玲奈の輝く姿を背に、真人は彼女とともに瓦礫の山を越え、ようやく渋谷を抜け出した。道中、玲奈の光は徐々に弱まっていき、再び真人の中に収まるように静かに消えていった。
「お兄ちゃん、無事に出られたね…」
玲奈の声が微かに聞こえる。先ほどまでの力強さが感じられない。真人は心配そうに彼女に問いかけた。
「玲奈、大丈夫か?さっきの戦いでかなり力を使っただろう…」
「うん、大丈夫…だけど、少し休ませてほしいな。精霊としての力を使いすぎると、意識を保つのが難しくなるみたい…」
「わかった。無理はするな。家に戻ったらゆっくり休もう。」
真人は周囲を確認しながら安全な道を選び、自宅へと向かった。道中、渋谷での惨状を思い返し、胸の奥に湧き上がる怒りと無力感を感じていた。
ようやく家にたどり着くと、真人は玄関の鍵を開け、二人が慣れ親しんだリビングに足を踏み入れた。しかし、家の中の静けさが妙に重たく感じる。
「ただいま…玲奈、もう安心だ。ここなら安全だから」
真人が声をかけると、玲奈の精霊としての姿が一瞬だけ現れ、薄く微笑む。
「ありがとう、お兄ちゃん。今は少し眠るね…また起きたら話そう」
そう言うと、玲奈の姿は光の粒となり真人の近くで消えていった。彼女の気配はまだ感じることができるが、今は休息が必要なのだろう。
真人はため息をつきながらソファに座り込み、テレビの電源をつけた。ニュースでは、渋谷でのモンスター騒動が繰り返し報道されている。
画面に映るのは破壊された街並みと、救助活動にあたる人々の姿だった。被害は甚大で、多くの命が失われたことが伝えられている。それでも、事態はようやく収束に向かっているという。
「渋谷で発生したモンスターによる襲撃事件ですが、政府は緊急対応として自衛隊を投入し、現在事態の収束を進めています。また、一部の目撃者によると、光り輝く存在がモンスターを撃退していたとの証言があり…」
真人はその言葉に画面を凝視した。「光り輝く存在」とは、間違いなく玲奈のことだ。しかし、その存在が世間に知られることは、彼女にとって良いことではないように思えた。
「光り輝く存在…か、玲奈の姿がこれ以上注目されるようなことになったら…」
真人は眉間にしわを寄せ、リモコンを強く握りしめた。玲奈が自らの力を使って人々を救ったことに誇りを感じる一方で、それが彼女の存在を危険にさらす可能性があると考えると気が重くなる。
ニュースを見終わり、真人は深く息を吐き出した。この数時間の出来事は、彼にとって現実感が薄く、まるで夢の中にいるようだった。しかし、妹の姿を思い返すたびに、これは紛れもない現実なのだと実感する。
「玲奈が精霊になったことで、俺たちはもう元の生活には戻れないのかもしれない…」
真人は独り言のように呟き、立ち上がると窓から街の様子を伺う。遠く渋谷の方向には、まだ煙が上がっているのが見える。
「だけど…玲奈を守る。それだけは絶対に諦めない」
彼は静かに拳を握りしめた。妹がもう人間ではないとしても、二度と失いたくない。玲奈とともに生き残り、この世界をどうにかして守り抜く方法を探すのだと決意していた。
真人と玲奈は無事に家にたどり着き一息つくことが出来た。しかし、ひとつ大きな問題があった。それは、玲奈が精霊化したことを家族にどう説明するかということだ。両親に、玲奈が死んでしまったことをどう伝えればいいのか。
玲奈もそのことを重々承知していた。だが、彼女の心は決まっていた。
「お兄ちゃん、私が死んじゃったこと、お母さんたちには内緒にしよう」
「え?」
「お母さんたち、心配してると思うから。私が精霊になったって、言えないけど…せめて、私が生きているって思わせてあげたい」
真人は一瞬言葉を失った。
確かに玲奈が精霊化したことを話せば、モンスターに殺されたことも知って悲しむだろう。
だが、それは大好きな両親を騙し続けることになる。
「玲奈…でも、無理しなくてもいいんだよ?」
玲奈は微笑んだ。
「大丈夫。お兄ちゃんが守ってくれるなら、私はどんなことにでも耐えられるよ」
玲奈は、精霊の姿ではなく、人間に擬態して両親に会うことを決めた。玲奈が目を閉じると、彼女の体を覆っていた光が変化を始める。数秒後、玲奈は完全に元の姿、人間の姿に戻っていた。
「これで大丈夫」
「本当に、すごいな…その力」
真人は、改めて玲奈の変化に驚きを隠せなかったが、すぐに思い直した。家族に対して、玲奈が死んだという事実を隠すためには、この方法しかない。
両親は心配そうな顔で帰ってきた。母さんの顔は、何かを感じ取ったような表情をしている。
「ただいま、二人とも大丈夫だった?」
玲奈は静かに微笑みながら答えた。
「うん」
母さんはほっとしたように息を吐き、玲奈を優しく抱きしめた。
「良かった…本当に良かった。お前が無事で」
父さんも、安心したように頷きながら言った。
「玲奈が渋谷に行くと言っていたから心配したぞ。騒ぎに巻き込まれなくて良かった」
「大丈夫だったよ。でも、心配かけてごめんなさい」
玲奈は、母親に抱きしめられながらも、心の中で複雑な気持ちを抱えていた。自分はすでに死んでしまった存在であり、今ここにいること自体が嘘であることを理解している。しかし、家族にはそれを告げられなかった。今はただ、彼らが安心できるように振る舞うしかなかった。
その夜、家族で囲んだ食卓では穏やかな時間が流れていた。両親も、玲奈が無事に帰ってきたことに心から感謝し、嬉しそうにしていた。
「それにしても渋谷のこと、怖かったな」
父さんが言うと、母さんも頷いた。
「本当に。あのゲートが開いてから、パート先でテレビのニュースをずっと見てたけど…何が起こっているのか全然分からないわ」
「でも、もう落ち着いてきたみたいだし、良かった」
「うん、ほんとに…」
玲奈は、ふと自分の胸に手を当てた。モンスターやマナのことを知っている自分としては、この平和がどこまで続くのか分からなかった。しかし、家族にはそんなことを言えなかった。
「お兄ちゃん、私、これからも一緒にいたい」
真人は玲奈の言葉に心が温かくなるのを感じた。しかし、同時に現実を思い知らされていた。玲奈はすでに死んでおり、精霊として生きるしかない。家族にとっては、どこか遠くにいる娘であり、妹であることを知っていた。
「これからも一緒にいよう」
そう答えた真人は、心の中で誓った。この平穏な日常を、絶対に守り抜くことを。
その夜、真人は家族と過ごすことが出来た。しかし、外の世界では依然としてマナが増え続けており、環境激変の兆しは収まる気配を見せていなかった。精霊化した玲奈と共に、真人もまた新たな道を歩み始めることを決意していた。
家族団欒の一時が、平和の象徴のように感じられたが、それはあくまでも今の一瞬に過ぎない。明日から始まる戦いのために、二人は心を一つにし、次なるステップを踏み出す準備を整えるのだった。