がんばってる。
がんばってんだよ。
そりゃあ他から見たら、「俺にしては」って枕が付くかも知らんけど、俺の中では過去イチがんばってるんだよ。
だって、最後にケンカとかしたの何時だ? 記憶の中に欠片もないぞ。
運動とかも全然してなかったし。
そんな奴がいきなり剣振り回してサマになるはず無いじゃん。
だからこれでも、がんばってるんだよ。
「脇を閉めろ! 重心を落とせ! 体が開くのは体力が無いからだ!! まずは剣を振る筋肉と体力をつける!!」
走り込みと素振りなのである。
すごく走り込みと素振りなのである。
すごくすごく体育会系なのである。
「あの……ノエル? 俺、平民枠の、言うならばテストケースで、」
「そう言うのは考えないことにした!!」
どかああんと言い切ったノエルだった。
いや、「考えないことにした」て。
「言いたい事はわかる。訓練してしまったら平民そのままのデータが取れないと言う事を主張したいのだろう、お前は。
だがな! 戦いに参加するとあれば、俺と共に戦うとあれば、規律兵法最低限身について貰わないと困る! 『全員遊撃勝手にやれ』なんて運用できる筈もないからな!
だから例え平民総動員なんて最悪な事になったとしても、最低限の訓練は絶対に付けるぞ。だからこの訓練も必要な物なのだ!」
……おっしゃる通りでございます。
サボる理由は捻り出せなかった。
ひーひ―言いながら両手剣を振り上げ、振り下ろす。
その度にノエルにダメ出しされるのである。
これじゃ、会社員やってた時と同じだ……とも思うが、ノエルはあの上司とは随分と違った。
「良いか、そもそも体作りなんぞしていなかったのだから、出来ないのは当たり前だ。疲れているだろう? そうすると体がどう言う動きをするようになるか、今のうちに理解しておけ。そしてそれを矯正しようとする感覚もだ! 何をすれば良いかわからずに、ただ言われた事だけを無意識になぞるのが一番ダメなんだ!」
聞けばなぜダメなのか、どうするべきなのか、ノエルはそれを簡潔に教えてくれた。
俺が出来ない事を『できない』と捉えて、『できる』ようになるまでの道筋をちゃんと教えてくれた。
そういう所は、あの上司やあの同僚と全然違っていた。
自尊心でマウント取り続けたり人格を否定したりするアイツらとは、全く無縁のダメ出し方だった。
……だからまだ、耐えられる。
「――よし、こんなトコだな。今言った所はメモするなりして、自分でも反復できるようにしておけ。覚える事が多いだろうが何とか詰め込んで欲しい。俺もそこまで時間を作ってやれる訳じゃない。
それと、別に二人の時はとやかく言うつもりはないが、他の兵たちの前でだけでも挨拶敬語は出来るようになって置くんだ。お前はそう言うの苦手なようだが……せめて他の奴の真似をするだけで良い。これは身を守る技術のひとつでもあるんだ。まずは意識する所から始めてみろ」
「……わかったよ」
素直に返事を返した。
キツイし面倒な事も多いけど、ノエルが言うなら言う事も聞こうという気になれていた。
「あの……ノエル、さん?」
「お、早速がんばってみるのか、凄いぞ! だが、他の奴らの前で俺を呼ぶならノエル『隊長』で頼む。軍では、目上の人間は敬称ではなく階級で呼ぶ決まりなんだ」
所々で挟まれる、褒められる言葉に実感がわかない。
「……、ノエル隊長」
「ああ、そうだ。……で、どうした?」
「同化の……いや、『吸収の法』、ですか。俺の実験は……いつに、なりますか?」
「うむ、そこまで日は開かないだろう。たぶん訓練期間中に一度行う事になるだろうな。……日付を確約出来ないのは勘弁してくれ。最近ワグナスと本当に時間が作れなくてな……」
言っておくが、実験後もちゃんと訓練はするからな。
ノエルは口角を持ち上げてそう言った。
しっかりと予防線を張られて苦笑するしかなかった。
@ @ @
ノエルがああ言っていたし、実際挨拶敬語はがんばってみたが、それでもここの兵士とはそりが合わなかった。
「なぜただの平民がノエル隊長と肩を並べる事が出来るんだ?」
「どんな弱みを握った?それでどうにかできるとでも思ったか」
「力もない。術法にも暗い。知恵働きが出来るようにも見えないな。……なぜここにいる?」
始終そんな感じだ。
奴らにとって、ただの平民が共に戦うという状況は何事にも耐えがたい事らしい。
実力主義、血統主義と言えば聞こえは良い(?)のかもしれないが、実際やっていることは陰湿だ。
無視や陰口は当たり前。会話と嘲笑はいつもセット。
挨拶しても返ってくる事はまばらだ。返ってくるのが舌打ちだった事もある。
そんなのをずっとやられたら、うんざりしてやり返したくなる時もある。
しかし彼らは、人にやるのは良くても自分にやり返されるのはとても腹に据えかねるらしい。
挨拶したら舌打ちが返る。
その舌打ちを更に返したら、一瞬にして激高し掴み掛かってくるのだ。
「何を勘違いした平民風情が……! 同じ扱いをして貰えるとでも思ってるのか? 修正が必要なようだな!!」
俺にとって幸いだったのは、そんな実力行使をされた時期が『実験』を受けた後だった事だ。
最初に『吸収の法』の対象としたのは、『ナイト』と呼ばれる人造悪魔だ。
ノエルが過去に、邪悪な魔術師を討伐した時に押収した物だったらしい。
邪法の呪符で作り出せるそれはある意味で手軽に用意できるモンスターであり、そもそも意識が希薄で操りやすいため『吸収の法』の精神影響を確認するのには適当だろうと考えられた。
――実験結果。
平民の『戦力0』を『1』に昇格させるには、十分な結果を齎した。
流石にこれだけで無敵とは行かなかったが、胸ぐら掴まれた腕を掴み返して引きはがし、さらに激高して殴られれば同じ個所を殴り返すぐらいは出来るようになった。
相手にとっては、平民でである自分は胸ぐら捕まえたら怯えおののき、殴られたら地面に転がり泣き叫ぶモノでなくてはならなかったらしい。
「貴様ッ……!」
剣を抜かれたあたりで、「何をやっているっ!!」とノエルの怒号が響いた。
「王城内で抜刀するなど、何を考えているんだ! 剣を収めろ!」
「ノエル隊長!? ……いえ、失礼しました。新人を修正していただけです。お騒がせして申し訳ありません」
「――俺は、された事を返しただけです。……舌打ちも、掴むのも、殴ったのも」
相手の顔が凄い形相になって俺を睨む。
ノエルの眉根が苦渋で歪むのが見て取れた。
「……両成敗だ。二人とも中庭で腕立て100回」
「んな、俺は……ッ!」
「拝命いたしました、ノエル隊長」
抗議の声を上げる俺の態度にまるで当て付けるかのように、そいつはビシっと敬礼をすると中庭の方へ駆け足で去って行った。
……結局、同じかよ。
ここも、あそこと同じかよ。
呆然とそれを見送った俺の横で、ノエルが目頭を押さえている。
「……クジンシー、別にお前の発言を疑う訳じゃない。だが……こう云う規律なんだ。軍である以上、ここは曲げる事が出来ない。ケンカは禁止、やったら両成敗。売ろうが買おうが関係無くな」
ノエルの手が肩を叩く。
「今のお前なら腕立て100回はちゃんとできるだろう。訓練と思って行って来い。……出来るだけ、赤竜隊の誰かの目に止まる位置でな。
流石に身分がどうとかを理由に「やっていなかった」とウソの証言をするような奴はいない筈だ……俺の隊には」
肩からノエルの手が力なく滑り落ちる。
去って行くノエルの背中が小さく見える。
その心中がどうなってるかは分からなかったが、少なくとも俺の現状を憂いてはくれているように見えて、とりあえず腕立てはやってこようと言う気にはなれた。
――中庭にあいつの姿は、見当たらなかった。
それでも後日、「やっていた」という証言がどこからか出て来ていたようだけれども。
俺の腕立て100回の方は、とりあえず無かった事にはならなかった。