新宿はがんばる   作:のーばでぃ

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 七英雄にとっての幻体の死亡って、人間で例えれば『意識不明の植物状態にされて回復の希望はあるものの、いつ起きてくるかわからない状態』って感じになると思います。
人間と比べればそりゃあその死は軽いかもだけど、でも当人たちにとっては絶対軽い事じゃないよねって言う。

 ……って言うのを念頭に置いたうえで読んでいただければ。



喪失:ワグナス

 

 ―― その年、世界は大幅に加速し、そして縮んだとされている。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

「ごめんね、もう今日は閉めるんだ」

 

 灰色のターバンに同じ色の眼帯。マントにごつい手袋となかなか重装備の旅人だった。

アバロンまで歩き通して今ようやくつきましたと言う感じなのかもしれないが、あいにく閉店間際で食材もあまり残っていない。

 

「ミルクだけ貰えないか」

 

 その声を聞いて、マスターははっとしたように顔を上げた。

旅人の顔をまじまじ見つめる。

 

「……ジーク、くんかい……!?」

 

「久しぶり、マスター」

 

 はにかんだように笑って、旅人はターバンと眼帯をほどいた。

その下から、特徴的だったあの左目の仮面が顔を出す。

長い付き合いの中であの小手と仮面は取れない物なんだなと納得していたが、なるほどうまい事隠したものだ。

 

「相手が君なら話は別だ。何か食べるかい?残った食材で何とかしてみよう」

 

「ミルクを頼むよ」

 

「ガレットくらいならいけるかな。ワインは赤でいいだろう?」

 

「だからミルクちょうだいってば!!」

 

 ―― かつてのような空気が戻ってきた。

それが嬉しくて、マスターの口角は上がりっぱなしだった。

本人はミルクのみ所望しているが問題ない。押せば結局流されるのがジークという男である。

お通しとばかりにワインとチーズを出し注文通りのミルクも添えてやると、当人はそんなつもりなかったのになと何とも言えない顔をした後、諦めてワインに手を伸ばした。

 

 

 

「今日は渡すものと……後は挨拶だけ、しようかなって思ってさ」

 

 

 

 ジークが懐からいくつかの紙を取り出した。

軽く中を見ると、難しそうな機械の設計図がいくつかと、とても詳細に書き込みがされたどこかの地図が数枚。

 

「これは……?」

 

「サラマットのジャングルの詳細地図……ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど。それと、ナハトズィーガーと魔導エンジンの設計図、あと解説書き。第1回SBRレースに出た時の車体と動力の技術書って言えばわかるか?」

 

なんてモンをお土産に渡してきやがるんだ君は!?!?

 

 悲鳴に近いその叫びを聞いて苦笑する。

 

「それは印刷したもので原本じゃない……オリジナルを渡した奴は、個人での独占は流石に手に余るって言ってさ。受け取ってはくれたんだけど活用し切れないだろうからって。印刷できるようにしてくれたんだ」

 

「……」

 

「この後、リーブラとアビスリーグにも同じもんを渡すつもり。

……だからアバロンのは、マスターが好きにしてくれ。売ろうが捨てようがそれ使って名声を得ようがお好きにどうぞ、ってね」

 

「いち酒場の店主に何をしてくれてんだい君は……」

 

 もはや随分老齢の身としては、飲み下すのが重すぎる案件だった。

 

「……リーブラとアビスリーグにも、か」

 

「うん」

 

「世界が変わるね」

 

「それを、望んでたやつが居たからな」

 

 マスターはため息を付いた。

解っていたことだが、つくづく思うのだ。

彼は確かにアバロンを助けてくれていたが、()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

 ―― ふと、マスターの中でまるでパズルのピースが組みあがるように連想がつながる。

いつまでも老いない体。ロンギット通商へのコネ。オリジナルを渡したと言う仲間の存在。

何より、本人は認めないだろうが世界の英雄と言えるその在り方。

そして名前……

 

「……七英雄の、クジンシー……?」

 

 当人は、ばつが悪そうに視線を伏せた。

 

 マスターの体から力が抜ける。

言いたい事は色々あるが、真っ先に浮かんだのが今はいない吟遊詩人だったあたりが終わってると思った。

 

「逃げる訳だ。ぜったいにバレちゃいけないのが一人いるものね。……というか君ねえ、今否定できたよ??」

 

「似たようなことヘクターにも言われた……」

 

「へえ、彼は知ってたのか。コウメイも?」

 

「知ってた」

 

「そっか……本当にいい友達がいたようで何よりだ。二人とも亡くなってしまってから、言う事ではないのかもしれないけれど」

 

「あんた俺の母ちゃんか??」

 

「はっはっは」

 

 まあ、ずいぶん世話になったなとはクジンシーも思った。

それに近い情を持たれているのなら、ありがたい事だと思うべきなのだろう。

 

「……アバロンを裏切ったとか、言わないんだな」

 

「言える筈がないでしょ。君はいつだって誠実だったさ。……板挟みになった結果仲間を失うなんて、「心中お察しします」とすら言えないほど複雑だったろう事は容易に想像できる。

―― 安心しなよ、このことは墓まで持ってくさ。私ももう、そんなに長くないからね」

 

「マスター……」

 

 磨いたコップを棚に戻して、軽く笑う。

 

「この酒場もあとどれくらい続けられるか。体もうまく動かなくなってきたしね……ジーク君が後を継いでくれるなら願ったりなんだけど」

 

「それはごめん」

 

「あららフラれちゃったか、ははは。まあ気にしなくていいよ、今はこの店が好きだからって手伝いに来てくれる子もいるしね。なるようになるさ。

……そういえばあれ、ハオラーン君。年齢不詳に輪を掛けて未だにめっちゃ元気なんだけど。

何?あの子もお仲間?ってーか、そもそも君ら老けないの?つくり的に??」

 

「え何それコワい。知らない。ハオラーンは全然知らない。

俺らの方はただ、純粋に人間よりもずっとずっと寿命が長いだけなんだけど*1……え、ハオラーンも?マジで??」

 

「いやーどうなんだろう。術力活性的な何かなのかね、アレ……?*2

 

「そういえばアイツ今どこにいるの?」

 

「さあ……君を追ってってそれきりだね。片目の仮面に左手だけの小手なんてすぐに見つかると笑ってたけど、どうやらそうは行かなかったようだし」

 

「……」

 

 クジンシーは数秒固まると瞠目し、フォークを置いていそいそと眼帯とターバンを巻き始めた。

なんというか、挙動不信感がすごかった。

見ているマスターとしてはもはや苦笑しか出てこない。

 

「巻いて着けるとか、変わった帽子だよね……確か、メルーの方の装いだったかな?東にいたのかい?」

 

「そうだよ。砂漠渡るときに便利だったし、それ以外の場所でもなかなか具合が良くってさ」

 

「……リーブラとアビスリーグの後は、また東に?」

 

「そうだな……そうなると思う」

 

 ガレットを口に放り込んで、残っていたワインを飲み干した。

……おそらくもう、これが最後だとうすうす気づいていた。

 

 余韻を味わうように息を整えて、口を開く。

 

 

 

「……マスター」

 

「うん」

 

「ごちそうさま。……ありがとうな」

 

「ああ。……私こそ、ありがとうね」

 

 

 

 ―― 交わしたその言葉の中に、幾万もの思いを詰め込んだ。

そして普通の客が普通に酒場を出るかのごとく、クジンシーはその場を後にした。

 

 

 それが二人が交わした最後の言葉だった。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 解放体となって空を行けば簡単かもしれないが、ワグナスはノエルと同じく、とりあえずは自らの足で歩くことを選んだ。

 

 照り付ける日差しと渇いた砂が厳しい地だった。

特に、ワグナスのように腰まである長い髪をしたまま歩くには随分と向かない地だ。

しかもウェーブの掛かった癖毛が災いして、髪が細かい砂をよく絡めとってしまう。

正直切ってしまいたかったが、幻体ゆえにこの状態で固定されてしまっているからそれも叶わなかった。服程度ならまだどうにかなるのだが。

 

 仕方がないので、ワグナスはその長髪を一つにまとめてフード付きの日避けのマントの内側に押し込んで、何とかマシに砂漠を歩けるよう工夫していた。

 

 一人ごちる。

 

「よくまあノエルもこれにロマンを見出せたものだ。多少気持ちはわかるが……しかし環境が厳し過ぎる」

 

 ノエルにいわく、探索として砂漠を歩くのに必要なのは目的意識ではなくモチベーションなのだそうだ。

なるほど、こんな環境では楽しめなければ探索もままならないだろう。

残念ながらそういう境地に達するにはまだ時間がかかりそうだと思う。

 

 ―― ワグナスは、逝った仲間の後を継ごうと思った。

移動湖を探し、術塔を解析するのだ。とくに後者は本懐でもある。

完全律に協力するのも良いだろう。こちらは放っておいてもなかなか面白い流れにはなりそうだが。アビスリーグに多少便宜を図るのだってやぶさかではない。

 

 クジンシーによって『魔導エンジン』の技術がちらちら顔を出してきた昨今、開発をやれば更なる進化も望めるし大いに興味はあったりするのだが、これ以上会社の金を使うのも気が引けた。

 

 あと、ひょんなことからソーモンにいるヒラガという男が『人力送風機』というからくりに魔導エンジンの出来損ないを取り付けてヘンな悲鳴を上げながら空に飛び立ったのを見てから*3、これ放っておいたらなかなか面白い事になるんじゃないかと期待を持ち始めていたからもある。

 

 会社経営はすでに裏方だ。自分が居なくなってもイーリスたちは楽しくやっていくだろう。

 

 術塔解析ではなく移動湖捜索から始めたのは、ノエルには悪い表現になるが、早く済ませられそうなのがそっちだったからだ。

ノエルは資料をまとめていたし、たまに会った時に所感も聞いていた。

ゆえに仮説を立て、勝算も出来ていた。

 

(まとめるとだ。目撃証言のあった地は複数個所見られるが、その場所は一定数から増えず目撃個所も集約している。そして蜃気楼のようなものでは断じてなく、何らかの超術学が関わっている可能性が大いにあり。つまり……)

 

 ザッ、とただっ広い砂漠の真ん中で足を止めるワグナス。

太陽の位置とコンパスを軽く確認する。

 

「このあたりの筈だな。夜になったら星も見て位置を検算してみるか」

 

 ワグナスの出した結論。

移動湖は、文字通り数か所の地点を定期的に転移している、と言う物だった。

 

 ならば追ってはダメだ。出現予想地点のひとつで待ち受けるべきなのだ。

 

「皮肉なものだ。私の考えが正しければ、およそロマンを追うやり方だと相当運が無ければ辿り着く事は出来ない仕組みになっているとは。

……さて、さしあたりは1ヶ月。根気勝負と行こうか」

 

 ただそこにいるのも厳しい砂漠の中で、ワグナスはドカリと座り込む。

『吸収の法』が無ければ確実に死が見える作戦だった。

それを抜きにしても、およそ正気とは思えない作戦だった。

 

 なお1ヶ月はこのまま待つつもりだったが、それを超えたら解放体を解禁し、コンテナハウスを持ち込んで数年単位で待つ構えであったりする。

ジリ貧やるのはアリの時で慣れっこなのだ。

 

 

 

 移動湖は、そこから3日してワグナスの前に現れた。

ワグナスはそれを見て、「根性なしめ」と小さく笑った。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 結果的に、移動湖を先に回したのは大正解だったという事なのだろう。

移動湖の遺跡地下において、思ってもみなかった顔と対面することになる。

 

「サグザー……なのか?」

 

 ノエルとオアイーブの幼馴染。かつてワグナスが、超術学研究所の開発主査に任命した傑物。

次元転移装置の開発指揮を執った男だった。

 

「ワグナス、司令……!?戻られたのですか……!?」

 

 開発主査を任せたあの時から、ずいぶんと身をやつしていた。

まるで処刑されるその時までただ時間が経つのを待つ囚人のように、その男は過ごしていた。

濁った瞳で口を開く。

 

「あなたが戻られたなら、ノエルも……ノエルは今、どこに……?」

 

「……随分とまた、遅れている話だ。まあ、このような場所でずっと過ごしていたのなら仕方がないが」

 

 

 

 ―― かつて古代人たちが異世界に旅立った時。

王城の者達により意図的に残されたものは数多くいたわけだが、異世界に行けるチケットを持ちながら意図的に残った者たちもいた。

 

 サグザー、そしてオアイーブ。

サグザーは自分の指揮した次元転移装置が、七英雄を追放する道具にされてしまった罪悪感から。

オアイーブは自分の父親である大神官が、七英雄の追放を図った罪悪感から。

サグザーはともかくオアイーブが()()()ということは、大神官も娘に対する愛はあまり持っていなかったという事なのかもしれない。

つくづく反吐の出る話だ。

 

 特にサグザーはあれ以来、強烈なトラウマを負って生きていたそうだ。

追放した時の次元転移装置の光を思い出してしまうからと、朝日を見るのすら難しくなった。

そして同じ理由で、超術学からも離れて久しいと言う。

―― 数千年。それだけ離れていたのなら、もはや錆び付くどころの話ではないだろう。

それに、ずいぶんと時間が経過した今でもまともに寝れていないようだ。サグザーの目には色濃い隈がこびり付いていた。

 

 こんなになってまで、相当に厳しかっただろう天変地異の時代を生き抜いたのか。

それもおそらくは、自分達七英雄の断罪を受けるためだけに。

数千年も。

 

「……ノエルに、謝りたいんです」

 

 両目を覆いながらサグザーが言う。

 

「……でも、どう謝れば良いのかわからないんです。なんて言えば良いのか、どう懺悔すれば良いのか……ずっとずっと考え続けてきたのに、頭の中では未だに何一つ言葉が出てこないんです。

ノエルに会いたいのに、会って謝りたいのに、きっと私はノエルを前にしたら何一つ出来なくなる。

そうならないようにどうすれば良いかずっと考えて、それでも答えが出なくて……気づけば、ここまで時が経っていて」

 

 語るサグザーは、焦燥しているなどという言葉では到底括れるような物ではなかった。

 

「……そのような有様では、ろくに食べてもいないだろう」

 

「……食欲が、出ないんです。それでも食べなきゃいけないときは、遺跡周りに生えている草を適当にむしって口に入れます。それでも十分命は繋げる……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 サグザーは自嘲気味に笑いながらそう答えた。

ワグナスはもはや、元気づけるより話題を変えた方が良いだろうと小さく首を振った。

 

「ここは……かつての時代のもので、良いのか?」

 

「はい。次元転移の際に生活圏を確保する検証を行うための実験施設です。

特殊な水で満たしたオアシスと、生存に必要な周辺環境を用意して……それらを丸ごと転移する。

それでも問題なく生活環境を維持できるのか、維持し続けるにはどうすれば良いかを検証するための。

……今は定期的に、維持システムが自己メンテの一環として転移をしているようですが」

 

「なるほどな」

 

 それでも転移装置の稼働確認としてはそのスパンが短すぎると思うが、数千年の間に色々ガタが来ていたという事なのかもしれない。何かの要因でシステムがヘンな判断を下しているのか、あるいは侵入者への対策か。

 

「人に会うのが億劫で辛かった……私の現状を指摘してくるから。だから人のいない地を求めました。

定期的に転移するここであれば、滅多に人は辿り着けません。それでも稀に人が来ることはありましたが。

 

……後悔しています。そのせいで私は何も知らなかった……!

七英雄が帰ってきた事も!ノエルが一騎討ちの末敗れた事も……ッ!!」

 

 血を吐くような嗚咽が響く。

 

「……ここは、外からは『移動湖』と呼ばれていた。近づいても蜃気楼のように消える謎のオアシスと。伝説もいくつか作られていた。眉唾だがロマン溢れるものがな。

―― ノエルは晩年、この地を目指していた。かつての技術が見えるこの地に時空転移装置のヒントがあるかもしれないと。しかし最終的には謎を追う事に楽しみを感じていたようだ。

もう少し巡り会わせが良ければ、私の代わりにノエルがここに立っていたかもしれないな」

 

「……ノエルが……」

 

「私は、逝ってしまった仲間たちがやろうとした事をなぞろうと思った。後を継ごうと思ったんだ。

……今改めて考えれば、移動湖の探索を代わりにやったのはもしかして随分マズかったか??

いつか復活したノエルからロマンを取り上げた事になるのか……」

 

 まるで死人が帰ってくるかのように語るワグナス。

その様子を訝しんだサグザーが、ふと気づいた。

 

「ワグナス司令?……いや、よく見たらその体は……」

 

「さすがだな……幻体だよ。私たちの本体は時空のはざまに置いてある。だから時さえあればまた復活出来るのだ。

故に、謝る機会はまだ消えていない。

今度はここに引きこもるのではなく、外の世界を知っておく事だ。……日の光を克服できるほどになれば、ノエルを前にしてもなんとかなろう」

 

「……そうで、しょうか。

……いえ、ノエルだけではありません。司令、あなたは私を恨んでいないのですか?」

 

「私が恨んでいるのは大神官と貴族どもだ。サグザーではない。

……たとえお前がその中に含まれていたとしても、その報いは十分に受けたと私は思うよ」

 

 本心だった。

この世界に残った事も、今までずっと苦しんできた事も。

もう十分だと思える有様だったから。

 

「……ただ、今じゃなくていい。いつか頼みたい事があるのだ。

ノエルがやろうとしていた事はこれで終わった……次はロックブーケがやろうとしてくれていた、『術塔』の解析をしたい。それを以て大神官へ繋がる道を開けたいのだ。その解析を手伝ってはくれないか?

……いや、あるいは既に持っていたりするのか?大神官がどこに行ったのか、そして後を追う手段を」

 

 もしそれらを残して後を追えるようにしたならば、オアイーブを置いて行ったことも理解できるが。

ちらとよぎったワグナスの思考をサグザーは首を振って否定する。

 

「転移先の時空の情報収集及び選定は、超術学研究所の管轄ではありませんでした。私たちは手段を提供するだけだったので……

 

大神官様の行き先は私も伺っていません。たぶん、オアイーブも。

……確かに術塔に残された超タンメル空間生成時の各種係数から逆算すれば、時空の特定は出来るかもしれませんが……しかし、手段がありません。

 

次元転移装置およびその他のメインシステム類は大神官様がそのまま持って行ってしまってます。この地に残っているのは、開発時に使った中央司令部と増槽エネルギー励起システム、後は広範囲をカバーするための増幅装置や安定装置、記録装置くらいのはず。

今から作るにしても当時の設備を揃えるのは不可能でしょうし」

 

 ワグナスは内心苦笑する。

超術学から離れていたと言ったが、こう言った学者然とした処は全く抜けていないように見えた。

三つ子の魂百までとは良く言ったものだ。

 

「超タンメル空間内に安定領域を持った場所があるんだが、そこに繋がる半天然のワームホールを知ってる。ナゼールの向こう側だ。そこからならどうだ?

それと異世界の技術もいくつか……向こうでは『リージョン移動』というそうだが」

 

 サグザーが数秒、何を言っているかわからないとばかりにぽかんと口を開けた。

 

「…………は??え、いや、すみません。何かのSF小説のお話でしょうか?

まるで、我々が苦心して開けていたワームホールが安定して開いてる天然スポットがあるかのように聞こえたんですが……え?聞き違いですよね??

そもそも物理学的にも超術学的にもそんな現象はあり得ない筈なのですが。だいたい大気圏内ですよ?そもそも普通に通れる筈が無いでしょう?」

 

「くっく……その辺りはまあ、いくらかちょこちょこする必要はあったかな。

……たださっきも言ったように、今すぐで無くても構わない。まずはその焦燥し切った様を何とかする事だ。今の世に流れている金をいくらか置いて行ってやろう……もし今の世を知って、二本の足でちゃんと立てるようになって、手伝う気になってくれたら。イーリスを訪ねてみると良い。

―― 詳しい事は、その時に話そう」

 

 1万クラウン入った袋を置いて、ワグナスは踵を返した。

 

 情報は渡した。

ノエルが復活するまで……あるいはそれ以降の時間も。

この後どう歩むかは、お前が決めろと。

ワグナスの背中がそう言ってるように、サグザーは思えた。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 ―― 結論を言えば。

サグザーがチカパのイーリスを訪ねる事はなかった。

 

 なぜなら、それより先にワグナスが逝ったからである。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 ―― 沈んだ塔。

 

 かつて七英雄対策室とロックブーケがぶつかり、これを撃破した地。

そしてそれは同時に、バレンヌ帝国32代目皇帝ジェラールがその命を散らした地でもある。

ゆえにバレンヌはその地を荒らすことは望まず、最低限の調査のみを行い、後はこの地を封印する事を選択した。

 

 そして今、その封印は取り払われ、かつて戦闘のあったその場所で塔の解析を進めていた。

 

 大量に書き込まれたノート、解析のために持ち込まれた機材。

やっている事は学者もかくやという有様だがしかし、その男の佇まいに隙はなく、柄に蝶を象った剣を携えていた。

 

「む……来たか、皇帝」

 

 少し待て、と男は手元の機材の目盛りを読み取ってノートに記録すると、それを丁寧に閉じて機材と共に部屋の隅に固めて置いた。

 

「何者か、だと……?予想がついているのではないか?

残り1/3だ、適当に言ってみろ。当たるかもしれないぞ?」

 

 悪戯っぽくそう言う男に、皇帝は一人の名前を口にする。

別に根拠もなく、当たってるつもりもなかった名前だが、男は聞いたとたんに腹を抱えて笑った。

 

「―― くはっ、あっはっはっはっは!!!

いや、いやすまない……よりによってな名前だったものだから。

くっく、私はダンターグではないな」

 

 ひとしきり笑うと、呼吸を整えて顔を上げる。

 

「名乗ろうか。七英雄の一人、ワグナスという。

……うん?なんだその反応は。別の誰かをワグナスとでも勘違いしていたか?」

 

 

「……ああ。逝ってしまった仲間たちの後を、継ごうと思ったのさ。

ここはロックブーケが戦い、そして倒れた場所だ。よくご存じだろう?

彼女がやりたかった事を、完遂させてやりたくてな……」

 

 

「―― では、やろうか。ロックブーケとはそれゆえに衝突したんだろう?

ああ、もちろん確信犯だとも。

仇討ちはノエルが持って行ってしまったが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そうだろう?」

 

 

「そもそも、ノエルは正式には仇に刃を向けれてすらいない。

男ではロックブーケに勝てない仕組みだ。それはノエルも重々わかってる。

それを承知で一騎打ちを受けたんだ。よほど相手にしたトーマ帝が素晴らしい男だったんだろうな」

 

 

「ほう、アガタ帝はロックブーケと戦っていたのか。それは重畳。

……一騎打ち?無理するな。言っておくが私は剣も術法も全体火力もバシバシ使うぞ。

そもそもな、理由はどうあれ仲間を4人も持って行かれているのだ。皇帝一人では数が合わん」

 

BGM:七英雄バトル

https://www.youtube.com/watch?v=OzWs8hmykd4

 

「総司令として、リーダーとして、我慢する度に色々失っていった人生だった気がする。

もううんざりだ。うんざりなのだよ。()()()()に仲間が散って行く様を歯を食いしばって見届けるのは!!」

 

 

「ボクオーン、スービエ、ロックブーケ、ノエル……お前たちの意を汲みながらも、機会があればとずっと思っていた。今がその時だ。やっとその時が来たのだ。

皇帝、お前達の立場は理解するが、しかしお前達は私の仲間に手を出した……

 

 

―― ならばお前達も知るがいい!!七英雄と謡われたその力を!!

 

 


 

 

 

@ @ @

 

 

 

 帝国側から見て、最悪だった事がいくつかある。

 

 まず第1に、メンバー構成。

『七英雄対策室』実働部隊で動いていた訳ではなかった事。もちろん討伐部隊でもなかった。

この時点で含んでいた対策室メンバーはアガタとリリィの2名のみ。

元々アガタ帝は、エイルネップの視察の一環としてこの地にやってきていた。

七英雄とエンカウントは完全な想定外だったのだ。

 

 バレンヌの術師達が施した封印が、解放されていた。

しかもその場所が、ロックブーケが探っていた塔だった。

この時点で七英雄の関与が疑われたが、アガタはメンバーを入れ替えるより状況をまず確認する方を選択。……そして結果的に、判断を誤った。

 

 第2に、相手がワグナスであったこと。

アガタ帝は即座に退却を選択した。

これが仮にクジンシーやダンターグであったなら、あるいは見逃される目もあったかもしれないが……仲間4人を失っていたワグナスは、これを許さなかった。

 

 殿に回ったアガタ帝の健闘むなしく、『サイコバインド』による拘束の後に『ファイアストーム』の業火の嵐は容易くパーティの命を絡めとり、息があったものは『ロザリオインペール』でオーバーキル。

 

 

 ―― 全滅であった。

 

 

 動かなくなったパーティーを見下ろしてワグナスが呟く。

 

「ボクオーンは、屠った精鋭部隊を棺に入れ、アバロンに送り返したと聞いたな。

……この地で私一人では、さすがにそれは無理か」

 

 ゆえにアガタ帝たちの遺骸はワグナスの炎によって火葬され、沈んだ塔の近くに埋められる事となる。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

「アガタ……そう、私を選ぶの」

 

「ビーバー?」

 

 虚空をにらんで悲痛に呟く娘の姿に、キャットは声を掛けた。

ビーバーはそんな母の肩に顔を埋める。

 

「……辛いわ、ママ。苦楽を共にした仲間がどんどん死んでいく。……七英雄対策室の初期メンバーも、もう私とレギンの二人だけになってしまった」

 

「……まさか」

 

「ワグナスよ」

 

 小さく答えたビーバーの脳裏に、アガタとパーティの断末の様子が映し出されていく。

天、風、火の卓越した術師。術力を組み合わせた流麗な剣。

『マリオネット』のような特殊な初見殺しはないが、その高い地力こそがそのまま初見殺しに繋がるという、高バランス型の強敵。

 

 何より、仲間の死によってその目は怒りに染められていた。

 

 ―― だがそれは、こちらも同じなのだ。

 

「アガタは、役目を果たしたわ。バトンを繋げなきゃいけない……緊急会議を。ワグナス対策室を発足する」

 

 

 ……復讐の連鎖。

結局、その本質からは逃れられないのかもしれない。

ビーバーの頭の片隅に浮かんだその思考は、すぐに消えていった。

 

 皇帝空位。

1000年以上に渡るバレンヌの歴史において珍しい事態に陥いる事になる。

それでもバレンヌは舵を捌ききって見せた。

 

 この非常事態にキャットが代理として皇位を継承、その政務を担った。

そして対スービエにやった策と同じく、ビーバーとレギンが伝承法を継承。

それを含めてワグナス討伐隊を結成した。

……死ぬ確率が高いからと、この二人への皇位の継承は見送られることになる。

 

 次期皇帝として皇家でもあるビーバーの息子、ジェラール2世が有望視されたがまだ幼かったため、ビーバーの夫ロビン*4が内定。

カンバーランドとも連携し、ホーリーオーダーから有志を集め伝承法をつなぐ下地を整えた。

 

 特記すべき点として、ワグナス討伐隊にシャールカーンが名乗りを上げたことか。

彼をはじめとして、かつてトーマ帝の散り様を見ていた面々は、バレンヌの人員補充に名乗りを上げて討伐隊や七英雄対策室に食い込んでいく事になる。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 アガタが遺した情報を使ってメタを張り、討伐隊の決死の猛攻で何とか均衡し、そして最終的にワグナスはレギンの自爆によって倒れた。

 

 ……死に際に、ワグナスが語る。

 

「次元転移装置のメインシステムは……前回の転移と共に、持ち去られたそうだ。

この地にはもう、転移記録と余剰のエネルギーしか残っていないことになる……

つまり我らがいくらここを調べたところで、お前たちの危惧したことは起こりようが無いという事だ。

それでもお前たちは、その確証が得られるまで対応せざるを得ない……モンスター相手と違い、人間相手は、虚しいものだな……」

 

 すべてを悟ったような表情で、ワグナスの体はほどけ虚空に消えていった。

初期メンバーが全て倒れ、当時から一人残されてしまったビーバーは、あまりにも得たものが無さすぎる戦いとその犠牲を想い、血を吐くように慟哭した。

 

 

―― ふざけないでよっ……ッッッ!!!

 

 

*1
流石に『吸収の法』や『同化の法』については伏せている

*2
はたして術力活性によるものかそれ以外のナニカなのかは、これを読んでいるあなた次第です

*3
奇跡的に助かったらしい。海が近くてよかったね!

*4
シティシーフ男3番手。

Q. なぜ2番手のクロウを飛ばしたのですか?

A. ロビンの方が名前が好きだから。快傑ロビンみたいで。




 サグザーが「七英雄が幻体であること」と「ナゼールの向こう側にあり得ないワームホールがあること」の情報を得ました。
この情報がなんとなしにオアイーブに渡って、『血の誓い』と『本体の場所』をメタ推理する事が出来るようになる……かもしれない。

 でもこれって戦犯というだろうか?
いつもながら、別にワグナスは悪くないのだけど、どこかが結果的に抜けるのがうちのワグナスの宿命の模様。

 ワグナス、最初から最後まで人間形態で戦いました。
彼の灯火(トーチ)である『結束のグラス』は、七英雄が集まり共に杯を交わした時の想いを象徴するものです。
逝った4人の後を継ぐように行動をしていたワグナスにとって、その要因となった帝国を相手にした際に、一時的にでも灯火(トーチ)を砕く必要がある本性開放を行う事は出来なかったと言う訳で。

 場所変えて解放体で高高度からの遠距離全体攻撃をぶっぱし続けるクィーン戦法を取っていたら、伝承法がどうこう関係なくもはや誰も勝てなかったと思います。
原作ではなんでわざわざ手の届く場所で戦ってたんだ君は……?
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