「ぶはぁ! 外だ! いや、外じゃねーけど!!」
「圧死するかと思いましたよ…!」
「ワシがいることに感謝しやがれ、くそだらぁ共」
オカルト違法建築は倒壊したが、瓦礫の下に飲まれた桃たちは粘液に塗れつつも何とか無事だった。
ワームの大量に漏れ出た粘液が瓦礫同士をくっつけ、桃たちのいた空間は
ありがたや湯治を目論んだターボババア、ありがたや招き猫の幸運よ。心の中で拝んどこ。お供えはハードチップルで良いですか?
私の分体が桃たちを上に誘導する。
仰向けに倒れた邪視とそこにいる私を見つけた桃たちが、瓦礫を渡って駆け寄ってきた。
「ジジ倒れてんじゃん! ヒロ、なんかした!?」
『ゲル体を通し、CO2濃度を調整しました』
まさか仕事の研修で学んだ労災事故事例の知識を、味方で試すことになるとはね。
人間は高濃度のCO2で即座に中毒を起こし、意識喪失、呼吸停止。最悪、酸素欠乏と神経抑制で心臓が停止し
セルポとの水中戦にて私はゲル体を使い酸素ボンベ替わりになったが。厳密に言えば酸素ボンベではなく、本来の機能はガスマスクに近い。
環境変化の適応力に優れた我々に備わる、呼吸のための調整機能である。それを精密操作すれば空気中から酸素ではなく二酸化炭素を取り込み濃縮させる、なんて応用も可能というワケ。
「邪視が気絶してる今がチャンスです、脱出しましょう!」
「でもジジを連れていこうにも、いつ邪視が起きて暴れるか分かんないし…!」
ジジも目覚めたら人間を大量虐殺してました〜なんてのは可哀想だ。
だからちょっと息の根を一旦止めて、あわよくば邪視に出ていってもらうつもりでやったのだが。そう上手くはいかないな。
ま、心肺停止しても私に蘇生の知識はあるし、後遺症が残ったとて生きてりゃ何とかなるなる!
任せて、宇宙医学の発達はそりゃもう素晴らしいんだから。最先端技術が詰め込まれてるのは専ら軍事と医療よ、惑星ライムズに医療はないけど!
『速やかに桃をこの場から脱出させることを提案します』
ワームもいる上にジジの体は邪視に盗られたままなのだ。どう引き剥がせばいいのかも分からない以上、危険地帯から一先ず退避すべきである。
私は私の分体と共に桃を囲んだ。
「ちょっと、なんでウチ!? てかオカルンとジジは!?」
「こんな所に居られるか! 水饅頭! さっさとワシを外に出せ!!」
『邪視は直に目覚めます、時間がありません。対抗できるのはオカルン、あなただけです』
「…! ジブンですか」
『邪視は何らかの方法で地上へ向かうつもりでした。彼を足止めしてください』
邪視の力があれば脚力でも呪いの家でも使って地上に出て来れるのだろう。
住宅街で邪視が暴れれば、あっという間に死体と瓦礫の山が積み上がることになる。
「待って! ウチが超能力で邪視をジジの中に抑え込むから、それでウチとジジ2人一緒に上に運べばいいじゃん!」
桃が私たちの間に入り声を上げた。
桃の超能力は我々の念だけではなく人間に取り憑いた悪霊をも抑えられるのか、素晴らしい出力だ。
しかし残念ながらその提案は却下せざるを得ない。
『いいえ。地球の重力は非常に重い、この分体の数では1人ずつしか運べません。脱出に時間もかかります』
「じゃあウチがここに残って邪視抑える!! オカルンは脱出して助け呼んで!!」
「ボケが。“くらがり” は邪視にビビって土ん中に引っ込んだだけだ。邪視が大人しくなりゃこっちに戻って来るに決まってんだろうが」
桃の腕に引っ付くターボババアが吐き捨てた。流石は年の功、後先が見えている。
『はい。桃の超能力はワームの雷撃で途切れます。邪視が再度この場で暴れる事も加味し、肉体の脆い我々は脱出すべきなのです』
「そんな」
強力な超能力が使えても、肉体が一般人でしかない桃がこの場にいるのは危険だ。そして肉弾戦になる場に脱出の要となる私がいるのも論外。
ワームや邪視が襲ってきたとしても、まともに戦えるのはオカルンだけなのである。
桃も理屈は分かっているのだろう、ただ感情がついて行かないだけで。
『私は桃を、あなたはジジを。任せます』
「分かりました。綾瀬さんをお願いします…!」
私たちは桃の胴や肩にゲル体を絡ませ、空中に持ち上げた。
「ちょっと、勝手に決めんなって。ウチらだけ脱出したって戦力減るじゃん! オカルンは本気1回使っちゃってるし! オカルンを置いてきたくない!!」
だが肝心の桃がオカルンの手を掴んで、グッと引いた。引き寄せた。
当然重さが加わって、それ以上浮かべなくなる。ぐああ過積載!!! いきなりブレーキ!!
「綾瀬さん」
オカルンに呼ばれ、桃が不安げに彼を見つめる。
いつもは強気な眉を下げる桃の手をオカルンは握り返した。
あの、重量オーバーのブザー音鳴らしていい? でっかい音で。
「ここは危険です、先に脱出しててください!」
「ヤダ!! オカルン1人じゃ危ないよ!!」
「ごちゃごちゃ抜かすな! そんな事ほざいてる場合じゃねえんだよ!!」
『重い』
ターボババアがもちもち暴れる。
しかし我々は無力なクリオネに招き猫。言葉だけじゃ、今が大事な若者たちには効き目が薄いんですね〜!
危機意識が足りないなら、経験を積んだ側の警告は馬に聞かせる念仏と一緒!
「ジジさんはジブンがなんとかします! だからお願いします!! ヒロさんと一緒に脱出して、ジブン達を助ける方法を考えてください!!」
オカルンの渾身の説得で、ようやく桃は自分の感情を飲み込んだ。オカルン、グッジョブ。早くして!
桃が切なげに彼の手を握り返し、口を開こうとしたその時。ターボババアが怒りのまま身を乗り出す。
「さっさと手ぇ離せボケ共が!!
私の知覚に動くものがある。
「邪視の霊力がこんなもんで削れるワケねえだろうが!! もうとっくに───」
───邪視の目だ。
「目覚めてんだよ!!」
私の警告念話が飛ぶ。
ライムズ星人の知覚速度と
そして桃の手を離し変身した彼の反応速度は、この場の誰よりも速かった。
邪視とオカルンがぶつかり合い、桃と私から僅か数ミリの空間を呪弾が突き抜ける。
遅れて衝撃波とも言うべき突風が空中にいる私たちを襲った。あばば、流される!
「貴様ぁ、邪魔ばかりしよって! イライラするのお!!」
「モモちゃん、頼んだぜぇ!」
オカルンが邪視と共に瓦礫の最上部から下へ転がり落ちていく。
彼に任せるしかなかったとはいえ力の差は歴然だ、だが彼の伸び代を信じるしかあるまい。
『ご武運を』
「オカルン! 絶対! 絶対助けるから!! ジジを、お願い!!」
オカルンくん、どうか必死に邪視を足止めしておくれ。私も必死に頑張るからね。
脱出における最難関、ライムズ星人の最も不得意な分野。
過酷な肉体労働の開幕である。
「ねえこれ大丈夫!? ちゃんと上がってる!?」
『どちらかと言えば、はい』
「宙ぶらりんなの、めちゃくちゃ怖いんですけど…!!」
桃が私の1人にしがみつきつつも遠く離れた地面を覗き込み不安がる。下見ると余計に怖いぞ、桃ちゃんよ。
現在地は瓦礫と出入口の中間地点。
建物が崩れたせいで浮遊距離も増え、体感高度は5階建てのビルぐらい。
オカルンと邪視の戦闘による建物の破壊音が断続的に地下空間に響き渡り、内側から瓦礫や呪弾が時折飛び出していた。
「グズグズしてんじゃねぇ、ノロマ! 早くしねえと野郎のいいマトだぜ!!」
『その通りですグラニー。いっそここから飛んでみては。私より早く辿り着くでしょう、下に』
「ワシにこっから降りろってか、やんのかコラ!」
「ちょ、ババア! 動くと落ちるって!」
ワームの毒も防いでいるせいで、この体に汗があるなら今頃全身ビシャビシャだ。
こんな全身全霊の脳筋戦法、同胞はやってくれないんだから感謝してよね!
その時。
一際大きな粉塵と、瓦礫がこちらに向かって爆発した。流れ弾の呪弾である。
あ、直撃コース。
「いっ!?」
本来、人間を容易く貫通するそれを桃が超能力でギリギリ受け止める。
しかし空中だ、踏ん張れるような場所じゃ無い。私たちはそのままグンと加速しロケットのように打ち上がった。ちょちょちょ。
桃の体が地下空間の穴を超え、ジジ宅の天井にぶつかりかける。
その前に私たちは咄嗟に横へ桃を引いた。呪弾が天井を派手にぶち抜いて行く。
あっっっぶね、全員汚い花火になるとこだった。
「ぐへぇっ」
「痛ぁ…! でも、ホールインワンじゃん…!」
桃の肘の下でターボババアが呻く。
ターボババアが痺れを切らした途端にこれだ。移動の時短にはなったが、不運と幸運って紙一重かも…。
私はこの家の周囲に人の気配がないか警戒した。鬼頭家の息のかかった連中に邪魔されるのが一番まずい。
鬼頭家最強らしいババアは食われて死んだが、第二第三のコンクリ粉砕オバさんや、鬼頭家最強のジジイが出てきてもおかしくはない。
しかし鬼頭家による蛮行は未だ秘密裏のままらしく、良くも悪くも近辺に人はいなかった。
敵の増援もないが、救助の手もなしと。
桃はすぐに起き上がり、あれこれ思考を回し始める。
「急いで助けを呼ばなきゃ、オカルンが邪視と戦ってる! スマホ、はないんだった…!!」
『救助要請は既に完了済みです』
「マジか!」
後は、オカルンが邪視相手にどれだけ粘れるかだ。
邪視が地上に出てきたら食い止めるか逃げるかしないといけない、個人的には逃げの一手なんだけども。
「じゃあ、邪視を止めても出てくるミミズ! そいつをウチらで倒さない!? でも、どうやって倒そう…!」
桃は今もオカルンの負担を減らそうと必死だ。
私の分体もこの場でないと毒を食い止められないため、どちらにせよワームは倒した方がいいが。しっかしあの壁尻、どうしてくれようか。
「あっ、そうだ! ミミズの毒でミミズ倒すとか!!」
『流石に無理ですね』
「だよね!」
桃が頭を抱えて床につっ伏す。
「考えろ…! オカルンが言ってた! あいつの弱点は…
「“くらがり” ってのは大抵、洪水と水害を防ぐ水神だ」
机も椅子もひっくり返った水浸しのリビングで、悩んでいた桃がその声に顔を上げた。
倒れたソファに悠々と背を預け座り込んだターボババアが、床に散乱した個包装の菓子を開ける。
「大雨になると現れて、洪水で縄張りが荒れねえよう甘酒みてえな泥で災害を未然に防ぐ。野郎はな、本能で動いてんだ」
ターボババアは菓子を食い散らかしながら、未だ庭で水を垂れ流し続けるホースと水溜まりを見やった。
ははーん、なるほど。ゴビ砂漠じゃただの人喰いワーム。
だが水害だらけの日本じゃちゃあんと益虫で、ガチの神として距離を置いてたってワケ。
「… “自殺” だ」
ハッと桃が目を見開き、私へ振り返る。
うん? …自殺?
「ヒロ! 手伝って!」
□
荒れ果てたジジの家で、桃は目の前に浮かぶ半透明のクリオネを呼んだ。
『はい、何を手伝いましょう』
傍にいたヒロがこっちを向く。
増えたヒロは1人は何故かふらりと階上へ消え、1人は青いコアを光らせながら壁の穴の前に浮かんでいた。
何だかすっごい宇宙人的な光景で、ちょっと
ヒロが3人もいるんだ、ウチがやりたい事もできるはず!
「水操って水圧で蛇口とかぶっ壊せない!? 地面に水をかけたいの!!」
『でしたら、より効率的な方法があります』
「それってどんな!?」
2階に行ったヒロが男物らしき服を手に戻ってきた途端、目の前のヒロが急にべしゃりと溶けた。
他のヒロも一斉に姿が崩れたものだから彼女はギョッとして、それから目を見開く。
さっきの服の中に溶けたヒロたちが集まって、合体した。
青いコアが3つ浮かんだ半透明の塊がぐんにゃり動いて人の形に変わる。
手が伸びて、足が床に着く。
輪郭がハッキリして、髪がぶわりと流れ落ちた。
「うおー! すげえ!」
そうしてケミカルに色が代わり、桃の前に人間の姿になったヒロが立っていた。え、すご。
ヒロの体3人分で変身したせいか同じ目線になったヒロは、さっきまでドシンプルなつんつるてんだったとは思えないクオリティだ。
青い目が瞬いて、ふと瞼が伏せる。うお、まつ毛なっが、ボリュームえっぐ。マツエクいらずかよ。
少女漫画なら背景に花でも背負いそうな華奢な物憂げ顔で、ヒロはスっと下を指さした。
『水道管を破壊しましょう』
「その手があったか!」
桃は大きく割れた窓から庭へ飛び出した。
目を瞑ってワームの居場所を探れば、後ろにスイと浮遊しついてきたヒロが地面を透けさせて水道管の位置を頭に直接教えてくれる。そのサポートが欲しかった!
「よし! おりゃあ!! パイプの雑巾絞りじゃい!!」
ワームの近くにある配管を超能力で思いきり捻りあげれば、地下の配管に土が押されて庭がボコリと盛り上がる。
太陽が地平線に沈みかけていて、暗くなり始めた山並みに少し焦った。
「やって、ヒロ!」
『では浸水させます』
浮遊していたヒロが庭に膝と手をついた。
癖のある髪がぶわりと持ち上がり、その見開いた目から青い光がカッと溢れ出る。
時間にして約数十秒ほど。
固唾を呑んで待っていれば、まともに立てないほど地面が揺れ始めた。
「来た来た来たぁ!」
桃は動きの鈍いヒロを超能力で捕まえ、大きな揺れの中を道路まで転げるように移動する。
庭が大きく隆起した。
巨大なミミズが間欠泉みたく飛び出して、森が揺れ、家の屋根が吹き飛ぶ。
「地底獣UMAの弱点は太陽光!! 力ずくで追い出せねぇなら、自分から外に出てもらうしかねぇ!!」
ビルよりも長いミミズが太陽に灼かれ、天から堕ちて降って来る。
ジュウジュウ焼ける音と共に巨体がのたうち回ってアスファルトが割れ、木をなぎ倒し、瞬きすらしないヒロの横に電信柱がへし折れ転がった。
風圧で服がバタバタ靡いて、超能力でヒロを引き寄せつつ破片から自分たちを庇う。
──ミミズは皮膚呼吸なんだよ。
ターボババアの話を聞いて、水の流れるホースを見たあの時。
桃は小学生の時のことをふと思い出したのだ。
「雨の降った次の日とか、土の中に水が溜まってミミズは息できなくなるの」
記憶の中で、小さなジジがアスファルトの道にしゃがみ込む。彼が指さし駆け寄った、道端の黒く縮れたミミズ。
幼いジジが教えてくれた雑学を真剣に聞こうとした、そんな幼い恋の記憶を覚えている。
「それで外に出てくんだけど、夏は暑いからさ。結局干からびちゃうんだよ」
「へー、ジジ物知りー」
──それで “ミミズの自殺” っていうんだ。
土に潜れば窒息し、地上では太陽に灼かれ。
全身を蝕む痛みに荒れ狂うミミズは、己の体が燃えない箇所を見つけ出しそこに命からがら潜り込んだ。
潰されそうで動けずいた桃の前で、ミミズは半壊したジジの家を盾に影の中に縮こまる。
それじゃダメだ、せっかくここまでボロボロにしたのにまた再生されたら溜まったもんじゃない!
「ちょっと! 家、邪魔!!」
でっかい体を縮こまらせるミミズに対し、桃は超能力の手でその胴体をむんずと掴む。
放り出されたヒロが桃の後ろでべしょりと落ちた。
「捕まえたぜぇ、ミミズちゃんよお」
身を小さく捩らせるも逃げることの出来ないミミズに、悪い顔をした桃は「ふん!」とミミズを引きずり出す。
胴の真ん中が日陰から出た。
熱湯が背中に飛び散っただけで体がどう反応するかは銭湯で実体験済みだ。その熱いとこに押さえつけられちゃったらよ。
「オラオラ!! 陽の光が熱いよなぁ!? 存分に暴れろや!!」
ただのミミズであれば熱さにくねくねと悶えるだけだが。
山を揺らし、地を叩き。ドゴォン! バコォン! と焼死に抗う巨大なミミズは、目がないからこそ自分が何をしてるか気づけない。
「そんで、この目障りな家! テメェで終わらせんだよ!!」
日陰を作る家を自ら破壊して暴れ、薙ぎ払い。
隠れる場所の無くなったミミズの全身はついに強い西日の中へ晒け出された。
表皮は焼けてぶくぶくと膨らみ、長かった体躯は真っ黒に縮れる。
陽に炙られ全身を焼け爛れさせたミミズは、地響きを立てながら家の残骸の中へ力なく倒れ伏していった。
キモい死に様に腰が引けつつ、桃は油断なくミミズを睨みつける。
虫ってめっちゃ生命力強いっていうし、あいつめっちゃ再生するし。
「あ、やば!」
警戒を解かず構えていた桃は、ぺちゃんこになった家を見てハッとした。
「ターボババアがまだ家の中にいるんだった!! 死んだか!?」
あいつ、リビングで拾い食いしてなかったっけ!?
地面に転がる大の字のまま、ヒロが真顔でこっくり頷く。
『生きてますね』
「じゃあいっか。ちゃんと倒したか確かめてくるー!」
ババアの生存確認ヨシ!
切り替えの早い桃は倒したミミズの方へちゃっちゃか駆け出した。
〇補足
ヒロは記憶消去により、桃が猿夢を小猿の器の中に取り押さえたことを忘却しています。
くらがりの話は捏造です。
このような話をどこかで見た気がしたのですが、いくら探してもくらがりが吐く粘液の元ネタが見つかりませんでした…。