私は重力に身を任せ下に落ちながら、落下地点の危ういジジを空中で桃に押しやる。
この星だとライムズ星人は浮遊するより、重力で落下した方が移動速度が早いです。
無事にジジとオカルンを掴みバリアを展開する桃を確認し、私は
さーて、念視で状況確認っと。
ふむ、数十メートルの高さから人間が落ちれば普通に死ぬと思ってたんだが。認識を改めた方がいいかもしれない。
巻き添いになった鬼頭家は、落下地点が下の奴がいても死人はゼロである。地球人って数十メートルの高さから落ちても潰れないんだ〜、おっかしいねェ〜。
この地球の人間、やたら頑丈な個体がいるな?
まあ死ななかったなら仕方ない、次だ次。私は地下を眺め、その全貌を認識した。
ジジの家の下に開いた広く巨大な空間には、様々な家が上下左右もなく無造作に積み上がり、ジェンガのように組み合わさっている。
まさに異空間。人の立ち入ってはいけない領域だとひと目でわかる異様さだ。神秘的でワクワクするね!
ジジの家に来る為の階段に鳥居があったのも納得だ。
鳥居とは神様と人の領域を分ける結界のようなもの。それが人里にあるのは妙だと思考の隅に引っかかっていたのだが。
この
「いっつ〜!! オカルン、ジジも大丈夫!?」
「なんとか…」
「モモありがと〜! 助かったぁ!」
念視に光の有無は必要ないわけだが。私は暗い地下の奥深くからやって来る存在を目の当たりにした。
この空間の主である神であり、大蛇と呼ばれる存在を認識し思う。
ツチノコでも蛇でもねーじゃん!
「ちょっとマジかよ!! どーやって戻るんだよこれ!!」
桃が上空数十メートル地点に開いた唯一の出入口である穴を見上げて言う。
私は下から家々を押し潰しながら這い上がって来る巨体を観察しつつ、賑やかな子供たちに進言した。
『問題ありません。忠告します、この場から動かずに』
「動かずにって。こんなところに居ても仕方ないですよ!」
「一刻も早く外に出ないとヤベェだろ!」
「ねえ下見て下! ヤバいよこれ!!」
『動かないでください』
オカルンと桃がキョロキョロして歩くわ、ジジが屋根に這いつくばって家の下を覗き込むわでこっちの話を聞いちゃいない。
そんでもってジジが下を指さすものだから、桃とオカルンまで屋根に腹這いになって覗き込んだ。
こらー! 動くなって言ってんの!! 気持ちは分かるけど!
ジジが指さす先を見て、桃とオカルンが眼下に見える巨大なシルエットに絶句した。
巨大生物は家々を押し潰して這いずり上り、何層にもなった牙と歯を開け、口周りの触手じみた髭を広げて鎌首をこちらにもたげている。
ヒューッ! 見ろよ奴の胴体を…車より太くビルよりも長いぜ!! バカじゃねぇの。コブラじゃねーじゃねーか! ワームだよ!!
この巨大ワーム、およそ胴回りは人間が5人手を繋いで届くかどうかの太さで、長さは推定数千メートル。でかい。
「大蛇様!! よくぞおいでになられました!! 我々鬼頭家は大蛇様の使者です!!」
リーダーのババアが蛇の構えを取り、声高らかに神へ宣言する。その横で鬼頭家の男たちが同じような構えを取りながら「初めて見た」とヒソヒソ言葉を交わしあっていた。
「
「ヤバ!! 迷信じゃなかったの!?」
「ありゃ
「
「モンゴリアンデスワームだ!!」
桃の鞄から顔を出したターボババアが興味深い名称を出したものの、それを説明するより先にオカルンが眼鏡を抑えながら声を上げた。知ってるのかオタクくん!
「ゴビ砂漠に生息しているといわれている “巨大食人ミミズ” のUMAです!! でも言われている話では体長1.5mから2mくらいで、こんなでかいデスワームは聞いたことがありません!!」
一見すると スペースミニョコン にサイズは近いが。それにしては髭の位置も体色も違う。
いやワーム型生物なんて、それこそ土壌さえあれば他の惑星に似たようなのが星の数ほどいるけど。地球の重力下でこの大きさ、明らかに異常だ。
『それはどこからの情報でしょう』
「ジブンの愛読書ポーです」
オカルンが眼鏡を白光りさせる。
へー! オカルンが電車で持ってたあのゴシップ本か。表紙になんか物凄く胡散臭い謳い文句しか書かれてなかったからスルーしてたや。
ターボババアが言っていたくらがりとやらの話も気になるし、別の名称でありながら全てワームの話なのが面白い。
火のないところに煙は立たぬわけで、伝承と同じ扱いをしてもよさそう。ツチノコ神社みたく全くのデマが混ざっている可能性もあるが。
『その情報誌に興味が湧きました。帰宅後にお借りしても』
「いいですよ! ジブンの集めたやつの中でもオススメのを今度持ってきますね!!」
「オカルン俺も! 見たい見たい!」
「やっとる場合か!」
生き生きと目を輝かせるオカルンにジジも便乗し、桃が突っ込む。
2人とも鬼頭家に暴力を振るわれ痛ましい姿だが、精神面は元気そうだ。強い子たちでよかった。
「てか、それじゃあ
『養殖するとこれほどまで巨大になるのですね』
「いや養殖て」
「さあ大蛇様!! あの4人をおめし上がりください!!」
「オイ!! ざけんなクソババア!!」
『ところで。地球のワームは意志伝達が可能ですか』
鬼頭家のババアを筆頭に、男たちが儀式的に円を描いて歩き回っているのだけど。神様にもなるとワームでも意思疎通できんの?
そう疑問に思った次の瞬間。
ワームが男たちのいる場所にその巨大な口を開け突っ込んだ。
「食われてんじゃん!」
ダメみたいですね。
目の前のワームを観察し、分析する。
──ワームは凄まじい勢いで家の内部をのたくり進むが、壁材を破壊しぶちまける等していない。
よく視れば、潜り込む接触部から大量の砂を撒き散らしている。
先ほど部屋の床を砂に変えた力の本来の使い方だろう。通り抜ける箇所を砂化させ、その中を移動しているのだ。
悪態を吐いて逃げ出す鬼頭家のババアと、生き残りの男がバタバタと音を立て逃げ出す。
それを見て桃たちの焦りが膨れ上がり重心を変えたことを感知し、私は強く念話を投げかけた。
『STOP』
「うわ!」
「うっさ! なに!?」
「頭がぁ」
釣られて動き出そうとした桃たちを念話で押し留める。
『動かないでください、と初めに忠告しました』
擬態の顔を向ければ、桃たちは汗を垂らしながらも静止した。よしよし、いい子だ。
私はここに降り立った時から1歩たりとも動かないまま、ワームが家の壁をミミズ腫れのように膨れさせながら猛進する様子を指差した。
『ワームは盲目ですが、代わりに他の感覚器官が発達しています』
逃げ回る鬼頭家を正確に追い、その巨体でもって大口を開き突進するワーム。ワームは適応力が高く、別種が多すぎて、何ができて何ができないのか見た目から判別するのは困難だ。
『オカルン、このワームに関する情報は他にありますか』
「え…はい! モンゴリアンデスワームは特徴として、雷撃と毒液を吹きかけて相手を弱らせます!」
オカルンが私を真っ直ぐ見つめ、緊張した面持ちで答えた。
「それから、太陽光が弱点です! 地底人や地底獣UMAは
『Good』
「オカルンすげー!!」
「やるじゃんオカルン!!」
「い、いやぁ…」
桃とジジがはやし立てれば、照れ顔を隠そうとオカルンが背を丸め縮こまった。
いいね、その情報が “正しいかどうか” は置いておいて。伝聞とは伝わるほどに大袈裟になるものだが、傾向が知れたのは上々だ。
宇宙にはもっと恐ろしいことをしてくるワームもいるからな。環境由来のゲロビとか。
「オレたちの声には反応してないみたいだね」
「足音には反応しているみたいです、つまりデスワームは家に響く振動でジブンたちを感知してるんですよ。物音を立てないよう動きましょう」
熱感知とかエコロケーションとかなくて良かった。───にしては、この妙な音は一体何なのか。
私には、ジジの家の中に入ってから聞こえ続けていた音が、今や煩わしいほどこの空間を満たしているのが聴こえている。
星子さんはジジの両親が
落ちてからこの音がより鮮明に聴こえる以上、あまりこの空間に長居するのは得策ではないだろう。
『まず初めに。ここからの脱出プランの提示をします』
「やれんのか、オイ!」
私は上を、正確には遥か上空の天井に空いた穴を指差した。
『私は浮遊が可能ですが、あなた方の体重を持ち上げるにはパワー不足です』
「でしょうね」
「ヒロちゃん、オレたち持ち上げる気なの!?」
『ですので、私を増やしましょう。しかし分裂には相応の栄養を必要とします』
そして家の山でとぐろを巻き、締め上げているワームの体を指差す。
『ここに巨大ワームがいますね。オカルンの
「おっしゃ! ジジはここにいて、うちがサポートする。行くよオカルン!!」
「あーやだやだ…」
「2人ともかっくいー!」
オカルンが霊力によって形作られたマスクを纏い、逆立つ髪が白に染まりその身を変貌させる。桃は中腰のすり足でオカルンに近づき、屈んだ背中におぶさった。
ロケットスタートでオカルンが屋根から飛び出し、ワームが遅れてオカルンが踏み込んだ屋根にかぶりついて潜っていく。
私たちの至近距離に飛び込んできたワームによって、飛び散る砂と風圧にジジが顔を庇う中。桃がオカルンを足で挟み、超能力をバンジーの紐のように扱って、家の壁面にあるワームが開けた穴の中に飛び込んだ。
──途端。
オカルンと桃がその勢いのまま満足に着地もせず、ゴロゴロと転がり頭を抑えて蹲る。
ん!? どうした!?
『ワームが来ます。立って下さい』
「え、何!? 何がどうなってるの!?」
『桃、オカルン』
応答がない。
それどころか変身の解けたオカルンが、絶叫しながら血が出る勢いで壁に頭を打ち付け始めた。なになになにしてんの!?
明らかな異常事態に、私は屋根の破損した瓦をゲル体を伸ばして弾き落とし、屋根から飛び降りた。ワームが瓦の落ちた場所に誘導され、突進して潜り込んでいるが…あの速度で戻ってこられるとろくに時間も稼げない。
ジジが意図を汲んで破損した屋根材を投げたり蹴り飛ばしてくれているが、オカルンが音を立てすぎている。桃はまだ頭を抑えて蹲ったままだ。
私は家の内部に突入し、すぐ側にいたオカルンの膝をゲル体を押し出し伸ばして刈り取った。
この家の山は座標バグを起こしたように天も地も無法の有り様だ。その内部は全て繋がり、一体化した位相空間と化している。
私はゲル体を振りほどこうと暴れるオカルンに念話を向けた。
『オカルン、どうかしましたか』
「離せぇえ!! 死なせてくれぇえ!!」
『どうかしているようです』
「テメェも似たようなの使ってんだろボンクラ!
“
『ジジの家で異音を察知はしていましたが。耐性のある私では異変を認識できませんでした』
ターボババアが桃のリュックから顔を出し私にむけて怒鳴った。
そうかこの音、脳波を乱して荒らしてるのか!!
日常で感情の送受信を行うライムズ星人は、種族的な精神抵抗力が恐らく高い。
人間のこの子たちは普段使わない機能だからこそ精神抵抗力は低く、家の中で反響した念波にダイレクトに脳波を乱されているのだ。ワームにこんな特性があるなんて、耐性があると気が付けない事もあるんだね!
オカルンが私のゲル体を押し退け、床に散らばった飾り皿の破片を手に取る。そしてそのまま自分の喉に振りかぶった。
あ、ちょ。やめないか!
皿の破片にゲル体を纏わせガードするも、オカルンの体自体を拘束したゲル体は直ぐに千切られてしまう。
桃までふらふら寄ってきて皿の破片を手に取るものだから、オカルンと桃が自害しないよう、私はもはや人の原型を留めず必死に鋭利な破片にゲル体を纏わりつかせた。
ええい、全身ぷよぷよのライムズ星人が筋力で人間に勝とうなんておこがましいよなぁ!? 分かったら大人しくしろオラ!!
私は2人の自害を抑えつつ、自殺念波を相殺する妨害念波バリアの展開を思いついた。やったことないが理論上できる! てかできなきゃやべえ!!
ジジがワームの追突を掻い潜りながらジブリの湯屋じみた壁面を危険を冒して跳び、走り、道とも言えぬ絶壁を渡り切ってここまで辿り着こうとしている。
「モモ! オカルン! やめろ!! なにやってんだよ!!」
「さっさとこのボケ共を止めろ! ワシまでミミズに食われる!」
『念波の妨害を試みま────』
念話を流用し、周波数を試行錯誤していたその時。
桃が超能力でオカルンごと私を掴み、床に押し倒して抑え込んだ。
「あああああ!」
『──! ───!?』
は、離して! ぐぇえ苦し、桃ちゃん力強いね〜、助けてぇ!!
桃の超能力で抑え込まれた途端、念視も念話も、とにかく全ての念がギュウギュウに圧縮して封じ込められた。分体同士の存在を繋ぐシグナルすらもだ。
光のない深海で1人圧し潰されるような錯覚。呼吸さえ潰れ、感覚総てが圧迫の苦しみしか感じない虚無の闇に投げ出される。私は立ち所に錯乱した。
あっあっ、苦し、視えない聴こえない何も解らな…! 誰かぁ!! いっそひと思いに殺してぇ!!!
不意に振動が近付き、私は圧迫感と閉塞感から解き放たれ、念が解放された。
錯乱した思考と状況を把握しようとする思念が合わさり、混沌と化す。しかしどうにか現状を把握しようと、精神負荷でオーバーフローしかけたコアをブン回した。
高速移動する壁。
パイプのような閉鎖空間。
落下するオカルンと私。
粘着質に橋をかける液体。
生命エネルギーで満ちた壁。
それにより外部を覗くことができない。
私は1秒もかからぬ内に急速に現状を理解した。桃に床に叩きつけられた振動、それに誘き寄せられたワームによってオカルンと一緒に食われたのだ。
しめた!! 桃の超能力から逃れられた!!
私は未だ様子のおかしいオカルンをワームの肉壁に押し付ける。
砂と体液が混ざったと
私はオカルンの頭部にしがみつきながら、コアにかかる重苦しい重力負荷に脳内で中指を立て、構築していた妨害念波を展開。バブルのように張り巡らせた念波でオカルンの頭を防御する。
「っ! ヒロさんスイマセン!!」
『オカルン、変身を。ワームが停止した瞬間、肉壁を破り飛び出して下さい。よろしいですね』
「はい! ──あー、ジブン何回食われるんだよぉ…。ベタベタするしよぉ…萎えるぜ…」
正気を取り戻したオカルンが変身し、トリモチのようにへばりつく上半身はそのままに下半身を持ち上げスタンバイ。その格好でいいの?
「ヒロちゃん頭から降りててね」
ワームが動きを止める隙を見逃さず、私を手で抑えてくれていたオカルンが全身に力を張り巡らせる。
次の瞬間、至近距離で爆発が起きたかのような衝撃が走った。
大穴の空いたワームは、花の茎が折れるようにしてブラリと千切れかけの首を垂らす。
私はオカルンがどこまで打ち上がったか視ようとして。その空いた穴から視えた光景に、思わずコアが縮みあがった。
なんかブリーフ1枚で眼力ヤバい悪霊が外にいるんですけど!!