私は宇宙人   作:蒲鉾三田

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第十二話 分断されました

 

「電車ごっこ、ココで終いにさせたらぁ!!」

 

「ほざけクソアマ!!」

 

 桃の超能力の手を猿夢が拳で打ち落とす。愛羅の髪が拘束しようと伸びれば猿夢は後方へひとっ飛びで躱し、こちらと距離を大きく離した。

 ああっ、逃げられる!

 

 巨大化した電車の中を3mの巨体をした猿がヒラリヒラリと飛び回る。

 吊り革や広告のポールを使い、木から木へ飛び移るように体を振り子に逃げる姿は正しく猿だ。

 

 仇敵を前に視界の共有しかできないのがもどかしくて、不安でゲル体が揺れた。

 かと言って私が火傷したオカルンの元を離れても何もできないどころか邪魔だし、座席に横たわる彼に張り付いているしかない。

 満足に動けぬ私とオカルンは「待てやオラァ!」と血気盛んに追う彼女たちに決着を託すしかなかった。

 なんだってライムズ星人はドンパチ戦えないのか!

 

 宙をスウィングした猿夢が足で逆さに吊り下がる。そしてポケットからアナウンスマイクを引きずり出した。

 

次は切り落とし 切り落としです

「ちょっ」

 

 廊下は迸る熱さを消し、地続きの鉄板は消える。代わりに大量の小猿が荷物棚からワッと一気に降ってきた。

 猿の手元で肉切り包丁や鋭いハサミがギラつき光る。オワーッ!

 オカルンが慌てて足裏を庇って膝を抱え、座席の上を横向きに転がった。元いた場所が刃物だらけの針山になる。

 お客様!! 困ります!! あーっ!! お客様!! お客様はこっちだ猿共!!! 優しくしろや!!

 

「クリオネちゃん、コレで走ったらダメ?」

『はい。ゲル体は脆く、私に被害が出ます。お止め下さい』

 

 座席を高速ハイハイでシャカシャカ逃げるオカルンが、ゲル体に覆われた足をバタつかせた。

 神経焼けてる重傷者は温存してて! 靴じゃないんだから君の脚力じゃゲル体弾け飛ぶし、再生で下手に体力使わせないで! 止めてね!

 

 まずいな、桃たちと引き離されてる。猿夢を追う彼女たちと逃げるオカルンの方向は逆だ。

 オカルンと私じゃ猿に対処できないのも、桃たちへの接続維持で私がヒィヒィしてんのもまずい。視界共有にラグが出そう。

 だぁーっ! コアの疲労が限界すぎる! ワンフレームが命取りって格ゲーで習ったぞ…!!

 

「うっざ! 退けやテメェら!」

 

 桃が襲ってくる小猿を超能力で纏めて掴み取り投げつければ、ぶっ飛んだ猿団子がやって来る猿たちに散弾のようにぶつかり吹き飛ぶ。

 猿夢はそれを見て愉快そうに体を揺らし、手足で掴んだポールと吊り革をガシャガシャ鳴らしてホウホウ汽笛の声を上げた。

 狡賢いと思えばコレだ。遠隔攻撃持ちのくせして戦場に留まるとか、まさか頭まで猿なのか…?

 

「私がお接近してカチ込むわ! それまで精々耐えなさい、綾瀬 モモ!」

 

 ジリ貧の現状に、愛羅が勝負に出た。

 彼女はスピンの勢いで猿たちを弾き飛ばし、そのまま吊り革へ髪を伸ばすと猿のいる通路から身軽に飛び上がる。

 そして危険な通路を窓から駆け抜け、猿夢へ果敢に挑みかかった。

 

 猿夢の火傷した右側を狙い、火傷を庇う猿夢の大振りな腕の振り回しを愛羅はアクロバティックに躱す。

 相手が身軽な猿だろうと愛羅の髪は伸縮自在、隙をついて吊り革ごと猿夢の手を縛り上げた。

 手が離れず宙吊りになった猿夢はギョッとして目を見開き、瞬く間に雁字搦めになった。でかした愛羅ぁ!!

 

「ギギ…!」

「どう? 私のお活躍。ご覧なさい、捕まえたわよ!」

 

 愛羅が包丁を掲げた小猿を蹴飛ばし、吊り革へ空中フープのように優雅に腰掛け高らかに言った。

 それに対しさっきまで「やるじゃん!」とはしゃいでいた桃が、愛羅の渾身のドヤ顔に「こいつもうぜぇ〜」と白目を向く。

 はいそこ気を抜かないよー! 帰るまでが遠足で生きて帰るまでが戦いだよー!

 

 小猿にでも解放されたら溜まったもんじゃない。このサンドバッグ状態で何ができるか知らないが兎にも角にも今殺ろう、すぐ殺ろう。

 そう思い念話を入れる前に。猿夢の口が「がぱ」と顎が外れたかのように、開いた。

 

 

 ────ブシュウ

 

 

「何事!?」

 

 猿夢の体が急速に萎み、空気の漏れる音が響く。

 

 膨れ上がった気味の悪い目玉が内側にぽとりと落ちて、真っ黒な眼窩がぽっかりと空いた。

 醜悪なその顔にクシュクシュと皺が増え、身体中の皮膚が溶けるように垂れ下がる。

 愛羅の縛り上げた髪から、べチャリと猿夢の()()が床に零れた。

 

 折り重なった毛皮の空洞から(オーラ)が鋭く宙を飛ぶ。

 

「ギッ!」

 

 禍々しい炎は通路にいた小猿の目に突き刺さり、小猿が目を抑え不自然に痙攣した。

 

 顔の穴という穴から泥のような液を垂れ流し、喉がカッ、カッ、と音を出す。

 そうして嫌な音を立て、ぶくぶくと体が大きく膨らんだ。

 バルーンアートの風船か、チューブマンに空気を通した時のように。手足があらぬ方向にびちびちと暴れる。

 

 顔の泥が床に飛び、桃が足を引いた。

 

 小刻みに痙攣していた指がピタリと止まる。

 声にならない断末魔の口が、ニタリと醜悪に変わる。

 小猿から大猿へグロテスクに変貌を遂げた猿夢が、()()()()()右腕をコキリと鳴らした。

 

 炎が飛んで変身を終えるまで、改札でピッとやって通り過ぎるナチュラルな早さだった。やられた…っ!

 奴は五体満足でニマニマ嗤い、霊力で纏った制服の折れた襟を指で弾く。

 

「次は…どうしますかぁ?」

『Holy Sxxt』

 

 あの野郎、体を乗り換えて全回復しやがった!!

 

「なんてこと! お姉様と戦った傷まで治されてる!!」

 

 小猿がアブラムシのようにワラワラとポールを登るのを見た愛羅が髪で吊り革を掴み、猿夢と同じ方法で宙を舞い逃げる。

 

「おいざけんな!! 全回復とかズルだろうが!! うっ!」

「モモちゃん!」

 

 襲ってきた小猿を桃が超能力で追い散らすも、その隙を狙った別の小猿が刃物で襲いかかる。すぐに超能力で引き剥がせたが、傷を負いじわりと血に濡れた肩を桃は抑えた。

 それを見たオカルンが焦って声を上げる。

 

 だがこっちもそれどころじゃない。

 四つん這いで犬のように転がったり、獅子舞みたく歯のマスクで応戦したり、ナイフを猿の手ごと噛んで振り回したりとまあ何ともブサイクに足掻く彼と、付属品の私が捕まるのは時間の問題だが。チクタク迫るタイムリミットはそこじゃない。

 

 手負いの猿夢が逃げなかったのは小猿を使い、回復するためだった。小猿をいくら倒したところで元凶たる猿夢に逃走されれば詰みだ。

 猿夢は先頭車両へ向かう足を潰し、回復を終えた。もう奴はここに残る必要などない。手の届かぬ先頭車両に逃げ、後は悠々とアナウンスすればいい。

 

 トンネルの紫の灯りに照らされ、大猿は悪夢の黒い影のように聳え立っている。

 天井の遠くなった車内は薄暗がりを広げて、過ぎ去り、また現れ去る紫の灯りが影の形をボヤけさせる。

 猿夢は今に消えるだろう。

 

 どうする、どうする。

 どうすればいい?

 

 揺れる影が、猿夢の輪郭を消し去る様を幻視する。そうなれば小猿共が車両に山と押し寄せ私たちは数と暴力に為す術もなく屈する。残虐に弄ばれ──死ぬ。

 レールの隙間に揺れる電車と、流れる灯りの等間隔さが私を苛む。答えを催促するタイムリミットの秒針の様に私を急かす。

 

 オカルンの本気、それさえあれば今ここで猿夢を足止め、いや小猿がいる。

 憑依され回復、即死を狙う必要。

 憑依先の欠損、再生にも限りは。

 

 奴の逃走手段、離脱阻止できるか。

 敵の分断、補給断絶、孤立を。

 味方の消耗が、損害、対抗にも、火力。

 時間、情報不足、戦力、念の限界。

 足りない、足りない、何もかも足りない!!

 

 疲労で念視が乱れ、視界が眩む。

 刺すように痛むコア(脳みそ)に阻害され、私の思考はから回った。

 

 

 ───どう、すれば?

 

 

 通路の床がドンと沈む。

 次の瞬間、口を広げた猿夢が桃に迫っていた。

 

「どわぁああ!!」

 

 桃は超能力で跳び箱のように猿夢を避け、小猿に囲まれた周囲を焦ったように見回す。

 

「ヒャオ!!」

「あ゙っ!!」

 

 そこへ猿夢が長い腕を振り回して飛び込み、悲鳴を上げる小猿ごと桃を吹き飛ばした。敵味方問わず紙クズのように空を飛ぶ。

 バリアを張りながらも座席を跳ね飛び、体を打ち付けた衝撃に桃が怯む。

 

「ぐ…っ、こいつ…! 見境なしかよ…!!」

「バカ! さっさとお逃げなさい!!」

 

「ヒヒヒヒヒ! そォら!!」

 

 猿夢の横薙ぎの張り手が凄まじい音を立てた。

 

 窓ガラスと座席の手すりが破壊され、ガラスの破片とパイプが床に散らばる。

 桃がまた吹き飛ばされ、バリアに罅が走った。

 猿夢が振り抜いた勢いそのままくるりと胴を回し、叩き付けるように拳で殴り抜こうとして──愛羅の髪が寸前で桃を宙に引き抜く。

 

 ……逃げ、ない?

 

「ほんと、鈍臭いわね!! おすっとろいったらないわ!」

「はぁ、はぁ…! 腕いっ…たぁ!! あいつ馬鹿力すぎだろ!」

「萎えるぜ…」

 

 宙ぶらりんの桃が腕を抑えながらキレた。同じく宙に回収されたオカルンが鬱々と肩を落とす。

 

 宙吊りの子供たちを見る猿夢の目は悍ましいほどぬらぬら輝いていて、黄色い乱杭歯の上を真っ赤な舌が厭らしくズルりと横切った。

 

 …………戦闘意欲が、大有りですね?

 

 自分でブチ殺す気満々なのは、明らかこちらを舐め散らかしたべろんべろんの舐めプでしかない。あ、そうなの? 煽り全一なの?

 上等だコラ、こちとらもう死にそうなんだ。侮ってくれてマジ助かる〜! 趣味悪いね! デレてんの? 存分に舐めプして♡

 

『チャンスです。猿夢は我々を嬲ろうとしている』

「それのどこがチャンスだぁ!?」

 

 バカタレ静かにしろ!

 

 猿夢の巨体が宙を飛ぶ。

 吊り革を経由したその動きは遠心力を伴って、素早い移動を可能にする。

 だが機敏な小回りは愛羅の方が上だ。

 

「ア゙ァ゙ッ!? ちょこまかとぉ…!」

「アナウンスもお厄介なのに、アタックまでお強引。それじゃあ誰もお振り向きませんことよ」

 

「てかマジでアナウンス何とかしないと! 回復も猿もキリないって!」

 

 互いに吊り革を使った空中戦。猿夢の腕を愛羅は髪を伸び縮みさせて潜り抜け、蹴りをオカルンが腹筋の動きで体を大きく揺らして躱す。

 私たちがやるべきは「逃がさない」「アナウンスさせない」「長引かせない」だ。これ以上はもう念も身も持たない。これが最大、最後のチャンス。

 

「ちょ、ぉぎゃあ! カスってるカスってる!」

「うるっさいわね、猿みたいにキーキー言わないで頂戴!」

「ムキャー!!」

 

 髪の先端に吊るされた桃とオカルンは回転ブランコみたいにグルングルン揺れている。

 手足が短い小猿はこの空中移動の速度に遠くへ置き去りにされたが、猿夢がアナウンスマイクに手をかけた。

 

「させないわよ!」

「テメエは放送し過ぎだっつーの!」

 

 愛羅の髪が、桃の超能力が猿夢の腕を掴んだ。

 瞬間。

 

 

「捕まエた」

 

 

 猿夢の手が髪をむんずと掴み返す。

 これは、罠だ。

 

「いっ…!!」

 

 そのまま奴は着地し、怪力に引っ張られた髪がブチブチと何本も千切れた。

 吊り革と猿夢の間で愛羅の髪が綱引きのようにピンと張り、宙ぶらりんになった愛羅が苦痛に頭を抑える。

 

 焦り過ぎていたことは分かっていて、だけどもうマトモに考えられる状態じゃなかった。コアが茹だる熱を持つ中で私は必死に状況を読み取り打開策を探す。マイクはダメだ──次!

 

『口です、口を塞いで』

「ええ…! 分かってる!」

 

 奴の行動は放送が肝。猿轡、ええいとにかく黙らせろ!!

 

「おいクソザルこらあ! 女の髪引っ張ってんじゃねーよハゲェ!!」

「だっ、ハゲてねえだろがブスが!!」

「ヤカン頭のハゲチャビンが!! 離せってんだ!」

「どこ見てンだドブスが! どう見ても全身フサフサだろが!!」

 

 猿夢のアナウンスマイクを握る手と桃の超能力がもみくちゃになって、それでも猿夢の力が勝る。

 力任せにグイグイ距離を離され、今度は桃が愛羅と猿夢の間で宙ぶらりんになった。

 

 くそっ、掴まれたせいで独壇場に持ち込まれてる。怪力相手に可動域の広い部位を掴むだなんて、私も子供たちも戦闘経験不足でリスク管理ができていない。

 そうだ、歯を割るか舌をひっこ抜けばよかったんだ。発声を阻害し猿夢は器を移動せざるを得ず憑依も多少分析できた。ああ最初に思いついてれば!

 

「やば、これ以上伸びないんですけど! いででで、めっちゃ引っ張られてる!!」

「ちょっと! ちゃんと抑えなさいよ…っ!」

「アイラちゃん! ジブン、()()使うぜ。引き上げて」

 

「はぁ!? その足で走れんの!?」

「このままじゃアナウンスされる、ならジブンが髪の上を走るしかねえ!」

「そうじゃん、今日やったばっかだわ! この髪が()になれば、猿夢をぶっ飛ばせる! オカルン、手伸ばして!」

 

 桃が精一杯に手を差し出し、オカルンも限界まで指先を伸ばす。

 

「くぅっ、このゲロクソおゴリラ…! もう、抑えきれない…ッ!!」

 

 愛羅が奴の口を塞ごうと髪を伸ばし続けるも、猿夢はその分だけ距離を離していく。髪の先が首に巻きつき絞めあげてもいたが、彼女の最大の弱点は───パワー不足だ。

 

 首を絞められ血管と筋の浮いた分厚い喉が、それでもなお淀みなく動いた。

 

お客サマにお願いいたしまぁす 吊り革にぶら下がる行為は他のお客サマのご迷惑となりますので 直ちにおやめ下さぁい

 

 バツン

 

「なっ」「うおっ」

 

 頭の上で巨大ハサミが口を閉ざした。

 吊り革の上に現れた小猿が髪を断ち切り。力の拮抗は崩れた。

 限界まで伸ばしていたゴムが切れるように、吊り革にしがみつく髪を断ち切られた愛羅が猿夢の元に吹き飛ぶ。

 猿夢の拳が唸りをあげた。

 

 交通事故みたいな音がして愛羅の仮面が砕けた瞬間、オカルンと桃の体に巻きついていた髪が力なく紐解けた。

 私たちは床に投げ出され転がり、愛羅は吊り下げられた電車広告を巻き込みながら吹き飛ぶ。

 

 もうゲル体を動かす余力もなく、私はただオカルンの太ももに吸盤みたく張り付いていた。苦痛に気を失ってないのはこの悪夢で死んでないからでしかない。

 念もコアも絞りカスのズタボロだ。視界は色を失い、古いモノクロテレビの様にザラついて、子供たちへの接続も霞のように不安定。

 でも、でもまだだ。せめて、最期まで───。

 

「お前が、ガキの目に拘らっとンな?」

 

 猿夢の黒い目玉がぎょろりと私を捉えた。

 恐怖で動揺し、コアが波打つ。

 

お客サマ 乗務員の指示に従い別の車両へご移動くださぁい

 

 落下した私とオカルン目掛け猿夢が四肢をつき、アクセル全開のナックルウォークで突っ込んで来る。まっっっずい。

 桃には小猿が降り注いでるしオカルンも私も、急には動けない。

 

 

 あ、詰んだ。

 

 

「ヒイャハハハーッ!!」

 

 轢き殺される恐怖に身を固めていれば、オカルンの手が咄嗟に私のコアを掬い上げ胸に庇った。

 

 猿夢の振り上げられた拳がオカルンに直撃する。

 くの字に折れ曲がった体が車両間の扉へと勢いよく飛ばされ、勝手に開いた扉を抜ける。

 別の車両に殴り飛ばされ、私たちはそうして分断された。

 

 

 

 何度も地面をバウンドしながら転がり、暫くしてようやく衝撃は止まった。

 

 止まる頃にはあまりのダメージに念の共有どころか知覚全てがシャットアウトだ。

 私にお尻があるなら8つに割れてる、てか割れた、体ごと逝った…。か弱い生物になんて扱いしてくれるんだ。

 激痛で念の制御が効かず、一番に影響を受けるゲル体がピクピク痙攣していた。

 

 衝撃でコアが裂けたせいでバカ痛すぎる。コアがゲル体の外に出なかったおかげで、辛うじて瀕死の状態だが。外界が何も確認できない、それどころじゃない。

 い…っった………マジでし…死ぬ……もう本当に、ダメかもしれない。痛い、辛い、長男じゃないから耐えられない。だって私に性別ないし…何徹目に突入してると思ってんだ…休み返上で頑張ってんだぞこちとら。睡眠不足は長男でも死ぬでしょ、…? じゃあ、私の方が強いってこと…?

 

 じゃなくて。

 脳みその役割もするコアが割れたもんだから、周りも分からないのに支離滅裂な現実逃避が捗ってしまった。これが今際の際に考えてたこととか嫌だぞ、すぐに、現状確認をしないと…。

 無理やりゲル体を動かし、コア同士をくっつけながらゆっくりと回復していく。腹から飛び出た内臓と血液を押し戻して自力で縫ってる気分だ…つまり最悪の気分。

 

 じわじわ広げた念で朧気に捉えた視覚に、私を胸に抱え、床の上で血に噎せるオカルンの姿が映った。うわそうだった、オカルンくん大丈夫か!?

 あの威力の拳から逃げるでもなく私を庇い、まともに攻撃を受けた彼は人間の姿に戻っていた。変身が解けるほどのダメージだったんだろう。

 

 彼が受け身も取らず、手でコア()を囲ってくれたから飛び散らずに済んだわけで。そうでなきゃ今ごろ悪趣味電車の壁の染みコレクションが増えてるところだった。

 あの一瞬で自分のこと顧みずに私を守ってくれたのか…オカルンくん、キミちょっとイケメン過ぎ。オタクくんの癖にクレバーに胸に抱きすぎだろ、そりゃあの一軍女子たちが取り合いするワケだ。

 

「生きてますか……クリオネさん……」

 

 念聴の機能を復活させれば、薄目を開けたオカルンが胸元にいる私の生存確認をしてくれていた。

 私は彼の手の中で、返事の代わりに触角を僅かに揺らす。

 だいじょーぶ、だいじょーぶ…まだ舞える。即死してなきゃ生きてるよ。キミのおかげだ、ありがとね。

 

 彼の手に収まらなかったゲル体の大半はロストしたが、ライムズ星人は脆いとはいえ結構しぶとい。

 問題は再生する前に追い討ちされることなんだけど。

 

次は八つ裂きぃ 八つ裂きで───

 

 視認外のエリアに小猿が次々と周りの床に着地する音がして、オカルンが険しい顔で身構える。

 そんな中、ブツリ、とアナウンスが途切れた。

 桃か愛羅が猿夢に何かしたな!? これ以上の追撃がないというのは本当に助かる…!

 

「アナウンスだ、猿が来てます! ──クリオネちゃん、見えるようにして!!」

『…は、い』

 

 オカルンはマスクの残骸を身にまとい、どうにか変身した。そんな彼の体へ弱りきった念を這わせ、どうにか視界を繋ぎ直す。

 暗闇の中に、カウボーイのように縄を振り回す小猿たちがぼんやりと浮かび上がった。

 

「見える範囲が狭くて暗いけど、クリオネちゃん大丈夫!?」

『… NO 』

 

「だいじょばない、それはマズイぜえ」

 

 ごめん。本当は、生きてるだけで精一杯。

 視界は半径2mにも満たない上に、色覚を捨てたモノクロの、頼りない輪郭で視認する世界。これが彼の命綱になる。

 正直、今からどう足掻くの? なんてことを考えるだけで…心が、折れそうだ。

 

 私が引き離された桃たちに視界はなく、目を開ければたちまち猿夢の邪眼の餌食になる。

 だがこのまま元の車両に戻ったとて勝機もない。私はコアが消耗し、もはや密着しないと念を送れないほど疲弊してしまっているからだ。

 

 合流できたとしても絶望的な状況──いや、待て。

 

 コアのリソース(体力)を回復させる手段なら…まだ、ある。

 私は車内に散らばる同胞たちの骸を視た。

 

『……』

 

 私たちライムズ星人は死んだ際、思考力や全ての知覚を失ってでも記憶の保持にリソースを優先する。コアの回収が間に合わなければ消失してしまうが。

 ここはどうだ? 残ったままだ。

 

 コアのリソースを残したまま、この半端な状態で時が止められているのならば。大量に吸収すれば回復量が微々たるものだろうとあるのではないか? いや、ある。

 極僅かに残った(オーラ)が、灯火が、私には視えている。

 

 同胞が死の間際に残した記憶、生きた証。

 それらを無視してコアを食い漁るなどライムズ星人としてあるまじき行為だ。だが、今は、少しでもリソースが欲しい。解析を諦め、死者の記憶をドブに(なげう)つ決断が必要だった。

 

「クリオネちゃん! 早くモモちゃんたちのとこに戻らねえと!!」

 

 オカルンが首に飛んできた小猿の投げ縄に噛みつき、逆に振り回してロープで拘束されるのを防ぐ。

 

『その前に、オカルン。やるべきことがあります。無茶を頼んでも…宜しいですか』

「無茶ぐらいいくらでもするぜえ! ちょっと危ないからここに入っててね」

 

 か細い念話を返せば、オカルンが手のひらサイズになった私をポケットにぎゅむと詰め込んだ。

 私はコンパクトに体を収縮させ、なけなしの防御の姿勢を取る。

 オカルンは足裏の違和感を感じてか手を床につき、重心を分散させながら言った。

 

「星子ちゃんが夢の中で怪我しても死ななきゃ大丈夫にしてくれてる。だったらよぉ、夢の中でどんな怪我してもよぉ。猿夢を倒せば済むってことだぜえ」

『頼もしい、限りです。勝算がおありですか』

 

「モモちゃんがいれば、あの猿夢もどうにかできる!」

 

 念臭で嗅ぎとるまでもなく、オカルンの声から桃への確かな強い信頼を感じた。

 逆転の目があることを確信した声色だった。

 閉じた瞼のその下で暗闇をひたと見つめ向き合う彼はきっと、恐ろしいほど美しく、真っ直ぐな目をしているのだろう。

 

 まだこの子たちが諦めていないのに、この子たちに頼んだ私が、命の限り戦わずしてどうするというのか。

 そも、こんなにも弱りきっている私が念視を繋げるのは。ひとえに彼らが私に対し、全幅の信頼を置いているからに他ならない。

 ほんの少しでも拒絶されれば視界ジャックなんて弾かれるものなのだ。それを思うとなんだか泣きそうになる。

 絶望に傾いていた私の心が持ち直す。

 

 さぁて。このクソ緊急事態とはいえ記憶の相続ではなく、回復目的で他者のコアを大量に吸収したなどと旧世代を筆頭に知られるとまずい。追放(死刑)ものの、死者への冒涜行為だからだ。

 睡眠中に本来なら夢を見ないライムズ星人に、夢だからという言い訳は通じないだろう──が。

 

 あいにく私は記憶を抽出し、余計な記憶を消せるからなぁ! アーッハッハ!!

 私はコアの容量の問題で度外視していた作戦を組み立て直し、コアを震わせながらほくそ笑んだ。

 桃と愛羅がどれだけ猿夢相手に持ち堪えられるか分からない。怪我をしたオカルンには酷だが、本人が無茶をするというのだからもうひとっ走り頼まれてもらおうではないか。

 

 種の異端者であり革命的と名高い私を舐めるなよ!!

 最終的に…勝てばよかろうなのだァ!!

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