私は宇宙人   作:蒲鉾三田

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ねえ知ってる?
「熱い」って言葉は方言だと「あっちんちん」になるんだって〜


第十六話 あっちんちんだ

 

 窓の外の景色が流れ、山並みと自然の緑溢れる光景は人間の目に優しい。

 泊まり込みで妖怪退治を任された桃に、案内役のジジ、そして協力者としてオカルンと私が電車に乗り、ジジの呪われた家へと向かっていた。

 

 長距離における移動手段というものは、総じて使い勝手が良い。バスにフェリー、鉄道に飛行機など、運転をせずとも済む公共交通機関は特に便利である。

 便利ではあるが、敢えて言おう。

 

 ただし電車、テメーは駄目だ。

 

「ヒロちゃん具合悪いのかな、電車酔いとか大丈夫そう? オレ酔い止め持ってこればよかったー!」

 

『お構いなくとお伝えください。電車が運行中、私は動きません。動けません』

「あー、気にしなくていーよジジ。こいつ乗り物乗るとこうなるんだわ」

「心配だけど、モモが言うなら」

 

 私が座席に横になり、目を閉じ卵のように丸くなって膝を抱えているのを見て、ジジくんが気にかけてくれる。ありがとね。

 でも電車が動いている最中は擬態を保ったままゲル体を動かしにくいだけなので、気にしないでほしい。

 

 電車が動き出す前に空いた座席を見つけられて助かったぜ。電車が動いたり止まったりする度に席から投げ出されそうになるがな!!

 隣にいるオカルンが慌てて支えてくれる度に、私はもう感謝しっぱなしである。

 高速移動する鉄の乗り物につり革1本で立たせる人間の気が知れない。

 電車にも全員分の座席とシートベルトを常設してくれよ。…なんか電車ってだけで腹立ってきたな?

 

「あそこの駄菓子屋まだあんの感動したわ!」

「あそこのお婆ちゃんずっと変わんないもんねー」

 

 私が電車に憤りを感じていると、隣にいるオカルンからもやりとした感情の匂いを念臭で嗅ぎとった。

 古い既知の仲である桃とジジの会話に入れないオカルンは、どうやら疎外感と嫉妬に思い悩んでいるらしい。

 

「ヒロさんって、口で喋る時は口調が随分違いますけど、子供っぽく振舞っているせいですか?」

『いいえ。私は声帯の発声に不慣れです。そのため、発声が途切れる不自然さを端的な口語にて解消しています』

「ああ、それで短く話してるんですね」

 

 その心境を紛らわすためか私にこっそりと質問を投げかけてきてくれたが、また桃とジジの楽しそうな会話を見て楽しくなりきれず、複雑そうに押し黙った。青春だねぇ。

 

 私は暇つぶしにジジの鞄の中いっぱいに詰まった駄菓子を念視で眺めた。

 んまい棒にキャベツ次郎に、なんだこりゃ、もげもげフルーツ…? 知ってるのに知らない名前の駄菓子だらけだ。

 

Turbo Granny(ターボ グラニー)も駄菓子を食しますか』

 

 手持ち無沙汰な私は菓子裏の成分表を流し見つつ、桃の旅行鞄の中に隠れ潜んでいたターボババアへ念話で話しかけると、驚いたのか荷物棚に置かれた鞄ごとターボババアは若干飛び上がった。

 

「くそだらぁ! 気づいてんじゃねえよクソ饅頭!」

 

 小声で怒鳴るという器用な真似をしてみせたターボババアが、忌々しそうにリュックの中でモゾモゾと体勢を変える。

 

「テメェそこら中覗きやがって、何も学んじゃいねぇクソだぜ」

『なるほど。気をつけましょう』

 

 確かにターボババアの言う通りだ。

 これから妖怪退治に行くというのに、常から壁や物を透視するのはあまりよろしくない。

 私では視えすぎてしまうし、正体を知らぬまま()を視認するか分からない状況では、人間程度の視界に留めるべきだろう。

 

「ガキどもにワシのことは秘密にしろ! さもねえとテメェをすり身にしたらぁ」

『グラニー、目的は何でしょう』

「温泉に決まってんだろ! 小僧の住所、そこは温泉地帯だ」

『湯治をお求めですね、後ほど私から桃へ打診します』

「分かってんじゃねえか」

 

 ターボババアの外見は猫だが、媒体は招き猫だ。こっそり持ち込んでも毛が抜けたりはしないだろうし。忠告してくれたお礼と、ごますりである。

 強い妖怪本人に話が聞けるなら、これ以上ない素晴らしいことじゃなーい?

 

 ターボババアとの会話を楽しんでいれば電車が急に減速し転がり落ちかけ、オカルンに車の助手席に置いた荷物のように片手で支えられる。地球に来てから電車にいい思い出がねえ!!

 

『Crap train』

「どーゆー意味だそりゃ」

『電車はクソです』

 

 ターボババアに「笑かすんじゃねえ!」とどやされつつ、私は一刻も早く目的地につくように願いながら、外の景色を眺めたのであった。

 

 

 

「ちょいちょいちょい! ちょっとここ温泉地じゃないっすか!」

 

 桃がキラキラと目を輝かせ、そこかしこに掲げられた温泉の文字にテンションを上げる。

 

「親父が近くの大学で火山の研究しててさ、それでオレらも越してきた感じ」

 

 休火山、という呼び方は古いか。活火山でありながらも200年程噴火していないというジジの話を聴きながら。

 私はこの温泉街に立ち込める嫌な臭気の元を、首や目を動かさぬまま念視で見やった。

 

 顔に笑顔を貼り付けた中年ほどの人間たちが、店や家のあちこちからジジと私たちをねっとりと監視している。…なんだ?

 私は訝しみ、警戒心を引き上げた。

 

 

「うぉいヒロ、大丈夫か〜」

 

 えっちらおっちら誰よりも遅れて長階段を登る私に、しんどそうにしながらも桃が振り向き呼びかける。

 どうやらジジの家は山頂付近にあるようで、電車を降りて乗り物のない私たちは歩いてそこに向かうことになったのだが。道のりが長い。先の見えぬ階段と登り坂、そしてまた階段である。

 いや体力的には大丈夫なんだけど、足を階段に合わせて重心移動させながら動かすのが大変で。あと足が短い。

 

「…桃、オカルン。抱っこ」

 

 これ以上は待たせすぎると判断し、私は階段の途中で桃たちを見上げた。

 浮けばいいんだけど人目があるからそうもいかないし。ってことで、持ち上げてプリーズ!

 

「は!? 自分で歩けし!!」

「ええ!? 流石に無理ですよ!」

「ヒロちゃん疲れちゃったか〜。よしオレに任せろ!」

 

 誰よりも体力の有り余るジジが階段を降りてきてひょいと私を抱え、また階段をぐんぐん駆け上がって行く。わーい早い早い。

 階段に次ぐ階段の山をジジは桃とオカルンを待ちながら登りきり、私は2人より一足先に呪いの家を眺めることとなった。

 

 ──酷い臭いだ。

 

 私は森の中(・・・)から漂う悪意と害意の臭いを感じながら、ジジに降ろされ地面へ足をつける。

 

「ありがと」

「いいよー! なんか羽みたいに軽かったし!」

 

 ジジが天使のはねのポーズを取りながらおちゃらけて言う。あの階段地獄を登った後に片足立ちできるの凄いなこの子。

 実際に浮力を上げてほぼ浮いていたとはいえ、坂道に階段の連続で普通に重労働なのだがピンピンしている。

 

「ゼー、ゼー、あんたどんだけ体力あんだよ…!」

 

 そんなジジと裏腹に桃は四つん這いで息を切らし、オカルンはといえば地面と熱いベーゼを交わしていた。

 

 返事がない ただのしかばねのようだ。

 

「どうモモ? 何か変なオーラとか見える?」

「はあはあ…見えない。てかめっちゃふつー」

「マジ!? 霊媒師の人達みんなヤバイって言ってたのに!!」

 

 ジジの話が本当だとするなら、桃の時だけ何も無いというのはおかしい。1度でも同例があるなら別だがそうではないようだし。

 私たちは家の中へと上がり、桃を筆頭に押し入れからトイレまで、ジジの家をくまなく探索した。しかし何も見つからず桃は渋い顔だ。

 

「ヒロは何か見えないわけ」

「ん」

「えっ、ヒロちゃんも何か力とか持ってんの!?」

 

 私は桃の問いに首を横に振る。桃が視終えてから一応軽く家の中を念視で透過し視てみたが、特に何かが視えるわけではない。

 

 視えるわけではない、が。

 

 外から臭って(・・・)いるし、家の中で何かが聴こえて(・・・・)いたりはする。

 臭いの元は分かるのだが、謎の音の出処がイマイチよく分からないんだよな。

 家の中に何かあるのは確かなんだが、それがどこにも見当たらない。どこから鳴ってるんだこれ。私は内心で首を捻った。

 

 妖怪の仕業ではなく、この町の人間がジジとその両親に対して悪意のある何かをしているのなら、それをしようとする原因を突き止めなければならないが。きな臭くなってきた。

 

「とりあえずひと休みしよ。オカルンも座りな」

 

 ジジがジュースを取りにキッチンへ向かう傍ら、ソファに座った桃がオカルンに隣を叩いて示す。

 

「霊なんてどーせ夜にでもなったらしれっと出てくんだから、休める時に休んどこ」

「はい…」

 

「というわけで、ヒロと温泉街行ってきます!!」

 

 お? 急にどうした?

 私は桃に肩を掴まれ、玄関へと押しやられる。ターボババアが温泉に行きたいって言ってたから、別にいいんだけどさ。

 されるがままついて行き、靴に足を突っ込んでゲルを操作しサイズを合わせたところで桃に手を掴まれた。

 

「んじゃ、ジジと仲良くやってくだせぇ」

「え!! 本当に行くんですか!? 霊が出てきたらどうするんです!!」

「大丈夫! 夕方には帰ってくるから!! 行ってきまーす!」

 

 駆け足の桃に半ば連れ去られるようにして、私は足を動かす。

 

 ───ああ、そうだ。

 

『オカルン』

 

 私は玄関先で立ち往生するオカルンへ、擬態の首を動かし振り返る。

 

『誰が来ても、ドアを開けてはなりませんよ』

「…え?」

 

 気をつけてね。

 

 

 

 桃に近場に人がいない温泉がないか聞かれ、ターボババアを秘密裏に温泉へ参入させるためもあって、念視で見つけた古びたボロ温泉へとやってきた。

 赤と青の男女に別れた暖簾(のれん)を見て、桃が私を見下ろし聞く。

 

「ヒロって性別どっち?」

『我々に雌雄はございません』

「あ、そーなの?」

 

『現在人間に擬態しておりますが、服の下のディテールは省略しております』

「乳首とかないってこと!? ウケるんですけど! ちょ、見せて見せて!」

 

 なんでそういうとこだけ理解力が上がるんだこの子は。

 

 ライムズ星人は服による体温調節を必要とせず、ゲル体の可変の都合や母星の資源の乏しさなど、様々な理由から服飾文化のない種族だ。

 異種族が服を脱いだところで、感覚的には新聞紙で巻いた中から大根や白菜が出てくるようなものである。

 なんならセルポとの騒動で初対面で桃と愛羅の裸同然の姿を見た上で、オカルンなんて生まれたままの姿で暴れてるのを見てるわけだし。

 

 一頻り腹を抱えて笑い転げた桃が、未だケラケラ笑いながら脱衣所で絡んでくる。

 

「てかさー、ヒロの視界って壁とか筒抜けにできるじゃん? 普段から服とか貫通して見えてんの?」

『いいえ。被服史を有する種族は、身体の秘匿を暴かれることを嫌う傾向にあります。敵対種族でもない限り、そのような尊重に欠ける行為はいたしません』

「あー、見ないってことね」

 

 他種族に対し基本ノンデリのライムズ星人だが、私は好奇心を自制する友好的なライムズ星人なのだ。体内ならまだしも常時服の下見ても特に何も面白いことないし。

 敵対したところで宇宙人に出回る擬態スーツを使われていると、甲殻や皮膚と密着して生体エネルギーで妨害され、元の種族の判別はつかないが。服なんかに仕込んだ武器なら視えるからね。

 

「なんか見えるなら見ちゃいそー、宇宙人がパンツ履くのか気になるし!」

『私にも配慮(デリカシー)はあります』

 

 人間だって人のトイレじろじろ見たりしないでしょ!

 私が関節の動きを保ったままTシャツを脱ぐのに四苦八苦していると、桃が何も考えていなさそうな笑顔で口を開いた。

 

「そういやヒロってパンツ履いてんの?」

『あなたにはないようです』

 

 

「ちょっと! なんでターボババアがいんだよ!」

「ワシを置いて抜け駆けしようったってそうはいかねえぜぇ」

 

 私が胴体にタオルを巻き、桃の鞄からターボババアを抱えてやって来ると、先に髪を洗おうとしていた桃が声を上げる。

 

『ターボグラニーは温泉を所望しておりました』

「連れて来たのかよ!?」

「水饅頭なんぞに頼むかよ。ワシはこっそりテメェのリュックに忍び込んでただけだぜ」

「いやふつーに来れば」

 

 ライムズ星人はゲル体のおかげで常に清潔で体温も一定のため、入浴は必要ないのだけれど。この状況(・・・・)で桃を単独にはできない。

 私はターボババアを下ろし、念を空気中へ浸透させ湯気を手繰り寄せた。

 ミストサウナのように立ち込めた湯気が徐々に霧のカーテンを生み出し、私たちの姿をシルエットへと覆い隠す。

 

「急にヒロのこと引っ張って来ちゃったけどさー、ウチら抜きでオカルンとジジに仲良くやってほしくて。男同士の友情ってやつ!」

『そうですか。桃は優しいですね』

「ふふーん、そうじゃろそうじゃろ」

 

 お湯が注がれる湯口がとぐろを巻いた蛇の岩風呂に浸かり、気持ちよさそうに体を伸ばす桃とターボババア。

 何でもジジ曰く、この村には大蛇伝説があり、ツチノコ神社なるものもあるそうな。だから村のそこかしこに蛇モチーフの物があるわけだ。

 

 大蛇の伝承とジジの家の呪いは何か関連性があるのだろうか。

 霊媒師が視たオーラを桃が視なかった訳とは?

 ジジの家の内部でのみ響く謎の音の出処が私には特定できなかった。

 村の人間が私たちに敵意を持っているのも気になる。

 神社にて伝承を詳しく調べるのも手だ。

 

 私は湯に体を浸けながら、じっと思考を巡らせ──脱衣所と温泉を区切る扉を視認する。

 

 先程から見られて(・・・・)いる。

 

 私は脱衣所からこちらを覗こうとする男たちを念視で観察し、念聴で会話を拾い上げた。

 

 どうやら彼らは “鬼頭家” という括りで、“祭り” の前にかあちゃん(・・・・・)に内緒で遊びに繰り出しているらしい。

 

 湯気でろくに見えない状態に文句を言っているが、だったらさっさと帰れと言いたい。

 この村で祭りが開催されるなど、ジジから何も聴いてはいないが。

 

 思考を回しながらターボババアが水面に浮いているのを眺めていれば、ゆっくり浸かって満足したのか、桃が髪に巻いていたタオルを取って私に話しかける。

 

「ちょっとのぼせてきたわ。露天のわりに壁が高くて景色見れなかったのが残念だったけど。ヒロ、そろそろ出よっか」

「ん」

 

 私が頷き、上がろうとする桃に追従すると──ガラリと脱衣所の扉が開く。

 

「おー先客がいましたかー」

 

 風呂場に立ちこめる湯気の中から現れたのは、ぺたぺたと石畳を歩いてくる5人の裸の男たちだ。

 私が立ったまま連中がやって来るのを眺めていれば桃が私の腕を引き、湯に肩まで沈めて後退りする。

 

「こりゃまたべっぴんさんじゃあないか」

「え!? ちょ、なに…!?」

 

 お湯を体に引っかけ、ザブザブと温泉に浸かり出す中年の男たちはニコニコと顔に笑みを貼り付けている。

 

「おじょうちゃんたち、若いのに混浴?」

 

「えっ、いや読めねぇわ!!」

 

 桃が壁に書かれた看板を見つけ、そのあまりのボロ具合にツッコミを入れた。

 混浴だったのか、今どき珍しい。道理でこの温泉に地元民すらおらず廃れているわけだ。

 

「ちょっとヒロ、あの人達どうにかできない?」

『どうしますか。少々沈んでもらいますか』

「いやそこまでやれとは言ってねーよ」

 

 ひそひそと桃が話しかけてくるが、ゆっくり温泉に浸かったせいかのぼせかけていて辛そうだ。

 

『しかし彼らは、我々に害意があるようです』

「は!?」

 

「お姉ちゃん、ワニ(・・)って知ってる?」

 

 男の1人に話しかけられ、桃が振り返る。

 

「混浴の温泉によく出没して女の人の裸を狙ってくるヤツらのことを──」

 

 5人の男たちが脱衣所への逃走経路を塞ぐように、編隊を組んだ。

 

「──ワニ(・・)って、いうんだよ」

 

 お、性器(バナナ)に脳を寄生された憐れな生物だ。それともそんな劣った遺伝子を残すために性器(バナナ)が躍起になってんのかな?

 桃が嫌悪と腹立たしさに顔を歪め、私を引き寄せ敵を指さす。

 

「ヒロ! やっちゃえ!」

「もげもげフルーツ」

 

『動物的なD*ck headですね。私は猿は嫌いです』

 

 まさか妖怪より先に人間に襲われることになるとは。

 桃より前へ出て、念を水中へと浸透させる合間に詰め寄ってきた男の1人に腕を強く拘束される。

 

 だがしかし、おまえさんの精子工場は本日をもって閉鎖だ。水に浸かったライムズ星人を襲う栄誉を讃え、ダーウィン賞*1をくれてやろう。

 

 私の髪がざわめき、瞳が青い発光を透過した。

 性犯罪者共、 アリーヴェデルチ( さよならだ! )

 

 その瞬間。

 蛇の形をした湯口が爆発を起こし、吹き飛んだ熱された蛇の頭が私を拘束する男に凄まじい勢いでぶつかった。

 そんなバナナ!?

 

「あっち〜〜!! ウチにまで被害出てるって!!」

『いいえ。私は何もしていません』

 

 熱湯の爆発による水飛沫が背中にかかった桃が熱さに背中を擦っている。

 間欠泉のように噴き出した熱湯が鯨の潮吹きのように轟々と天高く飛沫を上げていた。

 マジで私何もしてないぞ! 急に爆発したんだが!?

 

「なんかよくわかんないけど、今の内に逃げんぞヒロ!」

 

 桃は私の手を強く引き、お湯をかき分け温泉を上がる。ああ、体がお湯から離れてしまう。

 逃げたところで脱衣所まで侵入してくると思うんだけど、先にこいつら始末した方がよくない?

 

「あ!! 女が逃げるぞ!!」

「捕まえろ!!」

 

 私が水流操作をしようとコアを集中させるより先に、温泉を囲っていた高い塀が独りでに倒れてきて男たちを温泉の中へと押し潰す。

 マジでなんだこれ!!

 

「あぶねぇ!! 塀が倒れてきたぞ!! 早く出ろ!!」

「あばああ!! 潰されるぅ!!」

 

 挙句の果てに脱衣所へ逃げる桃と私に掴みかかろうとしてきた男に脱衣所の壁が倒れ、屋根が壊れ、脱衣所とプライバシーは粉々になった。

 私たちはといえば脱衣所の扉の枠に収まって全くの無事。

 ど、ドリフみたーい…。

 

「ちょ…眺めいいじゃん」

 

 ふきっ晒しになった光景を見て、桃が思わずといったように呆然と呟く。

 塀もボロの建物も倒壊し、大自然の山並みをバックに噴き出す間欠泉が温泉に虹をかけている。びっくらこいた…どんな偶然なんだ。

 

「ふー、いい湯だったぜ。たまたまボロい温泉で良かったなぁ。ラッキー持ってるぜ、ワシはよ」

「ターボババア! そっか、おかげで助かったわ! ありがと」

 

 桃がターボババアへ礼を言いながら、私と共に吹きさらしになった脱衣所で唯一壁を作っている仕切りカーテンに身を隠す。

 私は桃とターボババアの水分を飛散させ、髪と体の水気をサッと取っぱらった。

 え、何? ターボババアがこの惨状を作り出したわけ??

 

『グラニー、何かしましたか』

「誰がテメェらなんか助けるか。この()の能力が勝手に出ただけだぜ」

「招き猫だから幸運を呼ぶんだってさ」

 

 それは…凄い。運命力を操作する力が招き猫にあるとは。

 星子さんが力を借りる神が存在する上に、縁起物もガチで効果あるのかこの地球。ヤバいな。

 

「誰じゃこんなんしたヤツは!!」

 

 この場にいない第三者の怒声が響き渡る。

 建物が倒壊するこの騒ぎだ。人がわらわらと外からやって来た。

 

「お前らがやったんかコラァ!!」

「あ!! こいつら鬼頭家(・・・)の!! また悪さしてんのかテメェら!!」

 

「ヤバイ!! 商工会の連中だ!!」

 

 どうやら商工会は秩序側であるらしい。

 警察に事情聴取されるとジジの家で妖怪が出る前に帰れるか分からなくなる。あとは任せて私たちはトンズラしよう。

 他に見られていないのをいいことに、急ぎなので私は関節を無視して服を身にまとった。

 

「捕まえろ!!」

「警察に突き出せ!!」

 

 男たちは裸一貫で温泉街に逃げだしていく。全裸の露出魔が5人も人里を駆け回れば警察もとっ捕まえてくれるだろう。

 

「ゲスどもが!! 一生捕まっとけ!!」

 

 桃が犯罪者どもの汚い尻に向かって捨て台詞を吐く。

 

 まったく、どうせ常習犯だ。同じことを繰り返すのだろうから私が収穫してやろうと思ったのだが。運が良かったようだな。

 まあ温泉に罪は無い、血の池に浮かばぬ幸運に感謝したまえ。

 アリーヴェ帰ルチ( さよナランチャ! )

 

*1
自らの愚かな行為によって「死亡する」もしくは「生殖能力を喪失する」ことで劣った遺伝子を抹消し「人類の進化に貢献した」人物に対する皮肉として贈られる賞。





<おまけページ>


「ああ、ちょうどよかった。まだ会ったことなかったよね? 新人の “亀貝(かめがい) 博海(ひろみ)” くんだよ。夜勤多めにしてくれるみたいだから、色々と教えてあげてね」
「どうも」

 ちょび髭の温和そうな老警備員に呼び止められ、タバコ休憩をしていた同じ警備会社の同僚へ、もじゃ髪で目を覆った若い警備員が小さく顎を引く。

「夜勤仲間? よろしく」
「っす」

 新人は会釈をすると、背を向け去っていく。
 そんな最低限のコミュニケーションしかしない根暗そうな新人の後ろ姿を見て、目の下に隈をこさえた男が頬杖をつきながら言った。

「あの新人、どうにも無愛想っすね〜」
「でも話はちゃんと聞いてるし、研修も真面目にこなしてるいい子だよ」

 ちょび髭の警備員がのほほんと言う。無口で自分から話さない新人ではあるものの勤務態度に問題はなく、むしろ覚えの早い新人であった。
 ちょび髭警備員が「そうそう」と思い出したように話を続ける。

「そういやあの子、昨日街で見かけたんだけどね。なんと、大食いチャレンジの店にいたんだよ。揚げ物のとこ!」
「へー、あそこの山盛りになってるやつっすか。ちっこいのに以外と食べるんすねぇ」
「それが凄くてね、最初から最後まで表情も食べる速度も変えずにパクパク平らげちゃって。向かいの店から見てたんだけど、思わず関心しちゃったよ」
「若いっすね〜。俺もう揚げ物とか食えねえっすわ」



「え、限定デラックスあんみつキングパフェ!? 絶っ対行く!!」
『最大4名で挑戦でき、完食で無料だそうで。栄養を補給しましょう』
「おいワシにも食わせろ!」
「予約入れといたからな。お()えら、気合い入れて掻っ込め!」
「ウオーッ!」


「ふー、食った食った」
「うぷ…も、食えね…。しばらく甘いもんはいいや…」
「殆どヒロが平らげたな。お()えそんだけ食うってことは、普段の飯足りてねえんじゃねえのか」
『お構いなく。我々は貯蓄型ですので』
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