エジンベアで渇きの壺を手に入れたアニスたちは、すぐに船で手紙に記された場所へと向かった。ちなみにそこは、アニスが夢で謎の女性から教えられた最後の鍵に関する場所の二つ目とも合致していた。夢の助言がなければ、アニスたちは手紙の内容にここまで確信を持てなかっただろう。
「北の岩場……。あれがそうかしら」
東と西の大陸の間を北に上り、しばらく進んだ場所に小さな岩場が見えてきた。近づいて海面をよく見てみると、海底に何かが沈んでいるのが分かる。
「よくわかんないけど、これを使えばいいのよね?」
アニスは船縁に身を乗り出すと、持っていた渇きの壺を海に掲げた。しかし何も起こらなかった。
「……どうやって使うのよ」
「あたいに聞いてもわからないよ!! そもそも水がないのに海の上で壺を使うってどういう意味だい!?」
などとアニスとロベリアが騒ぎ立てていると、隣で同じように海面を見ていたクラレットが大声を上げた。
「きゃああああっ!! 魔物です!! 魔物が襲いかかってきました!!」
クラレットの悲鳴とともに、水しぶきを上げながら数体の魔物が飛び出してきた。突然の襲撃に、アニスは驚いて手にしていた壺を放してしまった。と同時に、数体の魔物が甲板に上がってきた。
「あっ!! まずい!!」
アニスの叫びも虚しく、壺は空に弧を描きながらぽちゃん、と海に落ちてしまった。壺は一回沈んで、またぷかりと海面に浮いた。
「ああああああああ」
命名神マリナンが聞いていれば文句を言いそうな声を上げながら、アニスは諸悪の根源である魔物を睨みつける。
「こらあっ!! 何してくれてんのよ!! せっかく苦労して手に入れたアイテムをおおぉっっ!!」
完全な八つ当たりであるが、怒り心頭のアニスはそれに気づかず、魔物にベギラマを食らわせ、あっという間にトドメを刺した。
「ちょっと二人とも、あたしにばっかり戦わせてないで、あんたたちも……」
「アニス!! ちょっとあれを見てみな!!」
「え?」
見ると、渇きの壺を中心に、どんどん海の水が引いていくではないか。正確には、渇きの壺が海の水を吸い込んでいるのだ。
そして水面が低くなると同時に、海底から巨大な建造物がせり上がってきた。
「こ、これって……!?」
「なんか、祠みたいだね」
ロベリアの言うとおり、海底から現れたのは祠のような建物だった。と言っても長い間海底に沈んでいたからか、周囲にサンゴとフジツボがびっしりと生えている。
残った魔物の最後の一匹を張り倒したアニスは、少し得意げに言った。
「壺ってのは、こう使うものなのよ」
「今更見栄張らなくていいから」
分かり易すぎるアニスの態度に、ロベリアは即座にツッコミを入れた。
その後、最後の鍵はあっさりと見つかった。祠の中央にある宝箱にあったのだから、当然と言えば当然である。
鍵を手に入れたのならもうここに用はない。そう思い、アニスは踵を返そうとした。しかし祠の奥に鉄格子が嵌められているのを見て、足を止めた。
「なーんか怪しいわね。きっとこの鍵で開けられると思うし、中に入ってみるわよ」
アニスは二人の意見も聞かず、すたすたと鉄格子の前まで歩いた。鉄格子には鍵穴があり、アニスは最後の鍵を鍵穴に差し込んだ。鍵穴に鍵が入った感触はなく、けれど鍵を回すとカチリというと開閉音が聞こえたので、アニスは他の鍵にはない不思議な感覚を覚えた。
鉄格子を上げて中を覗いてみると、三人はぎょっとした。目の前に、骸骨が立っていたからだ。
『――っ!!??』
あまりに衝撃的な光景に、三人は声もあげず立ちすくむ。しかし目の前の骸骨はそんな三人など構わず、カタカタと顎の骨を動かし始めた。
「――私は古を語り伝える者。イシス砂漠の南。山脈の向こう。ネクロゴンドの山奥にギアガの大穴ありき。すべての災いは、その穴より出づるものなり」
そこまで話すと、骸骨の頭部がぽろりと落ち、それきり動かなくなった。しばらくの沈黙の後、三人の絶叫が見事に揃い、祠の外まで響いた。
「いやああああ!! 何よ今の!! 怪奇現象にしてももうちょっと意味のわかる話しなさいよね!!」
「アニス!! あんたが勝手な行動取るから余計なもん見せられちまったじゃないか!! どうしてくれるんだよ!!」
「あああ!! 頭蓋骨が!! せっかく立派な骨格標本になりそうだったのに、なんてもったいない!!」
こうして最後の鍵を手に入れた三人だったが、それどころではない彼女たちの叫びはしばらく続いたのだった。
その後、最後の鍵を手に入れた三人は船で世界のあちこちを巡っていた。
時には未開の地に足を踏み入れ魔物を一掃し、またある時にははぐれモンスターを次々と仲間にし、さらにまた別の時には、とある町でモンスターと戦いを観戦し、賭け事に興じたり。
「――って、肝心のオーブはどうなってるんだい!?」
ふと我に返ったように、ロベリアが咆哮をあげた。
「ちょっとロベリア。こんな海のど真ん中で一人騒ぎ立てるんじゃないわよ」
ロベリアの心の叫びを嗜めるように、アニスが言い放つ。けれどロベリアが文句を言うのも無理はない。あれからオーブとやらを探しながら世界各地を旅しているが、未だ手がかりすら見つかってないからだ。
ポルトガの港を出港し、もう世界一周くらいしたのではないかと言うほどの距離を経て、一行は再びポルトガのある大陸へと向かっていた。
「最後の鍵を見つけろって言うから見つけたのに、あとは野放しにするなんて無責任だわね、夢のおねーさんは」
ついにはアニスも、夢に出てきた謎の女性に文句を言いつつ、目の前に見える2つの大陸を眺める。一つはポルトガのある大陸。それと向かい合うようにもう一つ、大きな大陸が見えている。そこは地図で言えばイシスがある場所ではあるが、ここからでは山脈に囲われており、砂漠のさの字も見当たらない。
――一度行ったところだし、あのへんはあまり探索してなかったけど、ひょっとしたら――。
その大陸に興味を示したアニスは、視線を右から左に映す。そして、今まで気づかなかった存在に気がついた。
「あら? あんなところに灯台があるわ」
ポルトガの目と鼻の先、大陸から少し飛び出た岬にぽつんと、大きな灯台があったのである。
「まさに灯台下暗しってやつだね。ポルトガを出たときは初めての船ではしゃいで、辺りの景色を見てる余裕もなかったからなあ」
なぜかしみじみと当時のことを思い返すロベリアを無視し、アニスは船を操舵しているクラレットに声をかける。
「クラレット!! あそこの岬にある灯台に接岸して!!」
「え!? あ、あそこにですか!? わっ、わかりました!!」
急遽アニスに進路を変更されて慌てながらも、慣れた動作で船の向きを変えるクラレット。最初はアニスやロベリアが船を動かしていたが、エジンベアでの一件で頭の良さを発揮してからは、専らクラレットが操舵を任されている。
アニスの指示により、船はまっすぐ灯台へと向かう。改めて、なぜ今まで気づかなかったのだと不思議に思うアニスたち。それくらいその灯台は大きくて立派だった。
「たのもー!!」
船を降り、早速灯台へと足を運ぶアニスたち。灯台の入口でアニスはひときわ大きな声で叫んだ。返事がないことを確認したアニスは、当たり前のように灯台の扉を開けた。
灯台の中は螺旋階段になっていて、上に上がれるようになっている。階段を上っていくと、時折冒険者とすれ違うこともあり、人々が自由に出入りできる施設なのだとわかる。
三人は興味津々で階段を上り切り、最上階へと辿り着いた。部屋の中央には大きな篝火が焚かれており、呪文の力によるものなのか、絶えず燃え続けている。
「わっ、すっごい景色!!」
最上階は見晴らしのいい展望室となっており、ここにも何人かの人が、眼下に広がる大海原を物珍しそうに眺めている。
普段はマイペースなクラレットも見慣れない景色に興奮しているのか、あちこちキョロキョロと見回している。
「素敵な観光スポットですね! 記念に三人でそこの壁に落書きでもしませんか?」
「駄目に決まってるだろ!!」
クラレットの申し出を、ロベリアは食い気味に拒否した。そんな彼女たちの騒ぎ声が耳に入ったのか、一人の旅人が三人に話しかけてきた。
「やあ、君たちも観光かい?」
人の良さそうな青年に、とっさにロベリアは身構えてアニスの後ろに隠れる。やれやれと呆れながら、アニスは青年の言葉に頷いた。
「まあ、そんなとこ。あたしたち、わけあって世界中を旅してるんだけど、『オーブ』って知ってる?」
「オーブ? うーん、それは知らないけど、世界を旅してるのなら、ちょっと耳に入れといたほうがいい話がある。ここから船に乗って南に進むと旅人の祠っていうのがあって、そこからさらに南東に向かって船で大河を進んでいくと、テドンという名の村がある。……しかししばらく前、その村は魔物に襲われたという噂を聞いたんだ。もしそこの近くに寄るのなら、気をつけたほうがいいよ」
「へえ、テドンね。わかったわ、ありがとう」
普通の人なら魔物に襲われた村と聞けば、わざわざ近寄ろうとは思わないだろう。しかし曲がりなりにもアニスは勇者。村を襲う魔物を自分が倒したら凄いんじゃない? という単純かつ脳筋な思考が彼女の脳裏をよぎった。
その後軽く会話を交わすと、その旅人は颯爽と去っていった。すると、今度は杖を持った初老の男性が話しかけてきた。
「お若いの。さっき『オーブ』がどうとか言っとったが、もしや探しているのかね?」
「えっ、おじいさん、もしかしてオーブのことを知ってるの?」
「わしも詳しくは知らんのじゃが、伝説によれば、この世界には6つのオーブがあると言う。それを全て集めた者には、大いなる力がもたらされるそうじゃ」
「大いなる力……。なんか漠然としてるわね。でも、夢のおねーさんより有益な情報だわ。教えてくれてありがとう!」
アニスは老人に礼を言うと、もうここに用事はないなと言わんばかりに踵を返した。しかし、二度あることは三度ある――。老人の近くにいた屈強な体格の男性が、突然こちらに近づいてきた。
「なあ、君たち! 世界中を旅してるって聞いたけど、ちょっといいかい?」
「あ、もう十分な情報をいただいたんで結構です」
あっさりと断るアニスに、声をかけた男性は慌てて引き止める。
「おいおい、さっきの二人とずいぶん反応が違うじゃないか! 少しはおれの話を聞いてくれよ!」
うんざりしながらアニスは振り向く。
「ふうん、じゃああなたもオーブのことで何か知ってるの?」
「いや知らんけど」
「じゃあさよなら〜」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 少しはおれの話を聞いてくれ!!」
再び踵を返すアニスに、縋るような目を送る男性。そんな男性の不憫な姿に、クラレットはたまらず助け舟を出す。
「アニスさん、流石に可哀想ですよ〜。聞いてあげてください」
「う〜ん、んじゃあ、少しだけなら……」
アニスの言葉に、途端に男性は水を得た魚のように生き生きと喋り始めた。
「おれは海の男なんだが、実は叶えたい夢があるんだ。それは何かと言うと、海にはたくさんの謎がある。さみしげな女の歌声が船の行く手を阻むという岬の海峡、ボロボロになっても無人で海を彷徨い続ける幽霊船……。おれはそんな謎を究明したいんだ」
「ごめん、急いでるから行くわ」
「急に海の怪談話とかマジでやめてほしいね」
すたすたと階段を降りようとするアニスとロベリア。
「おーい!! まだ話は終わっちゃいないぜ!!」
「ごめんなさい、お二人ともそういう類の話は苦手なんです。それではわたくしもこれで……」
クラレットまでもが、そそくさと男性の前から立ち去ってしまった。ぽつんと一人取り残される男性。
すると、近くにいた老人が男性の方をポンと叩いた。
「女の子をナンパするには、もうちょっと話を選んだほうがよいぞ」
「違うんだ! おれはそんなつもりで話しかけたわけじゃ……。じゃあ、じいさん。あの子たちのかわりにおれの愚痴を聞いてくれるか?」
「断る」
「ええええ!!??」
そして去っていく老人と青年。静かな大灯台に、哀愁漂う男性が一人取り残された――。