火の鳥 九州王朝編   作:tsunagi

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火星の赤い風

 

  鋼紀柒拾玖年戊申、

    水無月己未、壬戌朔己卯、

 

 

 

  平卋何曾有稗官  平卋(へいせい) 何ぞ(かつ)稗官(はいくわん)有らん

  亂來史筆亦焼殘  亂來(らんらい) 史筆(しひつ)()焼殘(しやうざん)

  佰年遣藁天畱在  佰年(ひやくねん)遣藁(いかう) 天の(とど)めて在り

  抱向空山掩淚看  空山(くうざん)(いだ)き 淚を(おほ)ひて看る

 

 

 ()えてゐる。舊卋紀(きうせいき)黎明(れいめい)より、熒惑(けいこく)と呼ばれ(おそ)れられた災ひの星が、太陽系の(いけにへ)の犬と爲つて、()えてゐる。探査信號を搔き消す抗周波の帶域亂流(ジェットストリーム)()(すさ)ぶ磁雷の砂嵐に成層圈を覆はれ、電劾重合體の虜囚(とりこ)に墮した軍神(マルス)身悶(みもだ)えてゐる。サイドキャビネットに立て掛けた半月鏡。其の()(ぷた)つに割れたモニターに、雷怨(らいをん)渦卷く火星の電影が燒き付いてゐる。 管制宙樞(くわんせいちうすう)姿勢制御(ジャイロスコープ)は旣に電惱蠕虫(ワーム)に喰ひ荒らされ、エメラルダス號は周囘軌道からアプローチする事も勿く、酸化鐵(さんくわてつ)()(たぎ)る惑星の地核(コア)に向かつて埀直に落下していた。自動操舵航行の儘、出力を維持し續ける光束核幽囂爐(ゴートエンジン)。地表に衝突する迠の距離と時刻を肅肅とカウントする合成義惱。鋼殻気嚢(バルーン)の尖頭に艤裝(ぎさう)した一矢討星(いつしとうせい)の主砲を起動させ、空爆と一齊砲擊に向けた臨戰態勢を執る事も勿く、漠然と單騎で突入する狹丹塗(さにぬ)りの舶鯨(はくげい)。何者にも(おもね)る事を知ら勿かつた緋き黑船が、()(をとこ)を知つた少女の樣に、死の淵へと導かれていく。此れを聖戰の特別攻擊と呼べるのか。此れが死の辯證法(メメントモリ)の最適解なのか。量子的演算の限界なのか。生き馬の目を拔く宙域を、一瞥の許に睛壓(せいあつ)して來た天河無雙の海賊旗、髑髏(どくろ)蠻章(ばんしやう)は無氣壓無重力の長征に疲れて()(しを)れ、舳先(へさき)を餝る船嘴像(せんしざう)復活の女神(アナスタシア)は、入水(じゆすい)に等しき豫定調和の甘美な幕切れに今、何を念ふ。

 最後の最後に音連(おとづ)れた(ふた)りの女王の(ひそ)かな對面。(つひ)(しとね)()せるエメラルダスの枕元で、其の安らかな眠りを見護るエメラルダス。化石の中から唯、一羽、生き殘つてゐた始祖鳥も最早此處迄。愛染(あいぞめ)とは無緣だつた紅の軍裝に蒼褪めた創貌(さうばう)。始めから斯う爲る事は判つてゐた。(はぐ)(もの)に器用な別の生き方なぞ望む可くも勿い。誰かを怨んだ處で己に跳ね返つて來る丈け。何獨つ思ひ通りに成らず、其の半生を橫戲(よこたは)つて過ごした。無師無統(むしむとう)矜恃(きようぢ)が今もさ迷ふ船長室で、假面(かめん)を脫いだ少女の寢顏に掛ける言葉も勿く立ち盡くす、もう獨りの女王。己自身とは最も近い恆星(こうせい)より遙かに遠い誰かで存り、宙域の誕生をも凌ぐ究極の謎。其の答へを求めて人は亦、旅に出る。()らば、エメラルダス。壹宵萬秋(いつせうばんしう)と謳はれた女王の夢路が覺める其の刻迠。天蓋(てんがい)を蔽ふ唐桃(からもも)の梢が騷めき、亞蔴色(あまいろ)の埀髮を振り亂して羽擊(はばた)く釣り鐘外套(ぐわいたう)。占鳴が艦内を(つんざ)き、半月鏡を(くは)へて飛び發つと、金燐を振り撒く(きら)びやかな鳳尾に煽られて、壹仟億の星星を誇る銀瀾の(せせら)ぎが色めいた。

 

 

  千早(ちはや)ぶる神代もきかず天の河

    からくれなゐに水くくるとは

 

 

 

 

 

 大長(だいちやう)五年丁未(ひのとひつじ)、春正月(むつき)癸丑(みづのとうし)乙未(きのとひつじ)乙巳(きのとみ)

 

山澤(さんたく)に亡命して禁書(きむしよ)挾藏(けふざう)し、百日(ももか)まで(まう)せずんば、復た(つみか)ふこと初めの如くす。

 

 年の初めに渙發(くわんぱつ)された(みことのり)が、

 

 四月(うづき)丁巳(ひのとみ)癸亥(みずのとゐ)乙酉(きのととり)

 

 で其の日切(ひぎ)りを過ぎ、衞門府(ゆけひのつかさ)を勤める長田王(をさだのおほきみ)は聖旨の大役を賜はつて山門を()ち、太宰(おほみこともち)(つかさ)に赴いた。去る歲、大長(だいちやう)四年丙午(ひのえうま)年に續く逆賊への掣肘(せいちう)。未だ鳴り止まぬ倭國の殘黨(ざんたう)に因る叛旗騷林(はんきさうりん)軍鼓(なりもの)。然れど、兵部(つはものども)を率ゐて乘り込んだ長田王が先づ向かつたのは、解體(かいたい)された儘、野積みに爲れてゐると云ふ法興寺五重塔の許で在つた。扶桑壹(ふさういち)刹柱(さつちゆう)を山門に移築する差配も兼ねた刻下(こつか)征西(せいせい)鹽漬(しほづ)けにされた柱梁(ちゆうりやう)と歷代の資財帳、他寺に遷座した佛像と寳物を(あらた)め、船積みの搬路と筑紫潟(ちくしがた)水門(みなと)を見分し乍ら、眼裡(まなうら)に想ひ描く在りし日の竺志の榮華。

 

 吿貴(こくくい)元年(はじめのとし)甲寅(きのえとら)

 

 六十六ヶ國建立大伽藍名國府寺

 

 倭國の上宮法皇、多利思北孤(たりしほこ)天下(あめのした)に國分寺建立を(みことのり)した折りに()()されて、(ほぼ)干支(えと)を二囘はり。唐國(もろこし)の進駐軍の暴虐から遁れ、竺志大地震(おほなゐ)に堪へて卅歲壹卋(みそとせひとよ)の眠りから目覺める、鳳凰(おほとり)雙翼(さうよく)に例へられた天を衝く飛鳥の寳塔(ほうたふ)。其の由緖有る資材の山を前にして、若き將軍(いくさのかみ)の戶惑ひは募る許り。己の本分は勤儉尚武(きんけんしやうぶ)と雖も、倭國の天王(あまきみ)阿每(あま)氏の菩提寺を召し上げる未曾有の國事、(おろそ)かにする事は不罷成(まかりなら)ず、不遇を(かこ)つ名刹再建の爲と在らば、此の弱輩の微力を獻げるのも(やぶさ)かでは勿い。然りとて、事も在らうに、山背大兄王子(やましろのおおえのみこ)が血祭りにされた法隆寺に移築するとは何の因果か。白鳳(はくほう)十年己巳(つちのとみ)灰燼(くわいじん)()してより已降(このかた)、手付かずの儘の焼け跡に塔を建て、(みやこ)の西門に當たる斑鳩(いかるが)を楯に、扶桑からの怨靈を封じるとは(むし)が良過ぎはしまいか。山背大兄王子(やましろのおおえのみこ)(たた)りを(おそ)れて、焦土に蹈み入る事すら(はばか)り、野晒(のざら)しにして來た遺恨の地。消し炭に竺志の(のろ)ひが飛び火しやう物なら眼も當てられぬ。倭國の無念を鎭めたければ、(あら)き王朝を創業する前の、元の鞘に治める事こそが筋と云ふ物。

 本領安堵の沙汰(さた)反古(ほご)にされた、()(たう)な異議申し立てを莫逆(ばくぎやく)の一言で片付ける。此の殘黨獵(ざんたうが)りに大義は有るのか。倭國の(たた)りを(おそ)れて猶、倭國を討伐(ことむけ)る相克。穴戶(あなと)(せき)(わた)り九州の地に降り立つて後、其處彼處(そこかしこ)で、東國(あづま)より徵集された防人(さきもり)が眼を光らせてゐる異樣な道中は、(まさ)に朝堂の迷ひ道、其の物。東國(あづま)嘏夷(えみし)と手を組まぬ樣に引き剝がして竺志を見張らせ、孤立した嘏夷(えみし)を攻め落とし乍ら此の征西。斯樣に手の込んだ(まつりごと)(らう)するのは、干戈(かんくわ)の付けに追はれるが(ゆゑ)。其の(うし)目甚(めた)さの最たる物が、

 

 禁書(きむしよ)を召し上げる。

 

 との御言宣(みことのり)。此の聖斷は(まこと)天下(あめのした)()べる(みかど)大御心(おほみこころ)たり得るのか。禁書とは(なん)ぞ。倭國の書庫(ふみのくら)如何(いか)(さは)りが有ると云ふのか。佛の道を說く(のり)(くに)が、(よそ)(くに)卷子(くわんし)に手を(よご)す。其れが神代の舊辭(きうじ)とも爲れば、其れこそ()れてはならぬ禁忌(きむき)文書(もんじよ)。筆を矛に替へて揉み消すなぞ生氣の沙汰では勿い。此れも太政官(おほいまつりごとのつかさ)に控へる右大臣(みぎのおとど)、藤原朝臣不比等が(まつ)らう(ふぢ)(くびき)と云ふ奴か。此れで天下(あめのした)が治まるのなら、女禍(によくわ)(そし)りも在りはしまい。密吿と暗殺に明け暮れた吾が身に覺えが有るからこそ臭い物に蓋をする。(ゆゑ)に、頭から抑へ付けられた方も()()ける。(たた)りを最も(おそ)れてゐるのは誰か、推して知る可し。嘗て淡海帝の王后(わうきさき)として入内(じゆだい)した倭姬王(ちくしひめ)が、開聞(ひらさき)女王(ひめぎみ)として倭國の最後の御旗(みはた)に祭り上げられたと聞くや、薩摩の化け猫を成敗せよと發するに至つては、怨靈調伏(をんりやうてうぶく)にも程が有る。

 長田王は白砂靑松(はくさせいしよう)の西海道を指南し乍ら、稀代の謀官(ぼうくわん)鼓吹(こすい)に踊らされる朝堂と、女帝の悲哀に肩を落とした。大八洲(おほやしま)の果ての果て、肥國(ひのくに)と薩摩を()かつ瀨門(せと)(みぎは)まで繰り出して何を今更。朝の勑筆を拜して(おそ)(かしこ)み、滂沱(ばうだ)(なみだ)で天命を盡くすと誓つたのは何處(いづこ)殿下(わかぎみ)か。此の繰り言も總ては彼の(もの)()を一目見てから。長田王は五重塔の資材を(あらた)める折りに(あらは)れた隻眼(せきがん)(かはづ)に、彼の胡亂(うろん)目泣子(まなこ)に今も魅入られてゐた。何處(いづこ)から湧いて來るのやら。角材の節の如く張り付いて目搏(まばた)蝦蟇(がま)(いびつ)莞爾(くわんじ)(さと)(もの)疾疫(ゑやみ)(かさ)で右眼を潰された多利思北孤(たりしほこ)か、將亦(はたまた)、白村江で斬り裂かれた薩夜蔴(さちやま)の生まれ變はりかと(おそ)(をのの)き、決して追ひ拂はうとせず拜み倒した。五重塔の資材に(まと)はる此の化生(けしやう)(まさ)に倭國の亡靈、其の物。竺志の本貫で法興寺を再建してこそが(まこと)(とむら)ひと成る物を、(のろ)はれた佛塔を態々(わざわざ)山門まで(かつ)()した處で(ろく)な事は勿からう。

 武勳(ぶくん)()ゑ、血氣に(はや)る新兵を從へて數百里。鬱蒼とした山氣(さんき)とは趣を異にする、豪放磊落(がうはうらいらく)な九州の火山(ひやま)を歷訪し、其の雄壯な勝景に奔放な野心を(くすぐ)られ、亡命せし山澤(さんたく)は未だかと、初陣に息卷く驅け出しの猛者達とは裏腹に、長田王は己の大役の(やま)しさが餘計な旅荷と爲つて肩に募る許り。鶴見嶽、阿蘇嶽、雲仙嶽、霧㠀と巡つて、此れから向かふ鹿兒㠀(かごしま)の威容は如何斗(いかばか)りか。征西から凱旋した者達の手柄を競ふ土產話なぞ物の數では勿い。己の足を運び、改めて思ひ知る、倭國の(みの)(ゆた)かな力强い山水と、文物に秀でた大國の器。蒼穹(さうきゆう)を搖るがす白亞(はくあ)瀑煙(ばくえん)を仰いでは、

 「(まさ)(これ)、火の國(なり)。」

 と隨の遣使(つかひ)も絕句した煉嶽(れんごく)に、舞ひ上がる神の國の護り神、火の鳥の遊姿(いうし)を探した。火堝(ひつぼ)の中より無限に黃泉復(よみがへ)ると云ふ、徐福(じよふく)も追ひ求めた扶桑の靈鳥。此の偉大なる天子の所領、九州に相應(ふさは)しき不滅の鳳凰(おほとり)。其れが(まこと)なら、何故(なにゆゑ)に神の鳥は天孫降臨の地を見殺しにしたのか。其れとも、

 「倭國存亡の今此の刻にこそ、滿を持して舞ひ降りてくるやも知れぬ。」

 峠道の木立の中で(しば)しの休みを取つた折り、誰とも勿く口に爲た輕彈(かるはず)みな危懼(きく)。其の言靈(ことだま)が魅き寄せたのか、(うつぼ)を背負つた獨りの童子(わらし)が弓を杖にして(あらは)れた。戎馬(じうば)を率ゐた隊仗(つはものよそほひ)益荒男(ますらお)達の前を素通りする蓬髮襤衣(ほうはつらんい)持衰(じさい)の如き其の容貌。(めくら)で存る。其れを、

 「黯淡无光(あんたんむくわう)(やから)と雖も無禮(ぶれい)也。」

 呼び止めて(わら)(もの)にする臣下(やつがれ)の粗野な雜言(ざふごん)匍匐禮(はふゐや)をするやう恫喝するに及んで、其れ位に()()けと長田王が(いさ)める前に、扈從(こじゆう)する小毅(せうき)が其れと察して矛先を(そら)した。

 「火山(ひやま)を火の鳥が行き交ふとは(まこと)か。居るのなら今何處(いづこ)。」

 (やや)(へりくだ)つた其の(おと)なひに、童子(わらし)は足を止めぬ許りか振り向きもせず、

 

 

  遠くも吾れは今日(けふ)見つるかも

 

 

 と(ひと)()ち、何事も勿いかの如く立ち去つた。

 「(めくら)の分際で見つるかもとは、是如何(これいか)に。」

 童子(わらし)の背負ふ(うつぼ)に投げ附けられた減らず口の(つぶて)快哉(くわいさい)が彈け、(たしな)める小毅(せうき)穩雷(をんらい)。其の悶著(もんちやく)を一顧だにせず、長田王は童子(わらし)の返した、七七(しちしち)拾四文字(じふあまりよつもじ)に不意を擊たれた。此れは(うた)(しも)()

 「待て、(しば)し。」

 然う呼び止めた時には既に童子(わらし)の姿は勿く、入れ違ひに、斥候(せつこう)の任を終へ引き返してきた戎馬(じうば)の一騎。

 「御覧召されよ。弓を杖にする(めくら)に貰つたと、(さと)童子(わらし)が申してをります。」

 前哨(ぜんせう)(ありさま)を述べたの後、(ふところ)から取り出した皇皇(くわうくわう)(きら)めく獨片(ひとひら)に、衆目は其の敏睫(びんせふ)屡叩(しばた)いた。此れは正しく火の鳥の鳳尾(ほうび)

 「何をしてをる、彼の童子(わらし)を追へ。」

 長田王の雷命(らいめい)に、眼の色を變へて跳ね起きる征西の猛者達。鞍上(あんじやう)に飛び乘り戎馬に鞭打つも時旣(ときすで)(おそ)し。(ゆずは)を賴りに進む(めくら)(さぐ)(あし)。然うは遠くに行けはせぬと(たか)(くく)つた處が、峠を下り麓に達しても見當たらず、(ゆはず)を突いた跡も勿ければ、影も形も勿い。手元に殘された(きら)びやかな鳳尾に眼が(くら)み、指の閒を擦り拔けていつた怪童との奇遇。煙に卷かれた長田王は將軍(いくさのかみ)の勤めを(しば)しを忘れ、(かへ)(そこ)ねた(かみ)()に想ひを馳せた。

 

 

 

 太宰帥(おほみこともちのそち)からの(たつ)しに因り、禁書召し上げの(みことのり)を突き附けられ、愈々(いよいよ)追ひ詰められた倭國の有志は、薩摩の南端に(ましま)します開聞(ひらきき)の宮に陣を固めた。(のち)()に薩摩富士と(たた)へられる、末廣(すゑひろ)がりの秀峯(しうほう)には未だ程遠い、武骨な火山(ひやま)を背に、夜勾㠀(やくしま)の宮之浦嶽に向かつて埀直に南面する、女王の(つひ)(すみか)。其の(しづ)かな餘生を送る筈の奧の院が、兵達(つわものたち)篝火(かがりび)に圍まれ煮詰まってゐる。此處から先は流求(りうきう)へと續く大海原。國を棄てるより外に退路勿し。

 

 

 

 

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