人さらいのアジトに乗り込んだアニスたちを待ち受けていたのは、かつてシャンパーニの塔で戦った盗賊カンダタだった。
「あー……、そういやいたわねそんな奴……」
「何すっとぼけた顔してんだ!! あんたがあの時オレにした仕打ち、忘れたくても忘れられなかったんだからな!!」
まくし立てるように話し出すカンダタ。覆面で表情は分からないが、どことなく必死さが感じられる。
「いやいや、元はと言えばあんたが悪事を働いたのが悪いんでしょうが。その上懲りずに今度は若い女性を攫うなんて、もう更生の余地なしと見なしていいのよね?」
ニヤリ、と黒いオーラを背後にまといながら満面の笑みを浮かべるアニスを見て、カンダタは思わず身震いした。
「へ……、へへっ。これ以上脅すのは無意味だぜ。なにせオレはあれから、いつかあんたに復讐するために日々修行して、強くなったんだからな!! それに今は以前よりも頼もしい仲間を引き入れた!! 今度こそあんたに勝ってやる!!」
「はあ……。その努力を何でもっと世の中のためになる方に向けられなかったのかしら。ホント残念な変態ね」
ため息をつきながら、アニスは哀れみにも似た目でカンダタを見据える。そしてグプタたちの方を振り返り、
「あなたたちはここから離れてて。こいつはあたしがやっつける」
そう言って背負っていた剣の柄を握り、鞘から抜いた。
「へっ、そうこなくちゃな、嬢ちゃん」
「『嬢ちゃん』じゃなくて、アニスよ」
「アニス、あたいたちも加勢に……」
「大丈夫。ここはあたし一人で戦うわ」
ロベリアの申し出に、アニスは断った。一見仲間の身を案じて自ら戦いに挑んでいるように見えるが、真実は一人で戦ったほうが気楽だと考えたからだ。特に足手まといのクラレットがいたら、今度こそ取り返しのつかないことになるかもしれない。
「アニスさん……。頑張ってください!」
クラレットの応援に、アニスはなんだか力がみなぎるような感覚を覚えた。
「おっと、倒さなきゃならねえのはオレだけじゃねえぜ! おい、子分ども!!」
カンダタが口笛を吹いた途端、どこからかカンダタと同じように覆面を被った男たちがわらわらと現れた。しかし男たちの体格を見る限り、カンダタよりは弱そうに見える。
「お前らはあの女二人と戦え!! なるべく殺すな!! 特に猫耳女は利用価値が高い!!」
見た目のことを言ってるのだろうか。名指しされたクラレットは、ビクリと体を縮こませ、顔面蒼白になりながらロベリアの後ろに回り込みしがみついた。
「……あんたら、よくもうちのクラレットを怖がらせてくれたねえ? あたいもアニスの性格が移っちまったのか、前より負けず嫌いになったみたいだよ」
ポキポキと指を鳴らしながら、ロベリアは子分たちを睨みつけた。そのあまりの形相に、子分たちは一斉に震え上がった。
「何ビクついてんだ!! 行くぞ!!」
声を上げたカンダタはいつの間にか持っていた鉄の斧を振りかぶり、アニスに襲いかかった。その勢いはシャンパーニの塔で見た時より数倍迫力があった。だが――。
「生憎だけど、あたしもあんたと一度戦ってから、それなりにレベルも上がって強くなったのよね」
――それこそ、他の仲間を頼るなんて考えすら及ばないほどに。
アニスは後ろに大きく跳躍すると、振り落とされた鉄の斧をいとも簡単に躱し、お返しとばかりに手のひらをカンダタに向けて一言放った。
「ギラ!!」
熱い炎がカンダタの顔面めがけて襲いかかる。反応しきれなかったカンダタの覆面に炎が移るやいなや、思わず大きく仰け反った。
「ぐわああああああ!!」
慌てたカンダタは思わず鉄の斧を放り投げ、覆面に燃え移った炎を手ではたきながら急いで消していた。幸い覆面はわずかに焦げただけで完全に燃えることはなかった。しかし、得物を放した敵の隙を、アニスが見逃すはずがなかった。
「隙ありっ!!」
凄まじい速さでカンダタの間合いに詰め寄ると、アニスの繰り出す白刃が一閃した。その瞬間、カンダタの無防備な脇腹に一筋の赤い線が生まれる。
「へえ、今の攻撃を避けるなんて、少しは成長してるのね」
アニスが想定していたよりも浅い傷に、カンダタはにやりと口角を上げる。覆面に気を取られ、得物をも手放した今のカンダタは、いかにも攻撃してくださいと言わんばかりの状態だった。だからこそ、アニスはそこをついてくると直感した。それを見越したカンダタは、頭で考えるより先に体で反応し、致命傷を避けたのだ。
「へっ、だから言っただろ。あんたに勝つために、オレはここまで強くなったんだ!」
「ふうん……」
余裕を見せるカンダタだったが、アニスの自信がそれを上回っていた。カンダタが束になってかかってこようと、今の自分のレベルなら太刀打ちできないことはない。勇者として育てられ、これまで人一倍努力してきた彼女の強さには、絶対的な自信があった。
――いくら小細工したって、努力してレベルを上げたあたしには勝てっこないわ!
慢心するカンダタに気取られないよう、ポーカーフェイスを貫くアニス。間合いを取り、相手が仕掛けてきたらすぐに反撃。アニスの頭の中に、幾つもの攻撃パターンが映像化される。
「くらえっ!!」
予想通りの大振りな攻撃。この瞬間アニスは、勝ちを確信した。
――だが、笑いの……いや、運命の神は主人公の思惑通りにさせてはくれなかった。
「きゃああああっ!!」
「アニス!! クラレットが遊んでる最中に敵に攻撃されて倒れちまった!!」
「……」
二度あることは三度ある。アニスはもはやこの展開をも予想していた。それでも毎回襲ってくる喪失感と脱力感にいまだ慣れないでいた。
「もうやだ、このパーティー……」
当然ながら独り言ちるアニスの呟きなど、誰も聞いていなかった。
その後、ロベリアと二人でなんとかカンダタの子分を倒し、ロベリアがクラレットを目覚めさせる間にアニスが頑張ってカンダタを倒した。
「いや『なんとか』とか、『頑張って』とか、投げやりすぎじゃない!?」
「誰に向かって言ってるんだい?」
戦いに勝ってなぜか憤慨するアニスに、ロベリアは不思議そうに尋ねる。
一方カンダタは、アニスに二度負けたせいか、先ほどとはまるで別人のように卑屈になっていた。
「まいった、やっぱりあんたにゃかなわねえ。心を入れ替えるから見逃してくれねえか?」
「いいえ」
「そんな冷てえこと言わねえで、頼む! 見逃してくれよ!」
「いいえ」
その後もカンダタとアニスは同じようなやり取りを130回以上繰り返し、先に折れたアニスが渋々カンダタを見逃すことを了承した。
「いいのかい? 逃がしちまって」
「アレとこれ以上関わるのはもうこりごりよ。もしまた会うことになったらさすがに容赦しないけど」
逃げたカンダタたちを見送りながら、アニスは心底うんざりしたようにロベリアに言った。
とそこへ、ずっと傍観していたグプタとタニアがおずおずとアニスたちの前に出た。
「あ、ありがとうございます、皆さん。このご恩は一生忘れません!」
「別に気にしないで。まあ、あたしの功績を町中に広めるくらいなら構わないけど」
「あとでバハラタにあるうちの店に寄って行ってください! 是非お礼がしたいのです」
そういえば、タニアの祖父も黒胡椒をくれると言っていた。
「わかったわ。落ち着いたら後で伺わせてもらうわ」
二つ返事で了承したアニスにグプタは頭を下げると、タニアを引き連れ一足先にアジトから出ていった。
すると、ようやく目覚めたクラレットが辺りを見回しながら二人に尋ねる。
「あの……、さっきピンク色の頭の魔物がここにいませんでしたか?」
「大丈夫。ピンクの変態はもうここには現れないわ」
「そうですか……」
きっぱりと断言したアニスに安心したのか、再びクラレットはその場に倒れ、そのまま眠り込んでしまった。
「……いやピンク色の魔物ってなんだよ!?」
時間差でツッコミを放つロベリアの声が、誰もいないアジトに虚しく響き渡るのだった。
Switchの仕様がかわり、なかなかドラクエに触れる機会がなくなってしまいました(家族共有のため)。更新が遅くなって申し訳ありません。