「エアグルーヴ、尻尾ハグを知っているか?」
いつも通り生徒会室で雑務を片づけていると、会長が妙なことを言い出した。尻尾ハグとはここ最近学園中で話題になっている概念で、ウマ娘同士が尻尾を絡ませ合い特別な親愛を示すものだ。先日最終回を迎えたドラマでそのシーンが放送されて以降、校内での会話の多くがこれ一色になっている。端的に言えばお祭りムードだ。
「…私達はレースと学業が本分です。些か浮かれすぎなのではないかと」
「まぁ、青春もまた今の時期にしか味わえない体験だ。協心戮力の機会と思って皆を責めないでやってくれ。」
会長はどうも擁護の立場らしい。その主張もたしかに一理あるので押し黙ったが、心の中では完全に納得はしていなかった。恋愛ごとにうつつを抜かすのはどうも肌に合わない。再び手元の書類に視線を戻し、中断していた作業を再開する。数分が過ぎた頃、会長はおもむろに席を立ってこちらに近づき、唐突に尻尾を絡ませてきた。
「……ッ!!!??かっ、かかか会長!!!??何を―――」
「なに、顔が硬いと思ったのでね。少し解してあげようと」
「そういうことではなくてですね!!」
半ば衝動的にくってかかってしまった。しかし、それでも尚会長は笑みを崩すことは無かった。それどころか、その顔を近づけてきて――――
「エアグルーヴ。君は、私にされるのは嫌か?」
そう囁く会長は眉目秀麗の美青年のようで、思わず顔を逸らせてしまった。殿方に告白された訳でもないのに胸が高鳴っている。やや混乱している頭では途切れ途切れの言葉しか絞りだせなかった。
「い…いえ…嫌では…」
「そうか、それは良かった」
満足したのか会長は帰っていった。この人はたまにこういう茶目っ気を出してくるのだ。全く、こちらの気も知らないで好き勝手にやってくれる。駄目だ、顔がまだ真っ赤だ。この後は暫く動揺が続き、スズカにからかわれたりしたのは別の話だ。
~~~~~~~~~~~
「あ……皆尻尾ハグしてるね…」
「昨日放送された『Loveだっち』最終回の反響と推測。多くの方が見ていたようですね」
見渡すと、あちらこちらで尻尾を絡ませる生徒の姿が見られた。トレセン学園がこれほどまでに一つのことで話題が染まるのも珍しい。私は若干隣を歩くブルボンさんの背に隠れながら移動していた。そういうのはとっても大胆だから直視できないのもある。傍から見たら怪訝な顔をされそうな行動だが、こればかりは恥ずかしいのだ。そんな私の様子を見たブルボンさんは何か考えるようなそぶりを見せた後、突然私の身体を引き寄せたとおもったら、尻尾を絡め始めた。
「ふええええええ!!?ブルボンさんッ!!??」
「いえ、恥ずかしいのであれば慣れてしまえばよいと思ったのですが、不快でしたか?」
「そ、そんなことない…けど…」
こういう思い切りの良さは彼女の美点だと思うが、今回はいささか躊躇が無さすぎないだろうか。もしかしてブルボンさんは尻尾ハグを間違って認識しているのでは。そんな疑問はすぐに解消された。私と尻尾ハグしながら歩くブルボンさんの頬が紅潮している。それどころか、こちらをしきりに見つめているようだ。その意味はすぐに察せられた。ブルボンさんは分かっていて意図的に尻尾ハグをしている。つまり、ブルボンさんは私をそういう対象として見ているということで。そう思うとこちらまで恥ずかしくなってきた。
「……あったかいね」
「……はい」
それでも私とブルボンさんはこの後暫く尻尾ハグを続けることとなった。ドギマギしながら過ごすのも悪くないと思ってしまったのは内緒だ。