私は月に照らされた畦道をえっちらおっちらひた走る。
冬季に近いこの頃は日没が早いせいで、外はすっかり真っ暗だった。
残機として警備会社の寮で休眠していたところ、分体の信号がロストしたので大急ぎ(当社比)で駆けつけているのだが。普通に遠い、あと移動が遅い。
ゲル体の重心を下に向け、走りを安定させてはいるが速度はイマイチである。このファストトラベル未実装問題もどげんかせんといかん。
地球のお金はないし、そも地球の乗り物は苦手だし。ワープするにせよ移動手段を持つにせよ、襲来したセルポから物資を失敬し頂戴する。多分これが一番早いと思います。
田んぼに挟まれた土の道をたったか走り抜け、ようやく辿り着いた石の鳥居を私は視上げた。
さて、何で死んだかな?
私の念視には鳥居の向こうにハッキリと綾瀬家が映っていた。邪視のせいで結界が機能していない今、綾瀬家はとても無防備な状況にある。
邪視の封印が解けたか、はたまたセルポの刺客に殺られたか。
私は玄関へ向かいながら体に回していたゲル体を頭部に構成し直し、体積を可変させる。
首なしの胴から頭が生え、髪が伸びた。
目と口が開く頃には体が縮み、仕事用の分体サイズで買った服がぶかぶかに戻る。
死んだ時用に
家屋へ念聴を傾ければ談笑の声がした。少なくとも戦闘は終わったらしい。
私はピンポンを押そうとして、うっすら開いた扉からちょっぴり光が漏れてることに気がついた。嘘だろ、鍵はかけなさいよ! 不用心がすぎる。
私は隙間から念視を飛ばし、家内の様子を覗き視た。
綾瀬家の中は片付けた形跡こそあれど、居間のレイアウトはハチャメチャだ。
死因:邪視ですねこれは。宇宙人は騒ぎにならぬようキチンと虚空に攫うのでね、ええ。
ジジはもう太郎を装着してはおらず、しかし誰も大きな怪我はない様だった。え、激弱ライムズ星人ってひょっとしてお荷物ですか?
紙防御なのに回避無振りの鈍足ヘイトタンクをパーティに…!? こんなん追放待ったなしだろ。やめてください、スキルは有能です! やればできる宇宙人です!!
『申し訳ありません。ただいま戻りました』
居た堪れなさに私は玄関扉をビャッと開け、念話を投げかける。
すると居間の会話がピタリと止まり、子供たちが一斉にドタバタ飛び出してきた。
「ヒロ! もう、心配したんだから!」
突っ立っていた私は愛羅に飛びつくようにハグされ、強い不安の残り香と安堵の匂いがぶわりと私を包む。
海老反りになった私は覆いかぶさってくる愛羅の背を軽く叩いた。絵面がとてもスープレックス。
「ヒロさん! よかった…」
「遅かったじゃん! 婆ちゃん、ヒロ帰ってきたー!」
「おう、待ってろ。飯出してくる、机出してやれ」
私がいなくともこの人数なら監視に不安はなかろうに、私の姿を見てオカルンと桃までほっとして笑う。
以前に死んだ際は直ぐさま分体と入れ替わっていた為、待たせた分だけ疑念が生じたのだろう。我々の特性は事前説明してあるというのに、私もまだまだ信用が低い。
本来の我々は遠征時において同胞、或いは分体が死体を回収できるよう追従して傍に在るのが常だ。
だからといってこの場に分体をもう1人控えさせておくのは共有を切ってる意味が無くなるし、危険すぎるし。
私を含め、分体は残り3つ。栄養補給も儘ならないのにダブルキルなんてされた日にはFワードが飛び出るぞ、セットにダブルの中指つきだ。
皆の後ろで信じられないものを見たように固まっていたジジが、目を丸くして息を吸った。
「ヒロちゃん! 生きてる…!!」
『死んでますね』
「えーっ!?」
「ややこしくしてどうすんですか」
だって死んでんだもの。ひろお。
私と無関係なジジの前で死にたくは無かったのだが、邪視は強いからね仕方ないね。
擬態バレもしているし、ジジが綾瀬家に缶詰めな内に口止めしたい所存である。
『ご迷惑をおかけしました。なぜ私は死んだのでしょう』
保身の都合上、記憶の同期は分体が昨日眠る前までしか出来ていない。
頭を傾げて見上げれば、桃も「うーん」と首を捻った。
「なんか前、ウチらにやった時みたいにジジに服着せようとしたっぽい?」
「ヒロさんの体も水判定されるみたいです。気をつけてください」
オカルンが机を出しながらそう言った。
あっ、そうなると戦闘終わりにやらかしてますね。
ジジは能力をひけらかす相手ではないので社会性アピで事故ったな?
いやでもそっかぁ〜、私も冷たい液体かぁ〜。言われてみれば確かにそうだ。
擬態する時にしか形を崩さない上に、ゲル体の自認が “自由度の高い体” だったので物体寄りの意識だった。盲点!
じゃあ粘度の低いハンドソープやシャンプーも駄目か? うわ、気づいてよかった。
『それは申し訳ありません。鎮圧は問題ありませんでしたか』
「邪視はウチらで何とかしたわ。ご飯も先食べたから、ヒロも食べなー」
桃は笑って手を軽く振る。
自宅を破壊されているのに、器の大きさは星子さん譲りだ。度量が違う。
「散らばってた体は集めてあるわ、持ってくるわね!」
『ありがとうございます。とても嬉しいです。Happy』
内心でどう邪視相手に立ち回るかを思考していれば、愛羅が抱きしめた私を離してキッチンへ走り去った。
嬉しすぎる…! 愛羅ちゃん株が私の中でうなぎ登りのストップ高。
我々の死体は空気に接する表面積が減るほど泡になりにくい、1箇所に集めるのは対応として大正解だ。
「お前ぇ、マジですぐ死ぬじゃねーか。次は気ぃつけろよ」
『はい、星子様。…星子様、なぜこんなに。星子様』
あっ、なっ、凄い勢いで机にご飯が盛られていくよォ〜!??
「たんと食え」
『食べますが…なぜ…』
星子さんがちゃぶ台に所狭しとデカい鍋やら大盛りの丼やら惣菜をドカドカ置いていく。
待って待って何人前を置いてるんですかあなた、みんな夕飯は終えたんだよね!? 待ってキッチンにもまだ置いてある、あれ作り置きじゃないんかい!
いや嬉しいけども、急に何!?
そうして困惑する私を、桃が親指で指さした。
「まあ、こんな感じだから。ジジが気にすることないって」
「どんな感じ!? でも、ヒロちゃんが生きてて良かった…! 邪視がゴメンね!!」
私の横で正座してバッと頭を下げるジジくんだが、そんなに申し訳なさそうな顔をしなくたって普通に私の大ポカである。
『此度のアクシデントは私の過失が原因であり、元より死を前途にここにおります』
「前途にすな」
「脆いって大変ですね」
君たちも怪我を前途にここにいるでしょ、一緒よ一緒。
戻ってきた愛羅が私の横に座り、タッパーを机に置いた。
「はいこれ、だいぶ少なくなってるけど…」
『愛羅。あなたにとても感謝します』
溢れんばかりの感謝の念を送り、小さく溶けた分体をタッパーから吸収する。
全体としてかなり飛び飛びで薄いが、ないより遥かにマシだ。
しかしなぜ私は太郎と頭でキャッチボールを…?
内心、首を捻っていれば愛羅が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ねえ、囃子が来るまでは危険よ。ヒロは別の場所に避難した方がいいわ」
『不安視するのも分かります。しかし私の監視が無くなりますと、星子様へ負担をかけてしまいますので』
ターボババア曰く、邪視はどんどん強くなる。今は怪我なく凌げても、封印に対し2日で耐性をつけたのが邪視だ。
ライムズ星人の監視精度で未然に防がなければ邪視が出た分だけ彼女たちの怪我や疲労は増え、次の戦闘は更にキツくなるだろう。
『そして忘れずに───あなた方を狙う襲撃者は、時と場を選びません』
静かに警告すれば、愛羅は息を飲んだ。
こんなに異能者が一堂に会する場に飛び込むバカはいないとは思うが、万が一もある。
異星人を襲う
「ヒロが脆いのは仕方ないとして、なんか対策練らないとじゃね?」
「そうですね、邪視が出た時に備えて話し合いましょう」
「みんなカッケーっす! 頼りになるぅーフォー!」
邪視がいる間だけでも地球にいる分体との共有頻度、増やしとくかぁ?
□
「作戦会議するわよ!!」
「賛成です…」「異議なし…」
愛羅がほうきを片手に、ガーゼを貼った険しい顔でそう宣言する。
オカルンはひっくり返った虫みたいに転がり、桃は天井を思考停止の目で見上げながらもったりと賛同した。
草臥れたボロ雑巾みたいな有様だった。
風呂上がりで湯気はたっぷり、結露したドアノブはひんやり。そういうことである。
これからはヒロが甲斐甲斐しくジジに扉を開けるだろう。
天井は2階どころか屋根をも貫いて、冬も近い寒空にピカピカ輝く星が見える。そんな穴が上どころかそこかしこにあった。
オカルンは空を眺め、呆然と想いを馳せる。あの星のどこかで、宇宙人が自分の知らない暮らしをしているんだ…。
彼は疲れていた。
「てか邪視、急に強くなりすぎじゃね!? おかしいだろがい!」
「前まで殴り合いだったのに、今度はボールまで蹴り始めましたね…」
桃がほうきを振り回し「キー!」と暴れ回る。
オカルンは邪視に蹴飛ばされた腹をさすりながら起き上がり、散らばる埃や破片をほうきで集めだした。
今この部屋にいるのは3人だけだ。
ジジとヒロは2階の部屋から穴を塞ごうと頑張っているし、星子は穴を塞ぐためのダンボールを取りにスーパーへ出かけて行った。
愛羅が眉をひそめ、家に空いた穴を見やる。
「明らかに異常だわ。私たちの作戦が通じないくらい邪視が強くなりすぎてる」
太郎の封印が解けてから、
護摩祈願の除霊は失敗したとはいえ、邪視を多少は疲弊させていた。それが回復するどころか、強さのギアを跳ね上げている。
封印の無い邪視を知らない愛羅ですら、違和感を感じるパワーアップぶりだった。
「作戦とか言うけどさぁ、ヒロの近くにいる奴が守りに入るだけじゃね?」
「はあ? じゃああんたはもっといい考えが出せるっての!?」
ほうきを支えに頬杖をつきダレる桃に、神妙な面持ちをしていた愛羅が強い語気で食ってかかる。
その態度にムッとした桃が、ほうきの柄で愛羅を指した。
「考えっつーか、そもそもアイラ! てめー普段から水筒持てよ! なんでその辺に置いてんだよ!」
「私が1番邪視を食い止められるからだけど!?」
愛羅は桃が指してくる不快なほうきの柄を、自分の持つ柄で払いのける。
桃と愛羅は睨み合い、柄がガツンとかち合った。そうしてほうき同士が押し押され、ギリギリと鍔迫り合う。
「あ? てめぇみてえなボンクラが止められてるわけねーだろ!」
「はぁ!? ふざけんじゃないわよ、このブタ野郎!」
激しい罵倒の応酬とチャンバラを始めた2人に、オカルンは焦ってワタワタ。
「ブスブスブスブス!!」
「ブタブタブタブタ!!」
「ちょ、2人とも落ち着いて──!!」
『作戦会議をしましょう』
「「「っす」」」
ヒロが淡々とそう諭せば、肩を丸め正座した3人はしょぼくれた顔で頷いた。
学生というのは責任を持つ経験に欠けており、感情的になりがちだ。彼らだけではきっと他責と自責を繰り返し、まともな話し合いにすらならなかっただろう。
『戦闘に参加できない私が貢献できるのは、戦闘における分析と改善です。よろしいですか』
「お願いしゃす」「しゃっす」「あっす」
小さな子供に諌められる高校生というのは、些か情けのない光景である。
その子供の中身は、宇宙の彼方からやって来た学者もどきなのだけれども。
教壇に立つ教師じみた振る舞いで、ヒロは目の前に座る学生たちを視線だけで見回した。
『戦闘における問題点の確認をします。まずは桃から、発表をどうぞ』
「はい! オカルンはよくぶっ飛ばされるし!」
「すみません」
「アイラは前に出しゃばり過ぎだと思います! こいつには協調性を持って欲しいです!」
桃は元気に手を上げて高らかと主張する。
オカルンは更に肩を丸めて小さくなったが、愛羅は反対に顎をツンと持ち上げた。
「さっきも言ったけど、私が前に出るのは邪視が動き回らないよう食い止めるためよ。じゃなきゃ今頃、あんたの家は粉々なんだから!」
「でも邪魔なんだもんよ〜」
桃はぶーぶー口を尖らせる。
青い虹彩がきろりと動き、ヒロがオカルンを見た。
ビスクドールの目に見られ、彼の背筋はシャッキリ伸びる。
他者の視線には意味がある。
とりわけ顔のない
氷像のように動かずとも念力で四方八方を見通し、話す彼らにとって動くのは
喜びを言葉だけでなく、敢えて誰にでも分かる微笑みで伝えられたオカルンはそれをキチンと覚えていた。
『オカルンは自分がなぜ攻撃を受けるか、理由が分かりますか』
「えっ。えーと…邪視の動きは見えてるんですが、体が追いつかないと言いますか…」
「筋トレはしてるけど、筋肉は1日にして成らずだしねー」
背を伸ばしたはいいものの、しどろもどろで答えるうちに背筋はどんどん丸くなる。
宇宙人のことは分かっても自己分析は甘い。彼のナード足る所以だ。
自信をなくしたオカルンに、桃は「うーん」と困ったように眉を寄せた。
「体の動かし方が分かってないのね、誰かに習うべきだわ。…例えば、あの猫とかに」
腕を組み、真剣に思案した愛羅の言葉に、オカルンと桃は顔を見合せた。
目から鱗の案だった。
「まあ確かに、元はターボババアの力だけど…」
「教えてくれますかね…?」
2人にとってターボババアという妖怪は、呪いを振りまき、2人を残虐に殺そうと町中追いかけ回した世にも恐ろしい悪霊だ。
まあオカルンたちが地縛霊のいる陰惨な事故現場を土足で踏み荒らしたのが原因とはいえ、今も妖怪の力を奪い、無力な招き猫に封じる雪辱を与えている身の上。
腹の底で本気の殺意を隠し持っていても不思議じゃない相手に、教えを乞えるだろうか?
ターボババアが「ブチ殺したらあ」「センスがねえ」「甘ちゃんのボケが」などと悪たれ口を叩く様子が頭の中を過ぎっていく。
彼から溢れる不安に対し、ヒロはこっくり頷いた。
『そこは頑張ってください』
「あ、はい」
バッサリ切られたオカルンが肩を落とす一方で、ヒロは愛羅へ議題を振る。
『愛羅は何か、他の意見がありますか』
「あるわ。モモ、あんた超能力動かしてる間、自分の手ではお湯かけられないんでしょ」
「ギクッ」
「そういえば
彼女はコントローラーである両手を縛られると上手く超能力を使えなくなる。
なんならあっち向いてホイの指に釣られ、必ず同じ方向を向く程度に脳と体が直結した裏表のない性分だ。
良く言えば素直、悪く言うなら馬鹿正直。
「1つのことしか考えられない単細胞なのよ」
「仕方ねーだろ! 超能力使うのに集中してんだよ!!」
ライン越えの貶しに「うがー!」と桃が吠える。
逆に愛羅は周囲をよく見てはいるが、相手に何を期待しているのかが伝わっておらず自分本位だ。周りにフォローと判断を任せすぎである。
愛羅のことをよく知る幼い頃からの親友たちが、今まで彼女のやりたい事を察して助けてきた弊害だった。
「改善策とかあります?」
「お湯をかけるのは別の誰かに任せるべきね、こいつがやれるのはバリアと邪視の拘束。役割自体は守備側よ」
トン、トンと組んだ腕を人差し指でタップし、盤上の駒を見る目で愛羅は
思考を乱す感情さえ廃せば、スクールカーストのクイーン・ビーとして君臨し続けた彼女は、この中の誰よりも人を
『桃自身の肉体強度や回避性能に関しては私と同じく守られる側です。後方支援が適任かと』
「ほえー」
「分かってます?」
「何となく」
愛羅の熟考を補助するようにヒロがそう言えば、丸っきりアホの顔で桃は口を開け頷く。
戦闘中の機転こそ効くが、当たって砕けろの彼女に熟慮は難しい。
「で、オカルンはなんか意見ないわけ」
「邪視がいるのに2人が喧嘩することですかね」
「それはマジゴメン」「反省するわ…」
オカルンの正論パンチに、打って変わって2人はしょっぱい顔をした。
『では、互いの役割を明確化させましょう』
常に瞳孔の開いたヒロの目が、規則的に2度瞬きを繰り返す。
『愛羅、あなたは邪視の動きを抑えることに重きを置いています』
「邪視に暴れられたら家がなくなるわ」
「マジでそれな。家が寒い〜」
突出してフォローを全投げする愛羅だが、実際に彼女が体を張って止めねばならぬほどに邪視は容赦というものがない。
このままでは綾瀬家は最低限のライフラインをも保てなくなるだろう。
『あなたの観察眼は鋭く、リーダーとしての適正を感じます。優れた決断力と状況判断力は磨かれるべきでしょう』
「ふふん、当然よ。だって私、選ばれし美少女戦士なんですもの!」
「イカれてんな」
「綾瀬さん、しー!」
『戦闘において指揮は重要です。そこで星子様と前線を分担しつつ、邪視の攻撃を阻止するため、全体をコントロールする訓練をしてみましょう。チームを指揮に慣らす必要があります』
「いいわ、この私のリーダーシップに従うことね!」
「こいつ、大丈夫か?」
「どうでしょう…」
ヒロに全肯定され調子に乗りまくる愛羅に対し、オカルンと桃の期待は薄い。
が、彼女のリーダーシップは本物だ。そのプライドと、責任能力も。
愛羅に足りないのは意思疎通である。
指揮という形で狙いを伝え、協力体勢を作る。彼女はリーダーになれて満足で、仲間は常に接近戦をこなす愛羅への誤射が減るだろう。
下がれと言って下がらないなら、下がるタイミングを本人に決めさせれば良いのである。
『桃、あなたは超能力で臨機応変に対応できています。サポートや防御、応用力が高いからこそやれることも多い。優秀ですね』
「でも手が足りないんだよね」
ヒロに手放しに褒められるも、桃は浮かない顔で唸った。
彼女は馬鹿だが、愚かじゃない。自分に足りないものがあることも、それが何なのかも分かっていた。
「捕まえようとしたり、攻撃来てたら超能力で守ったりするけど。邪視が速すぎて正直なとこ手一杯だわ」
『焦ってミスをするより、役割を1つに絞っても良いかと』
ヒロは
桃に足りないのは忍耐だ。
彼女は迷わず動ける胆力と、行動した後先を考えられない浅慮を持っている。
万能な力を持つからこそ、あらゆる事に中途半端に手を出せてしまう。
『現在は
「おっしゃあ、じゃあ次はそれで!」
一も二もなくガッツポーズで桃は意気込む。
彼女しかできない事に集中させ、別の行動を取らせない。それにより愛羅との衝突も減り、彼女が持つ強みの最大値を発揮できるはずだ。
そんな思考をおくびにも出さず、
『オカルンは邪視の初動を妨害できる唯一の速度を持ちます。反射速度に関して、あなたはズバ抜けている』
「あ、はい。でもその後はジブン、攻撃を避けられないっす」
褒められて、困ったようにオカルンは自白した。
オカルンに足りないのは経験だ。
高いポテンシャルこそあれど、それを使いこなせていない。
内向的な彼は自責に陥りがちで、取れる選択肢を見ようともせずそこで自己完結してしまう。
“不器用” だから。思考がそこで止まる。
そして、経験不足はすぐには補えない。
『相手の行動が完了する前に動き、間に合うのならば。あなたの行動は、邪視による致命的な攻撃からの周囲の救出と、瞬間的にお湯をかける方向へ
なら選択肢を与えれば良い。
必ず成功すると分かっているものを役割にすれば良い。
『あなたの速さは直線で発揮される。強みを活かしましょう』
「はい!」
改善とは己の失敗と向き合うことである。
失敗と向き合うのは辛いもので、失敗を他者に指摘されれば激昂する者すらいるほどデリケートな問題だ。
しかし直すべき点を突きつけず、あくまで長所を褒め、提案の形でよりよい方へ誘導する事はできる。
共生を生きる術として選んだ宇宙人は己の生存率を上げ終え、体内のコアを人知れず揺らした。
「そっか、攻撃受けて止まるくらいなら、駆け抜けた方がターボババアの能力的にいいんだ。オカルン、曲がれないし」
「家の中って狭いんですよ」
「てめー、道でも曲がれてなかったじゃねーか」
迷いの晴れた3人は調子を取り戻し、立ち上がる。
そしてほうきを片手に向かい合った。
「私はリーダーとして指揮を執って、邪視をお姉様と食い止める。モモはあのボールを止めて、高倉くんがサポートに回る。次はこれで、邪視を完封するわよ!!」
「っしゃあ! 邪視がなんぼのもんじゃい!!」
「囃子が来るまで、頑張りましょう!」
ワイワイと賑やかな子供たちがやる気を新たに、家の片付けを再開する。
その傍らで、ヒロは静かな2階を視上げた。
ジジはぽっかりと穴の空いた床を前に、階下の喧騒を耳にしていた。
穴を塞ぐ作業は全くといっていいほど進んでいない。
手が止まったまま動かなかった。
皆が邪視を敵視する。
それは当たり前のことだ。
家は壊れ、人に迷惑をかけ、暴れる邪視を抑えるために誰かが怪我をして、その度に家を直している。
ヒロちゃんが死んでいる。
ジジは目を閉じた。
子供の泣き声が耳に木霊する。
大人たちが床に転がっている。
無数の贄が苦しみ、怨嗟を零す。
誰もが鬼頭家を恐れ、見て見ぬふりをする。
ジジですら、邪視を恨まずにはいられなかったあの理不尽の中で。
孤独な、何も無い、うらぶれた部屋の中。
虚ろに開いた目が、痩せた老木のような顔が。
遠くで遊ぶ子供たちの姿に恨むでもなく、悲しむでもなく、真似て微笑む真っ白なあの子。
「遊ぼう」と誘ったジジの言葉で、満ち足りて笑う幸福な…あまりにも小さな願いを、ジジは捨てられない。
ジジの手がキツく拳を握る。
普段の明るい彼からかけ離れた憂いを帯びた表情は───何かをずっと、抱え込んでいた。