地球に着くまでの長時間をスリープ状態になれず、宇宙船で過ごすのはハッキリ言って暇だ。
なので、ひたすら自分たちで地球人への “擬態” の完成度を追求していた。自由度の高いキャラクリに力を入れるようなものである。
まあ1から造形を作るので、正確には3Dモデリングもどきだが…こまけぇこたぁいいんだよ!
クリオネに似たゲル状の体を、水を操る超能力で圧縮。形を変え、質感をそれっぽくして色を変える。
地球人に擬態するのは結構難しい。
シンプルな造形物や甲殻のあるカッチリした種族ならまだしも。毛とかいう、細くてサラサラ揺れる部位を再現するのはアホほど大変なのだ。
もう全部ハゲでいいだろ。なんで一部だけ生える? こんなパヤパヤで何を守ってるの? 尊厳?
しかも、地球の面倒なところはそれだけじゃない。
調査隊の記憶曰く、地球の重力は惑星ライムズより遥かに重いらしく。実際に宇宙船内の重力装置を地球の数値に設定してみたところ、ぷにぷにボディがくそコンパクトに圧縮されて死ぬほど焦った。
3m以上あった体が1mくらいにギュッだ。重大インシデントである。私は分体に囲まれ怒られた。ごめんて。
そしてトラブルは終わらず。
地球の重力化にあると、圧縮された影響で擬態にゲル体が足らないことが分かった。分体に体を分けてもらって、ようやくギリ150cm台の人間が完成する。
男か女か、大人か子供かで体型も変わるわけだが、まあ足りないものは仕方ない。擬態の幅は狭まったものの、目的に合わせて即座に擬態できるよう、変形の感覚を覚えていった。
調査隊がこれをどうしたかと言えば、分体の数でゴリ押してみんなスキンヘッドの大人に擬態したらしい。
別に私もスキンヘッドでよかったのだが。時間が無駄に余っていたので再現に手間かけちゃったよね。
顔パーツは男女どちらでも使える造形に。髪の量はできる限り多めで重め、それと癖毛強め。
チャレンジ精神で伸ばしつつ、不自然にならない形がこれだった。髪に使ったゲル体の密度は凄いことになっている。
調査隊は重力で圧縮された体で歩くのが大変だったらしい。なのでのんびり歩いて喋ってても似合いそうな見た目にした。
そして最後に残った問題、それは。
「音声テスト。音声テスと。どうで、しょう」
言葉が続かず、声が途切れることだった。
長く喋ろうとすると声が掠れて最後には消えるのである。吐息厨よりカッスカス。
『ASMRに聞こえます。呼気が些か多いかと』
『音が連続していません。低音です、声量も小さい。明るい声色の試行をどうぞ』
「どー、れーみー…感情が、こもりま、せん」
声や音というものは空気の振動で出来ている。
恐らく発声の際にゲル体が音の振動を吸収してしまうのだろう。結果、こんな吐息塗れのダウナーボイスが出力されるというわけ。
『振動の持続時間を鑑み、文節を端的にすべきですね』
『それと、瞳孔が動いていません。瞬きも』
批評サイドに回った分体にケチを付けられ、ムッとして顔を向けた。
焦点の合わない無表情の子供が、顔と同サイズに縮んでしまった分体を見つめる。
「いまは、抑揚」
『地球人は視覚情報を重視します。優先順位が逆かと』
『閃きました。内向的な性格を模せば会話の不自由、無表情も問題ありません』
「…たしかに」
コアが疲れすぎないよう休息を挟み、声帯の模倣をやめる。
万全とは程遠いコアをゲル上から撫で、私はすっかり慣れ親しんだ念話を飛ばした。
『調査隊の擬態完成度は素晴らしい。我々にない瞳孔の動きや瞬きも、違和感のない再現性でした。流石はライムズ星人のエリート』
調査隊の地球での記憶を思い出せば、まだまだ私の完成度は悲しい有様だ。元地球人の姿か? これが…。
もし、調査隊が生きていて、自分のコアに負担をかけても良いのなら。記憶を深く取り込み経験を得ることで、擬態の練度を高められた。生憎それは叶わない。
瞬きやら眼球の向きやら、本来なら人間が無意識に動かすそれら全てがマルチタスクによる手動になっている。やることが…やることが多い…!
まあライムズ星人は分体使って、マルチタスクが当たり前の種族なんですけど。結局、慣れよ慣れ。
『調査隊の記憶が絶たれた事、残念に思います』
『我々より遥かに観察と模倣に優れた、素晴らしい人材でした。彼らの死を悼みます』
全員が無言でやべー記憶の塊である、呪物となったコアの玉を見つめた。
『怪異とどう戦うべきでしょうか』
『塩を撒きましょう』
『お祓いに行ってみましょう』
だよねぇ。私の分体だもん、そういう意見になるよね!
そもそもお化けが存在する地球とか嫌過ぎる。呪いのビデオとかも本物になるわけでしょ? まさか、3回見たら死ぬ絵とかも??
『怪異が存在するとなれば、お祓いも効力がある可能性に賭けていますが』
『宇宙人にのみ怪異が視えるなら絶望的です』
『その時は共に死にましょう』
嫌すぎ〜〜〜!(IKKO)
□
で、そこからは何のアクシデントもなく長い宇宙旅行を経て。
我々は無事に地球へ辿り着き、日本へと秘密裏に着陸したわけだが。
「早く、町を歩きたい」
『分体が調査より帰還するまで待機です。同意見ですが』
擬態にも慣れ、これで人間として潜入しても宇宙人とはバレない完成度である。どうよ、この上達っぷり!
「ワレワレハ、宇宙人ダ」
『はい。我々は宇宙人です』
「他の宇宙人、結構いる」
『はい。元より他の惑星へ調査に赴いた際にも、地球の話題は稀に上がります』
実はこの世界の地球に宇宙文明が接触した痕跡は数多くある。
宇宙には侵略者や犯罪者も多い。地球の武力を前世基準で考えるなら、とっくに他の星の
ところが治安は驚くほど平和そのもの。もしかしたら秘密組織とかが裏で侵略宇宙人と戦ってるのかもしれない。
他の惑星技術を応用して、すんごい技術を隠してたりしないだろうか。メン・イン・ブラック…ってコト!?
この銀河系には666もの宇宙人がいるものだから、年月経って文明の進んだ地球より宇宙生命の方に大いに興味をそそられていた。
ところがぎっちょん! 調査隊の記憶によれば、なんと未だにガラケーがある。そして前世でよく見たメジャーどころのパチモンみたいなアレコレも。
違和感だらけ、まるでパラレルワールドだ。
私が知らない地球の可能性…出てきたな。
宇宙人が実在する時点で今更だって? バカ野郎、いるの知らないだけだった可能性もあるでしょうが!
「あるかも。陰陽師」
『楽しみです』
悪霊退散! 悪霊退散! 日本なら陰陽師でしょ。寺生まれのTさんとかが玉を「破ぁ!!」してくれたら最高なんだが。
期待ができるようになってきた、早くこの都市伝説玉から解放されたいものである。誰か7つ集めたりしてないかな。
いや、こんな呪物集めてる奴いたらヤバいか。
『帰還しました』
退屈な時間を紛らわせていれば、よく肥えた黒猫がのそのそと重そうに宇宙船の出入り口に現れた。周辺調査をしていた分体が帰ってきたのだ。
「報告」『報告をどうぞ』
私たちが急かせば、黒猫姿の分体は勿体ぶって尾をくねらせる。
『セルポの方々が私に接触しました。どうやら我々の力を借りたいご様子』
『セルポの方々が、ですか。この地球で我々に一体何の用でしょう』
セルポとは。
惑星セルポから来た、高度な科学技術を持つ種族の事である。更なる進化を求めるセルポ星人と、新しい技術と発見を求めるライムズ星人は友好関係にあった。
だが “生殖器” のある惑星の人物からしたらはた迷惑な宇宙人だろう。
なぜならセルポ星人は同一個体のクローンで構成されており、雄しかいない。種の生物的進化を止めてしまった彼らが求めているのは、優秀な
ライムズ星人に性別はないため、彼らとは仲良くさせてもらっているが。
『襲撃に向けた人材の収集です。どうやら彼らより優秀で、強い力を持つ人間がいる様子』
私の擬態から色が抜ける。その情報にあまりにそそられ、人の形がパシャリと解けた。
興奮した分体と互いのゲル体を念でつつきあう。さっきの与太話が真実味のある情報としてやって来た!!
セルポ星人。彼らは超能力が使えて、科学技術の進歩もガッツリやってるハイスペック宇宙人だぞ?
それが、
それってどんな人間だ。
私の知る人間ではない。
超能力者か、或いは技術者?
我々の希望の星になり得る存在か?
あわよくばお近づきになりたい。
その人間のことがもっと識りたい!
『セルポの方々には悪いですが、我々も種の存続の危機』
『その人間が我々に有用であるなら、彼らに渡すわけにはいきません』
『知識欲が湧きます。その人間と接触しましょう』
好奇心湧いてきたーっ!!
自制のある私ですらコレだ。分体たちの興奮が念話を通し送られてきて、更に感情が高ぶる。
ライムズ星人は知識欲を前にすれば全員がアッパラパーだ。だから滅亡しかけるんだぞ。
『場所は』
『神越市にある高校です』
『生徒ですか、教師ですか』
『そこまでは。ですが、2名の男女です』
『2名も』『素晴らしい』
『決行は明日の様です。彼らの会話を
セルポ星人に目をつけられるような優秀な人間が2人もいるの〜!? 最高じゃん!
『早速向かいましょう。
『…』『…』
情報をリアルタイムで共有できないと、こういうことが起こるから嫌になっちゃうわね〜!
我々は猫である。名前はありますヒ・ロネクォリィミです。
分体が猫に擬態し、その体内に相乗りして神越高校へと忍び込む。猫の姿であれば正面から堂々と侵入できた。
猫に擬態できる分体と、人間に擬態できる私。この布陣で件の人間と接触するのだ。
校内で潜むために擬態を変えて、時には鞄に、時にはボールになり。最終的に警報機になって廊下の天井に張り付いた。
うん、これが一番「なんだこれ?」って興味持たれないわ。
『私は特別教室の階へ赴きます』
『私は普通教室のある階で待機します』
分体が廊下に誰もいない授業時間を狙い、スイと浮かんで階段の方へ消える。
これからセルポ星人によって開かれるであろう “虚空” の中で、私たちが探す人間が現れるのを見計らってのことだった。
異星人の確保には “虚空” という、
公の場でその星の人間を追いかけ回せば騒ぎになる。なので
私たちにも虚空技術はあるが。
セルポ星人から作戦協力に声をかけてもらった以上、先に使うと横取り扱いで敵対されかねない。
もし私たちの諸悪の根源を祓える人材でなければ喧嘩の売り損だ。惑星同士の友好関係もあるし、彼らとはできれば仲良くしたい。
どこか懐かしく、騒がしい校内で私は時を待った。
ごめんよバックアップの私。ぼっちのお留守番はめっちゃ退屈だと思うけど、これは玉か私のどっちかが死ぬまでのデスマッチだから。玉が死んだらコアでしっかり情報共有しようね。
そんなことより、お出ましだ。
突如として、辺りがふと暗くなった。
水を打ったように静寂が満ちる。
虚空が展開され、異空へ隔離されたのだ。
ごった返す人の気配が消え失せ、校内は石の牢獄と化す。
この空間にただの人間は存在しない。
ここにいるのは、力を持つ選ばれし者のみだ。
すぐさま私は “念視” の範囲を広げ、壁を貫通して自分の担当する階を
「
「
『見つけました。
授業中に起きた異変に、黒髪に丸い眼鏡をした男子生徒と、ピンク色の髪をした女子生徒が慌てて廊下に飛び出してきた。
男子生徒は高倉、女子生徒は白鳥ね。件の2名を早速見つけてしまった。どうやら分体の行った階は外れだったらしい。
にしても…女の子の髪、あれ地毛だよな? この地球ってピンク髪の遺伝子あるんだ。すっげぇ。
「なんなのこれ、どういうこと!? まさか
「そういえば綾瀬さんは」
見かけは平凡な子供とそう変わりない。だが虚空にいる以上、炙り出されたも同然だ。
廊下の奥ではセルポ星人と、雇ったであろう戦闘宇宙人が彼らに狙いを定めていた。役者は揃った。
さぁて、お手並み拝見といこうじゃあないの。
/
「うそでしょ、急に誰もいない…って、ウォイ! 窓の外真っ暗じゃねーか!」
『見つけました。1名の女子生徒』
茶髪の下で、緑色をした大きな耳飾りが暗い廊下に煌めく。
この階に男子生徒はいないが。理科室で騒ぐ女子生徒と、セルポ星人が雇ったであろう首長竜のような生物が彷徨いていた。
しかしあの生物は話が通じる知能が無いタイプだと調査隊の記憶がヒット。ということは、女子生徒に接触してもセルポにチクられないということだ。
うーん…それなら、こっそりターゲットに話しかけてもいいな! ヨシ!
異空間に取り込まれた廊下には、水がじわじわと嵩を増して滲み出していた。雇われ生物の能力だ。
これは全く好都合、液体を操るライムズ星人と水は非常に相性がよろしい。
私は水に擬態して姿を隠し、窓を開けようと奮闘する女子生徒に声をかけた。
『初めまして、そこの方。ここは少々危険です。まずはお話をしましょう』
「は!? なんだこの声、テレパシーか!? 誰だボケ、テメェ宇宙人だろ!!」
『──理解が早いようで何より』
わあ、すっごい口の悪い子引いちゃったな。
◎ライムズtips
擬態:元は景色などに溶け込み敵から身を隠す為の術だったが、技術革新され異種族への擬態を可能にした。