食べる事はそこまでメインじゃないのでご注意。
pixivにも投稿してあります。
「もうっ、エルったら本当に……!」
「まあまあ、そこらへんで一旦気を落ち付かせよう」
「ですがトレーナーさんっ」
トレーナー室に小さく響く怒りの声。栗色の耳と尾を忙しなく動かしながら、少女は自身より一回り大きな男に食って掛かる。掛かられた側は、怒りの方向がこれ以上自身へ向かわないように誤魔化しながら、彼女の機嫌が少しでも落ち着くように促していく。
「グラス、エルも別に君を怒らせるつもりでやっているわけじゃないんだ。彼女の好みなんだから、少しは許してあげてもいいじゃないか」
トレーナーの言葉に少女、グラスワンダーは耳の動きを止め、少しだけ不満そうに眉を寄せる。しかし自身の反応が一種の癇癪である事も自覚しているようで、何かを言う事もまた止めていた。
数拍の間を置いて、グラスワンダーは目を閉じる。垂れた耳と尾は、一応ながら気持ちが落ち着いている事を表していた。
「……すみません、少し気が立っていました」
「調子が戻ったようならいいよ。俺だって別に怒っているわけじゃない」
「いえ、何時も見ているのに未だ慣れぬ私に問題があるのは確かです。エルが辛いものを好んで食べている事は知っているので、仕方ない事は確かなのですが……」
頬に手を当て溜息を吐くグラスワンダー。彼女の悩みの種となるルームメイト、エルコンドルパサーの辛い物好きは、それだけなら特に問題となる事は無い。時折勢いよくソースを零してはグラスワンダーの皿を赤く染める時はあるが、それも多少の説教で済ませられる程度の事だ。
しかし、そんな彼女にも譲れないものがある。
「以前も言っていたけれど、そんなに納豆にデスソースは嫌なのかい?」
「…刺身にまでかける時もあります」
「まあ、そこまで行くと物好きとはいえるかもしれないけれどね」
「新鮮な風味が飛ぶだけではなく、刺身としての在り方も侮辱しているのです……、私でなくとも許せないと思いませんか」
「んー、俺は刺身は山葵を多めにするのが好きだから、風味が飛ぶって意味だと俺も同じなんだけど」
「そういう意味ではありませんっ」
頬を膨らませ講義する彼女を、トレーナーは苦笑いでどうどうと宥める。
「トレーナーさんの山葵の量も気になるには気になりますが」
「ああ、やっぱり気になるんだ」
「今は話の腰を折らないでくださいっ!」
「ごめんごめん。それで」
「トレーナーさんは兎も角、エルの場合は日本の食文化に根差した調味料ではありません。しかもその量も多く、素材の味を楽しんでいるようには見えません。あれでは調味料をそのまま食べているのも同然、伝統に対する侮辱です」
いくらなんでも格式ばった感覚だろうとは思うものの、トレーナーも口には出さない。彼女は元々アメリカ生まれアメリカ育ち、両親の日本好きに感化されてこの国の事をよく学んでいると言え、実際に暮らし始めた期間は故郷に居た頃よりずっと短い。実際の日本より伝え聞いた印象が抜けていない分、考え方はどこか違うものなのだ。
「そうだなあ……。俺は正直、グラスがそこまで怒る理由に関してはぴんと来ないところもあるな」
「と、トレーナーさんもそうなのですか?」
「確かに、なんにでもあのソースを使う様子は見ていたし、そこは俺もどうかと思う」
「そ、そうですよね、トレーナーさんもそう思いますよね!」
「まあ、そこはね。でもさ、彼女が君の皿にソースをかけた時はともかくとして、彼女自身が普通に楽しんで食べている時くらいは、もう少し目こぼししてもいいんじゃないかな」
「それは、……。確かに、そうなのですが」
困ったように視線を下げるグラスワンダーに、トレーナーはつい苦笑いを浮かべる。 そこで言葉を詰まらせてしまう所が、
淑やかな性格に見えて、案外と強情な部分を押し通そうとする。簡単には変えられないからこそ、彼女はレースであれだけの強さを見せつける事が出来ているともいえるのだが。
性格なんてものは簡単には変えられない。なら、その折り合いを付けさせるのは
「うーん、そうだなあ……。」
とはいえどもこれは難題。彼女を納得させる程の説得力のある言説が出来なければ、何時まで経ってもグラスワンダーはエルコンドルパサーの行動を説教し続けるだろう。
二人の関係がその程度の事で崩れるものではないとはわかっているが、流石に調子が崩れるような事になっては困る。エルコンドルパサーのトレーナーにも迷惑をかけるわけにもいかない。
上手い打開策は無いものか。
トレーナーは少しの間室内に視線を巡らせ、そして、ふと手を叩く。
「ああ、そうだ」
「? どうしたんですか?」
「今度、阪神の方でレースがあるだろう? あれの観戦ついでに、連れていきたいところがあるんだ」
「と、言うのは」
「それはまあ、その時のお楽しみさ。念のために言っておくが、先に検索して調べるなんて言う事はしないでくれよ」
それから少し日を置いた日、阪神レース場にて行われたレースを観戦した後、グラスワンダーはトレーナーに連れられてレース場外の街を歩いていた。あくまで仕事の一部として来ているトレーナーに対し、グラスワンダーの方は私服である。
前を行くその背を追いながら、グラスワンダーはきょろきょろと周囲を確認した。レース場の近くという事で人通りも多く、週末という事もあり周囲はやや煩い。
人の多い環境を通る事に少し耳を絞っていた彼女の手を、トレーナーの手が握った。
「ちょっと脇道に逸れるから、もう少し我慢して」
「……分かりました」
言葉の通り大通りを逸れ、二人は商店が並ぶものの人通りは少し少ない道に入る。まだ声は聞こえるが幾分かましになり、耳を戻したグラスワンダーは手を握ったままの彼に問いかける。
「これは、何処に向かっているんですか?」
「この先にあるご飯屋だよ」
「飲食店、という事ですか」
「ああ、レース終わりでお腹が空いてくるだろう? 丁度いいから、少し腹を満たそう」
そういったところで、グラスワンダーの足がふと止まる。不思議そうにトレーナーがその顔を見ていると、見る見るうちに頬が朱に染まった。
どうしたのかと聞くより早く、足を止めた理由に気付く。どこまで触れるべきか逡巡し、頬を掻きながら視線を前に戻す。
「さっさと、行った方がよさそうだね」
「……は、はい」
そのまま一つの飲食店へと入る二人、店員に促されるようにしてテーブル席へ座り、お冷を横目に、グラスワンダーは共に立てかけられているメニューを取ろうとした手をトレーナーに止められる。
「待った。まずは俺の注文したものを食べてくれないか?」
「えっ?」
「とにかく、今は何も聞かずに」
「その、構いませんが……」
「ごめんな、ありがとう」
「まずいものじゃないから、そこだけは安心してくれ」と付け加えたトレーナーは、店員を呼び注文を始める。
「ご注文をどうぞ!」
「明石焼きを二人分頼む」
「出汁とソース、どちらで食べますか?」
「あー…出汁だけで」
「了解です! 注文入りましたーっ!」
明石焼きとは? 言葉にはしないものの表情がそう問いかけている担当ウマ娘に、トレーナーは何も言わずメニューを広げそれを見せた。透き通り見える水底のような瞳が、料理の説明として載せられた写真を写す。
「これは……たこ焼き、ですか?」
「に、見えるでしょ?」
少しの間沈黙の時間があり、それは店員が料理を運んでくるまで続いた。
「お待たせしました! 明石焼き、二人前になります!」
「ああ、ありがとう」
「此方出汁に浸けてお召し上がりください!」
それぞれの前に運ばれてきた皿に載せられたものは、先のグラスワンダーの呟きの通り、一見すると大阪名物のたこ焼きである。
「…どこから見ても、たこ焼きに見えますが」
「でも、ちょっとだけ違ってるでしょ?」
「え? ええと……、言われれば、少し違和感もあります。」
小さく丸い形、僅かに見える焦げ。蛸が入っているのも確認出来る。
しかしよく見ると赤や緑といった色が無い。恐らく紅ショウガやキャベツが入っていないのだ。中に入っているのは純粋に蛸だけなのだろう。見た目がどことなくシンプルなのも、本当に使われている材料が少ないからだ。
そして、ウマ娘の嗅覚でなくとも、その匂いがグラスワンダーの想定していたものと少し違っている事が分かった。
「これは…小麦粉のような、そうでないような……」
「
「なるほど…。それにこちらは…だし汁、ですよね?」
「正解」
問いに笑みを返すトレーナーは、そのまま自分の前に置かれた丸い玉の一つに箸を向ける。
たこ焼きならば普通は上にソースや鰹節がかかっており、そのまま口に含むのだが、どうみたってそういう食べ方でないことは間違いない。じっと食事の様子を眺める視線に眉を下げながら、玉を挟んだ箸はだし汁の器へまっすぐ吸い込まれた。向かいの席の少女が目を瞬かせる。
「っ!」
「ははっ、たこ焼きとして見ると、ちょっと違和感があるか?」
「こ、この食べ方が正しいんですか?」
「ああ、これはたこ焼きじゃなくて“明石焼き”だからな…んぐっ、あちっ!」
そして十分に浸ったとみたところで箸を引き上げ、そのままトレーナーは明石焼きを頬張った。
舌を火傷しかけながら、何とかそれを嚥下したトレーナーが、軽く目じりに涙を浮かべながらグラスワンダーに笑いかける。
「ま、とにかく食べてみて。熱いから気を付けて」
「あ、はい」
言われるままに箸を使って、グラスワンダーは明石焼きの一つを出汁の中へ入れる。
中へ出汁が浸透するのを待ってから箸で引き揚げ、彼女は軽く息を吹きかけて熱を冷ます。
「ん…っ! あ、あふ……?!」
「ああ、出汁も熱いから中まで冷めてなかったか。ほら、水で冷やして」
「……!」
慌ててコップに手を伸ばし、水で口を緊急冷却するグラスワンダー。相当応えたのか一筋涙が零れる。
「うう…、や、やけどしたかも……」
「ごめん、前来たところって事でこっちにしたんだけど、最近はほどほどの温度にした出汁を出してくれるところもあるらしいからそっちにすればよかった」
「い、いえ、出来立てのものですので、焦った私が悪いんです…」
「少しゆっくり食べよう。流石に多少冷まさないと食べるには時間がかかり過ぎるからね」
そうして冷めるのを待ちながらの食事が始まる。会話をするには火傷した(あるいはしかけの)舌を動かさねばならない為、互いに殆ど会話をしないまま一つずつ口へ含んでいく。
そうして食べていると、自然と味の方へ意識が向くのだろう、グラスワンダーの顔が明石焼きを吟味するように少し真剣さを増したものになっている事にトレーナーは気付いた。しかし同時に、その耳の忙しない動きがどうやらこの味を気に入ったらしい事も推測させる。
明石焼きは、味の傾向として概ねたこ焼きによく似ている事は事実だ。しかし使用している材料や付け合わせるものなどもあり、味はもちろん触感も少しずつ異なってくる。此方は此方でまた別の料理なのだ。
「似ているようで似ていない…。食べるほどに不思議な気持ちになりますね、この明石焼きという料理は……」
「まあ、似てるというか、たこ焼きの元になったのがこれらしいからね」
「え、そうなんですか!?」
「実際には他の色々な料理の派生として出来たらしいけど、ほぼ間違いなくその派生元にはなっているそうだよ」
大阪名物として知られているタコ焼きだが、その誕生は昭和初期。誕生の経緯やそのルーツなども、調べれば比較的容易に知ることが出来る。これに対し明石焼きは兵庫県、特に名の通り明石市の郷土料理と言われ、古くから町のグルメとして親しまれてきた。いつ、どのような経緯をもって誕生したのかは正確には分かっていないところからも、ルーツの一つとして認識されるのも分かる。
また浮粉などのでんぷん粉と小麦粉、だし汁とソース、極めつけは明らかに追加されたものらしいキャベツや紅ショウガなど。材料なども考慮すると、元々存在していた明石焼きをアレンジしたものとしてたこ焼きが存在している事が伺い知れる。
「これもまた、日本を支える食文化なのですね」
驚きと感心をない交ぜに、再度明石焼きの一つを頬張るグラスワンダー。伝統を重んじる彼女からすると、美味さも合わせ一層この料理を気に入ったようだ。
そしてその様子を確認したトレーナーは、あの日から温めていた本題と作戦をようやく実行に移す。
「なあグラス。ここで一つクイズを出そう」
「はい?」
「この明石焼きなんだが、実は姫路市の方では面白い食べ方をしてるんだ」
「面白い食べ方、ですか」
「親戚に前そこで住んでいた人が居てね。俺がここに君を招いたのも、その食べ方を知っている人が居るのを思い出したからなんだ。それをグラスに教えてみようと思ってさ」
「……んー…、どういう食べ方でしょう……」
軽く咀嚼を止めながら、その青い目が周囲を見回す。
「出汁を使った食べ方がオーソドックスなのならば…、それに類するもの、という事ですよね。お味噌汁のように味噌を溶かしたもの、とか」
「不正解だ、でも発想は悪くないよ」
「悪くない、ですか…。味はいかにも主食という感じはありますが、実は間食として甘いものと併せる、などは?」
「大阪だとたこ焼きをおやつに、ってのはありそうだし、多分やってる人もいるだろうね。ただ甘い味付けかは俺にも分からないな」
「では違う、と……。そのまま何もつけず…ではありませんよね、先の返答からして」
まだ残っているものを食べるのも忘れ、口許に手を当てながらグラスワンダーが熟考に入る。トレーナーは何も言わず、静かに笑みを浮かべながら自身の皿に残る分を消化していく。
それからも醤油や抹茶塩など、幾つかの答えを出しながら二人の問答は続いていく。答えに近い場所をちゃんと攻められている事をトレーナーは細かに伝えていたが、それでも正解は中々出てこない。日本文化に馴染んでいるとしても、このあたりの発想力はどうしても日本そのものに慣れていないと出てこないのかも知れない。
と、そこで未だ店内を揺らめいていたグラスワンダーの視線が一点に止まった。つられて向いた先にあったのは、店内に貼られたメニューの一つ。先ほどから散々話題に挙げていた、明石焼きをルーツに持つ大阪名物。呟かれた「そういえば」からも、彼女が答えに気付いたことが伺えた。
「もしかして、ですが」
「うん」
「ソースを塗って食べる、とか?」
「正解。ソースを塗って食べたり、ソースをかけた上で出汁に浸ける事もあるらしい」
「それでは、もう明石焼きというより……」
「因みに、その親戚はたこ焼きを作るといつも出汁に入れて食べるよ」
「…………。」
伝統を重んじる少女にはまだ理解が追い付いていないのだろう。先の驚きと感心とは異なり、今度は驚きと困惑の混ざった表情が浮かんだ。
「土地に根差した郷土料理を、そのように食べるのですか……?」
「そういう食べ方をしているところもある、という事だね」
「しかし、それでは明石焼き本来の食べ方というのは」
「じゃあ、そんなグラスにもう一つクイズだ」
「え、もう一問、ですか?」
「今度はさっきよりは簡単だと思うよ。この明石焼きには、もう一つ違う呼び方があるんだ。それはこれを作る時に使う材料から取られた名前なんだけど、別の地域ではその名前は全く別の料理を指す。さあ、答えられるかい?」
「……。別の名前、それも他の場所では違う料理を指す名前……」
クイズと言われた時は若干ながら不服さがあったが、考え始めると直ぐに箸を置き、その思考も抜けていったのが真剣な眼差しから分かる。
「実はこの店内にも書いてあるんだけど」
「えっ……いえ、今は見ません、思い出すかちゃんと分かるまで考えます」
「うん、そっか」
己のルールに反すると思ったのか、今度は目を閉じて考え出すその顔を、トレーナーは優しい目で眺めた。
一分ほど時間をかけた後、グラスワンダーはゆっくりと目を開く。その表情は答えが分かった事より、少し残念そうな色合いの方が強い。
「店内に書いてあったものを思い出してしまいました……」
「…まあ、まずは答えてみようか」
「……玉子焼き」
「その通り」
「……此方のクイズの方を先にしてもらいたかったです……」
「まあまあ、あくまでちょっとは楽しんでもらうつもりのものだったからさ。変に固い話になっても困るし」
耳を垂らし見るからにしょんぼりとしたその頭を、苦笑しながらトレーナーは撫でる。明るい栗色の髪は絹を思わせるほどに柔らかく滑らかな触り心地で、彼女はその手のされるままに少しだけ目を細める。
「明石焼きとたこ焼き。料理としては別のものとして扱うべきもの同士だけど、二つを同じように認識して、同じように食べる事もある。そしてその名称も、場所が変わればまた別の料理として認識される。ちょうど君が、明石焼きとたこ焼きとして見た時のようにね」
「……確かに、私ははじめそう考えました」
「うん。今日君をここに連れてきたのは、その事も含めて、ちょっと話したい事があってね」
頭を撫でる手を止め、そして離す。手が離れていくのを目で追ったグラスワンダーは、それから彼の目をしっかりと見つめた。
「君の住んでいたアメリカにも、アメリカの文化として認識されている事がある。当然日本にもね。でもところ変われば文化も変わる。同じ国だからといって、同じ文化を共有しているとは限らない。それはアメリカも、日本も同じだ」
「……そう、ですね」
「この明石焼きだってそうさ。同じ料理なのに食べ方が違うし、呼び方も違う。そもそもの作り方が違う事だって珍しいものじゃない。でもそれだって、また一つの“文化”なんだ」
「…それは、伝統であっても、ですか」
「伝統の始まりはその土地や国に根差した文化、つまり生活の一部だ。そこで長い時間受け継がれることである程度の型を得て、そして今日までその型どおりのものが残ってきた」
日本の伝統芸能と言われる能、歌舞伎などが最たる例だろう。はじめは何処かで行われた大衆向けの演劇が、少しずつ上流社会でも認知されるようになり、そして今や日本の誇る一つの伝統として残り続けている。
文化の始まりは得てして突発的であり、そしてそれが偶然にも長く続いているだけに過ぎない。だからこそ、新たな価値観は常に突発的に発生し、そしてその幾つかは未来へと残り続けていく。
「でも、伝統は守り続けるだけではいつか廃れていくんだ。格式ばったものは、若い世代に受け継ぐには息苦し過ぎる。伝統だった明石焼きはたこ焼きという新しい文化になって、大阪から日本中に知られていったんだ」
「ですが」
「グラス」
「っ」
「君の考えも、言いたいことも正しい。それは確かだ。……でも、自分と違う事をただ拒むだけでなければいけない理由は、君の考えにも、言いたい事にも無いはずだよ」
自分と違う考えに対峙した時、多くの場合その考えに対して人は拒む姿勢を見せる。非難を行い、感情が乗る。
正反対の意見であればあるほどにその感情は激しく、表面上をどれだけ取り繕っても言葉の鋭さは変わらない。
それはまさしく、自分の知る日本文化にそぐわないエルコンドルパサーを叱るグラスワンダーと同じように。
自身がその事を理解しているからこそ、今彼女は沈黙をもってトレーナーの言葉に肯定を返していた。
「……トレーナーさんの伝えたい事は、分かりました。しかし私はまだ、そのような考えを受け入れる事が出来ないでいます。自分の中にあるものを、まだ変えられないでいる」
「……。」
「どれだけ心を鍛えようども、いまだ未熟……。トレーナーさんに正しい返答を返せない自分が、不甲斐ない」
膝に置かれた己の手を見つめながら、表情暗く唇を嚙むグラスワンダー。納得出来ないという事が、強いストレスとして現れていた。
「…グラス。グラスワンダー」
トレーナーはそんな彼女の頬に手を当て、唇を嚙んでいる事を暗に教えると共にその顔を上げさせる。
揺らぐ深い青が、真正面に座る男の目に吸い込まれるように動きを止める。
「納得出来なくて当たり前だ、この話を始めて一時間も経っていない。今さっき教えられた事をもう理解して変えられるような奴は、大人にだってまず居ない」
「……」
「悩んで結構、答えが出なくて結構。なんなら、今日の事を全部ほっぽりだして自分の信じる考えを変えないままでもいいんだ」
少しだけ目を見開くグラスワンダーに、トレーナーは微笑みかける。
「君には君の答えがある。誰かの意見を受け入れ、或いは理由をもって拒む答えがね。それを見つけ出すまで支えるのが俺達トレーナーだ。君が納得出来るその時まで、俺は君の事を隣で支え続けるよ」
「……。」
「いくらでも時間をかければいい。俺達はいつでも、ゆっくりいこう」
「……はい」
まだ少しぎこちなく、けれど柔らかい笑み。
グラスワンダーは自身の頬に当てられた手に、己の手を重ねた。
「まあとにかく、今日はこういう話をしたかったってだけさ。お土産にこの明石焼きの粉でも持っていこう。材料さえあれば学園でも作れるからね」
「…そうですね、エルや、皆さんと一緒に作って食べたいと思います」
「うん、きっとそれがいい」
それから、少し後のある日。
「聞いてくださいトレーナーさんっ! エルったら、折角作った明石焼きの生地にデスソースを入れたんです! それどころか出来たものにまでかけはじめて……!」
「あー……、まあまあ、とにかくまずは落ち着こうか」
これはまだまだ先が長そうだ。そんな苦笑いがトレーナーから零れた。
途中で出てきたたこ焼きを出汁に云々の話は実際に我が家でもやったことのある食べ方です。結構おいしいです。