26/1/11 本編の内容を一部修正しました。
「はうっ!?」
奇声を発しながら、アニスはガバッと飛び起きた。
何かとてつもなく重大なことを知らされたあと、意識を失ったような気がするが、倒れた前後のことはほとんど思い出せない。
「あっ! アニスさん、気が付きましたか?」
心配そうにアニスの顔を覗き込むのは、クラレットだ。目覚めたアニスは辺りを見回す。どうやら城の宿泊施設のベッドで寝ていたらしい。そして隣のベッドには、未だ目覚めないロベリアが寝ていた。
「えーと、確か誰かに呼び止められて、クラレットがお姉さまって言われて、それから……」
「あら、ようやく目が覚めましたのね」
呼び止めた本人である少女が、クラレットの横に立っている。確か『マーゴッド』とクラレットは呼んでいた。おぼろげな記憶を必死に呼び起こし、頭をはっきりさせる。
「えーと、あなたがマーゴッドさん……?」
「ええ。姉がお世話になっていますわ。あなたたちが寝ている間に色々と聞きましてよ。あなたたち、魔王を倒すのですってね」
「ええ、まあ……」
「素晴らしいですわ!! なんて立派な志を持った田舎者なんでしょう!」
「ん?」
褒められたと思いきや、マーゴッドの発言の一部に違和感を覚え、眉をひそめるアニス。
「今まで魔王討伐だなんて野蛮なこと、わたくしたちのように高貴な身分の者には考えも及びませんでしたわ。ですが、先ほどお姉さまの話を聞いて、わたくしたちと同じ考えを持ったお姉さまを変えるほどの強い信念を持つ田舎者のあなたに、わたくし深い感銘を受けましたのよ!」
「はあ……」
「あとで田舎者のあなたたちが生涯忘れ得ぬほどの歓待をいたしますわ。それまではゆっくりと身体を休ませるとよろしいですわ。それではごきげんよう」
そこまで言うと、マーゴッドは丁寧に挨拶をしたあと部屋を去った。それを一人呆然と眺めていたアニスは、隣でニコニコと笑顔を浮かべているクラレットに目をやった。
「えっと……、あなた本当にこの国の王女様なの?」
「はい。今のアニスさんの年ぐらいに、外の世界が見てみたくって、海外留学という名目で家を飛び出したんです。久しぶりに妹に会いましたが、相変わらず元気そうで何よりです」
「そうね、元気すぎて一発ぶん殴ってやりたいくらいだったわ」
「え!?」
ぎょっとするクラレットを横目に、アニスは真顔でそう答えた。
「それにしても、あなたが本当に王女様だって言うんなら、腑に落ちないことがあるわ。なんだって遊び人なんかになったわけ?」
「それは、遊び人の衣装を着てみたかったからですよ」
アニスの問いにきっぱりはっきりと答えるクラレット。そういえば彼女は賢者の衣装を着たいがために賢者に転職しようとしていたんだった。アニスは愚問だったと後悔した。
ついでにアニスは以前からクラレットに聞きたかったことをここぞとばかりに聞いてみた。
「そういえば、そもそもなんであたしの旅……魔王討伐の旅についていこうと思ったの?」
アニスがまだ小さかった頃、アニスの父であるオルテガは単身魔王を討伐しに旅に出た。その結果、魔王の城まであと一歩の所で行方不明になってしまった。その一件があったから、アリアハンの王様は魔王討伐には仲間が必要だと、ルイーダの酒場を設けた。つまりルイーダの酒場に登録している冒険者は皆、魔王討伐に自ら志願しているということだ。
「それは……、人生経験を積むためです」
「ジンセイケイケン?」
あっけらかんと言い放つクラレットに、アニスは唖然とした。
「お城にいた頃のわたくしは、外の世界を何も知らない籠の中の鳥のような存在でした。しかもそれが当たり前だと思って一生を過ごすつもりだったのです。けれどある時、一人の旅人のお話を聞く機会がありまして、そこでわたくしは初めてこの国以外のことを知ったのです。それはとても衝撃的で、魅力的でした。その旅人のおかげで、わたくしは外の世界に興味を持ったのです」
なるほど。旅人め、余計なことをしてくれたわね。などと声に出すことはせず、アニスは黙ってクラレットの話を聞いていた。一方、クラレット自身とても楽しそうに語っていたからか声も次第に大きくなり、ついにはロベリアも彼女の声で目が覚めた。
「ふああ……、なんだい、賑やかだと思ったら、二人で何を話してたんだい?」
「なんの話をしてたんだっけ……、ああ、クラレットの人生経験のひとつが魔王討伐って話よ」
「は!? なんだいそれ?」
全く理解しかねる顔でロベリアが尋ねるが、アニスはこれ以上この話を続ける気力はなかった。この旅自体がクラレットの自己啓発に付き合っているようなものだと自覚し、肩の力が抜けてしまったからだ。
その後アニスたちはマーゴッドの厚意に甘え、豪華な食事をいただくことにした。その食事は見た目こそ豪華であったが特別美味しいというわけでもなく、どちらかというとポルトガの黒胡椒をふんだんに使った料理の方がアニスの好みに合っていた。クラレットの言うとおり、この国にいたら井の中の蛙状態で一生を終えるかも知れない、とアニスは思った。
食事が終わったあと、アニスたちはクラレットたちの父親……つまりこの国の国王に最後の鍵について尋ねることにした。しかし最後の鍵のことを知っている人は誰もいなかった。代わりにこの国には、王家が保管している『渇きの壺』というものがある。それが最後の鍵と関係があるかはわからないが、魔王討伐に必要だとアニスが訴えたら、国王はあっさりと持ち出すことを許可したのだ。
その発言に国王に対する好感度がアニスたちの中で上がったが、それ以外の会話でプラマイゼロとなった。
というのも、クラレット以外の人たちは皆、マーゴッドと同じ考えを持っていたのである。
「はあ……。この国の人たちは揃いも揃って、他国の人間を田舎者扱いするみたいね……」
アニスは食事の前よりもぐったりした顔をしていた。隣で聞いていたロベリアも、同じようにげんなりしていた。
「いやもうホントにさあ……。こんなにクラレットの方が可愛げあると思ったのは初めてだよ」
「まあ、ロベリアさん! それはわたくしへの告白ですか?」
「告白に対するハードルが低すぎないかい?」
などと意味不明なやりとりをする三人であったが、何はともあれ渇きの壺を手に入れるため、教えてもらった場所へと向かうことにしたのだった。