……本当は今回を後編にするつもりだったけど、終わらなかったよね。
鉱山入り口からすでに、瘴気が漏れ出ていた。
「……なんだよ、コレ……」
あまりに濃い瘴気は目に見える。
それはまるで紫色の煙のような……そう、タームを殺したら変わって行く、あの紫の
普通の人間がこんな濃度の場所に飛び込んだら、体調崩すじゃ済まなくなるぞ……!?
周りを見回す。朝早く来たために誰も居ない。
とりあえず目に付く所に『爪』で傷をつけて警告する事にした。
――瘴気発生中、近づくな!!
こういう時、やはりクィーンの腕は便利だ。安々と傷文字を掘れる。
なにせ目に見えるレベルの瘴気だ。ちゃんと足止め役にはなってくれるだろう。
『死神の目』で坑道内を睨んだ。
いつも見ていたあの魂が、今日はひときわ大きく、鮮やかに見える。
そして最悪な事に、この瘴気から生まれ出でた悪魔が数体徘徊し始めているようだ。
俺は『死神の目』を解放したまま、坑道内に足を踏み入れた。
属性が『冥』に偏っている俺にとって、この瘴気はむしろ心地よさすら感じるほどだ。
しかしそんな中であまり活動していると精神的な物がどんどんハイになって行ってしまうので、脳裏に
つくづく人から外れているな、とは自覚していた。
近場のモンスターを確認次第、ソウルスティールで生命力を簒奪する。
万が一、好奇心に駆られた後続がやってきてモンスターとかち合ったら面倒な事になる。入口から掃除しつつ進んで行く。
視界に入らずとも壁越しに一気に簒奪しても良いのだが、大事を取って目標をこの目で見てから行っているのは最早悪癖なのかもしれない。
(フィーンド*1にインプ*2……ガーゴイル*3までいる。地獄の扉でも開いたのか?何がどうなったら、たった一日で
俺が相手する分にはもはやザコに近しいが、戦闘能力のない鉱夫たちが目の当たりにしたら頭から丸かじりされるしかもはや未来は無いだろう。
奥に進むごとにさらに瘴気が濃くなっていく。
あまりの濃さに、自分に害は無いと判って居つつも思わず口を押えてしまった。
……いや、害はあるか。
瘴気が濃すぎて、視界に影響が出ているのだ。
もはやホワイトアウトならぬ
ぐに、と何か柔らかい物を踏んだ感触。
なんだろうと視線を降ろして凍り付いた。
――人間だった。
それも昨日、酒場で顔を合わせたばかりの、最近よく話す鉱夫仲間。
『死神の目』はずっと開放し続けている。
地に伏せる彼の中からも。
――ああ、そうか。
やっと、ここで何が起こったのか理解した。
いや、本当はどこかで気が付いていたのかもしれない。
人間は一皮剥けばモンスターとさして変わらない。
知っていた筈だ。ずっとずっと昔から、悟っていた筈だった。
(何人だ?……いや、このままでは探すものも探せない、か)
頭の中に強く
努めて冷静を保ちながら、瘴気の中で深呼吸する。
『冷静に』――その単語だけを頭の中に貼り付けて、しかしそれ以外は思考がぐちゃぐちゃで何も考えれてはいなかったけれど。
そして歩を進めたその先には、急ピッチで掘り勧められた坑道と、紫色に怪しく光る、美しく巨大な宝石があった。
掘り出されたそれは所々岩に覆われているが、露出した宝石部分は特に磨かれてもいないのに、その美しさで立ちつくすような妖艶な輝きを見せている。
なるほどこれがまともな代物なら、大層な高値が付くだろう。
しかし俺の目には、もっと異常なモノに見えた。
「魂を持つ瘴気の結晶……!?何なんだコレは……こんなものが自然に発生しうるのか……!?」
抜け駆けしようとした鉱夫たちの手により掘り起こされ、その際に彼らの生命力を根こそぎ奪って覚醒し、坑道内を瘴気で満たした。
宝石の周りには、靄に掛かってとても見えにくいが数名倒れているように見える。
……嗚呼そうとも、一皮剥けばモンスターと同じなのだろう。
でも、なにもそれで死んじゃうような剥け方しなくたって良いじゃないか。
俺は一瞬瞠目すると、その宝石に右手を伸ばした。
――そこから、生命力の一切を簒奪すべく。
@ @ @
「あ……帰って来た!?」
坑道の入り口には、既に何人か集まって騒いでいた。
漏れ出る喧騒の端々を聞いてみると、どうやら俺とその他6人を探していて、突入するかどうかで揉めていたようだった。
……そう、6人だ。
抜け駆けに集まったのは、いずれも若い6人の鉱夫だった。
俺はとりあえず、そのうち二人を両肩に担いで重い足取りを進めていた。
「な、なにがあったんだ……!?医者、医者は居るか!?!?!?」
「いや……もう無理だ。事切れてる」
駆け寄ってきたおっちゃんたちに担いでいた二人を託す。
外傷はないが、生命力を根こそぎ奪われた肌はみずみずしさを失い、ボロボロになっていた。
今でこそ口と目を閉じてやっているが、その顔は恐怖に歪んでいたのだ。
たった数時間前まで普通に生きていたであろう人間の末路だ。
「なんてことだ……!」
「……まだ中に4人いる。全員、もう駄目だ。一応他に見つからない奴いないか調べてくれないか?全部で6人だって確証したい」
「ガス漏れか!?」
首を振って否定する。
「いや……詳しい事は俺にもわかんなかったんだけどさ。
そのままいうなら……モンスターみたいな宝石が瘴気出して、モンスターを呼んでたんだ。原因はとりあえず沈黙させたけど……異常だよアレ。
あんなモノは、随分長く生きたけど見た事がなかった。異世界にも該当するものは無かった。
なにより恐ろしいのは、ソウルスティールで生命力を根こそぎ簒奪しても、
アレはもう、誰かに触れさせちゃダメだ。
処分の方法を早急にボクオーンに相談したかった。
原因を何とかしたため、漂っていた瘴気はだんだん薄くなって来ている。
残りの4人も運び出すため、何人か名乗りを上げてくれた。
「俺が目指してた坑道の奥に、デカい宝石が転がってる。
絶対、触るな。俺が目指してたのも今回の原因作ったのもアレだ。触れたら命を吸い尽くされて、また瘴気が溢れるぞ」
@ @ @
「なんてこった……まるでタチの悪いヴァンパイヤに目ぇ付けられたみてえだ」
恐怖で固まった遺体の目と口を閉じさせる。
「おっちゃん……そっちのやつ頼む」
「応よ。向こうと合わせて、これで6人か……」
色々俺に教えてくれたおっちゃんだった。
つるはしの振り方とここのルールの大半はおっちゃんに教わった。
瘴気の残り香で多少気持ち悪そうにしていたけれど、それでも付いて来てくれたのは助かった。
「信じらんねえなあ、石ころひとつでこうなんのかい……あっちに転がってる奴だよな。後で見るのもマズいか?」
「……遠巻きに見るぐらいなら多分、大丈夫だと思う。ただ、半径1m以内は多分危険地帯だ」
「直接触らずともアウトってか……凄まじいなあ」
それも今でこそ1mで済んでいるが、また覚醒したら射程がどうなるか分かったモンじゃない。
あの石、5mは離れていた俺の生命力を手に掛け始めていたのだ。
ちょうど、事切れているコイツのように。
「おっちゃん……こんな悪魔みたいな宝石って、存在するものなのか?」
「カンベンしてくれ。俺が逆に聞きたいぜ……正直な、あんちゃんを疑ってる訳じゃねえが、未だに俺ぁ信じらんねえよ。
入口からぼわぼわ出てたショウキを浴びてめっちゃ気分悪くしても尚だぜ?頭が理解を拒んでやがる。
……そりゃあな、『本当に美しい宝石には見る者の魂を奪う妖艶さがある』なんて話を聞く事はあるけどよ。誰がそれを
「……そりゃ、そうだよな……」
嘆息しながら宝石の方を振り返る。
……思わず、呼吸が止まった。
「やめろッッッ!!!」
「え、あ……え?」
いきなり壁の向こうに怒鳴った俺におっちゃんが戸惑いの声を上げる。
だが、気にしている暇はなかった。
一応声は届いているようで、『死神の目』で見えた魂はビクリとその動きを止める。
「……そうだ、お前に言ってる!!見えてんだよ!!引き返せ!!命を吸いつくされたこいつ等と同じ運命を辿りたいのか!?!?」
「……え、マジか?ええ……そう言う事?その左目のやつか??おいおいスゲエなそれ」
ある意味ノンキしてたおっちゃんの声は悪いが無視する。
本当に、命にかかわるのだ。
――そして、声が返ってくるのだ。
「う、うるせえっ!!どうせお前が独り占めするつもりだろうが!!
――そうはさせねえ!俺にも、俺にも分け前貰う権利はある筈だっ!!俺にだって!!」
そして慌てたように、そいつの魂が宝石に向かって駆け寄って行くのだ。
「ふ、っざけんなお前えええええッッッ!?!?!?」
「あっ、おい、あんちゃん!?」
慌てて遺体を降ろして、来た道を猛ダッシュで戻る。
……だが、間に合う筈がない。
この距離で、間に合う筈が無かったのだ。
「俺のだっ!!俺の……っ、あ、があああああああ!?!?!?」
その行動の代償は、一瞬でその身に跳ね返った。
――宝石が、その息を吹き返す。
先ほどまでではないにしろ、再び怪しく輝き始め、辺りを瘴気で満たし始めるのだ。
「あ、あんちゃん!?」
「おっちゃん来ちゃダメだ逃げろおおおおっっっ!?!?!?」
そしてその濃密な瘴気は、俺の後を追って来ていたおっちゃんまでその手に掛けた。
「う、ぶっ……」と変なうめき声を上げながら頭を押さえて倒れ込むその体を受け止める。
ガクガクと体が痙攣している。
「い、い゛やだ……た゛す、け……」
下手人が涙ながらに手を伸ばす。
……あれはもう、見捨てるしかなかった。
無視して俺は、おっちゃんの体を抱えて瘴気を振り切り坑道の入り口まで走るしかなかった。
@ @ @
「おっちゃん……おっちゃんっっ!!しっかりしてくれよおっちゃんっっ!!
クソッ……『生命の水』じゃあダメなのか!?」
回復術を施しても、瘴気をもろに浴びたおっちゃんの体から痙攣が止まる様子がない。
こんな、瘴気に中てられた人間に対する応急処置の方法なんてわかる筈が無かった。
「クソッ、クソおッッ……そうだ、誰か天術使える奴はいないのか!?『冥』の反属性ならもしかしたら……天術の『月光』を使える奴は!?」
周りを囲っている奴を見回すが、誰もが顔面を蒼白にしながら固まるだけだ。
当然だ。天術は術法の中でも上澄み。しかもそのうえ『月光』までとなったなら……
「み、んな……」
「おっちゃん!?」
ガクガクと体を動かしながら、おっちゃんが辛うじて声を出す。
「ジークを、しん、じろ……コイツ、の、いったことは、ほんとう、だった……!あのほう、せき、は……あっちゃ、なんねえ……っっ!!」
かすれた声で、確かに言い切った警告。
そのまま、おっちゃんの体が硬直し……そして、力が抜けていく。
「お、おっちゃん……!?おっちゃあああああああんッッッ!?!?!?」
――おっちゃんが残した警告は、そのまま遺言となってしまった。
この時点で、鉱夫8名の死亡が確定した。
――死んだやつ、全員モブ。
名前のひとつぐらいつけてやれば良かったか。
たぶん次で鉱山編終わります。