ウマ娘 SS短編集   作:本田直之

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トニビアンカの挑戦

極東の島国――日本。この地にて友人が新しいことを始めたらしいので、尋ねてみることにした。友人の名はトニ―。トニビアンカ。かつて欧州最高峰のレースである凱旋門賞を征し、欧州最強と謳われたウマ娘である。

 

東京の中心部から少し離れた郊外のベッドタウンにそれはある。実際のレース場よりは小さいがしっかりした状態のターフだ。欧州とは違う和芝が敷き詰められ、本物さながらの整備がされている。そこを走り回る幼いウマ娘達の輪の中に、彼女はいた。

 

「ムーン、来てくれたのか」

 

「アンタがどんな事してるのか見に来ただけよ」

 

こちらに気付き駆け寄ってくるトニ―。その姿はターフで見せる威厳のあるエミュではなく、普段の素顔そのままだ。もうあの頃の様に気負う様子は見られない。それが知れただけでも、今回の来日は元が取れる。ただ、本命はトニーがこの国で始めたことだ。私は彼女の挑戦に対し漠然とした不安を抱いていた。今回の訪問はその不安の解消の為でもある。

 

「レース教室、盛況みたいね」

 

「まだ始めたばかりだが、嬉しい限りだ」

 

トニーは日本でレースの教室を開いた。引退したウマ娘が後進の育成を始めること自体はさほど珍しくない。が、トニーの場合は斜め上のアクションを起こしたのである。例えば――――

 

「取ったらしいわね、日本国籍」

 

「ああ」

 

先日欧州の方でも話題になった事だ。トニーは日本国籍を取った。それは、日本という国に身を埋めるということ。彼女ほどのネームバリューがあれば、祖国イタリアや欧州でこのような教室を開くのは容易だろう。だが彼女はそれを蹴ってこの日本を選んだ。欧州のファンやレース関係者からは少なくない疑問の声が出ていた筈だ。なのに何故?それを問うと、トニーは語り始めた。

 

「ジャパンカップを覚えているか?」

 

忘れるはずもない。私とトニーが揃って出走したレース。結果として彼女は骨折し、アメリカの伏兵オベイユアマスターが勝利したあのレースだ。あの時、トニーは東京レース場に対して運命的な何かを感じたそうだ。地元の欧州と全く違うのに、やけに馴染む脚。ここで終わるのも悪くないとさえ思った。そして、この東京レース場で教え子を勝たせたいと思うようになった。綿密な計画というより、殆ど直観に近いプランである。

 

「可笑しいだろう?」

 

「いえ、アンタの決断は尊重するわ」

 

これがどう転ぶにせよ、トニーは決断し実践した。並々ならぬ覚悟をもって。そこに他人の意思が介在する余地はなく、彼女の決断が揺らぐことは無い。であれば、ただ見守ることこそが最良の選択肢であろう。

 

「せんせぇ~~~!!!見て見て!!!」

 

暫く二人で話し込んでいると、耐えかねたのか一人の幼いウマ娘が話しかけてきた。髪の色は黒鹿毛だろうか。とにかく大声で元気なウマ娘だ。

 

「こらチケット!先生が困ってるだろ!!」

 

それをもう一人の幼いウマ娘が引き留めに来た。鹿毛のボブカットだろうか。年齢の割にはしっかりしている印象を受ける。

 

「大丈夫だグルーヴ。話はさっき終わったからな」

 

「これ以上ここに居ても迷惑だろうから、今日は帰ることにするわね」

 

私は幼いウマ娘達にじゃれつかれるトニーを横目に帰宅の準備を始める。すでに話したいことは話し終わった。これ以上留まる理由もない。

 

「今日はありがとう」

 

帰り際、トニーは笑顔でお礼を言った。まぁ、お礼を言いたいのはこっちだ。さっきまで漠然と抱いていた不安も今は無い。当人が楽しんでいるならそれでいい。それに―――

 

「似合っているわよ、ミズ・トニビアンカ」

 

今のアンタは、これ以上ないくらいお似合いだ。

 

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