GODARCA / Before Nigit 作:Seilin
この世界は、神話に侵されている。
たった100年で、世界は一つの島国にまで小さくなった。
10億以上いたとされる人類は、確認出来る2000万人にまで減ってしまった。
城塞国家、ロンドン。
これは、崩壊するしかない世界で、誰も守れない私が、「崩壊」を司る事しかできなかったシェリダン・レンが、あの夜の前に出会った、23の光との物語だ。
HOXX:総統 エイレネ・アビー 1
「私が、塔のアルカナを?」
予感はあった。自覚も今となっては不思議とある。ただ……あまりにも突然だった。当代の塔はレイクランドのリーダーの一人として多くの人を救い、街を広げた英雄だ。一方の私は、血統も無く、名前も広くない、少し手先が器用なだけの町人である。彼が死んだ後に自分がそれになる、と言われても想像がつかない、というのが正直な所だ。
先ほどまで私が直していた井戸の蓋を確認し、大丈夫だとジェスチャーをしているおばちゃんに片手を上げ、今目の前にいる人々……総統閣下エイレネ・アビーとその配下二人を見据える。
「ああ。シェリダン。レイクランドの何でも屋。靴の修繕から屋根の打ち直し、先ほど行っていたのは……井戸の修理か?なんにせよ、レイクランドの町民からの信頼が厚い君は、『塔』のアルカナに選ばれた。」
「なぜ私なんぞに……と言うのはやめた方が良いようだな。先に断っておくが、上の礼儀なぞ何も知らない下町の人間だ。敬語を使え、と言われても今更直しようもないぞ」
「礼儀を知らないのなら、部下に任せればいい。そのための人員は付ける」
「私に部下を率いろと?」
「原初のアルカナとして在る以上、最低限やってもらわねばならぬことがあるからな。部下に全て任せるか、全てを統率して王として在るか、それともその双方か……その辺りは各アルカナに一任している。そうだな、君には彼を紹介するのが一番手っ取り早い説明になるだろう」
そう言って踵を返し、配下を引き連れてイースト・ロンドンの方向へと向かう彼女を、今は黙って追うことしかできなかった。
HO00:愚者 ルカ·オルトレイン 1
総統閣下に連れられてやってきたのはイースト・ロンドンの一角、機関員が詰める住民街。
「誰がそうなのかは、見ればわかるだろう」
そう私に声をかけた後、いつの間にか消えていた総統閣下に困惑しつつも、敷地内を歩く。あまり入った経験は無かったが、ちらほらと見覚えのある顔も見える。
そんな中、明らかに異質な小屋があった。年期が入っているが、それでも小綺麗にしてあることが伝わる小屋が、他の宿舎とは大きく離れて建っていた。
「あぁお兄さん、そっちは近づくと危ないよ」
小屋を眺め、一歩踏み出そうとしたそう声をかけてきたのは、機関員の制服を着た女性隊員だった。胸元に「00」と書かれているということは確か、愚者のアルカナだったか。
「すまない、だがあの小屋には、何か?」
「あそこはうちの隊長の昼寝小屋でね。今日はまだ起きてないのか愚者の起動をしていないんだ」
「愚者の、起動?それは一体」
どういったことなのか、そう聞き返そうとした時、キィ、と小さな音がして青いパジャマの青年が出てきた。彼は少し伸びをすると、おもむろに天に手をかざす。
「始まったか、ほらお兄さんもっと離れて、この辺りまでくれば安全だから」
「……起動」
聞こえるかも怪しい小さな声が静かな町に響くと、青い光が家の周囲を立ち込め、中心から花火のようなものがうち上がった。それは頂点で広がりを見せ光が示す各地点に吸い込まれていく。
サラリ、と言う物体がこの高度から落ちた時に絶対に発生しないであろう効果音と共に、無数のクレーターが芝生を抉る。これを、あの青年が……?
「初めて見たって顔してるね、あれがウチの隊長のルーティンであり、義務起動。上から一日に一度は起動確認を行えって言われて、最初は空き地まで移動してたんだけど、だんだん町に近づいて来て、気付いたらこうなってたってワケ」
そう言われて辺りを再度見渡すと、近くの建物は一部色がくすんだり、物が不自然に移動されている。小屋の扉はいつの間にか再度閉じており、青年の姿は既に無かった。
「このあと二度寝して散歩して、隊員の家でご飯食べてまた帰るんだと思う。大体昼くらいに一度起動するから、それの警戒を行うのが今の愚者班の仕事ってわけです」
「それは……仕事なのか?アルカナの部隊というものは、もっと日々訓練を積んでいるものだと思っていたのだが」
「あぁ、もちろんしてますよ。その為のメンバーも揃っていますし、自主的な訓練や、隊長を運んだりもしています。ただ、戦車や星の所みたいな全力特訓!集団移動!って感じではないですね。やる気は最低限あるし自分でなんとかする力もあるけど、体を痛めつけるほどでは……ってメンバーが多く配属されています。副隊長が義務に対しては厳しい人ですから、なんとか回ってます」
そういうことも、あるのか。総統閣下が言っていた最低限、とはこういったことなのだろう。今の塔の持ち主の所には、執政が得意なメンバーがきっといる。そして彼らは、情報課や上層部の実行部隊として異動し、自分に付いてきてくれるメンバーは別に用意される、ということなのだろうか。上の事は何も知らない自分だからこそ、そういったことが出来る誰かはいて欲しいなと、思いながら家へと足を向けるのだった。
家に帰ったら機関の護衛と名乗る老齢の男が家にいた。一先ずは、彼らに話を聞くことにしようか。