一方、突然頭上から窓を開け放つ音を聞き取ったカンダタは、顔を上げるなりぎょっとした。
「げえっ!! もう戻ってきたのか!?」
飛び降りざまに剣を抜いたアニスに、カンダタは慌てて後ろに退いた。彼女の剣がカンダタの鼻先をかすめた直後、石畳の床が叩きつけられる。
「な、なんだこの女……」
「往生際が悪いわよ!! おとなしくあたしに倒されなさい!!」
カンダタを仕留め損ない不機嫌なアニスは、剣先をカンダタに突きつけながら言い放った。
「くそっ、しつこい奴らめ!! こうなったら、相手になってやる!!」
カンダタも自身の得物である斧を構えると、アニスに向かってダッシュした。
「ふっ、あたしに挑もうなんて、百年早いわよ!!」
ガキンッ、と剣と斧が弾き合い、火花を散らす。カンダタも、相手がただの女剣士ではないと悟ったのか、覆面の下の目が鋭く光った。
「確かにそんじょそこらの戦士とは違うなあ、お嬢ちゃんよぉ!」
やはり力はカンダタの方が強いのか、武器で押し返されたアニスは数歩たたらを踏んだ。そのスキを狙い、他の盗賊が一斉にアニスに襲いかかる。
「岩石落とし!!」
そこへ、アニスと合流したロベリアの特技が放たれる。巨大な岩が次々にカンダタたちに襲いかかると、あちこちで悲鳴が聞こえた。
「ふうん、数人がかりなんて上等じゃない。いいわよ、相手になってやるわ!」
人差し指で動かして挑発するポーズを見せながら、アニスは岩石落としのダメージを受けて弱っているカンダタたちに言った。
「て、てめえ!! 舐めやがって!!」
未だ動けない子分たちの代わりに、カンダタが鼻息荒く斧を振りかざしながら突っ込んでいく。しかし轟音を伴ったカンダタの一撃は、余裕で見切ったアニスのはるか頭上を虚しく薙いだ。
「ちっ!!」
その後もカンダタはアニスに斬りかかるが、その悉くが避けられるか捌かれる。ノアニールまで赴いたり、ピラミッドの魔物を倒したりと、これまでのアニスの旅路は、彼女が強くなるのに充分な寄り道でもあったのだ。
「くそっ、たかが小娘一人にこんな……!!」
いくら攻撃を与えられても、アニスは余裕綽々で躱していく。カンダタに疲労の色が見え始めたのを確認すると、アニスはここぞとばかりにカンダタの斧を剣で受け止めた。
「さあ、おとなしくあたしにやられなさい!!」
鈍色の刃を煌めかせ、反撃しようとするアニス。その時だった。後ろで戦いを見守っていた仲間の方から、悲鳴が聞こえたのだ。
「きゃああああっ!!」
「クラレット!?」
思わずアニスは後ろを振り向く。しかしそこに立っていたのはカンダタの子分の盗賊のうちの一人であり、悲鳴をあげた張本人のクラレットはその場に倒れていた。
「げっ!? まさか、この展開は……」
「アニス!! あんたが戦ってる間に、クラレットが盗賊にやられた!!」
この状況に、アニスは既視感を覚えていた。そしてピラミッドでの魔物との戦闘を思い出す。あっけなく倒れたクラレット。そして苦戦した戦闘。クラレットを目覚めさせるために慌てて街に向かったため、ピラミッドのお宝を取り逃したこと。それらが一瞬のうちにアニスの脳内にフラッシュバックされ、その場に立ち尽くす。
「はっ、よくやったぞ、お前たち!! 隙だらけだぜ、嬢ちゃん!!」
ニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべるカンダタ。茫然とするアニスの背後目掛けて、斧を振り下ろす。それで戦いは終了、のはずだった。
「稲妻斬り!!」
「なっ!?」
振り向きざまに放ったアニスの一撃は、意表を突かれたカンダタの顔を覆面ごと斬った。血飛沫が舞い、カンダタの視界が血で染まる。
「ぐああああっっ!!」
仰向けに倒れたカンダタは、己の顔面を斬られてもなお端切れとなった覆面で、顔を必死に隠している。いや、単に止血するために布をあてがっているだけなのかも知れないが。
「舐めてんのはあんたの方よ!! こちとら仲間がやられて最っ高にムカついてんだから!!」
ダンッ!!
額に青筋を立てながら、アニスはなおもジタバタするカンダタの両足を思い切り踏みつけた。
「魔物呼び!!」
一方子分たちは、ロベリアの放った魔物呼びによって全員倒されていた。
「おーい、アニス!! こっちはあらかた片付けといたよ!」
「オッケー! てことで、おとなしくとどめを刺されてもらいましょうか!」
「わ、わかった!! 金の冠はお前らに返す!! だから許してくれ!! な! な!」
カンダタの命乞いに、そういえば本来ここに来た目的は、ロマリア王の金の冠を取り戻すことだったと気づき、アニスは我に返る。
しかしそれはそれ、これはこれ。これまでの経緯でなおも苛立ちが収まらないアニスは、邪悪な笑みを浮かべた。
「ううん、許してやんない。金の冠なんか、あんたをボコボコにしたあとにいつでも取り返せるもん♪」
なぜか嬉々として話すアニスの狂気じみた表情に、カンダタは薄ら怖さを感じ、必死で首を振る。
「ああああ!! どうかお願いします!! 助けてください!! 命だけはあ!!」
そんなやりとりを30回ほど繰り返したあと、ようやく折れたのはアニスの方だった。
「はあ、仕方ないわね。それじゃあ、金の冠だけは返してもらうわよ」
「あ、ありがてえ!! 恩に着る!! あんたのことは忘れないぜ!!」
なんとか命拾いしたカンダタは、心の底からアニスに感謝した。
すると、下の方から何やら物々しい足音が聞こえてきた。
「いたぞ!! カンダタ一味だ!!」
「逃がすな、捕らえろ!!」
現れたのは、ロマリアの兵士たちだった。実は彼らも偶然この塔を見つけ、アニスたちの後を追うようにやってきたのだった。
「まずい、こうしちゃいられねえ! おい、お前ら!! ずらかるぞ!!」
塔の端へと逃げるカンダタの一声に、倒れていた盗賊たちは慌てて起き上がると、すぐにカンダタとともに走り出した。
「あっ、こら、金の冠は!?」
アニスの声よりも早く、カンダタはマントの裏から金の冠を取り出すと、彼女に向かって放り投げた。
「あんたのことは忘れないよ!! じゃあな!!」
そう言うと、カンダタとその一味は塔から飛び降りてしまった。
「待てっ!!」
兵士の声もむなしく、カンダタはそのまま塔の下の木々に紛れ、見えなくなってしまった。
「取り逃がしてしまいましたね、兵士長……」
「うむ……」
兵士長と呼ばれた兵士は、アニスたちに目を向けた。
「失礼。もしかして君たちがカンダタを追い詰めたのか?」
「ええ、まあ……。逃げられちゃいましたけど」
「いや、金の冠を取り戻してくれただけで十分だ。礼を言う」
(とどめを刺せなくて)残念そうにしているアニスに対し、兵士長は気遣うようにねぎらいの言葉をかけた。
「その金の冠は、君たち自身が王のもとへ届けてくれ。私たちはこの塔に残された金品を回収する」
「……わかったわ」
もしかしてお礼の話が出るかと淡い期待をしていたが、兵士たちは特に何も言わずそのまま盗品のある部屋へと入っていく。そんな彼らをアニスは名残惜しそうに見送った。
「アニス。今は取り敢えずクラレットを助けないと」
「……そうね」
さすがに倒れている仲間をほっとくわけにも行かない。兵士たちが去った方に背を向けながら、アニスは後ろ髪を引かれる思いでロベリアとともにクラレットを抱えると、移動呪文でロマリアへと向かったのだった。
実際にゲームでも20回くらい「いいえ」を押してました。