夕日の中で【後編】
バーゼル大聖堂のゲオルグ塔から景色を見ている。
沈みゆく夕日と悠久なるライン川……俺はこの景色が好きだし美しいと思う。
「そう、この世界は美しく、そして輝いている」
ラインの流れを見つめる内に日が落ちる。
「また、同じ景色を見られると良いが」
あの日、世界が変わってしまっても、此処から見る景色は素晴らしい。
「我々とあの娘に聖ゲオルグの加護がありますように」
この世界がマダ美しいと思える人間は少ない……
もしかしたら俺だけなのかも知れない。
でも……眼下に家々の明かりが灯るのが見える。
「こんな世界でも人々は負けずに生きている」
この景色を美しいと思うのは自分だけかも知れない、だが絶望せずに済んだから世界が美しいと思える。
これは幸せなのだろう。
これからも見続けようと思う。
命ある限り……
スイス最後の街
バーゼル、ドイツとフランスの二か国と接する国境の街は欧州をドライブするなら特別な意味を持つ街になる。
フランスのオートルートA35、ドイツのアウトバーンA5、そしてボクが走って来たスイスの南北幹線高速自動車道A2が合流する街なんだ。
ライン川という欧州水運の大動脈における最終遡行点、ライン川最初の架橋点、スイス、ドイツおよびフランスが国境を接する交通の要衝だ。
陸運でも水運でも、三か国にとって重要な都市。
それがバーゼルである。
ボクは此処で最後の休みを取ってからドイツに侵攻するつもりだ。
敵の本拠はシュパイアー。
多分ハインリヒ4世の埋葬地 シュパイアー大聖堂 だ。
本拠は動いていない。
地図上で記録して来た、本拠の方向を記した線。
ボクが移動した以上は始点は変わり、終点が変わらないなら、本拠の上で線が交わる。
三角測量とか言うんだっけ? 呼び方はともあれシュパイアーで交わった。
敵はあくまでもカノッサの屈辱をローマ法王の権威が勝ったとしたいのだろう。
あの事件は色々な見方が出来ると思うけど……
そもそも法王の権威を認めるのなら、自分達メシア教が異端とされている件をどう思うのだろう?
どうせペ天使の事だ、何時ものダブスタなんだろうけど。
やはり、ここバーゼルも活気が無い。
未来への展望が見えず、天使の振りした悪魔に襲われる毎日で活気を出せと言うのも無理な話だけどね。
どうもバーゼル大聖堂を中心とした地域にレジスタンスが集まり、戦っているらしい。
さて、ボクは如何するべきだろうか?
レジスタンスを無視して先に進むのも選択肢だ。
情報収集が出来るなら嬉しいけど、大した情報は集まらないだろう。
でも、交通の要衝であるバーゼルなら、敵の情報は兎も角、日本人の情報は集まるかも知れない。
旅行者や留学生、それもフランスやドイツに居た日本人を保護出来たり、情報だけでも集まるなら寄る意味がある。
「武器商人ニキ*1の家族はフランスだっけ?」
家族が旅行中にこの混乱に巻き込まれた実銃愛好部の仲間の事もある。
流石に本来の任務を無視して探しに行く事は出来ないが、途中で情報収集するうちに保護出来たなら問題ないし、手がかりが一つでも見つかれば助かる可能性が上がるかも知れない。
「ま、やるだけやって見ようか」
そんな訳でバリケードの中に声を掛けて見よう。
バーゼルの護り
バーゼルの護りは脆いのか固いのか?
「第四の騎士相手なら堅そうだけどな?」
バーゼルの死の踊りと呼ばれるフレスコ画を作らせた事があったりして、ペスト絡みの結界は健在に見える。
プロテスタントに鞍替えしながらカソリック伝統であるカーニバルを祝う。
良く言えば柔軟、悪く言えば節操無し。
そんな街がバーゼルな訳だが、日本人の扱いは如何なのか? スイスとの国交はあるんだ、本来なら保護するのが筋。
問題は国毎吹っ飛んだような状態だと言う事。
だから自治体ごとに対応が違ったりする訳だ。
イタリアではローマ周辺の日本人は助かったらしい、ヘクマティアルグループが手配した船で帰国した人間も居ると聞いた。
フィレンツェ以北の観光客は絶望的。
そしてスイスだけど、此処の観光客も期待は出来ないそうだ、そもそも余剰の食料が少ない国なんだ。
余計な人員まで養う余裕は無いし、日本人は確認されていない。
ここではってだけの事ではある。
でもボク自身がスイスを縦断して日本人に会う事は無かった。
多分、ダメだったんだろうな……
但し、バーゼルには例外が一人いるそうだ。
少々特別な理由があって保護された日本人観光客。
フランスから飛来した、正確には飛来する者に運ばれて来た彼女は未だ目を覚まさないのだとか。
残念だけど、これ以上の情報は期待できないか。
さて、ボクは此処バーゼルの防衛設備の中に入る為に身分を明かさざるを得なかった……
つまり、攻められている現在、迎撃戦力として期待されてるって事だ。
まあ、出来るだけ頑張るけどね。
ペ天使? いいえ天使です
「この街の代表との会談ねぇ……」
あまり気が進まないけど、ガイアの名前を出して知らんぷりも出来ないしな。
仕方ないから手短にお願いしたいね。
「こちらです」
案内されたのはバーゼル大聖堂の中。
祈りの為の場所で暮らしている? 普通の人間じゃなさそうだ、なんかもう帰りたい気分なんだけどな。
「ようこそ、ガイア連合の方」
出迎えてくれたのはボロボロの羽を持つ天使だった。
近くにベットが置かれ、誰かを看病しているらしい。
「っ……」
思わず身構える。
でも銃を召喚するのは思い止まった。
相手は礼儀を払っている。
なら、此処で銃を抜くのは無礼を働くって事だ。
ガイア連合を代表するボクがバーゼルのトップに無礼を働く。
うん、自重しないと。
ペ天使じゃなさそうだし……地上に居るのは極稀な例外だけど。
「冷静で助かります。私は既にボロボロですから貴女の脅威にはなりませんけれどね」
沈黙、天使相手に何話せば良いのかわからん!
「そうですね、先ずは名乗りましょうか。私はガリズルと申します」
ガリズル? ラジエルの別名にあった名前だな? それに第3エノク書で見た名前だ。
「その羽を広げて炎から守ってくれると言うガリズルであってる?」
「博識ですね。ハイ、そのガリズルです」
「その羽は?」
「流石にあれ程の悪意が込められた核の炎には耐えきれませんでした」
どうも、日本人観光客の祈りに応えて顕現したらしい。
召喚主を護り、此処まで送り届けて……
歪まされたラジエルの書を処理しようとしたが力尽きたとか……すげぇ、真面な天使だ、初めて見た。
思わず珍獣を見る目で見てしまった。
「さて世間話をしている時間はアリマセン。今回の件を仕組んだのはラグエルです」
「彼? 便宜上彼と呼びましょうか。彼の目的は判りませんが、想像するに嫉妬と恨みを晴らしたいのでしょう」
天使にあるまじき事ですがとの前置きの後に語られた事を要約すると。
奴は常に神の側に居れるラジエルを嫉んでたらしい。
ついでに、自分を堕天使呼ばわりしたローマ法王も恨んでると……
だからラジエルの書を悪用して、法王の権威も悪用して見せたと?
「ば~~~~~っかじゃねえの!?」
いや、心底呆れたんですけど?
なにそれ、ラジエルが何をしたんだ? なにもしてないだろう? ラジエルは神の命を守っただけだ。
法王に恨み? 1000年以上昔の話だぞ? 今の法王に関係あるか?
それにメシア教の現状を見ろよ。
主である四文字じゃなく、天使を崇めているじゃないか!
第91代ローマ法王ザカリアスの危惧は正しかったんじゃないか!
「良しわかった、ラグエルを撃ち殺せば良いんだね!」
「言い方は兎も角お願いします。私が自分で処理するつもりでしたけど、力尽きる様ですし……」
「ガイアのアイテムならあるけど」
「役目を果たした以上、これは余禄です。此処で力尽き、使命を貴女に託せたと言う事は私の地上での仕事は終わったのでしょう」
なんて真面な天使なんだ……これは自慢できるのでは? ウソ乙で終わるかも知れないけど。
「すみませんが、後の事は……」
言い切れずにガリズルは倒れた。
同時に召喚主の女性が目を覚ます。
「ああ、間に合って良かった……」
「? あの時の……」
「主よ感謝します」
召喚主にハグするとガリズルが消えて行く。
「あっ……ああっ!」
抱きしめ返そうとしたのに、女性は間に合わなかった。
左側からすすり泣く声がする。
そりゃあ、見ず知らずの他人を天使と二人っきりにはしないか。
一応、召喚主さんも居たけど意識の無い人間はノーカンだろうし……
少しは空気読め!
「ガリズル様、避難を!」
飛び込んで来た男性が叫ぶ。
軍服を着ている、階級章は……少佐か。
「先程、天に帰られました……」
牧師だろう人が応えた。
さっきの泣き声はこの人か……ガイアの看板は凄いな。
傷ついた天使と二人で話をさせるために、彼一人しか居なかったんだ。
武装した兵士の一人や二人側に置くと思ってたのに、居たのは彼一人。
ボク個人を信用する理由は無いから、信用されたのはガイアの名前だ。
「何が起こりましたか?」
牧師さんは冷静だ。
思わず声を押し殺してとは言え泣くほどに悲しんだばかりなのに、落ち着いて対処しようとしている。
「此処を目指して、敵戦力が」
「いよいよ来ましたか、敵はなんです?」
「自走砲四輌を含む戦闘団です。正規の編成ではありませんからメシアの過激派の私兵でしょう」
「人間が相手ですか? 対装甲用の武器は?」
「残念ながら品切れです」
「対抗手段はありますか?」
「なに、我々もスイスの精鋭ですよ? 肉弾攻撃でもなんでもいたしますとも」
朗らかに笑っているが、死を覚悟したんだろう……
でもね、此処にボクがいる意味を忘れて無いか?
「敵は何所から侵攻してくるのかな?」
横から口を挟ませてもらおう。
「貴方は?」
少佐の質問に牧師が答えてくれた。
「ガイア連合の方です。ガリズル様が最期に面会を希望されました」
「そうですか、敵はライン川の向こう岸に展開中、装備から言って元ドイツ軍でしょうな」
自走砲はM109 155mm自走榴弾砲で兵士の装備する銃はH&K G36か、なるほどね少佐さんの判断に同意する。
「牧師さん、塔に昇っても良いかな?」
「それは構いませんが……」
チョットは空気読めよメシアの馬鹿どもめ、召喚主の女性がパニックだろうが!
今、しんみりした空気だったんだよ、こんな時に攻めてくんな!
ボクは今、かなりムカついている。
己の全力で誰かを助けた天使が居た、反対に兵士を唆して誰かを殺そうとするペ天使も居る。
他人を殺そうとしたんだ。
殺されても仕方が無い……当然、覚悟はしてるんだろう? してない? 知るか、死ね!
ボクは一人、マルティン塔へ登る。
寒さに震える物乞いに自らのマントを半分切り取って与えたマルティン。
後に司祭となり、様々な奇跡を起こした聖者マルティンの名前を冠した塔に登って行く。
登っている最中に振動と砲撃音、近くが攻撃されたな、急がないと。
螺旋階段を登り切って、木の階段を駆け上がる。
「ボクが分け与える事が出来るのは銃弾だけだ」
ボクには奇跡は起こせない。
「だから洗脳された被害者が混じっていても、運が悪かったと思ってもらおう」
塔の上に辿り着くとボクはSIG SG510を召喚した。
メメント・モリ
「これほどの戦力ならば、死にかけの堕天使の一人くらい滅ぼして御釣りが来るだろうさ」
配下の自走砲が砲撃体制に入るのを満足気に見やる。
既に手前の邪魔な展望台は潰してある。
おそらく見張り台の役割を果たしていたのだろう、展望台は目標を砲撃するのに邪魔だった。
「正義たる我々に逆らうとは何故か不思議だったが、なんてことはない、ただの堕天使であったのか」
ラグエル様のお言葉だ間違いがある筈が無い。
堕天使と堕天使に従う堕落した民ならば、我らに滅ぼされて当然だ。
「準備が整った車輌から順次射撃せよ! 敵の籠る障害毎吹き飛ばしてしまえ!」
そう命じた途端、自走砲が一輌吹き飛んだ。
「何が起こった!」
「わかりません!」
塔にマズルフラッシュ? 気のせいか?
また一輌、爆発。
射撃体勢に入った車輌から爆発していく?
「まさか、砲口を狙撃していると言うのか!! 5㎞は離れているんだぞ!」
驚愕しながら命令する。
「残り二輌はタイミングを合わせ同時に砲撃せよ!」
これなら何方か一輌は攻撃出来るハズだ。
あんな塔、砲弾が一発当たれば倒壊する、凄腕でもスナイパー一人で戦局は代えられんさ!
また一輌やられた、だがもう一輌は砲撃に成功している。
これなら、あの塔も……砲弾が撃墜された!?
我が目を疑う光景……そして、驚愕しているうちに最後の一輌もやられた……
「馬鹿な……」
額に衝撃、狙撃されたのか? 体が倒れる、意識が暗くなる。
「司令!?」
部下の声が聞き取れない、俺は死ぬのか?
戦場で慢心するなんて、死んでとうぜ…ん……
この街の名はバーゼル。
バーゼルの死の踊り、それは墓地に描かれていたフレスコ画の名前だ。
最初期に死の舞踏を描いた街の一つ……
死を想え、戦場で自分が絶対に勝てる等と、自分は死なない等と油断をすれば死が忍び寄る。
最大戦力と指揮官を失った部隊は速やかに撤退した。
ひょっとして、お仲間ですかぁ!?
塔から降りたボクは大歓声に迎えられた。
牧師さんが代表してお礼を言ってくれる。
少佐さん達は背後で敬礼していた。
むず痒いから止めてくれないかな?
そう思っても、群衆の熱はなかなか冷めない。
「あの……」
オズオズと召喚主さんが声を掛けて来る。
「なんでコスプレしてるんですか?」
ん? この世界でキノの旅って発表されてたっけ?
口に出してたらしい。
「一応、5巻まで出てますね。ラジオドラマも去年……アニメはマダですけど」
「あれ? 既刊と発表されたラジオドラマは兎も角、なんでアニメ?」
「えーと……早くアニメ化されないかなーって」
失言したって顔だな? カマかけてみようか?
「アニメねぇ……ところで君、一期と二期ではどっちが好み?」
「断然二期です! チョット大人びた絵柄と悠木碧さんの演技が素晴らしいと思います!!」
はい、決定。お仲間だ。
「発表されてないアニメのキャストまで知ってるんだ……」
「あっ! あははは。忘れてくれません?」
「無理、君は保護対象だから」
「それはそうでしょうけど」
「お仲間だしね」
「えっ?」
しかし、こんな所で二重の意味で同胞に出会うとはね……
まあ、保護対象を転移できる能力者が送らない理由も無い。
自然に山梨まで送れるから良いかな?
ラグエルにはバレるだろうけど、ボクも隠れるつもりは無い。
「待ってろ、直ぐに滅ぼしてやる!」
夕日の中で【前編】
「交代の時間だ、俺はもう降りるぞ」
相棒は俺に声を掛けると、返事も待たずに先に降りていく。
「せっかちな奴だ」
違うのかも知れない、変わってしまった世界を見続けるのが辛いのかも知れない。
ドイツの黒い森地方は天使の振りをした悪魔どもに蹂躙され、見るも無残な姿を晒している。
目の前の展望台も無残な姿を晒しているしな。
「此処も何時まで持つのか……」
何度か襲撃されたが、いまの所は撃退出来ている。
あの娘は何所まで進んだだろうか?
ガイア連合の黒札だと言う彼女の助力で今日も乗り切れた。
物資が何時まで持つのかは下っ端の俺にはわからない。
少なくとも潤沢だとは言い得ないのはわかるが……
夕日が沈んで行く。
俺はこの景色が好きだった。
ラグエルってボス役に起用した人居ませんよね?
一応、調べたけど、見逃している可能性が……
まあ、悩んでても仕方ないので、このまま行きますか!
ローマ法王よりは教皇の方がカソリック的には正しいそうですが、日本では法王の方がメジャーっぽいので法王で統一します
読者さんの指摘により原作者先生が存在する時空になりました
そのうちキノと絡むかも知れません