そもそもの話、『同化の法』なんてものを必死こいて至高の術みたいに喧伝してる所からおかしいのだ。
いや別に、邪法か否かとかそういう話をしているのではなく。
いや邪法かどうかって言われたら間違いなく邪法だろとは思うけども。
だって自分の寿命伸ばすために他者に乗り移るんだぞあれ。その上で、乗り移った体を自分の体となるように作り替えてなじませる。
どう考えても邪法以外のなにものでも無いだろ。
でもまあ別に良いよそんなのは。そういうの今に始まった事じゃないし。
問題はこれを至高の術として神官や貴族連中が独占してる事だよ。
上級階級専用の、下流階級の生贄を前提とした不老術。
勿論世の中のルールは上流階級が作ります。
決して死ぬことがない奴による、自分の、自分による、自分の為による政治。
……澱むだろうよそりゃあ。
あの王城の中はもう、いったいどんだけ濁ってんのかね。
上見ても下見てもウンコしか出さないシステムじゃん。
今の異常気象はそのシステムに対する大地の裁きなのだって、叫んでどこかに連れていかれた奴を見た事あるけどさ。案外的を射てたんじゃないのアレ。
例えばまかり間違って今の地位がもっと上のとこに行ったとして。
『同化の法』を使えるほどの身分になれたとして。
色んな盾を纏いながら貴族のように管を巻いてる自分を想像したら、思った以上に
あと、まともに生きていける想像がつかない。成り上がりだなんだって色んな奴を敵に回してそうじゃん。
瞬く間に嵌められて最下層に落とされそう。
そんなシステムの中から『抜け出す』って、例えばどういうことなのか。
ぶっちゃけビジョンはあんまり持ってないし、行き当たりばったりというか破れかぶれ的な所が強くはあるが……
とりあえず目指したのは、『平民のまま同化の法を受けて力をつける』という事だった。
ターム討伐隊に志願した理由だ。
@ @ @
「なにを考えているんだワグナス!! 『吸収の法』の実験に平民を使うなどと!!」
ドアを開け放ち、肩を怒らせるノエルの剣幕はすさまじかった。
まあ当然の反応という奴だろう。彼は弱者を搾取するような真似が許せない。
それは大いに共感する所であり、だからこそ魑魅魍魎が蠢く王城にあってノエルを親友と呼ぶ理由になる訳だが。
「落ち着け、ノエル。……ああ、事後承諾になってしまった事は悪いと思っている。時間が全然嚙み合わなかったからな……」
「事後承諾だと!? 俺がこのような蛮行に、是と答えるとでも思ったのか!?」
「だから、落ち着いてくれ。声を荒げなくてもちゃんと説明する」
ノエルは私の目を見るととりあえず話は聞く気になったようで、不満げな顔は残しつつも促した椅子にドカリと腰を下ろした。
「まず、誤解しているだろう部分を否定しておこう。……私は『吸収の法』について誰にも話した覚えはないし、ましてその実験体を探すような事だってしていない。
――彼が。自分から、売り込みに来たんだ」
ノエルの目をまっすぐに見てそう言い切った。
欺瞞など何も含んじゃいない。神明に誓って嘘は無いのだ。
「……どう言う事だ」
「ああ、私としても彼がこの答えに辿り着いていたのは驚いた」
まず前提として、売り込んできた青年……クジンシーは、神官や貴族の考えるターム対応策を全く信用してはいなかった。
新市街あたりを固めて安全圏を確保しつつ、対策は検討中とだけ告知している状態がどれほど続いただろうか。
もはや上流階級は自分たちしか生き残る事を考えてはいない。
……流石にそこまで直接的には言われなかったが、そう考えている事は容易に理解できた。
つまり、平民はこのまま座して食われるしかないのだ。
「……我ら赤竜隊は、信用できないか。そうだろうな……」
「いやそれ以前に、一般の平民に赤竜隊の名は浸透してないようだった。そもそも彼らは我が国の兵科なぞ詳しくないのだから、盛大に喧伝しないと普通に分からないだろう」
「そ、そういうものか」
ノエルは王国騎士の名門出身だ。平民の事情が分からないのも仕方ない。そのあたりはワグナスも人の事はあまり言えないが。
そんな状況でクジンシーがワグナスに接触した……と言うか出来たのも、ワグナスが最前線で兵を率い、方々に顔を出すタイプの総司令官だったらこそ名と居場所が売れていたからだ。
それでも普通は平民が総司令にアポなんて取れる筈がないのだが……まあ、突撃したら出来ちゃった、という点はクジンシーの運が良かったと言うしかない。
「彼が最初に提案してきたのは、『同化の法』の生贄にタームを使う事だった。術法の事はわからないが、『同化の法』を力を取り込む形で運用できないかと」
「……それは……!」
「ああ、ノエル。君が提唱した『吸収の法』のひな型ともいえる部分に、術法を知らない平民が自力で辿り着いたんだ」
対象の肉体に同化する『同化の法』。
その発展として、対象の能力や経験までも自分に取り込む『吸収の法』。
もしそれが可能となれば、人は人を超える力を手にすることが出来るようになる。
ジリ貧を強いられ続けている対ターム戦において大きな巧妙になり得るだろう。
しかしこれにはリスクがあった。
取り込む対象によって、術者の自意識が変質してしまう可能性。
極端な話、『殺人鬼を取り込んだら術者も殺人鬼になる』危険性を孕むことになる。
ワグナス、ノエル、そしてここには居ないスービエは、その危険性を認識した上で自らの体を以て『吸収の法』の研究を進めていた……その矢先だったのだ。
「座して死ぬことしか許されていない平民だからこそ、道を与えられれば死に物狂いで動く。何より数が多い。切り捨てられる筈だった戦力『0』を『1』に昇格できるのであれば、戦線の意味が激変する筈だと。だからこそ平民が参戦する事には意味があり、自分はその先陣を切りたいのだ……と言われた」
「……なんと」
「まあ、実際にはかなり飾った言葉ではあったがな……理はあったし的も射ていたので、思わず唸ってしまったよ。政争の武器になり得るだろう事まで示唆された。……正直、この話を最初に聞いたのが大神官様でなくて本当に良かったよ」
破れかぶれに突撃しすぎだ、とワグナスは両手を開く。
もしそうなっていた場合、クジンシーは研究されつくして食いつぶされて終わっただろう。
いや、あるいは突撃する相手はちゃんと選んでいたからなのかもしれないが。
「……政争の武器にする気か?」
「まさか。まあそれでも戦後処理に頭を悩ます必要はあるがな。しかし未曽有の国難を目の前にして、戦後処理に悩む程度のリスクで国を救えるなら、切れるカードとしては最上だろう。元より、我らの身で既に試し始めている事だ。
……だから、受け入れる事に決めた。無論クジンシーだけだがな……平民にあまねく『吸収の法』を授けるのは流石に無いと思ってる」
「当然だ! ……しかし、そのデータ取りにもなり得るという訳か。嫌な売り込み方をしてくれる……!」
疲れたように目を覆うノエルの思考が
「……言葉を飾っていた、といったな。結局、そいつはどんな奴だった?」
その問いは、事後承諾を受け入れた上でクジンシーをどうするか考え始めた事によるものだった。
ワグナスはクジンシーとの会話を思い返す。
――上司に怒鳴られ、同僚には馬鹿にされ、挙句最後はタームに食われて終わるのなんてまっぴらだ。
だったら自分からタームをぶっ殺してやる。オレも英雄になってやる。
本音はここに集約するのだろう。
ああ、自分の事しか考えてない、兵士には向かないオリジンだ。
「そうだな……結局のところ、小物で俗物ではある。彼の言う『同化の法』の開発論も、そこらに転がってるフィクションの域を出ない。理屈を捏ねはすれど、それは自分を守る盾でしかない。よく聞く『平民』と聞いて思い浮かべる低能力の俗物がそれだ」
だが。
「だが――そこから抜け出したいと言う意志と行動力は、認めて良いと思っているよ」
『嫌われ者のクジンシー』
後の叙事詩にてそう唄われるほどに、彼は兵にさえ嫌われていたが。
七英雄に名を連ねるきっかけとなったのが、この一幕であった。