そもそも新章をして『ロンギット海の天秤』とか銘打ちはしたけど、落としどころとかどうするって言うのを全然考えていなかったりする。
当分は筆の滑るままに書くしかないけど書きたい所があまり浮かばないつらみ。
あ、新年あけましておめでとうございます。
モンスターが蔓延る世界では、荷物の輸送はもとより郵便すらも命懸けだ。
陸路の場合、手紙を渡すのだってキャラバンに行商ついでにお願いするか、もっと高い金を出して人を雇って届けるかと言う話になる。
海運の場合は陸路よりもモンスターに襲われる危険は下がるが、それ以前、海を相手にするには高度な技術が必要だ。
ゆえにこの世界、『郵便』と云うものを一般人が使うには、往々にしてコネか運が必要だった。
以前アバロンに手紙を出したが、アレは護衛をやったツテでキャラバンに多めのチップと共にお願いしたものになる。
ボクオーンはこれを需要として、コンテナ船の売り込みと同時に『一般郵送』と言う新しい商材を作る予定ではあったが、現時点ではまだその準備が整っていない。
――ゆえに、この手紙はボクオーンの手下が直に送ってきた物である。
手紙を読んで行くにつれ、自分がうまく呼吸できなくなっている事に気が付いた。
努めて深呼吸してその手の震えを止めようとするが、一向にして成功する気配がない。
「……ヘクター……」
掠れた声で小さく漏れ出たその名前が、押さえつけていた奔流を決壊させる。
視界が滲み、震えた手が手紙をくしゃくしゃにしてしまった。
――手紙には、恨んでくれて構わないと書いてあった。
なんなら、2年待たずしてアバロンに戻っても咎めはしないと。
出来る訳が無かった。
どんな思いでボクオーンがそれを文字に起こしたのか、とても良く分かったから。
全部自分が選択した事だ。
アバロンを離れる事も、ボクオーンを選んだ事も。
こうなる未来だって頭の片隅に過ってはいた。
解っていた事なのだ。解っていた筈だったのだ。
――ただ、覚悟が出来ていなかっただけで。
一日滞在するというボクオーンの……いや、おそらくはヴァイカーの部下には、手紙ではなく伝言を頼んだ。
「最初の約束通り、二年経つまでアバロンに行くつもりはない」
「ボクオーンは悪くない。俺が決めた選択だ」
そして……「教えてくれて、ありがとう」と。
――あるいは。
手紙を届けてくれた彼が懐に飲んでいた短刀は。
おそらく俺がアバロンに行く選択をした場合、ボクオーンの意思を無視して俺を刺す為の物であったのだろうけれども。
噓でもアバロンに行くと口にして、その短刀を受け入れた方がよほど楽だったのだろうかと、ちらりと考えてしまった自分がいた。
そんなもの、誰にとっても『誠実』であろう筈がないのに。
……やけくそと追悼の気持ちで、ウィスキーを頼んだ。
あの時と同じように一気に喉の奥に流し込む。
鼻と喉と舌をめちゃめちゃに刺激するそれは時代を経ても酷い飲み物だったが、しかしあの時の様に吐き出すのは何とか我慢できた。
周りから見ても無茶な飲み方に見えたのか、
それよりも、思ったより簡単に飲み下せた事実に、苦々しい後味を覚えるのだ。
――こんなんなら、一緒に飲んでやれば良かったと思う。
@ @ @
ヌオノ。
山岳地帯が続くハリア半島の最奥にある武装商船団の隠し港。
陸は険しい山とモンスターの壁が続き、かといって海からは迷路のような洞窟水路を通らなければならない。
こんな所に拠点が構えられているなんて、一般の者たちは予想すらしていなかっただろう。
かく言うボクオーンも、武装商船団はモーベルムを拠点にしていると思っていたほどだ。とは言っても、モーベルムの動きからいささか違和感は持っていたが。
「まさしく天然の要塞……案内が無ければ辿り着く事すら出来なかったでしょう。よくもまあこんな場所を見つけられたものです」
目隠しを外され、周囲を険しい山に囲まれた小さな内海を見渡してボクオーン……いや、
進んできた水路は、目隠しされていても方向感覚がなくなるほど入り組んだ場所だったことを感じ取れた。
相当の操船技術も求められる場所だろう。
こんな所では、例え情報があっても案内無しでここに来ようとは全く思わない。
「――お褒めに預かり光栄至極、ってな。どうやら今を輝くリーブラのトップの度肝は抜けたみたいで何よりだ」
この隠れ港の事務室で応対したのは、エンリケと云う男だった。
潮の香りが染みついた、オレンジのパイレーツハットを傍らに置く金髪碧眼の偉丈夫である。
余裕のつもりか、片手にウィスキーの匂いがするグラスを携えている。
「――さて、あんたのコンテナ船については見させてもらった。
仲間内じゃあ「無駄な手間」と吐き捨てる奴も多かったが……いやあ、なかなかの着眼点だ。久々におもしれ―
アレが叶えば随分輸送が効率化しそうな上に、
色々構想が浮かんできて、ちとワクワクし始めてる自分がいるよ」
「ほう……流石武装商船団のトップ。腕っぷしだけのケースも考えていたのですが、ソロバンも兼任できるのですか」
テミウスの感嘆にエンリケが「クックック」と苦笑で答えた。
「……泣ける事に回りが荒くればかりだと、気が付きゃソロバンを弾けるのが自分だけになってる時もあってな。かといってソロバン弾ける奴を連れてくると、その頭を生かして巧みに荷抜きを画策しやがる」
「……どこの世界も、信頼と誠実を求めるのに苦労するモノですね」
「話の合う奴で助かるぜ」
上機嫌に笑いながら、新しいグラスにウィスキーを注いでテミウスに差し出す。
ちらりとボトルを見るが、そこまで高いラベルではなさそうだった。
「さてこのコンテナ船、あんたらの要求は大体わかってるつもりだ。何せ目に見えた弱点があるからな」
「ええ、その通り……海賊に弱いんですよね、この仕組み」
テミウスは話が早くて助かるとばかりに笑みを浮かべた。
コンテナ船はその効率化を極めるあまり、武装を乗せる余裕が無いのだ。
故にモンスターや賊の蔓延る海で運用するのであれば、
……もっとも、そう簡単に沈まないようにブロック構造を取るなどして工夫は施しているが。
これは、『竜骨』を柱とする船の多い現在の造船事情から見れば、画期的にも不具合を抱える船にも見えた。
――なまじ、『鉄』を多用する船などと。
「あんたらがコンテナ船を運用し、俺らにその護衛を要求する。そう言う図を描きたいのは良く分かる。良く分かるが……解かるかいテミウス殿。
――さっきあんたが言ったように、『信頼』と『誠実』だぜ」
「と言うと?」
ドガンッ!とナイフがテーブルに突き刺さる。
それに合わせて周りにいた男たちが各々武器を取り出した。
テミウスは何か気にする様子もなく、表情一つ変えずにテーブルに刺さったナイフを一瞥する。
「……ボクオーンと渡りをつけな。アンタがその一派だって事は分かってる。アンタらは俺らの信頼と誠実を要求する前に、既に俺らの商売の邪魔してくれてんだぜ……?」
エンリケは歯を剥き出してテミウスを睨みつけた。
……対するテミウスは、それに何ら恐怖を感じている様子はない。
「――運河要塞の件ですか?」
「当たり前だろうが!」
「なら、構いませんよ。武装商船団の船はスルーするように申し伝えましょう。渡っている船があなた方に属するものかすぐに分かるように、共通の印なりし品なりは用意して欲しい所ですがね。……何となれば、こちらから符丁に使っているピンをお配りしても良いですが」
「言うじゃあねえか……要塞をアバロンに奪還された分際で
「おや、
それであれば、
エンリケは内心で舌打ちする。
確かに違和感はエンリケ自身持っていた。しかしそれ以上に、武器に囲まれたこの状態で全く動じないコイツは一体何なのだ。
なるほど、新興勢力とは言え随分肝は座っているらしい。
「それで……ボクオーン様ですか?生憎、今は物理的に無理です」
「ああ?」
「彼は陸の流通発展に繋がる可能性を探し始めていまして……今はステップの向こうに視察に行っておりますれば。
ゆえにこそ、ロンギット海で行う事業の全権は、このテミウスに一任されているのです」
「ほうそうかい、そりゃあ良い事を聞いた。ならお前をぶった斬れば、
テーブルに突き刺した短剣を引っこ抜き、首元に突き付けてやる。
顔のすぐ傍で睨んでやっても……やはりテミウスの表情は変わらなかった。
まるで能面を相手にしているような気分だ。
綿で出来た棒きれで囲んでいるかのように、彼の顔に恐怖が無い。
それどころか、眉をひそめて鼻に手を添えるほどの余裕すら見える。
「――失礼、あなた息が真剣に臭いです。随分きつい酒だけを常飲していらっしゃる……私に
クッ、と噴き出しかけて顔を逸らしたスキンヘッドの部下は、後で殴り飛ばす事を心に決めた。
「まあ乗っ取るつもりというならそれも一興。……しかし、その後どうするのですか?乗っ取ってそのまま商売するだけ?」
「……なんだと?」
「我々の目的は一貫していましてね。
……誰でも利用できる流通、移動、情報。その
それが出来るなら、別にそれを担うのはあなた方でも構わないんですが……そこまでは行かないでしょうね、今のあなた方では」
ゆえに、
そう理解してエンリケは眉をひそめる。
「そんな事やって、どうなるってんだ。それこそその後どうするんだよ」
「
テミウスは両手を広げて笑った。
「――あなたは
だから私は動いている。そう信じている。ボクオーン様も、それに志を同じくする者たちも、みな」
エンリケは、目の前の人物が一体何モノなのかを測りかねていた。
恐怖に慄く訳でも無い。利益だけを目指しているようにも見えない。
いっそ、人間にすら見えてこない。
ウソを言っているようにも見えないが、その真意がどこにあるのかも見えない。
そして、これは何の錯覚だろうか。
ナイフを突きつけ武装した連中で囲ませているにも拘らず、全くコイツを殺せる気がしないのだ。
まるで戦端を切ったらそこで終わりだと。本能がそう言っているような怖気を感じる。
――理性がエンリケに語り掛ける。
例えロンギット海における全権を任されていたとして、結局こいつはトップではない。
ボクオーン相手でなくば殺しても痛痒にしかならないだろう、と。
今度の舌打ちは隠さずに、エンリケは突き付けたナイフを懐に仕舞った。
@ @ @
――ロンギット通商連合。
結局、そんな名前で複数の商会が南ロンギットの航路を股に掛ける輸送商売が始まりだした。
コンテナ船を使った、大量かつ安定した物資の共有。そしてそれを軸にした様々な商会の参入と発展が今後行われて行くだろう。
モーベルムを出港したコンテナ船とその護衛船を眺めつつ、エンリケは手の中で弄ぶピンバッジを眺めた。
剣と歯車が支柱に意匠された天秤。それがレリーフとなっている、コイン大の真鍮製金バッジだ。
結局、武装商船団で用意するのが間に合わずこれを使う事になった。
アバロンに制圧されていた要塞は、1か月でボクオーンの元に舞い戻る事になった。
この短期間で皇帝2名の死と言う多大な爪痕を残した上で。
何もかも、姿の見えないボクオーンの手で操られているように思えて言いようのない気持ち悪さを覚える。
別に行動を縛られている訳ではない。コンテナ船を護衛しているだけだ。
利益による行動しか発生していない。
不自由もないどころか、逆に商売が広がった。好景気が自分たちの手で作り出されている。
ともすればテミウスは、そのコンテナ船の運用すらデータが取れればこちらに渡しても良いとすら言って来ている。
それでもエンリケは喜べない。
気が付けば自分たちに繋がった糸。その繰り人が一体何を考えているのか全く分からなかったがために。
ただ世の中が、これから急速に変わって行くのだろうなと言う実感だけがピンバッジを通して伝わってくるのだ。
本当は、ヘクターの死を嘆くクジンシーが鉱夫せずに落ち込みながら酒場で酒を入れる様を眺めて、周りの人間が「男にフられて落ち込んでいる」とスゴイ勘違いをしてしまい、もはや否定する元気も無いクジンシーがそれを放っていたら、そのケのあるアニキ達がクジンシーに寄って来始めるという地獄みてーな流れが浮かんだんだけど、あまりにもあんまりだったので何とか踏み止まったの。えらい?