私は宇宙人   作:蒲鉾三田

22 / 32

豆U・ェ・)ねえ知ってる?
「熱い」って言葉は方言だと「あっちんちん」になるんだって


第十六話 あっちんちんだ

 

 緑溢れる景色が流れていく。

 私は擬態した人間の姿で電車に揺られていた。

 

 長距離における移動手段というものは総じて使い勝手が良い。バスにフェリー、鉄道に飛行機。自分が運転せずとも済む公共交通機関は特に便利である。

 便利ではあるが、敢えて言おう。

 

 ただし電車、テメーは駄目だ。

 

 町から離れゆく窓の外は次第に建物が無くなって、代わりに山とトンネルばかりになり始めている。電車…トンネル…うっ頭が…!

 誰が好き好んで電車なんか使うかよ!! 仕事だ仕事!

 

 私の役目は異能者のお守りと霊に関する調査。今回はその両方である。

 

「ヒロちゃん具合悪いのかな、電車酔いとか大丈夫そう? オレ酔い止め持ってこればよかったー!」

 

 対面に座るジジが心配そうに言う。

 

『お構いなくとお伝えください。電車が運行中、私は動きません。絶対に』

「気にしなくていーよ、ジジ。こいつ電車苦手なだけだし」

 

「えっウソ、マジで!? ごめんねオレん家遠くって、タクシーの方がよかったかな!?」

「乗り物全般ダメそうですけどね」

 

 私はオカルンに腕をがっしりと回し、彼のシャツに顔を埋め込んでいた。

 

 ライムズ星人の軟弱さを舐めるなよ。

 電車が発進停車する度に体が飛んできそうなんだよマジで!

 電車内での私は皿の上のプリンも同然。急停止した暁には床に水風船ぶち撒けたのと同じになるかんな、覚悟しておけ。少なくとも人の形は保てない。

 

 オカルンにびったとくっ付きアンカー代わりにした際、最初こそ彼はオタオタしていたが、電車が動いた瞬間に全てを察した彼はボックス席に座った今も私の肩を支えてくれている。

 ありがとオカルン、サンキューベリマッチョ。この子意外と腹筋あります。

 

 電車にも全員分の座席とシートベルトを常設してくれ! 体幹の弱い宇宙人もいるんですよ! 心の中は憤りでいっぱいだ。

 なんか電車ってだけで腹立ってきたな、ワープ技術をプロファイルして地球中にぶちまけようかな。そんなことしても真っ先に軍事利用されるだろうが。地球人類に凄まじい混沌を生みたいならそうすべきだろう。

 民間に配られる日はいつになるんだよ、二十二世紀か?

 

「到着まで時間あるからさ、じゃじゃ〜ん!オレ、トランプ持ってきた!」

 

 ジジが綾瀬家に来てから数日経ち、現在は土曜の朝。

 電車に乗って向かうのはジジが住む大蛇町白蛇(びゃくじゃ)*1だ。

 

「お、いいじゃんやろうやろう! ババ抜きで最弱王決定戦でもしちゃいますかぁ!」

「ババ抜きですか。ジブン、あんま経験ないっす」

「ヒロちゃんもやる?」

 

 私はオカルンの腹を圧迫したまま首を横に振った。

 ジジは明るい声のまま「そっかぁ、じゃあやりたくなったらいつでも言って!」とトランプをシャッフルし始める。いい子だ。

 善意を拒絶されれば残念そうにするなり、嫌な気持ちになるものだが。この子はそれを表に出さず、善意を押し付けることもなく、真に相手を(おもんぱか)り行動している。

 

 今回の悪霊退治の依頼主である、 円城寺(えんじょうじ) (じん)。通称ジジ。

 彼が引っ越した家には悪霊が住み着いており、その影響で両親が心身に異常をきたし入院。隠してはいるが、ジジ本人も相当参っている。この数日の様子を視るに彼は上手く眠れていない。

 

「しゃあ! 初手からゴリゴリ少ねえ! 勝ったわ」

「でもモモはババ抜きマジ弱だからな〜、オレに負け倒してたしぃ?」

「小学ん時はな! 今度こそボキャボキャにすっから。見とけよ、リベンジマッチじゃい!」

 

「オカルン、ジャンケンしよ! 勝った人から時計回りね!」

「え、あっ。はい…」

 

 安全地帯であるはずの住処すら外敵に脅かされる、それはとても恐ろしいことだ。

 しかしこの地球に於いて、結界に護られていない外側はジャングルやサバンナと同じである。

 

 私は未払いの除霊報酬を払うべく、星子さんの伝手で警備会社を斡旋してもらったのだが。

 星子さんの話によれば、夜間勤務のある職種は霊障やらで体調を崩す者も多く、()()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそ、この手の企業はお祓い師やら(うらな)い師のようなオカルティックな職業とコネを持ち、業務安全、商売繁盛を祈願するのだとか。

 働くだけでこれだ。おお、ブッダよ! 寝ているのですか!

 

 恨み辛みが化けて出るこの地球は常に危険と隣り合わせで、ランダムエンカの妖怪をウォッチした奴からくたばるのである。徘徊伝説にシンボルもいるぞ、いい加減にしろ。

 そして運悪く家に悪霊がポップしたジジくんは、方々(ほうぼう)の霊媒師を頼った末に星子さんを紹介され、今に至る。が、しかし。

 

「イエーイ!! いち抜けアガリィ〜!! フゥ〜!」

 

「ええっ、またですか!?」

「はあ!? そんな早く揃うか!? どっか隠してんだろ、尻の下見せてみろ!!」

「いや〜ん、まいっちんぐ」

 

 暇つぶしに全力になれるのは学生のいいところだろう。

 子供たちはトランプに夢中になってはしゃいでいる。

 

 電車内は走行音があるとはいえ静かなもので、都会から離れるせいか人もまばらだ。

 公共の場で騒いでいても、休日に山間の町へ足を伸ばそうという余裕のある人間は叱るどころか、若人のじゃれあいにどこか微笑ましそうだった。

 注意するような大人はいない。ボックス席に座るのは私を含めて4人だけ。

 

 そう、肝心の星子さんはここにいない。

 

 彼女は神主だ。神様同士にも縄張り(テリトリー)があり、土地神の力を借りる神主はその土地から出ると力を使えなくなる。

 神越市以外で星子さんが除霊するとなると、事前準備に何日も時間や費用がかかってしまう。

 それで異能者の学生たちにお鉢が回ってきたというワケ。

 

 まあ星子さんが桃に任せる程度の悪霊だ、危険度はそう高くなかろう。

 ババ抜きが白熱していく様子をBGMに今後のプランを考える。

 

 これから桃とオカルンは間違いなくじゃんじゃんセルポ+‪‪αに襲撃されるので、今回の遠征はいい経験になる。お守りするにも生身かつ単体のライムズ星人じゃ限度があるからだ。

 私もできることなら何かしらの物資か、分体の数を増やしたいけれど。前者はセルポを返り討ちにすればいいとして、後者はなぁ。

 

「今よけたよね!? おい、カード引っ込めんな」

「引っ込めてません。気のせいです」

 

「現在ジョーカーはオカルンの手元! 僅か3枚のカード! 凄い対決ぅ!!」

 

 またも桃とオカルンの一騎打ちだ。

 いち抜けしたジジが手をマイクに迫真の声で盛り上げた。

 

 地球の食事は生命維持には問題ないが、分裂するには如何せん鮮度と量が足りない。地球の野生生物では小さすぎて、捕食しても分裂できるまでの栄養補給は難しそうだった。

 いや、でもネッシーとかいるのか。なら巨大生物も他にいるかもしれない。その辺にちょい期待。人里にはいなさそうだけど。

 

 私が2人しかいない現状、どちらかが結界内で留守番する必要がある。

 今回は星子さんと一緒に仕事用の分体が留守番しているが、分体は今後から勤務で忙しくなる。雇用される以上、無闇にシフトに穴は開けられない。

 

 本当なら星子さんの言葉に甘えて働いたりせず、学生たちに四六時中張り付いていた方が、彼女たちに取っても私に取っても安全だ。いつ何が襲い来るか、私たちは待ち構えるしかないのだから。

 しかし、私にも通すべき()という物があった。私に守られるほど子供たちが弱くはないことを知っている。

 なんかあったら骨は拾うよ! 任せてくれ。

 

 そろり、と桃が手を伸ばし。

 

「──と見せかけ、こっちだぁあ!!」

「オ〜ウ、イエ〜〜!!」

「ノオオオオウ!!」

 

 3度目のババ抜きがまたしてもオカルンの敗北で終わった。

 ジジと桃にからかわれ、負け越しのオカルンがヘソを曲げる。

 

「オカルン!! 駄菓子あげるよ!! 元気出しな!!」

 

 ジジが鞄を荷物棚から引っ張り出し、パンパンになったビニール袋を誇らしげに開けた。中は駄菓子でいっぱいだ。

 

「うわ超なつかし〜! これスキ〜!」

「沢山買ってきたから、みんな食べて!! フゥワフゥワ!!」

 

 私の前に袋を広げたジジに顔を上げ、オカルンのシャツを引っ張ればそっぽを向いていたオカルンが渋々振り向く。

 流石に取らないのは不自然だが、私の手は塞がってますんで。

 

「そういやあそこの駄菓子屋、まだあんの感動したわ!」

「あそこのお婆ちゃんずっと変わんないもんねー」

 

 袋を抱えたままのオカルンが2人を見つめる。彼からもやりとした苦い感情が漂った。

 桃とジジは幼馴染だ、オカルンではあの会話に混ざれない。彼はどうやら疎外感と嫉妬に思い悩んでいるらしかった。いやぁ青いね〜。

 うろりと目線をさ迷わせたオカルンは下を向き、ポソポソ私に話しかけた。

 

「ヒロさんって、口で喋る時は口調が随分違いますけど。子供っぽく振舞っているせいですか?」

『いいえ。私は声帯に不慣れです。そのため、発声が途切れる不自然さを端的な口語にて解消しています』

「ああ、それで短く話してるんですね」

 

 オカルンはほんのちょっぴり微笑んで、それから桃とジジが小学生の頃の話で盛り上がる様子を見つめた。それきり彼は押し黙る。

 私の擬態事情では気分転換にならなかったらしい。いつもなら宇宙人の話でテンションが上がる彼も、現在進行形で脳をめちゃくちゃにされてたらそうもなろう。青少年よ、頑張りたまえ。何事も経験だよ。

 

 私は袋いっぱいに詰まった駄菓子を眺めた。

 うめぇ棒にキャベツ次郎に、なんだこりゃ、もげもげフルーツ…? 知ってるのに知らない名前だらけだ。

 

Turbo Granny(ターボ グラニー)も駄菓子を食しますか』

 

 荷物棚の上。

 桃の旅行鞄の中に隠れ潜んでいた招き猫が、鞄ごと僅かに飛び上がる。

 

「くそだらぁ! 気づいてんじゃねえよクソ饅頭!」

 

 小声で怒鳴ったターボババアは、鞄の中で忌々しそうにモゾモゾ体勢を変えた。

 

「テメェそこら中覗きやがって、何も学んじゃいねぇクソだぜ」

『なるほど。気をつけましょう』

 

 確かにターボババアの言う通りだ。この地球で常から壁や物を透視するのはあまりよろしくない。

 何を視認するか分からない状況では一般的な地球人の視界に留めるべきだろう。省エネ省エネ。

 

「ガキどもにワシのことは秘密にしろ! さもねえとテメェをすり身にしたらぁ」

 

 低い声で脅す彼女は、特段なにか悪事を働こうというわけでは無さそうだった。

 

『グラニー、目的は何でしょう』

「温泉に決まってんだろ! 小僧の住所、そこは温泉地帯だ」

『湯治をお求めですね、後ほど私から桃へ打診します』

「分かってんじゃねえか」

 

 彼女は尊大に鼻を鳴らす。

 ターボババアの外見は猫だが、媒体は招き猫だ。こっそり持ち込んでも毛が抜けたりはしないだろうし。忠告してくれたお礼と、ごますりである。

 強い妖怪本人に話が聞けるなら、これ以上ない素晴らしいことじゃなーい?

 

「それと、駄菓子とか言ったな? …スナックは?」

『あります』

「やったぜぇ!」

 

 オカルンから手を離し、袋からせっせとスナック菓子を取り出していたら電車が急に減速した。っだあ、ボケ!

 座席から落ちかけた私をオカルンが慌てて捕まえる。地球に来てから電車にいい思い出がねえ!!

 

『Crap train』

「どーゆー意味だそりゃ」

『電車はクソです』

 

 ターボババアに「笑かすんじゃねえ!」とどやされた。

 

 

 

 

「ちょいちょいちょい! ちょっと温泉地じゃないっすか!?」

 

 桃がキラキラと目を輝かせる。

 山中でも所狭しと密集し築かれた旅館に飲食店、土産屋に遊戯店。観光客を相手にする店の数々に、そこかしこに掲げられた温泉の文字。

 この土地が温泉によって栄えた豊かな土地だという何よりの証拠だ。

 

「親父が近くの大学で火山の研究しててさ、それでオレらも越してきた感じ」

 

 休火山…という呼び方は古いか。活火山でありながらも、200年程噴火していないという山の恩恵がこの町を支えている。

 キャリーケースを持った大人の集団や、肩にタオルを引っ掛けた老人。子連れの家族に、海外から来たであろう異国風のグループなど。様々な旅行客が目当ての温泉や宿を目指して急勾配の道路をにこやかに登っていく。

 賑やかな喧騒と華やかな町並みは一見、何の変哲もない観光地に見えた。

 

 だが。

 心身を癒すためのこの地に似つかわしくないものを私は感じ取っている。

 ジジの話を聴きながら、私はこの温泉街から漂う嫌な臭気にコアをさざめかせた。

 

 奥へ奥へと足を踏み入れる程にその臭気はやおら増していく。

 山の中で獣の群れに補足され、周囲を知らぬ間に囲われていく違和感に気付き始めた時のような、ザワつくそれ。

 私たちを逃がすまいと、確実に害そうという絡みつくような敵意の臭い。

 

 敵に狙いを定められている。

 そう、ライムズ星人の本能が告げている。

 

 周囲を念視で視やれば、顔に笑みを貼り付けた中年ほどの人間たちが店や家のあちこちからジジと私たちを目の端で、さり気なく、客を相手にするフリをしながら──至る所から見張っている。…なんだ?

 

 私は警戒心を引き上げた。

 これは、ただの悪霊退治では終わらないかもしれない。

 

「うぉいヒロ、大丈夫か〜」

 

 誰よりも遅れてえっちらおっちら長階段を登る私に、しんどそうにしながら桃が振り返る。

 ジジの家は山頂付近にあるようで、私たちは歩いてそこに向かうことになったのだが。

 

 道のりが長い。

 先の見えぬ階段と登り坂、そしてまた階段。階段。階段だ。

 いや体力的には大丈夫だし、浮遊するより足で地面を押す方がちょっとだけ速いんだけども。階段登るとなると擬態の操作が一々大変で。あと足が短い。

 

「…桃、オカルン。抱っこ」

 

 これ以上は待たせすぎると判断し、私は階段の途中で桃たちを見上げた。

 ってことで、持ち上げてプリーズ!

 

「は!? 自分で歩けし!!」

「ええ…!? 流石に、無理ですよ…!」

「ヒロちゃん疲れちゃったか〜。よしよし、オレに任せろ!」

 

 誰よりも体力の有り余るジジが階段をダダダーっと降りてきて、ひょいと私を抱えた。

 うっわ、腕の筋肉…えっ、腹筋もエグ!?

 

 彼はとんでもないムキムキだった。

 桃とオカルンが息を切らして登る横を軽々追い抜かし、ジジは私を揺らさぬようしっかり抱き上げたまま階段をぐんぐん上がって行く。おおっ、早い早い。

 階段に次ぐ階段の山をジジは桃とオカルンを待ちながら登りきり、私は2人より一足先にジジの家を眺めることとなった。

 

 綺麗な白い一軒家だ。

 山頂付近で移動が大変とはいえ景色も綺麗で、家の周りには観葉植物が品良く並んでいた。

 ただその花と葉はほんのり萎びかけている。世話をする人間が長らく留守にしているからだろう。

 丁寧に並べられた物の中で、何故か窓の近く。ベランダ下の鉢植えだけ土がこぼれ、ズラされた跡があった。…誰かが家の中を覗いたのか?

 

 私は()()()から漂う粘着質な臭いに警戒しつつ、ジジに降ろされ地面へ足をつける。彼を見上げお礼を言った。

 

「ありがと」

「いいよー! ヒロちゃん、羽みたいに軽かったし!」

 

 ジジが片足立ちでポーズを取りながらおちゃらけて言う。あの階段地獄を登った後に凄いなこの子。

 ここら辺は坂道に階段の連続で歩くだけでも重労働なのだが。こっちでの通学の時も毎日こんな感じなのだろう、自転車通学だとしても登りは大変そうだ。そりゃムキムキにもなる。

 

「ゼー、ゼー、あんた、どんだけ体力あんだよ…!」

 

 そんなジジと裏腹に桃は四つん這いで息を切らし、オカルンはといえば地面と熱いベーゼを交わしている。

 

 返事がない ただのしかばねのようだ。

 

「どう、モモ? 何か変なオーラとか見える?」

「はあはあ…見えない。てか、めっちゃふつー」

「マジ!? 霊媒師の人達みんなヤバイって言ってたのに!!」

 

 ジジはちょっとだけ困った顔をした。

 彼の話が本当なら、桃の時だけ何も無いというのはおかしい。1度でも同例があるなら別だがそうではないようだし。

 モグリの霊媒師だったか、悪霊が反応する要因が揃っていないか。はたまた…悪霊ではなく、別の物がジジの家を蝕んでいるか。

 

 私たちは家の中へと上がり、桃を筆頭に押し入れからトイレまで、ジジの家をくまなく探索した。

 しかし何も見つからず、桃は渋い顔で私を見た。

 

「ヒロは何か見えないわけ」

「ん」

「えっ、ヒロちゃんも何か力とか持ってんの!?」

 

 私は桃の問いに首を横に振った。

 桃が視終えてから一応軽く家の中を透過して隈無く視てみたが、特に気になるところはなかったように思う。

 

 だが相も変わらず外は臭うし、何かが微かに()()()()はいた。しかしその謎の音の出処がよく分からず、なんの意味があるのかも不明だ。

 本当に僅かな違和感がふと消えたり、聴こえたり、それもマチマチで。この家…何か変…。

 

 ジジの両親が入院したのも、ジジが霊を視えるようになったと主張しているのも、霊的なものではなく作為的なものだとしたら? 話は変わってくる。

 この町の人間が円城寺一家に呪いをかけるだとか、悪意のある何かをしているなら原因を突き止めなければならない。

 きな臭くなってきた。

 

「とりあえずひと休みしよ。オカルンも座りな」

 

 ジジがジュースを取りにキッチンへ向かう傍ら、ソファに座った桃がオカルンに隣を叩いて示す。

 

「霊なんてどーせ夜にでもなったらしれっと出てくんだから、休める時に休んどこ」

「はい…」

 

「というわけで、ヒロと温泉街行ってきます!!」

 

 お? 急にどうした?

 私は桃に肩を持たれ、玄関へと押しやられた。ターボババアが温泉に行きたいって言ってたから別にいいんだけどさ。

 されるがままついて行き、靴に足を突っ込んだところで桃に手を掴まれる。

 

「んじゃ、ジジと仲良くやってくだせぇ」

「え!! 本当に行くんですか!? 霊が出てきたらどうするんです!!」

「大丈夫! 夕方には帰ってくるから!! 行ってきまーす!」

 

 駆け足の桃に半ば連れ去られるようにして、私は足を動かす。

 

 ああ、そうだ。

 

『オカルン』

 

 私は玄関先で立ち往生するオカルンへ、擬態の首を動かし振り返った。

 

『誰が来ても、ドアを開けてはなりませんよ』

 

「…え?」

 

 気をつけてね。

 

 

 

 

 適当に汗を流したいという桃に近場の温泉を所望され、私たちは古びたボロ温泉へと足を運んでいた。

 私にはターボババアを秘密裏に温泉へ投入する義務がある。なので寂れきった人のいない場所を選ばせてもらった。

 

 赤と青の男女に別れた擦り切れた暖簾(のれん)を見て、桃が私を見下ろし聞く。

 

「ヒロって性別どっち?」

『我々に雌雄はございません』

「あ、そーなの?」

 

『現在人間に擬態しておりますが、服の下のディテールは省略しております』

「乳首とかないってこと!? ウケるんですけど! ちょ、見せて見せて!」

 

 なんでそういうとこだけ理解力が上がるんだ、この子は。

 

 ライムズ星人は服での体温調節を必要とせず、ゲル体の可変都合や母星の資源の乏しさなど、様々な理由から服飾文化のない種族だ。

 異種族が服を脱いだところで、感覚的には新聞紙で巻いた中から大根や白菜が出てくるようなものである。

 なんなら初対面で桃と愛羅の裸同然の姿を視て、オカルンなんて生まれたままの姿で暴れてるのを視たわけだし。今更だろう。

 

 桃は一頻り面白がって笑い転げた後、脱衣所で私にダル絡みした。

 

「てかさー、ヒロの視界って壁とか筒抜けにできるじゃん? 普段から服とか貫通して見えてんの?」

『いいえ。被服史を有する種族は、身体の秘匿を暴かれることを嫌う傾向にあります。敵対種族でもない限り、そのような尊重に欠ける行為はいたしません』

「あー。見ないってことね」

 

 他種族に対し基本ノンデリのライムズ星人だが、私は好奇心を自制する友好的なライムズ星人ぞ。体内ならまだしも常時服の下視ても何も面白いことないし。

 敵対したところで宇宙人に出回る擬態スーツを使われていると、甲殻や皮膚と密着して生体エネルギーで妨害され、元の種族の判別はつかないが。服や荷物に仕込んだ異星製武器なんかは視えるので、一概に使えないというわけではない。

 

「なんか見えるなら見ちゃいそー、宇宙人がパンツ履くのか気になるし!」

『私にも配慮(デリカシー)はあります』

 

 人間だって人のトイレじろじろ見たりしないでしょ!

 私が関節の動きを保ったままTシャツを脱ぐのに四苦八苦していると、桃が何も考えていなさそうな顔で口を開いた。

 

「そういやヒロってパンツ履いてんの?」

『あなたにはないようです』

 

 

 

「ちょっと! なんでターボババアがいんだよ!」

「ワシを置いて抜け駆けしようったってそうはいかねえぜぇ」

 

 私が胴体にタオルを巻き、桃の鞄からターボババアを抱えてやって来ると、先に髪を洗おうとしていた桃が声を上げた。

 

『ターボグラニーは温泉を所望しておりました』

「連れて来たのかよ!?」

 

「水饅頭なんぞに頼むかよ。ワシはこっそりテメェのリュックに忍び込んでただけだぜ」

「いや、ふつーに来れば」

 

 ライムズ星人はゲル体のおかげで常に清潔で体温も一定のため、入浴は必要ないのだけれど。

 星子さんが言うには禊*2は大切なことらしいし、この地球では私も入浴を習慣づけるべきだろう。

 

 それに()()()()で桃を単独にはできない。

 

 私はターボババアを下ろし、念を空気中へ浸透させる。そうして湯気を手繰り寄せた。

 ミストサウナのように立ち込めた湯気が徐々に霧のカーテンを生み出し、私たちの姿をシルエットへと覆い隠す。

 

「急にヒロのこと引っ張って来ちゃったけどさー」

 

 肩まで湯に浸かり、気持ちよさそうに息をついた桃が言う。

 

「ウチら抜きでオカルンとジジに仲良くやってほしくて。男同士の友情ってやつ!」

『そうですか。桃は優しいですね』

「ふふーん、そうじゃろそうじゃろ」

 

 円城寺家と私たちを狙う町人は()()な人間だ。悪霊という別の問題に目を向けさせ、周りにバレぬよう着々と這いより、静かに毒を盛っている。

 つまり家にさえ籠っていれば、無理やり鍵を開けて入ろうとはしないはずだった。子供相手に警察沙汰になるような、この町に居られなくなるような痕跡を残すとは思えない。

 

 とぐろを巻いた蛇の湯口がトクトクと熱湯を注ぐ。

 岩風呂に浸かり、桃とターボババアは気持ちよさそうに体を伸ばしていた。

 ジジ曰くこの町には大蛇伝説があり、ツチノコ神社なるものもあるそうな。だから温泉街のそこかしこに蛇モチーフの物があるわけだ。

 

 町の年配の人間が私たちに敵意を持っているのが気になる。

 大蛇の伝承とジジの家の悪霊は何か関連性があるのだろうか。

 ジジの父親は火山研究の先生だ。火山で何か、知らぬうちに良からぬ物に触れた…とか?

 神社で伝承を詳しく調べるのも手だろう。

 

 私は湯に体を浸けながら、じっと思考を巡らせ──脱衣所と温泉を区切る扉を視認した。

 

 先程から()()()()いる。

 

 私は脱衣所からこちらを覗こうとする男たちを念視で観察し、念聴で会話を拾い上げた。

 

 無駄にガタイのいい5人の男たちは扉に張り付き、猥褻な話を繰り広げている。

 どうやら彼らは鬼頭家という括りで、“祭り” の前に母ちゃんに内緒で遊びに繰り出しているらしい。湯気でろくに見えないと文句も垂れていた。

 

 このボロ温泉に監視カメラは置いておらず、番頭もヨボヨボな耳の遠い爺さんだ。連中に初犯らしき緊張も何もないし、常習犯だろう。法律遵守するだけの知能もないらしい。

 それにしても、ここで祭りがあるなんてジジから何も聴いてないが。村単位の小規模な催しだろうか。

 

 思考を回しながらターボババアが水面に浮いているのを眺めていれば、ゆっくり浸かって満足したのか、桃が髪に巻いていたタオルを取り暑そうに言った。

 

「ちょっとのぼせてきたわ。露天のわりに壁が高くて景色見れなかったのが残念だったけど。ヒロ、そろそろ出よっか」

「ん」

 

 私が頷き、上がろうとする桃に追従すると──ガラリと脱衣所の扉が開いた。

 

「おー先客がいましたかー」

 

 風呂場に立ちこめる湯気の中から何食わぬ顔で現れたのは、ぺたぺたと石畳を歩いてくる5人の裸の男たちだ。

 私が立ったまま連中が来るのを眺めていれば、桃が私の腕を引き、湯に肩まで沈めて後退りする。

 

「こりゃまたべっぴんさんじゃあないか」

「え!? ちょ、なに…!?」

 

 お湯を体に引っかけ、ザブザブと温泉に浸かり出す中年の男たちはニコニコと顔に笑みを貼り付けている。

 

「おじょうちゃんたち、若いのに混浴?」

 

「えっ、いや読めねぇわ!!」

 

 桃が壁に書かれた看板を見つけ、そのあまりのボロさにツッコミを入れた。うーわ、私すら気付かなかった。

 というか混浴という概念がこの時代にまだ存在していたのか。道理でこの温泉に地元民すらおらず廃れてるわけだ。

 

「ちょっとヒロ、あの人達どうにかできない?」

『どうしますか。少々沈んでもらいますか』

「いやそこまでやれとは言ってねーよ」

 

 ひそひそと桃が話しかけてくるが、ゆっくり温泉に浸かったせいかのぼせかけていて辛そうだ。

 でもね、サッサと引き返さず温泉に浸かってたのには理由があるんですわ。

 

『しかし彼らは、我々に害意があるようです』

「は!?」

 

「お姉ちゃん、()()って知ってる?」

 

 男の1人に話しかけられ、桃が振り返る。

 

「混浴の温泉によく出没して女の人の裸を狙ってくるヤツらのことを──」

 

 5人の男たちが脱衣所への逃走経路を塞ぐように、編隊を組んだ。

 

「──()()って、いうんだよ」

 

 こいつはくせえー!! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜーッ!!!

 

 性器(バナナ)に脳を寄生された嘆かわしい生物め。それともそんな劣った遺伝子を残すために性器(バナナ)が躍起になってんのか?

 こいつら加害する気満々でスタンバってやがって、クッサいのなんの。桃がいなきゃすぐにでもトンズラしてたとこだ。だが抵抗するなら湯の中にいるべきである。

 桃が嫌悪と腹立たしさに顔を歪めた。そして私を引き寄せ、敵を指さす。

 

「ヒロ! やっちゃえ!」

「もげもげフルーツ」

 

『動物的なD*ck headですね。私は猿は嫌いです』

 

 まさか悪霊より先に人に襲われることになるとはね!

 念を水中へと浸透させる合間に、詰め寄ってきた男の1人に腕を強く掴まれる。

 

 だがしかし、おまえさんの精子工場は本日をもって閉鎖だ。水中にいるライムズ星人を襲う栄誉を讃え、ダーウィン賞*3をくれてやろう。

 

 私の髪がざわめき、瞳が青い発光を透過する。

 性犯罪者共、 アリーヴェデルチ( さよならだ! )

 

 

 そして突然、湯口が爆発した。

 

 

 私を拘束していた男の顔に蛇の頭が突き刺さる。

 石の塊にノックアウトされた男は温泉に薙ぎ倒され、ひっくり返って沈んだ。

 驚き視れば蛇の石像は粉々になり、熱湯が間欠泉のように轟々と天高く飛沫を上げている。えっ、そんなバナナ!?

 

「あっち〜〜!! ウチにまで被害出てるって!!」

『いいえ。私は何もしていません』

 

 桃が背中を擦っているが、マジで私何もしてないぞ!? 急に爆発したんだが!?

 

「なんかよくわかんないけど、今の内に逃げんぞヒロ!」

 

 桃は私の手を強く引き、お湯をかき分け温泉を上がる。ああっお湯から離れちゃう!

 逃げたところで脱衣所まで侵入してくると思うんだけど、先に始末した方がよくないかな!

 

「あ!! 女が逃げるぞ!!」

「捕まえろ!!」

 

 軋むような異音が響く。

 温泉を囲っていた高い塀が独りでに大きな音を立てて倒れ、男たちが温泉の中に押し潰された。

 マジで、なんだこれ!?

 

「あぶねぇ!! 塀が倒れてきたぞ!! 早く出ろ!!」

「あばああ!! 潰されるぅ!!」

 

「ヒロ、早く! っあ!!」

『むぎゅ』

 

 足を掴まれ、桃が転ぶ。

 桃に下敷きにされた私は重さに呻いた。

 

 男がイヤらしい顔で桃の足を捕まえ、這い寄ってくる。こいつこの状態でまだヤろうってか、脳みそにチンポ型の腫瘍があるだろ!

 

 そして、一帯に黒く影がかかった。

 目をカッ開いた男が手を離し、転がるように逃げていく。

 ギ、ギ、ギ、と脱衣所の壁が倒れ、屋根が落ち。最後にはバーン! と雷のような音がして、脱衣所とプライバシーは粉々になった。

 逃げ切れなかった男が壁の下敷きになっている。

 

 私たちはといえば、脱衣所の扉の枠に収まって全くの無事だった。

 ぽかんとその惨状を2人して眺め、顔を見合わせる。ド…ドリフのコントみた〜い…。

 いや! いくらなんでもおかし過ぎる!! 何ぞコレ!?

 

「ちょ…眺めいいじゃん」

 

 塀もボロの建物も倒壊し、大自然の山並みをバックに噴き出す間欠泉が温泉に虹をかけている。

 ふきっ晒しになった光景を見て、桃が呆然と呟いた。

 あのさぁ、桃ちゃん…きみ大物になるよ。

 

「ふー、いい湯だったぜ。たまたまボロい温泉で良かったなぁ。ラッキー持ってるぜ、ワシはよ」

 

「ターボババア! そっか、おかげで助かったわ! ありがと」

 

 桃が礼を言いつつ、脱衣所で唯一壁を残している仕切りカーテンに私を連れて身を隠す。えっ、何? 今のターボババアが助けてくれたの?

 私は桃とターボババアの水分を飛散させ、髪と体の水気をサッと取っぱらった。

 

『グラニー、何かしましたか』

「誰がテメェらなんか助けるか。この()の能力が勝手に出ただけだぜ」

 

「招き猫だから幸運を呼ぶんだってさ」

 

 それは…凄い。運命力を操作する力が招き猫にあるとは。

 星子さんが力を借りる神が存在する上に、縁起物もガチで効果あるのかこの地球。ヤバいな。

 

「誰じゃこんなんしたヤツは!!」

 

 この場にいない第三者の怒声が響き渡る。

 建物が倒壊するこの騒ぎだ。人がわらわらやって来て、温泉にいる男たちに目をつけた。

 

「お前らがやったんかコラァ!!」

「あ!! こいつら鬼頭家の!! また悪さしてんのかテメェら!!」

 

「ヤバイ!! 商工会の連中だ!!」

 

 どうやら商工会は秩序側であるらしい。

 警察に事情聴取されるとジジの家の事が片付く前に帰れるか分からなくなる。あとは任せて私たちはトンズラしよう。

 他に見られていないのをいいことに、急ぎなので私は関節を無視して服を身にまとった。

 

「捕まえろ!!」

「警察に突き出せ!!」

 

 犯罪者どもは裸一貫で温泉街に逃げだしていく。全裸の露出魔が5人も人里を駆け回れば警察もとっ捕まえてくれるだろう。

 

「ゲスどもが!! 一生捕まっとけ!!」

 

 桃が汚い尻に向かって捨て台詞を吐いた。

 

 まったく、連中はどうせ同じことを繰り返すのだろうから私が収穫してやろうと思ったのだが。運が良かったようだな。

 まあ温泉に罪は無い、血の池に浮かばぬ幸運に感謝したまえ。

 

 アリーヴェ帰ルチ( さよナランチャ! )

 

*1
原作第50話のニュースでは大蛇町。ダンダダン大図鑑では大蛇村の表記揺れ有。第194話では白蛇村と表記されており、恐らく大蛇町白蛇村が正式名と思われる

*2
体に溜まった罪や穢れを洗い流し、心身を清らかに保つこと

*3
自らの愚かな行為によって「死亡する」もしくは「生殖能力を喪失する」ことで劣った遺伝子を抹消し「人類の進化に貢献した」人物に対する皮肉として贈られる賞





<おまけページ>


「ああ、ちょうどよかった。まだ会ったことなかったよね? 新人の “亀貝(かめがい) 博海(ひろみ)” くんだよ。夜勤多めにしてくれるみたいだから、色々と教えてあげてね」
「どうも」

 ちょび髭の温和そうな老警備員に呼び止められ、タバコ休憩をしていた男は顔を上げた。
 老警備員の後ろで、もじゃ髪で目を覆った若いのが小さく顎を引く。

「夜勤仲間? よろしく」
「っす」

 新人は会釈をすると、背を向け去って行った。
 そんな根暗そうな新人の後ろ姿を見て、目の下に隈をこさえた男は頬杖をつきながら言った。

「あの新人、どうにも無愛想っすね〜」
「でも話はちゃんと聞いてるし、研修も真面目にこなしてるいい子だよ」

 ちょび髭の警備員がのほほんと言う。
 無口で自分から話さない新人ではあるものの勤務態度に問題はなく、むしろ覚えの早い新人であった。
 ちょび髭警備員が「そうそう」と思い出したように話を続ける。

「そういやあの子、昨日街で見かけたんだけどね。なんと、大食いチャレンジの店にいたんだよ。揚げ物のとこ!」
「へー、あそこの山盛りになってるやつっすか。ちっこいのに以外と食べるんすね」

「それが凄くてね、最初から最後まで表情も食べる速度も変えずにパクパク平らげちゃって。向かいの店から見てたんだけど、思わず関心しちゃったよ」
「若いっすね〜。俺もう揚げ物とか食えねっすわ」



「え、限定デラックスあんみつキングパフェ!? 絶っ対行く!!」
『最大4名で挑戦でき、完食で無料だそうで。栄養を補給しましょう』
「おいワシにも食わせろ!」
「予約入れといたからな。お()えら、気合い入れて掻っ込め!」
「ウオーッ!」


「ふー、食った食った」
「うぷ…も、食えね…。しばらく甘いもんはいいや…」
「殆どヒロが平らげたな。お()えそんだけ食うってことは、普段の飯足りてねえんじゃねえのか」
『お構いなく。我々は貯蓄型ですので』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。