その日は各々宿を取り、翌日の朝には皆、町の入り口に集合していた。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらないでよ。しばらくは行動を共にする仲間なんだから」
これから共に旅をするというのに慇懃にお辞儀をするアッシュを、アニスは気を使いながらも軽い口調で返す。
――ふっ、昨日の夜はちゃんと眉毛も揃えたし、宿のお風呂で体もきれいにしたわ! 髪も鏡を見ながらきちんとセットしたし、これで安心してアッシュと接することができるわ!
昨日アッシュと別れてから、アニスはひどく後悔していた。なぜなら、偶然部屋の窓に映った自分の姿を見た途端、自分の顔のあまりの酷さに衝撃を受けたからだ。
――嘘! あたしってば、こんな薄汚い格好で男の人と話してたの!? いくらなんでもこれはまずいでしょ!!
だが、そうなるのも無理はない。直前まで何日も野宿をし、遭遇した魔物の群れと幾度も戦い、さらには盗賊団とも一戦交えたのだ。生死がかかわる状況の中、いちいち容姿など気にしていられなかったのだ。
――なんとかしなくては。決意を固めたアニスは早速一晩で自分を磨くために、ありとあらゆる手段を取った。そして今に至る。
「ええと、アッシュは戦士なのよね。転職したらどの職業に就くつもりなの?」
町を出て、街道を歩く道すがら、アニスはアッシュに尋ねる。
「将来のことも考えて、商人になろうと思ってる。実家がエジンベアの道具屋だから、ゆくゆくはあとを継がなきゃならないからね」
エジンベアといえば、他国に比べて貴族が多く、裕福な暮らしをしている人が多いと聞いた。昨日ためらいもせずお金をばらまいたのも、もともとアッシュはお金持ちなのかもしれない。
「ふうん。でも、あとを継ぐなら最初から商人になればよかったんじゃない? なんで戦士になったの?」
「小さい頃から勉強ばかりで体が弱くてね、父親に『勉強だけじゃなく自分の身を守るくらいの力をつけろ』と言われてさ。でも戦士になっても結局僕は弱いままだった。それで自分でも向いてないって分かったから、もう転職してもいいかなってダーマに行くことにしたんだ」
「へえ。まあ、人には向き不向きがあるからね」
などととりとめのない会話をしているうちに、アニスとアッシュは次第にお互い打ち解けるようになった。しかし、他の二人はというと、ほとんどアッシュと会話をしていないどころか、目も合わせていなかった。
そのうちの一人ロベリアは、今までほとんど同年代の男性と接する機会がなかったため、どういう反応をしていいかわからないらしく、アニスたちが話をしている間もずっと黙り込んでいた。
さらに昨日、意識を取り戻したロベリアに、アッシュが一時的に仲間に加わったと伝えた途端、彼女は今まで見たことがないほど動揺し、慌てまくった。
「ななな、なんでいきなりそういう話になっちまったんだい? 女だけのパーティーにいきなり男が入るなんて、冗談じゃないよ!」
「んじゃあ、ロベリアだけここで留守番してもらって、あたしとクラレットだけでダーマに行く?」
「それとこれとは話が別だよ!」
その後も何やらブツブツと文句を言っていたようだが、結局渋々一緒についていくことにした。
一方クラレットも、マイペースな性格ゆえ、気の利いた会話を試みるという器用な真似はできない。そもそもアッシュはクラレットにとって好みのタイプではないので、興味すら抱いていないのがわかる。
なので必然的にアッシュに話しかけるのは、アニスしかいないことになる。そういうのが苦手な訳では無いが、なんとなく自分一人にアッシュを押し付けられたような気がして、アニスは心の中でふてくされていた。
それでも一応女の子として、最低限の身だしなみはしておかないとまずいと思い、昨夜は睡眠時間を削ってまで鏡と向き合っていたのだ。
「アニスの方こそ、女の子なのに勇者として魔物と戦ってるなんて、大変なんじゃないのかい?」
「んー、別に小さい頃から剣術は嫌いじゃなかったし、同年代の男子どもをコテンパンにするのは爽快だったから、大変だって思ったことはあんまりなかったわね」
「ははっ、面白いね、アニスは。今まで一人で旅してきたから、君たちと一緒に旅が出来てとても楽しいよ」
「う……。そ、そんな楽しいもんでもないわよ。女三人なんて騒がしいだけだし……」
朗らかに笑うアッシュを見て、アニスはドギマギしながら答える。そのとき、背後に殺気を感じ、慌ててアニスは後ろを振り向く。
「ひっ!?」
そこには、血の涙を流しているロベリアの姿があった。恨みがましい目でアニスたちを睨んでいる。
「ずるい……。男の人とあんなに楽しそうに話してるなんて……。あたいだって、あたいだって……」
――めんどくせえなコイツ!!
アニスは叫びたい気持ちを極力抑えながら、ロベリアの殺気を背に浴びてダーマへと歩き続けたたのだった。
転職を求めて、世界中の人々が集まる場所、ダーマ神殿。転職を希望する者は神殿の最奥にある広間にて、神官により職業を変えることができる。
世界中の人々が集まるからだろうか。神殿は今まで訪れたどの建物よりも大きく、それでいて荘厳だった。すれ違う人々の表情は皆晴れやかで、転職をすることに概ね満足しているようだ。
「ここがダーマ神殿ね……。意外に山奥にあるのね」
アニスの言う通り、ダーマ神殿は山岳地帯に囲まれていた。よくこんなところに建てたものだと感心してしまう。
「それじゃあアッシュ。短い間だったけど楽しかったわ。商人になっても頑張ってね」
「ありがとう。こちらこそ一緒に旅ができて楽しかったよ。またいつか会えるといいね」
アッシュはアニス達三人にそれぞれ握手を交わすと、最後まで笑顔を絶やさず手を振りながら別れた。ふと隣を見ると、ロベリアが硬直したまま立っている。
「ていっ」
どすっ!!
「わあああっ!?」
アニスに膝の裏を蹴り飛ばされ(いわゆる膝カックン)、バランスを崩し倒れるロベリア。
「ちょっと、何するんだい!!」
「いやあ、ロベリアがあんまりにも腑抜けた顔してたから、ここらで一発気合を入れようと思って」
「余計なお世話だよ! 全く……」
「……ぷっ」
怒りを隠そうともしないロベリアに、アニスはたまらず吹き出した。
「人のこと見て笑うなんて、いい性格してるじゃないか」
「いや……、だって久しぶりにあんたの声聞いたんだもん。さっきまであんなに大人しかったのに」
「そ、それはアッシュがいたから……」
ロベリアはもじもじしながら指をグルグル回している。そんな彼女の様子を見かねたのか、アニスが口を開いた。
「うーん、やっぱりこのパーティーに男は要らないわね」
「え!?」
アニスの言葉に、ロベリアはこの世の終わりのような顔をした。
「え!? じゃないわよ。あんたがそんな調子じゃあ、スライム一匹すら倒せないわよ。だから今後もこの三人で旅を続けるわよ」
「まま待ってくれよ!! うら若き乙女が何の出会いもないままここで一生を終えるっていうのかい!?」
「何を大げさな……。男に対してヘタレ全開のあんたが、一丁前に出会いを求めるんじゃないわよ! このパーティーは男子禁制! はい今決めた!」
「そ、そんな……。あたいの青春が……」
がっくりと膝を崩すロベリアに、アニスは同情の余地なしという様子で肩をすくめる。そしてふとクラレットに目をやると、彼女はアニスたちのやりとりなど気にもとめず、転職帰りの人々をじっと目で追っていた。
「どうしたの、クラレット? やっぱり転職に興味がある?」
「は、はい……。そろそろ猫耳スーツにも飽きてきたので、次はああいう清楚系の服を着てみたいかなって」
そう言ってクラレットが指差したのは、神官衣をまとった若い女性だった。
「僧侶ね。まあ、いいんじゃない? ……って、ちょっと待って、あなた転職をコスプレかなんかと勘違いしてない?」
「えっ!? 違うんですか!?」
「全然違うわ!! ……まあいいわ。とりあえず、行商人から黒胡椒をもらったら、転職できるか聞いてみましょう」
というわけで、まずは行商人を探すことに。神殿の大広間を見渡すと、すぐに商人らしき中年の男性が別の人と商談をしているところを発見した。
商談が終わったところを見計らい、アニスは早速行商人に話を聞くことにした。
「あの、すみません。ちょっとよろしいですか?」
アニスは行商人に名乗ったあと、事の経緯を説明した。行商人はグプタの店の名前を出された途端、相好を崩した。
「なるほど、グプタどのからの紹介ですね。黒胡椒を運ぶのはいいのですが、バハラタまで結構距離がありましてな、ここで少し休んでから町に向かおうと思ってたんですよ。さあ、こちらをどうぞ」
行商人はパンパンに詰め込まれたカバンの中から、小袋に入った黒胡椒を取り出した。
「お代はグプタどのの方から頂くということで。それでは、良い旅を!」
黒胡椒をアニスに渡すと、行商人はそそくさと三人の前から立ち去った。その後ろ姿を、ロベリアは苦笑いを浮かべながら見届ける。
「あの様子だと、ずいぶん長いこと休憩してたみたいだね」
「そりゃあグプタさんの店の黒胡椒も無くなるわけよね。それはともかく、次はクラレットの転職ね。えっと、クラレットは僧侶になりたいんだっけ?」
「いえっ、アニスさん! わたくし、やっぱり賢者になりたいです!」
「は!? 賢者!?」
「あれを見てください!」
そう言ってクラレットが指差したのは、ミニスカートを履いた水色の髪の美少女が、杖を構えている姿絵だった。人物の下の方には、『賢者』と書いてある。
「わたくし、あの格好になりたいです!」
「へ……?」
確かに描かれているのは可愛い女の子だが、それは女の子が可愛いからであって、服装自体はシンプルであり、言い方を変えれば世捨て人っぽい感じにも見える。そんな姿に進んでなりたいなんて、この子は一体何を言っているのだろうか?
「この素晴らしいファッションセンス! そして人をやすやすと殴れそうな大きな杖!! わたくしもこんなふうに着飾ってみたいです!」
「あ……そう……。んじゃ勝手にすれば……」
キラキラと瞳を輝かせながら力説するクラレット。考えることを放棄したアニスは、つい投げやりに返事をしてしまった。しかしそれが後に苦労することになろうとは、この時はまだ知る由もなかったのである。
ロベリアはイケメンが近くにいると極端にヘタレになるだけで、普通の男性相手ではこれほどにはなりません。だけど恋愛に興味がないわけでもなく、面倒くさい子です(笑)