ウマ娘 SS短編集   作:本田直之

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メジロ家とトレーナー

「遂に来たかぁ…」

 

襟元を正しながら深呼吸をする。眼前にはそれこそテレビで見る様な巨大な屋敷がそびえていた。日本におけるウマ娘の名家『メジロ家』の邸宅だ。トレセン学園にてメジロのウマ娘を担当して早数年。彼女は熱心な指導のかいあって、歴史に名を残すような名ウマ娘になった。その結果、メジロの”お婆様”から直々に会いたいとオファーがあった。当然断る訳にもいかず、担当に促されるままここまで来てしまった。

 

「トレーナー様、お待ちしておりました。こちらでございます」

 

執事の後について屋敷内を歩く。煌びやかな装飾に目を奪われていると、大きな扉の前についていた。ここが執務室らしい。促されて入ると、空気が変わったような気がした。部屋には天皇賞の盾が並べられ、赤を基調とした内装が厳かな雰囲気を醸し出している。そして、中央に置かれたソファーに座る老齢の女性が一人。メジロのウマ娘が言う所の”お婆様”。このメジロ家を長年にわたって支え続けた女傑である。

 

「どうぞ、おかけになってください」

 

「失礼します」

 

丁度机を挟んで向かい合わせ位置に座る。”お婆様”は厳しくも優しいとの担当の言通り、会話は和やかに進んだ。近況や今後の予定、世間話などだ。そして、最初の緊張が解けてきた頃、本題が切り出される。

 

「実を言うと、あの子から推薦を受けているのです。貴方をメジロに迎えたいと」

 

「はい。本人から以前似たような事を言われました」

 

実際にメジロ家に迎え入れられるというのは、とても名誉な事とされている。日本屈指の名家からお墨付きを頂いた訳だから断る理由もないだろう。実際、自分はそれも良いかと考えている。でも、”お婆様”はそれでは駄目なのだと述べた。

 

「今一度、考えて頂きたいのです。メジロに入るという事について」

 

「どういう事でしょうか」

 

「あの子はまだ若いので致し方ないのですが、メジロに入るという選択はとても重い…」

 

人間が定命の生き物である以上、限りある時間を消費して人生を謳歌している訳だ。メジロに入るということは、その貴重な時間の大部分を捧げるということ。トレーナーはその育成能力をメジロのウマ娘のみに費やし、これから出てくるであろう若い芽を育てなければならない。当然ながらメジロ以外のウマ娘を見ることもできないし、トレーナーとしても人間としても自由度も格段に下がってしまう。このデメリットを許容しつつ、これから何十年と続けていけるのか。その覚悟を持っているのか。”お婆様”はそう問うているのだ。それを聞いて、今回担当の同伴が許されなかったのか納得した。成程、確かにこういう系統の話は彼女の前では出来ない。あくまで決めるのは俺自身の自由意志であり、担当の意見は挟ませないという配慮であるのだろう。また、この問いに対して期限を設けないと”お婆様”は付け足した。

 

「ご自身でじっくり考えて、納得のいく答えが出てから返答なさってください。一度きりの人生ですからね」

 

「分かりました」

 

執務室からの帰路、”お婆様”の言葉を脳内で反芻する。トレーナーとして彼女の成長を見続けたい想いはある。だが、それは後悔しない選択か?途中で投げ出したりはしないと言い切れるか?これからの人生を捧げる価値のあるものなのか?一朝一夕で片がつく問題ではないが、”お婆様”から折角頂いた貴重な考える機会だ。担当には悪いが、将来設計について追及させてもらおう。これで良かったと思える重要な選択肢を。後悔しないために。

 

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