大砲が貫通した様にワームに穴が空いた。
オカルンの
弾けた肉の外側で、階段の欄干にしがみつき今にも落ちそうなジジと桃が目を丸くしていた。
「なんか出たぁ!!」
「今のって、オカルン!?」
私の視界には、傷だらけの桃とジジ、顔を顰めたターボババア。
そして宙に浮く、白く長いものが映り込んだ。
死人を通り越した白い肌。
かかしの如くひょろりとノッポな体。
皮膚はボコボコと骨が出っ張り、乾涸びた老木の様だった。
足首まで届くほどの腕が、老木の胴体の両脇にまるで伸びきった首吊り死体みたくぶら下がっている。
それから。
ゾワリとした拒否反応。
私は即座に視界の一部をこそぎ落とし、
顔を視てはいけないタイプだったらしい。ここで死んだ生贄の霊魂が悪霊化したんだろう、なんで悪霊が神域を徘徊してんだよ!
えっ、もしや封印なしのエブリデイ野放し? マ? 鬼頭家の連中は正気か? あ、いや。普通に頭おかしかったね。
ワームの中からひょっこりはんしただけなのにどうして災いが畳み掛けてくるんですか?(電話猫)
ぶちりとワームの首が千切れた。
私は落ちる頭部に便乗し、悪霊と物理的に距離を取る。同時に、頭を失ったワームの体が弛緩し倒れ──ることはなく。
千切れた場所からズクズク牙が一斉に生え、傷口がずるりと皮を被ってワームの口が再生した。たけのこニョッキッキ。
多少体が短くなれど新品の頭を生やしたワームは、こちらに合流しようと上層で走っていたオカルン目掛け、元気に壁に突っ込んで行く。
上から砂の飛沫がどうどう降り注ぐ中、桃が顔を庇いながら叫んだ。
「はぁ!? 口が生えたんですけど!!」
『ワームは再生する生き物です』
「何だそれ!! ずるいだろがい!!」
大質量の肉が下層に突き刺さる前に、私は衝撃を受けぬよう浮遊する。
ジジが下を覗き込み、私を見つけた。
「あっ! ヒロちゃん、だよねっ? 大丈夫!?」
『はい。脱出の手筈を整えます』
分裂の準備するからそっちはそっちで何とかしてね!
内部の空間は外部の建築様式より更に異様だった。
床に敷かれたシャワーや鏡、壁に張り付く便器や本棚。コラージュのように部屋が上下左右めちゃくちゃに継ぎ接ぎされ、渡り廊下と下に続く螺旋階段を形成している。
ワームの千切れた頭部は渡り廊下に突き刺さって沈黙していた。こちらから生えることは無いようで一安心。
私は千切れた頭にゲル体を広げ、肉を溶かす。
その瞬間、私は衝撃を受けた。
あっ、凄い! クサい!! エグい!!!
毒物みたいな刺激にやられ、思わずゲル体を離す。
オエッ。なん、何でこんな、臭うドブ川とか排泄物を放置した公衆トイレみたいな饐えた味なんだ。この空間を満たす臭いよかマシだが、マシだからって美味しいわけじゃない。
悪霊化するような人間パクパクワームだからこんなゲーの味になってんの? ジェネリック呪霊玉?
じゃあ悪霊を溶かしたらもっと酷い味がするんだろうな…うへぇ。味覚切っとこ。
「そいつの目を見んじゃねぇ!!」
「ジジ!!」
ちょっとばかし味に翻弄された隙に大変なことになっていた。
悪霊がジジに覆い被さっている。
悪霊の顔を直視させられただろうジジが瞬く間に豹変した。
目が血走り、ビキビキと顔に血管が浮く。
食いしばった歯が軋み、筋張った指が痙攣した。
鬼の形相だった。
悪霊に干渉された彼は、殺意と憎悪の激情を撒き散らし始める。
『これは』
「こいつ、“邪視” なんだって!」
「狂って自殺したくなきゃそいつを直視すんじゃねえ!」
また邪眼持ちの悪霊か!!
しかも私の念視越しでも知覚外に切り替えなきゃ駄目なヤツだ、常人のジジじゃそりゃイチコロよ。
討伐対象のワームに加え、ブリパン一丁のエネミー乱入!!
桃ちゃん、ジジ守って! 役目でしょ!
「しっかりしろ!!」
『気を確かに』
ターボババアが怒声を上げる。
私も念話を送り、思念で彼の脳の異常を押し流そうとした。
だが邪視は凄まじい念を放っており、それに阻まれ私の念話が弾かれる。
『念の干渉を阻害されています』
「ジジ!! 今そんなヤツにかまってるヒマないんだから!!」
桃が超能力で邪視を引き剥がしにかかった。
視線が逸れたのか、ジジがハッと正気を取り戻す。
「なにこいつ、全然離れないじゃん!!」
しかし邪視は手足をジジに絡め、意地でも離れようとしなかった。
ええい、サナダムシめ。ワームを倒してやるってのに邪魔をするな!
「やめろ、モモ! こいつは違うんだ!! 悪いヤツじゃないんだよ!!」
「え!? そうなの!?」
ジジが急に声を張り上げた。
その剣幕に、桃が超能力の手を離す。
「こいつはずっと1人で戦ってたんだ!! ずっと苦しんでたんだよ!!」
「ちょ、ジジ!! どこ行くの!?」
ジジは突然、邪視を背負ったまま螺旋階段に飛び降りた。
おい待て! 乗るなジジ、戻れ!! ちょっと、ジジくん!? 啓蒙を得てないかい!?
『ジジ、駄目です。STOP.後にもできます、ワーム討伐後でも。ジジ』
桃の静止も聞かず、ジジは走る。
私の必死の説得も邪視に妨害され伝わらない。
彼は全速力で、我武者羅に、下へ下へと突き進んでいた。桃が追いかけるも、どんどん引き離されていく。
ああもう、身を守る手段もないのにワームの感知内で走り回るんじゃあないよ!!
上層から地響きと共に砂が振ってくる。
オカルン1人ではワームは倒せない。敵の情報は得られた、出直すべきだ。
『桃、今すぐジジを連れ戻して下さい。脱出が最優先です』
「分かってる!!」
螺旋階段を駆け下りながら彼女が応える。
私はジジが向かう先を視察して、そこに奇妙な違和感を感じた。
螺旋階段の最下層。
混沌に歪んだ営みの名残りがぶつりと途切れ、無骨な岩肌に閉ざされた最奥。
場違いに鎮座する腐りかけの木の扉。
その中には木造の殺風景なボロ部屋があるだけで、一見何もない。
だがそんなはずはないのだ。
私の念臭は下から澱み漂い流れ来る、夥しい臭気を感じ取っているのだから。
「いるんだろ!! この下に!!」
この感覚に覚えがある。
桃の家の鳥居。
ジジの家の隠し部屋。
そこにあるものが認識できない現象。
「
邪視を連れ立つジジの言葉に私は確信した。ここが悪霊用の結界か!
両開きの扉には✕印が書かれ、
封印があるのに邪視がこの神域に出没しているのは封印が解けかけているのか、ここが生贄たちの死んだ
中から漏れ出る臭気は邪視と同一、いやそれ以上…!!
『桃、急いで』
「分かってるって!!」
私はワームの肉を大急ぎで片っ端から溶かした。
これを吸収できれば私含めて凡そ3人にはなれる、この人数なら流石に人間を運べるはずだ。短期間で何人も増えるのは気力体力をごっそり使うが、味は最悪でも想定以上にワームがエネルギーを蓄えていた。
事態がどう転ぶにせよ、私ができることをするしかない…!
私は邪視について詳しいであろうターボババアへ念話を飛ばし、最も危惧している事を尋ねた。
『ターボグラニー、邪視の呪いは感染しますか』
「あ? 今の邪視に
彼女はイライラと落ち着きなく吐き捨てる。
新たに会得する可能性があるのか、共有ぶん投げは不可。
私は即座に分体のシグナルへ念の波長を絡ませ、
『異常の報告をどうぞ』
桃の暴走で一度私のシグナルがロスト&リポップしたからだろう。繋がった瞬間、分体が好奇心に満ちた思念を返してくる。
『
求めていた異常の報告じゃなくて悪いね、異常事態ではある!! そっち今何してる!?
『
返答と同時に送られてきたのは、牧場で分体が星子さんと、見知らぬ親子と一緒に牛乳飲んでる “一方その頃” の光景だった。
OK牧場。のどかだね、何してんの?
いや星子さん同伴アピなのは分かるが何してるのこれ??
くそっ、こっちもカオスティック九龍城砦に突き刺さるワーム肉を送信して分体を困惑させてやりたかった…! ファルコン・ランチ。
ふざけている場合では無い(迫真)。
いや、分体増やすためにやる事やってるけど。マルチタスクできるせいでいらん事まで考えちゃってるだけだけど。
しかし、分体のおかげで多少落ち着いた。
先ほど念を抑えられ錯乱したせいで正直、精神負荷が相当酷かったのだ。
分体が私の沈静化のため、平静の感情を念話と共に送り込んでチューニングしてくれていた。
常に分体と繋がり、知覚した数多の情報で満たされるライムズ星人に完全なる “無” を与えるのはやめてください死んでしまいます。
もうパニック↑パニック↓よ。人間が無音室で発狂するように、ライムズ星人は “無” によってその思考能力も相まり秒で狂うんですね。
私だから耐えられた…! 私じゃなかったら? 発狂して死んでます。
ジジは…見れば発狂し、自殺するという邪視の目に何を見たのだろう。
恵まれた肉体で螺旋階段を駆け抜けるジジは息を切らし、最下層へ辿り着いた。辿り着いてしまった。
彼は鎖された扉が目につくなり、閂に飛びつくように手を伸ばす。
重い横木を抱えて投げ捨て、古びた扉のささくれもまるで気にせず引き放って開け放つ。
そうして、奥に隠されていた物が顕になった。
「こんなとこに…ずっと閉じ込められて…」
部屋の奥にあったのは、柱に磔にされた子供の焼死体だった。
この場の古さからして恐らく、大蛇信仰の人柱にされた最古の犠牲者だろう。
「守ってくれてたのかよ…ずっと、オレのこと…」
ジジの背にしがみついていた邪視はいつの間にか姿を消し、札の貼られたその部屋に彼は足を踏み入れる。
「ハァ、ハァ…! 一体、どーしちゃったのよ! なんなの、この部屋!!」
桃が息を切らしながらよろよろと追いつく。桃の肩に掴まるターボババアは険しい顔でジジを睨んでいた。
なぜこの贄が大蛇に食べられていないのか、なぜ焼死体となっているのか不可解な点は多いが。それよりも邪視の封印が解けたことが不安でならない。
あと、ゲル体を広げてせっせとワームの体を吸収してはいるんだけど。
逆さに刺さったワームの口から、砂と体液の混合物──ベッタベタの粘液が出まくって止まらないんですわ。
「やめろ!! それ以上ヤツに近づくな」
引き寄せられるように焼死体に、邪視の亡骸に歩み寄るジジに、桃の鞄からターボババアが身を乗り出す。
「同情なんかするんじゃねえ!! そいつは、人間を自殺に追い込む妖怪だ!!」
「違う!! オレ達と同じだよ!! 姿は変わってもオレ達と同じなんだ!!」
「同じじゃねぇ!! テメェはなにもわかってねぇ!!」
「ちょっと待って!! 2人とも落ちついてよ!! 一体なんなのこれ!!」
桃が混乱しながら押し問答に口を出した。
こうしている間にも、もったりと流れ落ちる粘液が螺旋の階段や床を埋めつくしている。
下層の道が着実に詰まっていっております。まずい、ひじょーにマズイ。
『桃、今すぐ上へ戻って』
「待ってってば! 今やろうとしてんだって!!」
食べるほど中身が出てきちゃうんだって! ほらアレだよ。シュークリームとか、マリトッツォとか、エクレアみたいに齧ったら全部出てくる、中身が! ワームはゲロ不味い上に食べ辛くて最悪! リピなし、星1です。
頼むから逃げられなくなる前に上に来てくれーっ!!
『──報告。星子様が邪視封印に向かいます。それまで適宜調整を』
『了解』
ターボババアが全力で警告してる時点で、もう嫌な予感しかしなかったのに。
分体から
きっと高い確率で悪霊の新たな一面を垣間見ることになる。カーッ! 興奮してきたな。
その時。
ワームが口を大きく開き、触手じみた髭からこの地下いっぱいに稲光をぶち撒けた。
胴が脈打ち、音なく
眩い光が暗い地下に迸った。
逃げ回る獲物に我慢の限界を迎えたらしい。
ゲル体の上を電気が跳ねた。我々は生半可な自然現象ではビクともしない。
だが地球人は違う。
炸裂した強力な
倒れた音を聞きつけたか、オカルンを感知しそびれたか、ワームは獲物の数が多い最下層に頭の向きを変えた。
「ちょ、ヤバ!! めっちゃ粘着なんですけど!!」
私はすっかり困ってしまった。
感電して倒れた拍子に、桃とジジが粘液にトリモチみたく絡め取られてしまったからだ。
粘液はデロデロ落ちてきて、遂に最下層を我が物顔で蹂躙していた。
消化試合になってきたな、読んで字の如く。
脱出しようと急いだものの、味方が死に急ぐ方が早かったのが今回の敗因です。何もかもぜーんぶ鬼頭家が悪い。
今からでも食べてるワームがポップコーンにならないかな、観戦に回っちゃダメ?
『粘液の流出が止まりません。下層からの脱出に遅れが出ます』
「うげ、そういうことかい! ヒロ!! 助けに来れないの!?」
『力不足かと』
「諦めんなよお前!!」
粘度が高いと液体操作が効かなくってぇ…。
「どんくせぇクソどもだぜ」
「ざけんな!! あんたの幸運はどーなってんだよ!!」
鞄の上からターボババアが罵倒を浴びせれば、桃が噛み付く。
「ワシの幸運は誰のものでもねぇ。もしかしたら敵の方に幸運が行くかもなぁ」
「なんだそりゃ!! もう、オカルンはどこ行っちゃったんだよ〜!!」
桃が粘液を振りほどこうと足を踏ん張った。
そのオカルンくんは目と鼻の先で雷を浴びたものだから、今も感電して上層の床に落ちてるよ。
あっちでもこっちでも味方がダウンしていて、何とか動けるのは桃だけだ。
「とにかく外に出ないと!! ジジ!! ウチにつかまれる!? 脱出するよ!!」
どうにか粘液から上半身を抜け出した桃が振り返れば、廃人のように呆けたジジが虚ろに座り込んでいた。
意識が混濁しているのか、彼の口からだらりと唾液が零れ落ちる。
「ジジ!? ちょっと、どうしたの!?」
ワームは健在。
脱出させようにも桃とジジは最下層。
オカルンは感電して行動不能。
更には、
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」
「ジジ!!」
「バカが!! だから言ったろうが!! 邪視を信用しちゃならねぇってよお!!」
ジジが発狂した。
喉が裂けんばかりに絶叫し、狂人のように身を捩るジジは最早正気ではない。
どう考えても邪視のせいですありがとうございました。
いや、でも。
手段は乱暴そのものだが、邪視は実は味方かもしれないと私は淡い希望を抱いていた。
ワームがゆっくりと最下層に降りてくる。
ここが自殺念波の反響する家の中にも関わらず、桃やジジが自殺衝動に陥らないのは理由がある。
邪視があの禍々しい念でワームの自殺念波から守っているのだ。
オカルンも、彼がワームから飛び出た時点で速すぎて遠隔からサポートが出来ず、私の念の庇護を受けてはいない。
だが皆、無事なままだった。
もしかしたら、邪視は戦力になってくれるの
私はこの畳み掛けるような不運を巻き返す幸運を、僅かながら期待していた。
推測はこうだ。生贄にされた邪視はきっと元凶のワームを倒すため、ジジに封印を解いてもらい、彼に体を貸すよう協力を持ちかけた。
そして自分と同じ子供で、生贄にされた桃たちのことも救おうとしているの
どれだけ臭気が禍々しくとも!
なんかめっちゃ呪詛を無差別に撒き散らしていようとも!
生贄にされた私たちには手を出さない…はずだ!
勝ったな、風呂入ってくる。
だが邪視が動くより先に、ワームが再び体にビキビキと力を入れ始めた。あーあーあー。
「キャアア!! 痛あ!! またビリってきたあああ!!」
ダメ押しか索敵か。どちらにせよお腹ペコペコ腹ペコワームは獲物を逃がすつもりがないらしい。
感電したジジが崩れ落ち、顔から粘液にダイブする。食われるより先に死ぬど!
悲鳴を上げ、粘液の海に倒れた桃はサラサラと落ちてくる砂に気が付いた。同時に自分が動けないことにも。
天井に穴が空く。
歯が何層にも続く大口が迫る。
丸呑みしてくれたら消化されるまでに救助が間に合う可能性があるが…いやぁ、どうだろね。
オカルンを丸呑みして痛い目に遭ったし、念入りにモグモグされるかも!
負けたな、風呂入ってくる。
そんな私の諦念は唐突に終わりを迎えた。
ワームの口がひしゃげた。
トイレットペーパーの芯を指で潰すように、巨大なワームが呆気なく、地面と
白い屈強な脚が引き絞られる。
次の瞬間には瓦礫と歯と粘液が爆発したように飛び散った。
ワームの巨体が吹き飛び、まるで紐のように岩壁に叩きつけられる。圧巻だった。
「やっと手に入れたでのお、この体あ」
死人よりも白い肌。
禍々しく吹き荒れる念。
霊力で服が弾け飛び、下着だけを身につけた筋肉質な男がゆらりと顔を上げる。
引き締まった肉体を惜しげも無く曝け出す、額に第三の目を開眼させたジジ──いや “邪視” が、悠然とそこに立っていた。
ま、まさか、本当に…!?
「人間は皆殺しじゃあ」
あっ、ダメみたいですね。