ロベリアの予感は的中した。
先日、イシスの女王との謁見の後、勇者アニスの不穏な笑みが妙に頭から離れず、ずっと違和感を覚えながらも彼女に従い旅を続けていた。
最初は新たな魔物を仲間にするために砂漠を突き進んでいるのかと思ったが、その考えは数日後に間違いだったと証明される。
それを決定づけたのは、三人の目の前にそびえ立つ巨大な建造物であった。
その建造物は石を積み上げられてできたものであり、周囲を見回すとそれが四角錐の建物であるとわかる。この地に来たのは初めてだが、ここに来るまでの道中で耳にした噂が答えを導き出していた。この建物こそが、女王が警告していたピラミッドなのだと。
そしてそのピラミッドに今まさに侵入しようとしているのが我らがリーダーのアニスだ。確か女王はピラミッドに近づくなと行っていた。それはもちろんアニスの耳にも届いたはずだ。なのになぜ今私たちは、ここにいるのだろうか?
「ねえ、アニス。まさかこの中に入る気なんじゃないだろうね?」
「当たり前でしょ! なんのためにここにきたと思ってるの?」
恐る恐るロベリアが尋ねると、アニスは胸をそらしながら答えた。
「……まさか、この中にあるお宝を手に入れようだなんて思ってないだろうね?」
「何言ってんの! そんな事するわけないでしょうが!」
どうやら見当違いだったようだ。ほっと胸を撫で下ろしたロベリアだったが、アニスの次のセリフに耳を疑った。
「ただ、イシスの女王様には理解してほしいことがあるの。少なくとも勇者にとって大事なのは心の美しさじゃあない。圧倒的な力と、ほんのちょっぴりのずる賢さなのよ」
「えーと、どういうことだい?」
勇者の言っている意味がわからず、アニスは戸惑いながらも聞き返す。
「つまり今からピラミッドの宝をゲットして、とんずらするのよ!」
「待て待て待て待て待てっ!!」
たまらず制止するロベリアに、アニスはきょとんとした顔を向ける。
「ん? 何か問題でも?」
「大アリだよっ! なんだいその盗賊顔負けの恐ろしい発想は!!」
「いい? ロベリア。勇者にとって必要なのは、なんだと思う?」
突然のアニスの質問に、戸惑いながらも顎に手を当てて考えるロベリア。
「ええと……、『正義感』、『行動力』、『倫理観』とか?」
「惜しい!! 正解は『お金』よ!!」
「……………………」
「魔王と戦うには、まずレベルアップが必要! レベルアップするにはたくさん魔物と戦わなければならないわ! でも、魔物と戦うにはある程度強い武器が必要でしょ? 強い武器を手に入れるには、今のままじゃ圧倒的に資金が足りないのよ!」
「今更だけどあたい、あんたと旅するの後悔してきてるよ……」
「というわけで、資金繰りのためにもピラミッドのお宝を手に入れて、高値で売りさばくのよ! そしてついでに新しい魔物も仲間にするわよ!」
「とうとう魔物もついで扱いかい……」
勇者の言動にがっくりと肩を落とすロベリア。しかしそこにクラレットが待ったをかける。
「待ってください、アニスさん!! 由緒あるピラミッドのお宝を売りさばくなんて、間違ってます!!」
「お、そうだクラレット! もっと言ってやれ!」
「そのへんのお店で売るよりも、モンスター格闘場で担保として預けたほうがいいと思います!!」
「勇者より質悪い子いた!!」
「なるほど、一理あるわね。まあでもひとまずお宝の将来のことは置いといて、今はとにかくピラミッドに向かうわよ!」
「……………………もういいや」
意気揚々と歩き出すアニスを止める気力など、もはやロベリアにはなかったのだった。
「随分辛気臭い場所ねえ……」
朽ちかけた石壁に囲まれながら、アニスは独り言ちた。
ようやくたどり着いたピラミッド。三人はさっそく中に入ってみたが、かび臭い臭いと常に空中に舞う砂混じりの埃のせいで、いまいち奥まで進む気分にはならない。さらに、侵入者を阻む落とし穴などの罠が至る所に仕掛けられており、何度かその罠にはまりそうになった。肉体的疲労はもとより、精神的疲労も大きく、宝を見つける前に三人はすでに疲労困憊だった。
加えて中にいる魔物も一筋縄ではいかない強さであり、戦闘では苦戦を強いられた。アニスの剣技や呪文はもちろんのこと、ロベリアの『魔物呼び』の特技がなければ全滅させられただろう。
「これでお宝がショボかったら、暴れ狂うわよあたしは」
「本気でやめてくれ、それだけは」
本気か冗談かわからないセリフを吐くアニスに、間髪入れず口を挟むロベリア。その後ろではクラレットが暑さと疲労でフラフラしながら何とか二人の後をついていく。
その後、なんとか2階へと上がり先へ進むと、奥の部屋に宝箱らしきものが目に入った。
「見つけたっ!」
それに気づいたアニスは、目の色を変えながら駆け出す。だが、後ろからがしっと腕を掴まれる。
「やめときな! その宝箱にも罠があるかも知れない!」
「!!」
警戒心をあらわにしたロベリアがアニスを止める。
「……そうね。やめときましょう」
これがピラミッドの内部でなかったら、アニスは迷わず宝箱を開けていただろう。だが、ピラミッドの探索による疲労で彼女は判断することすらままならなくなっていた。結果的にその判断は間違っていなかったのだが、アニスは後日、あの時開けていればよかったとロベリアに愚痴をこぼすようになる。
それはともかく、奇跡的に危機を乗り越え、一行は更に上の3階までやってきた。しかし途中で閉ざされた扉に阻まれ、行く手を塞がれる。
「どういうことかしら? 押しても引いても扉は開かないし、他に抜け道もなさそうだし」
「何か仕掛けでもあるんじゃないのかい? ただでさえここは罠だらけの場所なんだからさ」
行ってロベリアは周囲を歩きながら様子を見る。アニスも辺りを見回すが、おかしいところはこれといってない。
「あれ? そういえば、クラレットは?」
気づけばクラレットは忽然と姿を消していた。いや、おそらくここに来る少し前から二人と逸れてしまったのだろう。アニスとロベリアは、慌ててクラレットを探し始めた。
「クラレットー、どこにいるのー!?」
「おーい、返事しな、クラレット!!」
その時、弱々しいクラレットの声が遠くから聞こえてきた。この部屋には左右に一つづつ、長く伸びる通路がある。その一方から、彼女の声が聞こえるのだ。
「クラレット!! そこにいるの!?」
アニスとロベリアは急いでクラレットの元へ向かった。通路の先は行き止まりになっており、アニスたちと向かい合わせになるようにクラレットが座り込んでいた。
「どうしたの!? クラレット!! 何があったの!?」
顔面蒼白で虫の息のクラレットに、慌てて駆け寄るアニス。砂漠に来たときから体調が悪いのは把握していたが、まさかこんなに悪化するまで無理をしていたなんて。ただ事ではないクラレットの様子に、アニスは必死に彼女の名前を呼び続けた。
「……う……」
「クラレット!?」
「お……お腹空きました……」
べしっ!!
「そんなんあたしだって同じだっつーの!!」
思わずクラレットの頭を張り倒すアニス。心配して損した、と言わんばかりに鼻白む。
「まあまあ、大事なくてよかったじゃないか。それより、クラレットが寄りかかってる壁、なんか変じゃないかい?」
遅れてやってきたロベリアが苦笑しながらクラレットの後ろの壁に目を向けた。ここだけ2つの壁と違い、なにかボタンのようなものが押し込まれている。
「……もしかしてこれって、扉を開けるための仕掛けなんじゃないかい?」
「!!」
ロベリアの言う通り、それは明らかに仕掛けと分かるような仕組みのボタンだった。すでにクラレットが自身の後頭部でそのボタンを押していたため、これ以上押し込むことはできない。だが、もう一方の通路の先にも同じ物があるのだとしたら――?
「アニス。もしかしたらもう一つの通路にも同じ様なボタンがあるかも知れない。あたいはここでクラレットを見てるから、あんたはそのボタンを押してきてくれないかい?」
「えー? なんであたしが? ロベリアでもよくない?」
「……わかったよ」
文句を言いたそうな顔だったが、結局何も言わず、ロベリアは自ら通路へと向かった。
やがて程なく、ガチャン、という機械音が鳴り響いた。
「もしかして、扉が開いたのかしら?」
アニスは多少体調が良くなったクラレットを立たせると、急いで元の部屋に戻った。たどり着くと、ちょうどロベリアも到着したところだった。
「やっぱり!! 扉が開いてるよ!」
ロベリアの推理通り、ボタンを押すと扉が開く仕掛けのようだ。すでに一つはクラレットが押してしまったので分からずじまいだが、もしかしたら押す順番があったのかも知れない。
「こんな大がかりな仕掛けがあるんだもの、きっとこの先にお宝が眠ってるんだわ!! さっそく行くわよ!!」
「はいっ!! アニスさん!!」
アニスの掛け声に、いつのまにか復活していたクラレットも元気よく駆け出していった。否、お宝という単語に反応しているだけなのかもしれないが。