ダンジョンメーカー 世界の終わりを防ぐため、俺は今日もダンジョンを創る 作:ソロモンは燃えている
神崎真人は、その日、特に変わったことのない休日を過ごしていた。
学校の授業はない。
友人と遊ぶ予定もない。
今日は一日、だらだらすると決めていた。
「……やっぱり休日はこれに限るな」
ベッドに寝転がり、スマホを片手に動画を眺める。
冷蔵庫から持ってきた炭酸飲料。
適当に買ってきたスナック菓子。
そして、誰にも邪魔されない一人の時間。
完璧だ。
真人はごろりと寝返りを打った。
「あと五時間くらい、このままでいたい……」
人間というものは、何も予定がないときほど時間を贅沢に使いたくなる生き物なのだ。
そう。
何もない。
何も起こらない。
それこそが――。
「……ん?」
真人は眉をひそめた。
スマホの画面がおかしい。
動画が止まったわけではない。
電源が落ちたわけでもない。
ただ、画面の中に青い光が浮かんでいる。
「なんだこれ?」
指で触れる。
その瞬間だった。
ぐにゃり。
「……は?」
世界が歪んだ。
スマホも。
ベッドも。
部屋の壁も。
天井も。
全部が水面に映った景色のように揺らめき――。
「ちょ、待っ――」
真人の身体が、ベッドから引きずり込まれた。
「うわああああああっ!?」
そして。
落ちた。
* * *
「…………」
静かだった。
真人は恐る恐る目を開ける。
「…………」
青い。
どこを見ても青い。
そもそも上下が存在するのかすらわからない。
何もわからない。
ただ、無数の青い光の粒が、ゆっくりと漂っている。
幻想的な光景だった。
まるで別の世界に放り込まれたような――。
「……なんだよ、ここは?」
「地球の中だよ!」
「うわっ!?」
突然、声がした。
真人は慌てて声のした方に視線を向ける。
そこにいたのは――。
「…………」
「…………」
ぬいぐるみだった。
丸っこい身体。
小さな手足。
ふわふわした青い毛。
頭の上には、ちょこんと緑色の葉っぱのようなものが乗っている。
そして。
何よりも特徴的なのは、その顔だった。
つぶらな瞳。
小さな口。
どこからどう見ても、可愛らしいマスコットキャラクターである。
そいつが、真人の目の前でふわふわ浮いていた。
「……」
「……」
「……」
真人は黙ってスマホを確認した。
当然、圏外だった。
いや、それ以前に。
「俺、夢見てる?」
「夢じゃないよ!」
ぬいぐるみが元気よく答えた。
「じゃあ幻覚?」
「それも違うよ!」
「じゃあ何?」
「人間さんは、地球って呼んでるよ!」
「……は?」
ぬいぐるみが胸を張った。
「だから、わたし地球!」
「いや、何が?」
「私!」
ぬいぐるみが自分を指差した。
「……地球?」
「地球ちゃんって呼んでほしいな!」
「…………」
「地球ちゃん!」
「…………」
「地球ちゃん!」
「わかったよ……えーと、地球ちゃん」
勢いに押されて従ってしまう。
すると、ぬいぐるみの顔がぱあっと輝いた。
「わあっ!」
「な、なんだよ」
「ちゃんと会話できた!」
「は?」
ぬいぐるみ――自称地球ちゃんは、ものすごい勢いで真人の周囲を飛び始めた。
「すごいすごい! やったー!」
「ちょ、落ち着け!」
「人間さんだ! 人間さんとお話しできた!」
「だから、ちょっと落ち着け!」
地球ちゃんは真人の目の前でぴたりと止まった。
そして、つぶらな瞳をキラキラさせながら言った。
「人間さんなら、私とちゃんとお話しできると思ってたの!」
「……人間なら?」
「うん!」
地球ちゃんは嬉しそうに頷く。
「今までもね、私と相性のいい生き物と繋がることはあったんだよ?」
「繋がる……ここに来たってことか?」
「そうそう。でも、私が話しかけると、みんな固まっちゃって動かなくなっちゃうの」
……だろうな。
目の前にいるのは、ぬいぐるみのような可愛い外見で、口調も幼い。
それなのに。
少しでも気を抜けば、身体が震えてしまいそうなほどの畏怖を感じている。
存在の格が違う。
それを本能的に感じ取っているんだ。
相手が地球そのものであると、なぜか自然に受け入れられてしまう。
ならば、本能に忠実な生物ほど萎縮してしまうのも無理はない。
「人間さんは、なんて呼べばいい?」
「ああ、真人と呼んでくれ」
「うん、よろしくね真人」
地球ちゃんが勢いよく真人に顔を近づけた。
「ねえ真人、ちょっと相談があるんだけど!」
「……嫌な予感がする」
「私ね!」
地球ちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「マナがいっぱいなの!」
「……マナ?」
「そう! マナ!」
地球ちゃんが両手を広げる。
すると、周囲を漂っていた青い光の粒が一斉に集まってきた。
数え切れないほどの光。
それが真人の周囲を渦巻き、幻想的な光景を作り出していく。
「これ、全部マナ!」
「これが……?」
「うん!」
地球ちゃんは嬉しそうに頷いた。
「星のエネルギーみたいなものだよ!」
「へえ……」
なんとなく手を伸ばす。
青い光が指先に触れた。
瞬間。
ぞくり。
身体の奥を何かが駆け抜けた。
「うわっ!?」
慌てて手を引っ込める。
「大丈夫?」
「……なんだ、今の」
「マナだよ?」
「いや、それは聞いた」
真人は周囲を見渡した。
青い光。
どこまでも続く空間。
そして、地球を名乗る謎のぬいぐるみ。
「それで?」
「うん?」
「マナがいっぱいだと、何か問題があるのか?」
「あ、そうそう!」
地球ちゃんはぽんと手を叩いた。
「いっぱいすぎるとね!」
嫌な予感がした。
「溢れちゃうの!」
「……具体的に何が起きるんだ?」
「うーんとね。前に溜まってた時は、外から来た石がぶつかった衝撃で溢れちゃって、火山がたくさん噴火したの!」
「…………」
「表面が凍って真っ白になったこともあるよ!」
「………………」
「あと、大気とか海水の成分が変わったりとか!」
「ちょっと待ってくれ」
「うん、いいよ!」
それって、地球の歴史で何度も繰り返されてきた大量絶滅イベントじゃねえか!
恐竜の絶滅とか。
スノーボールアースとか。
あれの原因って、まさかこれだったのかよ。
「マナが溜まりすぎると、災害が起きるってことか?」
「うん!」
地球ちゃんは満面の笑みで頷いた。
「だから、そろそろマナの使い道を決めないと!」
「決めるって……どうやって?」
「簡単だよ!」
地球ちゃんは小さな手を握りしめた。
「とりあえず富士山を噴火させる?」
「却下」
「えー」
「即却下」
「じゃあ地震はどう? 南海トラフがちょうどいい感じになってるんだ!」
「もっとダメなやつ!!」
真人の絶叫が、青い空間に響き渡る。
地球ちゃんはきょとんと首を傾げた。
「でも、マナは使わなきゃいけないよ?」
「……」
「このままだと、勝手に噴き出しちゃうから」
「……」
真人は頭を抱えた。
とんでもないことになった。
自分はただ部屋でくつろいでいただけなのに。
なぜか地球と名乗るぬいぐるみと出会い。
その地球ちゃんは、今にも世界規模の災害を起こそうとしている。
「……地球ちゃん」
「なあに?」
「災害以外の方法はないのか?」
「え?」
地球ちゃんが目を丸くする。
「だって、マナを消費できればいいんだろ?」
「うん」
「じゃあ、何か安全な使い道を考えるから、少し使うのを我慢してくれないか?」
「……わあ!」
地球ちゃんの瞳が輝いた。
「やっぱり人間さんはすごいや!」
「え?」
「今まで来た生き物は、みんな自分が一番恐れるものをイメージして、マナの使い道を決めてたのに!」
「…………」
真人の顔が引きつった。
地球ちゃんの存在の大きさへの畏怖。
それが、自分が最も恐れるものをイメージさせたのだろう。
つまり。
歴史上の大量絶滅イベントのいくつかは、過去に地球ちゃんと繋がった生物が原因だったということか。
……地球の意思と繋がった生物が、恐怖のあまり「凍える寒さ」とか「火山の噴火」とか考えていたのだとしたら。
笑えない。
「で、どうなんだ?」
「うん?」
「待ってくれるのか?」
「もちろん、いいよ!」
地球ちゃんは即答した。
「でも、そんなに長くは我慢できないからね」
……どうやら限界は近いらしい。
急いで何かいい案を考えなければ。
「そういえば、元の場所には戻れるのか?」
衝撃的なことが起こりすぎて忘れていた。
そもそも、帰れるのか?
「戻れるよ!」
地球ちゃんの言葉に、真人はほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、一旦帰してくれ。落ち着いて考えたい」
「わかったよ!」
地球ちゃんは元気よく頷いた。
「元の場所に戻せばいいんだね!」
「そういうこと」
「じゃあ、またね!」
次の瞬間。
世界が歪み始めた。
ここに来たときと同じように、地球ちゃん以外のすべてが揺らめいていく。
一際眩しい光が発生し――
あとには、青い光の粒が漂うだけの静かな空間が残されていた。