ジェラールだってわかってんのにジュラールと間違える。
伝承法だってわかってんのに継承法と間違える。
……フッ……私もとうとう死期が近いようだぜ……!
世界崩壊の異常気象。
これは本当に、すべての生命体に致命的な物とされた。
急激な地殻変動が世界各所を襲い、毒を含んだ分厚い雲が空を覆って大地は氷に閉ざされる。
これにより最初の10日ほどで、ほぼすべての生命体が死に絶えるだろう。
……それが超術学研究所の試算した逃れ得ぬ運命だった。
実はこの試算には穴がある。
と言うか、試算したのは人類が生き残る逃げ道を探す為だったため、『そこ』は元々考慮していなかった。
海の中である。
凍り付くのは海面のみ。深い場所は常に0度以上に保たれていた。
海底火山によって供給される水温と酸素と栄養は異常気象後も変わらず循環され、水面に出れないことが致命的になる生物以外はそこまで致命的な物にはならなかった。
これは惑星を覆う水の膨大な量と熱伝導率の高さ、そして変わらず続く海底火山の活動と対流による保温性の高さが齎した母なるセーフティーである。
氷河期すらも、海の底を氷で浸食する事は叶わないのだ。
ならば、切羽詰まった古代人が最後の手段として海の中に生存圏を見出すのはある意味当然の帰結と言える。
尤も人間は海の中で生活は出来ないので、相応の準備が必要になる訳だが……
ともあれ。
それゆえに、スービエが古代人の痕跡を探すために海に臨むのは理屈から言えばそこまで的を外した行いではなかったのである。
たとえその理屈の中に、口実と言える要素がいささか以上に多く含まれていてもだ。
海はほぼすべての知的生物をはじき出す。
宝を積んだ沈没船、浸食された古代遺跡、人が海に進出しようと挑戦した夢の跡、エトセトラエトセトラ。
一度海に抱かれれば、それを取り戻すのは至難では済まない。
しかし、海の魔物を優先して吸収してきたスービエにとって、海はもはや庭であった。
海において彼に並ぶものは何もなく、ゆえに彼を止めるものは何もない。
時には沈んだかつての文明を探検してロマンを満たし、時には海溝よりお宝を引き上げ、時には海を荒らす大物と力比べをし、時には豊富な海の幸で腹を満たす。
ああ、やはり海は素晴らしい。
飾らず一言でいうならこの男、めっちゃ満喫していたのである。
めっちゃめちゃ満喫していたのである。
まあ大神官に追放されてからこっち、よーわからん異空間やら、よーわからんモンスターの巣窟やら、よーわからん異世界人の痕跡やらとまあ、そこそこ楽しくはあったが輝ける太陽の下に広がる大海原とはほぼ無縁の生活をしてきたわけで。
いわばこれは人生のボーナス。
何だったらこのままもう2~30年グダって満喫していても許されると本気で思ってるし、実際にワグナスも許すだろうと思われる。
満喫している最中で
スービエとしてはそんな意識だった。
スービエは大自然に生き、サバイバルを常とする気質故に、元来孤独を苦と思わない気質の自由人である。
これは討伐隊に参加する前からそんなんで、人のいない厳しい島々を趣味で放浪していたぐらいなのでこれまた筋金が入っている。
『その体に流れる高貴な血を最もムダにしている男』とは王城の誰が言い出したのだったか。
そのくせ槍の腕は天下一品と言う言葉でもまだ足りぬほどに鋭いのだから始末に置けない。
これはきっと、幼い頃に大きく奇麗で巨大な魚を死力を尽くして捕った時からずっとそうであった。
いうなれば幼き頃の少年の性癖がその日を境にねじ曲がったのである。
彼の前に姿を現したかつての魚類は相当以上に罪深い*1。
しかしながら、そんな彼にも『承認欲求』と云うものはそれなりに存在していたりする。
特に最近思う所があり捌いて食べてみた蛸という生き物が、そのゲテモノの見た目とは裏腹に思いの外うまかったので、誰かに食わせてみたくて溜まらない。
あと、なんか自分の視界で暴れ回ってケンカ売ってきた巨大クラーケンを見事仕留めて吸収し、自分の足としたのでなんとなく自慢してやりたい欲がチラチラ湧き上がっていた。
すげー速く泳げるし、すげー柔軟に動くし、すげー力もあるしクッソ便利なのであるこの足。見た目というデメリットはあるけども*2。
そんな訳で彼は今、陸地がありそーな方向にゆるゆる進んでいる最中だった。
彼の辞書にコンパスなどという文字はない。どこに向かってるかは分からないがそのうち着くだろの精神である。
断っておくが、どこかの刀3本使って戦ってそうなド級方向音痴キャラとは趣が違う。
その気になれば彼は、太陽や星を読んで位置や方角を定めるくらいは出来る人間である。
何となれば、季節と時間さえわかれば、かつてふと見上げた星空の下へ自分の頭の中にある地図を頼りに辿り着く事が出来るようなハイスペックである。
しかし彼は「気分が乗らない」と言う理由のみでその勘ピュータを使おうとはしない。
ワグナスのもと手綱を握られていればもうちょっとシャンとする位の分別はあったが、手綱を握られてなければこんなモンである。
神は才能を与える人選を激しく間違えた。
それにそう言う勘ピュータを積んでいると、特に使おうと思わなくとも、自分が世界のどこら辺にいるか、おおざっぱには解ってしまう物なのである。
例え今現在、
彼の頭の中の地図は、現代の人々が認識する所の南ロンギットのトバ沖南寄りの位置と大体一致していたりした。
――そんな波任せ風任せとも取れるお気楽ムーブで移動していたスービエが、ある日嵐によって遭難した一隻の船を見つける所から騒動が始まる。
船に乗っていた男の名は、ギャロンと言った。
@ @ @
現在のロンギット海は、ロンギット通商連合が太い輸送路を作り上げ、なかなか幅を利かせていた。
いや、『幅を利かせていた』とは言うものの、新規参入や独自発展を大歓迎とする
航路や技術は独占したいのである。
ゆえにこそ、模倣したり擦り寄ってきたりする者は排除したいのである。
しかしテミウスはそれを『停滞』や『怠惰』と表現し、それを許さない。
「――アコギな真似をしないと生きていけない一発屋は要りませんよ。せっかく新しい技術が出来てそこにいろんな人がやってくるのです。世の中ひっくり返すか停滞して惰弱で終わるかの瀬戸際ではありませんか。この厳しい大波を舵取りして、より精錬されたシステムを目指す事こそ我が本懐ですので。
……安定を取り、肥え太る事がお望みですか?
老後のご心配を今なさりたいならどうぞ、そこで燻っておられても構いませんよ?まあ、たぶんそのうち見向きもしなくなると思いますが」
―― こ の ヤ ロ ウ。
青筋立ててもブン殴らなかっただけ良くぞ分別が付いたものだとエンリケは自賛する。
タチの悪い事に、言ってる事は良く分かるのである。
安定を取って引き篭もり、利権のみを貪るのもまた一つの商売だろう。
……だが、確かにそれは自分のタチとは合わないのである。
――大海原へこぎ出す冒険。
男の夢とロマンは結局、そこにあると云うのは自分も認めるところ。
このまま引き篭もれば、武装商船団はなお挑戦し続けているリーブラの金魚のフンとして歴史に置いて行かれる事になる。
それは何とも
だが、それはそれとして武装商船団を纏めているのは自分であるからして、下には守るべき奴らが沢山いる。
そんな奴と一緒に挑戦し続けて抱え堕ちは正直、シャレにならないのである。
そんな訳でエンリケは、こういう方針について周知と理解を得るために、必然的に団員と向き合う事が多くなった。
背中の漢っぷりだけ見せ続け、百鬼夜行の群れとしたかつての頃が懐かしい。
新規参入の中には安定を取った方針の会社を作りやすいと言う利点もある。
挑戦が難しい者たちに対してはそう言った会社への誘導や斡旋も考えたり、気質が合わない者については開発業を勧めたりと、船に乗らずに動き回る事が随分増えた。
正直言ってとってもとっても不本意である。
まるで日常的にケツに蹴りを入れ続けられてる気分だ。
エンリケは自身から少し薄くなりつつあった潮の匂いが寂しくなり、強引に前線に飛び込み護衛団に交じって激を飛ばす事もあった。
これは、そんな中での出来事である。
@ @ @
最近海に出ると、漁船の他に
と言うのも、何処からか市場に財宝が流れ始めたのである。
誰かが一発デカく当てたらしい。
おかげでルドンの宝石鉱山、ロンギットの沈んだ財宝と夢見る男たちがたむろしている。
海の男に交じって、考古学者を名乗る頭でっかちもよく見かけたりしている。
何でもかつてヴィクトール運河が開通するよりもっと前、伝説の人魚に熱を上げたどこぞの国の王子が贈り物を積んだ船と一緒に海の底に沈んだとか言う眉唾な故事があるそうで。
ロマンスとゴールドが同居するこの話の謎を追うとか言うのが近ごろのトレンドらしい。
たとえ引き上げたのがゴールドでなかったとしても、何らかの物証が上がれば歴史的証拠を上げたとして名を上げられるだろう。
エンリケとしては、「近ごろの海の男は軟弱な方向に倒れたなー」くらいは思ったが、これはこれで面白かったのでそれも良し、である。
ただ、そのロマンを自分が追いかけられないのは頂けない。
「こういう護衛業も別に良いんだけど、また自由気ままに海を探検してえモンだなぁ……」
ハンドレール*3に頬杖付きながらエンリケがぶすくれた。
操舵をしていた部下がその独り言を拾って苦笑を返す。
「商船団のトップが気ままに遊びに行くのは勘弁してくださいよお頭ぁ」
「ったく、いつの間にか余計なモン色々
「そりゃ今更の話でさぁ」
――そんな折、視界に何やら武装が見える船が3隻、右方面よりこちらの航路と交差するルートを取って進んでいるのが見えた。
訝しんで双眼鏡を除いてみるが、マストや船体には特に所属を示すようなマークは見当たらない。
横目で、しこたま荷を積んでいる無防備なコンテナ船を見た。
現在、護衛艦4隻とコンテナ船からなるこの輸送船団に喧嘩を仕掛けて来た輩は存在しない。
護衛艦は視覚効果も期待して、普段以上に物々しくしている。長距離までぶっ放せる良い大砲も積んでいた。
しかも横だけではなく、前にも撃てるよう船首にも大砲を付けた特殊船である。
流石の賊もこれを見れば大体逃げて行くのである。
エンリケの目が据わった。
彼の中ではもはや、かなり黒に近いグレーとなっていた。
「――全船停止、第2種戦闘配置に付け!
連絡手!前の船団に対して旗信号と光信号、双方で所属と目的を問い続けろ!
こちらに航路を変えようとしたり、横切ろうとしたら鼻先に一発ぶち込んでビビらせるぞ!」
●
← ● ■ ●
●
●:護衛艦
■:コンテナ船
流石に数多の海賊たちを相手にしてきた百戦錬磨である。
『一発だけなら誤射かも知れない』などと腑抜けた思考は存在しない。
むしろ護送するこの船団を見て、交差する航路を取る武装船が自ら武装解除、または弁明に動かない時点でぶち抜いて良いとすらエンリケは考えている。
特に、横切ろうとした場合は致命的にアウトだ。
なぜなら普通の船の攻撃方向は進行方向に対して直角である。
横切ろうとした場合、それはそのままこちらへの攻撃態勢の完了を意味するのだ。
――船団の速度が落ちない。
エンリケの決断は早かった。
「――目標、船団先頭の鼻先!1,2,3番船、発射準備出来次第撃て!!」
既に発射態勢を整えていたため、号令から爆音が聞こえるまでの間隔は随分短かった。
3基の船首カノン砲が狙い通りの場所に水柱を上げる。
――船団の速度が、落ちない。
それどころか、そのマストにするすると旗が掲げられた。
血のように赤い旗。
黒染めでドクロを模した、
エンリケの口角が楽しそうに歪んだ。
「全船始動、
ひはッ……バカが来やがったぜええええぇぇぇっっっ!!」
戦線の火ぶたが切られる。
――水しぶきが上がる、その近海。
腕を組みながらスービエが、その成り行きをジッと見守っていた。
ヨーロッパ圏では船の事を女性として扱うそうです。
だから我々が「その船」とか「あの船」みたいに言う場合、英語では「She」とか「Her」って呼ぶらしいですね。
その理由には諸説ありますが、船を扱うのは大抵男性だからその相棒である船は女性とか、ペンキで船体を塗り替えたり祝い事で装飾する様を貴婦人が着飾り化粧するのに例えたとか言われているそうです。
ディズニーランドのカリブの海賊アトラクションで用いられる船にも名前が付いているそうで、エイドリアンだのジャックリーヌだのと女性名が列挙しています。
……言いたい事はわかりますね?
みなさんご待望の女性キャラクターですよ(にっこり)