「トレーナーさん、問題ありませんか…?」
「いや、大丈夫だよアルダン」
現在、私はトレーナーさんと二人で特製のロッカーに入っていた。本来のサイズなら二人も入るスペースなど無い筈だが、この『メジロッカー』は万一の災害時の避難先として設計されているらしく、私達の身体を納める事が出来ている。今回はそのテスターとして名乗りを挙げた訳である。
(これは…きついかもしれません)
ただ問題があるとするならば、一般的な物と比べて余裕があるとはいえ二人だと狭いことだ。あと少しで身体が触れる様なギリギリの距離感。その様相は都市部の満員電車だが、名家の箱入り娘として育てられた私にはこういった経験をしたことはなかった。だからなのか、開始して10分程度経った頃にバランスを崩してしまった。
「きゃ…!」
「アルダン!!」
幸いにもトレーナーさんが緩衝材となって身体を壁に打ちつけることは無かった。
「平気?」
「はい、ありがとうございま―――」
それを受けてお礼を言おうと顔を上げた私は、言葉を詰まらせてしまった。視界の殆どを覆うトレーナーさんの顔だ。今のよろけでお互いの距離が縮まったらしい。それなりに付き合いのある彼だが、これほどの至近距離で見つめ合ったことはないだろう。トレーナーの表情からは驚愕と動揺が見て取れた。特に怪我などもしてないのでその反応に首をかしげていたが、よくよく周囲を見渡してみるとその原因が判明した。
よろめいた拍子に私の身体はトレーナーに寄りかかっている。これはいい。問題だったのは、お互いの接触だ。受け身の為に伸ばした手は壁ではなく彼の腹に置かれていた。倒れかかった影響で胸が彼の胸板に押し付けられ楕円に変形している。踏ん張ろうとして置き場所を変えた彼の脚が私の太ももの間に入り込んでいる。私が覆いかぶさるようにトレーナーさんと身体を密着させている状態だ。それはまるで、契りを交わした男女の様な距離感の接触であった。
「………あ」
みるみるうちに顔が赤くなるのを感じた。ああ、トレーナーさんが動揺するのも無理はない。いくら指導者と生徒の関係性だといっても、彼とて一人の殿方だ。人並みの欲求はある筈で、私自身も中々の得体である自覚がある。異性とこれ程の距離感でいたらどうなるかなんて目に見えていた。すぐさまトレーナーさんと離れて寄りかかる前の立ち位置に戻った。
「ご、ごめん!!!」
「…いえ、こちらこそ申し訳ございません」
接触は途切れたというのに、心拍がレース直後の様に早い。ドクンドクンと力強く脈打つ鼓動を感じながら、私は先程の事を思い出していた。中々に発達した分厚い肉体の雄々しさ。胸越しで感じた胸板の感触。大腿に押し上げられた下腹部の圧迫感。顔を撫でた生暖かい呼気。その全てが五感に焼きついて離れない。今の私は随分と女々しい顔をしているに違いなかった。
「トレーナーさん……」
「……何かな?」
さっきの出来事でお互いを明確に異性として認識したからか、会話がどこかぎこちない。私とて、穴があったら入りたいぐらいには恥ずかしかった。でも、不思議と悪い気はしなくて。むしろ、ずっとああしていたいとすら思ってしまった。正常な関係から逸脱しかかっている自覚はある。でも、今だけは―――――
「もう少しだけ…さっきみたいにしてみませんか?」
悪い子になっても良い気がした