だって内容が内容なんだもの。
正直に言うと、ワグナスに貰った地図のおかげで大学に通う主目的が消えてしまった感はある。
アバロンで歴史を調べて古代人への手がかりにする筈だったけど、既にもう場所が割れている訳だし。
……しかしまあ、せっかく頑張って受かった大学だ。どうせなら卒業もしてみたかった。
友達も出来たしね。それに、勉強も結構楽しいし。
不満があるとすれば……まあ、言うまでもない訳だが。
教室のドアを見つめて思わずため息が漏れた。
ちらりと後ろを見ると、随分と減った受講生。
まばらに固まりつつ、教科書以外の資料を持参して情報交換している。
これは予習をしているのではない。もはやまともな授業がない事を見切って自習を始めているのである。
かく言う自分も、なんとなく研究テーマにしていた『アバロンが1000年続いている要因』について資料の要点をノートに書きだしたりしている。
――そして、時間がやってくるのである。
いつも通りに、毎度毎度、勢いが無いと死ぬのかみたいな様相でドアを開け放つと、教授は開口一番に宣言して見せた。
「―― 授業やるわよ!!!」
―― その日。
アバロン大学の一室で。
確かに一瞬、時間が止まった。
みんなに信じられないような目で見つめられながら、凍り付いたその空気を眺めて眉を顰めると、教授は怪訝そうに言うのである。
「……なによ?」
「いや、その、」
視線を向けられたのが俺だったので、思わず声が出てしまう。
「するんスか、授業」
「するに決まってんでしょ。考古学の時間よ?今は」
それを今までぶっ潰して来たのがお前というイキモンだっただろうがどの口で言ってんだ。
「―― 偽物か!」
後ろの方から誰かの声が響いた。
「アバロン大学へのスパイだ!!」
「はあ!?!?」
「いえ、お待ちください皆さん!!」
コウメイが扇を振り上げて言った。
「―― 例えそうだったとして、むしろその方が我々にとって好ましいのではないでしょうか!」
「単位を消し飛ばされたいかしらアナタ?」
教授の変容を肯定するコウメイの言にしかし、教授はなかなかおこのようである。
「―― 私はね。焦っているの。随分焦っているのよ!
確かにカリキュラムはある程度好きにして良いって言っていたクセに、中期学力調査試験の設問は私じゃない奴が作って、しかも一定数の合格を出させないと私の進退に関わるって言うじゃない!
学習要綱なんて知らないわよ!?無視してただけとも言うけれど!!」
【朗報】アバロン大学の人事考査、一応マトモだった模様【サヨナラ教授】
そして【悲報】教授、本物だった模様。
とはいえ一瞬、皆の考えはことごとく一致したような連帯感を覚える。
『これ、皆して試験を落ちれば教授は追放されてくれるのでは?』
……とはいえ、教授の進退はともかく俺らの進退も関わってくるんだよな。
何処からか「留年か……でもそうすると奨学金が」みたいな苦渋の選択を迫られる声がチラチラ聞こえる。
故意に試験を落とすのはある意味自爆と同義。
そして間違いなく、コイツにそれだけの価値はない。
あるいは今のタイミングから選択科目を移して猛勉強して試験に間に合わすか。
……それってつまり、今から考古学を勉強するのと大して変わらないのでは??
またここから人が消えるのか……いやしかし、教授の言う『一定数』が受講者からの割合算出だった場合、教授にもダメージは入らないなコレ。
よしんば追放に成功したとして、なんか近ごろはそこから舞い戻ってくるのが流行ってるらしいし……
「まあ私としては?みんなに慕われている大大大天才教授なワケですし?
このまま学校の規則にのっとって解雇処分を受けるのも社会の損失、しょうがないから学習要綱とやらに沿って授業やってやろうじゃないっていうわけね」
こいつクスリでもキメてんのか???
「とはいえ……とはいえ、よ?
さっき学習要綱ざらっと見たのだけれど、中身のコンセプトは解かるけど座学だけだと理解が微妙なのよね。この私みたいな天才が相手だったら別にそれでも良いんだけど」
……。
……今、学習要綱見たのが『さっき』って言った??
「なので今日は全体の概要と要点だけ押さえるから、次の時間はフィールドワーク行くわよ!!モンスターについては問題ないわ!!戦える助手たちが二人いるから!!」
そんな感じて俺達にビシッと指差す教授である。
完全に他力本願だし、そもそも俺達は助手ではない。
―― しかしとりあえず、まともな授業を期待できる流れにはなっているのだろうか。
@ @ @
カッカッカッカッ、と教授の手にあるチョークが黒板の上を滑って行く。
それは普通に読みやすい字であり、定規で引いたかのように揃った筆跡だった。
書かれた内容は古代から今に至るまでを現した矢印と、そこに付随する時代名称。
黒板を一杯に使うほど大きく描いた矢印とは対照的に、その中に収めるための時代名称はそれなりに小さくなるほど数があった。
バンッ、と書き終わった手が黒板を叩く。
「―― 大前提、基本の『き』。これは『考え方』の話よ」
「昨日生まれ、今日を生き、明日死ぬ……その道のりが記録されたものを『歴史』と呼ぶわ。
記録は得てして今日を生きる者が付ける。明日生まれた者たちは、昨日つけられた記録を見て、はじめて何があったかを知るのよ。
……ま、つけられた記録が『真実かどうか』と言う問題はどうしても孕むけど、そこはちょっと置きましょう」
「―― さて、クエスチョンよ。
ここに知る限りバレンヌにおける昔から今に至るまでの『歴史』の流れを書いたけども。
この教室で扱う『考古学』という分野では、どの範囲の事を言うのか説明付きで言える?」
……つまり、『考古学の定義とは何ぞや』と言う事だろうか。
こうやって歴史の流れの前で改めて問われると、確かにもやっとしている。
例えばバレンヌ建国時期の事を学ぶことを『考古学』とは呼ばないが、しかし同一時期に東の方で興っていた文明について学ぶのは『考古学』の括りに入っていた筈である。
後ろの方で自信なさげな手が上がる。
「北方遺跡文明以前の部分でしょうか」
「ふうん?―― 理由は?」
「え、ええと……こ、考古学という分野が発足してから扱われ始めたのがその辺りだったから……とか?」
「『教科書に載ってたのがその辺りからだったから』ってのが根拠かしら?もちろん間違いだけど、それは伸びしろのある、価値のある間違いだわ」
他に『推理』できる人はいる?と教授が見回した。
同じく、自信なさげにコウメイが手を上げる。
「『書』の有無でしょうか?『記録』が無いから『痕跡』で推理する……『考古学』ではその割合が多いように思えます」
「お、良いわね!ちゃんと『推理』して解答を導けたわ」
機嫌よく教授が笑った。
「そう、さっき言った『今日を生きる者が記録をつける』というのはちょっとウソが入ってるわ。『文字』という文明が興る前は記録そのものを付けられないし、何より皆が皆、今を記録してる訳じゃないもの」
「―― でも、生きていた以上は何らかの『痕跡』が残る。そしてそれは『痕跡』であるが以上、そこに『ウソ』は発生し得ない。
残された記録を読み解き整理するのが『歴史学』なら、『考古学』は痕跡を見つけ出しその文化を推理する学問なのよ。
もちろん、その過程で『記録』を掘り返す事に成功して『推理』を補強出来たような幸運な事例もあるけれどね」
「だからさっきのクエスチョンだけど、北方遺跡文明以前って言う部分はちゃんと正解してる。
実はこの辺りではポツポツ『記録』が見つかってはいるのだけれど、この時代の考察の大半は『痕跡』を起因にしているから」
「さっき私は『伸びしろのある、価値のある間違い』って表現をしたわね。
それは、回答を拙いながら『推理』で導こうとしたからよ。
『発見された痕跡』という知識は確かに大事だけど、何より『推理』する力が考古学に必要なのよ」
「―― あなたたちはこれから、先達が見つけた、資料化された『痕跡』を使って歴史を『推理』する事になるわ。
まあ?一応この分野にも、『定説』を『正解』とする悪しき風習がある上に、この大学でも多聞に漏れずその『定説』を教える事になってるんだけど」
「教科書とか、講義とか、どうしても『定説』を先に出してから細部に入るから、まるで『最初に犯人をネタバレさせてから入る三流推理小説』みたいになってしまう。
どうせなら各位、『痕跡』を元に『定説』に迫れるような、そんな『推理』をして欲しいものね」
「その結果、その『定説』がひっくり返るような『推理』が展開されたなら。
例え大学が赤点付けてぎゃーすか騒いでも、私は大きな花丸とご褒美のキッスを上げるわ」
「―― それが、『考古学』という学問なのよ」
「……それじゃあ、とりあえず現時点における『痕跡』と、そこから『推理』された定説を軽くさらってみましょうか。
教科書ってのはそう言うのが広く浅く纏まってるから、サラッと入るために見るなら手っ取り早い本だわ ――」
@ @ @
アバロンより北東、例の封印の地よりさらに北上した北方山脈の一画。
山に蓄えられた地下水が漏れ出た川が流れる、なだらかな丘がある。
……とはいえ、それはかつての話。
今ではその川は干上がり、しかし『かつては川だったであろう』と判断できる跡があるくらいだが。
「フィールドワークを好む考古学者は多いらしいわ。
当然よね、細部まで資料化した『痕跡』は確かに有用だけれども、それだけを見て判断するのは例えるなら安楽椅子に座りながら事件を解決する一部の天才か、仕事したくないから適当に判断する上の人間ぐらいな物よ。
勿論私は圧倒的前者に属する訳だけど、それでもフィールドワークは行うわ……今資料化されている『痕跡』が
「とはいえ、ここはモンスターこそあれど既にいろんな人の手が入った後の文明遺跡。
ここから貴方達に新たな『痕跡』を探せなんて、ナンセンスすぎる事を要求するつもりも無いわ」
「事前にいくつか資料を配ったわね?
それはこの地から実際に発掘された『痕跡』のそれを(無断で)ピックアップして拝借した物よ!
あなたたちには実際にそれが発掘された箇所に立ち、それぞれ情報を交換して、かつてどんな生活がされていたかを根拠付きで推理しレポートして貰うわ!」
「―― ただし。ここは珍しく複数の文明の痕跡が見える地よ。
その辺りをうまく考えないと大きな落とし穴にハマってしまうから注意しなさい」
「……あ、あとそれぞれの資料は誰に渡したかちゃんと抑えてるから無くしたり損傷させたりしないでね。もし紛失損傷したらそいつが犯人ですって司書にチクるから」
@ @ @
提出されたレポートをバシンと叩いて教授が言った。
「―― さて、みんなで楽しく落とし穴にハマってくれたから良く分かったわよね?
まあ約2名、ハマり方が不十分だったけれど、そこは流石私の助手達だと一応称賛してあげようじゃない。
「―― そう、この分野において普通に『推理』するだけでは異常なファクターが3つあるのよこの大陸には!!
いえ、それがどう言う経緯による物なのかは未だ物議をかもしているのだけれど、とにかく私はそれらを3つのファクターにまとめたわ!」
「ひとつ!自然現象としてはあり得ない速度による大規模な地形変動!
これは例えば隕石落下だの火山の噴火だのだけでは到底説明がつかないわ。
なんかもうね、ある日突然大地が怒って人類を滅亡させたとか言いたくなるレベルよ。
確か実際、そう言う民話があちこちにあった筈ね」
「ふたつ!明らかに無理のある技術推移!
人間の歴史は技術進歩の歴史よ。農耕や畜産を編み出して食料の安定供給、建築技術を編み出して住居の安全を確保、ついには船を編み出してその歩みすら広げて行く。
技術が積みあがって行くにつれて人間の歴史はどんどん拡大していくのだけど……どんなパラダイムシフトかわからないけど、ある時いきなり高度な技術が投入されたり、失ったりしているとしか思えない痕跡があるの。
まるで原始の世界に銃を持って突撃するかのような文明衝突!
貴方達はこれをどう説明するかしら?
私はそう、前にも触れた事があったわね。異世界文明の接触よ!!
だからこそ私はこの分野にも手を伸ばしていると言っても良いわ!!」
「みっつ!同一政権の異常な長期化!
これ、そもそも触れられなかった子が多かったわね。この辺りに踏み込むと若干考古学から外れてきている上に直感的に分かり難いから無理も無いんだけど。
人の世の興亡はくり返すものよ。いかにその時代の王が優秀でも、王が死ねば瓦解するなんてザラな訳だけど……文明衝突があったにしては、妙に同じ事が続くような空白期間があるように思えて不思議に思った人はいないかしら?
これについては歴史学者も巻き込んで、現在納得の行く理由を捻出するためにどったんばったん大騒ぎ中なのよ」
「王位の継承がよほどうまく行き続けた?はたまたまさかの不老不死の完成?過去の賢王が歴代の王に憑りついて国を動かし続けたとか!
オカルトトンデモ説を真剣に考察しなければならないほど学会がダンスダンスしてるわ。一度その視点で資料室漁って見なさい。めちゃくちゃ笑えるから。
私は悔しいけど、現段階で答えは保留中ね。まあ、異世界技術を追うのに忙しいのもあるし……」
「あらコウメイ、物ありげにジークの顔見つめてどうしたの?
何か考察があるなら喜んで聞くわよ?
……え、違う?別に何もない?……そう」
「とにかく、この3つについて学習要綱としてはアンタッチャブルになってるわ!
だから中期学力調査試験では出てこない筈だけど、こういったファクターが存在するという事実を避けて考古学を学ぶのはアホでしかないから私は教えたわ」
「もし私が試験設問を考えるなら、この件について拙くとも考察させるように論文のひとつでも提出させるのだけど、さてどうなるかしらね ――」
@ @ @
―― 悔しかったのは、行われた授業が普通に良く分かり、為になり、何よりメチャメチャ面白かった事である。
何より講義の後で資料室に突入し、色々調べ考察するのが非常に面白かった。
コウメイ以外のメンバーとも、いろいろ議論する機会が目に見えて増えた。
時間の限られた講義の中で、こういった行動をするように思考を操作されている気すらした。
そして実施された考古学の中期学力調査試験において、教室に残ったメンバーは全員赤点なし、それなりに優秀な点を修めた者も多く、何より論文提出においてはなかなか面白い切り口の物が多いと職員の中では評判になったそうな。
そして俺ら全員、教授に対する評価を問われると、揃って閉口するしかなくなってしまったのである。
『頼むから、最初からこれやっててくれよ』
それは教室内全員の、寸分違わず一致した心の声でもあった。
人は、言葉にしなくとも解り合えるのだと実感する。
―― そして。
ガラリと勢い良く開けられたドアと共に教授が叫ぶ。
「―― 品種改良やるわよ!!」
「「「「「授業をしろおオオオオオッッッッ!!!!!!」」」」」
―― 今日もまた、俺達の心は一つに纏まる。
『アバロン帝国大学物語編』と銘打っといて、ぜんぜん学校生活に触れなかったので入れてみたエピソードでした。
北方遺跡文明云々は無理くり作った捏造設定ですのであしからず。
普通にやれば普通以上に超優秀な教授でした。
教員採用考査でこの超優秀な部分だけ見せられたら、大学側も採用するしかなかったよね。
しかも今回結果出しちゃったので、勿論教授は続投です。
この人、ピドナの学校で普通に教鞭取ってた世界線もあるらしいです。
どういう授業してたんだろうね……