バレンヌ帝国暦1000年。
ヴィクトール運河制圧からくる物資高騰による不安もあったが、待ちに待った千年祭は7日間を掛けて盛大に催された。
アバロンで商いを営む面々は揃って嬉しい悲鳴を上げ、市井の民は祭りの陽気に大いに酔い、訪れる旅行者は満足げにその盛大さを口にする。
大成功と言って良いだろう。
レオン帝はここまで持って来るのに様々な手を打っていた。
キャラバンへの支援を行い、南バレンヌからの物流量を増やした。
また、ソーモンと連携してオレオン海の輸送航路を強化。そのままカンバーランドと連携して関税の見直しを行う。
モーベルム・ヌオノに働きかけ、北ロンギットの物流に陸路を何とか噛ます事で、コストは掛かるが取引を完全停止させる事態を回避させた。
そして、そのままヴィクトール運河奪還の戦力集めの交渉も進める。
この全てをほぼ半年でやり切ったレオン帝の手腕はもはや感嘆するほかない。
どこかの酒場で、レオン帝は武のみにあらずと謳われる事すらあった。
さらにレオン帝は皇子両名を精力的に執務に連れ歩き、時にはアバロンを空けるリスクを負ってまで二人に力をつけさせた。
これからはもはやワガママは許さぬと言うかのような剣幕であったと言う。
長兄ヴィクトールに至ってはヘロヘロになりながら酒場にやって来て、マスターや客にちびちびグチを聞いて貰うような光景が散見された。
その行動には有名な『アバロンの盾』の顔を拝む意図も含まれていたが、肝心の『盾』はヴィクトールが来ると律儀に働けない分の給料を置いて脱兎する有様であったと云う。マスターとしては苦笑しきりだ。
次男ジェラールは城下町の子供と遊んであげる時間が目に見えて減ってしまい、子供たちに会う度に申し訳なさそうに謝っていた。しかし子供たちは忙しそうにする皇子を見て、じっと我慢の子であったと云う。つよい。
そしてアバロンの王城。
概ね吉報で終始した宰相からの収支報告と現状を聞いてしかし、レオンの表情は険しかった。
吉報はあくまでアバロンに視点を置いた物であったからだ。
「そうか……強固な要塞にモンスター。もはや難攻不落か」
「生半な攻略は難しいかと。すでに内部情報を得るのも難しい有様となっております」
戦略地図をなぞりながら宰相が報告した。
「予想以上に強大な要塞建設の資金源ですが。運河利用の徴収金もありますが、どうやら麻薬が出回っているようで。この資金も含まれているのではないかと」
「――麻薬だと!?」
「カンバーランド、ステップ、北ロンギットのエリアで売買されているとの情報を得ています」
ヒヤリとした汗がレオンのこめかみを伝う。
「バレンヌへの浸透は!?」
「ソーモンに出回っているのを確認しました。アバロンまでは来ていないようですが……」
「取り締まりを……しかし、流通系は既にテコ入れをしたばかりだぞ!?このタイミングでは……!」
「はい、ある種の反発が予想されます……それに、あまり依存性が無い代物の様で」
「……なに?」
宰相が視線を通す書類を切り替える。
「確かに麻薬と言えるほどの向精神薬効果があり運動能力も低下するような、扱い方を間違えれば生命の危険も見える物なんですが……身体依存効果がほぼありません。薬の残り方も後を引かないようで……残るのは軽い精神依存程度です。
もはやこれは、『嗜好品』として許容出来るものだという判断が定着しつつあります」
「そのようなものがあるのか……!?」
つまりは、『酒』や『タバコ』と同一の場所に入って来たという事だ。
この分なら、身体依存がある酒の方がむしろ不健康だという言論まで出てきそうな始末である。
「薬による運営能力の破壊や侵略……
「広く、浅く、そして
「……目的をどう見る?」
「難しいですね。各地域に浸透して資金を集める基盤を作っている。ここだけ見ればその辺のマフィアの遣り口止まりなんですが……運河要塞の部分がその思考にストップをかけています。
南バレンヌ、北ロンギット、ステップ……まるでロンギット海・オレオン海周辺に『実効支配領域』を作るかのような動きです」
宰相の指が地図の上をなぞるのを見つめて、レオンは重々しく唸る。
「『実効支配』……ふむ。
……
……『新国家樹立』……?」
ふと口を出たそれに自分で驚き、宰相と顔を見合わせるのだ。
「それはそれで違和感がありますが……確かに、近い物はあるような気がしますね。経済的な部分のみに目を向ければ、その流れになりつつあるようにも取れる」
「しかし、こんな経緯や運用で国などデザインできるものなのか……?何よりその場合、首都と成り得そうな場所が存在しない。ロンギット海を挟んでいるのだぞ?」
「これから奪う……?例えばカンバーランドとか。……いえ、しかしロンギット海周辺を運営するにはあそこはむしろ不向きですね。
マイルズ……なら、ギリギリ行けるか?あそこならあるいはオレオン海とロンギット海の両方をコントロールできる可能性が……しかしあんな所を中心地にしたら瞬く間に攻められます」
「戦術的な観点で言えばモーベルムが近そうだが。しかし政府を置くにはいささか交通の便が悪すぎる」
ああでもないこうでも無いと宰相と意見を突き合わせるが、口にした意見はますます霧の中に紛れるように霞んで行ってしまう。
しかしその中で、レオンは宰相が口にした一言がとても印象に残った。
「……まるで、『カタチの無い国』が作られて行くのを見ているかのようだ……」
@ @ @
もうひとつ、レオンが予想だにしなかった大きな事件があった。
ヘクターから齎されたそれをただオウム返しにしてしまうほどに。
「『盾』が、アバロンを離れた……!?」
「はい。……学校が出来たら通いたい、とは言っていましたがね」
そう語りながら眉根を下げるヘクターは、寂しさの他にもどこか悲壮感を感じさせる。
「行先は聞いているか?」
「いえ……すみません」
「むう……」
この時、ヘクターは連想はしていた。
――『運河要塞に向かったかもしれない』
行先を聞いていないのは事実だった。聞いてみもしたが、口を閉ざされた。
ボクオーンに会いに行ったのだろうと想像もしている。
……しかしそれを口にする事は、ヘクターには出来なかった。
「……陛下。千年祭も終わり、経済的な山も越えた認識でいます。よって、運河要塞の攻略に乗り出すと見ていますが」
「ああ。まだ2~3やりたい事はあるが、それが終わったら攻略に乗り出すつもりだ」
「――志願いたします」
ヘクターがまっすぐレオンを見つめた。
そこに見える決意は、とてつもなく張りつめていてどこか危うさも垣間見える。
「……元より加わって貰うつもりだったが、ヘクター。要塞が建造された事に責任を感じているのか?」
その問いに、沈黙して俯きながらヘクターが答える。
「……多少は」
「それは、多少という顔では無いな」
思った以上にしこりがあるらしいヘクターにレオンは苦笑を返す。
実際、その責任感は『傭兵』としてみれば不適切だ。だがそんな理屈はヘクター自身も分かっている。
レオンには、ヘクターが理屈を超えた感情に囚われているように感じた。
「現状から見れば、千年祭終了まで座視した事を私は正解だったと思っている」
「……え?」
ヘクターが顔を上げる。
「ヘクター、アレはな。
そう言うタイミングを計算して狙われていた。現在、各地で発生している件も踏まえて鑑みるに、どうやら相手は『戦闘者』ではなく『指し手』であるようだ。
そういう相手に力押しや破れかぶれな対応を取った場合、大抵悲惨な目に合うものだ。
……実はあの時、お前と会話するまでは、私はヴィクトールとお前を運河に派遣するつもりでいたのだ。それをやって居たらまず間違いなくお前たちを失っていただろう……そう感じるような動きをしてきている。
お前が責任を感じる事はない、ヘクター。
それよりも……万全に動けるようにしておいて欲しい。むしろ私の方が『差し方』を間違えて、お前に無茶を要求する事になるかもしれない。
なぜなら、このタイミングで要塞攻略を狙うのは向こうとしても完全に予想しているだろうからだ」
「……剣を合わせていないのに、そこまで言われますか」
「言うとも。……白状すると、私が一番苦手なタイプでな」
思い返すのは要塞の規模と建造タイミング。資金の流れ。流通路の押さえ方。影響力の浸透の仕方。
何より現時点で
そもそも運河要塞に行けば『そいつ』は居るのか?
……居ないだろう、とレオンは思う。
まるで雲を掴むような相手だ。
「七英雄のボクオーン、か……まんざらでは無いのかもしれんな。
本来『将』としてこういう事は漏らしてはいかんのだが……今までとは違った方向で厳しい戦いになるだろう。
ヘクター、よろしく頼むぞ」
「――は。あなたに命を預けると決めておりますれば」
そして、この辺りからである。
『オアイーブ』と名乗る女が、レオンに面会を求め始めていたのは。
ちょっと文や展開が乱雑になっちゃってるの許してください……私もいっぱいいっぱいなんです。
探せばアラとかもありそう。眠いわぁ……
レオンとボクオーンのチェスが始まる的な図式になりました。
レオンはボクオーンを取れば勝利出来ますが、ボクオーンがどこにいるか知りません。
そしてボクオーンの勝利目的はまだ見えません……これは、『いつの間にか知らない内に勝利条件を満たされていた』危険がある事を示しています。
ここから先は視点がコロコロ変わったり三人称で辛うじて繋いだりが増えてくるような気がします。