ウィキッドという人物   作:ーーー

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 爆弾というのは比喩表現ではない。

 爆豪の個性は俗に言う良個性。“爆破”と本人の短気が相俟ったそれは文字通りの地雷原であり、可哀想な事にそのターゲットに緑谷が選ばれていた。

 

「“没個性”どころか“無個性”のてめェが、何で俺と同じ土俵に立てるんだ!!?」

 

「ち、違う違う、まってかっちゃん! 張り合おうとか全然…! ただ、小さい頃からの目標なんだ…それに、やってみないとわからないし…」

 

 

 

 教師はこの一連のやり取り─というよりも一方的な威圧だ─を、狂っているのか微笑ましい目で見ているし、生徒の殆どは爆豪側に回っている。彼らも自分に飛び火しては敵わないと考えているのだろう。鳴子も顔を背けて目を糸のように細めている。

 

 だが、爆弾はなにも緑谷にばかり向くだけではなかった。教師の放った言葉には、私の名前も含まれていたからだ。

 

「あとてめーもだトラテープ!」

 

 髪を結うために使っているリボンの柄を渾名に、私の事を名指しで言及してくる。

 

「…雄英はあくまで挑戦するために受けるだけです。本当に行くかは──」

 

「てめェら揃いも揃って記念受験かってんだよ!」

 

 更に掌から生じる爆発が大きくなっていきそうな勢いだったものを、教師が間の抜けた声で制止する。

 

「爆豪、そろそろそのあたりでやめておけよ〜」

 

 小さく鼻を鳴らし、自分の席に戻る爆豪。そのままそれ以上のハプニングも無く放課後に入り、部活動がある生徒は各々の部室へ、そうでない生徒は荷物をまとめて帰ろうとしていた。

 教師の目も無くなった今ならまた一悶着あると思ったが、爆豪は意外にも私を一瞥したあと、取り巻きを連れて下校していった。

 

「「水口さん!」」

 

 私も教科書や文房具などを仕舞い終え、帰ろうと教室の扉に手をかけた時、二人から同時に声をかけられた。男子と女子の声。それぞれ緑谷と鳴子だった。

 

「あっ…ごっ、ごめん…!」

 

「あ、被っちゃった。ごめんね〜! 見て見て水口さん、ほら」

 

 緑谷が引き下がり、鳴子はスマホの画面を見せてくる。その内容はよくある(ヴィラン)捕縛のネットニュースだ。だが見出しはヴィランよりもヒーローに言及していた。

 

「〈ニューヒーロー『マウントレディ』爆誕〉…はぁ」

 

「いやいや、はぁ…って! 水口さんヒーローになるんでしょ? じゃー先輩ヒーローの情報は脳に焼き付けとかなきゃじゃん!」

 

「そうですか?」

 

「あ、それって今朝の事件の…!」

 

「おっ? 緑谷くん詳しいねぇ〜」

 

 鳴子の話し相手は次第に緑谷へと移っていく。私は笑顔を崩さないまま手提げカバンを持ち、教室を去ろうとする。

 しかし間一髪でそれに気付いたか、緑谷の引き留める声に振り向かない訳にはいかなかった。

 

「…あ、待って! 今日のこと…謝ろうと思って…それで…」

 

「今日のこと?」

 

「ほ、ほら…かっちゃんの…」

 

「………ああ、爆豪さんの。いえ、気にしてませんよ」

 

 どうやら緑谷の用事というのは爆豪に関することらしかった。一体どこに、クラスメイトだというだけの他人の行いを謝る必要があるのだろうか─と、若干考えてすぐに思い至る。

 確かに二人は互いの事を〈デク〉〈かっちゃん〉と愛称で呼んでいた。デクは恐らく名前から取った蔑称だろうから、愛称というのも変な話ではあるだろうが。

 

「うん……あ、いや、引き留めてごめんね…!」

 

「いえ、気にしてませんよ。じゃあまた明日」

 

「あ、うん…!」

 

 手を振って教室を後にする。鳴子はどうやら残って緑谷と話したいらしい。その後のことは特に気にすることもなく、帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 ガチャリと孤児院の玄関の扉を開ける。出迎えなんて無い、静かな施設の廊下を歩く。

 

 ここに預けられて個性を〈先生〉に貰ってから五年。この孤児院はもう私の手の中にあった。

 私の受け取った個性、リモート爆弾は、一度手を当てれば自分で解除しない限り永続する。少なくとも私が観測した範囲では自然消滅することは無かった。

 子どもの消えた侘しいリビングで、細身の男が震えながら座っていた。私の事を怖がっているのがあけすけだった。

 

「おい、帰ったんだけど」

 

「っ…あ、あぁ…おかえり…」

 

「チッ」

 

 聞こえるように舌打ちをし、二階の自室に続く階段を上がる。

 中学へ上がった時に少し脅してやってからというものの、院長は私に酷く脅えている。もちろん私が望んでそうしたし、そうなって然るべき人間だったとも思っている。

 

 院長は典型的な〈没個性持ち〉だ。“手が伸びる個性”だか“腕が伸縮する個性”だったかは関心が無くて覚えていないが、世間に向け子供を巣立たせる為の教育と称し、個性を利用した躾───つまり体罰を重ねていた。

 卒業していった人間は、言ってしまえば身寄りの無い、頼るものの無い中育ててもらった恩があるから、訴える事もできない。

 世に暴かれる事のない(ヴィラン)と言えた。

 

 ただ、今はもう院に残っているのは私だけだ。ほとんどの児童達が引き取り手が見つかったり卒業して幸せな生活を手に入れられた一方で、私は院長をダシに悠々自適な暮らしを送っている。

 早い話が、過去に受けた仕打ちを使って院長を脅し、服従させ金を無心しているという事である。

 

 今、私の部屋には高級機材が詰められている。 特に何かをする為に買わせた訳ではないが、時々ゲームをしたりして暇を潰したり手慰みに作曲をしてみたりと、PCを使った遊びには一役買っている。

 カメラがあるから何かを録画することもできるし、やろうと思えば配信活動も可能だ。

 

 …ただ、どこかの高校のヒーロー科に入るとなれば、そんな娯楽に浸るマネも難しいものになるだろう。後々にここを引き払い、()()()もつけるつもりだ。

 

 制服を脱ぎ捨て、下着姿のまま自室のベッドに横たわった。冷えた布団が体温を奪っていく。〈先生〉からの電話は、この二年半まともに来ていない。最後に話したのは中学に上がってすぐの頃だ。

 

 先生が今何をしているのか、そればかりに思いを馳せ、そして脳裏に思い起こされたのは私と似た境遇の男の子。先生と一緒に居た子の事だ。

 

 小学3年生の時の記憶を振り返る。

 虐めに次ぐ虐めの思い出ばかりが蘇って、その中に一欠片ばかりの懐かしい人物像が浮かぶ。

 

「“転弧”…」

 

 私よりも年上の男の子。先生から何かを貰った子。共通点があるのはその一点のみだが、他者に対してシンパシーを感じるのも彼だけだ。

 

 会ってみたい。

 

 もう六年は顔も合わせていないが、会って話をしてみたい。しかし、先生と話す手段は電話のみで、向こうから運良くかけて来てでもしない限り会話を交わすことは出来ない。先生からの電話は常に非通知で番号が表示されていなかった。

 

 だから私に今出来ることは、先生からの〈ヒーローになってほしい〉という頼みを叶えることだけだ。

 

 幸いにして、ヒーロー科を持つ高校は無数にある。うろ覚えの容姿からして世俗では(ヴィラン)の親玉なんだろうと簡単に察せられる先生が、私にヒーローになれと言うんだ。

 それは間違いなく、先生が望む形で最高のヒーローを目指せということだろう。発想が飛躍している自覚はある。多分ヒーローになれるのなら何処の高校に行こうが先生は構わないのだろう。

 

 これは私の自我、復讐だ。

 散々私を下に見た人間よりも、私の方が上なんだと証明してやるための復讐。それに、普段の態度以外は優等生な爆豪の鼻を明かしてやりたい気持ちも少なからずある。

 

 とりあえず、あと一年は中学生として適当に過ごさなくてはならない。個性の訓練を続けたり、身体作りを始めたり、勉学に打ち込んだりと、忙しさに拍車がかかるのが目に見えてげんなりした。

 

 ぐぅ、と腹の音がなる。

 先生の願いを聞き入れる事は本懐だが、今私を取り巻く状況は不快以外の何物でもない。苛立ちを隠そうともしないまま、床を蹴りつけて大声で院長を呼ぶ。

 

「おいクソ院長! なんか買ってこい!」

 

 数瞬の後、ドタドタ走り回る音が聞こえたかと思うと、敷地の入口のフェンスゲートが軋む音を立てて開いた。買い出しに行ったのだろう。

 

 時計を確認する。午後4時50分。購買で適当なパンを頬張りはしたが、軽食を食べたくなるような頃合いだ。

 最寄りのファストフード店まで2、30分。しばらくは空腹のままだ。

 

 今日何度目か分からないため息を吐きながら、PCモニタに身を寄せた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 二日後。休日明けの学校ほど面倒なものは無い。

 別に授業そのものに不満は無いが、人付き合いの事を考えると気持ちが億劫になる。

 

 春先は、涼しさの中に太陽の熱が差して暖かい。外の空気は肺の中を冷たく満たし、肌を温もりで包んでいる。手提げカバンを左手に、サンドイッチを右手に投稿する姿は、傍から見れば青春を謳歌する学生のように映るだろうか?

 

「…あ」

 

 後ろの声に聞き覚えがあって、振り返る。

 朝の八時だというのに、憔悴したような姿の緑谷がいた。酷く汗をかき、息は乱れ、どうにか整えている最中に見える。

 

「あれ…緑谷さん? どうしたんですか、そんなに…」

 

「あっ…いや、その…ちょっと遅れそうで、走ってて」

 

 緑谷はそう言うが、明らかに異常な疲れ方だ。走ったぐらいではありえないような呼吸の乱れ方をしていて、どう考えても事前に重い運動をこなしてきたとしか思えない。

 だが、そこを敢えて啄く必要も無かった。遅刻しそうだからという時間から見て苦しい言い訳も今は捨て置いていいだろうと判断し、軽く言葉を交わして校門を通り抜ける。

 

 

 

 だが、緑谷の様子の変容はここだけに留まらなかった。

 授業中にぼそぼそと独り言を話し始めたり、授業中に居眠りをしていたりと、普段真面目にノートをとるはずの彼の授業態度からはありえない挙動が見受けられたのだ。

 

 クラスでは緑谷が爆豪から雄英を受けるなと言われて壊れた、ノイローゼじゃないかなどと面白おかしく噂を立てられていたが、明らかにそういう次元ではなかった。

 

 

 数ヶ月が経った初夏の頃、机の下でハンドグリップを握りながら授業を受けているのを偶然見た時、私の疑問は半ば答えに変わった。

 

 彼も、私と同じく身体作りを始めていたのだ。

 それが指すところはただ一つ。すなわち雄英高校ヒーロー科への進学に他ならない。

 

 緑谷の目標が雄英に進学すること、引いてはヒーローになることなのは確実だった。だが新たに疑問が顔を覗かせた。

 彼は無個性だ。何の個性も持たずヒーローは務まらない。それこそ公務員という道なら警察官という手もある。それなのに頑なにヒーローにこだわる理由。

 私だからこその、答え。

 

 

 

 

 

「…緑谷さん」

 

「みっ、み、水口さん…め、珍しいね…呼び出すなんて……」

 

 

 更に二ヶ月が経過した、秋口の放課後。

 遂に疑念を振り払えなくなった私は、半ば浮かんでいた答えを確定させるために、問い質すことにしたのだ。

 風が吹き荒み、鯉の泳ぐ冷たい飼育槽の前に呼び出して。

 

「私、思うんです。

 雄英ヒーロー科は毎年高難度の実技試験が課される以上、単純な身体能力だけじゃ合格は出来ません。

 なのに、緑谷さんはこの六ヶ月間、明らかに身体作りを続けてる。ただの筋トレじゃなくて、体力をつけるような──」

 

 確定事項を織り交ぜ逃げ道を無くしていく。風が僅かに止み、その隙間から彼の喉の音が鳴る音がする。図星を突かれ焦っている人間の証拠だ。

 

「緑谷さんは頭もいいです。課題はきっと、実技試験。合格を勝ち取るための、決定打を持っていないといけない。

 ──あるんですよね? “個性”が」

 

 緑谷は頑なに口を開かない。他者に悟られたくない個性の持ち主で、ずっと無個性で通してきたのか、あるいは本当に持っていないのか。その沈黙は、答えが前者であることを如実に示していた。

 彼は拳を握り締め、静かに俯いていた。答えは確信へと変わった。彼は無個性ではなかった。それを得られただけで良しと───

 

「〜〜〜ッ、ないよっ!!」

 

 確証を得て踵を返そうとした時、緑谷は声を張上げて私の見つけた答えを否定した。

 

「ない、けど…!!!」

 

「……?」

 

 「僕は」と一旦区切り、出しかけたのだろう言葉を呑み込んで、そして恐らく言葉を選んで口を開いた。

 

「僕は、雄英に受かってみせる! それが、ォ…僕の目標だから…!!」

 

 それは自分に発破をかけるようにも見えた。まるでどこか浮ついていた自身を引き締めるような、決意の表し。

 それが嫌とは思わなかったが…私にはどうにも苦手に映ってしまった。〈目標の為に雄英を目指す〉という点では一緒なのに、その根幹にあるのは片やヒーローへの憧れ。片や恩人への恩返し。

 まるで利他的な彼と利己的な私を、天秤にかけて比較するようで気持ちが悪い。私はその気持ち悪さに対する答えを、持っていなかった。

 

 僅かな吐き気を抑え、よろめくのを地面を踏み締め耐えて、背中を向けて一言吐き出した。

 

「飽きました」

 

「…へっ?」

 

 緑谷が素っ頓狂な声を上げる。

 

「なんか秘策があるのは分かったので、もういいです。私たちも爆豪も、あと四ヶ月で雄英を受ける事には変わりありません。雄英は今年度も高い倍率が予想されると鳴子も言ってました。つまりライバルになります」

 

 そのまま捲し立てるように、けれどその一方で自分にじっくりと言い聞かせるように吐き続ける。

 

「私も最高のヒーローになりたくて、雄英を受けます。だから絶対に、あなたには負けません」

 

 背中を向け、緑谷にそう宣言する。今の私はどんな表情を浮かべているだろうか。

 目の前が酷くぐらついて、何も考えられないまま、鞄の取っ手を握って駆け出した。

 

 我武者羅に走る間、私は思い耽った。

 

(そうだ)

 

(あたしはヒーローになるんだ)

 

(〈先生の望む〉最高のヒーローに……)

 

 

 

 孤児院の扉を開け自分の部屋に閉じ篭り布団を被る。酷く息苦しくて、服を脱ぎ去り、暖かくて緩いパジャマに着替えた。震える身体を抑え、得体の知れない強い嫌悪感を覚えつつ、いつしか眠りに落ちてしまった。

 

 これは、私が救われるための物語なんだ。

 

 そう思い込まないと。

 私の中の何かが壊れそうだった。

 

 

 

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