私は宇宙人   作:蒲鉾三田

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第十話 電車は100両編成が最長

 

「テメェらの目が効かねえんなら、テメェらはただの武器持った猿だぜ!!」

「あらごめんあそばせ。道に飛び出すと痛い目に遭うわよ!!」

 

 アナウンスが響く度に猿たちは武器を取っかえ引っ変え、性懲りも無くやって来る。

 それを超能力で防ぎ、アクロバティックに蹴りつけ、快進撃を繰り広げる桃と愛羅は絶好調だ。

 

「元凶の猿夢は絶対、先頭車両にいる! 運転席を譲る性格なんざしてねえだろ!!」

「こういうのは運転席が1番お怪しいもの。高倉様、ガンガン行きますわよ!」

「ジブン、この人数抱えてちゃ真っ直ぐしか走れねえからよお。敵は任せたぜぇ!」

 

 ()として桃と愛羅を担ぎ、あらゆる攻撃を視認してから避け、車両を凄まじい速度で駆け抜けるオカルンも頼もしい。

 桃が超能力で次の列車の扉を先回りして開ければおかわりの猿が現れ、愛羅の髪や蹴りによって蹴散らされていく。その繰り返しだ。

 

お客サマにお願いいたしまぁす 乗務員への暴力はおやめくださぁい お客サマは速やかに車内迷惑行為をやめ 乗務員の空腹を満たすため大人しくご協力くださぁい

 

 うるせえよ! 黙れよ、拳こそが正義。

 

『流石です。セルポの方々と敵対した甲斐がありました』

 

 私は足手まといにならないよう、オカルンの後頭部にしっかり張り付いていた。

 オカルンから離れると鈍足の私は彼らの速度に置いていかれ、袋叩きにされてしまうので移動は完全におんぶにだっこだ。

 夢でも地球重力は据え置きだからな! チクショーめ!

 

「この視界やべー! スゲー!! なんかゲームみたい!!」

透視能力(クレアボヤンス)だぜぇ! まさかジブンもESP(超感覚的知覚)を体感できるなんてよお!!」

 

 列車内を駆け抜けながら、テンション高くオカルンが言った。

 

 今の彼らは邪眼対策で目を使えない。

 代わりに私の視界を皆の脳に送っていた。全方向、すなわち360度の周囲全てが首を動かさず、目も開けずに視えている状態だ。

 ライムズ星人の念視は物体を透過し、遠くまで見通す。座席で見えない敵の居場所もなんのその。私の視界を持ってすれば奇襲すら許さない、完璧な布陣とも言える。

 だが問題もあった。

 

「でもこれ、頭が痛くなってくるわ。私、気持ち悪くなってきたかも…」

「アイラちゃん、背中で吐かないでね」

 

 鉄バットを持った小猿を蹴り落とし、走るオカルンの背中に戻った愛羅は口元を抑え、しおらしく彼の背にしなだれかかった。が、オカルンは塩だ。

 

「確かにテンションで誤魔化してるけど、反動がだいぶキツイな」

『あなた方が普段使わない箇所を酷使しています。脳の負担は相当なものかと』

 

 桃も強がってはいるが具合が悪そうだし、オカルンの眉間のシワも濃い。

 かなり視せる物と範囲を狭め、透過してるのも座席だけなのだが。他者の視点から自分を俯瞰して動くのは難しかろう。そも人間にパノラマの視界が情報過多だ。

 だが前方向に視界を絞るのは死角から挟み撃ちされた時に困る。どうにか短時間でケリをつけるか慣れてもらうしかあるまい。

 

「てかさ。なんか…この列車、やたら長くね!?」

 

 小猿の攻撃を超能力で防ぎ、愛羅の髪が投げ飛ばすのに任せながら桃が言った。

 妨害されているとはいえ、分かれ道のない一直線の電車ならすぐ先頭車両に辿り着くはずだ。

 だが何度扉を破壊して、次から次に車両を乗り換えても景色が変わり映えしない。

 …猛烈に嫌な予感がしてきたぞ。

 

「私たち、いま何両目にいるのかしら」

「8両編成じゃなかったことは確かだぜえ、っうお!?」

 

 オカルンが足を滑らせ、前のめりに転倒する──前に、両側の座席を鷲掴んだ。

 車と同レベルで走る彼が急に止まり、慣性の法則はウルトラ元気に働く。

 

 特急オカルン号にシートベルトはない。

 交通事故のお手本宜しく、背中に乗っていた桃と愛羅がロケットのように前方に射出された。

 オカルンに掴まっていた私はコアの過負荷で念を盛大に乱れさせる。

 

 ぐええっ!! 重力は停止する時が1番負担がヤバおええっ。

 

 急に視界が途絶えたにも関わらず、愛羅はアクロバティックに身を捩り、何とか己の体幹のみで着地した。

 しかし反応できなかった桃がギャグみたいに床を滑る。

 

 しめたと言わんばかりに猿たちが武器を振り上げ、桃にわんさか襲いかかった。

 わああ!? コラコラコラー!! 視界共有は繊細な取り扱いなので少々待てコラ!

 

「どわああ!! 痛ァ!? ちょ、痛、ボケ猿! こっちは見えてねーのにズル過ぎんだろ!!」

 

 投げ出されつつもバリアで自分をガードし、座席にぶつかった衝撃に悲鳴こそ上げた桃だったが。バリアがそのまま猿の攻撃を防いでくれた。

 セーフ、さっさと視界を繋ぎ直そう。

 

「急に見えなくなったけど、大丈夫!?」

『重力負荷に念が乱れました。失礼しました』

 

 クリオネ煎餅になるかと思った。

 

「なんっで何も無いとこでコケてんだ、オカルンの馬鹿!!」

 

 桃が超能力で握りこんだ猿ごと拳で床を叩き、抗議する。

 

「わりい、モモちゃん! でもよお、さっきから足の下に滑る何かがあってよぉ。走りにくい」

「ほんとだ。なにこれ、なんかぐちゃぐちゃしてね」

 

 オカルンは訝しげに足の裏をひっくり返した。

 ぺたりと座り込んでいた桃も床をまさぐってしまい、違和感に気がつく。

 あ〜…こればっかりは仕方ない。やっぱ足元にも散らかってると気がついちゃうよなぁ、みんな裸足だもの。

 

『その件に関しましては申し訳ありません。不快(ノイズ)かと思い、あなた方の視界からシャットアウトしておりました』

 

 今後も滑ったら危ないし、目を開ける必要があった時に隙ができてもらっても困る。

 私は視界の共有度を上げ、()()()()()()()()()()()()で汚れた車内を映して視せた。

 

『同胞の亡骸です』

 

「…マ?」

「キャー!! ウソ!? このっ、ドグサレ性根のビチクソ猿が!!」

 

 愛羅が床に転がる猿に鋭いシュートと罵倒で追い討ちをかけ、半泣きで私をひしと抱きしめた。そんな愛羅をヒレで撫で、宥める。おお…よしよし、ビックリさせたね。

 死んだライムズ星人のゲル体を掴んだ桃はといえば、うへぇみたいな顔をして濡れた手をパジャマで拭いた。図太くて宜しい。

 

 実のところ、最後尾の車両を出た時からライムズ星人の死体はそこら中にぶちまけられて、わんさか落ちていた。

 床までべっとりなので、オカルンもさぞ走りにくかろう。

 死にやすいライムズ星人とはいえ、この数の死体で溢れた有様は私も視たことがない。

 

『本来であれば我々が生命活動を停止しますと、直に泡となり分解されます。ですが、敵はどうやら死体を飾る趣味をお持ちの様で』

「萎えるぜ」

 

 死亡後に数時間で泡になって消える程、ライムズ星人の体は脆い。

 そのシステムを捻じ曲げ死体が残り続けているのなら、それは猿夢の仕業に他ならないだろう。

 

 この夢自体が現実世界とは違った法則で成り立つおかしな領域なのだ。

 宇宙人が使う “虚空” のように、物体を別次元に固定し戦闘空間(テリトリー)を作り出している。

 

 ──これは後に聞いた話なのだが。

 強い妖怪は “影” の力で別空間を作り出すことができると言う。

 桃曰く、ターボババアも結界が張られた境内に侵入し時を停めたとか……。

 あの、ターボババアさん? あなたの力、強すぎない?

 

「待って。……私たち、お最後尾にいたでしょう? ならアナタの星のお住民は、一体どれだけの数が猿夢の犠牲になったというの?」

 

 愛羅が私を抱く腕の力を強める。

 

「どゆことだ、アイラ」

「もしかしたら、お客お1人ずつに座席が用意されてるんじゃないかと思ったの。これだけ死体を放置したら、次の乗客を乗せられないわ」

「席の数だけ、死人がいる…?」

「そうだとしたらやべえじゃん…!」

 

 私は胸騒ぎを感じながら、触角を揺らした。

 

『はい。我々の星、その “全人口の3割” がモンスタートレインにより殺されております』

「クソやべえじゃん!?」

 

 

次はペーストォ

 

 

 突如。

 全ての座席が変形、スライドし、出入口の扉を閉ざす。

 

「気をつけろ! なにか来るぜえ!!」

 

 広くなった通路を突き抜け槍が生え、卍の刃が花開く。

 見上げるほど巨大なソレは命を刈り取る形をしていた。

 

 トンネルの灯りに照らされた刃が、ギラリと光る。

 

ペーストでぇす

 

 ───おっっとぉ?

 

「やば」

 

 桃の顔が引き攣るより先に、私は思考速度の枷をかなぐり捨てた。

 

 引き伸ばした認識の中で、刃が欠伸が出るほどノロマな速度で回転を始める。

 だが私は重力で動けない。加速するのは思考だけ。

 だから死に物狂いで回避の最適解を組み上げ、異能者2人の脳に干渉する。

 頼む頼む頼むから拒絶しないでくれ!! ちょっと接続増えるけど先っちょ! 先っちょだけだから!!!

 

 ミリ単位で刃が動くスローモーションの世界。

 その中でオカルンの指と、愛羅のつま先が僅かに動く。

 

 入った!!

 

 愛羅が身を翻して窓を蹴破り、オカルンが棒立ちの桃を抱き上げた上で愛羅に追いついた。

 この行動は私が計算した最適解。具体的イメージ。シナプスを追い越し、脳に答えを用意する。

 言うならば人工的な直感、衝動。

 それに従ってさえくれれば、最適解が異能者の身体能力で適応される!

 私が頭、君らは体!

 

 刃が空中にいる愛羅の体を横断しようと迫る。

 愛羅の腕を掴んだオカルンが彼女を刃の軌道から逃し、胸元へ引き寄せた。

 彼が割れた窓から列車の外に身を投げ出す。

 

 窓外に移動した瞬間、私は視界を急速に広げ共有した。

 過負荷で全員、脳に釘が刺さったみたいな顔をしたが。まだ死因がミキサーペーストから轢死ミンチになっただけだ!! 死ぬ気で気合い入れろ!!

 

 私はこの現状で、一番の重要人物たる桃に喝を飛ばした。

 

超能力を

「っ落ちて、たまるかぁああ!!」

 

 桃が頭の痛みに出遅れながらも、壁に当たるギリギリでバリアを貼った。

 

 ピンボールのようにバリアがトンネルでバウンドし、走り続ける電車にぶつかる。

 愛羅が髪を伸ばし、ギャリギャリと音を立てながら電車をガッチリ捕まえた。

 息も絶え絶え。だが、どうにか誰も落下することなく、全員が電車の天井にナメクジみたいに張り付いていた。

 っっっ…ぶねぇ…し、死ぬ……コアが…死ぬ…。血反吐が出せるなら出てるって…。

 

「ぜぇ、ぜぇ…! あんなのアリかよ……」

「流石にあの規模で襲われたら、ヤバいぜぇ…」

 

 割れた窓を無理やり通ったせいで皆パジャマはズタズタだし、ガラスの破片で怪我をしたが。ペーストにされてパンに塗られるより遥かにマシだ。

 

 あの野郎…小猿の群れじゃ埒が明かないと分かって本気出してきやがった。

 

「ねえ」

 

 桃とオカルンが息を切らして電車の屋根にへばりつく横で。

 愛羅が靡く髪を抑え、その目を開けて呆然と呟く。

 

「犠牲者の数だけ席があるなら、この列車は」

 

 

「───あと、何両あるっていうの…?」

 

 

 桃とオカルンがガバリと顔を上げ、進行方向を見た。

 私は狭めていた念視を遠くまで広げ…流石は悪夢だ、人に最悪を突きつけるのが上手い。この仮説が立証されてほしくなかったよ。

 

お客様にお知らせいたします 助けが必要な方は直接乗務員にお申し付けください すぐ楽にしてさしあげまぁす

 

次はみなごろしぃ みなごろしです

 

 電車の中から、アナウンスが響く。

 

「ヒヒヒ」

「ヒィヒヒヒ」

「ヒヒヒヒッ」

 

 独りでに開いた窓やドアから小猿が湧き出た。

 その手にすりこぎと(きね)を持ち、ぱしり、ぱしりと手に打ち鳴らして。

 猿たちはニタニタと嗜虐の顔で嗤う。

 

 連結した車両はずっとずっと、念視の限界を超えてもまだ続き。

 この電車は悪夢のように───終わりが見えなかった。

 

 

 □

 

 

 襖の閉め切られた畳の部屋。

 真夜中の暗がりに、豆電球の薄ボンヤリとした灯りだけが部屋の輪郭を浮かび上がらせる。

 

 白い布団に横たわる子供たちはみな苦しそうで、眉間に皺を寄せ、閉じられた瞼の下では忙しなく目玉が動き回っていた。

 星子は子らの汗ばむ顔を見つめる。

 彼女は額に張り付く髪を払ってやりたい思いをグッと抑えていた。不用意には動けない。

 悪夢に翻弄されながら夢の中で足掻く子らは、まだ猿夢に魘されている。

 

 桃が宇宙人だと言って聞かないちんちくりんの海坊主は、反対にピクリとも動かず、桃の足元で死んだように丸くなっていた。

 桃の祖母であり、日本全国を飛び回る名うての霊媒師。綾瀬 星子は、このわらび餅だか起き上がり小法師を海坊主の稚児か何かだと思っていた。

 宇宙人ってのはタコの形だと相場が決まっているし*1、妖怪変化の形は人の感情の紆余曲折でどうとでも()る。

 

 気持ちよさそうに眠り、大の字でイビキをかいているのは、招き猫に封じた居候のターボババアだけだ。

 袴の下であぐらをかき、寝ずの番をする星子は己の武器であるバットを抱え直す。そうして部屋の隅の柱に体重を預けた。

 

 本当なら、星子は海坊主の呪いを大人の力でどうにかしてやるつもりだった。それがこのザマだ。

 孫の後先考えないせっかちは一体誰に似たんだか。

 

 眠る子供らの無防備な体を護る役目があるとして、神様に “どうかあの子たちを御守りください” と祈ることしか出来ない彼女の心境は穏やかではない。

 ガキってのは衝動ですぐ車道に飛び出すし、行くなと言った場所に行ってそんで呪われてくる。兎角、すぐ死にに行く生き物だった。

 大人だって太刀打ちできない妖怪の元にガキだけで送り出すのはこれで2度目だ。全くもって冗談じゃない。

 

 普段喫する煙草も持たず、星子はただジッとあぐらをかいて外の音に耳を澄ませ、子供たちの顔を辛抱強く見つめていた。

 

 うっかり呪いに伝染ったバカな孫と、その孫を命懸けで助けようとして星子を頼る、他所様の大事な子供たち。弱りきって、切羽詰まった様子で酷く困っていた海坊主。

 困っている奴は誰だろうと助けてやるのが星子という人間だ。

 だが、青ざめた顔で寝返りを打つ子らを直に助けてやれない事が、彼女の胸を痛めつけていた。

 

「ゔ……んん…」

 

 不意に。

 桃が一際苦しそうに顔を顰め、荒く息を吐いた。

 

「ば…ちゃ…………ばーちゃん…」

 

 静まり返った部屋の中。

 桃が掠れた声で星子を呼ぶ。

 彼女は高熱を出した病人のように、汗で湿った前髪を額に張り付かせ、瞼を震わせながら荒い息を吐いた。

 

「ばーちゃん………たすけて…ばーちゃん」

 

 パジャマの胸元を皺になるまで掴み、眠ったままの桃が弱々しくうわ言を零す。

 

 彼女たちは眠っているが、夢を夢だと自覚し猿夢と戦っている。ただの寝言だと流すには、あまりにも逼迫した息遣いだった。

 星子の目付きは鋭く尖り、口を固く引き結ぶ。

 

「はや…く……たすけに………ゅめの、なか………きて…」

 

 

「ばーちゃん、たすけて」

 

 

「っるせえんだよクソだらあ!!」

 

 ターボババアがブチ切れ、起き上がってぐわりと吠えた。

 

「こっちがいい気分で寝てるって時に、ボソボソ喋ってんじゃねえ! この猿真似野郎があ!!」

 

 

 ───ピタリ、と桃の苦しげな寝息が止んだ。

 

 

「ヴヴヴ、ヴヴヴヴヴ」

 

 獣の唸る声がする。

 

 外の生物が一斉に息を殺した無音の中で、獣の気配が膨れ上がる。

 星子は黙って膝を立て、護符をその指に挟むと膨らんでいく布団を睨みつけた。

 

「うぉーもぉす、ヴぉーもぉおす」

 

 ()()()()で異音を放つそれは、明らかに悪夢から目覚めた桃では無い。

 かけられていた布団が畳に落ちた。

 

「ばーちゃん、ばぁちゃん、ばーちゃん。(もう)ず」

 

 風に揺れる柳のように、人影が異様な体幹でゆらりと布団から起き上がる。

 膨れ上がった腕は不格好に長く、地に垂れ下がり。腕の表面を毛が覆って、それがススキの海のようにザワめく。

 桃に乗り移った “物の怪” が首をダラりと傾けて、眼球ごと真っ黒になった目を見開き、歯茎を剥き出した。嗤っているのだ。

 

 ある種の妖怪や悪霊は、人を呼ぶ時に「申す(もし)」や「おーい」と1度しか呼ぶことができない。

 そして「申す」というのは猿の妖怪に対し(さる)として正体を暴き、追い払う呪文でもあった。

 

「ヒヒヒ、ヒヒ」

 

「申す、申すぅ」

 

 だが猿夢にその呪文が効くことはない。

 使われすぎて、耐性がついてしまったのだ。

 並の妖怪でないことを(おご)るように、猿夢は現れる度にこう口遊ぶ。

 「申す、申す」と。

 

「うるせえ猿だぜえ。安眠妨害しやがって、永眠しとけやボケが」

「ワシの大事な孫を乗っ取るたあよ、ぶっ殺されてぇらしいな」

 

 桃に乗り移った猿夢は目玉をギョロつかせ、やいやい言うババア共を見る。

 そして真っ赤な粘膜に囲われた、ゾッとするほど真っ黒い目が。布団に埋もれ、動かないクリオネを見下ろした。

 

「おっと」

 

 ガキン! と硬質な音が暗い畳の部屋に響く。

 眠る無防備な客人に霊力で変質した巨腕が降る前に、星子のバットがそれを防いだ。

 

「そいつぁワシの客だ。んでお()えは、ワシの孫に手ぇ出したクソ野郎だ!」

 

 “ネッシーの力” と書かれたバットをブンと振り、星子は桃に憑依した猿夢を氣の力で押し返す。

 変化した腕が重いのか、その性根みたいな姿勢を正す気がないのか。背を曲げ、頭だけを起こしたその姿は人ならざる動きをする。

 押し返された猿夢が獣染みた動きで四つ足をつき、畳を切り裂く爪痕が残った。

 

 そしてすぐ傍にある愛羅の寝顔へ、その鋭い爪としなる腕を叩きつけようとして。

 

「ギ!」

 

 霊力で出来た毛皮が、乾いた藁のようにゴウと一気に燃え上がる。

 

「危ねぇな、おい」

 

 猿夢は即座に手を引いて火を消し、畳に釘を突き立てた星子を凄まじい形相で睨みつけた。

 

 綾瀬 星子は、土地の神様の力を借りた結界術を得意とする。

 そしてここは神越市の熊守神社。

 彼女が奉る神の縄張りであり、彼女が最も力を振るえる領域だ。

 

 この十六畳の大広間には至る所に円が書かれ、釘1つでいつでも結界を張れるよう用意されていた。

 だが、暴れれば畳ごと円は欠けて効力をなくし、結界を張りすぎれば子供らの寝床を守る結界は弱まる。正念場だ。

 

「星子、早くあの山猿追っ払え。ドタバタしやがって寝れやしねえ」

 

 星子の肩にせっせとよじ登ったターボババアが宣う。

 

「じゃあここで寝なけりゃよかっただろーがよ」

「出ようとしたら結界で出れやしねえ!! おめえナチュラルに部屋を締め切ってんじゃねぇよ!!」

「お」

 

 てっきり独り寝が寂しいのかと思っていた星子は、スンとした顔で「そりゃすまん」と謝った。まあそういう事もある。

 

 襖の裏には角大師の護符が鈴なりに貼り付けられ、至る所に吊るされたしめ縄と紙垂、四方に飾り立てられた御幣が神の力を宿し壁になっていた。

 例え中で何があろうと、穢れを外部へ出さない構えである。

 

「術師かてめェ」

 

 結界で焦げた猿夢の毛がザワりと逆立つ。

 一回り大きくなった影が、ぬらぬらと目を光らせた。

 

「可愛い孫の口が噛み付いて、ちっちゃな柔い手が背を切り裂くぞぉ。ババアの腐ったワタの布団は嘸かし心地よかろうよ」

 

 桃の面影を残した顔が、耳まで裂けた口でニタニタ笑って賎しめる。

 

「ヘイヘイヘイ。ケツの青い猿がワシに燃やされて顔を真っ赤にしてやがるぜえ。どうした? 口だけでババアに手も足も出ねえかよ」

 

 星子はそれに対して、盛大に煽った。

 

 妖怪には様々な成り立ちの者がいる。

 地縛霊や浮遊霊、守護霊…みな様々な理由で現世に留まり続け、畏怖霊なんかの人の恐怖から生まれる人工的な霊も存在するが。

 

 長年の経験が囁いている。

 猿夢は悪霊だ。

 西枕の話は有名な伝承や噂話ではないのに、猿夢は噂されたその時から残虐な被害を生む都市伝説と成った。

 

 悪霊は人への恨み、辛み、妬みなどのネガティブな感情でできている。

 強力な悪意を振りまく霊ほど感情の波が極端で、生者の言動に──キレやすい。

 

「手垢のついたおんぼろババアが、つけ上がってんじゃねえぞべらぼうめ! バラバラにシて、喰い殺してヤル…!!」

 

 狙い通り、猿夢は更に霊力を纏い殺気を撒き散らした。

 

「誰に憑依するか分からなかったからよお、全員の寝床に(あらかじ)め結界の線を引いといたってわけだぜ。これでお()えは、ワシとタイマンするしかねえ」

 

 霊ってのは大抵が成仏できない可哀想な奴だが、無差別に殺す悪霊はもうダメだ。

 しかも猿夢という奴は生者を愚弄するやり方で殺しにくる。

 だから、力づくで引導を渡してやるしかない。

 

 悪夢のテリトリーから離れた猿夢に邪眼はなく、ただ人を殺すおぞましいだけのデカい猿だ。

 もっとも巨大で俊敏な獣であり、腹減った熊を檻にぶち込んでその檻の中で鉄砲構えてるのと変わりない。

 

 ここで追い詰め過ぎれば、奴はこちらから手を出せない悪夢の中に逃げてしまう。

 生かさず、殺さず。

 猿夢の力を少しでも削ぐために。

 乗っ取られた桃の体で、好き勝手されぬように。

 

「さっさと可愛い孫の体から出ていってもらうぜえ───来な」

 

 星子はバットのグリップを握り直し、片手に護符を構える。

 そして猿夢の黒々とした目を真っ向から見据えながら、挑発的に手招いた。

*1
全くもってそんなことは無い





◎ライムズtips

念話:思考した言語、映像、感情などの思念を同時進行で発信する情報伝達ツール。
しかし異種族において処理の重い映像は脳の防衛本能に拒絶されやすく、ライムズ星人の感情波形は独特かつ繊細のため認識が困難。意識的に受容する必要がある。
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