その日、私ことキングヘイローはトレセン学園で気まずい時間を過ごしていた。同期のスカイさんも何処かばつの悪そうな顔をしている。発端は昨日放送された人気ドラマ『Loveだっち』の最終回だ。架空の高校を舞台に繰り広げられるウマ娘の青春をテーマにしたドラマなのだが、ここに至ってウマ娘達が「尻尾ハグ」に及ぶというシーンがあった。その衝撃を受けてトレセン学園ではそこら中の会話が尻尾ハグの話題で占められるという珍事が起こったのだ。そこまでなら大した問題ではなかった。問題なのは、以前から私とスカイさんは尻尾ハグをしていたという点。多くのウマ娘が尻尾ハグの大胆さや恥ずかしさを喧伝するので、二人そろって共感性羞恥で恥ずかしくなったのである。
「お、キング」
「…スカイさん」
そして放課後、トレーナーの所に向かうスカイさんと鉢合わせした。いつも通りに振る舞おうとするも、頭の中を尻尾ハグの事がよぎり上手く話せない。それをもどかしく思ったのか、スカイさんが踏み込んだ発言を始めた。
「あれあれ~キングったら、もしかしてビビってる?」
「違うわよ!!」
スカイさんと尻尾ハグをすること自体に抵抗は無い。私にとってスカイさんは尻尾ハグをしても気にならないくらい特別に思っている。問題なのは、誰かにそれを悟られることだ。これ程話題になってしまえば、その内誰かに気付かれてしまうかもしれない。
「そんなこと気にしてるんだぁ…初心ですな~~」
「ちょっ」
私の話を待たず歩き出すスカイさん。いかにも何も無かったような振舞いだが、彼女の性格上今回の事に何の衝撃も受けていないなどありえない。事前に煽られたのもあって、彼女の一矢報いたいと思ってしまう。どうしたものか考えていると、スカイさんの尻尾から覚えのある匂いがしているのに気が付いた。それは私がよく使う尻尾用トリートメントの香り。その特徴的な香りを間違うことは無い。そして、取り寄せてる珍しい品なので私以外が使っているのを見たことは無い。それがスカイさんから香っているという事は――――私はちょっとした仕返しの意味を込めてスカイさんを呼び止めた。
「何?私急いで―――」
「私の尻尾用トリートメントの匂いがしてるわよ。いつもので移ったのかもね」
「…え」
自分の用事もあるので、固まったスカイさんをおいてその場所を後にした。その後のスカイさんは露骨に匂いを気にし始めたので、内心ニヤニヤしている。私も人目に付く場所での尻尾ハグを控える様になったのでおあいこだ。
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尻尾ハグ。トレセン学園でこの言葉が話題になり始めてから、どうも落ち着かない。心が想像以上に乱れている。特別なパートナーにするというそれは、嫌でもあるウマ娘のことを意識してしまう。ダイヤちゃんだ。幼い頃から一緒にいると約束した、私にとって無二の幼馴染。もしするとしたら彼女になるだろう。でも、そんな大胆なことを切り出す勇気がない。尻尾ハグへの思いを抱えたまま悶々とした時間を過ごしていると、当のダイヤちゃんから話しかけられた。
「キタちゃん…あのね…」
既に授業は終わり、教室には私達2人だけ。そのシチュエーションが特別感をかもしだしていた。どうもモジモジして落ち着かない彼女は何かを言おうとしている。が、言葉が喉を通らないようで金魚の様に口を開閉するのみだった。数秒の沈黙の後、無言でこちらに尻尾を向けた。
「…あ」
この行動の意図は言うまでもない。ダイヤちゃんは私に尻尾ハグを求めている。先に切り出されて面喰いながら、私は彼女の尻尾に目をやった。見慣れているそれがいけないモノのように感じて思わずたじろいでしまう。でも、これはダイヤちゃんにとっての精一杯の親愛だ。ここで引いたら何か大切なものが壊れてしまう気がして、私はダイヤちゃんに背を向けた。
「………っ」
激しく高鳴る心臓を落ち着かせながら、自分の尻尾をダイヤちゃんに至近距離まで近づけた。それに反応するようにダイヤちゃんの尻尾も動き出し、私の尻尾に絡まっていく。僅かながら感じるダイヤちゃんの体温。背徳感を味わいながらその状態を保つこと十数秒。ダイヤちゃんが尻尾を離した。振り返ると紅潮した顔の彼女がいて、私にだけ聞こえるような声量で呟いてくる。
「…ありがとう」
「う、うん…」
反射的に出るか細い声。友人であるダイヤちゃんとの何かが、以前より深くに沈んでいった気がした。