直したての畳から真新しいい草の香りがする中、賑わう綾瀬家の居間は少しばかり遅めの夕食を囲んでいた。
ひと仕事を終えた後の食事は格別である。
騒動後に山1つ消火してヘトヘトだからこそ、美味しい食事が沁みわたるというものよ。
呪いの家で悪霊退治するだけだったのに、なぜか因習村の神殺しに火山の大噴火、依頼主にINした悪霊のお持ち帰りと波乱万丈な1日でした。まる。
おかしいな、いつの間に私は因習村RTA弾丸ツアーに参加したんだ?
まあ私の目的は霊に関する調査研究なので、貴重な悪霊を確保できたと考えれば結果オーライ。
「ハフハフ、おいひ〜」
今夜は沢山の具材が出汁の湯船に浸かったほくほくのおでん!
大根はもちろん中まで汁たっぷり染みっ染み、私が浸透させました。愛羅ちゃんもこれにはにっこり。
「って、なんで今回私を呼ばなかったのよ!! リーダーは私でしょ!!」
「なんでテメェがいんだよ! 働いてない奴は食うんじゃねえ!!」
食卓を囲むのは桃、愛羅、オカルン、星子さん、神主の満次郎。
私と私の分体に、ペニーとチキチータ。
招き猫のターボババアに人体模型の太郎と花。
大所帯だ、種族のごった煮である。
箸で切り分けた大根を口に詰め、口腔内で溶かす。うむ、美味。
内包する分体と栄養を分け合いつつ、私たちは今回の調査結果について思念を交わしあった。
山火事を消火し終え、神社に帰還して直ぐさま邪視入り太郎は除霊の儀式をされた。
ドデカい薪をキャンプファイヤーのように組み、台の上で死ぬほど痙攣する太郎を前に星子さんたちが難解な文言を唱えたのだが。
邪視は未だ、円城寺 仁の体に取り憑いたままである。
祈祷は失敗に終わった。
だが、今回の遠征でこの地球上では想いが実際に効力を発揮することを知れたのは大きい。
『先ほどの邪視に対する儀式、護摩祈願には邪念や不浄を祓う効果がありましたが、物質に宿る太郎は浄化されることなく封印具として機能しました』
『 “アストラル量子” の位相違いでしょうか。正と負の位相だけでないことは確実でしょう』
『
『重要なのは念に新たな可能性があるという視座です』
宇宙において念/オーラ/アストラル光に関する技術は幅広く、それらは生まれ持った手足と同等の身体機能であり、感覚器であり、暴力と抵抗の手段でしかない。
しかし、地球では違う。
『護摩木は除霊の意図が込められ、太郎の自我は都市伝説の集合意識、招き猫の幸運は信仰の思念に由来します』
『念は単なるエネルギーではなく、指向性により様々な属性を得る』
『
『素晴らしい』
鉛筆の芯とダイヤモンドが同一の素体から成るように、我々の念と地球の超常は同じ素体から成るものである可能性がある。
だが素体が同じであろうと、柔らかな
『
『同素体であるかの確立を先行し、触媒となる残留、固着化した量子への
『結晶化の条件特定も同列にすべきです。地球環境に固定化された現象かの確認と』
『惑星の配置によるエネルギー波や集団的意識の干渉が影響を相乗し、効力や自我を得るほどのプロセスを──』
「うるせぇぞ水饅頭共! 漏れてんだよクソが!!」
『失礼』『My apologies』
いっけね、興奮でつい。
私4人分のお喋りがお隣さんに筒抜けだ。
異種族の傍にいるという自覚がすっぽ抜けてしまった。母星じゃ行きずりにディスカッションしてるもので。
ターボババアへお詫びとばかりに卵を献上すれば、顰め面でフンと鼻を鳴らされた。
彼女は卵が好きなのだ、あとスナック菓子。
「あそこはダメだ、年取り過ぎてるからな」
話に区切りがつきそうで、私は意識をそばだてる。
傾聴の構えで分体たちも沈黙した。
「だとすると今すぐ囃子は用意できませんよ」
「ジジにはかわいそうだが、当分あのままか」
星子さんと満次郎の見る先には太郎がいる。
正確には、その中に封じられた
霊媒師は万能ではない。
強い悪霊を祓うには手間暇が必要で、簡単に言えば病気と医者の関係だ。
ここまで状態が悪化していると道具や環境が不足していたり、更なる専門家を呼ぶ必要があるらしい。
いいねぇ、面白くなってきた!!
「そもそも、囃子があったとして完全に除霊できますか?
邪視はジジの霊力に寄生する形で巣食っている。
霊力、つまりはオーラ。生きとし生ける者が持つ生命のエネルギー、第二の血液。
人間に敵対的な悪霊に体の主導権を奪われた今、ジジがまともな状態で生きているとは思えないのだが。ジジの生存前途で話が進んでいる現状、器を生かしておかねば憑依した幽霊は肉体を維持できないのだろうか?
「できたとしても、ジジさんになんらかの後遺症が残るかも…」
まあそうか、心臓が止まれば内臓も死ぬ。脳が死ねば精神から成るアストラル体も死に、
ジジが生きているとして、癒着した存在同士を引き剥がすのは至難の業だ。ジジの心臓に刺さった杭をどう引き抜くか──。
「熱い!!」
「なにやってんだ、テメェは! 食いもん粗末にすんじゃねぇ!!」
突如として上がった悲鳴に思考が途切れ、私は思わず音の出処を探した。なんじゃらほい!?
視れば太郎が取り皿を落とし、口元を押さえひっくり返っている。
あれ、でも声の波長が…んん??
「ちょ、待〜!! 真っ暗だよ!!」
「ジジ!! 戻ったの!?」
「モモー!!」
ジジの声だ、なぜ!? 邪視の憑依は!?
「待て!! 悪霊は人の声を使って騙そうとする!! まだ封印は解くなよ!!」
星子さんが太郎に近づこうとした桃を制す。
慌てふためく場の空気が張り詰めた。
「太郎、顔開けろ。ゆっくりだぞ」
人体模型の顔が緩慢に開く。
そこには、舌ペロ変顔をするジジが──!
ええ……?
「いや、どっちだよ!! 変顔してるからわかんねぇし!!」
「モモ!! オカルン!! ヒロちゃんも!! 無事だったの!? よかったよ〜!! 超心配してたよ〜!!」
「ジジさん!?」
『嘘は感じません』
感情が本物だ、紛うことなくジジである。
面食らう星子さんの横でぺそぺそ泣くジジを見るに、どうやら憑依されていた間の記憶はないらしい。おお…怖…。
分体たちと体内で
絶対に幽霊に憑依されたくなくなってしまった。果たして我々の体が憑依に向くかは別として。
「おばちゃんもいる〜!! よかった〜!! 相変わらず美人っすね〜!!」
「どーやら本人みてえだな」
「婆ちゃん、これどーゆーこと!?」
説明を求める桃に対し、星子さんは冷静に指示を出す。
「モモ、
「え?」
桃は疑問を抱きながらも言われた通り持ってきて、コップを星子さんに手渡した。
「太郎、動くなよ」
「へい!」
太郎の中のジジ目掛け、星子さんは水をぶっかける。
次の瞬間、オーラが変質し腐臭が噴き出した。
慌てて私は邪視の顔を視界から省く。コワイ!
「貴様らあ、全員ブチ殺しじゃあ」
憎悪と殺意が場を満たす。
そんな中。
星子さんがすかさずおでんの鍋にコップを突っ込み、汁を邪視にぶち撒けた。ええ!?
「あちゃあああああ!!」
それに悲鳴をあげたのは
そう、邪視ではなく。ジジが声を上げた。
おでんの汁にそんな効果が…!?
いや、星子さんが先に用意させたのは冷水だ。効果があったのは──熱湯か!
「熱っ!! ちょっとなになに!?」
「なるほどなあ」
元に戻ったジジに対し、星子さんは煙草を咥え苦々しく言った。
「こいつは厄介だぜ」
つまりジジは…水を被ると邪視になっちゃう、ふざけた体質になったって、こと!?
「よーするになに? 冷水をかけると邪視で? お湯をかけるとジジに戻る?」
「やぱぱーやぱぱーいーしゃんてん!」
星子さんと満次郎の説明曰く。
冷水は邪視を活性化させ、熱湯は邪視を抑制する。いわゆるショック療法的な意味合いを持つのだとか。
憑依された器が、悪霊が活性化するものとは対極の刺激により、意識が一時的に切り替わることがあるという。
邪視が水で元気になる理由は謎だが、悪霊は時にルールに縛られる。猿夢の時もそうだった。
鬼ごっこできゃらきゃら笑うチキチータと、愛羅の楽しそうな声が居間に響く。
「それよりもジジ、すまなかったな」
おちゃらけるジジを桃がしばき、体を貸している太郎が痛みに文句を言う中。
星子さんは切り出すように口を開いた。
「モモにメガネ、ヒロも。邪視がいるとわかってたらお前らだけで行かせなかった。ワシの責任だ、すまん」
彼女の頭が深く下げられる。
仕事を割り振った者として事の顛末を憂いているのだろう。
「ちょっとやめてよ、らしくないし」
「オレが頼んだんスから、謝らないでください」
星子さんの詫びる姿に、オカルンも困った顔で頭をかく。
『謝罪を受け入れます』
「…すまんな」
私の言葉に含まれた意図を理解して、星子さんはもう一度謝った。
彼女は責任を負わねばならない。
私たちが然るべきサポートを受けられなかったのは彼女の怠慢によるものである。反省し、悔いるべきだ。
一歩間違えれば私たちは全滅し、あの町の人々も
ま、誰にでも失敗はある。生きてりゃ万事OK!
失ってからじゃあ遅いが、失わなかったのだから反省を次に活かせば良い。生きるために何より必要な事は、学ぶのを止めないことだ。
「ったく、あまちゃんだぜ。まさか邪視を抑え込めてるとでも思ってんのか?」
食後にいつもの如く、畳の上で寝転がっていたターボババアが悠々と口を挟んだ。
「邪視ってのはもともと
へえ! 神様ね。
確か災いを起こさぬよう機嫌を取り、供物を捧げて鎮める方法があったはず。鬼頭家がやっていたのもそれだ。
「並の人間が取り憑かれたら気が触れて、細胞が壊れて死ぬ。だから霊力の高い人間だけを狙ってくる」
その現象は興味深い。力の、オーラの差があり過ぎるのが原因だろうか。
例えるなら塩分濃度だ。山の怪は塩、常人は生肉。通常はオーラを吸われカラカラになって死ぬが、オーラ量が強ければそうならず済む。浸透圧にもよく似ている。
「邪視はまだ生まれたての赤子みてぇなもんだ。ヤツはどんどん強くなる、いずれ防げなくなるぜ」
彼女はそう言って鼻で笑った。
流石はターボババア、霊側である彼女は霊の特性に関して星子さんよりも博識だ。
素晴らしい。
ターボババアの脅しという名の忠告を受け、ジジが太郎の頭を持つ手の握力を変えた。
憑依されてからの記憶がない彼だが、自分で思うより現状がまずいものだと気付き始めたらしい。
「とりあえず、ジジは誰かしらの目の届く所に絶対にいろ。満次郎とヒロにも監視してもらう」
満次郎の隣で私は自信満々に胸を張り、不安そうなジジへ頷いて見せた。
監視ならそりゃもう任せたまえ! ライムズ星人の十八番だぞ!
「それと、太郎の結界も長くはもたねぇ。邪視ほどの悪霊になると結界に
悪霊の耐性!
原理の気になる初情報に気が逸れる前に、星子さんが保温の水筒を手に持った。
「最後はこれを使うしかない。各々お湯の入った水筒を常に身につけておけ、すぐにぶっかけられるようにな」
渡されたそれを手に持ち、振ってみる。だいぶ重い。
うーん…この魔法瓶で何時間温度が持つか、どの温度で効果があるかは要検証だな。
お湯は作るのに時間がかかるし、私も念を使って作ろうと思えば作れるが…パッと計算しても300mLの水を40度にするとして、30秒程度はかかるだろう。
「ジジも十分気をつけてくれ。手を洗う時、水を飲む時、雨の日。ちょっとでも冷水がかかると変身しちまうからな」
『そうならぬよう、私も尽力致します』
とはいえ、液体に念が浸透するまでタイムラグがある。もし水滴が落ちてきたら反応はできるが対処は無理だ。
目の前で邪視になられたらピチュるしかないな! ワハハ。
邪視の強さを知る桃とオカルンは、仲良くジジへお湯をかけるリハをしつつも、真剣な顔で言った。
「あれは二度とごめんだわ」
「ですね。お祓いが完了するまでは、なんとかがんばりましょう!!」
おー!
邪視の脅威はまだ残り、予断の許されない状況だが…とはいえ夜ももう遅い。
私の分体も、今日手に職をつけたばかりのペニーも、明日の仕事のため帰らねばならなかった。
ジジを除いた子供たちが、ペニーとチキチータ、それと私の分体を見送りに家の外までゾロゾロとついてきてくれる。
愛羅はすっかりチキチータにゾッコンだった。分かる、幼体って無垢で良いよね。
「そういやさ、なんでヒロが2人いんの? しかもなんか顔とか違うし」
「分裂した上で別人に擬態して、外見も変えられるってことですよ!! すごい擬態能力だ…!!」
オカルンの髪が逆立ち、ふわふわ揺れる。
彼から溢れる喜びと興奮の匂いは、我々にとって技術力を真っ向から褒められていると同義だ。
『嬉しいです、オカルン。ありがとうございます』
どうにも嬉しくなったので、私は彼に伝わるよう分体とニッコリ微笑んで見せた。
「えっ、笑えんじゃん! ずっと真顔かと思ってた!」
『常に会話内容に合わせ、部位を変形させるのは手間ですので』
「宇宙人っぽい…!!」
『宇宙人です』
表情ってのは繊細で、ちょっとでもトチると不気味の谷まっしぐらだ。毎回そんな手間かけてられん。
私が分体を手で指し示せば、分体が胸に手を当て頭を下げた。
『こちら、仕事用の分体です。本日は星子様と行動を共にしておりました』
『普段は星子様からご紹介された勤務地にて働いております』
「分体同士で通信して、星子さんとシャコさんを呼んでくれたんですね!」
『彼らがいたのは偶然でしたが、結果として迅速なヘルプを行えました。ご協力感謝します』
「星子さんと皆さんの力になれて良かったでいス」
ペニーは遊んでもらっているチキチータを嬉しそうに見つめた。
彼が息子のために地球へ移住することを決めたのが今日でよかった。星子さんの面倒見の良さが巡り巡った形だ、とても良い教材になる。
「別のとこで別の行動してたら頭ごっちゃになりそーじゃね?」
『そういう種族ですので』
そういうもんか? と桃が首を捻る。
『しかし現在、呪い伝播対策に私たちは個として行動し、一日の終わりに同期することで同一性を保っております』
「ほおお!!」
あまり分体を増やしすぎるとコアがパンクするし、今の食事量では単体でも活動エネルギーが足りていない。
呪いの伝播対策もあるが、母星と地球では距離が離れすぎており、この状態で常に同期するのは至難の業だ。
そのため今日増えた
長距離の同期や分体増加のマルチタスクを難なくこなせるのは、調査隊に選ばれるようなひと握りのエリートなのだ。
ひ弱な私は応用技術でそれをカバーしているが、調査隊になる奴はみな念力ゴリラだった。
「こっちのヒロはなんの仕事してんの?」
桃が「へい大将、やってる?」などと言い、分体の長い前髪を持ち上げる。
どうしてこの子は何でも覗きたがるのか。
『警備会社に勤務しています』
『そして今後はチキチータへ、人間を模倣する為の “宇宙共生学” の教授もすることになりました』
手を振るチキチータに、私は手を振り返した。
つい数時間前のことだ。
チキチータに地球で友達ができるよう馴染み方を教えてあげてほしい、とペニーに頭を下げられたのである。
不信感もある癖に、ライムズ星人である私にそこまでするのは大した度胸だった。息子を想う気持ちに嘘はなく、誠実に教えを乞うていた。
今も僅かに警戒の臭う彼を視やる。
教えるのは大好きだ、相互監視と行こうじゃないか。
「異星人に馴染むための授業があるんですかぁ!?」
「難しいけど、面白いでいス!」
「お勉強してるの〜、えらいわね〜!」
話に食いつくオカルンと、愛羅に全身で楽しさを伝えるチキチータが何よりの癒し。
『私は他種族との共生を目指し、異なる文化や規範などを観察、分析し研究しております。導師として適任かと』
「ほおお〜!!」
「へー、なんかすごいじゃん!」
旧世代は異種族に無関心だが、それではダメだと必死に研究を続けて来た。それが異種族の為とは言え実を結ぶのは…とても感慨深い。
好奇心と向上心のある子供たちの反応に心が、潤っている…! 心做しかゲル体のツヤがいい気がしてきた。
コアが誇らしさで満ちる。
非合理の必要性を、その本質を理解せずともいつかは適応できるはずだ。
同胞たちが進化する日を、私はずっと夢見ている。