私は宇宙人   作:蒲鉾三田

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文字数の関係上、分割しました。
後編です。


第十三話+ 悪夢の終わり

 

 災厄として世を席巻するその前に術師に封じられ、(とざ)された環状線を無限にも思える程ぐるぐる走り続けた猿夢にとって、珍妙な客が現れたのは物怪(もっけ)の幸いであった。

 

 透けた体に足は一つ。

 指の溶けた手に目鼻立ちの無いのっぺらぼう。

 化生の見目ながら現世の衆生であり、そして何より()()()()()()

 畜生だろうと(さえず)る叫びは皆同じ。だが呪いを周囲に口伝てるには言葉を使う必要がある。

 

 猿夢は大いに喜んだ。

 客の来ぬ退屈な夢に缶詰だった猿夢はもう外に出られた気になって、生命の息衝く現世へ再び顕現し、血に塗れて殺し回る甘美な日々を夢想した。

 

 だが上手くいかなかった。

 

 猿夢は呪いが他所へ伝染るまで雌伏の時を経た暁に、封じ込められた鬱憤を存分に晴らそうとした。

 

 しかし、外には出られなかったのだ。

 

 目玉のないのっぺらぼうには邪眼が通らなかった。

 現への帰路を潰された猿夢は怒り狂った。

 だが封じられた猿夢に出来ることはなく、せめて人間に呪いが伝染ればと、また待った。

 だが来る日も来る日も、夢に湧くのは透明なのっぺらぼう。その上、眠れば死ぬと勘づいて、夢に湧くのは皆限界を迎えた死にかけばかり。

 

 食うにもやたら冷たく歯に障るし、瀕死のザマでは美味くもない。

 苦痛に歪む顔もなければ血も涙もなく、悲鳴の音に個性もない。

 無い無い尽しで数だけあって、あまりに面白味がなかった。

 死ぬまでつつき回してやって、こちらから覗き込むでもなく頭の中で勝手に懇願し、喚き、怨念を直に叩き付けてくる連中で存分に遊んだ。

 度を越した猟奇的な加虐が、猿夢を慰めた。

 

 だがやはり、人恋しさには敵わない。

 現世を漫ろ歩き、人に慣れた檻の畜生共をくびり殺して早贄にし、屍を晒して回るのはさぞや楽しかろう。

 

 

「申すか、申さぬか?」

 

「不安と恐怖が芽生えておるなァ。分かる、分かるぞオ」

 

 

 だからこの機を待っていた。

 ずぅっと、人が入り込むのを待っていたのだ。

 

 ねっとりと糸引く声に反し、猿夢から立ち上る(オーラ)は火達磨が燃え盛るが如く、黒い体毛はゴウゴウと猛り狂う。

 

 もう我慢ならなかった。

 閉じた箱の中、外ばかり動く箱の中。

 

 在り続ける事にぢっと耐え忍び、この気が狂いそうな箱の中で変化を待ったのだ。

 恐ろしくなるほど、気が遠くなるほど時ばかりが過ぎて。猿夢はもうとっくに待ちくたびれていた。

 

 

「そっちに猿夢行ったぞ!!」

「もう! 見えないのに来るんじゃないわよ!!」

 

 車両端で桃が小猿相手にパイプを振り回す。

 愛羅は荷物棚を小猿に追われ走り、疲労と焦燥の滲む声で文句を言った。

 

 猿夢が猛然と迫り来る。

 四肢をつき、猿特有の四足歩行で通路を行く猿夢は度肝を抜かれるほど速い。

 

 荷物棚を走る愛羅に馬より重いその体を巧みに使ってあっという間に追いつくと、小猿と挟み撃ちにすべく愛羅を抜かして先回った。

 猿夢が乗り上げた音と振動が、ガァン! と荷物棚を揺らす。

 

 顔に風を感じた時には、長い腕が眼前に迫っていた。

 髪の盾は中途半端に形成される途中で破られ、吹き飛んだ体が矢の様に床へ叩きつけられる。

 それを追って飛び降りた猿夢は、動けぬ愛羅の腹へ頭上から組んだ両の手を振り下ろした。

 

 割れた仮面が、口から零れた血が宙を舞う。

 

「アイラ!!」

「こ、の…ッ!」

 

 負けん気の強い愛羅が痛みに耐え、反撃しようと髪を動かす──前に、拳が落ちた。

 顎を覆う僅かな破片を残し、仮面が散乱する。

 

 小猿が手を叩き、刃物を打ち鳴らして囃し立てた。

 床がへこむほどの硬い拳が情け容赦なく降り注ぎ、拳と床に挟まれ暴力の雨に晒された愛羅が「あ゙あ゙っ!」と苦悶の悲鳴を上げる。

 

 血反吐を吐き、皮膚は擦れ、痛みで力は入らない。

 そのぐたりとした頭と足が掴まれ、持ち上げられた。

 猿夢は唇が捲れるほど呵々と笑い、真っ赤な歯茎を剥き出す。

 

「頑丈だなぁ、良いこった。こんだけ()()()に溢れた活きの良さだ、骨を粉々にして踊り食いでもするか? んん? ヒーッヒッヒッヒ!!」

「やめろテメェ! アイラ、しっかりしろ!! こっちもこっちでヤバいんだっ───」

 

 桃は腕に違和感を感じ、逸れた意識をハッと戻そうとして。

 

「がっ!!」

 

 桃の眉間に小猿の頭がぶつかった。

 ついでに背にした扉にガツンと後頭部をぶつけ、目の奥に星が散る。

 やられた…!

 こっちが持ってたポール踏んで、飛びやがった。バッタかよ。

 

 気づけば床に押し倒され、手足を猿に押さえつけられていた。

 向こうでは愛羅が抵抗しようと、猿夢のビクともしない指に爪を立てもがいている。

 

 小猿がパジャマを引き裂いて、剥き出しになった腹に乗り上げた。

 ギラつく鋭い刃が突き付けられて、薄く切れた皮膚から血が流れる。抵抗しようにも周りは猿に囲まれ、動けばきっと滅多刺しにされるだろう。

 

 ああ上等だ。やってやる。

 押さえられてる手足の骨が今にも折れそうに軋んで、頭を打ったせいでろくに集中もできない。

 だがもう意地だ。あのいけ好かない女だろうが、巻き込んで死なれちゃ寝覚めが悪すぎんだよ!!

 

 桃は瞼の下でそこら中に視線を巡らせた。

 諦める気なんてサラサラない、まな板の鯉にされてたまるか!

 そうだ、猿夢を外に放り出せば───。

 桃は、暗闇の中で目を見張った。

 

 

「あ?」

 

 

 どういうことだ。

 猿夢は桃の方を見遣り、訝しんだ。

 急に、あの女の恐怖が消えた。

 

 猿夢は悪夢に巣食い、更なる悪夢を生むため恐怖を見抜く。

 その力が違和感を訴えた。

 見れば、今にも腹を捌かれようという寸前で、勝ち誇った笑みを浮かべる女の顔がそこにある。

 

「電車ごっこするんだったら、客に優しくした方が良かったなぁ。お猿さんよお」

「なんだァ? テメェ……」

 

 警戒を帯びた猿夢の声色に小猿がピタリと笑うのを止め、一斉に刃物を桃へ向けた。

 だが桃は止まらない。

 

「確かに車両の数も死んだ奴の数もパネェ」

 

「だがテメエはよ、それだけの怨みを買ったんだぜ」

 

 腹に乗った小猿がハサミを振り上げるのを桃が超能力で掴み上げ、止める。

 周囲の群れが刃物を振りかざし桃へ襲いかかろうとして──耳障りな悲鳴が上がった。

 

「なんだァ!?」

 

 幾つもの刃物が床に音を立てて騒々しく落ちる。

 小猿たちが手を抑え悲鳴を上げた。

 その手には指がなく、猿たちの毛皮の上で何かがずるりと動く。

 

「この電車に乗った客はみんなテメエの敵になる。(もてあそ)んだ数だけなぁ!!」

 

『はい。命の重みに触れる()い機会です。是非学んでください』

 

 

『 “娑浮(サハー)” 』

 

 

 車体が大きく軋み、天井に歪な()が空いた。

 

 大量の液体がナイルの滝のようになだれ込む。

 天井付近にいた小猿が激しい水流に巻き込まれ、沈んだ。

 大質量の液体が桃を、愛羅を、猿夢を見境なく激流の中に飲み込み、猿夢の手から愛羅を引き剥がす。

 

 桃と愛羅は水の流れにぐいと背を押されて、座席に打ち上げられた。

 凍えるような水から出た2人は「ぷは!」と息を吸い、座席に倒れ伏す。

 

「生きてた…! よかったぁ…!!」

「うお、やば。天井ガッツリ()()()んじゃん。このゼリー、まさか全部クリオネか!?」

「その、まさかだぜぇ」

「高倉様!」

 

 桃が目を開け天井を仰げば、上から降ってきた声に愛羅の顔はパッと華やぐ。

 穴の空いた屋根上からは、オカルンが顔を覗かせていた。

 

 

 

「回復できるなら、最初から集めとけばよかったね」

 

 猿夢に叩き込まれた車両。

 小猿を蹴散らしたオカルンは、床に這いつくばりコアを手当り次第かき集めながら言った。

 クリオネ星人はこの電車に乗る前から猿夢に呪われ、不眠不休を強いられて死にかけていたのだ。

 もっと早く話してくれれば本人も助かったろうに。そういう、彼の何気ない気遣いだった。

 

『その判断は致しかねます』

 

 ポケットの中のクリオネ星人はそれに弱々しく応えた。

 

『コアの吸収。これは本来、記憶を引き継ぐ為の行為です』

 

 オカルンがポケットに集めたコアを押し込めば、狭い空間ですし詰めになったクリオネ星人がもぞりと動く。

 届く言葉はハキハキしていても、手のひらに収まるほど体を失ったせいか電波が悪くて音が飛ぶような、ボリュームが絞られたようなか細い声だった。

 弱々しく発光体が明滅する。

 

『回復のための吸収。これは我々にとっての重罪となります』

「それって──」

 

 一瞬、オカルンは言葉を失った。

 

「ヤバイんじゃないの」

『はい。ヤバイです』

 

 語彙力の消えた言葉に、打てば響く声は淡々と肯定を返す。

 

 重罪ってどのくらいの罪になるんだろう。

 オカルンは想像した。

 クリオネ星人の刑罰がどんなものかは分からない。だが重罪と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは「死刑」だった。

 

 クリオネの姿をした裁判官が無慈悲に判決を下す光景が頭を過ぎる。

 減刑の余地とかないんだろうか。でもこれだけ母星の為に頑張っている本人が()()()と言い切るからには、星に無事帰れても───。

 

「いいの?」

『はい。いいえ』

 

 咄嗟にそう訊ねたオカルンに、相反する言葉でクリオネ星人は答えた。

 おかしな、矛盾したアンサー。その理由に気づき、彼は言葉に詰まった。

 

 覚悟していても、怖いんだ。

 星の皆の為に1人地球にやって来て死ねる覚悟を持つ人が、母星で皆に嫌悪されるような罪を背負う。きっと大切な仲間にすら白い目で見られ、疎まれるような重い罪を。

 物を投げられ、居場所すらなく、存在を認められない。

 

 そんな孤独を、彼は痛いほど知っている。

 それが途方もなく苦しく、辛いということも。

 

 オカルンはこの瞬間、この世から消えたくなった。変身する度に腹の内に巣食う無力感が超スピードで加速する。

 罪になる行為なんてやりたくないに決まってるだろ。そんなことも察せないでだから人間に虐められるし友達もいないんだよ。クリオネちゃんに頼られて思い上がってた、こんな自分じゃ宇宙人にだって嫌われる。ああ──鬱だ。

 

 オカルンは床とかを虚無に見つめ、泥の気分でぐんにゃり萎えた。

 

『しかし私が死ねば、全てが終わる』

 

 どんよりしていた彼は瞬きした。

 世界が切り替わる。

 

 そうだ。ここで足を止めていたら桃ちゃんは。

 彼女の顔が脳裏に浮かぶ。

 萎えてる場合なんかじゃない。それに、クリオネちゃんが今頼りにできるのは、自分だけだ。

 コアを手に取り渡せば、小さな宇宙人がポケットの中でソッと抱え、躊躇なく飲み込んだ。

 

 強いなぁ、と思った。

 桃ちゃんも、愛羅ちゃんも。

 皆、心も体も強くて。

 自分はただ──不器用に走ることしかできない。

 

『同胞の死を無駄にはできません』

 

『…あなた方の助力も』

 

 だから、彼は走ったのだ。

 

 

 

「散らばってる仲間の体を集めてくれって頼まれたからよぉ、()()()かき集めてきた」

 

「急いでって、足は!?」

「ジブン、走るしか能がないからよぉ」

「なんて無茶を…!」

 

 オカルンは穴の空いた屋根上で、腹這いのまま親指を立てた。

 強がりだ。顔は白を通り越した土気色で、トンネルの灯りに照らされる逆走した血の足跡が彼の無茶を物語る。

 しかし彼はやり遂げた顔をしていた。

 

「なんだ、なんだ、なんなんだコレは!!」

 

 無数の小猿が激流に流されもがく。

 滅茶苦茶になった電車の中で流れに逆らい踏ん張る猿夢は、怒りで口角を戦慄かせながら吼えた。

 

『心より嬉しく思います。あなたの成した多くの事が実を結びましたね』

 

 仲間の残骸を取り込んだクリオネ星人は、今や巨大な水の塊が意志を持ち動いているかのようだった。

 荒く波打つ水面が渦巻き、溺れる小猿を内包した固形へ姿を変える。

 

 猿夢の背すら超えたなだらかなシルエットが、もったりと触角を揺らした。

 クリオネ星人は下半身を床に浸け、ヒレを車両の両壁に預けて固定する。半透明な体に浮かぶ巨大なコアが青く発光した。

 

『これ程まで多くの同胞とひとつになるのは初めての経験です』

 

 トンネルの薄ボンヤリとした紫灯りを凌駕して、鮮烈な青の色がこの場に溢れ()でる。

 

『あなたのおかげでここまで大きくなれました。ですので、我々にしたことの責任を取っていただきましょう』

 

「シャビシャビのトコロテンが…ナマ言ってんじゃねえぞ!!!」

 

 不安定な足場が消え、猿夢が血気盛んに吼え猛る。

 猿夢が今にも襲いかかろうとしたその時、クリオネ星人はポツリと静かに波紋を生んだ。

 

『 “逝消(ゆきげ)” 』

 

 小猿の輪郭がぐにゃりと曲がる。

 まるで実験水槽を眺めているように、ゴボゴボと激しく泡が立つ。肉がひしゃげ、骨が消える。黒く炭化し小さくなって、渦中に溶かされていく。

 

「消化してやがる…天井に風穴開けやがったのもコレか! 七面倒臭ぇ…!!」

 

 猿夢はぶらぶらと手を揺らし、青く光るコアを忌々しげに()めつけた。

 

『本来なら消化液と言えますが、感染対策に消化はしません。ですので運用上、正しくは溶解液ですね。 Butcher(虐殺者)、あなた方とひとつは御免蒙(ごめんこうむ)る』

「怪体なこと言うじゃねぇか。なァ? 最後にゃみィんなこの腹に収まるってのによ」

 

 桃の目の前で巨影が2つ対峙する。

 過ぎ行くトンネルの照明に照らされた影は、狂った振り子か燃え盛る炎のように激しく揺れ動き、ガタンと車体が跳ね。

 

 半透明のゲル体が勢いよく飛び散った。

 猿夢が振り抜いた拳から、水面を大砲で撃つような轟音が響き渡る。

 ゴッソリと体積を減らしたクリオネ星人が大きくよろめき、そのよろめいた体に猿夢は追撃の拳を振りかざした。

 

 続くラッシュにクリオネ星人はゲルで壁を作り出し、流動させた表面で拳の威力を減らそうとする。

 しかし壁は拳の弾丸を撃ち込まれる度に盛大に抉れ、弾け飛んだ。

 

「ヒヒヒヒヒ!! どうした、そォらどうした!!」

 

「いや、押し負けてんじゃん!」

「いくら量があっても脆いんだわ…! 私に視界をお共有してちょうだい!」

 

 桃は愛羅に肩を貸しながら、呆気なく飛び散るゲル体を見て焦った。

 猿夢の拳は…無傷だ。溶解させると言っても、すぐに溶かせる代物じゃないらしい。

 

 反対に自分の体を盾に回し小さくなり続けるクリオネ星人は、抉れる壁の後ろから動けずにいた。

 愛羅が喉の血に噎せつつ、戦おうと立ち上がる。

 

『問題ありません。了承済です』

 

「ンン!?」

 

 徐々に後退するクリオネ星人を追い踏み込んだ猿夢は、突如ズルリと重心が乱れ拳を打ち損じた。

 猿夢が足の僅かな違和感に目を向ければ、踵に何かがくっついている。

 よく見ればそれはズル剥けた足の皮で、血まで滲み出しているのに不自然に感覚がなかった。

 

 飛び散ったゲルは流れる水のように薄く床を這い、猿夢に向かって音も無く押し寄せている。

 猿夢の足の表面が歪に光を反射し、波の形で静かに蠢いた。

 

「テんメェ…やりやがったな!!」

 

「モモちゃん! ジブンと()()()()に行った時のこと、覚えてる!?」

「は? トンネル…? あ、そっか! ターボババアの時の()()か!!」

「ちょっと、一体何の話!?」

 

 猿夢が足を覆うゲルを蹴飛ばし振り払おうと拳を止めた──瞬間。

 ゲル壁が崩れ、大津波となって猿夢に襲いかかった。

 

 打ち付ける大波が猿夢を攫う。

 傾げた体にへばりつき、無理やり沈めようとするソレに猿夢は腕を大きく振り回した。

 

「面倒くせえ力持ちやがって!」

『あなたほどではありません』

 

 猿夢が暴れるだけで水泡は形を崩し、抑えきれずに弾けては飛び散る。

 それでもじわじわと小さなあぶくが上り始め、猿夢はうんざりして舌打ちした。

 

「先頭車両に戻りゃ据え置きのマイクはあるんだ、てめえらなンざ───あ゙?」

 

 霊体になれない。

 それどころか()()()()()()ように、霊力で形作った肉体がメキメキと縮んでいくのだ。

 

「か、体が…! 何故だ、体から…出られねえ!!」

「駅はまだだぜ、車掌さんよぉ」

 

 座席からゆらりと桃が立ち上がる。

 猿夢へ向けた両手はしっかりと握り込まれ、そこから伸びた見えざる巨腕は猿夢の(オーラ)を力強く掴んでいた。

 両手で抑え込むとなれば彼女は動けず、無防備になるが。

 もう邪魔をする小猿はいない。

 

「ウチらの目の前に現れた時点で、逃しゃしねえんだよ。このマヌケ」

 

「猿夢がおチビに…!」

「モモちゃんの超能力は、体に入った霊体だろうが()()()んだぜえ」

 

 小さくなりゆく猿夢が波に飲み込まれまいと足を蹴り上げ、手を振り回し足掻く。

 

「離せ、離せってんだこの阿婆擦れがァ!!」

 

「てめえの電車ごっこも、もうお終いだ」

 

 猿夢へ覆い被さるように距離を縮めたクリオネ星人が煌々と青い光を発し、猿夢の暴れる手足を溶かした。

 

 ──瞬間。

 

 ガラスが一斉に割れたかのような、崩壊の音が響き渡る。

 

「キャア! 今度は何!?」

「マズイぜえ」

 

 電車上にしがみついていたオカルンが異変に気が付き、顔を上げる。

 

「トンネルにヒビが入った」

「はぁ!?」

 

 電車の周りを囲うトンネルは今や罅割れ、崩れかけていた。

 奈落のような裂け目の奥に、悪夢の異界を構築していた力が灰のように舞い上がり、虚空へと消えていく。

 

「悪夢が覚める前にレールまで壊れたら、電車が事故っちまう」

『それは困ります』

「今ので猿夢の(オーラ)が削れたからか!? 事故ったらウチも超能力で抑えてらんねーぞ!」

 

 車輪は既に甲高い悲鳴を上げ、今にも脱線しそうにガタガタ揺れる。

 桃はクリオネ星人を急かした。

 

「クリオネ! 仇討つならさっさとしろ! そいつ全部溶かせぇ!!」

『承知しました』

 

 ぞぶり、と巨大なクリオネが溶け沈む。質量を増やしたゲルが渦巻いた。

 手足を無くし、引きずり込まれた猿夢は揺らぎ溶ける霊体を、その炎を轟々と燃やし、金切り声でキィキィ叫んだ。

 

「俺を見たやつはみんな死ぬ!! そこの女も、きさまらも、外のババアもだ!!」

 

 血走った目玉が狂ったように動き回る。

 

「許さねえ、許さねエ、許さねえぞ!! 呪ってやる!! 呪ってやるぅゔゔ!!」

 

『はい。我々を呪い、招いたのはあなたです』

 

 悪夢は泡沫となり、消えるのだ。

 

「この、化け物がァアアア!!」

『最上の賛辞をどうも』

 

 立ち上る泡は、跡形もなく弾けて消えた。









猿夢  SARUYUME
分類  妖怪
生息地 夢の中 インターネット
体長  7尺8寸

轢死の姿を貶められた怨念の集合体や、歳を経た猿が轢かれ化けた等と推測されるも、その詳細は定かではない。
見たものを殺すことに執着していたことから、それが未練だったとも考えられる。

悪霊は生前の記憶を亡くし、後悔を断ち切れぬ憎しみで動く。
執着は怨念に成り果て、末路は人を殺す化け物である。

2chオカルト板スレッド「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」こと、通称 “洒落怖” が初出。
「ヒサルキ」「狒々」の要素が混入している。
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