『勇気の試される地』とやらの情報を探し出してから、約半月。アニスたちは立ち寄った町で聞き込みをしながら、ようやくその場所が『ランシール』と言う名の町のことだと突き止めた。
そして船で向かうことさらに半月。アニスたちは、とうとう最後の鍵を手に入れるための最初の目的地であるランシールへと辿り着いたのだった。
「はえ〜。随分立派な建物ねえ」
町の奥に構える大きな神殿。それは小さな町の一角に存在するにはあまりにも違和感があった。
「取り敢えず『消え去り草』がどこにあるか町の人に聞いてみましょう」
木々の合間から見える荘厳な建物に目を奪われそうになりながらも、アニスは気持ちを切り替えてその場をあとにした。
しかし町の人に聞くまでもなく、消え去り草は道具屋の店先で見つかった。町に入ってから間もなくのことである。これには三人も思わず苦笑した。
「こんなにあっさり見つかるなら、さっさとここに来ればよかったねえ」
「だから言ったじゃないですか!! 早く行きましょうって!!」
「まあまあ、見つかったんだからいいじゃない。それより、目的を達成したら一度あそこの神殿に行ってみない?」
憤慨するクラレットを宥めながら、アニスは町の奥にある神殿を指差す。
「なんだい? 気になるのかい?」
「あたしたちはここに来てから、まだ『勇気の試される地』と呼ばれている理由を知らないわ。そしてこれはあたしの勘だけど、あの神殿に行けばその答えがわかると思うの」
「へえ、勇者のカンってやつかい? まあ、あたいも正直あの建物には興味があったんだ。消え去り草を買ったら早速行ってみようじゃないか」
「えぇ……。それより早くエジンベアに行きましょうよぉ〜」
泣きそうになるクラレットを半ば強引に引きずって、アニスとロベリアは道具屋へと向かった。消え去り草は別段高くもなく、あっさりと購入することが出来た。難なく目的のものを手に入れた三人は、ついでに町の奥にある神殿を目指すことにしたのである。
「あら? 扉が閉まってるわ」
神殿も大きいなら扉も大きい。そんな立派な扉をアニスは開けようとしたが、扉には鍵がかかっており、結局開くことはなかった。
「おいそれとは入れてくれないようだね。今回は消え去り草が目的だし、また次の機会でもいいんじゃないかい?」
「うーん、仕方ないわね……」
ロベリアの提案に、アニスは渋々ながらも神殿に入ることを諦めた。けれどこのまま立ち去るには諦めきれないとばかりに、アニスは神殿の周囲を散策し始めた。
「正面突破が無理ならどっか抜け道みたいなものでもないかしら。……ん?」
たまたま通りがかった神殿の隅の壁際に、なにやらぷるぷると弾んでいる物体が見えた。不思議に思い、アニスは警戒しながらも少しずつそれに近づいていく。
よく見ると、それは一匹のスライムだった。スライムは人間であるアニスたちの存在に気づくと、一瞬身体をびくつかせたが、すぐにもとのぷるぷる状態へと戻った。そして訝しげな顔をする先頭のアニスをじっと見据えた。
「……」
「……」
お互い様子を見ているのか、沈黙が続く。すると、たまりかねたロベリアがアニスの後ろから顔を出した。
「へえ、人間を怖がらない魔物なんて、珍しいね。あんた、どうしてこんな人里にいるんだい?」
「別に人間なんて怖くないよ。森よりここのほうが賑やかだからここにいるだけ」
ロベリアに尋ねられ、スライムは特に怯えることもなく平然と答えた。
「それより、消え去り草は持ってるかい?」
「え!? あ、うん、持ってるわよ」
唐突にそう聞かれアニスはたじろいだが、平静を装い鞄から消え去り草を取り出した。それを見たスライムは相変わらずぷるぷると自身の身体を揺らしながら、
「だったらエジンベアに行きなよ」
「は!?」
そう突き放すように言い放った。なんとなくその小馬鹿にしたような物言いに、アニスは怒りよりも呆気にとられてしまった。
「……えーと、どういう立ち位置なのかしら、このスライム」
「わからないよ。あまりにも意味がわからなすぎてあたいも思考が停止してしまった」
そんなことスライムに言われなくてもわかっている、ていうかなんで自分たちがエジンベアに行かなきゃならないことを知っているのか、それになんでそんなに偉そうなのか、突っ込みたいことは山ほどあったが、大きく深呼吸をしたアニスは、その全てをなかったことにした。
「うん、教えてくれてありがとう! それじゃあ!!」
こういう時は波風立てず、爽やかに去る。たとえ勇者と言えど、こんなことで面倒ごとを増やすわけには行かないのだ。
「さあっ、とっととエジンベアに行くわよ!!」
アニスはいまだぷるぷるしているスライムの身体を突っついているクラレットの首根っこを掴むと、逃げるようにランシールの町をあとにしたのだった。
そして再びエジンベアへと戻ってきたアニス一行。
衛兵の目の届かない所で、アニスは消え去り草を使用した。すると、みるみるうちに三人の身体が透明になったではないか。
「おおっ、二人の姿が消えたわ!! なにこれ!?」
「二人とも、本当にそこにいるんだよね!? 勝手にどっかいなくならないでくれよ!?」
「すごいです!! なんだかわたくし、興奮してきました!!」
姿は見えないが、三人の声はしっかり響いており、しかし本人たちにとってはそれどころではなく、三者三様に騒ぎ立てている。離れてはいるが三人の声を聞いていた衛兵は、何事かと辺りをキョロキョロと見回す。そして誰もいないことを確認すると、幽霊の類と察したのか、一気に青ざめて震えだした。
「今のうちに、エジンベアに入るわよ!」
小声でアニスが誘導すると、この隙に三人とも足音を立てずにそそくさと衛兵の前を通り過ぎた。そして消え去り草の効き目が消えた頃には、無事にエジンベアの城内へと入ることが出来たのであった。
「やったわ! エジンベアに入れたわよ!!」
エジンベアの国は、まるで城と町が一体となったような造りをしていた。機能性や防犯性はさておき、広い土地を歩き回らないで済むのはアニスたち旅人にとっては楽なものであった。
「どうですか、お二人とも! とても綺麗でしょう! あそこに立ってある銅像なんか、今から百年ほど前に有名な造形師が十年かけて作り上げたもので……」
エジンベアに入って早々、城の案内役を買って出たクラレットが、生き生きとした顔で様々な調度品を説明する。だが、特に興味のないアニスとロベリアにとっては、彼女の説明はむしろありがた迷惑であった。
「あのさあ、クラレット。そんなことよりも、あたいたちは『最後の鍵』の情報が欲しいんだよ。何かそう言うのに詳しい知り合いはいないのかい?」
「いないです! それよりあそこ、ロベリアさんから見て左斜め45度の方向に、呪われた甲冑が……」
「だああっ、あっさり言い切らないでよっ!! あたしたちの目的は最後の鍵なんだから、まずはそれについて情報を集めるのが先でしょうが!! こうしてる間にも、魔王の力は少しずつ増してるんだから、こんな所でもたもたしてる場合じゃあないのよっ!!」
「はっ!! そ、そうですよね。わたくしったら、なんてはしたない……」
アニスに言いくるめられたクラレットだが、端から聞いていたロベリアの心のうちは、『今まで散々寄り道してきた人間が言うべきセリフじゃあないねえ』の一言に尽きた。まあ、それをわざわざ言ってあげるほど、ロベリアもお人好しなわけではないのだが。
「まあ、お姉さま!! クラレットお姉さまではないですの!?」
『!!??』
突然、三人は聞き覚えのない声に呼び止められた。声のした方を振り向くと、そこには金髪縦ロールでピンクのフリフリドレスを着た、一人の少女が立っていた。年の頃はアニスと同じくらいだろうか。その出で立ちは誰がどう見ても絵本で見るような典型的なお姫様に見えた。
「クラレット……お姉さま?」
ぎぎぎっ、と眉をひそめたアニスとロベリアはクラレットの方を見る。お互い化粧の方向性は違うが、よく見れば目元や鼻筋など、所々似通っている。
「まあ、マーゴッド!! お久しぶりです!!」
展開についていけない二人を横目に、クラレットはマーゴッドと呼ばれた少女を見た途端顔をほころばせた。
「ちょちょちょ、ちょっと待って、クラレット。あなたこの人と、どういう関係?」
見るからにお姫様な格好の人にお姉さまと呼ばれているクラレット。アニスは嫌な予感がしながらも、恐る恐るクラレットに尋ねた。
「あ、紹介がまだでしたね。彼女はマーゴッド。わたくしのかけがえのない妹であり、ここエジンベア王国の第二王位継承者にあたる方です」
『へっ……!?』
アニスとロベリアは意識が遠のく中、必死に情報を整理しようとした。しかし、あまりの衝撃に、二人はそのまま意識を失い、揃ってその場に倒れたのだった。
個人的には消え去りそうを持ってないことに対してのスライムの返答が好きだったのですが、話の流れ的に書けませんでした。