チョットだけ、子供世代にも触れてみる
マカーブル氏よりFAを頂きました。後書きに掲載いたします
ボクはお母さんになる
「順調だね。まあ、この病院だと母子共に健康が保障されてるんだが」
ボクの主治医になるんだろうか? 人魚ネキの安産の守護結界が施されている病院でヤプールニキの診察を受けている。
実際に触診とかをするのはヤプールニキのシキガミ〝ドロッセル〟なんだけどね。
ヤプールニキって紳士だから……マッドでもあるけど。
高位の霊能者、しかも黒札を診察できる人間は多くない。
下手な人間には任せられないし、救護ネキは忙しい。頼めば診察してくれるかも知れないけど、安全が保障されてるのに煩わせるのは間違いだろう。
十月十日、異界を使わず、ボクは普通に妊婦さんをしている。
時間を加速させた異界で産んでも良かった。
この子のお父さんは探求ネキだ。
彼女は経験豊富な経産婦でもある、瑞樹ちゃんの助けがあればスムーズに出産も出来たと思う。
でも止めた。
この子は北神奈川支部でも重要な存在になるだろう。例え本人が望まなくても……
普通に産まれて、正真正銘ボクの子供だと認知された方が良いと思ったんだ。
一般人に理解し難い産まれ方はしない方が良い。
異界を使うと、昨日まで妊娠してるとは思えなかった人間がイキナリ赤ちゃんを抱いて現れて、自分の子供だって言い張っている様に見える。
一般人目線だと理解不能だよね? 霊能名家の人間なら理解出来るのかな? わざわざ試す必要はないけど。
だから、普通にボクが妊婦として、過ごす姿を見せて置く。
ボクと言う戦力が頼れなくても、問題は無い筈だ。
ボク抜きで終末を乗り越えたって、実績も自信もあるんだしね?
理由はソレだけじゃ無いんだけど……
ボクが覚悟を決める時間が必要だったんだ。
だから、普通に命を育む事にした。
周囲に祝福されて、気遣われて……そんな普通の妊婦さんとしての時間が必要だと思った。
ボクは知っている。魂の存在を……
ボクは殺して来た。敵対した人間を……
勿論、殺しを楽しんだ事など無い。殺し合うだけの理由がある存在と戦い勝利しただけだ。
だからって割り切れるかは別の話だけどね。
それに、ボクが助けられなかった人間も多い。
ボクの手から零れてしまった人達……
ボクが見捨てざるを得なかった人達……
彼らがボクの子供として産まれて来たら? ボクは宿命通が使える。
ボクには前世が見えるんだ。ふとした拍子に前世を見たとして、それでも子供を愛せるのか?
とても不安だった。
神魔の転生体は瑞樹ちゃんが防いでいるらしいし、悪魔関係の面倒事が無いのは幸いかな?
情けない話だけど、覚悟を決めるのに時間が必要だった。
望んで授かった癖にね。
転生してきた以上は、罪を贖い、やり直す資格を得たと言う事だ。
日本人的な理解ではそうなるハズ。
わかってる、前世と今世は関係ない。
記憶も無いだろうしね?
あくまでボクの問題。それで子供が不幸になったら? 変に考え込んでた。
「キノの悪い癖ですね? 一人で抱え込むのは違いますよ?」
瑞樹ちゃんが優しく諭してくれた。
「私を頼ってください。産まれて来る子供のお父さんは私なんですよ?」
そうなんだけど……良いのかな?
ちょっと情緒不安定だったのかも知れない。
木分身が付きっ切りでボクの様子を見てたりする。
長時間拘束する気は無かったんだけど……
でも瑞樹ちゃんが側に居ると安心する。
これもマタニティブルーってヤツなんだろうか?
仕方ないって認めるのが大事らしい? ヤプールニキと瑞樹ちゃんが口を揃えて言う事だから、そうなんだろう。
甘えてしまおう。
始めてお母さんになるんだもん。不安な事もあるさ……
お父さんには、もうなってるけどな!
臨月のお母さん同士の会話(但し相方の子供の父親は自分だとする)
「キノと同室になるとは思わなかったね♪」
ミホと一緒の病室である。
個室に入る事も出来たんだけどさ? それだとボクが退屈で死んでしまう。
ミホの故郷、八王子は失われてるし、ここだと姉も両親も居るからね。
一種の里帰り出産なのかも? 父親のボクも居る場所だし?
ボクの子供は男の子でミホの子供が女の子だ。
産まれて来る子供は兄妹? 姉弟? 順番次第で変わるんだけど、既に18名も姉がいるから誤差だな!
正実シスターズが全員女の子を産んでるんだ。ついでにアンコウチームの残り二人もヒット済み、半年ほど後で産まれてくるだろう。
避妊? ボクに選択権は無い! 無かったんだよ……
「まあ病院側で配慮してくれたんでしょ」
ボクは大部屋で良いし話し相手も欲しい、でも関わりの無い人間と一緒だとボク以外のお母さんの心労がね?
ミホなら気心も知れてるし、ボクの身内だ。病院としても対処しやすいんだろう。
ボクって、北神奈川支部だとVIPだしね。
出産と言う、ボクが弱体化する時間を狙われないとも限らないし……
まあ、この病院の護りは十二分に強力だし、現在襲ったなら、命どころか魂が無くなると思う。
ただでさえ強力な結界に相模原の精鋭が護っているのに、探求ネキの分身までがボクの側にいる。
十二分を通り越してオーバーキルかも?
まあ、安心してお産が出来るのは良い事だな。
「タイミングが良かったのかな? キノと一緒なら、安心だもの」
精神的にも物理的にもって小声で呟いている。
視線は瑞樹ちゃんに向いている。
ミホは瑞樹ちゃんの事を知っているからね。
ボクの師匠な事もボクより強い事も、ボクのお腹の子供の父親な事もだ。
ミホにとっては縁結びの恩人で、友人でもあるらしい?
瑞樹ちゃんはミホも護る。本人もそれを知ってるって事だね。
ボクとしては逃げられない様にしてくれやがった戦犯なんだけどさ!
ミホの事は大事だから、強く言えないけど……
こういう事でボクが勝てる訳も無いので、諦めるしかない。
「複雑な気分になる事もあるけど……」
多分、母親のシホさんが見舞いに来た時だな?
あの人も時折、様子を見に来る。
仕事の上でボクは上司だし、ミホは娘だ。
見舞いに来るのは、ある意味当然。
お腹が大きくて、自分の診察のついでじゃなければ、ミホも素直に喜べただろうに……
本来は喜ばしい事なんだけど、娘としては複雑だろう。
20以上も離れた年の弟か妹が産まれる。
しかも自分の子供より年下の……
シホさんも覚醒者だし、オカルトアイテムには若返りの手段もある。
夫婦仲も良いんだし、不思議じゃない。
娘から見たら迷惑なのかも? 少なくとも困惑はするだろうね。
現在妊娠四か月。
安定期なら娘に付いていたいんだろうけど、無理はダメな時期。
おとなしくしていてもらう。
「酷くない? お母さんったら〝これでミホも魔砲少女(経産婦)よ〟って。事実だけど、出産前に言う事じゃ無いでしょ!!」
ごもっとも……でも沈黙は金。
相槌は必要だけどね。
不満を聞いてあげて共感するのが大事なんだって聞いた。
無難に受け流したい。
なんせボクが仕掛けた悪戯が発端だ。
余計な口を開くと、ボクに不満が向きかねないし。
食事は活力
ボクが力を入れてたから終末後でも食事の質は落ちていない。
勿論、終末前に比べたら、値段は嵩む。
流通の問題もあって、特に海産物の価格は上がった。
カロリー換算では問題無い様には出来てるんだけどね。
タンパク源は鶏肉が多い。次に豚、牛と続いて、魚介は高級品だ。運が良ければ干物が入荷するかも? ってレベル。
それなりに稼いでいるなら注文する事も出来るけど、お値段は覚悟がいる。
オカルト食材は更に高級品だ。
だからまあ、ボクの食事は例外なんだ。
ミホもお零れに預かっているけど。
「今日の昼食は鳥竜種のから揚げです。モルス油を使ってますし、さっぱり食べられると思います」
レモンを絞って頂くとしよう。
妊婦さんはスッパイ物が食べたくなるって言うけど、この時期だと関係無いかも? 多分ボクの好みの問題だろう。
このレモンも〝あらゆる果物が実る大樹〟から収穫された瑞樹ちゃんのレモンだ。まだ普通な方かな? しびレモンとか持って来ても驚かないと思う。
「しびレモンのレモンスカッシュも飲みますよね?」*1
持って来てたの!? 飲むけど……
「食欲があるのは良い事ですね」
モグモグ食べるボクを見てほっこりしてるみたい?
ミホも美味しそうに食べてる。
これを病院食と言い張ったら怒られるかも……身内の持ち込みだから許して欲しい。
普通にご馳走を食べている。幸い悪阻も無かったし、結界の御陰で母子共に健康だ。
後は無事に産まれて来るのを待つだけ。
終末後なのに、こんなに気楽にお産が出来る。
有難いことだ。
人魚ネキに感謝しないといけない。
人間って死を乗り越えると、反動なのか繫殖欲みたいなものが活性化するらしい。
終末後の混乱を乗り越え、落ち着いてきた頃からベビーラッシュが始まった。
これも皆の日頃の努力が実って、北神奈川支部での生活に不安が無いからだろう。
ボクもチョットは胸を張って良いのかな?
御飯が終わってレモンスカッシュを頂く。
「うん、美味しい」
まさに痺れる美味さw
まったりしてたら来客が来た。
「キノさん、ミホ、二人とも調子はどう?」
シホさんだった。
「また来たんだ?」
ミホの声が呆れている。
「どうせ暇なんだもの。娘の様子を見に来ても良いでしょ?」
軽い運動ついでって言われたら反対も出来ない。
「結界の御陰で安全なのに……」
安全だし順調だ。ぶっちゃけ、この病院に居る間の健康は保証されている。
退院してからの方が注意が要るかも知れない。
つまり、この病院が散歩先なら他の場所よりも安全なんだ、職場(緑区派出所)と住居と病院は同じ敷地内だしね。
まあ、母娘の会話に口を挟むのは無粋だし、沈黙は金! 瑞樹ちゃんは食器を片付けに行ってて不在だし、ステルスしよう。
「キノも一緒だし不安も無いのに……」
おっとぉ? 注意を向けなくても良いんだよ?
「そうね、旦那さまも一緒だものね」
二人がボクを見る。正確にはボクのお腹を見てるのかも?
「一緒の病室で、同じく臨月の女の子な旦那さまが……」
シホさん? 沈黙が痛いから止めて!?
「色々混乱するわ。これからは男性が妊娠したり、女性同士でも子供を授かれるそうだけど……」
事実である。実際に同性同士で子供を授かった前例があるそうだ。
ボクの場合は不意打ちで、生やされたんだけどな!
こんな話題が続いたらボクのメンタルがヤラレル。話題を逸らそう!
「そんな事よりシホさんは順調?」
まだ安定期じゃないよね?
「おかげさまで」
シホさんに笑顔が戻った。
陣痛が来て出産が始まる
シホさんと戻って来た瑞樹ちゃんと楽しくオシャベリ。
不意に痛みが来た。
「陣痛が始まったみたい」
痛みは耐えられる。瑞樹ちゃんがナースコールを押して看護師さんを呼んでくれた。
ボクは初産だけど瑞樹ちゃんは経産婦だ、アドバイスも貰えるだろう。年下だしボクの旦那さまなんだけどね。
うん、知らないと混乱するよね? 知ってても混乱する? そうだね……
お馬鹿な事を考える余裕もある。陣痛が始まったからって、直ぐお産じゃないんだよね?
痛みが定期的になるまでは、病室で待機だろう。
数時間〜十数時間かかると聞いたし、お産は夜かな? とは言え高レベルの覚醒者だし、一般人の前例は当てにならない。
だから用心して、入院してたんだし……
「思ったより早く産まれるかも……」
ほんの数時間? まだ西日が差してる時間だ。
「じゃあ、行ってくるね」
ミホに声をかけて、分娩室に運ばれる。瑞樹ちゃんは如何したって? 助産師をスル気マンマンですが何か?
まあ、細かい事は良いか。お産が大変なのは当然だし、ボクが特別だった訳じゃ無い。
普通に苦労して、普通に産まれてくれた。
それで良いじゃないか。
とは言え、一抹の不安が残る。
ボクの子供として産まれて来た、魂は……
「大丈夫ですよキノ、元気な男の子です。良く見て上げて下さい」
良く見ろ? 思わず深く見る。産声を上げている男の子、その前世は……
「ねえ瑞樹ちゃん。名前ってボクが決めて良いよね?」
「良いですよ」
「この子の名前は木太郎だよ」
瑞樹ちゃんはわかっているとばかりに微笑んだ。
「おかえり、おじいちゃん……」
小さく呟くとボクは初乳を上げる為に赤ちゃんを抱き寄せた。
追記
ボクの直ぐ後でミホにも陣痛が来たらしい、同じく安産で、息子と同じ誕生日に娘が産まれた。
血の繋がった兄妹。
但し父親も母親も別人……いやはや我が事ながらカオスだな。子供に説明する時が大変かも知れない。