ウマ娘 SS短編集   作:本田直之

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ダンツとトレーナー

トレーナーさんは凄い人だ。ジュニア級時点で大したことのなかった私の走りを開花させ、偉大な先輩方や強力な同期達と競えるほどにしてくれた。それで新人だというのだから驚きだ。感謝してもしきれない。この人抜きなど考えられない。だから、これからの競技人生はこの人とずっと歩いていくのだと思った。思っていたのに。

 

『ダンツ、決めたよ』

 

素晴らしい成績を出すごとに、トレーナーさんへの注目度は上がっていく。優秀なトレーナーに担当してもらえば自分も強くなれる。トレセン生であればそう考えるのは自明の理だ。トレーナーさんの担当を希望するウマ娘はどんどん増えていった。その需要に答えるように、トレーナーさんはチームを作って気になるウマ娘を受け入れていく。

それは喜ばしいことだ。トレーナーさんのキャリアを考えれば、良いウマ娘を育てていくのはメリットしかない。入る報酬は増える。名声も手に入る。順風満帆ではないか。何も問題はない。トレーナーさんの事を思うなら、背中を押してあげるのが最良の選択肢。なのに…

 

「どうして…」

 

トレーナーさんが他のウマ娘と二人三脚で目標に向かうのを見るたびに。トレーナーさんと私との時間が減っていくたびに。モヤモヤとしたモノが私の心を犯していく。その正体は単純明快。トレーナーさんが私の担当であるという自負。そのトレーナーさんが他者に向ける熱量への嫉妬。そんなどうしようもない負の感情だ。

 

「私、最低だ…」

 

なんという我儘。なんという自分勝手。そんな自己中心的で醜い自己衝動で、トレーナーさんを縛ろうというのか。おこがましいにも程がある。だから迷惑をかけまいと、その感情を押し殺して過ごしてきた。それを悟られないように、細心の注意を払いながら接してきた。でも、この独占欲は際限無く膨れ上がっていく。だから少しでもそれを発散しようと、トレーナーとの時間を少しでも作ることを考えた。

ある日の放課後、二人になったタイミング。パソコンとにらめっこしているトレーナーさんの隣に座る。画面を見る限り、今度の重賞レースの情報収集だろうか。作業が落ち着いてきたタイミングで話を振ることにした。

 

「トレーナーさん、来週の休日なんですけど…」

 

「ごめん、その日は…」

 

中々話が纏まらない。トレーナーさんは多忙だ。忙しいのは分かっている筈なのに、トレーナーさんが遠くなっていく感覚がした。胸の疼きに耐えられず、私はトレーナーさんの肩により掛かる。それに気づいた彼は、少し驚きつつこちらを見つめた。心配の色が入った目線に耐えられず、私の口は語る気の無かったことを紡ぎ出す。

 

「…ダンツ?」

 

「本当は…」

 

本当は、トレーナーさんには私だけを見てほしい。後輩達やチームメイトは大好きだ。トレーナーさんのウマ娘レースへの熱意は知っている。より多くのウマ娘を担当するのがトレーナーさん…ひいてはレース界の為になると分かっている。それでも、貴方にとっての一番になりたい。押し殺していた感情の吐露をトレーナーさんは黙って聞いている。

トレーナーさんももう分かったと思うんですけど、私は言うほど良い子じゃないんです。そんなしょうもない嫉妬をしてしまう悪い子なんです。だから失望されたってしょうがない。そんな醜い自虐を免罪符にして、拒絶されてしまうって怯えながらも、こうして話すのを止められない。

 

「ダンツ…」

 

一通りの本心を吐いた後、トレーナーさんが口を開く。

 

「…君の思いに全て答えることはできない」

 

「…はい」

 

当然の答えだ。子供の癇癪に全て付き合うことなんてできない。分かっていた筈だろう。それでも、目尻に溜まる涙を我慢できなくて。掠れた小声で返事をすることしかできなくて。今にも泣き出しそうになっていると、トレーナーさんが更に言葉を紡いた。

 

「でも、ダンツは私の一番だ。それはずっと変わらない。」

 

「…え」

 

「そして、もし君が大人になってもその気があるのなら」

 

ちょっと待ってほしい。話がおかしい方向に行ってないだろうか。だって、それはまるで生徒に告られた先生みたいで。そこまで考えが至って、改めて自分の発言を振り返ってみる。ああ、どう考えても熱烈なラブコールだ。そして、それに対してのトレーナーさんの返事は肯定的。これって、もしかしなくても…

 

「あう……」

 

顔が火傷しそうなくらい熱くなって、私は意識を手放した。そこから先は覚えていない。ただ分かるのは、暫くの間トレーナーさんの顔をまともに見れなくなったことだ。

 

 

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