ジェラールは、しょっぱな指摘から入ったのは随分な悪手だったことを自覚した。
なんかこう、もうちょっと会話に乗ってやればよかったのだ。
今までの七英雄はすべて自分だ、と意味の良く解らない事を言っていたが、そこからの切り口だったらもっと会話できていただろうに。
始まる猛攻と迫りくる太刀筋は、確かに七英雄たるレベルの物で。
「ぐっ……ジーク、さんっ!!待ってくれ!!僕は、戦いに来たんじゃあないんだっ!!」
「ことばはふよう!!(震え声)」
問答無用、言葉は不要、話すことは何もない。
それ系しか言わなくなってしまったのである。
ちょっとこいつ、アドリブがザコ過ぎませんか???
しょっぱい雰囲気とは裏腹に、剣は本物だった。
相手の側面に回り込むように移動を続けながら、足を止めずに連続攻撃。
かつてアバロンで繰り広げられたという、ノエルvsジークの剣質が見える。
―― この剣質は、かつてトーマ帝がノエル相手に攻略したもの。
その時の戦いは伝承されていないが、しかし『カンバーランドの地獄の盾』はしっかりと伝承されている。
盾はないが、3名による攻撃の嵐を捌き切るその守りの剣は健在である。
特に、こんな殺気の足りない剣閃など。
「―― シィッッ!!」
呼吸と共に打ち付けた剣を巻き、跳ね上げる。
……完全に入った筈だったが、武器を手放させるつもりで放ったそれは難なく透かされ、反撃で飛来した二段斬りを何とか打ち払った。
……随分と剣に負担のかかる戦いをしてしまっている。
これがアバロンに出回ってる数打ちの長剣であれば、すでに曲がりが見えているかもしれない。
ハンニバルに知られたら怒られるなと一瞬苦笑した。
普通に、強かった。
体に剣が染みついてる。そういう動きだ。
だから殺気が追い付いていなくとも、染みついた動きで反射的に戦えている。
ずっと努力を続けてきた末に到達する、まるで年を経た巨木のような剣だった。
―― これを相手に、喋りながら対応するのは骨が折れるが。
あっちが喋らないならこっちが喋るまでだ。
パリィを続けながらジェラールが叫ぶ。
「―― およそ20年前、世界に一つの節目が訪れた!人呼んで『教授クライシス』……ジークさん、あなたが起こした改革ゆえに良くご存じの筈だ!」
「も、もんどうむよう!」
出来る限り小手か、あるいは武器落としを狙うが、堅実に躱され続けた。
……構わない。口が回る余裕は何とか保てる。
「当時10歳にも届いていなかった僕にはわからなかったが、しかしあの時話題になったのは『ナハトズィーガー』の技術書
まったく同時期に帝国大学に一冊の本が寄贈され、その著者故にその内容は王城にまで出回って、ひとつのターニングポイントを造り出す。
―― 稀世の天才・諸葛亮
世界をめぐる経済と市政についてまとめ上げその内容と行く先を論じた文書だった!!*1
《今は亡き友への崇敬のもと
実質、あなたのサインだ」
「……」
「彼が大学に在籍していた論文とあなたの論文、そしてこの『論全間事』及び他いくつかの論文を合わせた物をひっくるめて、アバロンでは『コウメイ文書』と呼ばれている。
コウメイ著じゃない物も含んでいるが、彼のウェイトがずいぶん大きかった為、仮称としてそう呼ばれていた文書群がいつしかそのまま定着した物だ。
そしてこの『コウメイ文書』を研究し、あるべき政治形体について検討を行う動きがアバロンに起こった。
それは現在の帝政に疑問を投げかける動きでもあるし、アバロンを取り巻く経済状況の行く末を占う動きでもあった」
「……」
クジンシーの剣から、勢いが消えていく。
反射で処理できる域を超え始めていたが為だった。
無理もない。
仲間たちの為にと立ったクジンシーだったが、今述べられているのは紛れもなく、クジンシー自身と、友との行動についてだったからだ。
もはや惰性に近い鋭さになった剣撃を処理しながらジェラールは続ける。
「僕の師はスパルタでね。ある程度の学問と武を修めたら、身一つで放り出されて世界を見て回った時期があった。その時僕の荷物には、師の手によって『論全間事』が入れられていたよ。
当時は疑問しか沸かなかったけど……手慰みに読み込んで、世界を回ってお金も稼いで、人々の暮らしを見て回って。
今ではその行動が、何を意図し、何を期待していた物なのか、すべて腑に落ちてる。
―― でも僕は反発した。反発したかった。
国が、バレンヌが守ってきたものは、その歩みは、この先も望まれるべくして望まれて行くのだと信じたかったから!」
ここで初めて、ジェラールが攻撃に入る。
まるで激情をそのままぶつけるかのような大雑把な振り下ろし。
対応は容易な筈だったがしかし、クジンシーはあえて受け止める事を選ぶ。
ガチリと硬質な音と共に、鍔迫り合いの形になる。
ジェラールの顔は、どこか泣いているようにも見えて。
「でも……でも、あなたはここにいる!こうして僕に剣を向けている!!
―― 答えてくださいジークさん!!
アバロンは……バレンヌは……ッッ、
歴史の邪魔でしかないんですか!?」
―― 『国不要』。
ボクオーンが目指した完全律の結論を見て、ジェラールは叫んだ。
始まりはボクオーンとバレンヌの衝突だった。
だが、その原因としてバレンヌが何かやった訳ではない。
単に地理的な理由で、バレンヌが邪魔だっただけ。国が邪魔だっただけ。
今ではその行動が、戦略が、すべて腑に落ちる。
その意図も。目指す場所も。
「……」
鍔迫り合いの形をとりながらも、ジェラールの剣からは力がほぼ抜けていた。
受け止めた形のままクジンシーは数秒瞑目する。
そしてついに、語り始めた。
「……コウメイは晩年、ボクオーンの『完全律』のすべてを正しく読み切って見せた。
俺は何も教えてない。……もしかしたら知らない間にコウメイにはわかるヒントを落としていたかもしれないけど、『競争社会の促進によって腐敗を起きなくさせる』と言う肝の部分は触れた事も無かった……ハズだ。あまり自信ないケド。
だからこそ、俺は『論全間事』を通して『完全律』の公開に踏み切った。
コウメイは天才だ。ひょっとしたら、ボクオーンよりも。
あいつは病に倒れても思案し続けた。後に残そうと足掻き続けた。
そして最終的に……ボクオーンの3歩ほど、先を行った。
もっともボクオーンが足を止めた後になる訳だから、『先を行った』はノーカンかもしれないけどな。
……訂正、3歩じゃなくて2歩か。
『完全律』の不完全性についてはボクオーンも最初から言及していたものな」
もう、クジンシーは逃げなかった。
受け止めていた剣をするりと外す。
「アビスリーグの連中は『完全律』を完璧なものと信じてそれを目指してる。
『論全間事』を読んで影響された人間のいくつかも、たぶん。
……でもボクオーンはそもそも、『完全律』の完全性を検証したかったからこそ運河奪取に踏み切ったんだ。
これは編纂した俺のミスだ。
ボクオーンもコウメイも俺もそこを前提にしていたから、敢えて不完全性を強調するマネはしてなかったんだ。当時はその具体例まで見えてなかったし。
……とはいっても、いくつか『完全律』への反論は示してた筈なんだけどな。大抵のやつはそのあたり、運用で何とかなると見たのかもしれない……アンタ含めて。
実際、リーブラはうまく行っていたしな。
コウメイの先を行った一歩目は、その具体例を解き明かしたこと。
……当時、俺はそれを理解できなかったから、編纂も中途半端になってしまった。
だからそっち方面で剣を向けられる理由は十分にあるなと、俺は思ってるんだ」
「……具体例?」
「嚙み砕いて言えばこのシステム、一歩進んだ奴が自動的に『王』になっちゃうんだよ」
例えばロンギット通商連合の『規格』がそれにあたる。
今まで最大効率、汎用性、可搬性を突き詰めて厳格に『規格』を設計していたし、皆それを当然としていたから誰も気づかなかったのだ。
この『規格』に、『悪意』と『利権』を容易に混ぜてしまえる事に。
「ほんのちょっとで良いんだ。『規格』に混ぜる利益はほんのちょっとで良い。
その『規格』が真に優れて追従するやつが増えて行ったら、その「ほんのちょっと」が積もりに積もって莫大になる。
これってさ、つまり『王』が作った決まり事と『税金』の徴収だろ?
そしてその莫大な利益を古参のやつらと一緒に囲って『王城』を作り、その利益を守る為にあの手この手で保守にかかる。
浸透し切った『規格』は変えるのが随分難しくなる……『王国』の完成だ。
そうなるともう、今見えてる国の問題と一緒だよな?運営側の良心と才覚に依存してしまう。
考えてみると当たり前の事なんだけど、当時誰もが気付いてなかった」
「……しかしその結果、余りの愚を犯せば、さすがに人は他所に流れるだろう?
そのための『完全律』だ」
「そうだよ。でもそれ、結局政治の最低ラインをどこに引くかってだけの話で、本質変わってないんだよ。国民に反乱起こされないラインで搾取の方法を考えるって事だもの。これじゃあ『国不要』を唱えた意味が無い。
そしてそう捉えると、本質的にこのシステムはいろんな国を生み出す温床になりうる。
いろんな業種の『規格』っていう国をな。そして反発が生まれ……結局力が強い奴が牛耳る事になる。
いろんな業種が集まって一つの塊が出来上がって、それが複数衝突するハメになったら絶対血を見るよな。目も当てられない。
一番ツライのはそうなった時……たぶん、国民はもはや逃げる場所が無くなる事だ。だってこれ、ほぼ世界大戦になるんだもの。
『完全律』の意味が完全に消え失せる」
―― 結論、『完全律』はただ視点が違うだけの『国』を作る結果になりうるので、腐らない政治の答えとはなり得ない。
これが、コウメイが辿り着いた『完全律』の瑕疵であった。
ジェラールは瞠目している。
「―― 『国不要』の考え方自体が誤っていた訳であるから、バレンヌは『歴史の邪魔』と言う結論にはならない。
……アンタが知りたがってた『答え』だ」
それは望んでいた『バレンヌの否定』を無かった物にする、歓迎すべき回答であった筈だが。
しかしジェラールは素直に喜べない。
「そんな……じゃあ結局、『腐る事のない国の運用』と言う命題は……?」
見えかけていた道が消えてしまったも同然なのだから。
クジンシーが言い難そうに口を開く
「……コウメイがボクオーンより抜きんでて見せた二歩目が、これだ。
『完全律』とは別の仕組みを見出して見せた。『論全間事』にはまだ先があるんだ、実は」
「そ、それは!?」
身を乗り出すジェラールを手で制す。
「……だけど、編纂できてない。俺自身が理解出来てないからだ。
だから、今の俺の研究テーマと言えるかもな。
これを真の意味で理解できればまた編纂して、大学に寄贈するかもしれないけど……」
「いや、寄贈って。なぜ金をとらないんだ……いや待って欲しい。しかし示した物はあるんだろう?それだけでも纏められないのか!?研究理解は皆でやればいい!!」
「……。たぶん、そこまで良い物ではないと思う。
コウメイも結論として、『この命題は達成不可能』と言う終端を見ていたようなフシがある。
でも、ならばせめて長く続くように……そういう物のハズだ。『天下三分の計』は」
「……『天下三分の計』」
「経済圏を『バレンヌ』『カンバーランド』『ロンギット通商』で3分して三竦みの形に持ち込み、しかして同盟を維持しながらそれぞれ別の政策を敷き、影響と研究を循環させる……そうなんだが、高度過ぎて全然理解できなかった。
これが成れば少なくとも、『衝突』だけは何とかなるかもしれないと」
先ほどとは打って変わってかなり断片的な概要に、何が起きたのか悟った。
おそらく、その思索を何らかの形にし切る前にそのまま逝ってしまったのだろう。
故にこそ『論全間事』下巻とも呼ぶべきものが形にならずに終わってしまったのだと。
「……ならばジークさん!!ぜひアバロンに戻ってきてほしい!
先ほど言った『コウメイ文書』を研究する動き。これは既に、王城の中の一部署として確立するに至っている。あなたをぜひそこに招き入れ ――」
「断る」
―― それは、食い気味の拒絶だった。
「―― 俺は、クジンシーだ」
今の世が『クジンシー殺すべし』に偏っている事を指しているのか。
「そんな事どうとでもなる」と言いかけたジェラールにさらに被せて、続ける。
「俺は七英雄が一人、クジンシーだ。それを辞めるつもりはない。
今までジークだなんだと名乗って来たけど……やっぱり俺は、クジンシーなんだ。
俺の誇りなんだ。俺の灯火なんだ。
それを辞めるつもりは、絶対にない」
「そんな、」
「それにあんたらはもう、ある種の答えに辿り着いている筈だ。それで我慢しておけよ。
……良く分からないけど、『吸収の法』みたいなものをリレーして使っているんだろう?
人格さえ交代すれば、あの国みたいに腐らずに済んでるって事か」
ジェラールが小さく首を振る。
「勘違いしているよ。『伝承法』は受け継ぐ者と受け継がれる者が意思を等しくした時、その記憶と力を伝承する……そういう秘術だ。『同化の法』が元になってこそいるが、『吸収の法』とは違う。
……それに、もう僕から先は使えない。限界を迎えてしまったんだ」
「やっぱり誰かと接触してたんだな。……ボクオーンの事を考えるなら、アバロンの運河要塞奪還より前か」
「『オアイーブ』と名乗る、魔導士だった。……あなた達の事情も粗方聞いたよ」
「……聞き覚えのある名前だな。
いや……いや、そうか。
――『聞きたくなかった名前』だ」
額を抑えながら、何かを反芻するようにクジンシーが呟く。
「そうか……『敵』となるのか、オアイーブ」
ジェラールの目からは、クジンシーの付けている仮面の奥に『何か』が宿っているように見えた。
あるいは、それが……
―― クジンシーに闘気が満ちる。
「っ、……オアイーブは、七英雄が堕ちていた場合に対応できるようにと『武器』を渡して来ただけだった!それを振るうのはあくまで僕たちであり、そして僕たちは最早あなたにそれを向けるつもりは ――」
「関係ない」
ジェラールの言葉を切り捨てる。
「『リスクヘッジ』……ボクオーンが『国不要』の結論に至った理由の一つだ。
国は、目に見えているリスクに対して被害を最小限に抑えるために、動かなくてはならない。
それと同じことが今、俺にも起こってるぞ。
アンタは来た。
……その時点でもう、あんたは俺の敵なんだよ。
あんたが
ましてやそれがバレンヌの皇帝。
―― この時点でもう、生かして帰す訳には行かないだろ」
https://www.youtube.com/watch?v=Ce0mRiY3Hz8
「……僕に、戦えというのか……?
アバロンの『
ジェラールの脳裏に、アバロンを発つ時の出来事が蘇った。
父親を失った一人の少年が、ジェラールを見上げて「これ、つかって!」と差し出した10クラウン硬貨。*2
「きっと、もどってきてね!」と健気に激励する姿が脳裏に焼き付いている。
《―― ありがとう。この10クラウンを見れば苦しい時でもきっと力が湧いてくると思うよ!》
あの時はまだ、クジンシーがジークであるという考えには至っていなかった。
しかし、クジンシーはアバロンに害を与えてくるような者では無いのかもしれないと言う考えはあった。
だからずいぶん心中複雑に感じながら、それでもジェラールはその子を安心させるために努めて笑顔を作った。
―― その子の父親が、ダンターグによって膝から下しか帰ってこなかった事を知っていたから。
あるいは過去の七英雄との衝突のように、不毛な戦いになるかもしれない。
それでもこの子を、このアバロンを、このバレンヌを守ると言う根底だけは崩してしまってはいけない。
……ならば見極めて見せよう。やれることはある筈だと。
そう思ったのだ。
『リスクヘッジ』―― クジンシーの言う言葉はどこまでも的を射ていた。
七英雄が復活して、アバロンに矛先を向けるのであれば。その可能性があるのであれば。
自分も、そのリスクを取り除くために動かなくてはならないのだ。そう望まれているのだ。
本当に、どちらかが死ぬしかないのか……?
その状況に叫びたくなる想いを嚙み殺して、ジェラールは剣を握りなおす。
クジンシーの佇まいにはもう先ほどのような動揺や焦燥はなく、殺気に満ちていた。
その輪郭の無い仮面の奥で彼が唱える。
「――
それは果たして幻覚だったのだろうか。
クジンシーの持つ剣に一瞬、木刀のような物が重なって見えた。
そしてまるで、目の前にいる人物が別の人間に変わったようにも。
「……ノエル」
その雰囲気から見取った様相が、ポツリと口から洩れて出る。
姿も形も何一つ変わっていない。
しかし確実に『何か』が変わっていた。
七英雄・ノエルを連想するような何かに。
クジンシーの剣閃が、赤い風となって吹き荒れた。
自らを『かくあるべし』と定義するための
想いの結晶。想起の導き。
それを宿す者達から血を貰い、『かくあるべし』と取り込むという事は、
ジェラールはこの剣閃の暴風に対し、ソードバリアを張りつつ応戦した。
二つの刃が交差する度に火花が飛び散り、幾重もの星のように瞬いて消えて行く。
幾千を数えるほどに木霊する金属の悲鳴がその激しさを物語る。
クジンシーの剣にはもう、甘さは無かった。
「はあああああッッッ!!!」
裂ぱくの気合と共にクジンシーが加速する。
標的の周りを縦横無尽に、目にも映らぬ速さで取り囲み連撃する、ノエル必殺の奥義が迫る。
無月散水。
ジェラールは
「―― ッ!?」
それは、攻防を一体とした光線の結界だった。
ジェラールの持つ聖剣『デイブレード』は太陽の力を宿した剣だ。
アンデッドの類に絶大なる特攻を発揮し、軽く術力を通せばこうして『太陽光線』を放つ事すら可能となる。
自分で組んだ術式でないが故にリソースが小さく、こうして剣を振り回すと同時に『太陽光線』を運用できる。
1対多を想定したジェラールの得意戦術のひとつだったが。
奇しくもそれが、戦闘能力であれば歴代最強と名高い第33代目皇帝トーマが、無月散水の攻略に使用した戦術であったという事は、伝承法にも記録されていない。
『太陽光線』の檻に無防備に突っ込んだクジンシーは、肌を焼く熱閃に奥歯を噛み締めながら素早く圏外に退避する。
もはやジェラールの剣の間合いは、どこから飛んでくるか解らない熱線の地雷原だった。
ならば。
(近寄らなければ良いんだろ……!)
再びクジンシーの纏う雰囲気が変化した。
その変化先が何であるかを察して、ジェラールの体が露骨に強張った。
それは母ビーバーに絶大なトラウマを刻んだ相手にして、危険すぎる初見殺しを持った、バレンヌに『七英雄に手を出すな』を刻んだと言っても過言ではない難敵。
とっさに剣を霞に構え、クジンシーの顔に向かう視界をその切っ先で遮った。
そして努めて顔を見ないように視線を下げ、あとは術力励起の瞬間に注力する。
まるで風が沸き立つような、水面が乱れるような、術力励起の兆しを感じ取ってジェラールは反射的に跳んだ。
―― 視界を埋め尽くす、白。
危惧した通りそれはロックブーケの召雷だった。
まばゆい閃光と共に空気が弾け、うねるような軌道を取って雷がジェラールに叩きつけられる。
だが。
「なんだそれ ―― ッッ!?!?」
声を上げたのは術者であるクジンシーの方だった。
ジェラールは空中で、剣を盾にして雷を受けると、そのまま術力と共に振り払い召雷を跳ね返して見せたのである。
返された雷は明後日の方向に飛んで行ったが、それでもバカげた事が起こった事には変わりなかった。
「最後の撃ち返しはアドリブだったが、出来るものだな」
雷のダメージは非常に危険でかつ避けにくいが、そのダメージの多くは体を電流が貫いて行った時に発生するもの。だからこそゴムを底に重ねた靴などでその威力を軽減できる。
ならば撃たれた瞬間その体を空に躍らせ、電流の通る先を無くしてしまえばそのダメージも抑えられる。
……出来てたまるかと言いたくなるほど無茶苦茶な話であったが、アバロンの術研と対策室が出した召雷の攻略法だった。
つまりそれは、地に足つけぬ雷返し。
同時に、ジェラール1世とジョンを失う切っ掛けとなった『テンプテーション』への対策も怠っていなかった。
今は相手が男ゆえに、もしかしたら特攻先が女になっているかもしれないし、あるいは使う事さえ出来ないかもしれないが。
あの秘術の起点が顔と目であることを看破し、それに視線を合わせないように立ち回っている。
これらが示すのは『アバロンは七英雄を倒してもそれで終わりにはせず、その対策を続けていた』と言う、クジンシーとしては厄介過ぎる事実だった。
「クソッ……、」
それでもハタから見ていれば、その対策方法がまさに天才が起こすデタラメのバーゲンセールにしか見えない。
これに相対しなければならない現状に悪態をつきながら、クジンシーはまた動く。
「今度はスービエか!!」
『伝承法』の面目躍如である。
クジンシーが灯火を切り替えた段階で、誰を想起したのか見切れるのは大きなアドバンテージだった。あまりにも難敵ばかりだったゆえに、伝承された記憶にも、深く深く刻まれているのだ。
ゆえに反射的に動けるのである。
七英雄との戦いで当代伝承者が相対していないのはノエルのみ。そのノエルも『幻体による木刀を使う』と伝えられていたため、看破するのは容易だった。
水と風の大渦が迫る。
トーマ帝とジョンが苦戦したスービエの十八番、『メイルシュトローム』だ。
海の上、船と言う不安定な足場。そんな状況で引き起こされる大渦は致命的と言ってもよく、最初にスービエとぶつかった船団が壊滅した要因でもあったそれだが。
ここは海ではなく、そして船の上でもない。
その危険性が大きく減じた攻撃を前に、しかしジェラールは『稚拙な運用』と切り捨てなかった。
地を踏みしめ、体を縛る乱流に耐え、大渦が土を巻き込み濁った視界でなおも見つめ、クジンシーの動きに注力する。
―― クジンシーが突っ込んできている。
水を伴った大渦は、あたりに飛沫の空間を形成していた。
つまりそれは、ジェラールの
「はあああッッ!!」
『天衣無縫』とは本来、何ものにも捕らわれない自然体でいて、それがすでに美しい様を意味している。あるがままに強いスービエそのものを指しているとも言えるだろう。
槍にとらわれず、剣を使って行われるそれは、まさに『天衣無縫』だった。
自由で、しかして急所を狙う連撃を、ジェラールは何とかさばいていく。
先のメイルシュトロームにより靴が水を挟んで足場も悪い。
ノエルの『無月散水』とは違い、この連撃は足場の悪い場所でも有効なものであった事を知る。
「グ、うッ……!!」
盾の無い『地獄の盾』では流石に厳しい太刀筋だった。
『ソードバリア』の保険を以てしてもなお、いくつかダメージを貰う。
盾代わりの小手では心許が無さ過ぎた。
しかし、防戦だけでは終わらない。
瞬間的に体勢を整えると、術力を練りながら伝家の宝刀『流し切り』を叩き込まんと身を沈め――
―― その時、その呼吸が丁度クジンシーの切り替えと合致していた事に気付く。
(ダンターグ ――!?)
ゾワリと肌が泡立つ感覚を覚える。
反射的に、『流し切り』に使おうとした体重移動を使ってそのまま低空で体当たりを敢行した。
懐のさらに内側に潜り込むことで、直上から来ていた剛力の叩きつけが空振り、大地に衝撃とクレーターを刻み込む。
体勢を崩しながらもなおこの威力を出して見せるのが恐ろしい。
もんどり打って地を転がるクジンシーだがすぐさま後転の形で立ち上がり、その勢いのまま間合いを離すような横薙ぎを放つ。
ギリギリ間合いの外にいた為その剣先は目の前を掠めて行ったが、クジンシーからは皮一枚見切ったように見えるだろう。
首筋を伝わる冷や汗を感じながら、それでもジェラールは努めて微笑を崩さなかった。
((強い……!))
両者ともに同じ感想を抱いた。
ジェラールはその堅実な剣筋と、そして他の七英雄の技を操る多彩さゆえに。
クジンシーはそれでもなお対応し切ってみせる地力と機転ゆえに。
特にクジンシーからしてみれば、想起からの反応が早過ぎかつ正確過ぎて、もはや異次元の生き物を相手にしているような感覚になっている。
仲間の血を取り込んでなお、地力ではジェラールの方が上に感じるほどだ。
彼の言う『伝承法』とは、『吸収の法』すらも突き抜けると言うのか。
あるいはただ単に
(……まあ、後者か)
内心自嘲しながら、クジンシーは剣を構えなおす。
―― この期に及べば。
そんな考えが、さっきからチラチラ頭をよぎっている。
簡単な話なのだ。
それで一切合切何もかも終わる。
アレを見切れる者は誰もいないのだ。
なぜなら受けた瞬間、そいつは必ず死ぬことになるのだから。
『伝承法』とやらがこいつで最後なら、憂いも無いではないか。
……ブラフの可能性を捨てきれない?
どうせ後続は居るのだろうから、ここで見せるのは愚策?
そもそも仲間たちは、七英雄はバレンヌなんかには負けないから、使わなくても勝てるのだ?
――
「―― ッッッ!!!」
振り払うように大地を蹴る。
考えるな。ただ前を征け。己の強さを信じ、ただただ愚直に、遮るものみな踏み潰して。
……今想起しているのは、そういう奴だろうがっ!
「オオオオオオオオッッッ!!!」
咆哮と共にクジンシーが突進する。
その剣には、巨大な
ジェラールも『ダンターク祭り』に参加していただけに、思わずその躱し方も大げさな物になる。
受けようなどという思考は最初から無かった。
だが、逃げ回っているだけではない。
なぜならもはや、
「グッ……」
再び発生した熱線がクジンシーの体を焼く。
しかし無視する方を選んだ。
こんなものでは止められないとばかりに、剛力そのままに
しかし。
ジェラールの戦い方が、防戦主体から明確に変化した。
それは受ければ終わる『ダンターグ』が相手であるからか。死角や側面に回り込み、右へ左へと意識を振り回し、無数の斬撃を浴びせる太刀筋。
回避と同時に攻撃の鎖を延々と繋いで行くその術理はまさに ――
(これはまさか、無月散水!?こいつ、一回見てコピりやがったのかッッ!?!?)
濡れた足場故か本家ほどの速さはないが、むしろそこに天衣無縫の要素を加えているようにすら感じる。
そしてそれが、幾重もの熱線と共に全方位から飛来するのだ。
「グ、アアアアアアッッ!!」
高耐久高火力、一撃必殺を旨とする『ダンターグ』の戦い方と致命的に噛み合い過ぎていた。
攻撃は当たらねば意味はなく、だからこそ相手の逃げ場を塞ぐように、しかしてその剛力と剛体をどこまでも追及してダンターグは巨体を求めたが、残念ながらそんな
大半を受けきれずクジンシーはその剣戟の勢いに負けて思わず片膝をつく。
これを機とみてジェラールが峰を返し後頭部を狙った。
―― その瞬間。
「ッッ!!」
反射的にジェラールが地を蹴り、体を明後日の方向に投げ出した。
機を捨ててまでの全力回避だった。
この相手は、この技は、まさに魂の奥に染みついているのである。
ジェラールのすぐ横を術力の糸が通過し消えて行く。
「それにだけは、当たる訳には行かないな……!」
それは最強の初見殺し。
レオン、ヘクター、ワレンシュタイン……皇帝のみならず名だたる猛者を屠ってきた、ボクオーンの『マリオネット』だ。
(このタイミングで避けた……?)
クジンシーの思案の視線がジェラールに固定される。
今のは明らかに、糸を視認する前に回避行動に移っていた。
(……つまり見られているのは、俺の攻撃ではなく想起の瞬間か。
『伝承法』で俺の想起先がわかるから、次の攻撃の予測が立てられていたと。
……って事は……!)
一計を案じ、そこに向かうまでの道のりをざっと計算する。
牽制が必要だが、下手なやり方では注意を向ける事も叶わないだろう。
術を使っても良いが、ボクオーンの得手属性は水と地だ。冥・水・風の自分とは相性が悪い。
―― ならば。
手を掲げる。
現れ出でたのは、晩年ボクオーンが手掛けていた巨大人形……を模した、ナニカだった。
元は幻体とからくりを融合した研究中の物ではあったが、この場に元となるからくりは存在せず、ボクオーン本人でもないから幻体も中途半端。
具現力も足りず、ところどころは幻体と言うより幻影である。
しかも造形からして色々怪しいなんてレベルではなく、あちこちハデに崩れている。
特に酷いのは頭だった。
この部分は元々からくりに幻体を被せて造っていた物だからそもそもの造形の時点で崩れていて、取り込んだ血がなんか変な作用でも起こしたのか、見ようによっては右半分の顔が腐って崩れた金髪の女の顔のようにも見える。その金髪部分は元来、首を覆う黄色い巨大な歯車であった筈なのだが。いったいどうしてこうなった。*3
だが冥属の強い自分がやるにはちょうどいいホラー要素だと開き直り、内心ではボクオーンにすごい勢いでごめんなさいしながらクジンシーはその人形と呼ぶのすら憚れるナニカをけしかけた。
手とも足ともつかない物を振り回しながらカタカタ言って迫るその様相に、微笑を崩さなかったジェラールの表情もさすがに引き攣る。
「シュミが悪いにも程があるだろうッ!?!?」
別にシュミじゃねーよ。そう突っ込んでやりたい思いをグッとこらえ、クジンシーは追加で術力の糸を4本飛ばした。
恐怖の人形と共にこっそりと放たれる確殺必至の糸4本。
流石のジェラールも全力で対応せざるを得なかった。
大きく跳躍しながら是が非でも視界を確保し、迫る人形を太陽光線で絡めながら必死に距離を取っている。
実はあの人形でリソースがほぼ持って行かれており、それゆえ糸に捕まってもそこから『マリオネット』に派生するのは不可能だったりするのだが、ブラフとしては中々どうして優秀だ。
そしてジェラールの対応から余裕が無くなっているのを確認すると、クジンシーはいよいよカードを切った。
「くっ‥‥‥、なんだと!?」
人形が消え、糸が消え、それでもジェラールは一瞬硬直した。
クジンシーの想起の起こりをしっかり見ていたにも関わらず。
対応方法がわからなかったからだ。
―― 想起したのは、一枚の金貨である。
(つまり、見せてないやつを使えば良いんだろ!!)
振り被った左手に集約させた『冥』の術力。
それを射出した空間そのものに浸透させて大爆発させる、クジンシーが自己流で辿り着いた冥術の奥義『ダークノヴァ』であった。
「ああああああっっ!?!?」
物理的な威力を伴う瘴気の奔流に跳ね飛ばされ、ジェラールの体が大地に叩きつけられた。
天属性を主体とするジェラールにとって、まさに弱点と言っても良いような一撃。
まさに千載一遇の好機であった。
「これで決めるッ ――!!」
最後に想起したのは、一つのグラス。
仲間たちの想いを束ねて注いだかのようなそれを胸に、クジンシーは飛び上がる。
天属性は使えないので纏うのは輝く蝶ではなく、瘴気を放つドクロだったが。
死の十字架を墓標のごとく象るそれは、七英雄ワグナスの奥義にして間違いなく必殺致命の一撃。
ロザリオインペール。
吹き出す瘴気の十字架でジェラールを拘束し急降下。
その勢いのままに首を ――
―― 首、を……
@ @ @
異変に気付き駆け付けたビーバーを気絶させ、しかし周囲のモンスターを警戒し守るように立ちながら、ハンニバルが彼方を睨む。
その視線の先では姿こそ見えないが、激しい激突の余波がしっかり聞こえて来ていた。
終焉が近い。そう思う。
ジェラールはクジンシーの選択と向き合うと言っていた。
いかなる流れで剣を合わせる事になったかは定かではないが、それは十分に予想出来ていた事だ。
そしてその果てに倒れる事となったとしても、ジェラールは満足するのだろう。
王は、心の中に一匹の魔を飼わねばならないと説いたことがある。
魔とは、言うなれば『欲』とも言い換えられる。
そして、その『欲』に向かうための手段や覚悟とも取れる。
それは例え何があったとしても、必ずその『欲』を手に入れて見せると言う執念と言っても良い。
ハンニバルから見たジェラールは、率直に言って王の器ではなかった。
飼っている魔が不足に過ぎた。
皇家としての責任。アバロンへの情念。帝位への憧れ。
この素晴らしい国を守るんだ、発展させるんだという気概。
そんな物で人間は、その身を賭すことなど出来ないのだ。
子供の頃から持ち続けた夢だけで王がこなせれば世話は無い。
そんな者が王になった国ほど崩れやすい物はない。
……そう、思っていたのだが。
クジンシーと剣を重ねるジェラールに、命を賭すほどの覚悟が無いとは思えなかった。
(あのバカ弟子とはついぞこの点に関して、意見が分かれたままであったが……さてはて、結局わしにも見えぬ『魔』を持っていたのか、それともわしの知見が誤りだっただけなのか。
―― 不思議だ。この戦いの果てに、その答えが見えてきそうな、そんな予感がする)
老兵は既に、ただただ待つ事を決めていた。
@ @ @
―― ポタリ、と血が滴った。
赤い血だった。普通の人間と同じ、燃える血潮だった。
そこには、何の違いもなかった。
「な……なんで……!?」
腹部を貫いた感触が、これで
「なんで外したんだ、ジークさん……ッ!?!?」
その叫びは最早、慟哭に近かった。
ロザリオインペールの一撃はあらぬ方向へ外れ、せめてガードをと咄嗟に振ったデイブレードが見事にクジンシーの胴を貫いていた。
事故のような決着だった。
こぽっ、とクジンシーの口から血の塊があふれ出る。
倒れ込んだクジンシーの顔は、何かを悟ったような表情だった。
「……人間に……なりたかったんだ」
噎せ返る鉄の匂いと一緒に口を開く。
「蹴落として、盾にして……自分だけが利益をむさぼる。
クソの掃き溜めにしか、見えなかった……そこにいる自分も。
人間もモンスターも、一緒に見えたんだ。一緒だと思ってたんだ。
でも……
でも…………
俺、いつの間にか……人間を、殺せなくなってたんだなぁ……
……だってお前……『人間』なんだもん……」
その体から力が、命が抜けていく。
他の七英雄にあった、解けて行くような現象は見られない。
幻体じゃない。それは紛れもない『実体』だった。
つまりクジンシーは、ここで終わるのだ。
「まあ……あんたも、同じだろ……要所要所で、峰を返してた……
互いに殺さなきゃいけなくて、殺す覚悟も出来てた筈で……でも実際になってみれば、互いに殺さないように戦っててさ……
そりゃ、事故で決着するよなあ……」
ジェラールの顔が歪む。
「わかってたなら、なんで……!?」
「あんたは、何とかしようとあがいてた……
でも俺は、死ぬことを勘定に入れてた……その違いが、出たってだけだ。
誇って、良いんじゃあないかな……?一応、これでも……七英雄だぞ、俺は……
それをサシで打倒して生きてる……トーマ帝以来の、快挙だろ……?
誇って、終わっとけ。
そうさ……俺もこれで……
しちえいゆうとして……にんげん、として……
おわ、れる……」
クジンシーの目から光が消えた。
「ジークさん……ジークさんッッッ!?!?」
弛緩した指先にはもう脈は通っていない。
その目はもう、何も映していない。
「『終われる』ってなんだよ……!
僕は、アバロンは、あなたがやってきた事を知ってる!知ってるんだ!!
ティファールの事だって、ナゼールの事だって、知ってるんだぞ……!?
こんな終わり方、あって良いはずないじゃないか……ッッ!」
誰かが言った。
『世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだ』
そしてそれはどうしようもない摂理なのだと、ハンニバルも言っていた。
だから心に魔を飼わねばならないと。そうでなければ世界に潰されるのだと。
世界を回った。
モンスターの被害に悩まされ、権力者の横暴に悩まされ、あるいは周囲の人間に悩まされ、暗い格差が脈づいているのを目の当たりにした。
世界には悪意が溢れていた。
でも、それと同じくらい『人間』にも溢れていたのだ。
一皮むけば人間なんて簡単に堕ちると誰もが言う。
でも、一皮むかなくても生きていけるなら、それはとても素晴らしい事の筈だ。
ジェラールには力があった。才能も、地位もあった。
だからこそ思うのだ。『それらを持っている奴が、全力でハッピーエンドを望んで何が悪い』と。
諦めるには、やれることがまだまだあり過ぎる筈じゃないかと。
ずっとそれに反発し続けていた。
それはハンニバルほどの鬼才をして
このジーク……クジンシーにしてもそうだ。
アバロンは彼に、何も返せていない。
―― もはや、後先を考えなかった。
正直、どうなるかもわからなかった。
だがそれでもジェラールは選択した。
それが万人に『愚かな行為』だと言われるような行為であろうとも。
@ @ @
「……クジンシー……?」
――七英雄、復活。
たとえその一角が削れようとも。
彼らは
すでにバレンヌ皇帝の姿は無く。
最後の決戦の遺跡には、壮絶な戦闘があったことを示す戦闘跡と、そして――
ドス黒く染みこみ乾いた、血の痕跡のみが。
@ @ @
アバロンの酒場に木霊する唄が、ハープの音と共に締められた。
無邪気に笑う子供が、その目をキラキラさせながら問う。
「それで皇帝はどうなったの?」
明るい緑の衣を纏い、特徴的な帽子をかぶった年齢不詳の詩人は、優しげな声で歌うように言った。
「
『どこにでも行ける仕組みと容易に手に入る情報と、共通の通貨がある世界』……ボクオーンが目指したとされる完全律の要綱に、アバロンもまた協力しながらね」
「……よくわかんない」
「大人になればわかるよ。
そしてその後、退位してただの人となり、世界を放浪する旅に出たとされる。
今もまたどこかで、誰かを助けているかもしれないよ……?」
「あってみたい!!」
声を上げる子供の声に「ふふ、そうだね」と頷きながら、詩人は酒場の一画に目線を向けた。
今は誰もいないスペース。かつてはそこにもう一人店員がいて、雑務をしていた位置に。
「……私も、会いたいなぁ」
ポロン、と短くハープが歌った。
@ @ @
アバロンより北東、かつて皇帝レオンが封印した地。
複数人の優秀な魔導士が一昼夜かけて強固に封印した扉が、100年余りの時を経て今、解放されようとしていた。
封印の前に立つのは7名。
そのうちの一人が苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。
「もう一度言っておくぞ……私はまだ、お前の事は認めていない。理解と納得はちがう。
それでも協力するのは、相手がタームであるからだ」
「もちろん、わかっているよ」
「ならばそのニコニコを何とかしたらどうだ……!?」
「いやあ、あなた達と轡を並べると言うのは僕個人としても随分感動的と言うか……
それに『彼』としても、
その返答に、さらに苦虫を噛み潰したような表情を返される。
複雑すぎる心中はとても理解できるのだが、こればっかりは如何ともし難かった。
さらに別の一人が口を開く。
「私も一応確認ですが……あなた、ちゃんと『使える』んですよね?もう一度アレとまともにやりあえと言うのは面倒が過ぎるんですが」
「なんだ、やらねえのか?今度は空に逃げられても即座に叩き落とせるぜ俺は……?何なら今度は吸収してやっても良い」
「なんでいちいち敵にアドバンテージ渡すようなマネするんですかねえあなたは!?」
「ははは……大丈夫、問題なく使えるよ。おかげで天術は全部吹っ飛んだから、そちらはお任せしたいけどね」
「フン……」
そして封印が開かれる。
その奥に眠る、恐怖の具現に挑むべく。
「まあ、過剰戦力だろうな」と一人が苦笑し、「一応、相手が相手だ。油断はせずに行こう」と一人が
―― 規模にもよるが、半日ほどですべて完了するだろう。
窮屈そうに身を揺すりながら、一人が言った。
「つかよ、もう解放体で良いよな?」
「「「「「「絶対やめて!?!?!?」」」」」」
@ @ @
―― そしてきっといつか、腐敗し切った誰かの股間が凄まじい勢いで、2回ぐらい蹴り上げられる事になるだろう。
それはそう遠くない未来の話である。
この結果をハッピーエンドと取るかどうかは、この物語を見る方々へ委ねたいと思う。
約1年に渡るロマサガ小説、完結いたしました。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
結構奇麗に終われたんじゃないかなって自分で思ってます。
クジンシーのこの末路については結構前から考えてました。
流石に1話からではありませんでしたが。
だから布石となる『伝承法の研究』について色々言及したり、チマっとした伏線は張ってました。
見方によってはこの末路は、バットエンドとも取れるかもしれません。
最後の七英雄本体戦みたいにラストバトル感出せたかなとは思ってるんですけど、どうかなあ。
想起の順番が原作と一致している事に気付いてくれた人は、教授がキッスをくれるそうです。