恋愛描写の練習と思ってやりました。難しいです。
内容は本当に話しの盛り上がり手前引っこ抜いただけなので、ストーリーとかは一切わからんと思います。
いずれは書き直したいなあ、ということで。
「いい? Amber Mk2の機能は基本仕様から変わっていない。自律機動時以外は、“あなた”が判断して、動かす必要がある。過信しないで、この子も万能じゃない」
「ここのところ、毎度そんな話を方々でされている気がする」
「茶化さないでちょうだい」
ぴしゃりと言い放ったつもりの言葉はしかし、どこか縋るような響きを帯びた。少なくとも、当人にはそのように聞こえた。
ああ、いや、すまない。普段通りの曖昧な、それでいて揶揄うような笑みを返した男はどう取っただろうか。白兵用EXギア対応の狭苦しいコクピットに身体を沈め、整備士が所狭しと貼り付けた再調整の覚書付箋がひらひらと揺れるそこは、大柄の身体にどうしてか馴染む。
特殊戦の戦士のために誂られたシートは、身じろぎを封じるような、そんな息苦しさを漂わせていた。まるで棺みたい、などと考え、自分がコクピットにそんな印象を抱いたのは初めてであることに気づいて唇を噛む。
自分も相当に感情過多で、センチメンタルな人間なのだろう。決死を通り越し、必死の領域に踏み込んだ作戦を前にして、四年を共にした相方のシートにそんな感傷を抱くのだから。
これまでは、そんな感想は抱きようもなかった。
VF-19ESS。特殊戦改修型のエクスカリバー。自分が知る限り銀河イチの戦闘部隊が駆る、銀河イチの戦闘員の愛機。自分が最も信頼する男の座席。そこは誇らしさと、統制され切った圧倒的な暴力の証明だった。
しかしそこは、今や棺桶と同じ意味合いを帯びていた。航空戦闘史の学術本に記された、前世紀中頃のカミカゼに限りなく近い文脈の、有人誘導装置。
なんて皮肉かしらと、喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。カミカゼが選ばれたのは、当時それが最も優れた終末誘導手段だったからにすぎない。しかし今、イライアスがその席に押し込まれているのは、自分のような技術者が作り上げた無人機システムがあまりに強力になりすぎたが故だった。
技術の進歩は人の死を遠ざけない。別の形でそれを押し付けるだけだと、長らく会っていない父が愚痴をこぼした夜のことを思い出し、それからイライアスの怪訝な眼差しに気づくと、アンジェラは深い自省の海からようやく自分を引き戻した。
「君が気にすることじゃないな」
「なんのこと」
何かを言いかけ、先手を打って放たれた言葉に押し被せる。
イライアスはわずかに眉尻を下げ、ゆるくかぶりを振るとコンソールに向き直る。Amber Mk2は入力された操作やデータに対するレスポンスを液晶に表示し続けている。
「僕がどうなるかは、君が気にすることじゃない。君は仕事をしている。僕も仕事をする。“彼女”が、僕の有人投弾によってのみ完成するとしても、それは開発者である君の責任じゃない」
君をここに差し向けた誰かが必要としていることと、その責任が君にあるかどうかは関係のない話だよ。そう続けた男は、だから、そんな顔をするものじゃないと笑う。
思わず表情がこわばるのが分かった。この男は知っていたのだ。アンジェラとAmber Mk2が自分の手元に送り込まれたのが、自身ら
敵主力の防御網を航空部隊のみで突破し、そのバイタルパートに致命打を届ける、生きて帰れない片道切符が必要であることに。
「……気づいていたの」
「ただ戦闘データがほしいなら、
究極的には、自分たちの死をもってその研究が完成される。この四年間、この男が自分にどれだけ親身にしてくれたかを思い出し、常から向けられる柔らかな態度の中にその理解があった事実に、喉がひゅ、と音を立てる。
彼が外行きの顔で使い分ける“私”が、気心のしれた相手に向ける“僕”に変わったとき。あるいは、身の上を語りあった夜。これは君が欲しがっていたやつ、と誕生日にプレゼントをくれたことに。
些細なことに一つずつ喜び、それを積み重ねてきた自分の愚かしさに不意打ちで冷水を浴びせられたアンジェラは、めまいで倒れそうになるのをこらえた。
コクピットに繋がるラダーから足を踏み外さないよう、シートのグリップをきつく掴み、体を支える。不安定な足場である事も忘れうずくまろうとして、バランスを崩した身体が傾いだ。
落ちる。そう思った瞬間コクピットから伸びた腕がこちらを抱き込むようにして捕らえた。反射的にその腕に縋りつく。鍛えられた腕だった。航空機乗員にありがちな、体力錬成によってのみ育てられたものとは違う。必要とあらば、銃を振り回し戦うための腕。
「僕は、君に恨み言を言いたいわけじゃない。君に傷を残したいわけじゃない。ただ、自分は知っていて、相手は知らないままに死なせたなんて、辛いだろう。大丈夫だよ、僕は知ってる。そして、文句はない」
「死ぬのよ」
「ああ」
「帰ってこれないの」
「知ってる。それでも誰かがやることだ」
「わたしは、あなた以外の誰かが良かった」
残酷かしらと呟いた声が、泣きじゃくるように上ずるのを抑えることはできなかった。
自分の体を抱き込んでいた腕が背中に回され、手のひらが背を支えるように身体を持ち上げるのにすべてを預けた。そのまま半ばコクピットに上体を預けるようにして、イライアスにもたれかかる。
男の匂いがした。戦いを前にして、溢れ出るアドレナリンをにじませた匂いが。汗とボディソープの入り混じった清潔な匂いが。待機状態の隊員が愛用する難燃つなぎに染み付いた匂いが。
心地の良い匂いだった。少なくとも、それは父のそれとも、今までの男のものとも違った。縋り付くのにふさわしい、固く練り上げた意志のもたらすものだった。しかし同時に、それは戦うものの匂いだった。近い未来、遠くへ離れていく男のものだ。
「残酷かもしれないが、人はそういうものだと思う。僕も、誰かを送り出す立場なら、知らない誰かだったらと思っただろう。だれだって、身近な人間を死なせたくはない。でも誰かが死ぬとき、誰かがそういう経験をしないとならない」
「傷ついてほしくないなんて言うくせに、人にそんな経験をさせるのね」
刺すような言葉を選んでも、声音はどこかに甘い響きが混ざってしまう。すねた子どもみたい、などと自分を諌めてみたところで、やめられるはずもなかった。少なくとも、いまアンジェラの望みはイライアスの生還だけだ。
そしてそれが望めないのなら、イライアス自身に甘え、すがりついて何が悪いと言うのか。
「うん、まあ、済まないとは思う。ただ、僕がやらないと皆死ぬ。それは嫌だね。生き残って、自分がしなかったことの結果を見せつけられるのは」
「だからって、自分のいままでに、全てに興味も意味もありませんなんて、そんな態度で……」
「したいことなら沢山ある。やり残したことも、自分のこれからの展望だって」
「嘘」
「いや、本当に」
「だったら」
「でも、そんなものは僕が生き残ったって、世界が無事でなくちゃ話にならないんだ。僕がやらないことには、皆死ぬ。君も死ぬ。それじゃ困る。僕は、君に死んでほしくない」
卑怯だと思った。きっと、この男はすべて知っているだろう。Amber Mk2と自分がここに来た意味を察した男が、自分に向けられる感情に気づいていないはずはない。そのうえで、最期の作戦を前にそんなことを言うのは、あまりにも身勝手だ。
しかしその身勝手さすら、どこかに心地よさを伴っていることにも気づいていた。そういうものだろうかと、自分の中にわずかに残った冷静な部分が考える。アンジェラ自身、男を知らないわけではない。それどころか、人並みには男遊びをした自覚はある。
ただ、イライアスが今まで惹かれた男と決定的に違うことだけは理解していた。すべてを見透かしたような態度も、何もかも知っていて、その上で素知らぬ顔をしておきながら、すべてが終わりに向かいつつあるこのときに口火を切るある種の小ずるさも。なにもかも、他の男なら許さなかっただろうと自分で思う。
「だから、何もかも知らないふりをするのね。あの子の気持ちすら」
「卑怯だとは思うね。三五にもなってやることじゃない。ただね、みっともなくたって、卑怯だって、受け取るだけ受け取って戻らないよりいい」
「あなた、本当に女遊びしか知らないのね」
喉はまだ焼けるようにひくついていた。それに引っ張られそうな声音をどうにか押しつぶし、からかうような、それでいて刺すように囁く。目尻に溜まった熱いものがこぼれないことだけを祈った。
「この年で付き合った女のいない魔物だと言いたいならそうだね。心残りの一つではある。今更すぎて、どうにかしようという気分にもならないが」
だが、ウチのおふくろが言うところによると、だ。そう続けられた言葉の先を、アンジェラは無言で促した。
「男の幼稚な妄想と違って、女性は信念だとか、大義だとか、そういうのに準じる男に魅力なんか感じない。本当に必要なのは、毎月ちゃんと給料袋をもって返ってくることだそうだ」
「ええ、そうよ。どれだけ立派だって、どれだけ格好良く見えたって、どれだけこの人しかいないと思えたって、ある日どこかに飛んでいって帰らないような男に興味はないの。そんな男に惹かれるのは、熱に浮かされているのと同じ」
「そうだ。答えが出ているようで安心した。熱は冷めたかい」
イライアスは笑った。悪戯な笑みだった。どこか少年のようで、屈託のない微笑みはしかし、その目の奥に決して揺らがない意志と、痛みだけがもたらせる寂しげな色があった。こんな顔もするのだな、などと今更の感想はなかった。
常からこの男が本来目標を口にするとき、その目の奥にずっと見ていた色だったからだ。覚悟、あるいは決意。そういうたぐいの、他者が容易には変え得ないものだった。
「いいえ、まったく」
「こまったな」
「そのまま困ったままでいて。そのまま果てまで飛んでいけばいい。そうすれば、少しくらいは反省するかしら」
「いますでにしている。生き方を変えるべきだったかもしれないとね」
「どうかしら。あなたは省みない。あなたは振り返らない。だから飛んでいけるの。何もかも置き去りにて」
まいったなと、イライアスが眉尻を下げた。わずかに顔を歪め、言い訳を探す子どものような顔で。それを間近に覗き、短く刈り揃えた髪を撫でてやる。ほんのわずかにシャンプーの香りがした。
「一つ教えて。どうして、今更になって知っていたことを打ち明けたのか」
「振り返ると、僕には後悔の種が腐るほどある」
「意外ね。それはそれ、前を向いて歩こうなんて言いそうなのに」
「そこまで気楽じゃない。いつだって、振り返って取りこぼしたものや、やり損なったことを思い返しているよ」
前だけを見て生きていければ誰だって苦労はしないだろうと、苦笑交じりの言葉に頷く。イライアスは髪を撫でられるがままこちらに委ね、それから遠くを見るように目を眇めた。
「昔、
「それで」
「僕らの任務は制圧であって市民救助じゃない。戦闘が始まって、好機とばかりに三々五々逃げ出す船舶を後回しにして、僕の部隊は掃討を続けた。そうせざるを得なかった。過去に統合軍が同じ状況で民間船を優先して取り逃がしていたからね。おかげで大勢が死んでいたから、逃がすわけにいかなかった。結果、こちらの初動攻撃を逃げ延びた敵は、民間船舶が退路に選んだドッグになだれ込んだ」
それがひどいことになった。そう続ける横顔には、感情の色がなかった。しかしそれは、無関心な過去の一ページを捲る顔ではないのだろうとアンジェラは思った。それはきっと、そこに詰め込まれた後悔を見つめ直す顔だ。
「結果、半分以上の民間船舶は敵の餌食になった。敵と思ったのか、死ぬなら道連れだとでも思ったのかはわからない。僕が駆けつけた頃にはほとんどが撃破されたあとで、僕は燃え盛る避難船から射出された脱出艇を一つ回収できたきりだ」
青い目は、きっと今何も見ようとしていない。ぼんやりと焦点の合わないその眼差しはきっと、ドックから必死で逃げようとして、巻き込まれて弾けた商船の火を見ている。思わず、髪を撫でる手が力む。
「脱出艇には母親と、娘と、あと男の子、妊婦が一人。回収して母艦に戻ったとき、母親に言われたよ。どうにか、子供だけは助かりました。ありがとうとね。彼女の夫は、負傷してなお家族を脱出艇に押し込んで死んだ。
僕はその結果を予想できた。でも止めなかった。阻止しようとしなかった。それだけ重要な任務目標だった。だけど、それを秤にかけて、切り捨てた。
彼女らは知らない。僕は知ってる。最後まで言えなかった。近隣の植民惑星に下ろすその日まで、僕は言えなかった。今でも後悔している。恨まれたほうが気分はマシだっただろう」
もちろん、あのとき敵を取り逃せばあの日あそこで死んだ以上の人間が死んだだろう。そう締めくくった言葉は、その裏にそれでもと後悔の響きをにじませていた。
「だから、わたしにそれはさせたくないと」
「僕は今でもこの手の悩みを抱えてる。今回の作戦計画上、艦隊最前縁の防空部隊は損耗一〇〇パーセントと見積もられている。でも彼らはそれを知らない。僕は知ってる。全体損耗六〇パーセントの見積もりなんか嘘っぱちだ。全員が死ぬとみなされている部署はくさるほどある。でも、彼らは知らない。僕はそれを知っている」
「残酷ね」
「とてつもなくね。これは抱えないで済むならそれに越したことはない。僕は君にそんな後悔はしてほしくない。これからも生きてほしいと願っているから」
「その願いだって途方もなく残酷よ」
「そうだろうとも。でも僕は、その残酷さを気にしないほどわがままなんだ。でないと満足に飛べない気がするから。どうだろう、幻滅してくれたかい」
記憶の蓋に押し込めた地獄を見る顔を引っ込め、普段通りの曖昧な笑みを取り戻したイライアスの問いかけに、アンジェラは首を振った。そういう男だと分かっていた。そうでなければ、どうして自分の全てをなげうって飛ぼうというときに、誰かを気に掛ける事ができるだろうか。
「無理ね。あなたの後悔はよく分かった。あなたの気遣いも。でも一つだけ大事なことを教えてあげる。あなたのお母様の言うことは確かに真実よ。でもそれは、裏返すと女はどうしてもそういう男に惹かれるものなの。若いうちは特にね」
「まいった。すごくまいってる。君、ろくでもない男に引っかかる才能がある」
「あら、それこそ今更ね。いい、そうでなければ、わたしは今苦しんでいない。わたしがどんな顔をしているか、わかっているでしょう?」
泣きそうな顔をしていると、バツの悪そうな表情でイライアスが言う。苦り切った顔で。普段は滅多にこぼさない、弱り切った声で。
それがどうしてか嬉しくて、そして可笑しくて、アンジェラは笑った。眼尻はまだ焼けるように熱かった。喉はひりつき、嗚咽に近いものが零れそうになる。それでも、この男からそれを引き出せたことだけが嬉しかった。
「ひどい男に引っかかった。女の子を二人もひっかけて、それでも世界のために飛んで帰ってこないような男に。でもいいわ、後悔だけはしていないから。あなたがいなくなったって、私は生きていく。忘れてはあげない。あなたは喜ぶだろうから」
「人のいじめ方をよく知っている」
「そうよ。あなたとはもう四年になるもの。愛した男の弱点くらいは知っているわ。だから、あなたが帰ってこなくたって、わたしが他の男を愛するときが来たって、あなたのことはずっと忘れない。とんでもないロクデナシで、銀河イチの腕利きで、誰よりも生きてほしかった男がいたことだけは」
「幸せにやってくれるならそれでいいよ。僕はね、どうにも女性というやつを幸せにする才能はないんだ。だから、それは誰かに任せよう。その誰かが生きていられる世界を守ろうじゃないか。他ならぬ僕のために」
言葉の最後はほとんど上ずり、涙声に近かった。数秒ほどハンガーの天井を見上げ、本当に弱りきった顔のイライアスが目尻を指で拭うと、その腕を掴んで引き寄せる。大きく角張った手だった。機械油と鉄の匂いがしみた、戦闘員の手だ。それを握り、胸元にかき抱いて輪郭をなぞる。
この手にこんなふうに触るのは、これが最初で最後だろう。この手が握るのは、誰かの手ではない。研ぎ澄まされた戦闘機械の操縦桿だ。夢にまで見た手の硬さはしかし、その事実だけをしつこいほどに主張している。それが悲しかった。
それでも、最後に言わなければならないことがあった。この男が飛び立つ前に、残された時間を使うべき相手はもうひとりいる。
「二つ、約束して」
「なんだろうか」
「一つ、生きて帰る努力をして。二つ、あの子に向き合ってあげて。わたしはいいわ。好きなように生きていく。でも、あの子にとってはあなたが世界の全てよ」
補足:
■AMB 新統合軍の特殊戦部隊
宇宙軍所属の他部隊と違い、陸軍、海兵隊から抽出された戦力で構成される全環境対応の特殊作戦部隊。上位組織は
バルキリーの運用から白兵までをハイブリッドにこなす部隊であり、バルキリー運用のみを主眼とする宇宙軍特殊戦部隊とは毛色が違う。
■AFO 高度任務部隊
AMBよりも高度な任務を受領し、実施する第一階層特殊戦部隊。
その創設目的は第一次星間大戦時のボドル基幹艦隊との戦闘、そしてそれがもたらした地球への被害を鑑み編成された。
一個作戦部隊の強行突入によって基幹艦隊の中枢能力を破壊し、基幹艦隊のプロトコルに示された「指揮系統中枢が破壊された場合、近隣の基幹艦隊への合流を目的としてフォールドにより離脱する」行動を発生させることを本来目標としており、事実上の片道特攻部隊。
現在では反統合や地方の軍閥、海賊狩りを主任務としている。要塞、および艦隊攻略のエキスパート。
全銀河から人員をかき集めているにも関わらず、求める人材の能力の高さと精神性の特殊さ故に4個部隊しか存在しない。
イライアスの所属はAFO-C(カルトロップ高度任務部隊)
一個部隊につき作戦機84機(4個中隊基幹)、陸戦支援大隊400名、およびクオーター級一隻という非常に贅沢な人員、装備の割り振りを受けている。
本話のシーンは、自己増殖性銀河生命体による全銀河の破滅が迫る中、増援部隊の到着が間に合わないと判断し、帯同する一個艦隊とともに艦隊決戦を実施する48時間ほど前。