其の火を噴く惡鬼の形相を、
「國王の仰せごとをそむかば、はや、殺したまひてよかし。」
と人丸は面罵し、
「なに仰す、人麿。あへなし。」
と阿倍朝臣御主人が閒に入るも、
「吾、人丸也。竺志もツクシに非ず。」
と恫喝し、其の場で扈從の任を解かれた。圖らずも不比等の前から復た獨り、倭國の置き土產が去つて行く。人丸は正陸位下まで蹴落とされ、最早、山門の京に居場所は勿く、日成らずして人の國へ飛ばされる事と爲る。
不比等の兒、安宿媛を產み落とし、京で還御を俟つてゐた道代は、先帝を牟婁の湯に置き去りに、女宮子の授かつた皇胤を輿に乘せて現れた不比等を默つて出迎へた。誇りと屈辱、快樂と禁欲の入り混じつた殘酷な雙つの賜物が、王朝開闢の元年に相揃ふ因果。不比等の念ひ描く史書の儘に生を受けた、雙りの乳飮み子の遁れ得ぬ鎖爲を愛す術も勿く、天下の曆數は星星の囘廊を擦つて瞬き、唯只管、既倒した銀瀾に押し流されていく。
大化八年壬寅、二月癸卯、戊戌朔
始めて新律を天下に頒つ。
庚戌、
大幤を班たむ爲に、驛を馳せて諸國國造等を追て、京に入らしむ。
丙辰
諸國の大租、驛起稻及び義倉、幷て兵器の數の文、始めて辨官に送る。
丁巳、
諸國の國師を任く。
乙丑、
諸國司等、始めて鎰を給はりて罷る。
三月甲辰、戊辰朔乙亥、
始めて度量を天下の諸國に頒つ。
四月乙巳、戊戌朔庚戌、
詔して、諸國の國造の氏を定めたまふ。其の名を國造記に具なり。
不比等が倭國の許で任官された諸國の國造を都に召し上げ、大幤を班給する事で祭祀を司る譽れのみを與へて骨拔きにし、世襲の軛で縛り上げると、大寳律令の許、新たに敍けられた國司達は、官衙正倉の實權を握る鎰を帶びて任國へ一齊に下向し、改新の詔で定めた倭國の物差しを折り、桝を碎いて、度器と量器を改め、新き王朝の祖調に備へた。天下を統らす律令が遂に整ひ、殘る大業は唯獨つ。
八月戊申、丙申朔、
薩摩、多褹、化を隔てて、命に逆らふ。是に於いて、兵を發こし征討し、遂に戶を校べ、吏を置く焉。
辛亥、
正參位石上朝臣蔴呂を以て太宰の帥と爲す。
九月庚戌、乙丑朔戊寅、
薩摩の隼人を討ちし軍士に、勳を授くること各差有り。
丁亥、
天下に大赦す。
十月庚戌、乙未朔丁酉、
是より先、薩摩の隼人を征する時、太宰の所部の神九處を禱み祈るに、實に神威に賴りて遂に荒ぶる賊を平げき。爰に幣帛を奉りて、以て其の禱を賽す焉。唱更の國司等言さく、
國内の要害の地に柵を建てて、戌りを置きて之を守らむ。
許す焉。諸神を鎭め祭る。參河國に幸せむと將にしたまふ爲なり。
山門の王化に從はず、薩摩に陣を張り、未だ朝命に抗ふ倭國の遺臣。其の忠烈を打ち碎く可く、石上朝臣蔴呂を擁して竺志惣領から兵部の構へを改め、太宰府が直直に轄まる九州の諸司を掌握し、
「敵は羅寇に非ず、竺志に在り。」
東國から防人を召し上げて竺志を見張り、衞りを固めた。其の成果を見定めて、國母が最後の腰を上げ、鳥憑かれた私命の炎群を燒き盡くす。
甲辰、
太上天皇、參河國に幸す。諸國に令し、今年の田租を出だすこと無からしむ。
戊申、
律令を天下の諸國に頒ち下す。
群れの長を若獅子に斃され、吾が兒までも嚙み殺された途端、其の若獅子に盛り附く牝獅子の樣に、鸕野讚良は妹が天孫の大寳に卽位し、阿每氏から王氏へ天命が革まつた途端、吾が兒の忘れ形見で存る淨御原帝を最早顧みず、王氏を號る新き女帝に己を重ね熱狂してゐた。父の亡靈を道連れに、阿每氏の根絕に心火を燃やす國母の最後の花道。鸕野讚良は尾治、三野、伊卋、伊賀、參河と、見渡す限りの社稷を巡り、新律に諾ふやう、各地で租調を免し、恩賞を施して、長い物に阿る人心を誑し込み、王朝の基を磐石の物としていく。天命が革まつた御宇を知らしめ、霏霺く鹵簿の覇。息長帶比賣に淮へ、三韓討征も斯くやと云ふ壯途を遣り遂げると、女王の總ての憑き物は、落花啼鳥にして、年の始めを俟たずに事切れた。
十二月癸丑、癸巳朔甲寅、
太上天皇、崩りましぬ。
不遇を託つてゐた不比等を召し上げ、數多の物狂ひで山門の朝堂を搖るがせた、鬼子母の大往生。廢都の如く總てが瓦解した女王の、絕望と逆上の亂髙下に怨まれ、佐けられて此處迠來た不比等は、殯の宮に眠る御遺形が、未だ拭ひ切れぬ仇を討つ爲に、今にも黃泉復るのでは勿いかと、人智と道理を超えた其の邪な能を欲し、女王の恚りを目覺めさせる爲、咒詛を念じ續けてゐた。
女禍を以て大禍を制す。斯樣な驗擔ぎに未だ賴るとは、全く、懲りぬ男だ。人の卋の迷ひから解かれた屍に、此の上、何を求めると云ふのか。鯔の詰まり、弔ひなぞと云ふ物は死者の爲で勿く、生き殘つてゐる者達の慰めでしか勿い。道代は毒夫の盡きる事の勿い妄執を橫目に、骨肉の遺恨に塗れた荒ぶる魂に安らぎは有るのか、新き王朝の榮華が果たして心の濟ひに成り得るのかを問ひ續けた。旣に挽哥を奉る人丸の姿は勿く、新たに宿した命が血で血を澡ふ星の許に產まれ落ち、更なる禍根を引き繼いでゐる。何時果てるとも知れぬ愛憎の相克。鳥憑かれた女王の御亂心なぞ、外傳の添へ書に如かず。道代は唯唯、罪荷の獨つを解かれた氣がして、帛に覆はれた柩に手な心を合はせた。
大化九年癸卯、
大寳元年に山門王朝の上表文を託され、遣唐執節使に任じられた粟田朝臣眞人は、兵亂の燻る竺志の水門から西方の絶域に向けて楫を漕ぐも、瞬く閒に海表の嵐に呑まれ、翌る大化八年壬寅、六月丁未に今一度、舫ひを解き、艱難辛苦の末に大願の支那の濱邊に漂著した。其處で、
初め唐に至りし時、人有り、來たりて問ひて曰はく、
何處の使人ぞ。
答へて曰はく、
日本國の使なり。
我が使、反りて問ひて曰はく、
此は是れ何の州の界ぞ。
答へて曰はく、
是れは大周楚州鹽城縣の界なり。
更に問はく、
先には是れ大唐、今は大周と稱く。國號、何に緣りてか改め稱くる。
答へて曰はく、
永淳二年、天皇太帝崩じたまひき。皇太后位に登り、稱を聖神皇帝と號ひ、國を大周と號けり。
問答略了りて、唐の人我が使に謂ひて曰はく、
亟聞かく、海の東に大倭國有り。これを君子國と謂ふ。人民豐樂にして、禮儀敦く行はるときく。今使を看るに、儀容大だ淨し。豈信ならずや。
語畢りて去りき。
右も左も判らぬ粟田眞人は、打ち上げられた船の前に現れた浦里の民に、筆を執つて語り掛けると、旣に唐國は大周と號を改めゐた。埀簾聽政を强き、皇帝李治崩御の後、皇后武曌が初の女帝として騰極を果たした事は了知してゐた物の、眞逆、國號までも覆してゐたとは。武曌の龍顏に浴する爲、身命を賭して海を渡つたと知つた途端、里の者は氣色を變じ、粟田真人を官衙へ先達しやうともせず、吾れ關せずと其の場を立ち去つた處を見ても、女帝の專橫は餘程の不興を買つてゐるので在らう。日本とは耳慣れぬ國なれど、大倭は禮節の國。其の身形を見ても信に足ると云はしめて猶、周に與する者は腹に据ゑ兼ねるとは。
一抹の不安を胸に長安に至つた粟田真人は、皇帝武曌への拜謁が許されると、頂きの插花が四方に埀れる進德冠に紫袍を纏つて、帛の絹を以て腰の絛帶と爲す、禮服冠に精美を極め、胸には、
日本國王主明樂美御德
と女帝の名を署した上表文を擁して朝見に臨んだ。倭國に取つて替はつた日本國の御披露目。然れど、眞の皇帝を前にして、東夷の蕃屛が天皇を號る事は憚られた。支那の帝號を僭り稱へれば倭國の二の舞ひ。此の謁見に到る迠も、
多く自ら矜大。實を以て對へず。
と周都の官吏は倭人で存り乍ら日本國を號る粟田眞人に難色を示した。樂浪海中の東の果て、扶桑の地、倭國の、更に東に日本國は在ると幾ら說いても、斯樣な國は聞いた事が勿いの一點張り。大海帝の御宇より國交を斷ち、禮を失してゐたが故に、遣使の言、信に不能、と鼻先で遇はれる始末。新き王朝の國運を委され、二度の渡海を强ひられて漸く辿り著いた拜塵の一期。凡臣の顔色を一々窺つてゐては埓が明かぬ。粟田眞人は上表文を拜呈すると、女帝を尊崇する念ひの丈を、閒髮を入れず奏上した。
「已むに已まれぬ子から母への讓位を堪へ忍び騰極した皇帝に學び、吾が日本國も、倭國から其の體を繼ぎ基を承け、貽厥された大寳に女帝を立てて早幾歳。子から父への讓位すら習ひも勿ければ例へも勿く、斯樣な日嗣は一方ならずと論ふ者、數知れず。其の道程は百折不撓の日日。然り乍ら、其の甲斐有つて、今や唐日兩國は泰然として治まり、蠻血に穢される事勿く、宮廷の奧室で肅肅と天命を革めた其の手腕、將に敬天愛人の明君なればこそ。」
巧言令色を鏤めた女禍を拂拭する懸河の辯。反動勢力に手を燒いてゐた武曌は歡天喜地に達し、粟田眞人の人品朗色を讚へて官職を敍けると、倭國から日本國へ王朝が更代を果たした事を承認し、通交を結ぶ不臣扱ひの一國として、國號を倭國から日本國に爲せとの詔と、
「次の遣使には日本の靑史、日本書を奉れ。」
との宸旨を託して送り出した。
大長元年甲辰、秋七月辛未、甲申朔
正肆位下粟田朝臣眞人、唐國自り至る。
支那の女帝から賜つた詔書を携へ、粟田眞人が生きて海表の絕域から歸國の途に就いたとの報せを受けると、不比等は總ての政を差し措き、難波の水門で出迎へた。大海を割き、大國の北闕を穿つ其の一念。矢張り此の漢の才幹から迸る氣焰は本物で存つた。外洋の照り返しで潮燒きにされた、赤銅の破顏から零れる呵呵とした皓齒。其の眩しさが王朝顚覆の闇を吹き飛ばす。干戈の主だ、女禍の徒花だと、臣民から謗りを受けるのは山門の女帝とて同じ事。其處に天から下された日本國を承認する大國の國書。此れに優る後ろ盾が有らうか。不比等は顫へる手で皇帝の印璽を捺された封を解き、男勝りの硬質雄毛な宸筆に目頭が緩む。すると、健墨が踊る白文の中に、大和の二文字が在るのを見て、其の字義を問ふた。粟田眞人が答へるに、
「倭を和と訓み違へるのは北狄の訛り也。故に、鮮卑の唐人は倭に和の字を當て、大周の官吏も文書にて大倭を大和と書く也。」
苦笑する殊勳の遣使に對して、日本國の基から倭國の遺風殘滓を覆ひ隱す爲、倭を倭に訓み替へて親書を認めてゐた不比等の顱頂に、天啓が落雷した。今の今迠、何と下手な小細工に虛實を盡くしてゐた事か。
「大倭なぞと云ふ下賤な字面より、大和こそが日の本に相應しい。」
十一月丙子、癸未朔壬寅、
始めて藤原京の地を定む。宅の宮中に入れる百姓一千五百五烟に布賜ふこと差有り。
不比等は竺志の兵亂が鳴りを潛めた處を見計らひ、薩夜蔴の壹粒胤の禁足を解いて、内裏から叩き出すと、大周の皇帝武曌に日本國建立を認められた大慶を壽ぎ、飛鳥宮での政を引き拂つて、後に藤原の名を冠する京に滿を持して遷府した。鼓吹萬雷の御練りを從へて、公卿佰寮が繰り出す其の賑はひは、當に雲上を霏霺く銀瀾の如し。今や行き交ふ雜沓の巷塵に卷かれて、京の片隅に追ひ遣られた竺志の日嗣を見返るのは、御薦か將亦、野良犬か。最早、御餝りにも呼ばれぬ最後の天孫は、其の零落に乘じる外に爲す術が勿い。
天皇、別離の心、堪へ難く。愁緖の御淚に溺る。翠帳紅閏を思ひ、隻枕に昔を歎く。二卋の眤しき契約ひの密語に於いて、外朝に出居を發することを御志して幾時も不ず。
大所帶の宿替へで犇めく京の條坊。其の合閒を縫つて衞門府の眼を盜み、龜の瀨を潛り拔けて山門を脫した竺志の日嗣は、流謫の途に追ひ遣られるかの如く西を目指した。人質を逃した不比等は追つ手の手綱を敢へて弛めた。倭國の殘黨を誘き寄せるのに手頃な撒き餌を、見す見す捕らへては藝が勿い。悲願の歸京を果たした薩夜蔴の壹粒胤は、俘虜と爲つて唐から送還された父の如く、旣に廢人と化してゐた。
冬十二月丁丑、壬子朔甲寅、
帝、一寳の劍を帶び、一白馬に騎して幸山階山を潛行し、終に還御す。舟は波を凌ぎ、路は嶮難にして、虛空を馳せるが如し。遂に太宰府に臨著り、彼に御在于した。越月、奧に於いて、當ふ神獄の麓に離宮を營溝むを欲する。故に九州の諸司に宣旨する也。
後の開聞の古事には勇ましく綴られてゐても、尾羽打ち枯らして舞ひ戾つた最後の天子に、最早、竺志を再興する餘力は望む可くも勿く、卅歲で一卋の隔てを經て再會を果たした倭姬王は、父薩夜蔴の歸りを待つ稚兒の俤とは程遠い蹌踉とした姿に淚潺を不得禁ず、日嗣の還御を祝して年號を大長に改め、無爲無能を堪へ忍んだ慘めな風露星霜を勞つた。本領安堵の沙汰を反古にした山門の逆賊を誅罰す可く、倭國に普く義烈の士が最後の力を束ねる御旗を勤める事も勿く、
大長三年丙午、春三月壬辰、甲辰朔辛亥、
聖帝、天壽七十九にして此に崩御す。仙土の陵が神殿に當る也。阿彌陀如來の示現なされた帝皇也。
地に墮ちた天子が天に召され、竺志の皇胤が途絕えると、時を同じくして、山河を越えて坐す、もう獨りの天子も、其の敢へ勿き天命を全うし、終の褥を迎へる事となる。
八月戊戌、壬申朔庚子、
參品田形内親王を遣して伊勢大神宮に侍らしむ。
愈愈以て氣色險しく、衰亡の一途を辿る淨御原帝の體不豫。不比等は何時身罷るとも知れぬ山門根子天皇の御位を女帝に禪り受ける可く、先ずは亀卜の卦辭に據つて撰ばれた田形内親王を伊勢に送り出し、其の兼祚に備へた。女帝の坐す皇帝の禱念を託されて登位した、託基皇女と合はせて雙りの齋王。幻の宮に入り亂れる竺志の神子と山門の神子を、天照神は如何な面持ちで見下ろしてゐる事やら。
十一月庚子、辛丑朔癸卯、
朕、虛薄を以て、謬りて景運を承けたり。慚づらくは、石を練る才無くして、徒に鏡を握る任を奉けたることを。日旰くるまで飡ふことを忘れて、翼翼の懷ひ愈積り、宵分くるまで寢ぬることを輟めて、業業の想ひ彌深し。冀ふは、覆載の仁を覃して、遐く寰區の表に被らしめむことを。況や、王、卋に國の境に居りて、人民を撫寧し、深く舟を竝ぶる至誠を秉りて、長く朝貢の厚き禮を脩む。庶はくは、磐石基を開きて、茂響を麕岫に騰げ、維城固を作して、芳規を鴈池に振るひ、國内安樂にして、風俗淳和ならむことを。寒氣嚴切なり。
新羅の王、隆基より勑書を賜ひ、其の返筆の外に胸の内を明かす物の勿い孤宮隔卋の朝。不比等は夜殿に何者も寄せ附けず、日一日と瘦せ衰へていく其の容態を閲すると、薬師の施術も程程に、除病平癒の加持祈禱も執り行はず、牛馬を値蹈みする一瞥を泳がせた丈けで、用濟みと爲つた籠の鳥が事切れるのを俟ち續けた。女宮子の賜つた吾が直孫、首皇子が騰極を果たす爲には、此の若き老い落も後後の障りと爲る許り。下手に息を吹き返して、餘計な火胤を撒かれては元も子も勿い。藤原の氏上を號らぬ者が太子を立てる事は、何人たりとも不罷成。淡海帝の女で外戚の勿い利を生かし、此の儘、女帝が山門根子の御位も兼祚すれば、如何なる皇胤も手が出せぬ。其の嗣ぎには氷髙内親王も控へてゐる。首皇子に女の安宿媛を娶らせて日嗣を宿し、阿每氏と王氏の嫡流を藤原の血で塗り替へる其の刻迠、朝の孤閨は天岩屋戸。眞に女帝と云ふ物は消し炭を金に變へる女神也。光を操り、日嗣の闇を生み出す其の魔力。烏玉の夜伽に潛み、殿上人の惡夢から惡夢へと暗躍する不比等に取つて、女王とは史書、其の物で存つた。
大長四年丁未、六月丁未、丁卯朔辛巳、
天皇崩りましぬ。
秋七月戊申、丙申朔壬子、
天皇、大極殿に卽位きたまふ。詔して曰はく、
現神と八洲御宇山門根子天皇が詔旨と勑りたまふ命を、親王、諸王、諸臣、佰官等、天下公民、衆聞きたまへと宣る。關くも威き藤原宮に御宇しし山門根子天皇、丁酉の八月に、此の食國天下の業を、日竝所知皇太子の嫡子、今御宇しつる天皇に授け賜ひて、竝び坐して此の天下を治め賜ひ諧へ賜ひき。是は關くも威き近江大津宮に御宇しし大倭根子天皇の、天地と共に長く日月と共に遠く改るましじき常の典と立て賜ひ敷き賜へる法を、受け賜り坐して行ひ賜ふ事と衆受け賜りて、恐み仕へ奉りつらくと詔りたまふ命を衆聞きたまへと宣る。
深宮に籠もり、體不豫を養はれてゐた淨御原帝が御隱れに爲ると、天孫の神璽を嗣いだ女帝は、父で存る大倭根子天皇、淡海帝の定めた、天地と共に長く日月と共に遠く改るましじき常の典の基に、大八洲を統らしめし、山門の髙御座に兼祚する事を、天上天下に奉つた。永卋不易の古道に則り、山門の祖廟禮式を千代の果てまで護り拔く。迺ち、竺志の天道、阿每氏の血脈を斷つと言擧げた神女王は、倭國の向かうを張り、近江大津宮で王朝を創業し、僅か四歲で廢號された近江年號を建元した父の亡靈に導かれ、其の大願を成就した。阿每氏に破れて天孫の嫡流を經巡り、父から女の許に舞ひ戾つた山門の寳祚。淡海帝の無念を晴らした女帝の宸襟は如何斗りか。さぞ、哀切此の上勿き、滿腔の隨喜に醉ひ癡れてゐる物かと思へば、然に非ず、其の舊懷に去來するのは、唯唯、心の安まる事も勿く、禁中に取り殘されて靜觀する、物換星移の果敢勿さ許り。倭國を討ち拂ひ、社稷と神璽を簒奪して帝位に昇り詰めた處で、天に召された朕が兒を聯れ戾せる譯でも勿い。年齒夭くして騰極を强ひられ、一日萬機の多端な庶務に堪へ切れず、徒に壽命を縮めて終つた先帝の末路。臥病に窮する吾が兒の願ひを聞き入れ、其の荷を獨つでも降ろして遣り度い一心で、王朝の太祖を引き受けはした物の、父の遺德を借りて下す勑に如何な御稜威が有ると云ふのか。況して、不比等の思ふが儘に執り成す政は下下の不興を買ふ許り。賀茂の血を引く女の宮子が、己の繰り返してきた謀を吹き込まぬ樣に、首皇子の許から引き離し、安宿媛の皇后宮に幽閉して宮子の心を苛むに至つては、親も子も勿い不比等の仕打ちに朕が身を咒ひ、御所の孤閨を脅かす兵馬の嘶きに顫へ乍ら、女帝は眠れぬ夜を數へた。
ますらおの鞆の音すなり物部の
大臣楯立つらしも
御名部皇女の和へ奉る御歌。
わご大君物な思ほし皇神の
つぎて賜へるわれ無けなくに
本來、卽位の禮で參像肆神の文物と肩を竝べ、儀仗を構へるのは兵部の名門、物部氏の勤め。其の後裔、石上朝臣蔴呂は飛鳥帝の騰極から大盾を樹てまつる大役を果たして來た。筑紫捴領、太宰の帥と歷任し、新き王朝に服はぬ竺志を平定した將軍が、己の晴れ姿を思ひ描き、晴れの日を指折り數へて俟つのは當然の事。處が不比等は其の榮え有る譽れを剝奪し、在らう事か大極殿から締め出して、式を强行した。
「竺志の帝位丈けで勿く、山門の王位までも女帝が引き繼ぐとは何事か。子から母への禪讓と云ふ丈けで尋常ならざる沒義道の極み。王朝の創業と聞こえは良くとも、行き著く處は干戈の主。女身の血れ丈けでは飽き足らず、吾等が兵部の手を血して射止めた寳冠に、如何程の聖德が備はつてゐるのやら。唐の女帝が實子から禪讓を受けたからとて、其れに倣ふ謂はれが何處に在るのか。往古より竺志の猿眞似を續けて、物嗤ひの種を撒いた先人を御忘れか。」
征西討倭の武勳で騰せ上がり、女帝の兼祚を詰る石上蔴呂の不穩な動きに、然も有りなんと先に手を打つた不比等の勘所。そろそろ彼の男も五月蠅く爲つて來た。離反者の歸服に手閒取り、未だ豫斷を許さぬ天下。大化九年癸卯、閏四月丁巳、辛酉朔に右大臣阿倍朝臣御主人も薨り、議政官を牛耳る不比等に取つて、如何に九仞の功有らうと、餘計な野心を懷く曲者は一簣に虧く。怨靈調伏の僧が取り憑かれる例へも有り、此の先、再び竺志に送り出して寢返りでもされたら、眼も當てられぬ。己の面目を潰された位で管を卷くやうでは、今の内に選り分けて措くに如くは勿い。卽位の禮で女帝が御言宣りした不改しじき常の典なぞ何處吹く風、不比等は神璽の伴はぬ山門の大禮なぞ二の次三の次と御座なりに構へて逆撫ですると、古道を蔑ろにされた石上蔴呂は、新帝の御前で纏ふ儀仗の權みを、
「誰ばかりおぼえむに。」
と是見よがしに放言し、新き王朝に獻げた忠烈を竝べ立てて吐き捨てた。
「あな、かひなのわざや。」
默つてをれば位祿に苦勞はさせぬ物を、何故に男は斯くも虛心に泳がされ、自らの怒濤に溺れていくのか。不比等は石上蔴呂を斥ける根囘しを進め、徒に騷いで己の首を絞めた父大伴宿禰御行の仇を討たず、胸の内に治めて實を取つた嫡男安蔴呂の物判りの良さこそ、人の上に立つ者の甲斐性だと思ひ知る。男の妬み嫉みの獅子吼なぞ物の數では勿い。女王の强さと危ふさを手懷けて來た不比等に取つて、力任せの力なぞ能に非ず。斯樣に無粹な夜郞自大も甚だしい石上蔴呂の反り返りも、其の内、自重で壓し折れて、向かうから泣きを入れて來るのが落ち。然れど、
取るに足らぬ其の尊大な物云ひの中に、唯獨つ氣に懸かる事が不比等には有つた。
「扶桑壹の刹柱と天下に衒した、法興寺の五重塔の再建も儘爲らぬ竺志なぞ、最早相手に爲らぬ。」
征西の驗を手土產に凱旋した將軍は、上宮法皇多利思北孤の姿を模つたと云はれる、等身の觀卋音菩薩像を朝堂で橫倒しにし、仰向けの額を踵で躙り雄叫びを上げた。餘りの蠻勇に、
「佛と竺志の祟り有り。明日は吾が身。」
と眉を顰めた公卿佰寮。足蹴にされた法興寺の觀卋音菩薩像は其の後、如何爲つたのか。然して、白鳳十八年戊寅、竺志の大地震で倒壞は免れた物の、解體した儘、野積みに爲れてゐると云ふ五重塔。更には、竺志の大禍を報せる臘子鳥の大群と靈鳥の顯現。眼に見えぬ緣の紙縒りで絡み合ふ數奇な追想が、此の手で政敵に科した藤の木の軛の樣に、喉元を締め上げる。
不比等は頭を振つて衣冠を規し、倭國に纏はる胡亂な兆端を拂ひ除けた。戎馬を飛ばすしか能の勿い荒くれの戲言に氣を揉むなぞ蚤の小膽。暇を持て餘した將軍の御守なら小兵に任せて措けば良い。其れよりも、
不比等は宮の外で怒りの楯を打ち鳴らす石上蔴呂に怯え、猜疑の虜と化した女帝が孤閨に泣き臥し、政が疏かに爲る許りと聞いて禁中に足を運んだ。
「山の災ひ止まず。日旱、田苗を燋萎し、天下、疫し餓ゑぬ。山川に祈禱し、神祇を奠祭れども、未だ效驗を不得。寛仁を布して以て民の患ひを救はむとするも限り有り。是れ朕の薄德のみならず、竺志の祟り也。先帝の夭折、臣下の莫逆も、總ては是れ、神璽を奪はれ、皇胤を斷たれし竺志の祟り也」
在りし日の鸕野讚良ならば前後不覺で鳥亂し、人や物に當たり散らす處を、衾を被り顫へてゐる女帝を見下ろして不比等は興醒めした。斯樣に溫和しいのでは大禍を制する女禍の勤めは儘爲らぬ。其れならばと、扈從する道代に耳打ちし、窮鼠を嗾けた。
刀子娘の舘に足繁く通ふ者有り、
「いと忍びて。」
事の委細を審らかにせずとも、唯、此の獨言で事足りた。最愛の夫と息子を夭くして失ひ、其の情の深さが禍ひして拗れた、心の紙縒りに火を點ける後宮の醜聞。女としての幸せ、母としての幸せを奪はれて堪へ忍び、身も心も貞して獻げる事が何よりの弔ひに爲る。然う信じて疑はぬ後家の執念に、耳の越度が通じる筈も勿い。弧寡の操を極めて重んじ、有無を云はさぬ女帝の逆鱗。日頃、淑やかな手弱女の餘りの劍幕に道代は泡を喰つた。
「佐渡に流せ。」
禁中の瓦樓を搖るがす激昂は將に鸕野讚良の生き寫し。愛息を裏切つた遊女を除籍し、廢黜の處罰を下して荒れ狂ふ鬼子母を、不比等と道代が諫めて如何にか貶黜に畱め、何とか其の場は治めた物の、八つ裂きにせん許りの勢ひに肝を潰した。矢張り、肚違ひと雖も鸕野讚良の妹、蘇我の血は爭へぬ。禁中を聾する騷ぎの甲斐も有り、此れは首皇子と立太子の册立で爭ふ、刀子娘の雙りの息子の皇籍を剝奪する爲の誣告では、との謗りを巧みに遁れた。王妃から嬪の稱號を奪ひ、息子を太子から引き擦り降ろす丈けなら、刀子娘に廢黜を下す迠も勿い。首皇子に女を入内させた石川と紀氏に、外戚への足掛かりを許さぬ、藤の蔓の先鞭。況して、石川は蘇我の末裔。先祖を辿れば建内宿禰に辿り著く、息長帶比賣の御宇から仕へた倭國の傀儡。眞に蘇我と云ふ族は、切つても切つても生えて來る蜥蜴の尻尾也。不比等は石川に限らず、古豪と名の附く執濃い出自の眷屬を、賣り物に爲らぬ廢鷄の樣に締め落とした。
竺志の祟りなぞ恐るるに足らず。斯樣な能が有るのなら、薩摩の果てまで落魄れる事も有るまいに。散々蕃屛の恨みを買つて來た天孫に恨まれる覺えなぞ勿い。怨靈なら倭國に殉じた逆賊を墓守にして封じて在る。氣に病むのなら、牟婁への巡幸で見て囘はつた非人の里を、もう一巡りして來れば良からう。總ては此の手な心の上を轉び、服はぬ者は零れ落ちていく。女帝を煽り、議政官を束ね、人の手すら血さずとも、右から左に差配する丈けで萬事が治まる我が卋の春。寢首を搔かれはしまいかと闇に怯え、人に背を向けて步く事すら避け、
「去ね。」
と飛鳥帝に足蹴にされて面を上げる事すら敵はず額突いた、輕慮淺謀の日日が寧ろ懷かしい。今では臣下の眼を瞠めて先に逸したら切る。唯、其れ丈けで事は片付き、一抹の物足り勿さを覺える今生の榮華。其の氣怠さは最後の総仕上げに取り掛かる前の、幽かな休らひの一時で在つた。
不比等は徐に書机から腰を上げ、女帝が卽位の禮で折に觸れた、
山澤に亡命して軍器を挾藏し、百日まで首せずんば、復た罪ふこと初めの如くす。
其の日切りに達した詔を遂せ付かり、倭國最後の牙城、薩摩への再征に乘り出した。山門の王朝が統らす大八洲の新き史を奉るのに、敗れし者の古き史に用は勿い。萬全を期して臨む、不比等の壯大な遠望本懷。敵は淡海帝の正室で在つた、倭姬王を莫逆の御旗に立て籠もつてゐると云ふ。衆を惑はす日巫女の淺からぬ因縁に、
「薩摩の化け猫を成敗せよ。」
と不比等が息卷く其の裏で、倭國に身も心も獻げた漢が、竺志からも山門からも遐く離れた人の國で、獨り哥枕に臥し、言切れた。
大長四年丁未、石見國に於いて髙津にて死す。
丹比眞人の柿本朝臣人丸の意に擬へて報へるたる哥一首。
荒浪に緣り來る玉を枕に置き
吾此閒に有りと誰か吿げけむ
女王の雅趣に逆らひ、石見國の官衙に追ひ遣られた柿本朝臣人丸の最期。怒濤の亂卋に呑まれた哥聖は、辭卋の句を唱へる事すら許されず、風の便りが掠めた音沙汰に舞ひ上がる、三十一文字の獨片。其れも、大化七年に身罷りし人丸の僚友、左大臣多治比眞人㠀を淮へた黃泉人に、
「是れこそ魂極まりて降りて來た憑き物の爲せる業。流石、巫祝の名門也。」
と卋人の聲。今更にして恨めしく、五分の慰みにも不能。
大長五年丁未、春正月癸丑、乙未朔乙巳、
聞こし看す食國の中の東の方武藏國に、自然に作成れる和銅出で在りと奏して獻れり。此の物は、天に坐す神、地坐祇の相うづなひ奉り福はへ奉る事に依りて、顯しく出でたる寳に在るらしとなも、神隨所念し行す。是を以て、天地の神の顯し奉れる瑞寳に依りて、御卋の年號改め賜ひ換へ賜はくと詔りたまふ命を衆聞きたまへと宣る。故、慶雲五年を改めて和銅元年と爲して、御卋の年號と定め賜ふ。
山澤に亡命して禁書を挾藏し、百日まで首せずんば、復た罪ふこと初めの如くす。
二月乙卯、甲子朔戊寅、
詔して曰はく、
朕祇みて上玄を奉けたまはりて、宇内に君として臨めり。非薄き德を以て、紫宮の尊きに處り。常に以爲へらく、之を作すは勞し、之に居るは逸し。遷都の事、必ずとすること未遑ず。而るに王公大臣咸言さく、
往古より已降、近き卋に至るまでに、日を揆り星を瞻て、宮室の基を起こし、卋を卜ひ土を相て、帝皇の邑を建つ。定鼎の基永く固く、無窮の業斯に在り。
衆議忍び難く、詩情深く切なり。然して則ち京師は、百官の府にして、四海の歸く所なり。唯朕一人、獨逸しび豫び、苟も物に利あらば、其れ遠かるべけむや。昔、殷王、五たび遷して、中興の號を受けき。周后、三たび定めて、太平の稱を致しき。安みし以て其の久安の宅を遷せり。方に今、平城の地、四禽圖に叶ひ、三山鎭めを作し、龜筮竝びに從ふ。都邑を建つ宣し。其の營み構る資、須く事に隨ひて條に奏すべし。亦、秋收を待ちて後、路橋を造る合し。子來の義、勞懮を致すこと勿かれ。制度の宜、後に不加る合し。
年が明け、東國の平定に目途が立つた事を祝ひ、大寳年號と同じ手口で武藏國から銅の鑛が採れたと捏ち上げ、年號を和銅に改めた。殘る叛圖は嘏夷と薩摩のみ。不比等は更なる討征への備へを下達すると、支那の髙祖の偉業に倣ひ、禪讓を賜つた前王朝に伴ふ諸諸の柵を斷ちて、人心一新を期す爲に、女帝を促し遷都の詔を宣下させた。無論、此の芳命は朝の宸旨に非ず。不比等の度重なる建議に折れ、朝は唯、其の手續きを眺めてゐるのみ。阿每氏から王氏へと天子の姓を革めた王朝の創業も、新き京勿くして大成には至らず。何時迠も飛鳥帝の庭に閒借りして、山門の太祖を御下がりの御座に押し込めてをられやうか。不比等は最後の大詰めに向けて、自らの右大臣への昇敍を執り計らふと、緯古經文に長ける書庫の蟲を召し上げた。
不比等の舘に伺候した太安萬侶は、燈明皿の炎を挾んで差し向かふ當主の竝竝ならぬ意氣込みと、龍の首の珠を摑むが如き其の難題に弱り果てた。右大臣への昇敍を前にして、史書、日本紀の編纂に乘り出した不比等の宿願。大海帝の宸旨を賜つて後、永らく棚上げと爲つてゐた國事の大役として、其の手腕を買はれ、白羽の矢を立てられたのは身に餘る譽れ。然り乍ら、史部の末席として、事の端の緖から携はる安萬呂は、志半ばで宙に浮いてゐた所以も知り盡くしてゐた。何しろ、山門の氏族が奉る寄せ輯めの墓記は心許勿く、己の家督に都合の良い事許りを書き聯ねた吹き語りは、倭國の舊辭と照らし合はさねば使い物に爲らず、肝心の舊辭の底本も遙か扶桑の地。更に、神代より續く古道を如何に爲て漢文に落とし込むのか。如何に爲て倭言葉の訓みを漢字に置き換へるのか。
無論、安萬呂とて新き王朝の事蹟に携はる譽れも然る事乍ら、文林の長として己の手掛けた卷子が後卋に承け繼がれるのは冥利に盡きる。誰も成し遂げた事の勿い、倭言葉を漢文で著すと云ふ野心も吝かでは勿い。其れ故に猶の事、倭國の蕃屛としての系統を綴り、帝紀の外傳として卷子を聯ねると云ふ骨子、其の物が、新き王朝の創業に因り覆された今、一筋縄では行かぬ日の本の曆數に弱り果てた。
「王氏を神代より大八洲の宗主と成せ。」
不比等に睨み付けられて眼を逸す事は、京からの配流を意味する。皇帝武曌に、
「次の遣使には日本の靑史、日本書を奉れ。」
と令られた漢も後には退けぬ。安萬呂は苦し紛れに、
「皇帝は日本紀では勿く日本書と仰せられたのでは。」
「傍流の史書なぞ云ふに及ばす。」
「日本紀を奉つた其の後、倭國の本紀は如何に。」
「禁書召し上げの宣旨は下した。」
不比等は安萬呂の疑懼を捻じ伏せる樣に間髪を入れず云ひ放つ。瞬き獨つ許されぬ安萬呂は事の正鵠を射拔き、其の眞意を糺した。
「成らば、天孫は山門に降り立ち天基を草創た、と云ふ事に。」
然う詰め寄られて不比等は固唾を呑み、二の句を探した。無理も勿い。王氏が神代より大八洲の宗主だと云ふのなら、髙天原から態々竺志に降り立つ謂はれは勿い。倭國の本紀を禁書にして闇に葬るのなら、倭氏が竺志を本貫とする驗、對馬の天國から天孫が天ヶ原を航り、竺志を平らげた事蹟ごと闇に葬る可き。王氏が山門を本貫とするのは、天から降り立つた故地が山門で在つたが爲。天孫は三輪山に降り立つた。然う公言出來ぬ者が宗主を號れやうか。竺志に降り立つた天孫の分家で、所領を求めて東へ東へ出稼ぎに行つたなぞと、口が裂けても云へやうか。
安萬呂から眼路を切り、墓記を廣げて項埀れた不比等は、己の冒さうとしてゐる神と人の境に痺れてゐた。太祖邇邇藝が降り立ち天基を草創た地を竺志から山門に改め、天孫の古事に泥を塗れば、舊辭に法り神事を司る天下の神社が默つてはをるまい。其れは取りも直さず、倭國の正統な日嗣で在ると云ふ御稜威を失ひ、漸く手に入れた參寳の神璽も態を爲さぬ。況して、佛法に據る法治を推し進める爲、中臣氏と袂を劃かち、藤原の氏上を名吿るとは雖も、代々古道を司る祭官の末裔が、造化參神より創まる神話を搖るがすなぞ、己の首を切り落とすに等しい。
安萬呂は墓記に面を伏した不比等に、此の謀君も矢張り人の兒、恐れ畏き神の御前では是非も勿い、と生色を持ち直し、刮目を解いた。日本紀なぞと大書し、宣つた處で、藤原氏の家傳に納まる事は眼に見えてゐる。是れは史書か將亦、物語か、否、物騙りか。幾ら虛辞を糊塗し、善惡で色付けしやうとも、地金が透けて見えるのは自明の理。國の曆數を天命と見做さず、己の物語に書き替へ、己の噓を信じ込んだ處で、星の巡りを卷き戾せる物では勿い。僞りは記さず、眞は更に記さず。日本紀と云ふ大義は棄て、支那の漢書、魏書、晉書、梁書の如く、數多の王朝の傍流、日本書として奏上するより外に勿からう。安萬呂は念ひの丈を口にせずに呑み下し、肩の荷を降ろすやうに一息吐いた。何故に人は物を語り、假初めの噓を求めるのか。雙りの閒に橫戲る靜寂に耳を浸し、沈默に優る雄辯は勿い、然う念ひ至つた安萬呂は、人智の及ばぬ神韻に觸れて、茫然と宙に心が游いだ。顳顬から血の氣が退いていく。眼星が飛んで昏くなり、何物かが天より舞ひ降りて來た。何故に人は物を語るのか。其れは、物語コソ、
神代ヨリ卋ニアルコトヲ、記シオキケルナリ。日本紀ナドハ、タダカタソバゾカシ。コレラニコソ道道シク、クハシキコトハアラメ。
聲色を變へて上奏する安萬呂に、不比等が墓記から面を上げると、白眼を剝いた史部の背負う影が羽擊き、燈明皿の炎が烈しく搖らめゐた。安萬呂は仰向けに倒れて泡を吹き、散亂する書机の卷子。不比等は鳳尾を飜した火影に倭國の護り神を見出し、其處で初めて眼が覺めた。何もかもが振り出しに戾り、臘子鳥の群れから顯れた靈鳥に鳥憑かれる前の、山科田邊史大隅の許で冷や飯に甘んじる、大志とは無緣の書生が其處に居た。位人臣を極める榮華を轉がり落ち、何もかも彼の靈鳥の仕業だと氣付き、己の犯した非道の數數に愕然とする不比等。屍に群がる烏合の一羽に投げ付けられた獨礫。卒倒した安萬呂が仰向けの儘で引き攣り、更に何事か語り出さうとしてゐる。不比等は恐ろしさの餘り耳を塞いで外に飛び出した。彼の奇象は何を意味するのか。何故に、今頃に爲つて、眞實と云ふ惡夢を叩き起こすのか。
闇に葬つた者達の怨靈を振り切る樣に、不比等は駿馬を蹴立てて石上朝臣蔴呂の舘に乘り込み、寢惚け眼の家主を叩き起こした。
「觀卋音菩薩は何處。海東の菩薩天子、多利思北孤の形見は何處。」
不比等は藏の隅に幡戈と一纏めに立て掛けられて埃を被る、聖德の明君、多利思北孤の姿を模つた等身の立像を探し當てると、其の足許に額突いて、父鎌足の發起した維摩會の經文を熱誦し、拜み倒した。
「嗚呼、何と御勞しや。」
觀卋音菩薩像は不比等の舘に鄭重に運ばれ、政も等閑に晝夜を舍かず其の御前で念じ續ける不比等に、道代は吾が眼を疑つた。古道の神祇官、中臣氏の出自も切り捨て、佛法も律令も生殺與奪の方便でしか勿かつた物を。人が變はつたの一言では及びも付かぬ、此の男の愚かさに道代は初めて濟はれた氣がして、憑き物の落ちた夫の隣に、妻も徐かに額突いた。失はれた王朝と竺志の天王の御靈を鎭める爲、倭國の名刹、法興寺五重塔を燒失した法隆寺の跡地へ移築する聖斷が下され、薩摩への討伐と、塔の資財を漕ぶ人足が、時を同じくして組まれると云ふ。僞りの夫婦で在つた雙りの前に聳え立つ、等身の觀卋音菩薩像。西方淨土の遙か彼方、幾千萬里の海表を航り、扶桑の東の、更に東に舞ひ降りた古雅の頰笑みに、一條の光が零れた。
わが上の 露ぞおくなる 天の河
とわたる船の かいのしづくか
夏草を擽る靑臭い谷颪に頰を打たれ、眼裡を解いたエメラルダスが光を取り戾し、俯せてゐた鉄筋コンクリートの臺座から面を上げると、等身大の立像が女王を無言で見下ろしてゐた。