太陽は地平線に浸かり、茶の間には日没の光が射し込んでいる。
時期に冬になるせいか、日が沈み始めると少し肌寒かった。
夕暮れ時の居間をオカルンは見やる。
日本の古式ゆかしい和室に
オカルンは胸の鼓動が早くなるのを止められなかった。感情の昂りから彼の髪は漏れた霊力でふわふわ揺らめき、のぼせあがって踊るかつ節の如し。
しのぎを削る争いが終わり、ようやく息をつける日常に戻りはしたが。気の抜けた瞬間にふと、地球外生命体がすぐ目の前で息をしている事を実感するのだ。その度に彼の胸はジンと熱く震えた。
この地球に遠路はるばる、生まれ育った星を飛び出しやって来た異星人たち。
その止ん事無い理由に耳を傾ける事に、不謹慎だと分かりつつも彼は高揚していたのである。
オカルト雑誌を浴びるほど読もうと、UFOスポットを彷徨き空想に励もうと、実在する、本物の宇宙人と対談する事はオカルトに傾倒する者として何より誉高いだろう。
それもミステリー体験談に齧り付くのではなく、今この瞬間にも己が身で見聞を深められるのだ。探究心が刺激されるのも無理はない。
彼の引き結んだ口だけがキュッと下を向いて、眉根に力が籠り、目は潤んで煌めいていた。限界オタクであった。
皆が囲むテーブルの上に、透明度の低いガラス細工じみたクリオネが浮かんでいる。
拳一つで容易に砕ける生命が、虫を惹き付け殺す誘蛾灯にも似た色で、ぼんやりとコアを青く光らせた。
『私が地球にやって来たのは、我々が伝染した
桃の飲みかけのコップから、ふわりと牛乳が浮かび上がる。
無重力に放り出されたように、白い液体が宙にまぁるく浮かび上がれば、学生3人は「おおっ」と感嘆の声を揃えた。
前のめりで食い入るように牛乳を見つめていたオカルンは、その表面に違和感を覚え目を凝らした。
よく見れば、学生なら誰もが覚えのある形に凹凸がある。6つの大陸と海洋。
牛乳で出来たミニチュアの地球だった。
あぐらをかいていた桃は「器用なことすんじゃん」と途端に面白くなってきて、玩具をひっくり返す子供のように白い地球を覗き込む。
波も温度もない
『地球にはライムズ星人の調査隊がいました。他の惑星の生物や文化を調査し、記録するのが当時の彼らの役目でした』
地球がクリオネの形に変わり、コップから牛乳が犬や猫の形になって飛び出す。
牛乳で出来たクリオネは、話に合わせて興味津々というように犬たちに顔を寄せては触覚を揺らし、どこかコミカルに動いた。
やだ、かわいい…!
その愛くるしい光景に愛羅はキュンとして、テーブルに腕を預け締まりなく顔を綻ばせる。
『調査隊は私の──そう。この惑星の言葉では生徒や教え子、でしょうか』
小さな人形劇は新雪のように柔らかく、氷の彫刻のように動かない操り手の力で息づいて。
『その生徒たちが地球で
「え」
バシャリと音を立て、命のない液体に戻る。
愛羅が小さく声を漏らした。
慈しみ、香りを楽しんでいた野花を唐突に蹴飛ばされた心地で、それより遥かに残酷な言葉に彼女の背筋は凍る。
何と言ったのか理解が及ばず、失われた形を追いかけて乳白色のコップを見やった。
『調査の最中、とある呪いに感染したのです』
桃は牛乳が途端に得体の知れないものになった気がして、コップから手を離す。
オカルンが息を飲む音がやけに大きく部屋に響いた。
美しいマジックアワーに照らされていた部屋は気付けば色褪せ、暗闇に音もなく侵食されていた。
呪い。
悪意が形になったもの。
ターボババアに呪われて自我と体を奪われたオカルンは、婆ちゃんのおかげで今も生きている。
桃も呪いの怖さは分かっていた
目の前で人が轢かれたような居心地の悪さに、彼女は口を引き結ぶ。
クリオネ星人は風のない雪の日のような淡々としたテレパシーで続けた。
『呪いは我々の
「待ってください! “特性” って何ですか?」
「 “分体” っていうのもよく分かんない。セルポみたいなクローンってこと?」
オカルンが声を上げ、桃も首を傾げる。
『疑問をそのままにしないのは
相変わらず感情の色彩が欠落した声で──それでもどうしてか、先ほどの言葉より滑らかにテレパシーが紡がれる。
牛乳がクリオネの形に浮かび上がり、真ん中から縦にぷつりと割れた。
牛乳製のクリオネが2匹に増える。
『我々は脆く死にやすい。その代わり、自身を “分裂” させる事ができます』
牛乳のクリオネが同じ仕草で宙にくるくると円を描く。
『意識を共有する事ができるため、同一人物でもあり。我々は母星に自分の
「分体と意識が共有できるってことは…現地でもし死んでも、母星に記憶だけ持ち帰れるってことですか!?」
『
即座に本質に辿り着いたオカルンを、クリオネ星人は手放しに褒めた。
『話を呪いに戻しましょう』
牛乳製のクリオネたちがコップの中に飛び込んで、元の液体に戻る。
『この呪いは、その調査隊の分体を通して惑星ライムズにやって来ました。そして──』
講義中の教師のような語り口が、ほんの僅かにテンポを乱す。
『軽率にも、我々は呪いに触れてしまった。ウイルスのように、触れてはならないものでしたが。そうと気付いた時には、もう手遅れでした。我々は無知でした。知らなかった…識ってしまった』
『呪いは条件を満たすと他者にも
「呪いが伝染る!?」
素っ頓狂な声が出て、桃はバッとクリオネ星人から距離を取った。ばってん印の両腕が無敵のバリアーを貼る。
桃だけでなく全員が色めきたって動揺し、不安を顔に滲ませた。
授業中より真剣に耳を傾けてたというのに、とんだトラップだ。宇宙人をバチボコにぶち殺しまくる殺意の高い呪いが、咳やくしゃみに乗っかるみたいな勢いで飛び交われちゃ溜まったもんじゃない。
部屋の隅に追いやられていたターボババアが白目を剥き、ケッと刺々しく悪態をつく。
「いや、でもそっか!」
そのふてぶてしい様を見て、桃はハッと思い出した。
ターボババアは今でこそ綾瀬家のブサかわマスコットと化しているが、元はオカルンを呪った激ヤバ妖怪だ。
「オカルンがターボババアに呪われた時も、
「呪いが
オカルンは苦い顔をして、畳で寝そべるターボババアを複雑な思いで見下ろした。
軽い気持ちで心霊スポットに足を運んだばかりにターボババアに呪われ、綾瀬家に迷惑をかけること数知れず。一歩間違えれば大惨事になるところだったのである。
彼は今もまだ、己が体に軽率な行動の負債を背負ったままだ。
内臓まで担保にされ、しかも一日も待たずして質流れ済み。玉ではなく
「ターボババアの時も強力な呪いでしたけど、この呪いも強い妖怪の仕業なんでしょうか」
「ええっ!? この猫そんなヤバい奴だったの!?」
愛羅は驚いて、寝転がったままふんぞり返るターボババアを見下ろした。
彼女はこの2日で異能力者の仲間入りをしたばかりである。生意気なちんちくりんの喋る猫畜生の中身が、まさか全国各地をブイブイ言わせた近代妖怪とは思いもしなかったのだ。
矢継ぎ早な情報の錯綜の中。
黙って聞いていたシャコ星人がサッと顔色を変えた。
「まさか、もう伝染ってないでぃすか!?」
「え゙っ」
「嘘でしょ!?」
指さすようにシャコ星人のグローブがクリオネ星人に突き付けられる。
『ご安心を。現時点で呪いにかかれば
「うわ、怖え〜」
「ちょっとシャコ、止めなさいよ!」
「ほおお…」
丁寧に返答しながらも、クリオネ星人は横にスーッと水平移動した。拳の前にいるのが嫌だったらしい。
桃の頭に動く点Pが過ぎった。
『呪いの感染により、為す術なく
クリオネ星人は仕切り直すように話を進めた。
『この呪いには死ぬまでの条件と猶予があります。それでも、何れは限界が来る。抵抗の術を持たない我々に待つのは、苦痛に満ちた死と滅亡のみです』
『そんな中。私はこの呪いを
さらりと告げられた言葉にオカルンは「ええっ!?」と上擦った声を出した。
そんな技術を作れる時点でこの人、ただの一般人じゃない…!
『しかし呪いは生きている。誰かが母星から呪いを遠ざけなければならなかった』
そんな彼の興奮も、受け取る言葉の重みに鳴りを潜める。
『私は母星を発つ際に
そうしてライムズ星人は地球にやって来たのだ。
淡い希望と、確かな絶望を抱えて。
『私が教え、育んだ、優秀な生徒たち。しかし好奇心が強く、危険を顧みず。呪いを宿し、無惨に殺されました』
無色透明な声。
淡々と紡がれる言葉。
そこに確かに存在する感情のベクトル。
『これは教え子たちが仕出かした呪いの騒動の後始末でもあり、仇討ちでもあります』
桃はクリオネ星人を見た。
声は平坦で、寒天みたいな顔はその上で福笑いできそうなくらいののっぺらぼう…だけど。
こいつなりに、必死で伝えようとしてるんだ。
『この星が最期の希望です』
あぐらをかいて丸くなっていた彼女の背が姿勢を正す。
『呪いをこの身に宿す限り、母星に帰れず余命も残り僅か。私も生徒たちと同じ末路を辿るでしょう』
神妙な面持ちでシャコ星人が拳を下ろす。
『呪いを媒介させぬよう、母星に分体はおりません。私は命懸けでここにいます。どうか、信じて頂けませんか』
今まで頭に響いていたテレパシーが途絶えた。
テーブルの上に浮くクリオネ星人はそれっきり黙り込み、部屋は重い沈黙で満たされる。
二の句を継げず誰もが押し黙り、衣擦れの音すらしない中。
桃がおもむろに立ち上がった。
「あんたがシャコの言う通り、悪い奴だって可能性もある」
「綾瀬さん」
「でも、あんたにまだなんかされたワケじゃないし。あんたが死んだ生徒のこと大事にしてたってのは話聞いて分かった。切羽詰まってるのもね」
凛とした迷いのない声が響く。
「安心しろ、クリオネ。あんたの呪いが解けるまで、ウチと婆ちゃんが助けてやっからよ」
オカルンも座布団から身を乗り出す。
「ジブンも…! 何か力になれるなら、助けになりたいです。セルポとの戦いで、それだけのことをクリオネさんにはしてもらいました!」
「私は最初からあなたの味方だわ。だから遠慮なく頼ってちょうだい! この美少女戦士 愛羅が助けてあげるんだから!!」
愛羅が力強く宣言し、皆がクリオネ星人を見つめる。
夕闇に覆われた部屋でも、嘘偽りのないその瞳たちは強い意思を宿して煌めく。
クリオネ星人は、そこでようやくその触角を僅かに動かした。
『宜しいのですか』
手を貸すとまで言われると思っていなかったのか、ただ信用を得られるだけでよかったのか。
途端に無機物から生き物に変わったように、クリオネ星人はヒレをパタパタ動かし宙を浮遊する。
その様子を見てオカルンはふと思った。
もしかしたらクリオネさんも緊張していたんだろうか。いや、緊張しないわけがない。
呪われた時のままならなさをオカルンは知っている。それが周囲を巻き込むものなら尚更のこと。
感情を失ったセルポ星人と違い、クリオネ星人には人間に伝わりにくくとも喜怒哀楽があるのだろう。
まあしかし驚いているのか喜んでいるのか、その姿が水族館で泳ぐクリオネそのものだったので、彼に判別はつかなかったが。
シャコ星人は子供たちを心配そうに見つめた。
覚悟を決めた子供たちにもう何を言っても無粋だ。それでも彼はライムズ星人を見据えて言った。
「桃さんたちが納得しているなら、私から言うことはもう何もないでぃす。でも恩人のこの人たちに手を出したら、あなたを許さないでぃス」
『はい』
それに短く言葉を返し、学生たちの前にクリオネがスィと泳ぎ出る。
『皆様、心からのお礼を。感謝します』
ヒレをちょんと前に折り畳んだライムズ星人は、地球人にも伝わるよう深々と頭を下げた。
□
「あんだけ格好付けといて自分で呪いにかかるとか、あんたバカァ!?」
「
「屁理屈だ! 見る必要なかったでしょ!!」
「はあ!? てめえの無くした金玉探してんだろうが!!
何やってんだお前ェ!!!
田圃のその向こう、遠い街灯りで群青色に染まる夜空とビル群を私は眺めた。おそらきれい。
現実逃避している場合ではない。
ドス黒く
『本当に、困りましたね』
「うちの孫は面倒事ばっか起こしやがるからなぁ」
隣に佇むお祖母様は、タバコの煙を燻らせながら夜空を見上げ、ヤニと実感の籠った重たい声でそう言った。
話をしよう。
あれは@#/&に我々ライムズ星人の話を入れ知恵され、頼れる地球の少年少女たちと危うく敵対する所だったその後の事だ。
袋叩きを免れ、それどころか嬉しいことに異能者の助っ人を得た私は一度、自分の宇宙船へ呪いの詰まった玉を取りに戻った。
桃のお祖母様に詳細をぼかして呪いの状況を相談したところ、「現物を持ってきな。そうじゃないと判断がつかねぇ」と言われたからである。
斯くして私は呪い玉を船から移送する事となった。
船が誰の目にも触れぬよう遠方から私が玉を運ぶ間に、乳牛を連れ立った@#/&の宇宙船が神社の上から傍迷惑な爆音で飛び立つのを道中で眺め。@#/&の見送りで外に出ていたお祖母様へ、戻ってきた私が玉を渡した。その時だ。
そこで事件は起きた。
持ってきた呪いの塊である玉を桃がうっかり
突如として桃は驚愕に目を見開き、
私はその反応に、体に流れていないはずの血の気が引いた心地になった。ない胃に穴が空くかとも思った。全ては気のせいである。
起きたことも気のせいなら良かったんだがな!! 十中八九、桃は怪異のあんちくしょうからジャンプスケアを食らったに違いない。
見た途端にジャンプスケアとかあのカス! ボケ! 安直ホラー! 人をバラバラフェスティバル! 絶対ぶっ殺してやる…ぶっ殺してやるからな…!!
「綾瀬さん!? 大丈夫ですか、立てますか!」
「ちょ、今のなに!?」
「何が? 虫でも飛んできたわけ」
ひっくり返った桃は肝を冷やした顔つきで周囲を何度も見回している。
桃が視たものは幻覚だ、実害はない。だがまずいのはその後だ。
桃が怪異に
そりゃあ私も霊媒師の助力を得るため手段を選ぶつもりはなかったし、解呪を渋られたら呪いを伝染して「ぐへへ、こいつがどうなってもいいのか…!?」するつもりもあったが! どう考えても今じゃない!!
『桃…視えましたか』
「あ〜、うん。見えたわ、黒い『それいじょういけない』ちょ、急にどうした!?」
いっけね、咄嗟に止めたから母星語が。
「ほおおー! それってライムズ星人の言語ですか!?」
「シャコのとは違う音の響きなのね」
ワンモアテイク。
『失礼。全員殺す気ですか』
「ウォイ! 物騒だな!?」
『あなた、伝染っていますよ』
「えっ」
そして、冒頭のやり取りに繋がるわけである。
愛羅は騒ぐ桃を心底バカにした目で見た。
「呪いが伝染る条件って、そんなに単純なものなの?」
『はい。“認識” がトリガーになります』
「認識!? じゃあクリオネさんが頑なに呪いが何なのか言わなかったのは、それだけで呪いが感染するからですか!?」
YES! YES! YES!
分かるかこの苦労が、ネタバレ厳禁コンテンツというあまりに軽いものがヒトコロスイッチしてくる最悪さ。
「何それ! 高倉君にかけられたっていう呪いの話でも思ったけど、呪いってみんなインチキじゃない!」
『知ること自体が危険な、非常に取り扱いの難しい呪いです』
「そりゃターボババアが喋んなって言うわけだ。ウチもポロッと口が滑りそうだぜ」
桃は指先で口を抑え、真剣味にかける声で「うへぇ」とボヤく。
怪異の容貌を公言しただけで伝染るかどうかは不明だが、呪いの侵入経路がまだ未知でしかない以上、未然に防ぐしか手立ては無い。
しかし既にそれも水の泡だ。
『桃、残念なお知らせが。今からあなたは眠ると死にます』
「はあ!? なんだそりゃ!? ウチ普通に今日のゴタゴタで疲れてんだけど! 今からオールしろとか言われても無理だし!!」
校舎をプールにした水泳大会の後なのだから、そりゃ疲れるし眠いだろう。だが死ぬ。眠れば墓穴に全身ダイブしそのまま地獄にフライアウェイだ。
彼女の寿命は残り数時間、もって1日。
桃が死ねば士気も落ち、厄介事を持ち込んだ私の心象も悪くなる。とにかく桃が寝てしまう前に何とかするしかないが。
焦り慌てるオカルンが私の持つ玉を指差す。
「この青い玉が元凶みたいな物なんですよね!? 何とかできませんか、星子さん!」
「無理だな、随分ひでぇ量の呪いが固まってやがる。少なくとも1日やそこらで何とかなるシロモンじゃねえ」
すみません、それ母星で同胞が呪いを広めた結果の産物というか…。
愛羅がふと私を見て、頬(に見える部位)を手でもちもち挟んだ。なんじゃい。
もしかして愛羅ちゃん、私を
「あなたは寝たりしなくても平気なの?」
『2ヶ月近く休眠しておりません』
「クリオネさんそんな寝てないんですか!? いや、もしかして寝なくても生きていける宇宙人だったり…!」
『そろそろ死にます』
「ダメなんじゃねーか!! ウチはそんな狂った真似そもそもできねえし! 婆ちゃん何とかならない!?」
「落ち着け、この玉はただの呪いの塊でしかねえ。元凶は別だ」
『はい。そしてそれは我々のすぐ側にいます』
強い語気で言う桃に対し、お祖母様は全くペースを崩さない。
彼女は強い念を持っているのか感情を嗅ぎ取りにくく、真顔でいられると何も分からないせいでハラハラしていたのだが。
しかし少なくとも彼女は取り乱していない、何か手立てがあるのだと思う。
「早急にカタをつけるしかねえな、うたた寝しようもんなら
「わ、分かった。そっからどうしたらいい?」
「ジブンも手伝います!」
お祖母様は咥えたタバコを揺らし、オカルンに背を向けた。
「テメェらガキ共はとっとと帰んな。もう夜だ、明日に響くぜ」
「ええっ!? 待ってください!! 綾瀬さんが死ぬかもしれないのに、そんなのってないですよ!」
「お姉様! 私も手伝います! 流石にこんな状態で放り出して帰れないわ!」
関わらせる気のないその背に、2人が口々に叫ぶ。
戦力が多い方が個人的にはありがたいが、大人としては子供らの安全を守りたいだろう。
戦いに既に巻き込まれているならまだしも、彼らはそうじゃない。私とは口約束を交わしただけで、この場の決定権は状況をどうにかできるお祖母様にある。
ここは大人しくお口チャック、黙っとこ。
「これは強力な呪いだ、他所のガキ2人巻き込めるかよ。こうなったのは呪いを不用意に見ちまった桃の責任だからな」
「でもジブンがターボババアに呪われた時、綾瀬さんに助けられました!!」
「オカルン」
お祖母様が突き放そうとするその言葉に、オカルンが食ってかかる。
握った拳を腹の横で固めた立ち方は変に力が籠ってぎこちなく、明らかに大声を出し慣れていない。
それでも不器用に彼は叫ぶ。
「ジブンが嫌なんですよ! 巻き込んでくださいよ!! このまま帰って綾瀬さんが死んだら、そんなの、ずっと後悔するに決まってるじゃないですか!!」
「綾瀬さんの呪い、ジブンがどうにかしますから!! それまで、絶対に帰りません!!」
思いの丈を全部口から吐き出すような、そんな必死さでオカルンは言い切った。
そうして梃子でも動くものかと肩をいからせ、つま先をグッと踏ん張っている。
@#/&の時も私の時も彼は心を砕いてくれたが、桃への感情は特に深い。
そんなオカルンを見た愛羅がツンと顎を上げ、桃をジロリと睨んだ。
「ちょっと、綾瀬 モモ。高倉君にそんな事言ってもらったからっていい気にならないでよね。悪魔であるあなたの事はどーでもいいけど? 私は高倉君とこの子の為に、ここに残るわ!!」
「バカ女」
「それにリーダーはこの私。私がいなきゃ始まらないでしょ」
なんて分かりやすいツンデレなんだ。
桃は人望に恵まれている。それは出会って間もない私にすら真っ直ぐに向き合う、彼女の正義感故だろう。
ともあれ最低限の役者は揃った。準備が万全でない事に不安は残るが、どうせ一世一代の大博打。既に死に瀕したこの身で良ければ私も全ベットさせてもらおう。
眉を下げる桃の横顔にお祖母様は目を細め、タバコの煙を
「いいダチ持ったじゃねーか、桃」
「バカ女はちげーけど。でもま、結果的にウチの安眠を守ってくれんなら感謝しようじゃん」
「オカルンも…ありがと」
「いえ、当然のことです。綾瀬さんには何度も助けてもらいました。今度はジブンが綾瀬さんを助ける番です」
「…ほーん? 随分男らしいこと言うようになったじゃ〜ん? 筋トレの成果か〜?」
「か、からかわないでください!」
オカルンは恥ずかしがり、メガネを持つフリで赤くなった顔を隠す。
そんな彼を見つめてはにかむ桃から、なんだか甘酸っぱい香りがするんですけど〜? あらあら〜、ロマンスだ〜!
前世でもこんなピュアなやり取り見たことないし、ライムズ星人には恋愛も結婚もない。こんなんキュンキュンしちゃ〜う。
顔を隠すオカルンに桃はどうにも嬉しくなったようで、彼をつついてからかった。
そこへ対抗心に燃える愛羅が妨害しようと桃に掴みかかる。命のやり取りから
桃たちが取っ組み合うその光景をお祖母様は静かに見つめていた。
私はそんな彼女だけに念話を絞り、そっと話しかける。
『お祖母様、申し訳ございません』
「心配すんな、あいつらも死にたがりじゃねえんだからよ。ワシもできる限りの事はやるさ」
『はい』
明日の朝日が拝めるといいね。