アニスたちの活躍により、盗賊カンダタから金の冠を取り返すことができたロマリア王は、すぐにポルトガの関所の封鎖を解除した。これでようやくアニスたちは、次の大陸へと進むことができたのである。
晴れ渡る青空の下、ポルトガの関所を通り過ぎたアニスたち一行は、意気揚々と街道を歩いていた。
「ふっふーん♪ ポルトガと言ったら港町! 港町と言ったら海鮮料理よね!」
「アニスさん! 海鮮料理も良いですが、サンプーチャンも美味しいですよ!」
「何よそれ。全然聞いたことないんだけど……」
「クラレット……。たぶんあんた今、世界線を越えた発言してると思う」
等と仲良く会話しているうちに、三人はポルトガへと辿り着いた。カンダタを圧倒的な力でねじ伏せたアニスの前では、ポルトガ近辺の魔物などもはや敵ではなかった。血気盛んな魔物は秒で蹴散らし、戦いに消極的な魔物はアニスの力を恐れて攻撃さえしてこない。彼女たちの旅はかつてないほどに順調だった。
「さて、街に着いたはいいが、これからどうするんだい? この先は海しかないけれど」
ロベリアの問いに、アニスは不敵に笑った。
「ここから先は船で移動するわよ。徒歩でてろてろ歩くなんてもう古いわ。今のトレンドは高級ラウンジでワインを飲みながら優雅に船旅よ!」
「あんたも世界線無視するんかい!」
お決まりのツッコミを決めたところで、三人は船に乗るために乗船場へと向かった。ところが――。
「船が出せない!?」
受付の人の話によると、船を出すにはこの国の王の許可が必要だという。しかし今、国王が多忙なため、出航の許可が下りないのだとか。
「今は近海にも魔物が現れ始めたため、こちらの用件は後回しにされてしまってるんです。申し訳ないですが船の出航は……」
「わかったわ! だったらあたしたちが今から直接王様のところに行って、直談判してきてあげるわ!」
「え……」
「そうと決まればお城に向かうわよ!」
「あっ、待ってくださいアニスさん!!」
決意を固めたアニスはすぐにポルトガの城へと向かった。嵐が去ったあと、受付は唖然としながら二人の後ろ姿を眺めていた。
その後、早速王様に嘆願するために城へ向かったアニスたち。城の者たちに快く迎え入れられた三人は、すぐに玉座の間へと通された。そこにはこの国の主であるポルトガ王と、傍らには大臣らしき男性が立っていた。
最低限のマナーはわきまえているアニスは、自らをアリアハンから来た勇者だと名乗り、失礼のないように慇懃に挨拶をすると、さっそく例の話を王様に切り出そうとした。
だが、それより先に口を開いたのは王様の方だった。
「遥か東の国では、黒胡椒が多く採れるという。東方に旅立ち、その見聞をわしに報告せよ」
「へ?」
突然話を振られ、アニスは思わず間の抜けた声を上げる。
「さらに黒胡椒を持ち帰ったとき、そなたらを勇者と認めよう」
その言葉に、アニスの目つきが僅かに険しくなる。
――もしかしてこれって、黒胡椒を持ってこない限りあたしを勇者だと認めないってこと?
アリアハンから勇者が旅立ったという噂は、ここポルトガにも広まっている。ひょっとしたら自分以外にも、アリアハンから来た勇者だと騙る人がこの城にやってきたのかもしれない。
――あたしはそんな奴らとは違う。一緒くたにされてたまるもんですか!
彼女の負けず嫌いな性格が発揮されると、アニスは王様を見据え、迷いのない目で言い放った。
「わかりました。必ずや黒胡椒を持ち帰ってみせます。その代わり、もし黒胡椒を持ち帰ったら、あたしたちに船を一隻貸していただけないでしょうか?」
「ほう、随分と強気のようだな。よかろう。その心意気を信じてみよう。もしそなたたちが黒胡椒を持ち帰ったときは、最新鋭の船を与えよう!」
王様の言葉に、三人の目が丸くなる。船を『貸す』ではなく、『与える』と言っているのだ。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「黒胡椒を持ち帰ったらの話だ。ここから黒胡椒の産地であるバハラタに行くには、アッサラームの東にある山脈を越えなければならない。魔物も手ごわいゆえ、そなたたちのような女子供では、辿り着くことすら困難であろう」
――この国では、あたしがカンダタをぶちのめしたことを知らないのかしら。アニスが皮肉げな目で王様たちを見返すと、王様は大臣を一瞥した。
大臣は慣れた動作で懐から白い封筒のようなものを取り出した。
「この手紙を東への洞窟に住むノルドに見せれば、バハラタへと導いてくれるはずだ」
アニスは大臣から王様の手紙を受け取ると、深々とお辞儀をした。
「しかし、以前にも一度、そなたとよく似た雰囲気の戦士風の男に、手紙を渡したことがある。確か名は……、オルテガと言っておったな」
「あ、父の話は結構です」
ばっさりと話を切り捨てられ、続きを言おうとしていた王様が名残惜しそうにアニスを見る。しかしアニスにとって今大事なことは、とっとと黒胡椒を持ち帰り、船を手に入れることだった。
「そ、そうか……。ならば行くが良い、アニスよ」
「はいっ!!」
元気よく返事をされ、王様はこれ以上何も言えずにアニスたちを見送ったのだった。
「ここがノルドの洞窟……」
その後アニスたちは、アッサラームから北東に進んだ先にある洞窟にやってきた。
「本当にこんなところに人なんか住んでいるのかい?」
「魔物でも出そうなくらい暗いですね……。あ、今のはダジャレじゃありませんよ?」
ロベリアが半信半疑でつぶやく。クラレットもロベリアの後ろに隠れながら、キョロキョロとあたりを見回している。
一方前を歩いていたアニスは、突然足を止めた。
「待って、この先に誰かいるわ」
言いながら、アニスは剣の柄に手をかける。今この場に盗賊がいれば忍び足でも使えただろうが、ここには隠密に長けた職業に就いている者はいない。息を潜めて足音を消しながら、アニスたちは洞窟の奥へと進んでいく。すると――。
「誰じゃ、お前さん方は! 今すぐ出ていきなされ!」
強い口調で言い放つ声は、年嵩の男性に聞こえた。構わず先へ進むと、洞窟の奥から明かりが漏れ出している。まさか本当に人が住んでいるのか――。
「!!」
殺気を感じ、アニスは反射的に後ろに仰け反った。その瞬間、アニスの頭があった場所めがけて、銀色に光る刃が突きつけられた。
「……ずいぶん手荒い歓迎ね」
一筋の汗がアニスの頬を伝う。彼女は自分に突きつけられた槍の穂先をつまんで押しのけると、自分を警戒する目の前の人物を見下ろした。
同年代の女性と比べれば平均的なアニスの身長よりもさらに低いその人物は、長いひげにやや小太りな体型の、年配というのはまだ若い男性だった。
「えっと、あなたがノルド? あたしたち、バハラタに行くためにポルトガの王様から手紙を預かってるの」
そう言ってアニスは、男性に手紙を渡した。
「いかにも、わしはドワーフのノルドじゃ。ポルトガの王の使いの者が、一体わしに何の用じゃ?」
言いながら、ノルドはアニスから受け取った手紙を読んだ。
「ふむ……、バーンの抜け道だと? なるほど、東の地に行きたいのじゃな? そういうことならば話は別じゃ。ついてきなされ」
手紙を懐にしまい込むと、ノルドはアニスたちの横を通り過ぎて行った。その先に道はなく、ただ岩壁があるだけである。
「ちょっと! そっちは行き止まりよ?」
アニスが制止するが、ノルドは構わず突き進む。そして突然ピタリと立ち止まると、やおら上着を脱ぎ始めた。半裸となったノルドは、準備運動とでも言う風に首を左右に鳴らすと、いきなり壁に向かって走り出したではないか。
「ノルド!?」
「おりゃあああっ!!」
どがあああん!!
なんと、ノルドの体当たりにより岩壁が崩れ、瓦礫の向こう側に奥へと続く道ができた。
「すごーい!!」
思わず素直に感嘆の声を上げるアニス。上半身をよく見れば、ノルドはかなり引き締まった体つきであり、腹筋も割れている。身長も低く小太りに見えたノルドだったが、実は鍛錬を極めた肉体を持っていたのだ。
「はわわわ……。ギャップ最高……ッ」
一方アニスの後ろでは、ノルドの活躍に目をハートマークにさせているクラレットの姿があった。
「あんた……、ギャップがあれば誰でもいいのかい?」
呆れたように呟くロベリア。彼女にはどうしてもクラレットの好みが理解できなかった。
「さあ、通りなされ。言っておくが、他ならぬポルトガ王の頼みがあってこそ、お前さん方を手助けすることにしたのじゃ。本来わしらドワーフは、人間嫌いなんじゃからな」
素っ気なく話すノルドに、クラレットはまたもキャーキャー騒ぎ立てている。ノルドのツンデレな態度が気に入ったようだ。
「ありがとね、ノルド! あなたはあたしたちのことを嫌ってるのかもしれないけれど、あたしはあなたのことは嫌いじゃないわ」
そう言うとアニスは、ノルドに手を振りながらバハラタへと続く道へと入っていった。それにロベリアと(半ば引きずられている)クラレットも続く。そんな三人の後ろ姿を眺めながら、ノルドは独り言ちた。
「はて……、今のセリフ、前にもどこかで聞いたような気がするが……。気のせいじゃろうか」
それがポルトガ王が手紙を渡したもう一人の戦士だったのだが、結局思い出すことはなかったという。
ノルドが岩を壊す前の仕草が好きです。