新宿は抜けだしたい
そりゃあ、自分に非は無いなんて言わないよ。
ミスしたのも俺だし。結果出せてないのも俺だ。
でもさ。
「ああん!? なんでこんな計算も出来ねえんだテメエは!! 2重チェックしてんのか? してねえだろ!! したくねえんだろテメエはよお!! おめえのしたくない事を俺がやってやってんの!! 時間使って!! お前の代わりに!! なあ人の足引っ張ってる自覚あるかお前!? お前のミスのせいで俺が怒られるんだが!? お前のせいで!! わかってねえだろ!! 嘗めてるだろ仕事をよお!! 仕事の仕方改めろよ!! 何でお前の尻拭いを俺がしなくちゃいけねえんだよ!! 何でこんなのに時間を取られなくちゃいけねえんだよああ!? お前解ってんのか!?」
俺のミスとアンタの口汚さしつこさは何の関連も無いよ。
あんたが怒鳴ってる時間の方がよほど時間使ってるよ。
ミスした部下はおとなしくサンドバックしてろってか。殴られてろってか。
そんなに公開処刑が楽しいか。
「いやいや君、それ出来ないだろ? 僕がやっておくよしょうがないから。あのさ、このやり方で皆回ってるんだから変に変えようとしない方が良いよ。面倒しか生まないんだからさ。ねえ、これぐらいはサボろうとしないできちんとやってくれないかな。ただでさえ君怒鳴られてるんだからさ。その考え方が社内の空気悪くしてる事にそろそろ気づいた方が良いんじゃないかな。……え、何? この期に及んで人に手伝わせようとしてるの君? みんな自分の仕事持ってるの解ってる? 良いから行きなよ早く。まったく君はしょうがない奴だなあ」
自尊心満たしながらやりたくない仕事を人に押し付けるの得意だよな。
俺の意見は必ず否定から入って、他で自分の意見として発言してるの知ってんだぞ。
一人が声高にそう言う事やって、他の奴も『そう』しなければいけないような空気作られると、もうここは地獄に早変わりすんだよ。
会社のお荷物? ああ、そうだろうよ。
きっと俺がいなくなったら早急に次のお荷物探してやっぱり同じことするんだよな。
異常気象にターム被害。
世の中大変になっているからこそ我々は誇りをもって仕事をしなければならないのだと役員の奴が口角泡飛ばしてわめいてる。
実際にやってる事は弱い奴から誇りを奪い去って自分の地位を確保する事だろ。誇りを持った仕事が笑わせる。
向かいの家の奴がタームに食われているのを眺めて、必死に今の地位を保とうとしがみ付いてる。
我々は、我々はという言葉を使っておきながら、自分より下の奴は率先して自分の盾にするのが要領のいい世の中の渡り方という奴らしい。
そうやって必死になって保ってる地位が、今度は神官貴族の奴らに崩される。
そしてそうなった奴の鬱憤がさらに下の奴に移っていく。
時に上に居た奴が最下層に落とされて、今度は俺らぐらいの奴の肥溜めに使われる。
雰囲気で誰かを攻撃する事に何も疑問は持たず、それを指摘したら総スカンだ。
社会全体で言っている。
『サンドバックはサンドバックしてなきゃダメじゃないか』
――ああ、明日タームが俺以外の奴をみんな食い尽くしてくれないかな。
昨日も一昨日もそのまた前も、ずっとずっと同じことを考えてる。
まあ、そんなことはあり得ないわけだ。
何でって、上の奴は自分だけは食われないようにせっせせっせとそう言う仕組みを作ってる。
そう奴らの盾になってる奴がさらにその下を盾にして、さらにまたその下を盾にして、盾の盾の盾の盾がタームにおいしく食べられる。
……つまり、俺だ。
物流が滞っているからと、インシデント調査を押し付けられて外回りさせられている、俺だ。
「ひ……たす、助け……ッ!」
自分の3倍はあるのではと思える巨躯。
シロアリの随所をさらに鋭角にしたような人食いの化け物。
そいつが触れるだけで痛い節足を俺に押し付けて、牙をカチカチ鳴らしながら無機質な目でこっちを見ている。
引き攣った声は果たして、助けを呼ぶそれになったのか。
マウントを取られ、目の前で涎を垂らしている顔を前に、そんな判断が出来ようはずもなく。
「ああ、ああああああッッッ!!!」
ドガッ、っと。
俺の頭を齧ろうと広げた口の中に、頭脇に転がってた岩を叩きつける事が出来たのは、たぶん人生で最大の幸運だったのだろうと思う。
のけぞるタームの下から必死になって這い出た。
叩きつけた岩はうまいこと奴の口にすっぽりハマってくれたようで、それを何とか外そうと前足がガリガリ岩を掻いている。
そこからは無我夢中だ。
ゴツゴツしてそうな人の頭ほどの岩が目に入った。
ワイシャツのボタンを引きちぎって脱ぐと、その岩をくるんで思いっきり振りかぶる。
遠心力をたっぷり付けた一撃を、やっと岩を何とかしたタームの横っ面に叩きつけた。
ガラスを引っかいたような甲高い声が響いた。
「うああああああッッッ!!」
何度も何度も叩きつけた。
手を抜いたら終わりだ。
攻撃の手を止めたら終わりだ。
怒り狂ったタームに四肢を引き裂かれる未来を思いながら、必死になって振り下ろした。
ワイシャツがタームの血で染まり、遠心力の負荷に負けて裂け、岩がどこかに吹っ飛んで行ったころ、そいつはもう動かなくなっていた。
どういう訳か体が紫色の靄のように空気に溶けていく白アリの化け物。
それを見下ろしながら初めて、自分のズボンが恐怖で濡れている事に気付く。
この異常を察知し、ようやっと駆けつけてきた憲兵が俺に最初に言ったのは「死にたいのか」という怒号だった。
@ @ @
何処にも味方はいない。
居るのは自分の盾を探す、人の形をした何か。
自分も盾を探せばいいのか。
そしてその盾が死んでいくのを眺めて安堵しながら食われる人生を送るのが上等なのか。
誇りをもって仕事をしろと叫ぶ欺瞞が木霊する。
「申し訳ありません」を口癖にしながら下を向いてやり過ごしても、結局自分から先に食われて死ぬ。
そうやって歯車は取り替えられ、社会は不気味なほど正確に回り続ける。
耳のすぐ傍で崩壊が涎を垂らして息を上げても、聞こえないフリをしながらくるくると回り続ける。
――抜け出したかった。
せめて、人間になりたかったのだ。
その動機が、奴らからの侮蔑に相当するものだったとしても。
出した辞表の行く末がどうなろうと、もはや知ったこっちゃなかった。
受理されようとされまいと、自分の行動は変わらないから。