崩壊:ボクオーン
バレンヌ
その名前は通称。本名は誰も知らないのか、あるいはそもそも持っていないのか。
かつてはシティシーフとして、裏の仕事に身を浸しながら暗躍していた凄腕の怪盗。
―― バレンヌ32代目皇帝ジェラールの寵愛を受けながら、敢えて王妃という地位を蹴った女。
「ヤダ」
「……生まれが違うのよ、皇帝さん。私に王妃の仕事はできない。その下地が無い。
そして今からそれを作るよりも、影の人間として動いた方がよほどアバロンの力になれるわ」
「ヤダ」
「激動の時代よ。ロンギット通称連合の定めた『規格』が台頭し、『国』という要素が薄まりつつある。『経済圏』という観点で世界地図を見なければ、もしかしたらアバロンそのものが消えてしまうかもしれない……それに気づいたのは、他ならない皇帝さんだったじゃない」
「ヤダ」
「対外的な、王妃としての仕事をするよりも……情報を集め、各地の動向を注視し、ともすればコントロールする。裏の仕事に従事する方が、私はアバロンの役に立てるのよ。
……あなたの前で、お飾りに従事したまま役に立てなくなって行くのは私が許せないの」
「ヤダもん」
「……私の気持ちが、信用できない?」
「それとこれとは話が別。僕の隣はキャットじゃなきゃイヤだ。
式とか上げられないじゃないか。キャットが僕の妻だって、みんなに見せつけられないじゃないか」
「いや、あの、皇帝さん……き、気持ちは凄く嬉しいんだけどね?
その……アバロンの、バレンヌの事を考えた選択をしなきゃというか」
「ぜったいヤダ。……僕の地位が問題?王妃として動けないのが?
なら解決だ、僕が皇帝をやめればいい」
「今皇帝さんが退位したら、いくら伝承法があっても無茶苦茶荒れるわよ!?」
「ふっふっふ。それが嫌なら僕の王妃になるしかないね……?」
「そういうの普通逆の立場でやるものじゃないかしら皇帝さん……!?」
かなりの悶着があったそうだ。
数週間に渡る壮絶な攻防だったと言う。
主に
最終的に、王妃ではないし王妃の仕事に就くこともなかったが、普通に式まで挙げられアバロン中に「なんか王妃だけど王妃じゃない的なヤツらしいっスよ」みたいな認知をされ、ともすれば王城内に住むことにされた現状を鑑みて、どちらが勝ったのかは非常に疑問な状況に落ち着く事になった訳だが。
それに見合う功績は、確かに叩き出して見せたのだ。
王妃となりつつも裏の仕事に従事した彼女の功績は多岐にわたるが、一番を挙げろというのであれば誰しも見解は一致するだろう。
―― 七英雄が一人、ボクオーンの捕捉である。
@ @ @
―― 紆余曲折あった。
かなりのコストをかけて作られた地上戦艦は、それゆえにSBRレース後もその使用方法をずっと模索しつつ運用されていた。
現在ではステップを中心に薬草を取り、いくつかの薬を生成し、物品の輸送も行い、モンスターを払い、小規模な移動便としての役割も担うという、その巨体を生かしたガラパゴス化を行うことで採算を回収していた。
どうしても発生してしまうノーマッドとの軋轢は、もはやなるようにしかならないと棚上げした上で。
一応それなりに気は使っていたからこそ、小康状態で留め置いてはいたからこその判断だった。
……そして、その地上戦艦もそろそろ限界を迎え始める。
「ふむ。言い方は悪いが、やっと寿命を迎えてくれたか……よく頑張ってくれた。
結局、有用な使い方は浮かばず仕舞いであったな」
解放体の目で船内を見回しながらボクオーンが言った。
当初に比べ明らかに異音を立て始めている動力シャフト。今や最大運航速度も下げて運用させている。
「個人的に、薬草採取からの精製を行う移動拠点としては最上のものだったと思うのですが……」
「いいや、規模が大きすぎる。採取の後にすぐさま精製に回れるのは確かに強いが、そこまで鮮度が要求される品でもなし。普通に精製拠点と採取を分けた方が運用コストも下がるし精製精度も上がるだろう。
この状態からそれなりの黒字に持って行ったのは、最上の功績と言って良い」
「恐縮です」
「1ヶ月を目途に破棄計画を立てよ。最長4ヶ月で完全破棄とする」
「承知しました。……その点について1点ご相談したいことが」
「うん?」
「固定施設としての転用を考えています」
「……工場か」
「いえ、レストランなどの集客施設です。この壮大な見てくれをそのまま放棄するのはあまりに勿体ない。動かさなければ建物として十分に有用でしょう。
安全確保についても既存資料を使って計算を進めていまして、多少の改修でおおむね問題はないかと」
「ほう……面白い、一任しよう。1ヶ月ですべての計画書を提出することは可能か?」
「お任せください」
「期待している」
リーブラの、ロンギット通称連合の上昇志向に触発されて、使える人材も続々と育ってきている。
『ボクオーン』として姿を現してもいい人間が増えてきた。
非常にいい傾向だ。これぞ順風満帆というやつか。
―― ゆえに油断は、確かにあった。
ガギンッ、と渇いた音と共に、地上戦艦が急停止した。
「……なんだ?まるで
「想定より早く機械的な損傷を起こしましたかね?シャフトが曲がってもこう言う止まり方をする筈です。状況を確認いたします」
「うむ」
去っていく部下の背を眺めながら、焦燥感にも似た不安が胸中を駆け巡る。
確かに老朽化はしていた。
分解整備をしないまま引っ張り続けたのだ。寿命を迎えるのも道理だろう。
しかし、ある程度寿命を延ばすための整備点検はずっと続けていたし、何より最近は事故防止のため、その回数を増やして運用していたのだ。
なのに、ここまで露骨に止まるか……?
よもや、そろそろ廃棄すると通達している現状において、「みんなやってるから点検ヨシッ!」をするアホがよりによってこの地上戦艦に沸いていたとでも……?
シャフトが曲がるなら、前兆はあるだろう。
だがそんな報告は受けていない。
しかしギアに『何か』が噛むならば……?
―― 瞬間。
まったく無音のままに、ドガンと痛烈な一撃が叩き込まれた。
「う、ぐあ……ッッ!?!?」
斧によるスマッシュ。
……いや違う。現れ出でた襲撃者の手には、最近アバロンで開発されたという斧と槍を組み合わせた扱いが難しくも強力な武器、ハルベルトが握られている。
解放体でなければ、今の一撃で死んでいただろう。
襲撃者は顔を隠し、木材に紛れるような薄茶の衣を纏い、一撃による暗殺に失敗した現状においても何も話すことなく、しかし鋭い視線をこちらに向け続けていた。
そして次の瞬間には、水術の気配と共にその襲撃者の姿が霧に霞んで消えていく。
「……『霧がくれ』か!」
今の術はこいつが発動したものではない。
この時点で、襲撃者の数は2人以上確定である。
そして、自分に最大限の警戒を敷いており、標的もまた自分であることも。
「貴様ら……この船が七英雄が一人、ボクオーン様の持ち物だと知っての狼藉か!?」
……返答はない。
代わりに、『霧がくれ』でも隠し切れない足音が、自分を囲むように展開されたのが分かった。
この期に及んで声を発さず、作戦を展開し続けるのは、相当訓練された者達だと言う証である。
おそらく、今ハルバードを持って襲い掛かってきた者以外も、顔を隠し木材迷彩の衣を纏っていることだろう。
もはや小物を装って油断を誘うとか、命乞いして戦意を喪失させるとかいう物が通じる相手ではなかった。
「……質が良すぎるのも問題だな。
これほど訓練されていて、かつ特殊作戦に使えるほど柔軟な戦力はアバロンにしかないぞ?
顔を隠している意味がない……いや、あるか。
……やはり、返答はない。
しかし代わりに、頭の近くを霞めるように矢が飛んで行った。
―― 外れたのではない。意図的に外したのだ。
これにより発生した超小規模な真空波の乱流が、鼓膜を貫きかき乱して行く。
バレンヌ流弓術戦技、イド・ブレイク。
練度の足りないものであれば、このダメージで軽いパニックを引き起こし、続く追撃で命を散らす羽目になるが。
「……ちっ」
その舌打ちはボクオーンによるものではない。追撃の為に剣を振りかぶっていた襲撃者によるものだ。
横っ飛びで離脱したその足元には、カウンターとして張っていた『足がらめ』が蠢いていた。
……隙を作ってからの追撃だったと言うのに、良く見ているものだ。本当に練度がずば抜けている。
―― あるいは、今のが『皇帝』か?
視線を向けた先では、今ので捕らえた姿が再び霧に霞んで行く様が見て取れた。
無差別に『足がらめ』を撒く。
うかつに飛び込めない状況を作るが、それでも飛来する矢と術の刃。
―― これは、敢えて受けることで対応した。
(……剣と斧槍で近接二人、弓一人、風術師一人。『霧がくれ』要員で水術師が一人)
手数から敵の構成を推測すると同時に、若干出来た時間を使って近くにあった伝声管のフタを開けた。
「―― 緊急通達!敵襲、相手はアバロン精鋭部隊である!
非戦闘員は即座に退艦せよ!戦闘員は非戦闘員の護衛に回れ!迎撃の必要なし!総員退艦せよ!急げ!!」
この状況では細かい命令は間に合わないが、少なくとも通信使はこの命令を各所にばらまいてから退艦してくれる筈である。
襲撃者から、若干の困惑が返ってきた。
「……増援を呼ばないのか?」
初めて意味のある言葉が発せられた。
鼻で笑い飛ばす。
「貴様らの相手が出来る兵が居ないのでな。皇帝を相手にするには不足が過ぎる」
―― それに、一人の方がやりやすい戦術もある。
そこは口に出さず、魔力で編んだ糸を縦横無尽に張り巡らせた。
攻撃ではなく、探知の為だった。
『霧がくれ』はあくまで見えなくなる術だ。実体が消えた訳ではない。
いくら攻撃の虚に合わせた『足がらめ』を躱して見せる相手であっても、張られた糸を切らずにこちらに攻撃を仕掛けるのは不可能。
そして、そんな事は襲撃者も百も承知している。
ボクオーンに射線を合わせながら、それでも張り巡らされた糸を切る目的で真空波*1が飛んでくる。
ダメージを受けながらも、看破したそいつめがけて魔力弾を撃ち放つ。
……そしてそこに隠れるように、繰り糸を投げた。
ひとたび術中にハマれば必殺の『マリオネット』である。
しかも素で放つのではなく、魔力弾から避けた場所に飛来するように放ったものだ。
完全なる初見殺し。これで一人
―― その襲撃者は剣を盾にしてダメージを最小にしながら、魔力弾よりも繰り糸を避ける方を優先して見せた。
明らかに、視認しづらい糸を警戒していた動きだった。
「なんだと……!?」
「あいにく、そのような稚拙な手品は通用しない!」
ダメージを受けながらも真空波を撃ちつつ、襲撃者は叫んだ。
そして背後からは『足がらめ』の罠を避けて斧槍による『チャージ』が突き刺さる。
―― 考えるのは、ダメージよりも別の事だった。
今のは明らかに『マリオネット』を意識した動きだった。
しかしこれを見たものは、余すことなく死んでいる。
……そう、味方であってもだ。『マリオネット』を見た味方はヴァイカーが最後であった筈だ。
ならばどこから情報が漏れた?
例えば裏切り者の存在で、この状況に説明がつくのか?
相手は明らかに、一見枯れ木のような弱そうなモンスターである自分を最大限警戒して、情報が無ければ張りようのないメタを張り続けた戦いをしているのである。
あるいはクジンシーか?
いいや、彼がそれをやるなら絶対表情に出てくるし、良心の呵責に耐えきれず、おそらくそれをやった前後で裏切りを書面にして配って頭を下げに来るに決まってるという頭が痛くなるような確信がある。
ならば。
……それが可能な手段をひとつ、自分は、
死んだ者から情報や力を奪う術を、自分たちは知っているのである。
―― 脳裏に浮かぶのは、運河要塞の衝突の折、アバロンに返した皇帝とヘクターらの遺体。
「……は、はは。はははははは!そうか、そういう事か!!」
それならすべて説明がつく。
そしてそうであるならば……この状況は間違いなく、自分のミスから来るものだ。
(……すまん、ヴァイカー。わしは本当に、いろいろ無駄にしてしまったようだ)
実際は、ボクオーンが考えているような事は無かったのであるが、『伝承法』の存在を彼は知る由もないし、さらに起こっている事柄を見ればそこに大した差はなかった。
そして帝国を罵倒する気も起きなかった。
むしろ、よくぞそこに踏み切って、今まで情報をひとつも漏らすことなくこの状況を作って見せたと、その覚悟と戦略を前に感心するしかないほどだ。
何せ、それを『踏み切らせた』のはまず間違いなく自分なのだから。
斧槍の襲撃者は無視し、剣を持った襲撃者……おそらくは皇帝相手に、再び繰り糸を放つ。
「無駄だと言ったぞ!」
完全に見切られたようだ。
難なく躱されるそれを見て、ボクオーンはフンと笑い飛ばして見せた。
「……口数が多いな皇帝。無駄なのは、お前に対してだけだろう」
そして次の瞬間 ―― 斧槍の襲撃者が、自らの喉笛にその穂先を突き立てた。
「が……ひゅ……!?」
「ワレン ――― ッッ!?!?」
『マリオネット』をこれ見よがしに躱して無駄だと言い放つのは、本当に無駄だと思わせるための印象操作。
良く分かっている。良く分かっているのである。
何せ自分が良くやる手だ。
……そして現状、ほぼ自分が詰んでいる事も分かってはいた。
たとえ一人殺った上であったとしてもだ。
自分なら5人だけで攻撃はしない。伏兵を随分用意している筈だ。
場所的な問題で5人が一番効率的に攻撃出来るから現在そうしているだけであって、いよいよとなったら次々面子をスイッチしたり遠距離から術の飽和攻撃をしたり、なんならこの地上戦艦に火をつけてもいい。
地上戦艦という袋小路。
今の自分に逃げ場は……ない。
「……とはいえ、ここで諦めて大人しく首を差し出すのは信条にもとるな」
https://www.youtube.com/watch?v=OzWs8hmykd4
まだ未完成だったが仕方ない。
幻体とからくりをブレンドした、最近の研究でテスト的に作成していた巨大人形を召還した。
元はSBRレースの際に見た『大大大天才教授』チームの駆るあの車……動力は『魔導エンジン』というらしいが、その領域に独自に迫るために続けていた技術研究の一環である。
結局、完成の目は見なかったが……それこそがまるで『完全律』を象徴するようで、なんとも小気味の良い展開ではないか。
そしてさらに、手元に2体のパペットを召喚。
先ほどよりダメージを肩代わりさせる『身代わり術の生贄用』として隠していたが、事ここに至っては手数のカバーも担わせる事にする。
文字通りの、『全力』であった。
「一応、勝ち筋はあるか……?皇帝を
「―― 七英雄は一人、ボクオーン!!
貴様らが完全律を破壊する刃足るか、この手で確かめてやろう」
「―― 互いに傷つけ合って死ねッッッ!」
七英雄
ボクオーン
終わりなき人形劇の、開幕であった。
……被害、甚大だった。
ワレンシュタインとサジタリウスは戦死。
シゲンとメアリーも後遺症が残るレベルの重傷を負い、そしてジェラール自らも……
天術で血を無理やり止めながら、無くなってしまった左手の付け根を力いっぱい握りしめる。
これは、戻ったらキャットに泣かれるなと自嘲的に苦笑する。
後詰めも3人殺られた。
―― これが、七英雄か。
これが、本物の七英雄か。
見積もりが甘かった。得た情報の3段上の態勢と策を持って突撃して、それでもなお見積もりが甘かったのだ。
……しかもだ。
「……広範囲の破壊攻撃を行わなかったのは、何故だ?持っていなかった訳ではないのだろう?」
砕けた人形と共に倒れ伏し、今まさに命尽きようとしているボクオーンを相手に問いかけた。
「クク……この艦は……部下が改修する事に、決まって、いたので、な。レストランを……作りたい、らしい……それを上司が、積極的に壊すのは……いかん、だろう……」
それはあまりに人間的で、あまりにこの先の事を考えた、ロンギット通商連合のボス足らしめるに相応しいセリフだった。
ギリキッ、とジュラールの奥歯が嚙み締められる。
「なんで……そういう考えが出来るのに何で……!なんで、会話から始められなかったんだ!!」
「貴様が……『国』で、あるから、だ……」
即座に帰ってきたその返答が、半ば予想したものであった為に、ジェラールは沈黙するしかできない。
「種は……撒いたが……育てる暇が、無かった……な……。
この後しばらくは……お前の時代だ……皇帝、よ。
完全律が……世の中がどうなるか……見させて、貰うとしよ……う……」
ボクオーンの体が、瘴気の煙となって消えていく。
それを見届けたジュラールはしばらく沈黙した後、残った右手を握りしめて撤収の号令を出した。
―― これより永い時を経て消えていく七英雄崩壊の、始まりであった。
ボクオーン登場演出はもうちょっと頑張れたかもしんないけど、途中で力尽きて投げました。
この演出の考え方自体は「七英雄は。」という話で使われていた流れをパク……じゃなくて参考にしたものです。
流石にタグまではパクらなかったけどパクっといたほうが良かったかも。あるいは誰か登場演出作ってくれても良いのよ?
ボクオーンの巨大人形について。
作中描写の通り、魔導エンジンに自力で近づくために行っていた研究内容が試験的に表れたものという設定です。
クジンシーとコウメイのインターセプトによって教授とコンタクトが取れず、その理由について過去教授がやらかしてきたリストを手渡されて「噓でしょ?」「冗談でしょ??」みたいなセリフを10回ぐらい吐いた後に、納得したボクオーンが引きました。
なおこの際、教授が当該技術の特許を取るか、あるいは教授没後であればクジンシーによって魔導エンジンの技術が流される事が約束されていたので、それまでの間に自分でも迫ってやると言う意気込みで研究を進めていました。
結局日の目は見なかったけれど。
あと7話。次に死ぬのは ――